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Appendix C: Fourier 解析と δ 関数

前回までのあらすじ:

Appendix B では線形代数と Hilbert 空間の基礎を整理し、ベクトル・内積・基底・完全系といった概念が有限次元から無限次元へ拡張できることを見た。本章では、その無限次元への拡張で中心的な役割を果たす「Fourier 解析」と「δ 関数」を、物理で使う範囲に絞って整理する。

この章のゴール

  • 任意の関数を三角関数(複素指数関数)の重ね合わせで表す Fourier 級数を理解し、周期を無限大に飛ばして得られる Fourier 変換を導出する
  • これにより、量子力学で位置表示と運動量表示を橋渡しする数学的基盤を手に入れる
  • さらに Parseval の等式・畳み込み定理という Fourier 変換の強力な性質を導き、Dirac の δ 関数の定義・性質・完全系との関係を整理する
  • これらは本文 第 7 章 以降で波動関数を扱う際の必須道具となる

C.1 Fourier 級数 — 三角関数の直交性と係数の決定

🟡 リナ: Appendix B で「基底の展開」を学んだわね。有限次元ベクトルは正規直交基底で展開できた。今日はその考え方を関数に拡張するの。

🔵 カイ: 関数を「展開する」って、どういうことですか?

🟡 リナ: たとえば周期 \(L\) で繰り返す関数 \(f(x)\)(つまり \(f(x + L) = f(x)\) を満たす関数)を、もっと単純な関数の「足し合わせ」で表すことよ。具体的には \(\sin\)\(\cos\) を使う。これが Fourier (フーリエ) 級数。1 周期分の区間、たとえば \([0, L]\) で考えれば十分よ。

🔵 カイ: どんな複雑な関数でも?

🟡 リナ: 物理で出てくる程度の「良い」関数なら、ほぼ全てね。歴史的には Fourier が 1807 年に「熱伝導の問題」でこの主張をして、当時の数学者たちを驚かせたの。


三角関数の直交性

🟡 リナ: まず鍵になるのが、三角関数の 直交性 (orthogonality) よ。Appendix B でベクトルの内積がゼロのとき「直交」と呼んだでしょう? 関数でも同じ考え方ができるの。関数 \(f(x)\)\(g(x)\) の「内積」を次のように定義する:

\[ \langle f, g \rangle \equiv \int_0^L f(x)^* \, g(x) \, dx \tag{C.1} \]

ここで \(f(x)^*\) は複素共役。Appendix B で学んだように、複素ベクトルの内積では \(\langle \mathbf{a}, \mathbf{b}\rangle = \sum_i a_i^* b_i\) と片方に複素共役を付けたわね。これは「自分自身との内積 \(\langle f, f\rangle\) が必ず正の実数(ノルムの 2 乗)になる」ために必要なの。実数関数なら \(f^* = f\) だから単に \(f(x) \cdot g(x)\) の積分になるわ。

⚪ メイ: ベクトルの内積 \(\mathbf{a} \cdot \mathbf{b} = \sum_i a_i b_i\) の「和」が「積分」に置き換わったのね。離散から連続への自然な拡張。

🟡 リナ: その通り。この内積を使うと、三角関数には次の直交関係が成り立つの。\(m, n\)正の整数\(m, n = 1, 2, 3, \ldots\))として:

\[ \int_0^L \cos\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right) \cos\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) dx = \frac{L}{2}\,\delta_{mn} \tag{C.2} \]
\[ \int_0^L \sin\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right) \sin\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) dx = \frac{L}{2}\,\delta_{mn} \tag{C.3} \]
\[ \int_0^L \sin\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right) \cos\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) dx = 0 \tag{C.4} \]

ここで \(\delta_{mn}\)Kronecker (クロネッカー) のデルタ\(m = n\) なら \(1\)\(m \neq n\) なら \(0\) になる記号よ。

🔵 カイ: \(m \neq n\) のとき積分がゼロになるのは、なぜですか?

🟡 リナ: 積和公式 を使えば示せるわ。加法定理 \(\cos(A + B) = \cos A\cos B - \sin A\sin B\)\(\cos(A - B) = \cos A\cos B + \sin A\sin B\) の 2 式を辺々足すと \(\cos(A+B) + \cos(A-B) = 2\cos A\cos B\) が得られるから、両辺を 2 で割って \(\cos A\cos B = \frac{1}{2}[\cos(A+B) + \cos(A-B)]\) ね。たとえば式 (C.2) の場合、\(A = \frac{2\pi m}{L}x\)\(B = \frac{2\pi n}{L}x\) として:

\[ \cos\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right)\cos\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) = \frac{1}{2}\left[\cos\!\left(\frac{2\pi(m+n)}{L}x\right) + \cos\!\left(\frac{2\pi(m-n)}{L}x\right)\right] \]

\(m \neq n\) なら \((m+n)\)\((m-n)\) もゼロでない整数だから、\(\cos\) を整数周期分積分するとゼロになるの。具体的に確認すると、整数 \(p \neq 0\) に対して \(\int_0^L \cos\!\left(\frac{2\pi p}{L}x\right)dx = \left[\frac{L}{2\pi p}\sin\!\left(\frac{2\pi p}{L}x\right)\right]_0^L = \frac{L}{2\pi p}[\sin(2\pi p) - \sin(0)] = 0\) よ(\(\sin\)\(2\pi\) の整数倍でゼロだから)。直感的には \(\cos\) のグラフの正の山と負の谷が対称で、整数周期分の面積が打ち消し合うの。

🔵 カイ: あ、なるほど。\(\cos\) を 1 周期分積分すると山と谷が打ち消し合ってゼロ、整数周期分でも同じ。でも \(m = n\) のときはどうなるんですか? 同じ関数同士を掛けたら \(\cos^2\) になって、これは常に正だから打ち消し合わないですよね?

🟡 リナ: いい直感ね。\(m = n\) のときは \(\cos\!\left(\frac{2\pi(m-n)}{L}x\right) = \cos(0) = 1\)(定数)になるから、被積分関数は:

\[ \frac{1}{2}\left[\cos\!\left(\frac{4\pi n}{L}x\right) + 1\right] \]

となる。第 1 項の \(\cos\!\left(\frac{4\pi n}{L}x\right)\) は周期 \(L/(2n)\) だから、\([0, L]\) の積分は \(2n\) 周期分——整数周期分の \(\cos\) の積分はゼロよ。第 2 項の定数 \(1\) の積分は \(L\)。したがって全体で \(\frac{1}{2}[0 + L] = L/2\) を与えるの。

⚪ メイ: つまり異なる振動数の \(\cos\) 同士は「直交」していて、同じ振動数のときだけ内積がゼロでない。ベクトルの正規直交基底と全く同じ構造ね。


Fourier 係数の決定

🟡 リナ: この直交性を使えば、関数 \(f(x)\) を次のように展開できる。これが Fourier 級数 (Fourier series)

\[ f(x) = \frac{a_0}{2} + \sum_{n=1}^{\infty}\left[a_n \cos\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) + b_n \sin\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right)\right] \tag{C.5} \]

ちなみに、定数関数 \(1\)\(\cos\)\(\sin\) と直交するの。\(n \geq 1\) のとき \(\int_0^L 1 \cdot \cos\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right)dx = 0\) だし \(\int_0^L 1 \cdot \sin\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right)dx = 0\)——これは \(\cos\)\(\sin\) を 1 周期分積分するとゼロになることから分かるわね。だから \(a_0/2\)(定数項)も他の項と独立に取り出せるの。

🟡 リナ: 図 C.1「Fourier級数による矩形波の再構成とGibbs現象」 を見て。周期 \(2\pi\) の矩形波——\(0 < x < \pi\)\(+1\)\(-\pi < x < 0\)\(-1\) という関数——を Fourier 級数で近似した様子よ。1 周期分だけ見ると、\(x > 0\)\(+1\)\(x < 0\)\(-1\) を返す符号関数 \(\mathrm{sgn}(x)\) と同じ形ね。項数 \(N\) を増やすほど矩形波に近づくけれど、不連続点の近くにはわずかなオーバーシュートが残るの。これは Gibbs (ギブス) 現象 と呼ばれていて、\(N \to \infty\) でも約 9% のオーバーシュートが消えないことが知られているわ。

Fourier級数による矩形波の再構成とGibbs現象

図 C.1: Fourier級数による矩形波の再構成とGibbs現象。矩形波 \(f(x) = \mathrm{sgn}(x)\) を Fourier 級数で近似した様子。次数 \(N\) を増やすほど矩形波に近づく。不連続点では「Gibbs 現象」と呼ばれるわずかなオーバーシュートが残る(級数の部分和の限界)。

🔵 カイ: 無限に足しても完全には一致しないんですか?

🟡 リナ: 不連続点「以外」では一致するの。不連続点そのものでは Fourier 級数は左右の値の平均に収束するわ。物理で扱う関数は大抵滑らかだから、実用上は問題にならないことが多いけれどね。

係数は直交性を利用して「取り出す」ことができる:

\[ a_n = \frac{2}{L}\int_0^L f(x)\cos\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) dx \quad (n = 0, 1, 2, \ldots) \tag{C.6} \]
\[ b_n = \frac{2}{L}\int_0^L f(x)\sin\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) dx \quad (n = 1, 2, 3, \ldots) \tag{C.7} \]

🔵 カイ: なぜ \(\cos\) を掛けて積分すると \(a_n\) が出てくるんですか?

🟡 リナ: ベクトルの場合を思い出して。基底 \(\mathbf{e}_n\) に対する成分を取り出すには内積 \(\mathbf{e}_n \cdot \mathbf{v}\) を計算したでしょう? 同じことよ。式 (C.5) の両辺に \(\cos\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right)\) を掛けて \(0\) から \(L\) まで積分すると、直交性 (C.2), (C.4) のおかげで \(n = m\)\(\cos\) 項だけが生き残る——定数項 \(a_0/2\) からの寄与は \(\frac{a_0}{2}\int_0^L \cos\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right)dx = 0\)\(m \geq 1\)\(\cos\) を整数周期分積分するとゼロ)だし、\(\sin\) の項は式 (C.4) でゼロ、\(n \neq m\)\(\cos\) 項は式 (C.2) でゼロ。結局:

\[ \int_0^L f(x)\cos\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right) dx = a_m \cdot \frac{L}{2} \]

これを \(a_m\) について解けば式 (C.6) が得られるわ。

⚪ メイ: \(a_0/2\) という書き方は、\(n = 0\)\(a_n\) の式に代入すると \(\cos(0) = 1\) だから \(a_0 = \frac{2}{L}\int_0^L f(x)\,dx\) になって、これは関数の平均値の 2 倍。だから \(a_0/2\) が平均値そのものね。

🟡 リナ: 完璧な整理よ。


✅ 理解度チェック: Fourier 級数の係数 \(a_0/2\) は、元の関数 \(f(x)\) のどのような量に対応するでしょうか?

