第 7 章 計量テンソルと Schwarzschild 計量の導入¶
前回までのあらすじ: 第 6 章では、曲線座標(極座標・球座標)と Jacobi 行列を使った座標変換の仕組みを学び、計量テンソル \(g_{ij}\) を導入した。「距離の公式」が座標によって変わること、しかし距離そのものは座標の選び方に依存しないことを確認した。しかし肝心の問い「曲がった時空で 2 点の間の"距離"をどう測るのか?」にはまだ答えていない。
この章のゴール
- 計量テンソル \(g_{\alpha\beta}(x)\) が曲がった時空での「ものさし」であり、固有時・固有長・光の経路がすべてこの一つのオブジェクトから決まることを理解する
- 特殊相対論の Minkowski 計量を一般化したうえで、球対称な星の周りの時空を記述する Schwarzschild 計量を天下りで提示し、重力による時間の遅れや空間の伸びを「味見」する
- これにより、次章以降で粒子の運動(測地線)を議論する土台が整う
この章の単位系: 計量の成分の物理的意味を明確にするため主に \(c\) を明示する SI 単位系を使う。ただし式を簡潔にしたい箇所(Schwarzschild 計量の読み解きなど)では自然単位系 \(c = 1\) や幾何学的単位系 \(G = c = 1\) に切り替える。その際は本文中で明示する。変換規則は Appendix D.6 を参照。
7.1 平坦時空の「距離」を思い出す¶
🟡 リナ: 前章で「座標は点に名前をつけるだけ」と学んだわね。じゃあ、2 つの点がどれだけ「離れている」かは、何で決まるのかしら?
🔵 カイ: 特殊相対論では \(ds^2 = -c^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2\) でしたよね。
🟡 リナ: そう。ここでは計量の構造を見やすくするために \(c = 1\) の単位系で書くわね。
これが Minkowski 計量の線素 (line element)。無限に近い 2 つの事象の間の「時空間隔の 2 乗」を与える式よ。
⚪ メイ: 普通のユークリッド空間なら \(ds^2 = dx^2 + dy^2 + dz^2\) で三平方の定理そのものだけど、時空では時間の項にマイナス符号がつくのね。
🟡 リナ: その通り。このマイナス符号こそが「時間」と「空間」を区別する鍵なの。第 2 章で学んだ Einstein の縮約規則を使って、(7.1) 式をコンパクトに書いてみましょう。
ここで \(\eta_{\alpha\beta}\) は
という \(4\times4\) の行列。これがMinkowski 計量よ。
🔵 カイ: \(\eta_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta\) で、\(\alpha\) が下と上に、\(\beta\) も下と上に出てるから、両方とも 0 から 3 まで足すんですよね。Einstein の縮約規則。
🟡 リナ: そう。展開すれば
でも Minkowski 計量は対角行列だから、\(\alpha \neq \beta\) の項はすべてゼロ。残るのは
と (7.1) に戻る。
⚪ メイ: つまり、\(\eta_{\alpha\beta}\) という行列が「時空の距離の測り方」を全部決めているわけね。
✅ 理解度チェック: Minkowski 計量の線素 \(ds^2 = \eta_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta\) において、時間方向の項にマイナス符号がつくことの物理的意味は何でしょうか?
答え
マイナス符号は「時間」と「空間」を区別する役割を果たしている。これにより時空間隔 \(ds^2\) が正(空間的)・負(時間的)・ゼロ(光的)の3種類に分かれ、因果構造が定まる。
7.2 計量テンソル——曲がった時空の「ものさし」¶
🟡 リナ: ここからが本題。曲がった時空では、\(\eta_{\alpha\beta}\) のように全空間で定数の行列は存在しない。代わりに、場所ごとに値が変わる行列 \(g_{\alpha\beta}(x)\) を使う。
この \(g_{\alpha\beta}(x)\) を計量テンソル (metric tensor)、あるいは単に計量 (metric)と呼ぶ。
🔵 カイ: 場所ごとに「ものさしの目盛り」が変わるってことですか?
🟡 リナ: いい直感ね。地球の表面を思い浮かべて。赤道付近では経度 1 度あたりの距離は約 111 km だけど、北緯 60 度では約 56 km になる。同じ「経度 1 度」なのに実際の距離が違う。これは計量の成分が場所によって変わっているから。
⚪ メイ: \(\alpha\) と \(\beta\) が 0 から 3 まで走るから、\(4\times4\) の行列ということよね。成分は全部バラバラの値を取りうるのかしら?
🟡 リナ: いい質問。実は制約があるの。\(ds^2 = g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta\) の右辺で \(\alpha\) と \(\beta\) の名前を入れ替えても同じ値になるから、\(g_{\alpha\beta}\) と \(g_{\beta\alpha}\) は区別する必要がない——つまり \(g_{\alpha\beta} = g_{\beta\alpha}\) が自然に成り立つ。だから対称行列ね。対称性に加えて、一般相対論で使う計量にはあと 2 つ大事な性質がある。まず非退化 (non-degenerate)——逆行列が存在するということ。「行列式がゼロでない」と同じ意味よ(行列式は高校では扱わないけど、\(2\times2\) 行列 \(\begin{pmatrix}a & b\\c & d\end{pmatrix}\) なら \(ad - bc\) のこと。これがゼロだと逆行列が作れない)。
🔵 カイ: 行列式がゼロだと逆行列が作れない……つまり「ものさしが潰れて距離が測れなくなる」みたいなイメージですか?
🟡 リナ: そう、いい直感ね。逆行列の成分を \(g^{\alpha\beta}\)(添字を上に書く)と表記する。つまり \(g^{\alpha\gamma}g_{\gamma\beta} = \delta^\alpha{}_{\beta}\) が成り立つ。ここで \(\delta^\alpha{}_{\beta}\) はクロネッカーのデルタ——\(\alpha = \beta\) なら 1、\(\alpha \neq \beta\) なら 0 という量で、行列で書けば単位行列の成分よ。つまり「計量行列 × 逆計量行列 = 単位行列」ということ。これは後で「添字を上げる/下げる」という操作に必要になる。
🔵 カイ: 対称で、逆行列が存在する。ここまでは分かります。3 つ目は何ですか?
✅ 理解度チェック: 計量テンソルが「非退化」であるとはどういう意味でしょうか? また逆行列の成分はどう表記するでしょうか?
答え
非退化とは逆行列が存在する(行列式がゼロでない)こと。逆行列の成分は添字を上に書いて \(g^{\alpha\beta}\) と表記し、\(g^{\alpha\gamma}g_{\gamma\beta} = \delta^\alpha{}_\beta\) を満たす。
🔵 カイ: 添字が下なら計量そのもの、上なら逆行列ってことですね。行列式がゼロじゃない、だから逆行列が存在する、と。
🟡 リナ: そう。もう 1 つが符号数 (signature) \((-,+,+,+)\)。Minkowski 計量なら対角成分が \((-1, 1, 1, 1)\) だから、マイナスが 1 つ、プラスが 3 つ——これを符号数 \((-,+,+,+)\) と書くの。一般の計量は対角行列とは限らないけど、ある 1 点で適切に座標を選べば対角形にできる——つまり対角成分以外をすべてゼロにできる。これを「対角化」と呼ぶの。実数成分の対称行列は必ず対角化できるという線形代数の定理があるの(高校では扱わないけど、直感的には「座標軸の向きをうまく選び直すと、異なる方向同士の混合項——たとえば \(dx\,dy\) のような項——をすべてゼロにできる」ということ。2 次元で \(x\) 軸と \(y\) 軸を回転させて楕円の主軸に合わせるイメージよ)。これが第 1 ステップ——非対角成分をゼロにする操作ね。
第 2 ステップとして、対角化した後に各座標を定数倍する操作(スケール変換)をすれば、対角成分を \(+1\) か \(-1\) に揃えることもできる。これは座標変換の一種で、たとえば \(x' = ax\) のように座標の目盛りを拡大・縮小する操作よ。
🔵 カイ: 対角成分を \(+1\) か \(-1\) に揃える……具体的にはどうやるんですか?
