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第 7 章 相互作用と S 行列 — 場をどう混ぜるか

前回までのあらすじ:

第 6 章では、電磁場の量子化に取り組んだ。ゲージ自由度という新たな困難に直面し、ゲージ固定の処方箋を経て、光子が 2 つの物理的偏光自由度をもつ横波として量子化されることを確認した。これで自由場の量子化——スカラー場・Dirac 場・電磁場——が揃った。

この章のゴール

  • 自由場の世界を離れ、粒子同士が散乱する「相互作用」を場の量子論に導入する
  • 相互作用描像・S 行列・Dyson 級数・Wick の定理という道具を手に入れ、\(\phi^4\) 理論の 2→2 散乱振幅を最低次で具体的に計算できるようになる

7.1 なぜ相互作用が必要か——自由場の退屈な世界

🟡 リナ: 第 4 章から第 6 章にかけて、スカラー場・Dirac 場・電磁場を量子化してきたわね。でも、ここまでの理論には重大な欠点がある。何だと思う?

🔵 カイ: えーっと……粒子がぶつからない?

🟡 リナ: その通り。自由場の Hamiltonian を思い出して。スカラー場の場合は

\[ \hat{H}_0 = \int \frac{d^3p}{(2\pi)^3}\, \omega_{\mathbf{p}}\, \hat{a}_{\mathbf{p}}^\dagger \hat{a}_{\mathbf{p}} \]

🟡 リナ: だった(\(\omega_{\mathbf{p}} = \sqrt{|\mathbf{p}|^2 + m^2}\)、正規順序済み)。この \(\hat{H}_0\)粒子数演算子 \(\hat{N} \propto \int d^3p\, \hat{a}_{\mathbf{p}}^\dagger \hat{a}_{\mathbf{p}}\) と交換する——

\[ [\hat{H}_0,\, \hat{N}] = 0 \]

どちらも各運動量モードの粒子数演算子 \(\hat{a}_{\mathbf{p}}^\dagger \hat{a}_{\mathbf{p}}\) の(重み付き)和だから、互いに交換するのは直感的にも分かるわね。

⚪ メイ: つまり、粒子数が時間発展しても変わらないということね。

🟡 リナ: そう。粒子数が保存されるから、散乱も崩壊も起こらない。自由場の世界では、粒子はまっすぐ飛んでいくだけ。電子と電子が近づいても、お互いを素通りしてしまう。でも現実の世界では、加速器で陽子をぶつければ何百もの粒子が飛び出すし、放射性原子核は崩壊する。こうした現象を記述するには、Lagrangian に相互作用項を加えなければならないの。この違いを 図 7.1「自由場と相互作用場の時間発展の比較」 に図示したわ。

自由場と相互作用場の時間発展

図 7.1: 自由場と相互作用場の時間発展の比較。自由場では各モードが独立に振動し粒子数が保存されるが、相互作用場ではモード間でエネルギーが移動し粒子数が変化しうる。


Lagrangian の分割——自由部分と相互作用部分

🟡 リナ: 場を記述する Lagrangian 密度を、次のように 2 つの部分に分けて書くわ。

\[ \mathcal{L} = \mathcal{L}_0 + \mathcal{L}_{\text{int}} \]
  • \(\mathcal{L}_0\):自由場の部分。第 3〜6 章で扱ってきた、場の積が高々 2 つまでの項(スカラー場なら \(\phi^2\) まで、Dirac 場なら \(\bar{\psi}\psi\) まで)。正準量子化で厳密に解ける。
  • \(\mathcal{L}_{\text{int}}\):相互作用部分。粒子間の力を記述する。これがあると厳密には解けなくなる。

✅ 理解度チェック: 自由場の Hamiltonian \(\hat{H}_0\) のもとで粒子数が保存される(散乱が起きない)ことは、数学的にはどのような条件で表されるでしょうか?

答え

\([\hat{H}_0,\, \hat{N}] = 0\)、すなわち自由 Hamiltonian と粒子数演算子が交換することで表される。この交換関係が成り立つ限り、粒子数は時間発展しても変化しない。

🔵 カイ: 具体的にはどんな形ですか?

🟡 リナ: 最もシンプルな例として、実スカラー場の \(\phi^4\) 理論 (ファイ・フォー理論) を考えましょう。

\[ \mathcal{L} = \underbrace{\frac{1}{2}\partial_\mu \phi\,\partial^\mu \phi - \frac{1}{2}m^2\phi^2}_{\mathcal{L}_0} \underbrace{- \frac{\lambda}{4!}\phi^4}_{\mathcal{L}_{\text{int}}} \tag{7.1} \]

ここで \(\lambda\)結合定数 (coupling constant) と呼ばれるパラメータで、相互作用の「強さ」を決める。自然単位系(\(\hbar = c = 1\))では、作用 \(S = \int d^4x\, \mathcal{L}\) が無次元になる必要があるの。この条件から \(\lambda\) の次元が決まるのだけど、まず「次元」の数え方を整理させて。

自然単位系では \(\hbar = c = 1\) と置くから、量子力学の確率振幅に現れる \(e^{iS/\hbar}\) の指数 \(S/\hbar\) が無次元でなければならない——指数関数の肩に乗る量は「純粋な数」でないと意味がないわよね(\(e^{3\text{kg}}\) なんて書けないでしょう?)。\(\hbar = 1\) なので \(S\) 自体が無次元(\([S] = 0\))になるの。ちなみに \(e^{iS/\hbar}\) は経路積分という定式化で各経路の「重み」として現れるのだけど、詳しくは後の章で扱うわ。今は「作用 \(S\) は無次元でなければならない」という結論だけ使うわね。

🔵 カイ: なるほど、\(e\) の肩に乗るから無次元でないとダメなんですね。

🟡 リナ: そう。次に分散関係 \(E^2 = p^2 + m^2\)\(c = 1\))より \([E] = [p] = [m]\)。また \(p = \hbar k\)\(\hbar = 1\))より \([p] = [k]\)。波数 \(k\) は波長 \(\lambda\) の逆数(\(k = 2\pi/\lambda\))だから長さの逆数の次元を持つ——つまり \([k] = [1/\text{長さ}]\)。これが \([m]\) に等しいということは、長さの次元は質量の逆数 \([\text{長さ}] = [m]^{-1}\) ということになるわ。同様に \(c = 1\)\(c = \text{長さ}/\text{時間}\))から \([\text{時間}] = [\text{長さ}] = [m]^{-1}\)。つまりエネルギー・運動量・質量がすべて同じ次元になり、長さや時間は質量の逆数の次元を持つの。だから質量だけを基準にしてすべての量の次元を表せるわけ。

そこで便利な記法を導入するわ。\([A]\) と書いたら「\(A\) の質量次元」——つまり「\(A\) が質量の何乗の次元を持つか」を表す整数(または有理数)を意味するの。たとえば \([x^\mu] = -1\) と書いたら「\(x^\mu\) の次元は質量の \(-1\) 乗(= 質量の逆数)」という意味よ。

⚪ メイ: プログラミングで言えば、すべての物理量を「質量の何乗か」という一つの型で統一的に表す感覚ね。

🟡 リナ: いい例えね。積の質量次元は各因子の質量次元の和になる——\([AB] = [A] + [B]\) よ。「積なのに和?」と思うかもしれないけど、高校で習った指数法則 \(m^a \times m^b = m^{a+b}\) と同じことよ。\([\cdot]\) は「質量の何乗か」という「べき(指数)」を表す数だから、量を掛け合わせると「べき」が足し算になるの。たとえば \([A] = 2\)\(A\) の次元は質量\(^2\))と \([B] = 1\)\(B\) の次元は質量\(^1\))なら、\(AB\) の次元は質量\(^2 \times\) 質量\(^1\) = 質量\(^{2+1}\) = 質量\(^3\) だから \([AB] = 2 + 1 = 3\)。逆に商なら引き算——\([A/B] = [A] - [B] = 2 - 1 = 1\) よ。

これを使って順番に求めていくわね。 - \(d^4x = dx^0\,dx^1\,dx^2\,dx^3\) は 4 つの座標の微小量の積。各 \(dx^\mu\) は座標 \(x^\mu\) と同じ次元を持つから \([dx^\mu] = [x^\mu] = -1\)。積の規則 \([AB] = [A] + [B]\) を 4 回使って \([d^4x] = [dx^0] + [dx^1] + [dx^2] + [dx^3] = 4 \times (-1) = -4\) - 作用 \(S\) が無次元(\([S] = 0\))であるためには \([\mathcal{L}] + [d^4x] = 0\)、つまり \([\mathcal{L}] = 4\) - 微分は長さの逆数だから \([\partial_\mu] = 1\) - 自由場の運動項 \(\frac{1}{2}\partial_\mu\phi\,\partial^\mu\phi\) の次元は \([\partial_\mu\phi\,\partial^\mu\phi] = 2(1 + [\phi]) = 4\) より \([\phi] = 1\) - \([\lambda \phi^4] = [\lambda] + 4[\phi] = [\lambda] + 4 = 4\) より \([\lambda] = 0\)——つまり \(\lambda\)無次元

🔵 カイ: へえ、\(\lambda\) に単位がないんですね。じゃあ本当に「強さ」だけを表す純粋な数なんだ。

🟡 リナ: その通り。\(4!\) で割っているのは、後の計算で組み合わせ因子がきれいになるための慣習よ。具体的には、この章の後半で 2→2 散乱を計算するとき、\(\hat{\phi}^4\) の展開から出てくる \(4! = 24\) 通りの組み合わせと分母の \(4!\) がちょうど打ち消し合うの——そこで「なるほど」と思えるはずよ。

⚪ メイ: \(\lambda\) が小さければ、相互作用の効果も小さいから、近似的に扱えるということね。

🟡 リナ: まさにそう。\(\lambda \ll 1\) のとき、自由場からの「ずれ」を \(\lambda\) のべきで系統的に展開していく——これが摂動論 (perturbation theory) よ。

✅ 理解度チェック: Lagrangian 密度を \(\mathcal{L} = \mathcal{L}_0 + \mathcal{L}_{\text{int}}\) と分割するとき、\(\mathcal{L}_0\)\(\mathcal{L}_{\text{int}}\) はそれぞれどのような役割を持つでしょうか?

答え

\(\mathcal{L}_0\) は自由場の部分で、場の2次までの項からなり正準量子化で厳密に解ける。\(\mathcal{L}_{\text{int}}\) は相互作用部分で、粒子間の力を記述する。\(\mathcal{L}_{\text{int}}\) があると厳密解は得られないため、結合定数が小さいとき摂動論で近似的に扱う。


\(\phi^4\) 相互作用は何をするのか

🔵 カイ: \(\phi^4\) って、場を 4 回かけるだけですよね。それが「粒子がぶつかる」ことになるんですか?