答え

\(a_0/2\) は関数 \(f(x)\) の1周期分の平均値に対応する。\(a_0 = \frac{2}{L}\int_0^L f(x)\,dx\) なので、\(a_0/2 = \frac{1}{L}\int_0^L f(x)\,dx\) となり、これは区間 \([0, L]\) における \(f(x)\) の平均値そのものである。

✅ 理解度チェック: 式 (C.5) で \(b_n\) を求めるために、両辺に何を掛けて積分すればよいでしょうか?

答え

\(\sin\!\left(\frac{2\pi m}{L}x\right)\) を掛けて \(0\) から \(L\) まで積分する。直交性 (C.3), (C.4) により \(n = m\)\(\sin\) 項だけが生き残り、\(b_m \cdot L/2\) が得られる。

📝 練習問題:


C.2 複素 Fourier 級数 — Euler の公式による統一表現

🟡 リナ: 式 (C.5) は \(\sin\)\(\cos\) の 2 種類が混じっていて、少し扱いにくいわね。Appendix A で学んだ Euler (オイラー) の公式 を使うと、もっとすっきりした形に書き直せるの。

\[ e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta \tag{C.8} \]

これから:

\[ \cos\theta = \frac{e^{i\theta} + e^{-i\theta}}{2}, \qquad \sin\theta = \frac{e^{i\theta} - e^{-i\theta}}{2i} \tag{C.9} \]

(これらは Appendix A で導出した式よ。\(e^{i\theta}\)\(e^{-i\theta}\) を足すと \(\sin\) が消えて \(\cos\) が残り、引くと \(\cos\) が消えて \(\sin\) が残る——それだけのことね。)

🔵 カイ: \(\sin\)\(\cos\) が指数関数 1 つで統一できるんですね。

🟡 リナ: そう。波数 \(k_n \equiv \frac{2\pi n}{L}\) と書くわ。最終的には \(n\)任意の整数(正・負・ゼロ)として使うの。なぜ負の \(n\) が必要になるかは、今から式 (C.5) を書き換えていくと自然に見えてくるわ。まず \(n > 0\) の各項について、\(\cos\)\(\sin\) を式 (C.9) で置き換えてみましょう:

\[ a_n\cos(k_n x) + b_n\sin(k_n x) = a_n\frac{e^{ik_n x} + e^{-ik_n x}}{2} + b_n\frac{e^{ik_n x} - e^{-ik_n x}}{2i} \]

途中を丁寧に書くと、\(\cos(k_n x) = \frac{e^{ik_n x} + e^{-ik_n x}}{2}\) から \(e^{ik_n x}\) の係数は \(\frac{a_n}{2}\)\(e^{-ik_n x}\) の係数も \(\frac{a_n}{2}\)\(\sin(k_n x) = \frac{e^{ik_n x} - e^{-ik_n x}}{2i}\) から \(e^{ik_n x}\) の係数は \(\frac{b_n}{2i}\)\(e^{-ik_n x}\) の係数は \(-\frac{b_n}{2i}\)。合わせると、\(e^{ik_n x}\) の係数は \(\frac{a_n}{2} + \frac{b_n}{2i}\)\(e^{-ik_n x}\) の係数は \(\frac{a_n}{2} - \frac{b_n}{2i}\) ね。ここで \(\frac{1}{i}\) を計算するには分母を実数にしたい(有理化)から、分母分子に \(i\) を掛ける:\(\frac{1}{i} = \frac{i}{i^2} = \frac{i}{-1} = -i\) よ。したがって \(\frac{b_n}{2i} = \frac{b_n}{2}\cdot(-i) = -\frac{ib_n}{2}\)。これを代入すると:

\[ = \left(\frac{a_n}{2} - \frac{ib_n}{2}\right)e^{ik_n x} + \left(\frac{a_n}{2} + \frac{ib_n}{2}\right)e^{-ik_n x} = \frac{a_n - ib_n}{2}\,e^{ik_n x} + \frac{a_n + ib_n}{2}\,e^{-ik_n x} \]

🔵 カイ: なるほど、\(e^{ik_n x}\)\(e^{-ik_n x}\) にまとめられたんですね。

🟡 リナ: この式を見ると、\(e^{ik_n x}\) の係数が \(\frac{a_n - ib_n}{2}\)\(e^{-ik_n x}\) の係数が \(\frac{a_n + ib_n}{2}\) になっているわね。そこで次のように定義するの:

  • \(c_n \equiv \dfrac{a_n - ib_n}{2}\) (\(n > 0\) のとき)
  • \(c_{-n} \equiv \dfrac{a_n + ib_n}{2}\) (\(n > 0\) のとき)
  • \(c_0 \equiv \dfrac{a_0}{2}\)

確認してみましょう——\(c_n\,e^{ik_n x} + c_{-n}\,e^{-ik_n x}\) に代入すると \(\frac{a_n - ib_n}{2}e^{ik_n x} + \frac{a_n + ib_n}{2}e^{-ik_n x}\)。これは先ほど上で計算した式の右辺そのものだから、\(a_n\cos(k_n x) + b_n\sin(k_n x)\) と元の形に一致するわ。\(n = 0\) の項は \(c_0\,e^{i \cdot 0 \cdot x} = c_0 = a_0/2\) で定数項。

ここで「なぜ \(c_{-n}\) という名前にしたのか」を説明するわね。\(k_n = \frac{2\pi n}{L}\) の定義で \(n\) に負の整数を入れると \(k_{-n} = \frac{2\pi(-n)}{L} = -\frac{2\pi n}{L} = -k_n\) になるの。つまり \(e^{-ik_n x} = e^{ik_{-n} x}\) と書ける——\(-k_n\)\(k_{-n}\) は同じものよ。だから \(c_{-n}\,e^{-ik_n x}\)\(c_{-n}\,e^{ik_{-n} x}\) と書き直せる。これは「添字 \(-n\) の項」そのものね。

⚪ メイ: つまり、\(e^{-ik_n x}\) の項を「負の添字の項」と読み替えることで、正と負の \(n\) を一つの和にまとめられるのね。

🟡 リナ: その通り。式 (C.5) は「\(n = 0\) の項」+「\(n > 0\) の項の和」と書けるけれど、\(e^{-ik_n x}\) の係数を \(c_{-n}\) と名付けたおかげで、「\(n\) が負の項」と読み替えれば、全体を \(n = -\infty\) から \(+\infty\) までの 1 つの和にまとめられるの:

\[ f(x) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n \, e^{i k_n x} \tag{C.10} \]

ここで 複素 Fourier 係数 \(c_n\) は:

\[ c_n = \frac{1}{L}\int_0^L f(x)\, e^{-i k_n x}\, dx \tag{C.11} \]

(周期関数なので、積分範囲は \([0, L]\) の代わりに \([-L/2, L/2]\) など任意の 1 周期分で取っても同じ値を与えるわ。C.3 節では \(L \to \infty\) の極限を取りやすくするために \([-L/2, L/2]\) を使うわね。)

⚪ メイ: 和の範囲が \(n = -\infty\) から \(+\infty\) に広がったのは、\(\cos\)\(\sin\)\(e^{+ik_n x}\)\(e^{-ik_n x}\) に分解したから、負の \(n\) が必要になったのね。 🟡 リナ: そう。そして式 (C.11) の導出を確認しておきましょう。複素指数関数の直交性を見るわ。内積の定義 (C.1) で \(f = e^{ik_n x}\)\(g = e^{ik_m x}\) とすると \(\langle e^{ik_n x}, e^{ik_m x}\rangle = \int_0^L (e^{ik_n x})^* e^{ik_m x}\,dx = \int_0^L e^{-ik_n x} e^{ik_m x}\,dx\)\(e^{ik_n x}\) の複素共役は \(e^{-ik_n x}\) よ)。指数をまとめると:

\[ \int_0^L e^{i k_m x}\, e^{-i k_n x}\, dx = \int_0^L e^{i \frac{2\pi(m-n)}{L} x}\, dx = L\,\delta_{mn} \tag{C.12} \]

\(m \neq n\) のとき積分は \(\left[\frac{L}{i \cdot 2\pi(m-n)}e^{i \frac{2\pi(m-n)}{L} x}\right]_0^L = \frac{L}{i \cdot 2\pi(m-n)}\left[e^{i 2\pi(m-n)} - e^{0}\right]\) となるけれど、\((m-n)\) は整数だから \(e^{i2\pi(m-n)} = \cos(2\pi(m-n)) + i\sin(2\pi(m-n)) = 1\) で(\(\cos\)\(\sin\)\(2\pi\) の整数倍で元に戻るから)、\(e^0 = 1\) だから \([1 - 1] = 0\) になるの。\(m = n\) のとき被積分関数は \(e^0 = 1\) だから積分は \(L\)

🔵 カイ: 三角関数のときと同じ論理ですね。直交性で「取り出す」。

🟡 リナ: 式 (C.10) の両辺に \(e^{-ik_m x}\) を掛けて \(0\) から \(L\) まで積分するの。なぜ \(e^{-ik_m x}\) を選ぶかというと、直交性 (C.12) を使いたいからよ——\(e^{ik_n x}\)\(e^{-ik_m x}\) を掛けると \(e^{i(k_n - k_m)x}\) になって、\(n = m\) のときだけ積分が \(L\) になるの。つまり \(e^{-ik_m x}\) は「\(n = m\) の項を選び出すフィルター」の役割を果たすわ:

\[ \int_0^L f(x)\,e^{-ik_m x}\,dx = \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n \cdot L\,\delta_{mn} = L\,c_m \]

よって \(c_m = \frac{1}{L}\int_0^L f(x)\,e^{-ik_m x}\,dx\)。これが式 (C.11) そのものね。


✅ 理解度チェック: 実数関数 \(f(x)\) の場合、\(c_n\)\(c_{-n}\) にはどんな関係があるでしょうか?

答え

\(f(x)\) が実数なら \(f(x)^* = f(x)\) だから、\(c_n^* = \frac{1}{L}\int_0^L f(x)\,e^{+ik_n x}\,dx = c_{-n}\)。つまり \(c_{-n} = c_n^*\)(複素共役の関係)。


C.3 Fourier 変換 — 周期を無限大にする極限

🟡 リナ: Fourier 級数は「周期 \(L\) で繰り返す関数」を扱う道具だった。でも量子力学では、全空間 \((-\infty, +\infty)\) に広がる波動関数を扱いたい。周期の制約を外すには、\(L \to \infty\) の極限を取ればいいの。

🔵 カイ: 周期を無限大にする? それで何が変わるんですか?