🟡 リナ: たとえば対角成分が \(+4\) なら、その方向の座標を 2 倍に引き伸ばせば \(+1\) になる。具体的には \(ds^2 = 4\,dx^2\) で \(x' = 2x\) と置くと \(dx = dx'/2\) だから \(ds^2 = 4(dx'/2)^2 = dx'^2\) になる。同様に対角成分が \(-9\) なら、\(ds^2 = -9\,dt^2\) で \(t' = 3t\) と置くと \(dt = dt'/3\) だから \(ds^2 = -9(dt'/3)^2 = -dt'^2\) になる。一般に、対角成分が正の数 \(a\) なら \(\sqrt{a}\) 倍のスケール変換で \(+1\) に、負の数 \(-b\) なら \(\sqrt{b}\) 倍で \(-1\) にできるの。非退化(行列式≠0)だから対角成分にゼロは現れない——必ず正か負のどちらかよ。
⚪ メイ: そのとき \(+1\) の個数と \(-1\) の個数は、座標の選び方によらず一定になるの?
🟡 リナ: そう。ここまでの 2 ステップ——(1) 対角化して非対角成分をゼロにする、(2) スケール変換で対角成分を \(\pm 1\) に揃える——を経て、ある 1 点での計量は \(\mathrm{diag}(\pm 1, \pm 1, \pm 1, \pm 1)\) の形にできる。では「\(+1\) の個数と \(-1\) の個数が座標によらず一定」なのはなぜか。直感的には、座標変換は連続的な操作だから、ある対角成分がプラスからマイナスに変わるには途中でゼロを通らないといけない。でも対角行列の行列式は対角成分をすべて掛け合わせたもの(\(4\times4\) なら 4 つの対角成分の積)よ。
🔵 カイ: 掛け合わせたもの……\(2\times2\) なら \(ad - bc\) で、対角行列では \(b = c = 0\) だから \(a \times d\) ですよね。
🟡 リナ: そう。\(4\times4\) でも同じ構造で、4 つの対角成分の積になる。だから対角成分が 1 つでもゼロになれば行列式もゼロ——つまり非退化(行列式≠0)に矛盾する。だからゼロは通れず、符号は変わらないの(この事実は Sylvester の慣性法則と呼ばれるけど、名前は覚えなくて大丈夫)。
🔵 カイ: なるほど、符号が変わるにはゼロを通らないといけないけど、ゼロになったら行列式もゼロで非退化に矛盾するから、通れない……だから符号の個数は不変なんですね。
🟡 リナ: その通り。物理的に言えば、座標を変えても「時間方向が 1 つ、空間方向が 3 つ」という時空の基本構造は変わらないはず——符号数はまさにそれを数学的に保証しているの。時空の計量では「マイナス 1 つ、プラス 3 つ」を要求する。マイナスの 1 つが「時間方向」、プラスの 3 つが「空間方向」に対応するの。
⚪ メイ: 整理すると、計量テンソルの性質は 3 つ——対称・非退化・符号数 \((-,+,+,+)\) ね。
表 7.1: 計量テンソルの3つの性質
| 性質 | 意味 | 数学的表現 |
|---|---|---|
| 対称 | 添字の交換で値が変わらない | \(g_{\alpha\beta} = g_{\beta\alpha}\) |
| 非退化 | 逆行列が存在する | \(\det(g_{\alpha\beta}) \neq 0\) |
| 符号数 \((-,+,+,+)\) | 時間 1 方向・空間 3 方向 | 対角化したとき負が 1 つ、正が 3 つ |
🟡 リナ: そう。対称だから独立成分の数が減るの。数えてみましょう。\(4\times4\) 行列は全部で 16 成分あるけど、\(g_{\alpha\beta} = g_{\beta\alpha}\) だから上三角部分と下三角部分は同じ値——独立なのは対角成分 4 個と、対角より上の成分 \(\frac{4\times3}{2} = 6\) 個を合わせて 10 個ね。一般に \(n \times n\) の対称行列なら \(\frac{n(n+1)}{2}\) 個で、\(n = 4\) なら \(\frac{4 \times 5}{2} = 10\) 個。この 10 個の関数が、時空の幾何学——つまり重力場——を完全に決定する。
🔵 カイ: 10 個の関数で重力場が決まる……Newton のモデルではポテンシャル \(\Phi\) ひとつだったのに、ずいぶん複雑ですね。
🟡 リナ: そう。でもその代わり、時間の遅れも空間の曲がりも、光の軌道も、すべてこの 10 個から導かれる。一つのオブジェクトで全部を統一的に記述できるの。
✅ 理解度チェック: 4 次元時空の計量テンソル \(g_{\alpha\beta}\) の独立成分はいくつでしょうか? なぜその数になるでしょうか?
答え
10 個。\(4 \times 4\) の対称行列(\(g_{\alpha\beta} = g_{\beta\alpha}\))なので、独立成分は \(4 \times 5 / 2 = 10\) 個。
📝 練習問題:
- Minkowski 計量・計量テンソルの読み取り → 問題 B-1. Minkowski 計量による線素の計算と時空分類, 問題 B-2. 2 次元球面の計量テンソルと逆計量, 問題 B-6. de Sitter 型計量の成分と逆計量, 問題 M-5. 計量テンソルの独立成分の数
7.3 固有時——「自分の時計」が刻む時間¶
🟡 リナ: 計量から最も重要な物理量を取り出しましょう。まず固有時 (proper time) \(d\tau\) から。
🔵 カイ: 固有時って、第 5 章で出てきた「動いている時計が刻む時間」ですよね?
🟡 リナ: そう。ある粒子が時空を移動するとき、その粒子が持っている時計が刻む時間が固有時。質量を持つ粒子は光より遅いから、粒子の経路に沿った微小変位では \(c^2 dt^2\)(時間の項)が \(dx^2 + dy^2 + dz^2\)(空間の項)より大きい。ここで次元の話をするために一旦 \(c\) を明示した SI 単位系に戻すわね。Minkowski 計量は \(ds^2 = -c^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2\) で、粒子の速さが光速未満なら \(c^2 dt^2 > dx^2 + dy^2 + dz^2\) だから \(ds^2 < 0\) になる——これが「時間的な経路」よ。
🔵 カイ: \(ds^2\) が負になるんですか? 「2 乗」なのにマイナスって変な感じですね。
🟡 リナ: そう感じるわよね。\(ds^2\) という記号は「何かの 2 乗」ではなくて、「時空間隔」という一つの量の名前だと思って。で、固有時 \(d\tau\) は「時計が刻む時間」だから正の実数であってほしい。つまり \(d\tau^2\) は正であってほしい。\(ds^2 < 0\) なら \(-ds^2 > 0\) だから、\(d\tau^2 = -ds^2\) と定義すれば正になる。ただし SI 単位系(\(c \neq 1\))では次元も合わせないといけない。SI 単位系での線素は \(ds^2 = -c^2 dt^2 + dx^2 + dy^2 + dz^2\) で「長さの 2 乗」の次元を持つ。一方 \(d\tau\) は「時間」の次元だから、\(d\tau^2\) は「時間の 2 乗」の次元。物理的には、粒子が静止している系(\(dx = dy = dz = 0\))では \(ds^2 = -c^2 dt^2\) になる。第 4 章で \(c = 1\) の単位系では \(d\tau^2 = -ds^2\) と定義したわね。SI 単位系ではどうなるか——Minkowski 時空で粒子が静止している系では、座標の時計が粒子と一緒に静止しているから、座標時 \(dt\) がそのまま粒子の固有時 \(d\tau\) に等しい。だから \(ds^2 = -c^2 d\tau^2\)、すなわち
となる。\(ds^2\) はスカラー(座標によらない不変量)であり、\(d\tau\) も「粒子自身の時計が刻む時間」という座標系の選び方に依存しない物理量——つまりスカラー——だから、この関係は静止系だけでなく任意の慣性系で成り立つ。なぜかというと、スカラーは「どの座標系で計算しても同じ値になる量」だから、左辺 \(c^2 d\tau^2\) も右辺 \(-ds^2\) も座標系を変えても値が変わらない。ある座標系で「左辺 = 右辺」が成り立っていれば、別の座標系に移っても両辺の値はそれぞれ変わらないから、等式はそのまま成り立つの。
🔵 カイ: あ、両辺がスカラーだから、一つの座標系で等式を示せばどの座標系でも成り立つ——うまくできてますね。
🟡 リナ: そう。次元を確認すると、左辺は \([\text{速度}]^2 \times [\text{時間}]^2 = [\text{長さ}]^2\) で、右辺 \(-ds^2\) の次元「長さの 2 乗」と一致している。
ここから先は再び \(c = 1\) の単位系に戻すわね。\(c^2 = 1\) だから (7.5) 式は単純に
⚪ メイ: \(ds^2 < 0\) のとき(時間的間隔)にだけ \(d\tau\) が実数になるわけね。
🟡 リナ: そう。そして光のように \(ds^2 = 0\) なら \(d\tau = 0\)——光は固有時を経験しない。