🟡 リナ: いい質問。場 \(\hat{\phi}\) を生成・消滅演算子で展開すると、模式的に \(\hat{\phi} \sim \hat{a} + \hat{a}^\dagger\) だったわよね。だから \(\hat{\phi}^4\) には

\[ \hat{a}^\dagger \hat{a}^\dagger \hat{a}\, \hat{a}, \quad \hat{a}^\dagger \hat{a}^\dagger \hat{a}^\dagger \hat{a}, \quad \hat{a}^\dagger \hat{a}^\dagger \hat{a}^\dagger \hat{a}^\dagger, \quad \ldots \]

のような項が含まれる。実際には各演算子は異なる運動量ラベルを持っていて、たとえば \(\hat{a}_{\mathbf{p}_3}^\dagger \hat{a}_{\mathbf{p}_4}^\dagger \hat{a}_{\mathbf{p}_1}\, \hat{a}_{\mathbf{p}_2}\) は「運動量 \(\mathbf{p}_1, \mathbf{p}_2\) の粒子を消滅させて、運動量 \(\mathbf{p}_3, \mathbf{p}_4\) の粒子を生成する」——つまり 2 粒子散乱を記述しているの。代表的な組み合わせと対応する物理過程を 表 7.1「\(\hat{\phi}^4\) に含まれる代表的な演算子の組み合わせと対応する物理過程」 にまとめたわ。

表 7.1: \(\hat{\phi}^4\) に含まれる代表的な演算子の組み合わせと対応する物理過程

演算子の型 物理過程 粒子数変化
\(\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\hat{a}\,\hat{a}\) 2→2 散乱 \(\Delta N = 0\)
\(\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\hat{a}\) 1→3 分裂 \(\Delta N = +2\)
\(\hat{a}^\dagger\hat{a}\,\hat{a}\,\hat{a}\) 3→1 融合 \(\Delta N = -2\)
\(\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\) 0→4 真空からの4粒子生成 \(\Delta N = +4\)
\(\hat{a}\,\hat{a}\,\hat{a}\,\hat{a}\) 4→0 真空への4粒子消滅 \(\Delta N = -4\)

🔵 カイ: なるほど、生成・消滅演算子の組み合わせが粒子の出入りを表すんですね。でも \(\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\hat{a}^\dagger\hat{a}\) みたいな「3 個生成して 1 個消滅」の項もあるんですよね? それって 1 粒子が 3 粒子に分裂するってことですか? でも、1 個の粒子が突然 3 個になるなんて、エネルギー保存に反しそうな気がするんですが……。

🟡 リナ: そう、原理的にはそういう過程も \(\hat{H}_{\text{int}}\) に含まれているわ。ただし実際に起きるかどうかはエネルギー・運動量保存で制限される。たとえば質量 \(m\) の粒子 1 個が質量 \(m\) の粒子 3 個に分裂するには、最低でも \(3m\) のエネルギーが必要だけど、静止している粒子のエネルギーは \(m\) しかない——だから自由空間では起きないの。ただし仮想過程(中間状態)としては許される場合があるわ。今日は 2→2 散乱に集中するけど、粒子数が変わる過程を許すのが場の量子論の本質的な特徴よ。

🔵 カイ: でも待ってください。粒子数を変える項が Hamiltonian に入っているなら、最初に見た \([\hat{H}_0, \hat{N}] = 0\) はもう成り立たないんじゃ……?

🟡 リナ: まさにそう。\(\hat{H}_{\text{int}}\) が粒子数を変える演算子を含むから \([\hat{H}, \hat{N}] \neq 0\) になる。粒子数が変わる過程が許されるわけ。でも問題がある。相互作用がある Hamiltonian \(\hat{H} = \hat{H}_0 + \hat{H}'\) は、もはや対角化できない。つまり厳密解が得られないの。

🔵 カイ: 厳密に解けないから近似するしかない……でも、\(\lambda\) が小さいって、具体的にどのくらい小さければ近似が信用できるんですか? \(\lambda = 0.1\) ならいいけど \(\lambda = 0.5\) だとダメとか、そういう基準はあるんですか?

🟡 リナ: いい質問。厳密な基準は問題によるけど、基本的な目安は「\(n\) 次の補正が \((n-1)\) 次に比べて十分小さい」ことが必要よ。\(\phi^4\) 理論では \(\lambda\) が無次元だから、\(\lambda \ll 1\) なら高次の項は \(\lambda^n\) で急速に小さくなり、最初の数次数で良い近似になるわ。逆に \(\lambda \gg 1\) だと摂動論は破綻する——QCD の低エネルギー領域がまさにそうで、別の方法(格子計算など)が必要になるの。

⚪ メイ: つまり、摂動論が使える条件は「\(\lambda\) が小さいこと」——具体的には高次の項が前の次数に比べて無視できるほど小さくなること、ということね。

🟡 リナ: そう。でも今日はまず \(\lambda \ll 1\) の場合に集中しましょう。摂動論を使って近似的に計算する方法を今から構築していくわ。そのためにまず、相互作用描像という新しい枠組みを導入する——その中で、相互作用 Hamiltonian \(\hat{H}'\) の具体的な形(特に Lagrangian との符号関係 \(\hat{H}' = -\int d^3x\,\mathcal{L}_{\text{int}}\))も導出するわね。

✅ 理解度チェック: \(\phi^4\) 理論の結合定数 \(\lambda\) の質量次元は何でしょうか?(ヒント:自然単位系で \([\mathcal{L}] = 4\)\([\phi] = 1\) を使え)

答え

\([\lambda/4! \cdot \phi^4] = [\lambda] + 4[\phi] = [\lambda] + 4 = 4\) より \([\lambda] = 0\)。つまり \(\lambda\)無次元。このような相互作用を marginal (周辺的) と呼ぶ。


7.2 相互作用描像——演算子と状態の「役割分担」

🟡 リナ: 摂動計算を進めるために、新しい「描像」を導入するわ。「量子力学」編 第 13 章で学んだ描像の話を覚えている?

🔵 カイ: Schrödinger 描像は状態が時間発展して演算子は固定、Heisenberg 描像はその逆……でしたよね。Schrödinger 方程式 \(i\frac{d}{dt}|\psi\rangle = \hat{H}|\psi\rangle\) が状態を動かすのが Schrödinger 描像で、「期待値 \(\langle\psi|\hat{O}|\psi\rangle\) は同じなんだから、状態を固定して代わりに演算子を時間変化させても物理は変わらないはず」——そう考えて時間発展を演算子の側に移したのが Heisenberg 描像。3 つ目の「相互作用描像」は「量子力学」編 第 13 章で学びましたけど、あのときは概念の紹介だけで、具体的な計算には使いませんでしたよね。

🟡 リナ: そう。ここでその第三の選択肢——相互作用描像 (interaction picture)、別名 Dirac 描像——を本格的に使うわ。「量子力学」編 第 13 章で導入した概念を、場の量子論の散乱問題に応用するの。

Hamiltonian の分割と描像の定義

🟡 リナ: 出発点は、Hamiltonian を 2 つに分けること。

\[ \hat{H} = \hat{H}_0 + \hat{H}' \]

ここで \(\hat{H}' = -\int d^3x\, \mathcal{L}_{\text{int}}\) が相互作用 Hamiltonian よ(この符号の由来はすぐ下で導出するわ)。注意してほしいのは、\(\hat{H}'\) は Schrödinger 描像の相互作用 Hamiltonian だということ。Schrödinger 描像では演算子(場を含む)は時間に依存しない定数だから、\(\hat{H}'\) も時間に依存しないの。後で出てくる \(\hat{H}_I(t) = e^{i\hat{H}_0 t}\hat{H}'e^{-i\hat{H}_0 t}\) はそれを相互作用描像に移したもの——つまり \(\hat{H}_0\) で「回転」させて時間依存性を持たせたものよ。

🔵 カイ: なぜマイナスがつくんですか? Lagrangian と Hamiltonian って符号が逆になるんでしたっけ。

🟡 リナ: 第 3 章で学んだように、Hamiltonian 密度は Legendre 変換——独立変数を「速度」\(\dot{\phi}\) から「運動量」\(\pi\) に取り替える操作——で \(\mathcal{H} = \pi\dot{\phi} - \mathcal{L}\) と定義されるの。ここで \(\pi = \partial\mathcal{L}/\partial\dot{\phi}\) は正準運動量密度——場の「速度」\(\dot{\phi}\) に対する Lagrangian の応答を測る量で、粒子力学の \(p = \partial L/\partial\dot{q}\) の場の理論版よ。\(L\)\(H\) の符号が逆になるのは、この Legendre 変換の構造——\(H = p\dot{q} - L\)——から来ているわ。ここに \(\mathcal{L} = \mathcal{L}_0 + \mathcal{L}_{\text{int}}\) を代入すると

\[ \mathcal{H} = \pi\dot{\phi} - \mathcal{L}_0 - \mathcal{L}_{\text{int}} = \underbrace{(\pi\dot{\phi} - \mathcal{L}_0)}_{\mathcal{H}_0} - \mathcal{L}_{\text{int}} \]

ここで \(\pi\dot{\phi} - \mathcal{L}_0 = \mathcal{H}_0\) と書けるのは、\(\mathcal{L}_{\text{int}}\)\(\dot{\phi}\) を含まないとき、正準運動量が \(\pi = \partial\mathcal{L}_0/\partial\dot{\phi}\) と自由場だけで決まるからよ。

🔵 カイ: あっ、\(\mathcal{L}_{\text{int}} = -\frac{\lambda}{4!}\phi^4\) には時間微分 \(\dot{\phi}\) が入っていないから、正準運動量には影響しないんですね。

🟡 リナ: その通り。具体的に確認してみましょう。\(\phi^4\) 理論の \(\mathcal{L}_{\text{int}} = -\frac{\lambda}{4!}\phi^4\) には \(\dot{\phi}\) が含まれていないから、\(\pi = \partial\mathcal{L}/\partial\dot{\phi} = \partial(\mathcal{L}_0 + \mathcal{L}_{\text{int}})/\partial\dot{\phi} = \partial\mathcal{L}_0/\partial\dot{\phi} = \dot{\phi}\) となる。つまり \(\pi\)\(\dot{\phi}\) の関係が相互作用の有無で変わらないので、\(\pi\dot{\phi} - \mathcal{L}_0\) はまさに自由場の Hamiltonian 密度 \(\mathcal{H}_0\) そのものになるの。

したがって \(\mathcal{H}_{\text{int}} = -\mathcal{L}_{\text{int}}\)。Hamiltonian は Hamiltonian 密度の空間積分だから \(\hat{H}' = \int d^3x\, \mathcal{H}_{\text{int}} = -\int d^3x\, \mathcal{L}_{\text{int}}\) となるわ。\(\mathcal{L}_{\text{int}}\)\(\dot{\phi}\) を含む場合はこの分離がきれいにできないけど、\(\phi^4\) 理論の相互作用項 \(-\frac{\lambda}{4!}\phi^4\)\(\dot{\phi}\) を含まないから、この条件を満たしているわ。

⚪ メイ: なるほど、\(\mathcal{L}_{\text{int}}\) にマイナスをつけて空間積分したものが \(\hat{H}'\) になるのね。

🟡 リナ: そう。では相互作用描像の定義を述べるわ。この描像では:

  • 演算子は自由 Hamiltonian \(\hat{H}_0\) で時間発展する
  • 状態は相互作用 Hamiltonian \(\hat{H}_I(t)\) で時間発展する

具体的には、相互作用描像の演算子を

\[ \hat{O}_I(t) = e^{i\hat{H}_0 t}\, \hat{O}_S\, e^{-i\hat{H}_0 t} \tag{7.2} \]

と定義するの(\(\hat{O}_S\) は Schrödinger 描像の演算子で、時間に依存しない定数演算子よ。自然単位系 \(\hbar = 1\) を使用)。

⚪ メイ: Heisenberg 描像だと \(\hat{O}_H(t) = e^{i\hat{H} t}\, \hat{O}_S\, e^{-i\hat{H} t}\) だったから、全 Hamiltonian \(\hat{H}\) の代わりに自由部分 \(\hat{H}_0\) だけで発展させているのね。

🟡 リナ: その通り。


演算子の運動方程式

✅ 理解度チェック: 相互作用描像の演算子 \(\hat{O}_I(t)\) の定義式 (7.2) は、Heisenberg 描像の演算子の定義とどこが異なるでしょうか?