🟡 リナ: 波数 \(k_n = \frac{2\pi n}{L}\) は整数 \(n\) ごとに値を取るから、隣り合う波数の間隔は \(\Delta k = k_{n+1} - k_n = \frac{2\pi(n+1)}{L} - \frac{2\pi n}{L} = \frac{2\pi}{L}\) よ。\(L \to \infty\) にすると \(\Delta k \to 0\) になって、離散的な和 \(\sum_n\) が連続的な積分 \(\int dk\) に変わるの。具体的に見てみましょう。


導出

🟡 リナ: 式 (C.10) を書き直すわ:

\[ f(x) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n \, e^{ik_n x} \]

ここに式 (C.11) の \(c_n\) を代入するの。式 (C.11) の積分範囲は \([0, L]\) だったけれど、\(L \to \infty\) の極限を取りやすくするために \([-L/2, L/2]\) に変えて書くわ(周期関数だから 1 周期分をどこから取っても同じ——すぐ後で説明するわね):

\[ f(x) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} \left[\frac{1}{L}\int_{-L/2}^{L/2} f(x')\,e^{-ik_n x'}\,dx'\right] e^{ik_n x} \]

🔵 カイ: あれ、積分範囲が \([0, L]\) から \([-L/2, L/2]\) に変わってますけど、大丈夫なんですか?

🟡 リナ: いい質問ね。周期 \(L\) の関数は \(f(x + L) = f(x)\) を満たすから、どこから一周期分を取っても積分値は同じなの。直感的には、周期的に繰り返すパターンのどこを切り取っても、ちょうど 1 セット分が入っているからよ。壁紙の模様を思い浮かべて——どこからハサミを入れても、1 パターン分の長さを切り出せば同じ模様が得られるでしょう? 積分値も同じことよ。具体例で確認すると、\(1 + \cos x\) の周期は \(2\pi\) だけど、\(\int_0^{2\pi}(1+\cos x)\,dx = 2\pi\) だし \(\int_{-\pi}^{\pi}(1+\cos x)\,dx = 2\pi\) で同じ値になる——どちらも山を 1 つ分だけ含んでいるから。同じ理屈で \([0, L]\)\([-L/2, L/2]\) は等価よ。\(L \to \infty\) の極限を取るときは \([-L/2, L/2]\) の方が原点について対称で扱いやすいわ。ちなみに「\(L \to \infty\) にしたら周期関数じゃなくなるのでは?」と思うかもしれないけど、その通り。最終的に得られる式 (C.14), (C.15) は周期性を仮定しない一般の関数に適用できるの。周期 \(L\) はあくまで導出の途中段階で使う「足場」で、\(L \to \infty\) の極限で外してしまうのよ。

⚪ メイ: 周期 \(L\) の「足場」を \(L \to \infty\) で取り払うことで、周期性のない一般の関数に対応できるようになるのね。

🟡 リナ: 次に、\(L \to \infty\) の極限を取りやすくするために、\(\frac{1}{L}\) を波数の間隔 \(\Delta k = \frac{2\pi}{L}\) で書き換えるの。\(\frac{1}{L} = \frac{\Delta k}{2\pi}\) だから:

\[ f(x) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} \frac{\Delta k}{2\pi} \left[\int_{-L/2}^{L/2} f(x')\,e^{-ik_n x'}\,dx'\right] e^{ik_n x} \]

⚪ メイ: \(L \to \infty\)\(\Delta k \to 0\) だから、\(\sum_n \Delta k\)\(\int dk\) に変わるのね。

🟡 リナ: そう。高校で学んだ区分求積法を思い出して——区間を細かく分割して短冊の面積 \(f(k_n)\,\Delta k\) を足し合わせると、分割を無限に細かくした極限で定積分 \(\int f(k)\,dk\) になったわね。ここでも全く同じことが起きているの。\(\Delta k = 2\pi/L\) が「短冊の幅」で、\(L \to \infty\) で幅がゼロに近づき、離散的な和が連続的な積分に移行するわ。\(L \to \infty\) の極限で:

\[ f(x) = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\left[\int_{-\infty}^{\infty} f(x')\,e^{-ikx'}\,dx'\right] e^{ikx}\,dk \tag{C.13} \]

ここで角括弧の中を \(\tilde{f}(k)\) と名付ける。これが Fourier 変換 (Fourier transform)

\[ \tilde{f}(k) = \int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,e^{-ikx}\,dx \tag{C.14} \]

そして元の関数を復元する式が 逆 Fourier 変換 (inverse Fourier transform)

\[ f(x) = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty} \tilde{f}(k)\,e^{ikx}\,dk \tag{C.15} \]

🔵 カイ: おお、対称的な形ですね。\(2\pi\) の因子が片方にだけ付くのがちょっと気になりますけど。

🟡 リナ: いい指摘ね。実は \(2\pi\) の配分には流儀が 3 つあって、物理の分野によって使い分けるの:

表 C.1: Fourier変換における2πの配分の流儀

流儀 変換 逆変換 主な使用分野
(a) \(\tilde{f}(k) = \int f(x)\,e^{-ikx}\,dx\) \(f(x) = \frac{1}{2\pi}\int \tilde{f}(k)\,e^{ikx}\,dk\) 場の理論・\(\hbar = 1\) とする体系
(b) \(\tilde{f}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int f(x)\,e^{-ikx}\,dx\) \(f(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int \tilde{f}(k)\,e^{ikx}\,dk\) 量子力学(対称規約)
(c) \(\tilde{f}(\nu) = \int f(t)\,e^{-2\pi i \nu t}\,dt\) \(f(t) = \int \tilde{f}(\nu)\,e^{2\pi i \nu t}\,d\nu\) 工学・信号処理

「量子力学」編では主に流儀 (b) を使うわ。量子力学の教科書で最もよく見る形で、変換と逆変換が完全に対称な形になるから覚えやすいの。さらに後で示す Parseval の等式も最もきれいに書けるわ。式 (C.14), (C.15) は \(L \to \infty\) の極限から自然に出てくる形(流儀 (a))だったけれど、以降は流儀 (b) に統一するわね。違いは単純で、流儀 (a) の \(\tilde{f}(k)\)\(1/\sqrt{2\pi}\) を掛けたものが流儀 (b) の \(\tilde{f}(k)\) よ。つまり同じ記号 \(\tilde{f}\) を使うけれど、定義が \(1/\sqrt{2\pi}\) 倍だけ違うの。以降この章で \(\tilde{f}(k)\) と書いたら、常に流儀 (b) の定義:

\[ \tilde{f}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,e^{-ikx}\,dx \tag{C.16} \]
\[ f(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty} \tilde{f}(k)\,e^{ikx}\,dk \tag{C.17} \]

を指すわ。

⚪ メイ: 変換と逆変換が同じ形になるのね。指数の符号だけが違う。対称的で覚えやすい。


物理的意味

🟡 リナ: 物理的に言うと、\(f(x)\) は「位置空間」での関数、\(\tilde{f}(k)\) は「波数空間」での関数。量子力学では \(p = \hbar k\)(de Broglie の関係式——第 2 章 で学んだわね)だから、\(\tilde{f}(k)\) は「運動量空間」での表現に直結するの。第 10 章で詳しくやるけれど、Fourier 変換は「位置 \(x\) を使って書いた波動関数」と「運動量 \(p\)(つまり波数 \(k\))を使って書いた波動関数」を橋渡しする道具そのもの——そして実は \(|\tilde{f}(k)|^2\) が「運動量 \(\hbar k\) を持つ確率密度」を与えることになるのよ。

🔵 カイ: ちょっと待ってください。\(|\tilde{f}(k)|^2\) が「運動量の確率密度」になるって、どういう意味ですか? 波数空間の関数の絶対値の 2 乗が確率になる理由が分からないんですけど……

🟡 リナ: いい疑問ね。今の段階では「そういう解釈になる」と予告だけしておくわ。第 10 章 で波動関数の確率解釈と合わせて厳密に示すから。今は「Fourier 変換すると、各波数成分がどれくらい含まれているかが分かる」——そして de Broglie の関係 \(p = \hbar k\) により波数 \(k\) の成分は運動量 \(\hbar k\) の成分に対応するから、「この粒子はどんな運動量をどれくらいの割合で持っているか」が読み取れる、という直感だけ持っておいて。なぜ「割合」が \(|\tilde{f}(k)|^2\) という形になるのか——つまり絶対値の 2 乗が確率密度になる理由——は、第 10 章 で Born の確率解釈と合わせて初めてきちんと分かるわ。

🔵 カイ: なるほど、「割合が分かる」ところまでは今の数学で理解できるけど、「それが確率密度になる」のは物理の解釈が必要なんですね。


✅ 理解度チェック: Fourier 級数で \(\sum_n\) だった和が Fourier 変換で \(\int dk\) に変わる物理的理由は?

答え

Fourier 級数は周期 \(L\) の関数を扱うため、許される波数が \(k_n = 2\pi n/L\) と離散的。\(L \to \infty\) にすると波数の間隔 \(\Delta k = 2\pi/L \to 0\) となり、離散的な和が連続的な積分に移行する。物理的には、無限に広い空間では任意の波数(運動量)が許されることに対応する。

📝 練習問題:


C.4 Parseval の等式 — エネルギー保存の数学的表現

🟡 リナ: 次に、Fourier 変換の重要な性質を 1 つ示すわ。Parseval (パーセバル) の等式 と呼ばれるもので、「位置空間で計算しても波数空間で計算しても、ノルム(大きさの 2 乗の積分)は変わらない」という定理よ。

\[ \int_{-\infty}^{\infty} |f(x)|^2\,dx = \int_{-\infty}^{\infty} |\tilde{f}(k)|^2\,dk \tag{C.18} \]

🔵 カイ: 左辺と右辺で積分する変数が違うのに、値が同じ?