🟡 リナ: 有限の経路に沿った固有時は、経路に沿って積分すればいい。まず「経路のパラメータ」を説明するわ。粒子が時空の中を A 地点から B 地点まで移動するとき、その経路上の各点に \(\lambda = 0\)(出発)から \(\lambda = 1\)(到着)のように番号を振る——この番号が「パラメータ \(\lambda\)」よ。番号の振り方は自由で、等間隔でなくてもいい。すると経路上の座標は \(\lambda\) の関数 \(x^\alpha(\lambda)\) として書ける。\(\frac{dx^\alpha}{d\lambda}\) は「パラメータ \(\lambda\) が少し変わったとき座標 \(x^\alpha\) がどれだけ変わるか」——つまり経路の接線方向の成分ね。
ここで、微小な固有時 \(d\tau = \sqrt{-g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta}\) の \(dx^\alpha\) を \(dx^\alpha = \frac{dx^\alpha}{d\lambda}\,d\lambda\) と書き換える——これは「\(\lambda\) が \(d\lambda\) だけ変わったとき、座標が \(\frac{dx^\alpha}{d\lambda}\,d\lambda\) だけ変わる」という微分の定義そのものよ。代入すると \(d\tau = \sqrt{-g_{\alpha\beta}\,\frac{dx^\alpha}{d\lambda}\,\frac{dx^\beta}{d\lambda}}\;d\lambda\) になる。これを A から B まで足し合わせれば
ここで \(\lambda_A\) は出発点、\(\lambda_B\) は到着点に対応するパラメータの値よ(さっきの例なら \(\lambda_A = 0\), \(\lambda_B = 1\))。この積分値はパラメータの取り方に依存しない——物理的に測れる量だから当然ね。
🔵 カイ: パラメータに依存しないって、どうして? そもそもパラメータって、積分を書くために便宜的に入れたものですよね? 便宜的なものに結果が左右されたらおかしいのは分かるけど、本当に大丈夫なのか気になります。
🟡 リナ: いい疑問ね。たとえば同じ経路を「\(\lambda = 0\) から \(1\) まで等間隔に番号を振る」のと「\(\lambda' = 0\) から \(100\) まで振る」のとで、計算される固有時が変わったら困るわよね——同じ時計が同じ経路を通っているのに、番号の振り方で結果が変わるなんて物理的にナンセンス。だから「どんなパラメータを使っても同じ値になる」ことを確認しておく必要があるの。直感的には「道のりを測るとき、歩く速さを変えても道のり自体は変わらない」のと同じ——パラメータは歩く速さに相当するの。以下ではこれを数式で確認するわ。
示したいことと証明の骨格を先にまとめておくわね。
- 示したいこと: \(\lambda\) の代わりに別のパラメータ \(\lambda'\) を使っても、積分 (7.7) の値が同じになる
- 証明の骨格: 連鎖律で出てくる因子 \(\frac{d\lambda'}{d\lambda}\) と、置換積分で出てくる因子 \(\frac{d\lambda}{d\lambda'}\) が逆数同士で打ち消し合って消える——だから積分値は変わらない
- 2 ステップ: (i) 連鎖律で \(\frac{dx^\alpha}{d\lambda}\) を書き換え、(ii) 置換積分で積分変数を \(\lambda'\) に変える
ステップ (i):連鎖律で書き換え。 \(\lambda\) を別のパラメータ \(\lambda'\) に取り替えるとはどういうことか。経路上の各点には \(\lambda\) という番号がついているけど、同じ点に \(\lambda'\) という別の番号をつけ直すことができる。すると \(\lambda'\) は \(\lambda\) の関数(\(\lambda' = \lambda'(\lambda)\))になり、座標 \(x^\alpha\) は \(x^\alpha(\lambda'(\lambda))\) という合成関数になる。高校で学んだ合成関数の微分(連鎖律)\(\frac{dy}{dx} = \frac{dy}{du}\cdot\frac{du}{dx}\) と同じ構造で、\(\frac{dx^\alpha}{d\lambda} = \frac{dx^\alpha}{d\lambda'}\cdot\frac{d\lambda'}{d\lambda}\) になる。
ここで 1 つ条件が必要——パラメータの「向き」を揃えること。つまり \(\lambda\) が増えるとき \(\lambda'\) も増える(\(\frac{d\lambda'}{d\lambda} > 0\))ようにする。物理的には「経路を逆向きにたどらない」という自然な条件よ。なぜこれが必要かというと、ルートの中から \(\left(\frac{d\lambda'}{d\lambda}\right)^2\) を外すとき \(\sqrt{a^2} = |a|\) だから絶対値がつくの。\(\frac{d\lambda'}{d\lambda} > 0\) なら \(\left|\frac{d\lambda'}{d\lambda}\right| = \frac{d\lambda'}{d\lambda}\) と絶対値を外せる(もし負だとマイナスが出て固有時が負になってしまう——物理的に無意味よ)。具体例で確認すると、\(\lambda = 0\) から \(1\) の代わりに \(\lambda' = 2\lambda\)(つまり \(\lambda' = 0\) から \(2\))を使う場合、\(\frac{d\lambda'}{d\lambda} = 2 > 0\) で向きは同じ。このとき \(\frac{dx^\alpha}{d\lambda} = \frac{dx^\alpha}{d\lambda'} \cdot 2\) だから、ルートの中に \(2^2 = 4\) が入り、外に出すと \(2\) になる。一方、置換積分で \(d\lambda = \frac{1}{2}d\lambda'\) だから \(2 \times \frac{1}{2} = 1\) で打ち消し合う——積分値は変わらないわ。
この条件のもとで連鎖律の結果を積分に代入すると——\(\frac{dx^\alpha}{d\lambda} = \frac{dx^\alpha}{d\lambda'}\cdot\frac{d\lambda'}{d\lambda}\) を 2 箇所(\(\alpha\) と \(\beta\))に使うから、ルートの中に \(\left(\frac{d\lambda'}{d\lambda}\right)^2\) が現れるわ:
🔵 カイ: あ、\(\frac{dx^\alpha}{d\lambda}\) と \(\frac{dx^\beta}{d\lambda}\) の両方に \(\frac{d\lambda'}{d\lambda}\) が掛かるから、2 乗になってルートの中に入る。で、\(\sqrt{\left(\frac{d\lambda'}{d\lambda}\right)^2} = \left|\frac{d\lambda'}{d\lambda}\right|\) だけど、向きを揃えたから絶対値を外してそのまま出せるんですね。
🟡 リナ: その通り。
ステップ (ii):置換積分。 次に積分変数を \(\lambda\) から \(\lambda'\) に変えたい。置換積分——高校で \(x = g(t)\) と置いたとき \(dx = g'(t)\,dt\) と書き換えたわよね——それと同じで、\(d\lambda = \frac{d\lambda}{d\lambda'}\,d\lambda'\) よ。\(\frac{d\lambda}{d\lambda'}\) は \(\frac{d\lambda'}{d\lambda}\) の逆数だから \(\frac{1}{d\lambda'/d\lambda}\) と同じこと。向きの条件(\(\frac{d\lambda'}{d\lambda} > 0\))から \(\frac{d\lambda}{d\lambda'} > 0\) でもあるので、置換積分で積分の向きが変わらない。
ステップ (i) の結果に \(d\lambda = \frac{d\lambda}{d\lambda'}\,d\lambda'\) を代入し、積分端も \(\lambda = \lambda_A\) に対応する \(\lambda' = \lambda'_A\)、\(\lambda = \lambda_B\) に対応する \(\lambda' = \lambda'_B\) に変換すると:
右辺に \(\frac{d\lambda'}{d\lambda} \cdot \frac{d\lambda}{d\lambda'} = 1\)(逆数同士の積)という因子が現れたわね。これは 1 だから消えて
これは \(\lambda'\) で書いた元の積分と同じ形。だからパラメータの取り方に依存しないの。
🔵 カイ: もし向きを逆にしたら——\(\lambda'\) が減る方向に番号を振ったら——どうなるんですか?