答え

Heisenberg 描像では全 Hamiltonian \(\hat{H} = \hat{H}_0 + \hat{H}'\) で演算子を時間発展させる(\(\hat{O}_H(t) = e^{i\hat{H}t}\hat{O}_S e^{-i\hat{H}t}\))のに対し、相互作用描像では自由部分 \(\hat{H}_0\) だけで時間発展させる(\(\hat{O}_I(t) = e^{i\hat{H}_0 t}\hat{O}_S e^{-i\hat{H}_0 t}\))。

🟡 リナ: 式 (7.2) を時間で微分してみましょう。

\[ \frac{d\hat{O}_I}{dt} = i\hat{H}_0\, e^{i\hat{H}_0 t}\, \hat{O}_S\, e^{-i\hat{H}_0 t} + e^{i\hat{H}_0 t}\, \hat{O}_S\, (-i\hat{H}_0)\, e^{-i\hat{H}_0 t} \]
\[ = i[\hat{H}_0,\, \hat{O}_I(t)] \]

つまり

\[ \frac{d\hat{O}_I}{dt} = i[\hat{H}_0,\, \hat{O}_I(t)] \tag{7.3} \]

🔵 カイ: あれ、右辺には \(\hat{H}_0\) しか出てこない。相互作用 \(\hat{H}'\) はどこへ行ったんですか?

🟡 リナ: いい疑問。相互作用の効果は状態のほうに押し込まれるの。式 (7.3) が意味するのは、相互作用描像の場の演算子 \(\hat{\phi}_I(x)\)自由場の運動方程式に従うということ。だから第 4 章で学んだモード展開

\[ \hat{\phi}_I(x) = \int \frac{d^3p}{(2\pi)^3}\, \frac{1}{\sqrt{2\omega_{\mathbf{p}}}} \left( \hat{a}_{\mathbf{p}}\, e^{-ip \cdot x} + \hat{a}_{\mathbf{p}}^\dagger\, e^{ip \cdot x} \right) \tag{7.4} \]

ここで注意してほしいのは、この章からモード展開の規約を変更するということ。第 4 章では分母を \((2\pi)^{3/2}\) にして \([\hat{a}_{\mathbf{p}},\, \hat{a}_{\mathbf{q}}^\dagger] = \delta^{(3)}(\mathbf{p}-\mathbf{q})\) としていたけど、散乱問題では分母を \((2\pi)^3\) にして

\[ [\hat{a}_{\mathbf{p}},\, \hat{a}_{\mathbf{q}}^\dagger] = (2\pi)^3\,\delta^{(3)}(\mathbf{p}-\mathbf{q}) \tag{7.4a} \]

とする規約のほうが標準的で、共変的正規化との相性もいいの。\((2\pi)^3\) の因子がモード展開の分母に吸収されるか交換関係に出るかの違いだけで、物理的な結果は変わらないわ。以降この規約を使うわね。

このモード展開がそのまま使える。交換関係も、伝播関数も、すべて自由場の結果がそのまま流用できるの。

⚪ メイ: つまり、演算子に関しては今まで学んだことが全部そのまま使えるのね。ものすごく便利。

🔵 カイ: あの、さっき規約を変更するって言いましたけど、この後の計算ではどっちの規約を使うんですか? 混乱しそうで……。

🟡 リナ: ごめんなさい、はっきりさせておくわね。この章以降は式 (7.4) と (7.4a) の規約——モード展開の分母が \((2\pi)^3\)、交換関係が \([\hat{a}_{\mathbf{p}}, \hat{a}_{\mathbf{q}}^\dagger] = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\mathbf{p}-\mathbf{q})\)——を一貫して使うわ。第 4 章の規約(分母 \((2\pi)^{3/2}\)、交換関係に \((2\pi)^3\) がつかない)はもう使わないから安心して。

✅ 理解度チェック: 相互作用描像の場の演算子 \(\hat{\phi}_I(x)\) が自由場のモード展開をそのまま使える理由は何でしょうか?

答え

相互作用描像の演算子の運動方程式 (7.3) の右辺には \(\hat{H}_0\) しか現れないため、\(\hat{\phi}_I(x)\) は自由場の運動方程式(Klein-Gordon 方程式)に従う。したがって、自由場で導出したモード展開・交換関係・伝播関数がすべてそのまま適用できる。


状態の時間発展——\(\hat{H}_I(t)\) が駆動する

🟡 リナ: では、相互作用の効果はどこに現れるか。相互作用描像の状態 \(|\psi_I(t)\rangle\)

\[ |\psi_I(t)\rangle = e^{i\hat{H}_0 t}\, |\psi(t)\rangle_S \tag{7.5} \]

と定義する(\(|\psi(t)\rangle_S\) は Schrödinger 描像の状態)。この状態の運動方程式を導出するわ。式 (7.5) を時間微分すると

\[ i\frac{d}{dt}|\psi_I(t)\rangle = i\frac{d}{dt}\left(e^{i\hat{H}_0 t}\, |\psi(t)\rangle_S\right) \]

右辺を積の微分で展開するわ。\(\hat{H}_0\) は時間に依存しないから \(\frac{d}{dt}e^{i\hat{H}_0 t} = i\hat{H}_0\, e^{i\hat{H}_0 t}\) よ。これに左辺の \(i\) をかけると \(i \times i\hat{H}_0 = -\hat{H}_0\) だから

\[ = -\hat{H}_0\, e^{i\hat{H}_0 t}\, |\psi(t)\rangle_S + e^{i\hat{H}_0 t}\, \left(i\frac{d}{dt}|\psi(t)\rangle_S\right) \]

Schrödinger 方程式 \(i\frac{d}{dt}|\psi(t)\rangle_S = \hat{H}\, |\psi(t)\rangle_S = (\hat{H}_0 + \hat{H}')\, |\psi(t)\rangle_S\) を代入すると

\[ = -\hat{H}_0\, e^{i\hat{H}_0 t}\, |\psi(t)\rangle_S + e^{i\hat{H}_0 t}\, (\hat{H}_0 + \hat{H}')\, |\psi(t)\rangle_S \]
\[ = e^{i\hat{H}_0 t}\, \hat{H}'\, |\psi(t)\rangle_S \]

ここで \(|\psi(t)\rangle_S = e^{-i\hat{H}_0 t}\, |\psi_I(t)\rangle\) を代入すれば

\[ \boxed{i\frac{d}{dt}|\psi_I(t)\rangle = \hat{H}_I(t)\, |\psi_I(t)\rangle} \tag{7.6} \]

ただし

\[ \hat{H}_I(t) = e^{i\hat{H}_0 t}\, \hat{H}'\, e^{-i\hat{H}_0 t} \tag{7.7} \]

🔵 カイ: おお、状態の時間発展は相互作用 Hamiltonian \(\hat{H}_I(t)\) だけで決まるんですね! 相互作用がなければ(\(\hat{H}' = 0\) なら)状態は変化しない。

🟡 リナ: その通り。3 つの描像を表にまとめておくわね。

表 7.2: Schrödinger・Heisenberg・相互作用描像の比較

描像 演算子の時間発展 状態の時間発展
Schrödinger なし \(\hat{H} = \hat{H}_0 + \hat{H}'\) で発展
Heisenberg \(\hat{H}\) で発展 なし
相互作用 \(\hat{H}_0\) で発展 \(\hat{H}_I(t)\) で発展

⚪ メイ: 演算子は自由場として扱えて、状態の変化は相互作用だけが駆動する。つまり相互作用がなければ状態は一切変化しない——散乱問題を扱うのにぴったりの定式化ね。

✅ 理解度チェック: 相互作用描像で、演算子の時間発展を支配するのは何でしょうか? 状態の時間発展を支配するのは何でしょうか?

答え

演算子は自由 Hamiltonian \(\hat{H}_0\) で時間発展する。状態は相互作用 Hamiltonian \(\hat{H}_I(t) = e^{i\hat{H}_0 t}\hat{H}'e^{-i\hat{H}_0 t}\) で時間発展する。

📝 練習問題:


7.3 S 行列の定義——散乱の「入口」と「出口」をつなぐ

🟡 リナ: 次に、散乱実験を定式化しましょう。典型的な散乱実験は 3 段階に分かれる。

  1. \(t \to -\infty\):粒子は十分に離れていて、自由粒子として記述できる(初期状態 \(|i\rangle\)
  2. 有限時間:粒子が衝突し、相互作用 \(\hat{H}_I\) が効く
  3. \(t \to +\infty\):反応後の粒子が再び離れ、自由粒子として記述できる(終状態 \(|f\rangle\)

🔵 カイ: 初期状態も終状態も自由粒子なんですね。相互作用が効いているのは「途中」だけ。

🟡 リナ: そう。図 7.2「散乱実験の 3 段階と S 行列」 にこの 3 段階の構造を図示したわ(図中の \(\hat{U}_I\)\(\hat{S}\) はこの後すぐ定義するわ)。相互作用描像では、状態は \(\hat{H}_I\) で時間発展する。直感的には、\(t \to \pm\infty\) で粒子が十分に離れていれば相互作用の効果は無視でき、状態は「凍結」する。この凍結した状態がまさに自由粒子の状態——\(\hat{H}_0\) の固有状態——なの。

散乱実験の3段階とS行列

図 7.2: 散乱実験の 3 段階と S 行列。遠い過去(\(t \to -\infty\))と遠い未来(\(t \to +\infty\))では粒子は自由(\(\hat{H}_0\) の固有状態)で、有限時間に相互作用 \(\hat{H}_I(t)\) が働く。S 演算子 \(\hat{S} = \hat{U}_I(+\infty, -\infty)\) が初期状態と終状態をつなぐ。

🔵 カイ: でも、\(\hat{H}_I(t)\) の式を見ると、\(t \to \pm\infty\) で自動的にゼロになるようには見えないんですが……。

🟡 リナ: 鋭い指摘ね。厳密には、相互作用を \(e^{-\varepsilon|t|}\hat{H}_I(t)\)\(\varepsilon > 0\) は微小量)のように無限の過去・未来でゆっくり「消す」操作——断熱スイッチング (adiabatic switching) と呼ばれる——を仮定しているの。\(e^{-\varepsilon|t|}\)\(t = 0\) 付近では 1 に近いけど、\(|t| \to \infty\) ではゼロに減衰する——つまり遠い過去・未来では相互作用が「消えている」ことを数学的に表現しているわ。

🔵 カイ: 「ゆっくり」がポイントなんですね。急にオン・オフしちゃダメなのは……。

🟡 リナ: そう、「ゆっくり」がポイントで、もし相互作用を急にオン・オフすると問題が起きるの。Fourier 変換の性質を思い出して——光のパルスを短くするほど含まれる振動数の幅が広がるわよね(@chapter:qm/appendix_c)。同じ原理で、相互作用を急にオン・オフする(持続時間 \(\Delta t\) が短い)ほど、系に注入されるエネルギーの幅 \(\Delta E\) が大きくなるの。これは Fourier 変換の帯域幅の関係——@chapter:qm/appendix_cで学んだ「パルスの持続時間 \(\Delta t\) が短いほど含まれる振動数の幅 \(\Delta\omega\) が広がる」という性質(\(\Delta\omega \cdot \Delta t \gtrsim 1\))——から来ているわ。自然単位系(\(\hbar = 1\))では \(E = \hbar\omega = \omega\) だから、これはそのまま \(\Delta E \cdot \Delta t \gtrsim 1\) と書けるの。\(\Delta E\) が粒子の質量 \(m\) を超えると(自然単位系では \(E = m\) が粒子を 1 個作るのに必要な最小エネルギーだったわよね)、その余剰エネルギーで新たな粒子が生成されてしまうの。十分ゆっくり(断熱的に)切り替えれば \(\Delta E \approx 0\) となり、系は自由粒子の状態から滑らかに相互作用する状態へ移行できるわ。最終的に \(\varepsilon \to 0\) の極限を取る。この処方箋のおかげで、\(t \to \pm\infty\) の状態を自由粒子として扱えるわ。厳密な正当化は高度な話題だから、今は「そういう約束がある」と思っておいて。


時間発展演算子 \(\hat{U}_I\)

🟡 リナ: 相互作用描像の状態の時間発展を、演算子 \(\hat{U}_I(t, t_0)\) で書くわ。

\[ |\psi_I(t)\rangle = \hat{U}_I(t, t_0)\, |\psi_I(t_0)\rangle \tag{7.8} \]

式 (7.6) に代入すると、\(\hat{U}_I\)

\[ i\frac{\partial}{\partial t}\hat{U}_I(t, t_0) = \hat{H}_I(t)\, \hat{U}_I(t, t_0), \qquad \hat{U}_I(t_0, t_0) = 1 \tag{7.9} \]

を満たす。

S 演算子の定義

🟡 リナ: S 行列(S-matrix)の S は "scattering" の頭文字よ。S 演算子 \(\hat{S}\) は、\(t_0 \to -\infty\)\(t \to +\infty\) の極限を取った時間発展演算子として定義される。

\[ \hat{S} = \hat{U}_I(+\infty, -\infty) \tag{7.10} \]

散乱振幅は

\[ \langle f|\hat{S}|i\rangle \tag{7.11} \]

で与えられる。ここで \(|i\rangle\), \(|f\rangle\) は自由粒子の状態——\(\hat{H}_0\) の固有状態——よ。

🔵 カイ: \(|\langle f|\hat{S}|i\rangle|^2\) が遷移確率ですね。量子力学で学んだ Fermi の黄金律の一般化みたいな感じですか?