🟡 リナ: そう。物理的に言えば、「粒子をどこかで見つける確率の合計」を位置空間で計算しても運動量空間で計算しても同じ \(1\) になる、ということ。波動関数の規格化条件が両方の表示で整合するのは、まさにこの等式のおかげなの。


導出

🟡 リナ: 流儀 (b)(式 (C.16), (C.17))で証明するわ。まず左辺を書き直す:

\[ \int_{-\infty}^{\infty} |f(x)|^2\,dx = \int_{-\infty}^{\infty} f(x)^* f(x)\,dx \]

戦略は「\(f(x)\)\(f(x)^*\) の両方を波数空間の表現(逆 Fourier 変換の式)に置き換えて、\(x\) の積分を先に実行する」こと。こうすると δ 関数が現れて、最終的に \(|\tilde{f}(k)|^2\) の積分だけが残るの。では具体的にやってみましょう。\(f(x)\)\(f(x)^*\) のそれぞれに逆 Fourier 変換の式を代入するの。\(f(x)\) 側は式 (C.17) そのまま:\(f(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int \tilde{f}(k)\,e^{ikx}\,dk\)\(f(x)^*\) 側には式 (C.17) の両辺の複素共役を取った式を使う。複素共役を取ると \(f(x)^* = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int \tilde{f}(k)^*\,e^{-ikx}\,dk\) になるわ。なぜかというと、積分全体の複素共役は被積分関数の複素共役を積分したものに等しいの(\([\int h(k)\,dk]^* = \int h(k)^*\,dk\))。これは「足し算の複素共役は、各項の複素共役の足し算」という性質の連続版ね——\((z_1 + z_2)^* = z_1^* + z_2^*\) が成り立つのと同じ理屈で、積分(無限個の足し算)でも各被積分関数に複素共役を取ればいいの。そして \([\tilde{f}(k)\,e^{ikx}]^* = \tilde{f}(k)^*\,e^{-ikx}\)——\(\tilde{f}(k)\) は一般に複素数だから複素共役が付き、\(e^{ikx}\) の複素共役は \(e^{-ikx}\)(指数の \(i\)\(-i\) に変わる)よ。\(1/\sqrt{2\pi}\) は実数だからそのまま。

🔵 カイ: ここで 1 つ疑問なんですけど、\(f(x)^*\)\(f(x)\) を掛けるとき、両方に \(\int dk\) が入ってますよね。同じ変数 \(k\) を使ったままだとまずいんですか?

🟡 リナ: いい質問ね。2 つの別々の積分を掛けるときは、それぞれの積分変数に別の名前を付ける必要があるの。たとえば \(\left(\int_0^1 k\,dk\right)\times\left(\int_0^1 k\,dk\right)\)\(\frac{1}{2}\times\frac{1}{2} = \frac{1}{4}\) だけど、もし同じ \(k\) のまま 1 つの二重積分 \(\int_0^1\int_0^1 k \cdot k\,dk\,dk\) と書いてしまうと、2 つの \(k\) が同じ変数なのか別の変数なのか曖昧になるでしょう? だから片方を \(k'\) と書き直して \(\int_0^1\int_0^1 k \cdot k'\,dk\,dk'\) とするの。これなら「\(k\)\(k'\) は独立に動く」ことが明確になるわ。

🔵 カイ: なるほど、名前が同じだと「連動して動く」のか「独立に動く」のか分からなくなるんですね。

🟡 リナ: そう。だから \(f(x)^*\) 側の積分変数を \(k'\) と書き直して \(f(x)^* = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int \tilde{f}(k')^*\,e^{-ik'x}\,dk'\) とするの。代入すると:

\[ = \int_{-\infty}^{\infty}\left[\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\tilde{f}(k')^*\,e^{-ik'x}\,dk'\right]\left[\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\tilde{f}(k)\,e^{ikx}\,dk\right]dx \]

積分の順序を入れ替えて、\(x\) の積分を先に実行するわ。

🔵 カイ: ちょっと待ってください。積分の順序って入れ替えていいんですか?

🟡 リナ: いい質問ね。二重積分(あるいは三重積分)では、被積分関数が「十分おとなしい」——具体的には絶対値の積分が有限——なら、積分の順序を入れ替えても結果は同じなの。これは Fubini (フビニ) の定理 と呼ばれる数学の定理よ。直感的には、長方形の面積を「横に切って足す」のと「縦に切って足す」のとで同じ結果になるのと同じ理屈ね。物理で出てくる関数は大抵この条件を満たすから、安心して入れ替えて大丈夫よ。

\[ = \int_{-\infty}^{\infty}\int_{-\infty}^{\infty}\tilde{f}(k')^*\,\tilde{f}(k)\left[\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}e^{i(k-k')x}\,dx\right]dk\,dk' \]

角括弧の中の積分は、C.7 節で厳密に導出する δ 関数の Fourier 積分表示(式 (C.30) と同型の関係——式 (C.30) では積分変数が \(k\) で引数が \(x-x'\) だったのに対し、ここでは積分変数が \(x\) で引数が \(k-k'\) に置き換わった形)に他ならないの。

🔵 カイ: えっ、まだ δ 関数を定義してないのに使っていいんですか?

🟡 リナ: いい疑問ね。ここでは δ 関数の正式な定義は使わないわ。代わりに、C.3 節で既に確立した事実——「式 (C.16) で変換して式 (C.17) で逆変換すると元の関数に戻る」こと——を直接使うの。

具体的にやってみましょう。\(\int|f(x)|^2\,dx\) に逆変換の式を代入して \(x\) の積分を先に実行すると:

\[ \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}e^{i(k-k')x}\,dx \]

という積分が現れるわ。\(k \neq k'\) の場合を考えてみて。\(e^{i(k-k')x} = \cos((k-k')x) + i\sin((k-k')x)\) だから、\(\cos\)\(\sin\)\(x\) について一定の振動数で振動し続ける。\(x\)\(-\infty\) から \(+\infty\) まで積分すると、正の山と負の谷が無限に交互に現れて完全に打ち消し合うの——C.1 節で「\(\cos\) を整数周期分積分するとゼロ」と言ったのと同じ原理よ。一方 \(k = k'\) のときは \(e^0 = 1\) で振動しないから、定数 \(1\)\(-\infty\) から \(+\infty\) まで積分することになって発散する。つまり「\(k = k'\) でだけ無限大、それ以外ゼロ」という性質を持つの。

🔵 カイ: 振動が打ち消し合うのは分かりました。でも \(k = k'\) で「無限大」になるのに、最終的に有限の結果が出るのはなぜ?

🟡 リナ: ただし単に「無限大」なだけではなくて、\(1/(2\pi)\) の係数と合わせて「面積がちょうど 1」になるように調整されているのよ——これが C.6 節で定義する δ 関数の本質で、「\(k' = k\) だけを選び出す」フィルターとして正しく機能するの。

なぜこの性質を使ってよいかというと、C.3 節で Fourier 変換と逆変換が互いに逆操作であること(式 (C.16) で変換して式 (C.17) で逆変換すると元の \(f(x)\) に戻ること)を既に確立しているからよ。この「元に戻る」という事実を式で書くと \(f(x) = \frac{1}{2\pi}\int\left[\int f(x')\,e^{-ikx'}\,dx'\right]e^{ikx}\,dk\) ね。ここで積分順序を交換すると \(f(x) = \int f(x')\left[\frac{1}{2\pi}\int e^{ik(x-x')}dk\right]dx'\) となる。この式が任意の \(f\) に対って成り立つためには、角括弧の中が「\(x' = x\) のときだけ寄与して、それ以外ではゼロ」というフィルターでなければならないの——もしそうでなければ、右辺は \(f(x)\) 以外の値を返してしまうから。つまり δ 関数の名前を付ける前から、この「選び出す」性質は C.3 節の結果として保証されているの。循環論法ではないわ。

🔵 カイ: それって、後で出てくる δ 関数そのものじゃないですか?

🟡 リナ: まさにそう! だから C.6 節でこの性質を持つ対象に \(\delta(k-k')\) という名前を付けるの。今は「名前はまだないけど性質は確立済み」という状況ね。

⚪ メイ: つまり今は「振動が打ち消し合って \(k = k'\) だけ残る」という事実を使って先に進み、C.6 節で正式に δ 関数を定義した後にこの式の意味がすっきり分かるのね。

🟡 リナ: その通り。この「\(k = k'\) だけ残る」性質を記号的に書くと:

\[ \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}e^{i(k-k')x}\,dx = \delta(k - k') \tag{C.19} \]

と表せる(δ 関数の正式な定義は C.6 節で、この式自体の厳密な導出は C.7 節の式 (C.30) で行うわ)。この性質により \(k'\) の積分で \(k' = k\) だけが生き残る:

\[ = \int_{-\infty}^{\infty}\int_{-\infty}^{\infty}\tilde{f}(k')^*\,\tilde{f}(k)\,\delta(k-k')\,dk\,dk' = \int_{-\infty}^{\infty}\tilde{f}(k)^*\,\tilde{f}(k)\,dk = \int_{-\infty}^{\infty}|\tilde{f}(k)|^2\,dk \]

ここで 2 つ目の等号では、\(k'\) の積分に対して「\(k' = k\) だけ残る」性質を使ったの。\(\delta(k - k')\)\(k'\) で積分すると \(k' = k\) に固定されるから、\(\tilde{f}(k')^*\)\(\tilde{f}(k)^*\) になり、残った \(k\) の積分で \(\tilde{f}(k)^*\,\tilde{f}(k) = |\tilde{f}(k)|^2\) を積分する形になるわ。

🔵 カイ: おお、きれいに \(|\tilde{f}(k)|^2\) の積分だけが残った!

⚪ メイ: Fourier 変換は「ノルムを保存する」変換なのね。位置空間で計算しても波数空間で計算しても同じ値になるって、すごくきれいな性質。

🟡 リナ: そうね。実はこれ、Appendix B で学んだユニタリ変換と同じ構造なの。ユニタリ変換とは「ノルム(大きさ)を変えない変換」だったわね。Fourier 変換は無限次元 Hilbert 空間におけるユニタリ演算子そのものよ。有限次元で学んだ「ユニタリ変換 = ノルム保存」が、関数空間でもそのまま成り立つわ。

⚪ メイ: つまり付録 B で学んだ「ユニタリ変換 = ノルム保存」が、無限次元でもそのまま成り立つのね。有限次元では基底を変える行列 \(U\)\(U^\dagger U = I\) を満たすことがノルム保存の条件だった。Fourier 変換はその無限次元版で、「位置基底から波数基底への基底変換」がノルムを保存する——だから物理量の計算結果がどちらの表示でも同じになるのか。

✅ 理解度チェック: Parseval の等式の証明で鍵となる数学的事実(式 (C.19))は何でしょうか?