🟡 リナ: \(\frac{d\lambda'}{d\lambda} < 0\) になって、ルートから出すときにマイナスが出る——結果として積分値の符号が反転して「固有時がマイナス」になってしまう。物理的に意味がないから排除するの。
🔵 カイ: さっき先生が言った「歩く速さを変えても道のりは変わらない」っていう比喩が、数式でもちゃんと確認できたわけですね。でも、もし経路自体を変えたら——つまり別の道を通ったら——固有時は変わりますよね?
⚪ メイ: そうね。パラメータの取り方は「同じ道をどう番号づけるか」の問題で、道そのものを変えたら固有時は変わる——前の章の双子のパラドックスがまさにそうだったわね。
🟡 リナ: その通り。双子が再会したとき固有時が違ったのは、2 人が時空の中で異なる経路を通ったから。パラメータの取り方ではなく、経路そのものの違いが物理的な差を生むの。
✅ 理解度チェック: 固有時 \(d\tau\) と時空間隔 \(ds^2\) の関係を式で書いてください。
答え
\(d\tau^2 = -ds^2\)(\(c = 1\) の単位系)。\(ds^2 < 0\)(時間的間隔)のときにのみ固有時が実数として定義される。光(\(ds^2 = 0\))は固有時を経験しない。
7.4 固有長——「自分のものさし」が測る距離¶
🟡 リナ: 次に固有長 (proper length) \(dL\)。ある瞬間に 2 点間の距離を測る——つまり座標時の差がゼロ(\(dt = 0\))で空間的な方向だけの間隔(\(ds^2 > 0\))に対して定義する。「\(dt = 0\)」は使っている座標系での同時刻を意味するわ。\(dt = 0\) ということは \(dx^0 = 0\)(\(c = 1\) の単位系では \(x^0 = t\) だから)。すると \(ds^2 = g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta\) の中で \(\alpha = 0\) または \(\beta = 0\) の項はすべて \(dx^0 = 0\) を含むので消える(\(g_{00}(dx^0)^2\) はもちろん、\(g_{0i}\,dx^0\,dx^i\)——ここで \(i = 1, 2, 3\) は空間成分——のような時間と空間の「混合項」も \(dx^0 = 0\) でゼロになる)。残るのは \(\alpha, \beta\) がともに 1, 2, 3 の項だけ。つまり
ここで \(i, j\) はギリシャ文字の \(\alpha, \beta\)(0〜3)と違って空間の 3 方向(1, 2, 3)だけを走る添字よ(第 4 章で導入した「ラテン文字は空間成分だけ」という規則ね)。つまり \(g_{ij}\) は \(4\times4\) の計量テンソル \(g_{\alpha\beta}\) のうち空間部分(\(\alpha, \beta = 1, 2, 3\))を取り出したもの。
有限の長さは同様に積分で得られる:
ここでも \(i, j = 1, 2, 3\) は空間成分だけ((7.8) 式と同じ理由で、\(dt = 0\) だから \(\alpha = 0\) や \(\beta = 0\) の項は消えている)。「\(dt = 0\) の経路」というのは、ある一瞬の時刻を固定して空間の中だけを動く曲線のこと——写真を撮った瞬間の空間の中に引いた線、とイメージすればいいわ。時間方向の成分がないから、ルートの中身は \(g_{ij}\)(空間成分だけの計量)で決まる。対角計量(非対角成分がゼロの場合——この後すぐ出てくる球座標の計量がその例よ)では、ルートの中身は \(g_{11}(dx^1/d\lambda)^2 + g_{22}(dx^2/d\lambda)^2 + g_{33}(dx^3/d\lambda)^2\) になる。\(g_{11}, g_{22}, g_{33}\) がすべて正で、\((dx^i/d\lambda)^2\) も 2 乗だから正——だからルートの中身は正になるの。一般の計量でも、符号数 \((-,+,+,+)\) と \(dt = 0\) の条件から、空間方向の距離は常に正になることが保証される。直感的には、符号数 \((-,+,+,+)\) は「マイナスは時間方向だけ」という意味だから、時間方向を除いた空間部分はすべてプラス——つまり空間方向の計量は正定値(どんな方向でも距離が正)になるの。厳密な証明は線形代数の話になるから今は省略するわね。
🔵 カイ: 固有時は \(-ds^2\) で、固有長は \(+ds^2\) か。符号が逆なんですね。
🟡 リナ: そう。時間的な方向では \(ds^2 < 0\) だから \(-ds^2 > 0\) で固有時が実数になり、空間的な方向では \(ds^2 > 0\) だから固有長が実数になる。計量の符号 \((-,+,+,+)\) がこの区別を自然に与えてくれるの。
🟡 リナ: 固有時は \(ds^2 < 0\) の領域、固有長は \(ds^2 > 0\) の領域で定義される——この 3 つの領域を光円錐で視覚化すると分かりやすいわ。図 7.1「時空間隔の3分類と光円錐」 を見てね。光円錐の内側が時間的領域(固有時が定義される)、外側が空間的領域(固有長が定義される)、円錐上が光的。質量を持つ粒子の世界線は常に光円錐の内側を通る——光より遅いから当然ね。
図 7.1: 時空間隔の3分類と光円錐。光円錐の内側が時間的領域(\(ds^2 < 0\)、固有時が定義される)、外側が空間的領域(\(ds^2 > 0\)、固有長が定義される)、光円錐上が光的(\(ds^2 = 0\))。質量を持つ粒子の世界線は常に光円錐の内側を通る。
⚪ メイ: まとめると、計量テンソルさえ与えられれば、固有時と固有長が計算できるのね。
🔵 カイ: 光の場合は \(ds^2 = 0\) だから固有時がゼロですよね。じゃあ光の経路はどうやって決まるんですか? 固有時を使えないなら、別の条件が必要ってことですよね?
🟡 リナ: いい質問。\(ds^2 = 0\) を満たす経路が光の通り道になるの。固有時がゼロということは、光は常に \(ds^2 = 0\) の面(光円錐)の上を走る——だから \(g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta = 0\) という条件が光の経路を決める。表にまとめるとこうなるわ。
表 7.2: 計量テンソルから定まる固有時と固有長
| 物理量 | 定義 | 条件 |
|---|---|---|
| 固有時 \(d\tau\) | \(d\tau^2 = -g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha dx^\beta\) | \(ds^2 < 0\)(時間的) |
| 固有長 \(dL\) | \(dL^2 = g_{ij}\,dx^i dx^j\)(\(dt = 0\)) | \(dt = 0\)(空間的間隔、\(ds^2 > 0\)) |
| 光の経路 | \(0 = g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha dx^\beta\) | \(ds^2 = 0\)(光的) |
⚪ メイ: これで「どの事象が光で結ばれるか」も含めて全部決まるのね。
🟡 リナ: そう。光で結ばれるかどうかが分かるということは、「どの事象がどの事象に信号を送れるか」——つまり因果関係が計量だけで決まるということ。計量は本当に時空の全情報を持っているの。
7.5 曲線座標でも計量は使える——平坦時空の極座標¶
🟡 リナ: ここで大事な注意。計量の成分が場所に依存するからといって、空間が曲がっているとは限らない。なぜ計量の成分が場所に依存するのかを視覚的に理解するために、座標基底の話をしておくわ。図 7.2「座標基底と正規直交基底の比較」 を見て。第 6 章で学んだように、計量の成分は座標基底の内積 \(g_{ij} = \boldsymbol{e}_i \cdot \boldsymbol{e}_j\) だったわね。だから \(g_{22} = |\mathbf{e}_\theta|^2 = r^2\)、つまり \(|\mathbf{e}_\theta| = r\) で、\(\mathbf{e}_\theta\) の長さが \(r\) に比例して場所ごとに変わるの。「計量の成分 \(g_{22} = r^2\) が場所に依存する」のは、この基底ベクトルの長さが変わることの反映なの。比較のために、どの点でも長さ 1 で互いに直交するように揃えた「正規直交基底」\(\hat{\mathbf{e}}_r, \hat{\mathbf{e}}_\theta\) も一緒に描いてあるの。「正規」は長さ 1、「直交」は互いに垂直、という意味よ。
図 7.2: 座標基底と正規直交基底の比較。(a) 座標基底 \(\mathbf{e}_r, \mathbf{e}_\theta\)。\(|\mathbf{e}_r| = 1\) だが \(|\mathbf{e}_\theta| = r\) で場所によって長さが変わる。(b) 正規直交基底 \(\hat{\mathbf{e}}_r, \hat{\mathbf{e}}_\theta\) はどこでも長さ 1。
🟡 リナ: 図の (a) が座標基底——\(\mathbf{e}_\theta\) の長さが場所によって変わっているのが見えるわね。だから計量の成分 \(g_{22} = r^2\) が場所に依存するの。でもこれは座標の取り方のせいであって、空間自体は平坦よ。図の (b) が正規直交基底——座標基底と違って、どの点でも長さ 1 に正規化されている。この違いを視覚的に比較するために載せてあるの。正規直交基底は後の章でも登場するから、ここで存在だけ知っておいて。
🔵 カイ: え、じゃあ計量の成分が変わっても曲がってないことがあるんですか?