🟡 リナ: まさにそう。Fermi の黄金律は S 行列の最低次近似から導かれるの。場の量子論では粒子数が変わる過程も含めて、すべてが \(\hat{S}\) に集約される。

🔵 カイ: あれ、初期状態 \(|i\rangle\) と終状態 \(|f\rangle\) が同じ——つまり散乱が起きない場合はどうなるんですか? \(|\langle f|\hat{S}|i\rangle|^2\) だと「何も起きない」確率も含まれちゃいますよね。

🟡 リナ: いい質問。散乱が起きない部分を分離するために、\(\hat{S}\)

\[ \hat{S} = \mathbb{1} + i\hat{T} \tag{7.12} \]

と書くことが多いわ。\(\mathbb{1}\) は「何も起きない」部分、\(i\hat{T}\) が相互作用による遷移を記述する部分。\(i\) をつけるのは慣習で、こうしておくと後で不変振幅 \(\mathcal{M}\) を定義するとき、\(\langle f|i\hat{T}|i\rangle = i\mathcal{M} \times (\text{デルタ関数})\) と書けて、\(\hat{S}^{(1)}\) の結果 \(-i\lambda \times (\text{デルタ関数})\) から直接 \(\mathcal{M} = -\lambda\) と読み取れるの——この章の最後で実際に確認するわ。実際に測定する散乱断面積は \(\hat{T}\) の行列要素から計算されるわ。

✅ 理解度チェック: S 演算子を \(\hat{S} = \mathbb{1} + i\hat{T}\) と分解する理由は何でしょうか?

答え

\(\mathbb{1}\) は散乱が起きない(初期状態と終状態が同じ)部分を表し、\(i\hat{T}\) が相互作用による実際の遷移を記述する。散乱断面積など実験で測定する量は \(\hat{T}\) の行列要素から計算されるため、「何も起きない」寄与を分離しておくと便利である。

✅ 理解度チェック: S 演算子の定義 \(\hat{S} = \hat{U}_I(+\infty, -\infty)\) において、\(|i\rangle\)\(|f\rangle\) はどの Hamiltonian の固有状態でしょうか?

答え

自由 Hamiltonian \(\hat{H}_0\) の固有状態。散乱の前後では粒子が十分に離れていて相互作用が効かないため、自由粒子として記述できる。


7.4 Dyson 級数——S 行列を摂動的に展開する

🟡 リナ: \(\hat{U}_I(t, t_0)\) を具体的に求めましょう。式 (7.9) を変形すると \(\frac{\partial}{\partial t}\hat{U}_I(t, t_0) = -i\hat{H}_I(t)\hat{U}_I(t, t_0)\) だから、両辺を \(t_0\) から \(t\) まで積分すると

\[ \hat{U}_I(t, t_0) - \hat{U}_I(t_0, t_0) = -i\int_{t_0}^{t} dt_1\, \hat{H}_I(t_1)\, \hat{U}_I(t_1, t_0) \]

初期条件 \(\hat{U}_I(t_0, t_0) = 1\) を使えば

\[ \hat{U}_I(t, t_0) = 1 - i\int_{t_0}^{t} dt_1\, \hat{H}_I(t_1)\, \hat{U}_I(t_1, t_0) \tag{7.13} \]

これは右辺にまだ \(\hat{U}_I\) が残っている——つまり求めたい量が積分の中に入っている。このような方程式を積分方程式と呼ぶわ。代数方程式 \(x = 1 + 0.1x\) なら移項して \(x = 1/0.9\) と解けるけど、「\(f(t) = 1 + \int(\cdots f \cdots)\)」のように未知関数が積分の中に入り込んでいると、\(f\) を左辺に「移項」しようにも積分記号の中に閉じ込められていて取り出せない——だから逐次代入で近似していくの。

🔵 カイ: 量子力学の摂動論でも似たような式を見ました。逐次代入で展開するんですよね? でも、無限に代入し続けたら収束するんですか?

🟡 リナ: いい質問。\(\hat{H}_I\) は結合定数 \(\lambda\) に比例するから、\(n\) 回代入した項は \(\lambda^n\) に比例する。\(\lambda \ll 1\) なら高次の項ほど小さくなるので、有限次で打ち切っても良い近似が得られるの。これが摂動論の基本的な考え方よ。では具体的に、右辺の \(\hat{U}_I(t_1, t_0)\) に式 (7.13) 自身を代入していくわね。

0 次\(\hat{U}_I^{(0)} = 1\)

1 次:右辺の \(\hat{U}_I\) に 0 次を代入

\[ \hat{U}_I^{(1)} = 1 + (-i)\int_{t_0}^{t} dt_1\, \hat{H}_I(t_1) \]

2 次:右辺の \(\hat{U}_I\) に 1 次を代入

\[ \hat{U}_I^{(2)} = 1 + (-i)\int_{t_0}^{t} dt_1\, \hat{H}_I(t_1) + (-i)^2 \int_{t_0}^{t} dt_1 \int_{t_0}^{t_1} dt_2\, \hat{H}_I(t_1)\, \hat{H}_I(t_2) \]

🔵 カイ: 2 次の項で、積分の上限が \(t\) じゃなくて \(t_1\) になっているのはなぜですか?

🟡 リナ: 逐次代入の構造から来ているの。\(t_1\) での相互作用の「中」にさらに \(t_2\) での相互作用を代入しているから、\(t_2\) は必ず \(t_1\) より前——つまり \(t_2 < t_1\) という時間順序が自動的に保証されるのよ。

⚪ メイ: なるほど、「\(t_2\) での相互作用が先、\(t_1\) での相互作用が後」という因果的な順序が積分の上限に反映されているのね。

🟡 リナ: さすがメイ。ここで重要なトリックを使うわ。積分領域を \(t_0 \le t_2 \le t_1 \le t\) に制限する代わりに、時間順序積 \(T\) を導入して積分範囲を自由にするの。


時間順序積 \(T\) の定義

🟡 リナ: ボソン場の演算子に対する時間順序積 (time-ordered product) \(T\) を定義するわ。

\[ T\hat{A}(t_1)\hat{B}(t_2) = \begin{cases} \hat{A}(t_1)\hat{B}(t_2) & (t_1 > t_2) \\ \hat{B}(t_2)\hat{A}(t_1) & (t_2 > t_1) \end{cases} \tag{7.14} \]

つまり、時刻が遅い演算子を常に左に置く\(t_1 = t_2\) の場合は、ボソン場では同時刻・異なる空間点の場が交換する(第 4 章で学んだ等時刻交換関係 \([\hat{\phi}(t,\mathbf{x}),\, \hat{\phi}(t,\mathbf{y})] = 0\))ので、どちらの順序でも同じ結果になるわ。

🔵 カイ: なぜ右側が「先」なんですか?

🟡 リナ: 「量子力学」編 第 13 章で学んだように、演算子は右側から状態に作用するわよね。\(\hat{A}(t_1)\hat{B}(t_2)|i\rangle\) と書いたとき、まず右端の \(\hat{B}(t_2)\)\(|i\rangle\) に作用し、その結果に \(\hat{A}(t_1)\) が作用する。だから「先に起きたこと(\(t_2\) が先)を先に適用する」には、先に起きた演算子を右に置く必要があるの。時間順序積はこの因果的な順序——原因が先で結果が後——を自動的に組み込んでいるわけ。

🔵 カイ: フェルミオンの場合はどうなるんですか? 反交換関係があるから何か変わりそう……。

🟡 リナ: いい勘ね。第 5 章で学んだように、フェルミオンの場は反交換関係 \(\{\hat{\psi}, \hat{\psi}\} \neq 0\) を満たすから、演算子を入れ替えるたびにマイナス符号がつくの。だから時間順序積でも入れ替え 1 回ごとに \((-1)\) が出る。フェルミオンの時間順序積の正式な定義は、QED の散乱を計算する第 8 章以降で改めて述べるわ。今はボソンのスカラー場に集中するから、符号の心配はないわ。

✅ 理解度チェック: 時間順序積 \(T\) において「時刻が遅い演算子を左に置く」のはなぜでしょうか? 物理的な意味を述べてください。

答え

演算子は右側から状態に作用するため、右にある演算子が先に作用する。時間順序積では「先に起きた相互作用を先に適用する」ように並べることで、因果律——原因が先で結果が後——を自然に組み込んでいる。


時間順序積を使った Dyson 級数

🟡 リナ: 時間順序積を使うと、2 次の項は次のように書き直せるの。

\((t_1, t_2)\) の積分領域を正方形 \([t_0, t] \times [t_0, t]\) で考えてみて。逐次代入で得られたのは \(t_2 \le t_1\) の領域(正方形の上三角)だけ。では下三角(\(t_1 \le t_2\))ではどうなるか。この領域では \(T[\hat{H}_I(t_1)\hat{H}_I(t_2)] = \hat{H}_I(t_2)\hat{H}_I(t_1)\)(時刻が遅い方を左に置く)。つまり下三角の積分は

\[ \int_{t_0}^{t} dt_1 \int_{t_1}^{t} dt_2\, \hat{H}_I(t_2)\hat{H}_I(t_1) \]

ここで積分変数の名前を \(t_1 \leftrightarrow t_2\) と付け替えるわ。これは二重積分 \(\int\int dt_1\,dt_2\, (\cdots)\) の中で「\(t_1\) と呼んでいたものを \(t_2\) に、\(t_2\) と呼んでいたものを \(t_1\) に」と一斉に名前を変える操作よ。積分変数はダミー変数——\(\int_0^1 dx\, f(x)\)\(\int_0^1 dy\, f(y)\) が同じ値であるのと同じ——だから、2 つの変数を同時に入れ替えても積分の値は変わらないの。

🔵 カイ: えっと、それは \(x\) で書いた式を \(y\) で書き直すのと同じことですか?