答え

\(\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}e^{i(k-k')x}\,dx = \delta(k-k')\) という δ 関数の Fourier 積分表示が鍵となる。これにより \(x\) の積分を実行した後、\(k'\) の積分が δ 関数で「選択」されて消え、最終的に \(|\tilde{f}(k)|^2\) の積分だけが残る。


より一般的な形:Parseval の関係式

🟡 リナ: もう少し一般的に、2 つの関数 \(f(x)\)\(g(x)\) の「内積」についても同様の等式が成り立つわ:

\[ \int_{-\infty}^{\infty} f(x)^*\,g(x)\,dx = \int_{-\infty}^{\infty} \tilde{f}(k)^*\,\tilde{g}(k)\,dk \tag{C.20} \]

証明は式 (C.18) と全く同じ手順。これを Parseval の関係式 (Parseval's relation) と呼ぶこともあるわ。

🔵 カイ: 内積が保存されるなら……あ、ということは直交性も保存されるんですか? 位置空間で直交する 2 つの関数は、波数空間でも直交する?

🟡 リナ: その通り。式 (C.20) で \(\int f^* g\,dx = \int \tilde{f}^*\tilde{g}\,dk\) だから、左辺がゼロ(位置空間で直交)なら右辺もゼロ(波数空間でも直交)ね。量子力学で「異なるエネルギー固有状態は直交する」という性質が、どの表示で計算しても成り立つのは、この定理のおかげよ。


✅ 理解度チェック: Parseval の等式が量子力学で重要な理由を物理的に述べてください。

答え

波動関数の規格化条件 \(\int |\psi(x)|^2\,dx = 1\) が、運動量表示でも \(\int |\tilde{\psi}(k)|^2\,dk = 1\) と同じ値を与えることを保証する。つまり「粒子がどこかに存在する確率の合計は 1」という物理的要請が、位置表示でも運動量表示でも矛盾なく成り立つ。


C.5 畳み込み定理 — 積とたたみ込みの双対性

🟡 リナ: Fourier 変換のもう一つの強力な性質が 畳み込み定理 (convolution theorem) よ。まず 畳み込み (convolution) を定義するわ。

\[ (f * g)(x) \equiv \int_{-\infty}^{\infty} f(x')\,g(x - x')\,dx' \tag{C.21} \]

🔵 カイ: 2 つの関数を「ずらしながら掛けて積分する」操作ですか?

🟡 リナ: そう。身近な例で言えば、写真の「ぼかし」処理がまさに畳み込みよ。各ピクセルの値を、周囲のピクセルの値と「ぼかしの重み関数」で重み付けして平均する——これが \(f\)\(g\) で畳み込む操作に対応するの。信号処理では「フィルタリング」、確率論では「2 つの独立な確率変数の和の分布」にも対応する、とても基本的な操作よ。

✅ 理解度チェック: 畳み込み \((f*g)(x)\) の定義を述べ、この操作が直感的に何をしているか説明してみましょう。

答え

\((f*g)(x) = \int_{-\infty}^{\infty} f(x')\,g(x-x')\,dx'\) と定義される。直感的には、関数 \(g\)\(x'\) だけずらした \(g(x-x')\)\(f(x')\) を掛けて全空間で積分する操作で、「\(f\)\(g\) で重み付けしながらずらして足し合わせる」ことに相当する。


定理の内容

🟡 リナ: 畳み込み定理はこう述べるの:

位置空間での畳み込みは、波数空間では単なる積になる。

流儀 (b) では:

\[ \widetilde{(f * g)}(k) = \sqrt{2\pi}\;\tilde{f}(k)\,\tilde{g}(k) \tag{C.22} \]

\(\sqrt{2\pi}\) が付くのは流儀 (b) で変換に \(1/\sqrt{2\pi}\) を含めているため。導出で自然に現れるわ。)

逆に、位置空間での積は波数空間での畳み込みになる:

\[ \widetilde{(f \cdot g)}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\,(\tilde{f} * \tilde{g})(k) \tag{C.23} \]

こちらを先に証明してみましょう——式 (C.22) と同じ方針で、Fourier 変換の定義に代入して積分順序を交換するの。出発点は:

\[ \widetilde{(f \cdot g)}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,g(x)\,e^{-ikx}\,dx \]

ここで \(g(x)\) に逆 Fourier 変換の式 (C.17) を代入するの(\(f\) を代入しても最終結果は同じよ——畳み込みの定義で \(u = x - x'\) と変数変換すると \((f*g)(x) = \int f(x-u)\,g(u)\,du = (g*f)(x)\) となって \(f\)\(g\) の役割が入れ替わるから、\(\tilde{f}*\tilde{g} = \tilde{g}*\tilde{f}\) ね。\(g\) を代入する方を選ぶのは、残った \(f(x)\,e^{-i(k-k')x}\)\(x\) 積分が \(\tilde{f}(k-k')\) の形にすぐ読み取れて見通しが良いからよ):\(g(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int \tilde{g}(k')\,e^{ik'x}\,dk'\)。すると:

\[ = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty} f(x)\left[\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\tilde{g}(k')\,e^{ik'x}\,dk'\right]e^{-ikx}\,dx \]

\(x\)\(k'\) の積分順序を交換して、指数をまとめると \(e^{ik'x}\cdot e^{-ikx} = e^{-i(k-k')x}\) だから:

\[ = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}\tilde{g}(k')\left[\int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,e^{-i(k-k')x}\,dx\right]dk' \]

🔵 カイ: 角括弧の中は \(f\) の Fourier 変換に似てますね。ただし波数が \(k\) じゃなくて \(k - k'\) になってる。

🟡 リナ: その通り。式 (C.16) の定義で波数を \(k-k'\) に置き換えると \(\tilde{f}(k-k') = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int f(x)\,e^{-i(k-k')x}\,dx\) だから、角括弧の中は \(\sqrt{2\pi}\,\tilde{f}(k-k')\) ね。これを代入すると:

\[ \widetilde{(f \cdot g)}(k) = \frac{1}{2\pi}\cdot\sqrt{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty} \tilde{f}(k-k')\,\tilde{g}(k')\,dk' = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty} \tilde{f}(k-k')\,\tilde{g}(k')\,dk' \]

右辺の積分は畳み込みの定義 (C.21) そのもの(\(x\)\(k\) に、\(x'\)\(k'\) に読み替えただけ)だから、\((\tilde{f}*\tilde{g})(k)\) と書けるの。したがって \(\widetilde{(f \cdot g)}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}(\tilde{f}*\tilde{g})(k)\) が示されたわ。

⚪ メイ: 式 (C.22) が「畳み込み → 積」で、式 (C.23) が「積 → 畳み込み」。つまり Fourier 変換で「積」と「畳み込み」が入れ替わるのね。双方向に成り立つ対称的な関係。


導出(式 (C.22) の証明)

🟡 リナ: 式 (C.22) を示すわ。\(\widetilde{(f*g)}(k)\) の定義に式 (C.21) を代入する:

\[ \widetilde{(f*g)}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\left[\int_{-\infty}^{\infty}f(x')\,g(x-x')\,dx'\right]e^{-ikx}\,dx \]

ここで \(x\)\(x'\) の積分順序を交換するわ。

🔵 カイ: また積分の順序を入れ替えてますね。C.4 節で出てきた Fubini の定理ですか?

🟡 リナ: そう、同じ理屈よ。被積分関数が十分おとなしければ積分順序を入れ替えても結果は同じ。順序を交換すると、\(f(x')\) を外に出して次のように書ける:

\[ = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}f(x')\left[\int_{-\infty}^{\infty}g(x-x')\,e^{-ikx}\,dx\right]dx' \]

次に、角括弧の中の \(x\) の積分で \(u = x - x'\)\(x = u + x'\), \(dx = du\))と変数変換するの。\(x'\) を固定して \(x\)\(-\infty\) から \(+\infty\) まで動かすと、\(u = x - x'\)\(-\infty\) から \(+\infty\) まで動くから、\(u\) の積分範囲も \((-\infty, +\infty)\) のままよ:

\[ = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}f(x')\left[\int_{-\infty}^{\infty}g(u)\,e^{-ik(u+x')}\,du\right]dx' \]

ここで指数を分離するわ。\(e^{-ik(u+x')} = e^{-iku}\cdot e^{-ikx'}\) だから、\(e^{-ikx'}\)\(u\) の積分には関係しない定数として外に出せる:

\[ = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}f(x')\,e^{-ikx'}\left[\int_{-\infty}^{\infty}g(u)\,e^{-iku}\,du\right]dx' \]

⚪ メイ: \(g\) の積分部分はもう \(x'\) に依存しないから、\(x'\) の積分の外にも出せるわね。

🟡 リナ: その通り。角括弧の中の \(\int g(u)\,e^{-iku}\,du\)\(x'\) に依存しない定数だから、\(x'\) の積分の外に出せるの:

\[ = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}f(x')\,e^{-ikx'}\,dx' \cdot \int_{-\infty}^{\infty}g(u)\,e^{-iku}\,du \]

ここで流儀 (b) の定義(式 (C.16))を見直すと \(\tilde{f}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int f(x')\,e^{-ikx'}\,dx'\) だから、両辺に \(\sqrt{2\pi}\) を掛けて:

\[ \int_{-\infty}^{\infty} f(x')\,e^{-ikx'}\,dx' = \sqrt{2\pi}\,\tilde{f}(k) \]

同様に \(\int_{-\infty}^{\infty} g(u)\,e^{-iku}\,du = \sqrt{2\pi}\,\tilde{g}(k)\)。これらを代入すると:

\[ = \frac{1}{\sqrt{2\pi}} \cdot \sqrt{2\pi}\,\tilde{f}(k) \cdot \sqrt{2\pi}\,\tilde{g}(k) = \frac{(\sqrt{2\pi})^2}{\sqrt{2\pi}}\,\tilde{f}(k)\,\tilde{g}(k) = \sqrt{2\pi}\;\tilde{f}(k)\,\tilde{g}(k) \]

\((\sqrt{2\pi})^2 = 2\pi\) だから \(\frac{2\pi}{\sqrt{2\pi}} = \sqrt{2\pi}\) ね。)

🔵 カイ: 畳み込みという複雑な操作が、Fourier 変換すると単なる掛け算になるのは便利ですね!

🟡 リナ: そう。微分方程式を解くとき、Fourier 変換で「微分 → 掛け算」に変換するテクニックは 第 7 章 以降で大活躍するわ。


✅ 理解度チェック: 畳み込み定理が「微分方程式を解くのに便利」と言える理由を説明してみましょう。(ヒント:\(f'(x)\) の Fourier 変換は \(ik\tilde{f}(k)\)

答え

微分 \(d/dx\) は Fourier 変換すると \(ik\) の掛け算に変わる。したがって微分方程式は波数空間では代数方程式になり、解くのが格段に容易になる。解を得た後に逆 Fourier 変換すれば位置空間の解が得られる。

📝 練習問題:


C.6 Dirac の δ 関数 — 定義・性質・物理的意味

🟡 リナ: ここからが本章の核心よ。Parseval の等式の証明で「天下り的に」使った δ 関数を、きちんと定義するわ。

🔵 カイ: δ 関数って、「1 点で無限大、それ以外ゼロ」っていうやつですよね?