🟡 リナ: 平坦時空を極座標 \((t, r, \theta, \varphi)\) で書いてみましょう。直交座標との関係は
🟡 リナ: これを (7.1) に代入すると——\(dz = \cos\theta\,dr - r\sin\theta\,d\theta\) のように全微分を計算して(第 6 章でやった手順と同じよ)——
🟡 リナ: ここから計量の成分を読み取ってみて。\(ds^2 = g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta\) と比較すれば分かるわ。
⚪ メイ: \(dt^2\) の係数が \(g_{00} = -1\)、\(dr^2\) の係数が \(g_{11} = 1\)、\(d\theta^2\) の係数が \(g_{22} = r^2\)、\(d\varphi^2\) の係数が \(g_{33} = r^2\sin^2\theta\) ね。まとめると
\(g_{22} = r^2\) や \(g_{33} = r^2\sin^2\theta\) は場所に依存しているわね。さっき先生が言った「成分が場所に依存しても曲がっているとは限らない」というのは、まさにこのケースということ?
🟡 リナ: その通り。これは座標の選び方のせいであって、時空自体は平坦のまま。
🔵 カイ: じゃあ「本当に曲がっている」かどうかはどうやって判定するんですか?
🟡 リナ: 計量の 2 階微分から作られる Riemann 曲率テンソル(4 つの添字を持つ量で、空間の曲がり具合を定量化するもの)がゼロでなければ、本当に曲がっている。1 階微分までは座標変換で消せるけど、2 階微分は消せない——これが局所平坦性の定理 (local flatness theorem) の帰結よ。具体的な定義と計算は後の章で詳しくやるから、今は「曲がりの判定基準が存在する」ということだけ覚えておいて。
🟡 リナ: その通り。局所平坦性の定理を正確に述べておくわ。どんなに曲がった時空でも、任意の 1 点で座標変換によって計量を \(\eta_{\alpha\beta}\)(Minkowski 計量)にし、かつ計量の 1 階微分をゼロにできる。しかし 2 階微分は一般にはゼロにできない。だから「曲がっている」ことの本質は 2 階微分にある。これは後の章で詳しくやるわ。
⚪ メイ: つまり、計量の成分が場所に依存していても、それが「座標の選び方のせい」なのか「本当の曲がり」なのかは、1 階微分だけでは区別できない——2 階微分まで見て初めて判定できる、ということね。
✅ 理解度チェック: 計量の成分が場所に依存していても空間が曲がっているとは限らない。「本当に曲がっている」かどうかは何で判定するでしょうか?
答え
計量の 2 階微分から作られる Riemann 曲率テンソルがゼロでなければ本当に曲がっている。1 階微分までは座標変換で消せるが、2 階微分は消せない。
7.6 計量が「ものさし」である具体例¶
🔵 カイ: 計量の成分が場所に依存するのが「ものさしの目盛りが場所で変わる」っていうのを、もう少し具体的に見たいです。
🟡 リナ: いい質問。(7.11) 式で、\(t, \theta, \varphi\) を固定して \(r\) だけ \(dr\) 変化させたとき、
\(r\) 方向の固有長は座標の変化量とそのまま一致する。次に、\(t, r, \varphi\) を固定して \(\theta\) だけ \(d\theta\) 変化させると、
🔵 カイ: ああ、弧の長さだ! 半径 \(r\) の円で角度 \(d\theta\) だけ進んだら、弧の長さは \(r\,d\theta\)。当たり前ですね。
🟡 リナ: そう。計量の成分 \(g_{22} = r^2\) は「\(\theta\) 方向の座標 1 目盛りあたりの実際の距離が \(r\) 倍になる」ことを教えてくれている。同様に \(g_{33} = r^2\sin^2\theta\) は「\(\varphi\) 方向の 1 目盛りあたりの実際の距離が \(r\sin\theta\) 倍」。
✅ 理解度チェック: 平坦時空の球座標で \(r\) 方向に \(dr\) だけ進んだときの固有長はいくらでしょうか? \(\theta\) 方向に \(d\theta\) だけ進んだときはどうでしょうか?
答え
\(r\) 方向は \(dL = dr\)(\(g_{11} = 1\) なので座標変化量と一致)。\(\theta\) 方向は \(dL = r\,d\theta\)(\(g_{22} = r^2\) なので半径 \(r\) の円の弧の長さ)。
⚪ メイ: 地球の表面で考えれば、赤道(\(\theta = \pi/2\))では経度 1 度あたりの距離が最大で、極(\(\theta = 0\))に近づくと \(\sin\theta \to 0\) で距離がゼロに近づく。地図帳で高緯度の経線が狭まっているのはこのせいね。
✅ 理解度チェック: 計量の成分 \(g_{33} = r^2\sin^2\theta\) は物理的に何を意味するでしょうか?