🟡 リナ: そう。具体的に見てみましょう。元の下三角の積分領域は「\(t_0 \le t_1 \le t\) かつ \(t_1 \le t_2 \le t\)」だった。名前を入れ替えると、元の \(t_1\) が新しい \(t_2\) に、元の \(t_2\) が新しい \(t_1\) になるから、条件は「\(t_0 \le t_2 \le t\) かつ \(t_2 \le t_1 \le t\)」——つまり \(t_0 \le t_2 \le t_1 \le t\)(上三角)に変わる。被積分関数も \(\hat{H}_I(t_2)\hat{H}_I(t_1)\)\(\hat{H}_I(t_1)\hat{H}_I(t_2)\) に変わる(名前が入れ替わっただけ!)。

🔵 カイ: ちょっと待ってください。演算子の順序が \(\hat{H}_I(t_2)\hat{H}_I(t_1)\) から \(\hat{H}_I(t_1)\hat{H}_I(t_2)\) に変わっていますよね? 演算子は交換しないのに、勝手に入れ替えていいんですか?

🟡 リナ: いい質問。ここでは演算子の順序を「入れ替えた」のではなく、名前を付け替えただけよ。まず普通の数で感覚をつかみましょう。\(\int_0^1 dx\, f(x) = \int_0^1 dy\, f(y)\) と書けるわよね——積分変数は「ダミー」だから、名前を変えても値は変わらない。2 変数でも同じで、たとえば \(\int_0^1 dx\int_0^1 dy\, x^2 y\) を考えて。\(x \leftrightarrow y\) と名前を付け替えると \(\int_0^1 dy\int_0^1 dx\, y^2 x\) になるけど、これは元の積分と同じ値よ(どちらも \(1/6\))。被積分関数の「形」は \(x^2 y\) から \(y^2 x\) に変わったように見えるけど、積分変数の名前も同時に変わっているから、全体としては何も変わっていないの。

演算子の場合も同じ。元の式で「\(t_2\) の時刻に起きた相互作用が左、\(t_1\) の時刻に起きた相互作用が右」だったのが、名前を交換した後は「新しい \(t_1\)(= 元の \(t_2\))の時刻に起きた相互作用が左、新しい \(t_2\)(= 元の \(t_1\))の時刻に起きた相互作用が右」——物理的な中身は何も変わっていないの。

⚪ メイ: つまり「名前のラベルを貼り替えた」だけで、演算子の物理的な並び順は変わっていないのね。

🟡 リナ: その通り。変数名を付け替えた結果、下三角の積分は「\(t_0 \le t_2 \le t_1 \le t\) の領域で \(\hat{H}_I(t_1)\hat{H}_I(t_2)\) を積分する」——これは上三角の積分とまったく同じ形よ。だから正方形全体の積分は上三角の 2 倍。逆に言えば、正方形全体で積分して \(1/2\) をかければ元の上三角の積分に等しくなるわ。

\[ \int_{t_0}^{t} dt_1 \int_{t_0}^{t_1} dt_2\, \hat{H}_I(t_1)\hat{H}_I(t_2) = \frac{1}{2}\int_{t_0}^{t} dt_1 \int_{t_0}^{t} dt_2\, T\!\left[\hat{H}_I(t_1)\hat{H}_I(t_2)\right] \tag{7.15} \]

🔵 カイ: なぜ \(1/2\) がつくんですか?

🟡 リナ: いい質問。右辺の二重積分は \(t_1 > t_2\) の領域と \(t_2 > t_1\) の領域の両方を含んでいる。でも時間順序積のおかげで、どちらの領域でも結果は同じ——\(t_1 > t_2\) なら \(\hat{H}_I(t_1)\hat{H}_I(t_2)\) がそのまま出るし、\(t_2 > t_1\) なら入れ替えて同じ形になる。だから全領域の積分は制限領域の 2 倍になる。2 で割って元に戻しているの。

🔵 カイ: じゃあ 3 次だと \(3! = 6\) で割る……\(n\) 次なら \(n!\) で割るってことですか?

🟡 リナ: その通り。\(n\) 個の時刻変数の順列が \(n!\) 通りあるから、全領域に拡張すると \(n!\) 倍になる。それを補正するのが \(1/n!\)。こうして得られるのが Dyson 級数 (Dyson series) よ。

\[ \boxed{\hat{U}_I(t, t_0) = T\exp\!\left[-i\int_{t_0}^{t} dt'\, \hat{H}_I(t')\right] = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(-i)^n}{n!}\int_{t_0}^{t} dt_1 \cdots \int_{t_0}^{t} dt_n\, T\!\left[\hat{H}_I(t_1)\cdots\hat{H}_I(t_n)\right]} \tag{7.16} \]

🔵 カイ: \(T\exp\) って、普通の指数関数とは違うんですか?

🟡 リナ: 右辺のように展開したとき、各項に時間順序積 \(T\) がかかっている——それが \(T\exp\) の定義よ。演算子は一般に交換しないから、普通の \(\exp\) とは結果が異なるの。図 7.3「Dyson 級数——S 行列の摂動展開」 に Dyson 級数の構造を図示したわ。

Dyson 級数の構造

図 7.3: Dyson 級数——S 行列の摂動展開。\(n\) 次の項は相互作用が \(n\) 回起きる過程に対応し、\((-i)^n/n!\) の係数と時間順序積 \(T\) が各項につく。次数が上がるほど精度が向上する。

🟡 リナ: そして S 演算子は、\(t_0 \to -\infty\)\(t \to +\infty\) の極限を取って

\[ \hat{S} = T\exp\!\left[-i\int_{-\infty}^{+\infty} dt'\, \hat{H}_I(t')\right] \tag{7.17} \]

Lorentz 不変な形で書くと、\(\hat{H}_I(t) = -\int d^3x\, \mathcal{L}_{\text{int}}(\hat{\phi}_I(x))\) を使って

\[ -i\int dt'\, \hat{H}_I(t') = -i\int dt'\left(-\int d^3x\, \mathcal{L}_{\text{int}}\right) = +i\int d^4x\, \mathcal{L}_{\text{int}} \]

だから

\[ \hat{S} = T\exp\!\left[i\int d^4x\, \mathcal{L}_{\text{int}}(\hat{\phi}_I(x))\right] \tag{7.18} \]

⚪ メイ: 式 (7.18) は 4 次元の積分で、\(\mathcal{L}_{\text{int}}\) がスカラー、\(d^4x\) も Lorentz 不変な測度だから、全体として Lorentz 不変な形になっているのね。

✅ 理解度チェック: Dyson 級数の \(n\) 次の項に \(1/n!\) がつく理由を、時間順序積の性質から説明してみましょう。

答え

\(n\) 個の時刻変数 \(t_1, \ldots, t_n\) の積分を全領域 \([t_0, t]^n\) にわたって行うと、時間順序積のおかげで \(n!\) 通りの順序すべてが同じ値を与える。したがって全領域の積分は、制限領域(\(t_1 > t_2 > \cdots > t_n\))の積分の \(n!\) 倍になる。元の逐次代入で得られるのは制限領域の積分なので、全領域に拡張するときに \(1/n!\) で割る必要がある。


7.5 Wick の定理——時間順序積を「収縮」に分解する

🟡 リナ: Dyson 級数の各項には、場の演算子の時間順序積が現れる。たとえば \(\phi^4\) 理論の最低次(\(n=1\))では

\[ T\!\left[\hat{\phi}_I(x_1)\hat{\phi}_I(x_2)\hat{\phi}_I(x_3)\hat{\phi}_I(x_4)\right] \]

のような積を計算する必要がある。でも、場の演算子はそれぞれ生成・消滅演算子の和だから、そのまま展開すると膨大な項が出てくる。これを系統的に整理する道具が Wick の定理 (Wick's theorem) よ。


正規順序積 \(:\!:\) の復習

🟡 リナ: まず正規順序積 (normal ordering) \(:\!\hat{A}\hat{B}\!:\) を思い出して。第 4 章で真空エネルギーの問題を解決するために導入した操作よ。「生成演算子 \(\hat{a}^\dagger\) をすべて左に、消滅演算子 \(\hat{a}\) をすべて右に並べる」——たとえば \(:\!\hat{a}_k \hat{a}_{k'}^\dagger\!: \;= \hat{a}_{k'}^\dagger \hat{a}_k\) のように、順序を入れ替えるだけ(ボソンの場合は符号は変わらない)。

正規順序積の重要な性質は

\[ \langle 0|:\!\hat{A}\hat{B}\cdots\!:|0\rangle = 0 \tag{7.19} \]

なぜなら、右端には必ず消滅演算子があるから \(\hat{a}|0\rangle = 0\) で右から真空を消すか、左端には必ず生成演算子があるから \(\langle 0|\hat{a}^\dagger = 0\) で左から真空を消すか、どちらかが必ず起きるから。

🔵 カイ: 正規順序積の真空期待値はゼロ。シンプルですね。


収縮 (contraction) の定義

🟡 リナ: 次に、2 つの場の演算子の収縮 (contraction) を定義するわ。これは時間順序積と正規順序積の「差」として定義される。

\[ \text{収縮}\!\left(\hat{\phi}(x)\hat{\phi}(y)\right) \equiv T\!\left[\hat{\phi}(x)\hat{\phi}(y)\right] - :\!\hat{\phi}(x)\hat{\phi}(y)\!: \tag{7.20} \]

🔵 カイ: 時間順序積から正規順序積を引いたもの……? それは何になるんですか?

🟡 リナ: 両辺の真空期待値を取ってみて。式 (7.19) から正規順序積の真空期待値はゼロだから

\[ \langle 0|\text{収縮}\!\left(\hat{\phi}(x)\hat{\phi}(y)\right)|0\rangle = \langle 0|T\!\left[\hat{\phi}(x)\hat{\phi}(y)\right]|0\rangle \]

右辺は——第 4 章で計算した Feynman 伝播関数 (Feynman propagator) \(D_F(x - y)\) そのものよ。ここまでは「真空期待値が \(D_F\) に等しい」ということだけど、実は収縮自体が演算子ではなくただの c-数(普通の数)で、\(D_F(x-y)\) に等しいの。なぜそうなるかをすぐ下で示すけど、先に結論を書いておくわね。

\[ \text{収縮}\!\left(\hat{\phi}(x)\hat{\phi}(y)\right) = D_F(x - y) = \langle 0|T\hat{\phi}(x)\hat{\phi}(y)|0\rangle \tag{7.21} \]

運動量空間では

\[ D_F(x - y) = \int \frac{d^4p}{(2\pi)^4}\, \frac{i}{p^2 - m^2 + i\varepsilon}\, e^{-ip\cdot(x-y)} \tag{7.22} \]

⚪ メイ: なるほど、収縮の真空期待値を取ると正規順序積が消えて、時間順序積の真空期待値だけが残る——それが第 4 章で見た伝播関数だったのね。

🔵 カイ: おお! 収縮 = Feynman 伝播関数。これは覚えやすい。でも、なんで収縮が演算子じゃなくてただの「数」になるんですか? 場の演算子同士の差なのに。

🟡 リナ: いい質問。場を正振動数部分と負振動数部分に分けるわ。

\[ \hat{\phi}(x) = \hat{\phi}^+(x) + \hat{\phi}^-(x) \]

モード展開 (7.4) を見ると、\(e^{-ip\cdot x}\) の項(\(\hat{a}\) を含む)と \(e^{+ip\cdot x}\) の項(\(\hat{a}^\dagger\) を含む)の 2 種類があるわよね。前者を \(\hat{\phi}^+(x)\)、後者を \(\hat{\phi}^-(x)\) と呼ぶの。具体的には

\[ \hat{\phi}^+(x) = \int \frac{d^3k}{(2\pi)^3}\, \frac{1}{\sqrt{2\omega_k}}\, \hat{a}_k\, e^{-ik\cdot x}, \qquad \hat{\phi}^-(x) = \int \frac{d^3k}{(2\pi)^3}\, \frac{1}{\sqrt{2\omega_k}}\, \hat{a}_k^\dagger\, e^{+ik\cdot x} \]