🟡 リナ: イメージとしてはそうだけど、正確には通常の意味の「関数」ではないの。Dirac (ディラック) の δ 関数 は、「各点での値」ではなく「他の関数と掛けて積分したときの結果」で定義される数学的対象で、超関数 (distribution) と呼ばれるわ。つまり「\(\delta(x)\)\(x = 0\) での値はいくつ?」という問いには意味がなくて、「\(\delta(x)\)\(f(x)\) を掛けて積分すると \(f(0)\) になる」という性質こそが定義なの。


定義

🟡 リナ: δ 関数は次の性質で定義される:

\[ \int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,\delta(x - a)\,dx = f(a) \tag{C.24} \]

任意の「十分滑らかな」関数 \(f(x)\) に対して、この等式が成り立つものとして \(\delta(x-a)\) を定義するの。これを 選択性 (sifting property) と呼ぶわ。

⚪ メイ: つまり δ 関数は「\(x = a\) における \(f\) の値を取り出す」フィルターのような役割ね。

🟡 リナ: そう。形式的に \(f(x) = 1\)\(x = a\) の近傍で定数 \(1\))とすると:

\[ \int_{-\infty}^{\infty}\delta(x - a)\,dx = 1 \tag{C.25} \]

「全空間で積分すると 1」ということ。直感的には「面積 1 だが、幅ゼロ・高さ無限大の鋭いピーク」ね。

🔵 カイ: それって本当に「関数」なんですか? 1 点で無限大の値を取る関数なんて……

🟡 リナ: 鋭い指摘ね。厳密には δ 関数は通常の関数ではなく、超関数 (generalized function / distribution) と呼ばれる数学的対象よ。でも物理では、次のように「極限」としてイメージすれば十分。

✅ 理解度チェック: Dirac の δ 関数が通常の意味の「関数」ではないと言われる理由は何でしょうか?

答え

δ 関数は「各点での値」で定義されるのではなく、「他の関数と掛けて積分したときの結果」(選択性 \(\int f(x)\delta(x-a)dx = f(a)\))で定義される数学的対象(超関数)だから。通常の関数のように「\(\delta(0)\) の値はいくつか」と問うことには意味がない。


δ 関数の極限表現

🟡 リナ: δ 関数を「幅が狭くなっていく関数列の極限」として理解できるわ。例えば Gauss 関数列:

\[ \delta_\epsilon(x) = \frac{1}{\epsilon\sqrt{\pi}}\,e^{-x^2/\epsilon^2} \tag{C.26} \]

\(\epsilon \to 0\) で、この Gauss 関数はどんどん鋭く・高くなるけれど、面積は常に \(1\) のまま。

🔵 カイ: 面積が常に 1 って、どうして分かるんですか?

🟡 リナ: Gauss 積分の公式 \(\int_{-\infty}^{\infty}e^{-t^2}\,dt = \sqrt{\pi}\) を使うの。\(t = x/\epsilon\) と変数変換すると \(\int_{-\infty}^{\infty}e^{-x^2/\epsilon^2}\,dx = \epsilon\sqrt{\pi}\) だから、\(\delta_\epsilon(x)\) の積分は \(\frac{1}{\epsilon\sqrt{\pi}}\cdot\epsilon\sqrt{\pi} = 1\) ね。\(\epsilon\) がどんな値でも面積は \(1\) のまま。この極限が δ 関数:

\[ \delta(x) = \lim_{\epsilon \to 0}\,\delta_\epsilon(x) \]

🔵 カイ: なるほど、幅 \(\epsilon\) の釣り鐘型が、\(\epsilon \to 0\) で「針」になるイメージですね。

🟡 リナ: そのイメージを 図 C.2「ガウス関数の極限としてのDiracデルタ関数」 で確認してみて。\(\epsilon\) を小さくしていくと、ピークがどんどん鋭くなるけれど面積は常に \(1\) のまま——これが δ 関数の本質よ。

ガウス関数の極限としてのDiracデルタ関数

図 C.2: ガウス関数の極限としてのDiracデルタ関数。ガウス関数の幅 \(\epsilon\) を狭くしていく極限として δ 関数が定義される。どの \(\epsilon\) でも積分値は 1 に保たれ、\(\epsilon\to 0\) で「\(x=0\) でのみ無限大」という特異な関数になる。物理で「点」を表現する万能道具。

🟡 リナ: 他にも矩形関数列や Lorentz 関数列でも同じ極限が得られるわ:

\[ \delta(x) = \lim_{\epsilon \to 0}\frac{1}{\pi}\frac{\epsilon}{x^2 + \epsilon^2} \tag{C.27} \]

どの列を使っても、式 (C.24) の選択性が成り立つ極限になるの。


δ 関数の基本性質

🟡 リナ: δ 関数の重要な性質をまとめておくわ:

(1) 選択性(再掲):

\[ \int_{-\infty}^{\infty} f(x)\,\delta(x-a)\,dx = f(a) \]

(2) 偶関数性:

\[ \delta(-x) = \delta(x) \tag{C.28a} \]

(3) スケーリング:

\[ \delta(ax) = \frac{1}{|a|}\,\delta(x) \quad (a \neq 0) \tag{C.28b} \]

偶関数性 (C.28a) はスケーリング則 (C.28b) で \(a = -1\) とした特殊な場合とも見なせるわ。

(4) 合成関数:

\[ \delta(g(x)) = \sum_i \frac{1}{|g'(x_i)|}\,\delta(x - x_i) \tag{C.28c} \]

ここで \(x_i\)\(g(x) = 0\)単根 — つまり \(g'(x_i) \neq 0\) を満たす根よ。高校で 2 次方程式の「重解」を学んだでしょう? あれは放物線が \(x\) 軸に接する場合だったわね。ここでも同じ考え方で、\(g'(x_i) \neq 0\) なら \(y = g(x)\) のグラフが \(x\) 軸を「横切る」(単根)、\(g'(x_i) = 0\) なら「接する」(重根)と区別するの。たとえば \(g(x) = x^2 - 1\) なら \(x = \pm 1\)\(g'(\pm 1) = \pm 2 \neq 0\) だから横切る——これらは単根ね。逆に \(g(x) = x^2\)\(x = 0\) では \(g'(0) = 0\) でグラフが \(x\) 軸に接するだけ。こういう重根の場合は \(1/|g'(x_i)|\) が発散してしまうから、この公式はそのままでは使えないの(より高次の展開が必要になるわ。物理の問題では単根の場合がほとんどだから、心配しなくて大丈夫よ)。

🔵 カイ: これはどうやって導くんですか?

🟡 リナ: スケーリング則 (C.28b) の一般化として理解できるわ。δ 関数の選択性を思い出して——\(\delta(\text{何か})\) は「何か \(= 0\)」となる点でしか積分に寄与しないの。だから \(\delta(g(x))\)\(g(x) = 0\) となる点、つまり各根 \(x_i\) でしか寄与しない。

🔵 カイ: 根の「近傍」だけが効くってことですか?

🟡 リナ: そう。\(\int f(x)\,\delta(g(x))\,dx\) を計算するとき、\(g(x) \neq 0\) の領域は \(\delta\) がゼロだから積分に効かない。効くのは各根 \(x_i\) の「ごく近傍」だけ。だから積分を各根の近傍に分割できるの:\(\int = \sum_i \int_{x_i \text{の近傍}}\)

各根の近傍では \(g(x)\) を 1 次近似できるわ——高校で学んだ「接線の方程式」と同じ考え方よ。具体例で先に感覚を掴みましょう。\(g(x) = x^2 - 1\) なら根は \(x = 1\)\(x = -1\)\(x = 1\) の近くでは \(g(x) = x^2 - 1 \approx 2(x - 1)\)(接線の傾き \(g'(1) = 2\))。

⚪ メイ: δ 関数は \(x = 1\) のごく近傍しか「見ない」から、この直線近似で十分ということね。

🟡 リナ: その通り。一般に、\(g(x)\)\(x_i\) の近くで 1 次近似すると \(g(x) \approx g(x_i) + g'(x_i)(x - x_i)\) よ(高校で学んだ接線の方程式 \(y \approx y_0 + f'(x_0)(x - x_0)\) と同じ形ね)。ここで \(g(x_i) = 0\)(根の定義)だから \(g(x) \approx g'(x_i)(x - x_i)\) になるの。なぜ 1 次近似で十分かというと、δ 関数は \(x_i\) のごく近傍——幅がゼロに近い範囲——からしか寄与を拾わないの。その「ゼロに近い幅」の中では、2 次以上の項 \(g''(x_i)(x-x_i)^2/2 + \cdots\)\((x-x_i)\) の 1 次の項に比べて無視できるほど小さいから、1 次近似で十分なのよ。すると \(\delta(g(x)) \approx \delta(g'(x_i)(x - x_i))\) となって、ここにスケーリング則 (C.28b) を \(a = g'(x_i)\) として適用すれば \(\frac{1}{|g'(x_i)|}\delta(x - x_i)\) が得られる。全ての根からの寄与を足し合わせれば式 (C.28c) になるわ。

🔵 カイ: なるほど、δ 関数が「ゼロ幅のフィルター」だから、根の近くでは直線で近似しても誤差が出ないってことですね。

🟡 リナ: その通り。具体例を見てみましょう。\(\delta(x^2 - 1) = \delta((x-1)(x+1))\) なら \(g(x) = x^2 - 1\) で、根は \(x = \pm 1\)\(g'(x) = 2x\) だから \(|g'(1)| = 2\)\(|g'(-1)| = 2\)。したがって \(\delta(x^2-1) = \frac{1}{2}\delta(x-1) + \frac{1}{2}\delta(x+1)\) となるわ。

⚪ メイ: 各根の寄与が \(1/|g'|\) で重み付けされて足し合わされるのね。グラフが急勾配で横切る根ほど寄与が小さくなるのは、δ 関数の「面積」がそこで薄まるイメージかしら。

(5) \(x\) との積:

\[ x\,\delta(x) = 0 \tag{C.28d} \]

🔵 カイ: 式 (C.28d) はなぜ成り立つんですか? \(\delta(x)\)\(x = 0\) で無限大なのに、\(x\) を掛けるとゼロになる?