答え
\(\varphi\) 方向の座標 1 目盛りあたりの実際の距離が \(r\sin\theta\) であることを意味する。赤道(\(\theta = \pi/2\))で最大、極(\(\theta = 0\))でゼロになる。
📝 練習問題:
- 極座標の固有長・曲線座標の計量 → 問題 B-3. 極座標での \(\varphi\) 方向の固有長, 問題 M-1. 球面の面積の計算, 問題 M-2. 赤道上の円周の長さ
7.7 Schwarzschild 計量——球対称な星の周りの時空¶
🟡 リナ: ここまでの道具を使えば、いよいよ本物の「曲がった時空」の計量を読み解ける。1916 年に Karl Schwarzschild (カール・シュヴァルツシルト) が見つけた、球対称で静的な質量 \(M\) の外側(真空領域)の時空の線素を天下りで提示するわ。星の内部には物質があるから別の計量になるけど、外側だけならこの形で書ける。
ここで
は Schwarzschild 半径と呼ばれる量で、質量 \(M\) に固有の長さのスケールよ。次元を確認すると、\(G\) の次元は \([\mathrm{m}^3\,\mathrm{kg}^{-1}\,\mathrm{s}^{-2}]\)、\(M\) は \([\mathrm{kg}]\)、\(c^2\) は \([\mathrm{m}^2\,\mathrm{s}^{-2}]\) だから、\(GM/c^2\) の次元は \([\mathrm{m}]\)——ちゃんと長さになっている。太陽なら \(r_s \approx 3\,\mathrm{km}\)(太陽の半径約 70 万 km に比べて極めて小さい)、地球なら \(r_s \approx 9\,\mathrm{mm}\)(地球の半径約 6400 km に比べて極めて小さい)。つまり通常の天体では、Schwarzschild 半径は天体の内部深くに「埋もれて」いて、天体の外側では \(r \gg r_s\) が成り立つの。
\(c = 1\) に加えて \(G = 1\) も設定する単位系を幾何学的単位系と呼ぶの。なぜ \(G = 1\) も追加するかというと、Schwarzschild 計量には \(GM/c^2\) という組み合わせが何度も出てくるから、これを単に \(M\) と書けたほうが式が格段にすっきりするの。\(c = 1\) で「時間と長さを同じ単位で測れるようにした」のと同様に、\(G = 1\) を追加すると「質量も長さと同じ単位で測れる」ようになる。この単位系で書くと、\(r_s = 2GM/c^2\) の \(G\) と \(c^2\) が 1 になるから \(r_s = 2M\) になる。奇妙に見えるかもしれないけど、これは SI 単位系で \(\frac{G}{c^2} \approx 7.4 \times 10^{-28}\,\mathrm{m/kg}\) という換算係数を質量に掛けて長さに変換したのと同じこと。たとえば太陽の質量 \(M_\odot \approx 2.0 \times 10^{30}\,\mathrm{kg}\) なら \(GM_\odot/c^2 \approx 1.5\,\mathrm{km}\) になる(\(r_s = 2 \times 1.5\,\mathrm{km} = 3\,\mathrm{km}\) と先ほどの値に一致するわね)。幾何学的単位系ではこの換算係数が 1 になるから、質量 \(M\) がそのまま長さの次元を持つの。たとえば太陽なら「\(M_\odot = 1.5\,\mathrm{km}\)」と書ける(SI 単位系での \(GM_\odot/c^2 \approx 1.5\,\mathrm{km}\) に対応)。だから \(2M/r\) は「長さ ÷ 長さ」で無次元の量になる——SI 単位系で書けば \(2GM/(rc^2)\) で、これも「長さ ÷ 長さ」で無次元ね。
🔵 カイ: 質量が長さの次元を持つって……太陽が 1.5 km って言われると頭がバグりそうです。SI 単位系では \(G/c^2\) っていう換算係数を掛けて長さにしてるんですよね? それを 1 にしちゃうってことは、\(G\) と \(c\) の情報が式から消えるわけだから、元に戻すときに混乱しそうです。
🟡 リナ: いい懸念ね。でも SI 単位系で「太陽の質量は長さに換算すると 1.5 km」と言っているのと同じこと。幾何学的単位系はその換算を「1 倍」にしただけ。元に戻すときは次元解析で \(G\) と \(c\) を復元すればいい——実際さっき \(r_s = 2M\) を \(r_s = 2GM/c^2\) に戻したのがその例よ。慣れれば式が格段にすっきりするわ。
⚪ メイ: つまり幾何学的単位系のルールは「\(c = 1\) で時間と長さを統一、\(G = 1\) で質量と長さも統一」——SI に戻したいときは次元解析で \(G\) と \(c\) を補えばいい、ということね。
🟡 リナ: その通り。この単位系で Schwarzschild 計量を書くと(\(c = 1\) なので \(c^2 dt^2 \to dt^2\)、\(r_s = 2GM/c^2 \to 2M\)):
🔵 カイ: うわ、(7.11) の平坦時空とそっくりだけど、\(dt^2\) と \(dr^2\) の前に \(\left(1 - \frac{2M}{r}\right)\) がくっついてる!
🟡 リナ: そう。ここで注意してほしいのは、この \(r\) は「中心からの実際の距離」ではないということ。曲がった空間では「中心からまっすぐ測った距離」が座標だけからは分からない——計量を通して積分しないと求まらないの(それが (7.17) 式で見ることになるわ)。じゃあ \(r\) は何かというと、「\(r\) 一定の球面の面積が \(4\pi r^2\) になる」ように定義された座標で、面積座標 (areal coordinate) と呼ばれるの。
🔵 カイ: え、球面の面積が \(4\pi r^2\) って、普通の球と同じじゃないですか? わざわざ定義するほどのことですか?
🟡 リナ: 曲がった空間では「中心から球面までの実際の距離」と「面積から逆算した半径」が一致しないの。たとえば (7.17) 式で見るように、\(r\) 方向の実際の距離は \(dr/\sqrt{1-2M/r}\) で座標差 \(dr\) より長い。だから「面積が \(4\pi r^2\) になる \(r\)」と「中心から測った実際の距離」は別物——それを区別するために面積座標という名前をつけているのよ。面積なら球面上の計量(\(g_{22}\) と \(g_{33}\))だけで計算できるから、\(r\) 方向の曲がりに影響されずに定義できる——なぜかというと、\(r\) を固定した球面上では \(r\) は変化しない(\(dr = 0\))から、線素 \(ds^2\) の中で \(g_{11}\,dr^2\) の項はゼロになって消えるの。残るのは \(\theta\) と \(\varphi\) の項だけ。
⚪ メイ: なるほど、\(r\) を固定すると \(dr = 0\) で \(r\) 方向の項が消えるから、球面上の幾何は \(g_{22}\) と \(g_{33}\) だけで決まるのね。
🟡 リナ: そう。具体的には、\(r\) を固定した球面上で微小面積を考える。\(\theta\) 方向の固有長は \(\sqrt{g_{22}}\,d\theta = r\,d\theta\)、\(\varphi\) 方向の固有長は \(\sqrt{g_{33}}\,d\varphi = r\sin\theta\,d\varphi\) だから、この 2 辺で囲まれる微小な領域はほぼ長方形とみなせる(\(d\theta\) と \(d\varphi\) が十分小さければ曲面の曲がりは無視できるから)。したがって微小面積は \(dA = r\,d\theta \times r\sin\theta\,d\varphi = r^2\sin\theta\,d\theta\,d\varphi\) よ。これを全球面にわたって足し合わせれば面積 \(4\pi r^2\) が出る。ここで「2 重積分」——積分を 2 回繰り返す操作——が出てくるけど、やっていることは単純よ——「まず \(\varphi\) を \(0\) から \(2\pi\) まで動かして 1 本の帯の面積を求め、次に \(\theta\) を \(0\) から \(\pi\) まで動かして帯を積み重ねる」という 2 段階の足し算。具体的には、\(\varphi\) について \(0\) から \(2\pi\) まで積分すると \(\int_0^{2\pi} d\varphi = 2\pi\) が出て、次に \(\theta\) について \(\int_0^\pi \sin\theta\,d\theta\) を計算する。\(\sin\theta\) の原始関数は \(-\cos\theta\)(\((\cos\theta)' = -\sin\theta\) だから)なので、\([-\cos\theta]_0^\pi = -\cos\pi -(-\cos 0) = -(-1)+1 = 2\) になる。全部掛け合わせて \(r^2 \times 2\pi \times 2 = 4\pi r^2\) になる。式で書けば \(\int_0^\pi\int_0^{2\pi} r^2\sin\theta\,d\varphi\,d\theta = 4\pi r^2\) よ。本章の (7.11) 式(あるいは前章の球座標の線素)から \(r\) 固定の球面上の計量 \(ds^2 = r^2 d\theta^2 + r^2\sin^2\theta\,d\varphi^2\) を読み取って、各方向の固有長から微小面積を組み立てるのと同じ要領ね。Schwarzschild 計量でも球面上の計量は平坦時空と同じ形(\(r^2 d\theta^2 + r^2\sin^2\theta\,d\varphi^2\))だから、面積はやはり \(4\pi r^2\) になるの。
🔵 カイ: なるほど、\(r\) は「距離」じゃなくて「面積から決めたラベル」なんですね。
🟡 リナ: その通り。では計量の成分を読み取ると
⚪ メイ: 平坦時空 (7.12) との違いは \(g_{00}\)(時間成分)と \(g_{11}\)(\(r\) 方向の成分)だけね。\(g_{22}\) と \(g_{33}\) は全く同じ形。
🔵 カイ: じゃあ \(r\) がすごく大きくなったら \(\frac{2M}{r}\) はほぼゼロだから、平坦時空に戻るんじゃないですか?