第 6 章で光子の場を \(A^{\mu(+)}\)(消滅演算子を含む正振動数部分)と \(A^{\mu(-)}\)(生成演算子を含む負振動数部分)に分けたのと同じ記法ね。記号が直感に反するかもしれないけど、覚え方を整理しておくわね。

記号 含む演算子 平面波の形 名前の由来
\(\hat{\phi}^+(x)\) 消滅 \(\hat{a}\) \(e^{-i\omega t}\)(正の振動数) 正振動数部分
\(\hat{\phi}^-(x)\) 生成 \(\hat{a}^\dagger\) \(e^{+i\omega t}\)(負の振動数) 負振動数部分

つまり「\(+/-\) は生成・消滅ではなく、平面波 \(e^{-iEt}\) と書いたときの \(E\) の符号」——\(e^{-i\omega t}\) は正エネルギー \(E = \omega > 0\) の波だから \(\hat{\phi}^+\)\(e^{+i\omega t}\) は形式的に負エネルギーの波だから \(\hat{\phi}^-\) よ。この分解は後の「行列要素の計算」でも使うわ。

🔵 カイ: なるほど、\(+\) が消滅で \(-\) が生成って覚えにくいけど、「\(e\) の肩の符号」で考えれば筋が通っているんですね。

🟡 リナ: そう。具体的に \(t_1 > t_2\) の場合を見てみましょう。時間順序積は定義から \(T[\hat{\phi}(x_1)\hat{\phi}(x_2)] = \hat{\phi}(x_1)\hat{\phi}(x_2)\) で、これを展開すると

\[ \hat{\phi}(x_1)\hat{\phi}(x_2) = (\hat{\phi}^+ + \hat{\phi}^-)(x_1)\,(\hat{\phi}^+ + \hat{\phi}^-)(x_2) = \hat{\phi}^+_1\hat{\phi}^+_2 + \hat{\phi}^+_1\hat{\phi}^-_2 + \hat{\phi}^-_1\hat{\phi}^+_2 + \hat{\phi}^-_1\hat{\phi}^-_2 \]

一方、正規順序積は生成演算子(\(\hat{\phi}^-\))をすべて左に寄せるから、各項を見ていくと: - \(\hat{\phi}^+_1\hat{\phi}^+_2\):消滅×消滅 → そのまま - \(\hat{\phi}^+_1\hat{\phi}^-_2\):消滅×生成 → 生成を左に移動して \(\hat{\phi}^-_2\hat{\phi}^+_1\) に - \(\hat{\phi}^-_1\hat{\phi}^+_2\):生成×消滅 → すでに生成が左 → そのまま - \(\hat{\phi}^-_1\hat{\phi}^-_2\):生成×生成 → そのまま

よって

\[ :\!\hat{\phi}(x_1)\hat{\phi}(x_2)\!: \;= \hat{\phi}^+_1\hat{\phi}^+_2 + \hat{\phi}^-_2\hat{\phi}^+_1 + \hat{\phi}^-_1\hat{\phi}^+_2 + \hat{\phi}^-_1\hat{\phi}^-_2 \]

差を取ると、変わったのは第 2 項だけ:

\[ T[\hat{\phi}_1\hat{\phi}_2] - :\!\hat{\phi}_1\hat{\phi}_2\!: \;= \hat{\phi}^+_1\hat{\phi}^-_2 - \hat{\phi}^-_2\hat{\phi}^+_1 = [\hat{\phi}^+(x_1),\, \hat{\phi}^-(x_2)] \]

⚪ メイ: 差が交換子 \([\hat{\phi}^+(x_1), \hat{\phi}^-(x_2)]\) に帰着するのね。そしてこれが c-数になる理由は……。

🟡 リナ: そう、自由場の交換関係 \([\hat{a}_k, \hat{a}_{k'}^\dagger] = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\mathbf{k} - \mathbf{k}')\) がデルタ関数(数)だったわよね(第 4 章)。\([\hat{\phi}^+(x_1), \hat{\phi}^-(x_2)]\) はこの交換関係を運動量で積分したものだから、結果も c-数になるの。\(t_2 > t_1\) の場合も同様に \([\hat{\phi}^+(x_2), \hat{\phi}^-(x_1)]\) が出て、両方を合わせると Feynman 伝播関数 \(D_F(x_1 - x_2)\) に一致するわ。つまり \(D_F(x-y) = \theta(x^0-y^0)[\hat{\phi}^+(x), \hat{\phi}^-(y)] + \theta(y^0-x^0)[\hat{\phi}^+(y), \hat{\phi}^-(x)]\) と書けるの。\(\theta\) は階段関数で、時間の前後関係に応じてどちらの交換子を使うかを選んでいるわ。

⚪ メイ: なるほど、交換関係自体が c-数だから、それを積分しても c-数のまま——だから収縮は演算子ではなく Feynman 伝播関数という「数」になるのね。そして \(\theta\) 関数(階段関数で、引数が正なら 1、負なら 0)が時間順序積の「場合分け」をまさに表しているわけね。

✅ 理解度チェック: 2つの場の演算子の「収縮」が演算子ではなく c-数(普通の数)になるのはなぜでしょうか?

答え

収縮は時間順序積と正規順序積の差として定義される。場を \(\hat{\phi} = \hat{\phi}^+ + \hat{\phi}^-\) と分けると、この差は生成・消滅演算子の交換子 \([\hat{\phi}^+(x), \hat{\phi}^-(y)]\) に帰着する。自由場の交換関係 \([\hat{a}_k, \hat{a}_{k'}^\dagger] = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\mathbf{k}-\mathbf{k}')\) がデルタ関数(数)であるため、収縮も c-数となり、Feynman 伝播関数 \(D_F(x-y)\) に等しい。


Wick の定理の主張

🟡 リナ: いよいよ Wick の定理を述べるわ。

Wick の定理: 場の演算子の時間順序積は、正規順序積と、すべての可能な収縮の和に等しい。

式で書くと、\(n\) 個の場の時間順序積は

\[ T\!\left[\hat{\phi}(x_1)\cdots\hat{\phi}(x_n)\right] = :\!\hat{\phi}(x_1)\cdots\hat{\phi}(x_n)\!: + (\text{1 組の収縮を含む項すべて}) + (\text{2 組の収縮を含む項すべて}) + \cdots \tag{7.23} \]

🔵 カイ: 「すべての可能な収縮」って、具体的にはどういうことですか?

🟡 リナ: 4 つの場で具体的に見せるわね。以下、\(\hat{\phi}_i \equiv \hat{\phi}(x_i)\) と略記するわ。まず式を見て、その後で読み方を説明するわね。

\[ \begin{aligned} T[\hat{\phi}_1 \hat{\phi}_2 \hat{\phi}_3 \hat{\phi}_4] &= :\!\hat{\phi}_1 \hat{\phi}_2 \hat{\phi}_3 \hat{\phi}_4\!: \\ &\quad + \, D_F(x_1 - x_2)\, :\!\hat{\phi}_3 \hat{\phi}_4\!: \;+\; D_F(x_1 - x_3)\, :\!\hat{\phi}_2 \hat{\phi}_4\!: \;+\; D_F(x_1 - x_4)\, :\!\hat{\phi}_2 \hat{\phi}_3\!: \\ &\quad + \, D_F(x_2 - x_3)\, :\!\hat{\phi}_1 \hat{\phi}_4\!: \;+\; D_F(x_2 - x_4)\, :\!\hat{\phi}_1 \hat{\phi}_3\!: \;+\; D_F(x_3 - x_4)\, :\!\hat{\phi}_1 \hat{\phi}_2\!: \\ &\quad + \, D_F(x_1 - x_2)\, D_F(x_3 - x_4) \\ &\quad + \, D_F(x_1 - x_3)\, D_F(x_2 - x_4) \\ &\quad + \, D_F(x_1 - x_4)\, D_F(x_2 - x_3) \end{aligned} \tag{7.24} \]

表 7.3: Wick の定理における 4 場の展開構造

収縮の組数 項の数 構造 真空期待値
0 組 1 \(:\!\hat{\phi}_1\hat{\phi}_2\hat{\phi}_3\hat{\phi}_4\!:\) 0
1 組 \(\binom{4}{2} = 6\) \(D_F \times :\!\hat{\phi}\hat{\phi}\!:\) 0
2 組(完全収縮) 3 \(D_F \times D_F\)(c-数) 生き残る

⚪ メイ: 整理すると: - 第 1 行:収縮なし(正規順序積そのもの) - 第 2〜3 行:1 組の収縮(\(\binom{4}{2} = 6\) 通り)。収縮されなかった場は正規順序積の中に残る - 第 4 行:2 組の収縮(3 通り)。すべての場が収縮されて、残る演算子がない

🟡 リナ: そして最も重要なのは、真空期待値を取ると、すべての場が収縮された項(完全収縮)だけが生き残るということ。

\[ \langle 0|T[\hat{\phi}_1 \hat{\phi}_2 \hat{\phi}_3 \hat{\phi}_4]|0\rangle = D_F(x_1 - x_2)\, D_F(x_3 - x_4) + D_F(x_1 - x_3)\, D_F(x_2 - x_4) + D_F(x_1 - x_4)\, D_F(x_2 - x_3) \tag{7.25} \]

🔵 カイ: 正規順序積の真空期待値はゼロだから、不完全な収縮の項も全部消える! 残るのは伝播関数の積だけ。

🟡 リナ: これが Wick の定理の威力よ。複雑な演算子の積が、Feynman 伝播関数という「数」の積に帰着する。式 (7.25) の 3 つの項は、それぞれ「(1,2)(3,4)」「(1,3)(2,4)」「(1,4)(2,3)」というペアリングに対応しているわ。図 7.4「Wickの定理における4場の収縮パターン」 で視覚的に確認してみて。

Wickの定理における4場の収縮パターン

図 7.4: Wickの定理における4場の収縮パターン。4 つの場の完全収縮は 3 通り。真空期待値では完全収縮のみが生き残り、Feynman 伝播関数の積に帰着する。

✅ 理解度チェック: 6 個の場 \(\hat{\phi}(x_1)\cdots\hat{\phi}(x_6)\) の時間順序積の真空期待値には、何通りの完全収縮が寄与するでしょうか?