🟡 リナ: 超関数としての意味は「\(x\,\delta(x)\) と任意の \(f(x)\) の積分がゼロ」ということよ。\(f(x) \cdot x\) をひとまとめにして \(h(x) = x\,f(x)\) と思えば、選択性 (C.24) から:

\[ \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\cdot x\,\delta(x)\,dx = \int_{-\infty}^{\infty}h(x)\,\delta(x)\,dx = h(0) = 0 \cdot f(0) = 0 \]

つまり \(\delta(x)\)\(x = 0\) の値を取り出すから、\(x\) の因子が \(0\) を与えるの。

🔵 カイ: 式 (C.28b) のスケーリングは直感的にどう理解すればいいですか?

🟡 リナ: \(\delta(ax)\)\(x = 0\) にピークがある点は同じだけど、\(a\) 倍「圧縮」されている。面積を \(1\) に保つためには高さを \(1/|a|\) 倍にする必要があるの。変数変換 \(u = ax\) で確認できるわ。\(du = a\,dx\) だから \(dx = du/a\)\(a > 0\) なら \(u = ax\)\(x\) と同じ向きに動くから、\(x: -\infty \to +\infty\) のとき \(u: -\infty \to +\infty\) で積分範囲はそのまま。\(dx = du/a\) を代入して \(\int_{-\infty}^{+\infty} f(u/a)\,\delta(u)\,\frac{du}{a}\)。選択性 (C.24) で \(\delta(u)\)\(u = 0\) を選ぶから \(f(u/a)\big|_{u=0} = f(0)\) となり、\(= \frac{f(0)}{a} = \frac{f(0)}{|a|}\)\(a > 0\) だから \(a = |a|\))。

\(a < 0\) の場合は少し注意が必要よ。\(u = ax\)\(a < 0\) だから、\(x\)\(-\infty\) から \(+\infty\) に動くとき \(u\)\(+\infty\) から \(-\infty\) に動く(向きが逆転する)。変数変換すると:

\[ \int_{-\infty}^{+\infty}f(x)\,\delta(ax)\,dx = \int_{+\infty}^{-\infty}f(u/a)\,\delta(u)\,\frac{du}{a} \]

定積分の性質 \(\int_b^a (\cdots)\,du = -\int_a^b (\cdots)\,du\) を使って上端と下端を入れ替えると \(= -\int_{-\infty}^{+\infty}f(u/a)\,\delta(u)\,\frac{du}{a}\)。この式の前にある因子をまとめると \((-1) \times \frac{1}{a}\) ね。\(a < 0\) だから \(a = -|a|\) と書けるので、\((-1) \times \frac{1}{a} = \frac{-1}{a} = \frac{-1}{-|a|} = \frac{1}{|a|}\)。結局:

\[ = \frac{1}{|a|}\int_{-\infty}^{+\infty}f(u/a)\,\delta(u)\,du = \frac{f(0)}{|a|} \]

まとめると、\(a > 0\) でも \(a < 0\) でも最終結果は同じで:

\[ \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\,\delta(ax)\,dx = \frac{f(0)}{|a|} \]

一方 \(\frac{1}{|a|}\delta(x)\)\(f(x)\) の積分も \(\int f(x)\cdot\frac{1}{|a|}\delta(x)\,dx = \frac{f(0)}{|a|}\)。両者が一致するから式 (C.28b) が成り立つの。

⚪ メイ: なるほど、スケーリング則は「圧縮すると面積を保つために高さが変わる」という直感と、変数変換の計算が一致しているのね。


δ 関数の微分

🟡 リナ: δ 関数の「微分」\(\delta'(x)\) も定義できるわ。部分積分の形式で:

\[ \int_{-\infty}^{\infty}f(x)\,\delta'(x-a)\,dx = -f'(a) \tag{C.29} \]

🔵 カイ: 微分すると \(f\) の値ではなく \(f\) の微分を取り出すんですね。マイナスが付くのは部分積分のせい?

🟡 リナ: そう。形式的に部分積分すると:

\[ \int f(x)\,\delta'(x-a)\,dx = \left[f(x)\,\delta(x-a)\right]_{-\infty}^{\infty} - \int f'(x)\,\delta(x-a)\,dx = 0 - f'(a) \]

境界項は \(\delta\) が無限遠でゼロだから消えるわ。


✅ 理解度チェック: \(\int_{-\infty}^{\infty}(3x^2 + 2x - 1)\,\delta(x - 2)\,dx\) を計算してみましょう。

答え

選択性により \(f(2) = 3(4) + 2(2) - 1 = 12 + 4 - 1 = 15\)

📝 練習問題:


C.7 完全系の和としての δ 関数 — Fourier 積分表示と離散基底の場合

🟡 リナ: 最後に、δ 関数と「完全系」の深い関係を見るわ。これが量子力学で最も頻繁に使われる δ 関数の姿よ。


Fourier 積分表示

🟡 リナ: 式 (C.19) で既に使ったけれど、改めてきちんと導出するわ。式 (C.17) の逆 Fourier 変換に式 (C.16) を代入すると:

\[ f(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\left[\frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}f(x')\,e^{-ikx'}\,dx'\right]e^{ikx}\,dk \]

積分順序を交換して整理すると:

\[ f(x) = \int_{-\infty}^{\infty}f(x')\left[\frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}e^{ik(x-x')}\,dk\right]dx' \]

この式が任意の \(f(x)\) に対して成り立つためには、角括弧の中が \(\delta(x - x')\) でなければならない。したがって:

\[ \delta(x - x') = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}e^{ik(x-x')}\,dk \tag{C.30} \]

🔵 カイ: δ 関数が「すべての波数の平面波を等しい重みで足し合わせたもの」だと!?

🟡 リナ: そう! 直感的に言うと、\(e^{ik(x-x')}\)\(x = x'\) では常に \(1\) だから全ての波が強め合う。\(x \neq x'\) では位相がバラバラで打ち消し合う。結果として \(x = x'\) にだけ鋭いピークができるの。

🔵 カイ: それって二重スリット実験の干渉と同じ原理ですか? 位相が揃う点で強め合い、揃わない点で弱め合う。

🟡 リナ: 美しい類推ね。二重スリットは 2 つの波の干渉だけど、ここでは無限個の平面波が干渉している。原理は同じ「位相が揃えば強め合い、バラバラなら打ち消し合う」よ。スリットの数を無限に増やした究極の干渉が δ 関数を作る、と思ってもいいわ。数式で確認してみましょう。\(x = x'\) なら \(e^{ik(x-x')} = e^0 = 1\) で被積分関数が定数 \(1\) だから、\(k\) の積分範囲が無限大で発散する——これが「無限大のピーク」。\(x \neq x'\) なら \(e^{ik(x-x')}\)\(k\) について振動するから打ち消し合ってゼロ。確かに δ 関数の「\(x = x'\) でのみ非ゼロ」という性質が再現されているわ。

⚪ メイ: つまり、位相が揃う \(x = x'\) では全ての波が建設的に干渉して発散し、位相がバラバラな \(x \neq x'\) では相殺してゼロになる——リナさんの直感的説明がそのまま数式に表れているのね。

🟡 リナ: その通り。式 (C.30) は δ 関数の Fourier 積分表示 と呼ばれ、量子力学の至る所で使われるわ。


離散基底の場合 — 完全性関係

🟡 リナ: 連続基底 \(\{e^{ikx}\}\) だけでなく、離散的な正規直交基底 \(\{\phi_n(x)\}\) でも同じ構造が現れるの。

Appendix B で学んだように、完全な正規直交基底 \(\{\phi_n(x)\}\) があれば、任意の関数を展開できる:

\[ f(x) = \sum_n c_n\,\phi_n(x), \qquad c_n = \int \phi_n(x')^*\,f(x')\,dx' \]

(積分範囲は関数が定義されている領域全体。全空間なら \((-\infty, \infty)\)、有限区間 \([0, a]\) ならその区間よ。以下の式でも同じ領域で積分するの。)

\(c_n\) を代入すると(\(c_n\) の中の積分変数は \(x'\) で、展開先の \(x\) とは別の変数よ):

\[ f(x) = \sum_n \left[\int \phi_n(x')^*\,f(x')\,dx'\right]\phi_n(x) \]

ここで各項を展開して書くと \(\sum_n \phi_n(x)\int \phi_n(x')^*\,f(x')\,dx'\) ね。\(\phi_n(x)\)\(x'\) に依存しないから積分の中に入れられて、\(\sum_n \int \phi_n(x)\,\phi_n(x')^*\,f(x')\,dx'\) と書ける。さらに和と積分の順序を交換すると:

\[ = \int f(x')\left[\sum_n \phi_n(x)\,\phi_n(x')^*\right]dx' \]

🔵 カイ: あ、\(f(x')\) が外に出て、角括弧の中が「基底の情報だけ」になりましたね。

🟡 リナ: そう。2 つ目の等号では、和と積分の順序を交換して \(f(x')\) をくくり出したの。C.5 節で積分の順序交換を説明したけれど、ここでは「無限和」と「積分」の交換ね。考え方は同じ——各項 \(\phi_n(x)\int\phi_n(x')^*f(x')\,dx'\) を足し合わせるのと、先に \(\sum_n \phi_n(x)\phi_n(x')^*\) を作ってから \(x'\) で積分するのは、十分良い関数なら同じ結果を与えるわ。これが任意の \(f(x)\) に対して成り立つから:

\[ \sum_n \phi_n(x)\,\phi_n(x')^* = \delta(x - x') \tag{C.31} \]

🔵 カイ: 正規直交基底の「完全性」が δ 関数で表現されるんですね!

🟡 リナ: そう。式 (C.31) は 完全性関係 (completeness relation) と呼ばれるわ。「基底が完全である」とは、まさにこの等式が成り立つことを意味するの。


具体例:無限井戸の固有関数

🟡 リナ: 具体例を見ましょう。区間 \([0, a]\) で定義され、両端でゼロになる関数(\(f(0) = f(a) = 0\))を展開するための正規直交基底として:

\[ \phi_n(x) = \sqrt{\frac{2}{a}}\sin\!\left(\frac{n\pi x}{a}\right) \quad (n = 1, 2, 3, \ldots) \]

があるの。これは後で学ぶ「無限井戸ポテンシャル」の固有関数でもあるけれど、今は単に「区間 \([0, a]\) の正規直交完全系」として見てね。完全性関係が成り立つ:

\[ \sum_{n=1}^{\infty}\frac{2}{a}\sin\!\left(\frac{n\pi x}{a}\right)\sin\!\left(\frac{n\pi x'}{a}\right) = \delta(x - x') \quad (0 < x, x' < a) \tag{C.32} \]

⚪ メイ: 式 (C.30) の連続版と式 (C.32) の離散版、どちらも「基底関数を全て足し合わせると δ 関数になる」という同じ構造ね。

🟡 リナ: まさにそう。量子力学では:

  • 連続スペクトル(自由粒子の運動量固有状態など)→ 式 (C.30) 型
  • 離散スペクトル(束縛状態のエネルギー固有状態など)→ 式 (C.31) 型

この 2 つが「完全性」の 2 つの顔よ。第 11 章で Dirac 記法を学ぶと、これらは統一的に

\[ \hat{1} = \sum_n |\phi_n\rangle\langle\phi_n| \quad \text{(離散)}, \qquad \hat{1} = \int |k\rangle\langle k|\,dk \quad \text{(連続)} \]

と書けるようになるわ。

🔵 カイ: この \(|\phi_n\rangle\) とか \(\langle\phi_n|\) って何ですか? 式 (C.31) を何か別の記号で書き直しただけ?