🟡 リナ: その通り。星から十分離れれば重力の影響が消えて、Minkowski 計量に戻る。これを「漸近的に平坦」と言うの。物理的には当然よね——遠くの星の重力は感じないはずだから。比較表にまとめておくわね。「違い」の列に書いた物理的意味は、このあとすぐ確認するわ。
表 7.3: Schwarzschild 計量と平坦時空の計量成分の比較
| 成分 | 平坦時空(球座標) | Schwarzschild 計量 | 違い |
|---|---|---|---|
| \(g_{00}\) | \(-1\) | \(-(1 - 2M/r)\) | 重力による時間の遅れ |
| \(g_{11}\) | \(+1\) | \((1 - 2M/r)^{-1}\) | 空間の伸び |
| \(g_{22}\) | \(r^2\) | \(r^2\) | 同じ |
| \(g_{33}\) | \(r^2\sin^2\theta\) | \(r^2\sin^2\theta\) | 同じ |
Schwarzschild 計量が教えてくれること¶
🟡 リナ: この計量から、いくつかの物理的帰結をすぐに読み取れる。ここでは「味見」として要点だけ確認して、詳しい議論は第 9 章に譲るわ。
(1) 重力による時間の遅れ¶
🟡 リナ: \(r\) 一定、\(\theta\) 一定、\(\varphi\) 一定の観測者(星の周りに静止している人)を考えるわ。\(dr = d\theta = d\varphi = 0\) だから、線素は \(ds^2 = g_{00}\,dt^2\) だけが残る。固有時の定義 \(d\tau^2 = -ds^2\) を使うと
したがって
これは幾何学的単位系 \(c = G = 1\) での表式。SI 単位系に戻すには \(2M/r\) を \(r_s/r = 2GM/(rc^2)\) に置き換えればよくて、\(d\tau = \sqrt{1 - r_s/r}\;dt = \sqrt{1 - 2GM/(rc^2)}\;dt\) となる。
🔵 カイ: \(r\) が小さい(星に近い)ほど \(\sqrt{1 - 2M/r}\) が小さくなるから、\(d\tau < dt\)……つまり星に近いほど時間がゆっくり進む!
🟡 リナ: 図 7.3「重力による時間の遅れ」 を見てみて。左のグラフは時間の遅れ因子 \(\sqrt{1 - 2M/r}\) が \(r\) によってどう変わるかを示しているわ。右のイメージは、異なる位置に置かれた時計が違う速さで進むことを表している。
図 7.3: 重力による時間の遅れ。左:時間の遅れ因子 \(\sqrt{1 - 2M/r}\) のグラフ。\(r = 2M\)(事象の地平面)で因子はゼロになり、遠方(\(r \to \infty\))で 1 に近づく。右:質量 \(M\) からの距離が異なる位置に置かれた時計。星に近いほど時計の進みが遅い。
🟡 リナ: GPS 衛星の時刻補正で使われているのがまさにこの効果よ。地上は衛星軌道より地球に近いから、地上の時計のほうがわずかに遅い。
🔵 カイ: GPS って位置を電波の到達時間で測るんですよね? 時計がずれたら位置もずれちゃうのか……。どのくらいの補正が必要なんですか?
🟡 リナ: 1 日あたり約 38 マイクロ秒。小さく聞こえるけど、光速を掛けると 1 日で約 11 km のずれになる。補正しなければナビは使い物にならないわ。
🔵 カイ: たった 38 マイクロ秒で 11 km もずれるのか……。一般相対論って日常の技術にも直結してるんですね。
⚪ メイ: \(r = 2M\) で \(g_{00} = 0\) になる。ここでは \(d\tau = 0\) ね。
🔵 カイ: \(d\tau = 0\) って……時間が止まるってこと?
🟡 リナ: 正確に言うと、遠方の観測者から見ると、\(r = 2M\) に近づく物体の時間が完全に止まったように見える。\(r = 2M\) は事象の地平面 (event horizon)と呼ばれる特別な面よ。これについては第 16 章で詳しく議論するわ。
(2) 空間の「伸び」¶
🟡 リナ: 次に、ある瞬間(\(dt = 0\))に \(r\) 方向に \(dr\) だけ進んだときの固有長は
🔵 カイ: \(1 - 2M/r < 1\) だから \(\frac{1}{\sqrt{1-2M/r}} > 1\)……つまり固有長 \(dL\) は座標差 \(dr\) より長い。空間が「引き伸ばされている」んですね。
🟡 リナ: そう。星に近いほど、\(r\) 方向の「実際の距離」は座標で見るより長い。これが「空間が曲がっている」ことの具体的な現れ。図 7.4「Schwarzschild 計量における \(r\) 方向の空間の伸び」 で、この「伸び」がどの程度かを視覚化しているわ。
図 7.4: Schwarzschild 計量における \(r\) 方向の空間の伸び。上:\(dL/dr = 1/\sqrt{1 - 2M/r}\) のグラフ。固有長は常に座標差より長い(\(dL/dr > 1\))。事象の地平面(\(r = 2M\))で発散する。下:質量 \(M\) に近い位置ほど「ものさし」が引き伸ばされるイメージ。
✅ 理解度チェック: Schwarzschild 計量で \(r\) 方向の固有長 \(dL\) が座標差 \(dr\) より長くなるのはなぜでしょうか?
答え
\(dL = dr/\sqrt{1-2M/r}\) であり、\(1-2M/r < 1\) なので \(1/\sqrt{1-2M/r} > 1\) となる。したがって固有長は座標差より常に長い。これは重力による空間の「引き伸ばし」を表している。
(3) \(r \gg 2M\) での近似¶
🟡 リナ: \(r\) が \(2M\) に比べて十分大きいとき、\(\frac{2M}{r} \ll 1\) だから \((1-2M/r)^{-1} \approx 1 + 2M/r\) と近似できる。これは \(|x| \ll 1\) のとき \(\frac{1}{1-x} \approx 1 + x\) という公式——\((1-x)(1+x) = 1 - x^2 \approx 1\) だから \(\frac{1}{1-x} \approx 1+x\) になるの。すると
ここで \(c\) を復元すると、\(g_{00} = -(1 - 2GM/(rc^2))\) だけど、Newton の重力ポテンシャル \(\Phi = -GM/r\)(第 1 章)を使えば \(1 + 2\Phi/c^2 = 1 + 2(-GM/r)/c^2 = 1 - 2GM/(rc^2)\) だから、\(g_{00} = -(1 + 2\Phi/c^2)\) と書ける。Schwarzschild 計量では \(\Phi = -GM/r\) がちょうど Newton ポテンシャルと一致するから、これは \(\Phi\) の定義を代入しただけの書き換えよ——\(g_{00}\) に関しては近似は入っていない。ただし注意してほしいのは、これは Schwarzschild 計量の \(g_{00}\) がたまたま \(\Phi/c^2\) に対して線形な形(\(1 + 2\Phi/c^2\))をしているおかげ——つまり \(\Phi\) を代入するだけで Newton ポテンシャルとの対応が見える特殊なケースだということ。もっと複雑な時空(たとえば回転するブラックホールの周り)では \(g_{00}\) が \(\Phi\) の 1 次式にならないこともあるから、\(g_{00} = -(1+2\Phi/c^2)\) が常に正確に成り立つわけではないの。
🔵 カイ: ふむ、\(g_{00}\) のほうは Newton ポテンシャルをそのまま代入しただけなんですね。じゃあ \(g_{11}\) のほうは?
🟡 リナ: \(g_{11}\) のほうは、\((1-2GM/(rc^2))^{-1} \approx 1 + 2GM/(rc^2)\) と近似している(\(r \gg r_s\) を使った)。\(\Phi = -GM/r\) だから \(-2\Phi/c^2 = -2(-GM/r)/c^2 = +2GM/(rc^2)\) なので、\(g_{11} \approx 1 - 2\Phi/c^2\) とも書ける。つまり弱重力近似が入っているのは \(g_{11}\) の方だけ。そして弱い重力では \(g_{00}\) の効果が支配的で、それが Newton の理論に対応するの。つまり Newton のモデルは「Schwarzschild 計量の弱重力近似」になっているの。これが第 1 章で予告した「Newton のモデルは Einstein のモデルの近似」の数学的な中身。
🔵 カイ: ちょっと待ってください。\(g_{00}\) のほうは「正確な書き換え」で、\(g_{11}\) のほうだけ「近似」なんですか? なんで片方だけ近似が入るんですか?