答え

6 個の場を 3 組のペアに分ける方法の数。最初の場のペア相手は 5 通り、次は 3 通り、最後は 1 通り。よって \(5 \times 3 \times 1 = 15\) 通り。一般に \(2n\) 個の場に対しては \((2n-1)!! = (2n-1)(2n-3)\cdots 3 \cdot 1\) 通り。

📝 練習問題:


7.6 \(\phi^4\) 理論の 2→2 散乱——最低次の計算

🟡 リナ: ここまでの道具を使って、いよいよ具体的な散乱振幅を計算するわ。\(\phi^4\) 理論で 2 粒子が散乱する過程

\[ \phi(p_1) + \phi(p_2) \to \phi(p_3) + \phi(p_4) \]

の最低次振幅を求めましょう。


S 行列の 1 次の項

🟡 リナ: \(\phi^4\) 理論の相互作用 Lagrangian 密度は \(\mathcal{L}_{\text{int}} = -\frac{\lambda}{4!}\phi^4\) よ。Lorentz 不変な形の Dyson 級数 (7.18) を使うと、1 次の項は \(\hat{S}^{(1)} = i\int d^4x\, \mathcal{L}_{\text{int}}\) だから

\[ \hat{S}^{(1)} = i\int d^4x\, \mathcal{L}_{\text{int}} = i\int d^4x\left(-\frac{\lambda}{4!}\phi^4\right) = -\frac{i\lambda}{4!}\int d^4x\, \hat{\phi}_I(x)^4 \tag{7.26} \]

(Hamiltonian 形式 (7.17) から出発しても同じ結果になるわ。\(\hat{H}_I(t) = -\int d^3x\,\mathcal{L}_{\text{int}}(\hat{\phi}_I) = +\frac{\lambda}{4!}\int d^3x\,\hat{\phi}_I^4\) だから、\(-i\int dt\,\hat{H}_I(t) = -\frac{i\lambda}{4!}\int d^4x\,\hat{\phi}_I^4\) で一致する)

(Dyson 級数 (7.18) の 1 次の項には本来 \(T\) がかかるけれど、ここでは 4 つの場がすべて同じ時空点 \(x\) にある。同一時刻・同一点のボソン場は互いに交換するから、\(T\) で並べ替えても結果は変わらない——省略できるの。なお、同一点での場の積には演算子順序の微妙な問題があるけれど、今回のような tree-level の計算では影響しないわ)

🔵 カイ: これが「相互作用が 1 回だけ起きる」寄与ですね。

🟡 リナ: そう。散乱振幅は

\[ \langle f|\hat{S}^{(1)}|i\rangle = -\frac{i\lambda}{4!}\int d^4x\, \langle p_3, p_4|\hat{\phi}_I(x)^4|p_1, p_2\rangle \tag{7.27} \]

行列要素の計算

🟡 リナ: 場の演算子 \(\hat{\phi}_I(x)\) のモード展開 (7.4) を代入して、\(\hat{\phi}_I(x)^4\) の中から「2 個消滅 + 2 個生成」の項を拾う必要があるわ。

🔵 カイ: 全部展開すると大変そうですね……。

🟡 リナ: でも、Wick の定理のおかげで系統的にできるの。ただし今回は外線(初期・終状態の粒子)があるから、もう少し丁寧にやりましょう。

\(\hat{\phi}_I(x)\) を、「収縮 (contraction) の定義」で導入した正振動数部分 \(\hat{\phi}^+(x)\)(消滅演算子 \(\hat{a}_k\)\(e^{-ik\cdot x}\) を含む部分)と負振動数部分 \(\hat{\phi}^-(x)\)(生成演算子 \(\hat{a}_k^\dagger\)\(e^{+ik\cdot x}\) を含む部分)に分けるわ。

\(\hat{\phi}^+(x)\) が初期状態の粒子を「吸収」し、\(\hat{\phi}^-(x)\) が終状態の粒子を「放出」する。\(\hat{\phi}^4 = (\hat{\phi}^+ + \hat{\phi}^-)^4\) を展開したとき、2 個の入射粒子を消滅させ 2 個の散乱粒子を生成する項は \((\hat{\phi}^-)^2 (\hat{\phi}^+)^2\) の形をしている。

🔵 カイ: 4 つの場から 2 つを消滅に、2 つを生成に選ぶ……何通りあるんですか?

🟡 リナ: 4 つから 2 つを \(\hat{\phi}^+\)(消滅)に選ぶ方法が \(\binom{4}{2} = 6\) 通り。さらに、選ばれた 2 つの \(\hat{\phi}^+\) のうち「どちらが \(p_1\) を吸収し、どちらが \(p_2\) を吸収するか」で \(2! = 2\) 通り。同様に、2 つの \(\hat{\phi}^-\) のうち「どちらが \(p_3\) を放出し、どちらが \(p_4\) を放出するか」で \(2! = 2\) 通り。合わせて \(\binom{4}{2} \times 2! \times 2! = 6 \times 2 \times 2 = 24 = 4!\) 通り。

⚪ メイ: \(4!\) 通り——つまり分母の \(4!\) とちょうど打ち消し合うのね。

🔵 カイ: あっ、\(4!\) が出てきた! 分母の \(4!\) とちょうど打ち消し合うんですね!

🟡 リナ: その通り! これが \(1/4!\) を最初に入れておく理由よ。

🟡 リナ: さて、式 (7.27) の行列要素を計算する前に、状態の正規化について整理しておくわね。第 4 章では \(|\mathbf{p}\rangle = \hat{a}_{\mathbf{p}}^\dagger|0\rangle\) という正規化を使っていたけど、このままだと散乱振幅の計算で \(\sqrt{2\omega}\) の因子が至るところに残って煩雑になるの。さらに、異なる慣性系(Lorentz 変換後)で計算すると式の形が変わってしまう——相対論的な理論としては不便よね。そこで散乱問題では 共変的正規化 (Lorentz-invariant normalization) を使うのが標準的よ。状態を

\[ |p\rangle_{\text{cov}} = \sqrt{2\omega_{\mathbf{p}}}\,\hat{a}_{\mathbf{p}}^\dagger|0\rangle \]

と定義する(ここで \(|p\rangle\) と書いたときの \(p\) は 4 元運動量だけど、生成演算子のラベルは 3 元運動量 \(\mathbf{p}\) よ。質量殻条件 \(p^0 = \omega_{\mathbf{p}}\) で 4 元運動量が決まるから、\(|p\rangle\)\(|\mathbf{p}\rangle\) は同じ状態を指しているの)。

🔵 カイ: \(\sqrt{2\omega_p}\) をわざわざかけるのは、何かいいことがあるからですよね?

🟡 リナ: そう。なぜ \(\sqrt{2\omega_p}\) なのかは、2 つの理由を順番に説明するわね。まず結論だけ言うと、こうすると内積が Lorentz 不変な形になるの。実際に計算してみると、式 (7.4a) の規約 \([\hat{a}_{\mathbf{p}},\, \hat{a}_{\mathbf{q}}^\dagger] = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\mathbf{p}-\mathbf{q})\) を使うと

\[ \langle p|q\rangle_{\text{cov}} = \sqrt{2\omega_p}\sqrt{2\omega_q}\,\langle 0|\hat{a}_p\hat{a}_q^\dagger|0\rangle = 2\omega_p\,(2\pi)^3\,\delta^{(3)}(\mathbf{p} - \mathbf{q}) \]

\(\delta^{(3)}\)\(\mathbf{p} = \mathbf{q}\) を強制するので \(\omega_q = \omega_p\))。

この形はどの慣性系で計算しても同じになるの。以降この章では、断りなく \(|p\rangle\) と書いたら共変的正規化を意味するわね。記号の変更点をまとめておくと:第 4 章の \(|\mathbf{p}\rangle = \hat{a}_{\mathbf{p}}^\dagger|0\rangle\) に対して、この章以降は \(|p\rangle = \sqrt{2\omega_p}\,\hat{a}_p^\dagger|0\rangle\) を使う——\(\sqrt{2\omega_p}\) の因子がついている点だけが違いよ。

🔵 カイ: なぜ共変的正規化が便利なんですか?

🟡 リナ: 2 つの理由があるわ。

まず物理的な理由——これは少し高度だから、今は「こういう動機がある」程度に聞いてくれればいいわ。普通の正規化 \(\langle p|q\rangle = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\mathbf{p}-\mathbf{q})\) だと、Lorentz 変換(慣性系を変える操作)をしたときに内積の形が変わってしまうの。なぜかというと、相対論では質量殻条件 \(E = \omega_p = \sqrt{|\mathbf{p}|^2 + m^2}\) により \(E\)\(\mathbf{p}\) は独立ではないから、Lorentz 変換すると 3 次元の運動量空間の「体積要素」\(d^3p\) 自体が変わってしまうの。

🔵 カイ: えっ、\(d^3p\) が変わる? 積分変数を変えるだけなのに?

🟡 リナ: たとえば、ある慣性系で \(p_x\) 方向に幅 \(\Delta p_x\) の小さな箱を考えて。別の慣性系にブーストすると、\(E\)\(p_x\) が混ざるから、同じ粒子の集まりが占める \(\Delta p_x'\) は元の \(\Delta p_x\) と異なる——質量殻条件で \(E\)\(\mathbf{p}\) に縛られているから、\(\mathbf{p}\) だけの体積が変わるの。ちょうど、地図の投影法を変えると面積が歪むのと似ているわ。具体的には \(d^3p/(2\omega_p)\) という組み合わせだけが Lorentz 不変になることが示せる(証明は第 8 章で行うわ)。

⚪ メイ: デルタ関数 \(\delta^{(3)}(\mathbf{p}-\mathbf{q})\)\(\int d^3p\,\delta^{(3)} = 1\) を満たすから、\(d^3p\) と「逆数」の関係にある——つまり \(d^3p/(2\omega_p)\) が不変なら、\(2\omega_p \cdot \delta^{(3)}\) も不変な組み合わせになるのね。

🟡 リナ: その通り。だから状態に \(\sqrt{2\omega_p}\) をかけて正規化しておけば、内積が自動的に Lorentz 不変な形になる——「相対論的な理論では \(\sqrt{2\omega_p}\) をつけるのが自然」と覚えておいて。

🔵 カイ: なるほど、相対論と整合するための約束なんですね。

🟡 リナ: そう。次に計算上の理由——こちらは具体的に確認できるわ。共変的正規化の状態に消滅演算子を作用させてみましょう。交換関係 (7.4a) \([\hat{a}_k, \hat{a}_p^\dagger] = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\mathbf{k}-\mathbf{p})\)\(\hat{a}_k|0\rangle = 0\) を使うと

\[ \hat{a}_k|p\rangle_{\text{cov}} = \hat{a}_k \sqrt{2\omega_p}\,\hat{a}_p^\dagger|0\rangle = \sqrt{2\omega_p}\left(\hat{a}_p^\dagger\hat{a}_k + [\hat{a}_k, \hat{a}_p^\dagger]\right)|0\rangle = \sqrt{2\omega_p}(2\pi)^3\delta^{(3)}(\mathbf{k}-\mathbf{p})|0\rangle \]

のように \(\sqrt{2\omega_p}\)\((2\pi)^3\) が出てくる。一方、モード展開 (7.4) の \(\hat{\phi}^+(x)\) には \(1/[(2\pi)^3\sqrt{2\omega_k}]\) が含まれている。\(\hat{\phi}^+(x)\)\(|p\rangle_{\text{cov}}\) に作用させると $$ \hat{\phi}^+(x)|p\rangle_{\text{cov}} = \int \frac{d^3k}{(2\pi)^3}\frac{1}{\sqrt{2\omega_k}}\, e^{-ik\cdot x}\, \hat{a}k|p\rangle|0\rangle $$}} = \int \frac{d^3k}{(2\pi)^3}\frac{\sqrt{2\omega_p}(2\pi)^3}{\sqrt{2\omega_k}}\, e^{-ik\cdot x}\,\delta^{(3)}(\mathbf{k}-\mathbf{p})|0\rangle = e^{-ip\cdot x

🔵 カイ: うわ、きれいに消える! \(\sqrt{2\omega}\)\((2\pi)^3\) も全部相殺して、ただの位相 \(e^{-ip\cdot x}\) だけが残るんですね。

🟡 リナ: そう。\(\delta^{(3)}\)\(k = p\) に固定されると \(\sqrt{2\omega_p}/\sqrt{2\omega_k} = 1\) となり、\((2\pi)^3\) も分母と打ち消し合って、きれいに位相因子 \(e^{-ip\cdot x}\) だけが残るの。同様に \({}_{{\text{cov}}}\langle p_3|\hat{\phi}^-(x) = \langle 0|\, e^{ip_3\cdot x}\) となる。4 つの場それぞれについてこの相殺が起きるから、行列要素は——さっき数えた \(4! = 24\) 通りの組み合わせ分を合わせて——

\[ \langle p_3, p_4|\hat{\phi}_I(x)^4|p_1, p_2\rangle = 4!\, e^{i(p_3 + p_4 - p_1 - p_2)\cdot x} \]