🟡 リナ: いい直感ね。まさにそう。\(\phi_n(x)\)\(|\phi_n\rangle\) と書き、\(\phi_n(x')^*\)\(\langle\phi_n|\) と書く Dirac (ディラック) 記法 よ。第 11 章 で詳しく学ぶから、今は「離散と連続を統一的に書ける便利な記法がある」と思っておけば十分。

🔵 カイ: なるほど、式 (C.31) を別の記号で書き直しただけなんですね。でも一つ気になるのは、連続の場合の \(\int |k\rangle\langle k|\,dk\) って、\(|k\rangle\) 同士の「内積」はどうなるんですか? 離散の場合は正規直交性 \(\int \phi_m(x)^* \phi_n(x)\,dx = \delta_{mn}\) があったけど、連続だとどうなるんだろう……

🟡 リナ: 鋭い疑問ね。連続の場合は \(\langle k|k'\rangle = \delta(k - k')\) と、Kronecker のデルタが Dirac の δ 関数に置き換わるの。でもこれは 第 11 章 の話だから、今は「そういう拡張がある」と頭の片隅に置いておいて。

🔵 カイ: あ、離散では \(\delta_{mn}\)、連続では \(\delta(k - k')\) になるんですね。なんで同じ「デルタ」って名前なんだろうと思ってたけど、片方がもう片方の連続版だったのか。でも \(\delta_{mn}\) は「0 か 1」で有限の値なのに、\(\delta(k-k')\) は「無限大かゼロ」ですよね。全然違うものに見えるのに、同じ役割を果たすって不思議だな……

🟡 リナ: いい疑問ね。ポイントは「何と組み合わせて使うか」よ。\(\delta_{mn}\) \(\sum_n\) と組み合わせて \(\sum_n c_n \delta_{mn} = c_m\) と 1 項を選ぶ。\(\delta(k-k')\)積分 \(\int dk'\) と組み合わせて \(\int \tilde{f}(k')\delta(k-k')\,dk' = \tilde{f}(k)\) と 1 点を選ぶ。離散では「1 項を選ぶ」のに値 \(1\) で十分だけど、連続では「1 点を選ぶ」のに無限大の高さが必要なの——積分は「幅 × 高さ」だから、幅ゼロの点から有限の寄与を得るには高さが無限大でないといけないのよ。

⚪ メイ: 離散の和が連続の積分に変わるのと同じパターンが、直交性の表現にも出てくるのね。C.1 節で \(\cos\) の直交性を使って Fourier 係数を「取り出した」のも、C.4 節で δ 関数が \(k' = k\) を「選び出した」のも、全部同じ原理——「直交する基底で内積を取ると 1 つだけ残る」の離散版と連続版だったのか。

🟡 リナ: そう。Kronecker のデルタが Dirac のデルタに「昇格」する、と覚えるといいわ。離散から連続への移行が、基底の展開にも直交性の表現にも一貫して現れるの。


δ 関数の他の積分表示

🟡 リナ: 最後に、式 (C.30) 以外にもよく使われる δ 関数の積分表示をまとめておくわ:

(1) Fourier 積分表示(再掲):

\[ \delta(x) = \frac{1}{2\pi}\int_{-\infty}^{\infty}e^{ikx}\,dk \tag{C.33} \]

(2) sin 関数による表示:

\[ \delta(x) = \lim_{N\to\infty}\frac{\sin(Nx)}{\pi x} \tag{C.34} \]

(3) Fourier 級数からの表示(周期 \(L\)):

\[ \delta(x) = \frac{1}{L}\sum_{n=-\infty}^{\infty}e^{i\frac{2\pi n}{L}x} \quad (|x| < L/2) \tag{C.35} \]

この右辺は実は周期 \(L\) の関数で、\(x = 0, \pm L, \pm 2L, \ldots\) の各点に δ 関数のピークを持つの。\(|x| < L/2\) の範囲に限れば \(x = 0\) のピークだけが含まれるから、その範囲で \(\delta(x)\) と一致するわ。

🔵 カイ: 式 (C.34) は式 (C.33) の積分を有限範囲 \([-N, N]\) で打ち切ったものですか?

🟡 リナ: その通り!

\[ \frac{1}{2\pi}\int_{-N}^{N}e^{ikx}\,dk = \frac{1}{2\pi}\cdot\frac{e^{iNx} - e^{-iNx}}{ix} = \frac{\sin(Nx)}{\pi x} \]

\(N \to \infty\) で δ 関数に収束するの。

🔵 カイ: 式 (C.35) も本当に選択性を満たすんですか? どうやって確認するんだろう……

🟡 リナ: いい疑問ね。確認方法は今までと同じよ——両辺に \(f(x)\) を掛けて積分するの。実際にやってみましょう。式 (C.35) の両辺に \(f(x)\) を掛けて \(-L/2\) から \(L/2\) まで積分すると、左辺は選択性から \(\int_{-L/2}^{L/2} \delta(x) f(x)\,dx = f(0)\)。右辺は \(\frac{1}{L}\sum_n \int_{-L/2}^{L/2} f(x)\,e^{i\frac{2\pi n}{L}x}\,dx\) になるわ。

⚪ メイ: 右辺の \(\int_{-L/2}^{L/2} f(x)\,e^{i\frac{2\pi n}{L}x}\,dx\) って、式 (C.11) の \(c_n\) と似てるけど、指数の符号が逆ね。

🟡 リナ: いい観察ね。式 (C.11) を思い出すと \(c_n = \frac{1}{L}\int f(x)\,e^{-ik_n x}\,dx\) だから、\(n\)\(-n\) に置き換えれば \(c_{-n} = \frac{1}{L}\int f(x)\,e^{+ik_n x}\,dx\) ね。右辺の各項 \(\frac{1}{L}\int f(x)\,e^{i\frac{2\pi n}{L}x}\,dx\) はまさに \(c_{-n}\) そのもの。つまり右辺は \(\sum_{n=-\infty}^{\infty} c_{-n}\)。でも和の範囲が \(-\infty\) から \(+\infty\) だから、\(n\)\(-n\) に置き換えても範囲は変わらないわ。したがって \(\sum_{n=-\infty}^{\infty} c_{-n} = \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n\)。一方、式 (C.10) で \(x = 0\) とすると \(f(0) = \sum_{n=-\infty}^{\infty} c_n\)。よって右辺も \(f(0)\) に等しい。ちゃんと整合しているわ。

🔵 カイ: 和の範囲が \(-\infty\) から \(+\infty\) で対称だから、\(n\) の名前を付け替えても何も変わらないってことか。なるほど。


✅ 理解度チェック: 完全性関係 \(\sum_n \phi_n(x)\phi_n(x')^* = \delta(x-x')\) の物理的意味を述べてください。

答え

基底 \(\{\phi_n\}\) が「完全」であること、すなわち任意の関数をこの基底で展開できることを意味する。もし基底が不完全なら(一部の \(\phi_n\) が欠けていたら)、和は \(\delta(x-x')\) にならず、展開で表現できない関数が存在することになる。

📝 練習問題:


まとめ — 本章の公式一覧

🟡 リナ: 最後に、この Appendix で導入した主要な公式を一覧にしておくわ。本文で必要になったらここに戻って参照してね。

表 C.2: 付録Cの主要公式一覧

名称 式番号
Fourier 級数(実数形) \(f(x) = \frac{a_0}{2} + \sum_{n=1}^{\infty}\left[a_n\cos\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right) + b_n\sin\!\left(\frac{2\pi n}{L}x\right)\right]\) (C.5)
複素 Fourier 級数 \(f(x) = \sum_{n=-\infty}^{\infty}c_n\,e^{ik_n x}\) (C.10)
Fourier 変換(対称規約) \(\tilde{f}(k) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int f(x)\,e^{-ikx}\,dx\) (C.16)
逆 Fourier 変換 \(f(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi}}\int \tilde{f}(k)\,e^{ikx}\,dk\) (C.17)
Parseval の等式 \(\int\lvert f(x)\rvert^2\,dx = \int\lvert \tilde{f}(k)\rvert^2\,dk\) (C.18)
畳み込み定理 \(\widetilde{(f*g)}(k) = \sqrt{2\pi}\,\tilde{f}(k)\,\tilde{g}(k)\) (C.22)
δ 関数の選択性 \(\int f(x)\,\delta(x-a)\,dx = f(a)\) (C.24)
δ 関数の Fourier 表示 \(\delta(x) = \frac{1}{2\pi}\int e^{ikx}\,dk\) (C.33)
完全性関係(離散) \(\sum_n \phi_n(x)\,\phi_n(x')^* = \delta(x-x')\) (C.31)

次章予告

🟡 リナ: この章では、Fourier 解析と δ 関数という「連続的な基底展開」の数学を整理したわ。次の Appendix D では、Lagrangian・Hamiltonian 形式と正準量子化 を扱う。古典力学の変分原理から出発して、「座標と運動量を演算子に置き換える」という量子化の処方箋がどこから来るのかを見ていくわ。

🔵 カイ: 力学の「最小作用の原理」が量子力学に繋がるんですか?

🟡 リナ: そう。Hamilton の正準方程式の構造が、量子力学の交換関係 \([\hat{x}, \hat{p}] = i\hbar\) を自然に導くの。第 8 章で天下り的に導入した交換関係の「出自」が、古典力学の Poisson 括弧から自然に浮かび上がるわ。

⚪ メイ: 古典力学と量子力学の接続点ね。楽しみ。

練習問題

📝 練習問題:


参考文献

  1. 広江克彦『趣味で量子力学』— 第 5 章「フーリエ解析」。本 Appendix の Fourier 級数から Fourier 変換への導出の流れ、および δ 関数の Fourier 級数展開の議論を参照した。
  2. D. J. Griffiths, Introduction to Quantum Mechanics, 3rd ed. — Ch.2–3 の自由粒子・波束の議論、および δ 関数ポテンシャルの扱いにおける δ 関数の性質の整理を参照した。