🟡 リナ: いい質問。ポイントは数学的な形の違いよ。
- \(g_{00} = -(1 - 2GM/(rc^2))\):これは \(\Phi = -GM/r\) を代入すれば \(-(1 + 2\Phi/c^2)\) とそのまま書ける。\(1 - 2GM/(rc^2) = 1 + 2(-GM/r)/c^2 = 1 + 2\Phi/c^2\) だから、何も捨てていない
- \(g_{11} = (1 - 2GM/(rc^2))^{-1}\):こちらは逆数の形。まず \(\frac{1}{1-x} \approx 1+x\) で \(g_{11} \approx 1 + 2GM/(rc^2)\) と近似し、次に \(\Phi = -GM/r\) だから \(2GM/(rc^2) = -2\Phi/c^2\) を使って \(g_{11} \approx 1 - 2\Phi/c^2\) と書ける
片方は「そのまま代入」、もう片方は「逆数を展開」——この違いが非対称性の理由よ。
⚪ メイ: つまり \(g_{00}\) と \(g_{11}\) で \(\Phi\) との関係が非対称なのは、元の式の数学的な形(一方は 1 次式、もう一方は逆数)が違うから、ということね。
🔵 カイ: なるほど……じゃあ逆に、もし \(g_{00}\) がもっと複雑な形(たとえば \(r\) の 2 次以上)だったら、Newton ポテンシャルとの対応はきれいにはいかないってことですか?
🟡 リナ: その通り。Schwarzschild 計量の \(g_{00}\) がたまたま \(\Phi/c^2\) の 1 次式だから、Newton ポテンシャル \(\Phi = -GM/r\) とぴったり対応するの。一般の時空ではもっと複雑になりうるわ。
⚪ メイ: 整理すると、Newton のポテンシャルは計量の \((0,0)\) 成分に \(g_{00} = -(1+2\Phi/c^2)\) として入っていて、先生が言ったように弱い重力では時間成分が支配的だから Newton の理論に対応する——そして Schwarzschild 計量では \(g_{00}\) がちょうど \(\Phi\) の 1 次式だからこの対応がきれいに成り立つ、ということね。
✅ 理解度チェック: Schwarzschild 計量の弱重力近似(\(r \gg 2M\))で、Newton の重力ポテンシャル \(\Phi = -GM/r\) は計量のどの成分にどのように現れるでしょうか?
答え
\(g_{00} = -(1 + 2\Phi/c^2)\) として \((0,0)\) 成分に現れる(Schwarzschild 計量ではこれは正確な等式)。弱い重力では時間成分が支配的で、これが Newton の理論に対応する。Newton のモデルは Schwarzschild 計量の弱重力近似になっている。
✅ 理解度チェック: Schwarzschild 計量で \(r\) が小さい(星に近い)ほど時間はどうなるでしょうか? その理由は?
答え
時間がゆっくり進む。固有時は \(d\tau = \sqrt{1 - 2M/r}\,dt\) で、\(r\) が小さいほど \(\sqrt{1 - 2M/r}\) が小さくなるため \(d\tau < dt\) となる。
📝 練習問題:
なぜ「天下り」なのか¶
🔵 カイ: でも先生、この計量はどこから来たんですか? いきなりポンと出てきましたけど。
🟡 リナ: 正直に言うと、この計量を導出するには Einstein 方程式(第 14 章)を解く必要がある。今の段階では方程式をまだ書き下していないから、「こういう形になる」と天下りで受け入れてもらうしかないの。でも、計量さえ与えられれば、固有時・固有長・光の経路といった物理的帰結はこの章の道具だけで全部計算できる。まず計量を「使う」練習をしておいて、後から「導く」方法を学ぶ、という順番よ。
⚪ メイ: なるほど、導出はまだ先でも、今の道具で物理的な結果は全部引き出せるのね。
🟡 リナ: そう。料理に例えるなら、レシピ(Einstein 方程式)を学ぶ前に、出来上がった料理(Schwarzschild 計量)を味わって「どんな物理が入っているか」を体験しておく、という段階よ。
7.8 この章のまとめ¶
🟡 リナ: 今日学んだことを整理しましょう。
- 計量テンソル \(g_{\alpha\beta}(x)\) は、曲がった時空での「ものさし」。10 個の独立成分を持つ対称テンソル
- 線素 \(ds^2 = g_{\alpha\beta}\,dx^\alpha\,dx^\beta\) から、固有時(\(d\tau^2 = -ds^2\)、時間的間隔)と固有長(\(dL^2 = ds^2|_{dt=0}\)、空間的間隔)が計算できる
- 計量の成分が場所に依存しても、それだけでは空間が曲がっているとは言えない(座標の効果の可能性がある)
- Schwarzschild 計量は球対称・静的な質量の周りの時空を記述する。重力による時間の遅れ・空間の伸び・弱場極限での Newton ポテンシャルの回復を「味見」した(詳細は第 9 章)
- \(r \to \infty\) で Minkowski 計量に戻り、弱重力極限で Newton のモデルを再現する
🔵 カイ: Newton のポテンシャル 1 個から 10 個の関数に拡張されたけど、そのぶん時間の遅れとか空間の伸びとか、Newton では説明できなかった現象が全部出てくる。でも逆に言えば、10 個もあるのに「球対称」っていう条件だけで形がほぼ決まっちゃうのは不思議ですね。
🟡 リナ: いい着眼点ね。対称性が強い制約を課すからこそ、独立成分が大幅に減るの。なぜそうなるかは Einstein 方程式を学んだあと(第 14 章)で明らかになるわ。
🔵 カイ: 対称性って強力なんだな……。でも「球対称」って条件だけで本当に一意に決まるんですか? たとえば星が脈動してたり、爆発の途中だったりしても同じ計量になるんですか?
🟡 リナ: 実は、真空で球対称という条件だけで——たとえ星が脈動していても——外側の計量は Schwarzschild 計量に一意に決まることが証明されている(Birkhoff の定理)。静的という条件すら不要なの。これも第 14 章以降で触れるわ。
🔵 カイ: へえ……脈動してても外側は同じ計量になるなんて、直感に反しますね。内部が変動しても外に影響しないって、なんでそうなるんですか?
🟡 リナ: 実は Newton の重力でも似た話があるの。球対称な質量分布の外側では、質量が中心に集中しているのと同じ重力場になる——Newton の殻定理よ。Birkhoff の定理はその一般相対論版と言える。球対称性が「情報を外に漏らさない」ほど強い制約を課すの。
🔵 カイ: なるほど。それと、もう一つ気になったんですけど——この章では計量が「ものさし」で、時間の遅れや空間の伸びが読み取れることは分かりました。でも、粒子がどう動くかは別に決めないといけないですよね? 曲がった時空で「まっすぐ進む」って、そもそもどうやって定義するんですか? 曲がってたら「まっすぐ」なんてなさそうだけど……。
🟡 リナ: まさにそれが次の章のテーマよ。ヒントだけ言うと、「ものさし」があれば経路の「長さ」が測れる——そして「最も効率よく進む経路」を選ぶ原理を使うの。曲がった時空での「まっすぐ」——測地線——はそうやって定義される。
🔵 カイ: 「最も効率よく進む経路」……第 1 章でやった最小作用の原理みたいな話ですか? でも作用を「最小」にするのと「最大」にするのって違いますよね? 固有時を最大にするのか最小にするのか、どっちなんだろう……。
🟡 リナ: いい疑問ね。「最小」なのか「最大」なのか——その答えと理由は次の章で丁寧にやるわ。楽しみにしていて。
⚪ メイ: この章で「ものさし」(計量)→「時間と距離の測り方」(固有時・固有長)→「具体例」(Schwarzschild 計量)と来たから、次は「その時空の中でどう動くか」——測地線——が来るのは論理的に自然な流れね。
次章予告¶
計量が時空の「ものさし」を与えることはわかった。では、その曲がった時空の中で粒子が「まっすぐ進む」とはどういうことか? 第 8 章では、固有時を極値にする経路として測地線方程式を導出する。自由落下する粒子の運動が、Newton の運動方程式に代わるこの方程式で記述される——一般相対論における「運動のモデル」がいよいよ姿を現す。
参考文献¶
- Hartle, J. B. (2003). Gravity: An Introduction to Einstein's General Relativity, Chapter 7. Addison-Wesley.
- Schutz, B. F. (2022). A First Course in General Relativity, 3rd ed., Chapter 7. Cambridge University Press.
- Tong, D. (2019). General Relativity (Cambridge lecture notes), Chapter 6.
- Lancaster, T. & Blundell, S. J. (2014). General Relativity for the Gifted Amateur, Chapter 3.
- 石井俊全 (2013). 『一般相対性理論を一歩一歩数式で理解する』, 第 7 章「一般相対性理論」. ベレ出版.
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