となって、正規化因子がすべて消え、位相因子だけが残るわ。(ここで等号が成り立つのは、\(\hat{\phi}^4\) の展開で「ちょうど 2 個消滅 + 2 個生成」以外の項——たとえば 4 個すべて消滅する項など——は \(\langle p_3, p_4|\)\(|p_1, p_2\rangle\) の間に挟むと粒子数が合わずゼロになるからよ)

⚪ メイ: つまり、共変的正規化を使えば面倒な \(\sqrt{2\omega}\) の因子が自動的に消えて、計算がすっきりするのね。


4 元運動量保存の出現

🟡 リナ: これを式 (7.27) に代入して \(d^4x\) の積分を実行すると

\[ \int d^4x\, e^{i(p_3 + p_4 - p_1 - p_2)\cdot x} = (2\pi)^4\, \delta^{(4)}(p_1 + p_2 - p_3 - p_4) \tag{7.28} \]

だから式 (7.27) は \(-\frac{i\lambda}{4!} \times 4! \times (2\pi)^4\delta^{(4)}(p_1+p_2-p_3-p_4) = -i\lambda\,(2\pi)^4\delta^{(4)}(p_1+p_2-p_3-p_4)\) となる。\(1/4!\) と組み合わせ因子 \(4!\) がきれいに打ち消し合ったわね。

🔵 カイ: デルタ関数が出てきた! これは……

🟡 リナ: 4 元運動量保存よ。エネルギーと運動量の両方が保存される。相互作用が時空の各点で局所的に起きる——つまり \(\mathcal{L}_{\text{int}}\) が時空座標 \(x\) に陽に依存しない——から、\(e^{i(\Delta p)\cdot x}\) を全時空で積分するとデルタ関数が出る。空間方向の積分 \(\int d^3x\, e^{i\Delta\mathbf{p}\cdot\mathbf{x}}\) が 3 次元の運動量保存を、時間方向の積分 \(\int dt\, e^{i\Delta E\, t}\) がエネルギー保存を生む。

⚪ メイ: つまり Noether の定理——時空の並進対称性が運動量保存を導く——が散乱振幅の中にデルタ関数として具体的に現れているのね。

🟡 リナ: まさにその通り。これは第 3 章で学んだ Noether の定理——時空の並進対称性が運動量保存を導く——が、散乱振幅の計算で具体的に効いている例なの。\(\delta^{(4)}\) の 4 成分が時空 4 方向の並進対称性と 1 対 1 に対応していて、理論の対称性が実験で測れる散乱振幅に直結しているわけ。つまり対称性の帰結は、保存量としてだけでなく、「許される散乱過程」を選別する規則としても現れるの。逆に言えば、もし外部ポテンシャルがあって空間の一様性が破れていたら、対応する方向のデルタ関数が消えて運動量は保存しなくなるわ。

🔵 カイ: なるほど、対称性 → 保存則 → デルタ関数という流れが、計算結果にそのまま見えるんですね。

✅ 理解度チェック: 散乱振幅の計算で 4 元運動量保存のデルタ関数 \(\delta^{(4)}(p_1+p_2-p_3-p_4)\) が出現するのは、どのような数学的操作の結果でしょうか?

答え

相互作用が時空の各点で局所的に起きるため、位相因子 \(e^{i(p_3+p_4-p_1-p_2)\cdot x}\) を全時空にわたって \(d^4x\) 積分する。この積分が \((2\pi)^4\delta^{(4)}(p_1+p_2-p_3-p_4)\) を与え、4元運動量保存が自然に出現する。


最終結果:散乱振幅

🟡 リナ: 以上をまとめると、共変的正規化のおかげで \(\sqrt{2\omega}\) の因子がすべて相殺し、式 (7.27) に \(4! \times (2\pi)^4\delta^{(4)}\) を代入して \(1/4!\) と打ち消し合わせれば、S 行列の要素は

\[ \langle p_3, p_4|\hat{S}^{(1)}|p_1, p_2\rangle = -i\lambda\, (2\pi)^4\, \delta^{(4)}(p_1 + p_2 - p_3 - p_4) \tag{7.29} \]

式 (7.12) の分解 \(\hat{S} = \mathbb{1} + i\hat{T}\) を使うと、\(\hat{T}\) の行列要素から運動量保存のデルタ関数を括り出して不変振幅 \(\mathcal{M}\) を定義するの。

\[ \langle p_3, p_4|i\hat{T}|p_1, p_2\rangle \equiv i\mathcal{M}\, (2\pi)^4\, \delta^{(4)}(p_1 + p_2 - p_3 - p_4) \]

式 (7.29) で、初期状態と終状態が異なる(\((p_1, p_2) \neq (p_3, p_4)\))散乱過程を考えているから \(\langle f|\mathbb{1}|i\rangle = 0\) となり、\(\langle f|\hat{S}^{(1)}|i\rangle = \langle f|i\hat{T}^{(1)}|i\rangle\) と書ける。比較して

\[ \boxed{\mathcal{M} = -\lambda} \tag{7.30} \]

🔵 カイ: えっ、結果がこんなにシンプルなんですか!? 散乱振幅がただの定数 \(-\lambda\)? でも、これだと散乱角度によらず同じ確率で飛び散るってことですよね。現実の散乱実験でもそうなんですか?

🟡 リナ: \(\phi^4\) 理論の最低次ではそうなの。運動量にも角度にも依存しない——等方的な散乱。これは \(\phi^4\) の頂点が場を 4 つ「一点で」結合させるだけで、内部の伝播関数(propagator)が現れないからよ。ちなみに \(\phi^4\) 理論自体は現実の素粒子を直接記述するものではなく、場の量子論の構造を学ぶための「練習用モデル」(toy model)。現実の電子の散乱(QED)では光子の伝播関数が入るから、最低次でも角度依存性が出るわ。つまり、最低次で角度依存性が出るかどうかは「内部線があるかないか」で決まるの。それは第 8 章以降で見ていくことになる。

⚪ メイ: なるほど、\(\phi^4\) は頂点 1 つで完結するから内部線がなく定数 \(-\lambda\) になるのね。QED だと内部線が入って角度が効いてくる——次の章以降が楽しみ。

🔵 カイ: 結果がこんなにシンプルだと、次の次数ではもっと複雑になりそうですね。……あ、でもちょっと待ってください。次の次数だと内部に伝播関数が入って角度依存性が出るんですよね? でもそうすると、内部の運動量を積分するときに何か発散しそうな気がするんですが……大丈夫なんですか?

🟡 リナ: いい直感ね。実は次の次数以降では、内部の運動量を積分するときに紫外発散(積分が無限大になる)が実際に起きるの。それを系統的に処理する方法がくりこみ (renormalization) で、後の章で本格的に扱うわ。今は「発散は起きるが、物理的に意味のある有限の答えを引き出す処方箋がある」と覚えておいて。

🟡 リナ: さて、今回得た結果を図で描くと、4 本の外線が 1 点で交わる「×」型のダイアグラムになる(図 7.5「φ⁴理論の最低次2体散乱頂点」)。これが最も単純な Feynman ダイアグラムの 1 つよ。次の第 8 章で、ダイアグラムの「絵」と「数式」の対応規則——Feynman 則——を体系的に構築するわ。

φ⁴理論の最低次2体散乱頂点

図 7.5: φ⁴理論の最低次2体散乱頂点。\(\phi^4\) 理論の最低次ダイアグラム。4 本の外線が 1 点で交わり、散乱振幅は定数 \(\mathcal{M} = -\lambda\) となる。

✅ 理解度チェック: \(\phi^4\) 理論の 2→2 散乱で、最低次の振幅 \(\mathcal{M} = -\lambda\) が運動量に依存しない理由を物理的に説明してみましょう。

答え

最低次では相互作用が時空の 1 点で 1 回だけ起きる(頂点が 1 つ)。内部を伝播する仮想粒子がないため、伝播関数 \(i/(p^2 - m^2 + i\varepsilon)\) が現れず、運動量移行への依存性が生じない。結合定数 \(\lambda\) だけが振幅を決める。

📝 練習問題:


7.7 この章のまとめ

🟡 リナ: 今日の内容を振り返りましょう。

  1. 相互作用の必要性:自由場では粒子数が保存され、散乱も崩壊も起きない。\(\mathcal{L}_{\text{int}}\) を加えて初めて現実の物理が記述できる。
  2. 相互作用描像:演算子は \(\hat{H}_0\) で(自由場として)発展し、状態は \(\hat{H}_I(t)\) で発展する。自由場の道具立てがそのまま使える。
  3. S 行列と Dyson 級数:散乱の全情報は \(\hat{S} = T\exp\!\left[i\int d^4x\, \mathcal{L}_{\text{int}}\right]\) に集約される(Lorentz 不変形)。これを結合定数のべきで展開したもの(Dyson 級数)を使って、散乱振幅を系統的に計算できる。
  4. Wick の定理:時間順序積を正規順序積+収縮(= Feynman 伝播関数)の和に分解する。真空期待値では完全収縮のみ生き残る。
  5. \(\phi^4\) の 2→2 散乱:最低次で \(\mathcal{M} = -\lambda\)。4 元運動量保存がデルタ関数として自然に出現する。

🔵 カイ: 自由場の世界から、ついに粒子がぶつかる世界に入ったんですね。Wick の定理で、あの複雑な演算子の計算が「ペアリングの組み合わせ」に帰着するのは感動しました。でも、ペアリングの数って場が増えると爆発的に増えますよね? さっきの理解度チェックで 6 個の場なら 15 通りだったけど、8 個ならもっと……。

⚪ メイ: 8 個なら \(7 \times 5 \times 3 \times 1 = 105\) 通りね。

🔵 カイ: やっぱり! Dyson 級数の高次の項だと場がどんどん増えるから、全部書き下すのは現実的じゃなさそうです。実際の計算ではどうやって整理するんですか?

🟡 リナ: まさにその問題を解決するのが、次の章で学ぶ Feynman ダイアグラムよ。収縮のパターンを「絵」に対応させることで、どの項が物理的に同じ寄与を与えるかが一目で分かるようになるの。

⚪ メイ: 組み合わせの爆発を「絵の分類」で制御するわけね。楽しみ。


次章予告

第 8 章 Feynman ダイアグラム — 絵から数式への翻訳

Wick の定理で得られる収縮パターンを「ダイアグラム」として視覚化し、頂点・内部線・外部線に対応する数学的規則——Feynman 則——を体系的に構築する。\(\phi^4\) 理論と QED それぞれの Feynman 則を導出し、散乱振幅の計算が「絵を描いて翻訳する」だけの作業に帰着する爽快さを体験しよう。

参考文献

  • Quantum Field Theory for the Gifted Amateur (Lancaster & Blundell) 第 16–17 章「Propagators and Green's functions / Propagators and fields」(Feynman 伝播関数の背景)
  • Quantum Field Theory for the Gifted Amateur (Lancaster & Blundell) 第 18 章「The S-matrix」
  • Quantum Field Theory for the Gifted Amateur (Lancaster & Blundell) 第 19 章「Expanding the S-matrix: Feynman diagrams」
  • Quantum Field Theory (David Tong, Cambridge lecture notes) 第 3 章「Interacting Fields」
  • Quantum Field Theory and the Standard Model (Schwartz) 第 4 章「Old-Fashioned Perturbation Theory」
  • 坂本眞人『場の量子論 II — ファインマングラフとくりこみを中心にして』 第 2 章「相互作用場と漸近場」
  • 坂本眞人『場の量子論 II — ファインマングラフとくりこみを中心にして』 第 9 章「揺動展開とウィックの定理」