第 2 章 特殊相対論と Lorentz 不変性の復習¶
前回までのあらすじ:
第 1 章では、量子力学と特殊相対論を同時に満たそうとすると粒子の生成・消滅が不可避になること、そしてそれを記述するために「場の量子論」という新しい枠組みが必要であることを確認した。「量子力学」編 第 27 章で予告された Klein-Gordon 方程式や Dirac 方程式の困難を振り返り、「場の振動モードが粒子である」という世界観への橋渡しを行った。
この章のゴール
- 特殊相対論の数学的道具(Lorentz 変換、Minkowski 計量、4 元ベクトル、添字の上げ下げ、Einstein の縮約規則)の要点を復習し、場の量子論で特に重要になる 3 つの視点——(i) 符号規約 \((+,-,-,-)\)、(ii) Lorentz 群の分類と Poincaré 群、(iii)「添字のバランス」だけで Lorentz 共変性を判定する実務——を新たに身につける
- これで次章以降、Lagrangian を書き下し場の方程式を導く土台が整う
2.1 特殊相対論の数学的骨格を速習¶
🟡 リナ: 第 1 章で、場の量子論が「量子力学と特殊相対論を融合させた理論」だと話したわね。今日は特殊相対論の数学的骨格を、場の量子論で使える形に整備するのが目標。
🔵 カイ: 「一般相対論」編 第 3 章と「一般相対論」編 第 4 章で、特殊相対論と Minkowski 時空の数学は既にやりましたよね。重複しませんか?
🟡 リナ: 鋭い質問ね。物理的な内容の核は同じだから、この章では 「一般相対論」編 第 3-4 章 を前提にして、結果だけ手早く確認するわ。その代わり、場の量子論で新しく必要になる視点——Lorentz 群の分類、Poincaré 群、「添字のバランス」で共変性を判定する実務——に時間を割くつもり。
⚪ メイ: 「一般相対論」編 第 3-4 章 が既習の人は、このセクションは結果だけ眺めて次に進めばいいのね。
🟡 リナ: その通り。では要点を表にまとめるわ。
特殊相対論の数学的骨格(「一般相対論」編 第 3-4 章 の要約)
Lorentz 変換(\(x\) 方向ブースト) — 「一般相対論」編 第 3 章
ラピディティ \(\varphi\)(\(\tanh\varphi = v\))を使うと、回転と同じ形の「双曲線回転」として書ける——「一般相対論」編 第 3 章 参照。
4 元ベクトルと添字 — 「一般相対論」編 第 4 章
ギリシャ添字 \(\mu, \nu, \ldots\) は \(0, 1, 2, 3\)(時空)、ラテン添字 \(i, j, \ldots\) は \(1, 2, 3\)(空間のみ)。
Einstein の縮約規則 — 同じ添字が上下に 1 回ずつ現れたら \(0\) から \(3\) まで和をとる。\(\sum\) は省略。
添字の上げ下げ — 計量テンソル \(\eta_{\mu\nu}\) で添字を下げ、逆計量 \(\eta^{\mu\nu}\) で上げる。
4 元運動量と質量殻条件 — 「一般相対論」編 第 4 章
🔵 カイ: 自然単位系 \(c = \hbar = 1\) はどうするんですか?
🟡 リナ: 「一般相対論」編 第 4 章 で \(c = 1\) を導入したわね。場の量子論では量子力学も融合するから、さらに \(\hbar = 1\) も加えるの——これを「素粒子物理の自然単位系」と呼ぶわ。詳しい約束は 「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章 の末尾の「関連する単位系」ノートを参照してちょうだい。
\(\hbar = 1\) を加えると、エネルギーと質量と振動数がすべて同じ次元になる。なぜ振動数もかというと、\(E = \hbar\omega\) で \(\hbar = 1\) なら \(E = \omega\)——つまり振動数がそのままエネルギーの単位で測れるの。同様に \(E = mc^2\) で \(c = 1\) なら \(E = m\) だから質量もエネルギーと同じ次元。
🔵 カイ: 質量も振動数もエネルギーと同じ次元……ということは、電子の質量を MeV で書けるんですか?
🟡 リナ: その通り。例えば電子の質量 \(m_e \approx 0.511\,\text{MeV}\) は、\(c\) や \(\hbar\) を書かずに「エネルギーそのもの」として扱える。長さや時間はどうなるかというと、\(\hbar = 1\) は \([\text{Energy}] \times [\text{Time}] = 1\)(無次元)を意味するから \([\text{Time}] = [\text{Energy}]^{-1}\)。さらに \(c = 1\) は \([\text{Length}] = [\text{Time}]\) を意味するから、結局 \([\text{Length}] = [\text{Time}] = [\text{Energy}]^{-1}\) となるの。つまり高エネルギーほど短い距離・短い時間に対応する——素粒子物理で「高エネルギー実験=短距離の物理を探る」と言われる理由がここにあるわ。各物理量の次元がどう変わるか、表 2.1「自然単位系 (\(c = \hbar = 1\)) における次元の統一」にまとめておくわ。
⚪ メイ: 長さがエネルギーの逆数になるから、エネルギーを上げると見えるスケールが小さくなる——加速器で高エネルギーにする意味がそこにあるのね。
表 2.1: 自然単位系 (\(c = \hbar = 1\)) における次元の統一
| 物理量 | SI 単位での次元 | 自然単位系での次元 | 例 |
|---|---|---|---|
| エネルギー | \(\text{kg}\cdot\text{m}^2/\text{s}^2\) | \([\text{Energy}]\) | \(E = 0.511\,\text{MeV}\) |
| 質量 | \(\text{kg}\) | \([\text{Energy}]\) | \(m_e = 0.511\,\text{MeV}\) |
| 運動量 | \(\text{kg}\cdot\text{m}/\text{s}\) | \([\text{Energy}]\) | \(p = 1\,\text{GeV}\) |
| 長さ | \(\text{m}\) | \([\text{Energy}]^{-1}\) | \(1\,\text{GeV}^{-1} \approx 0.2\,\text{fm}\)(\(1\,\text{fm} = 10^{-15}\,\text{m}\); 陽子の半径 \(\approx 0.8\,\text{fm}\) より小さいスケール) |
| 時間 | \(\text{s}\) | \([\text{Energy}]^{-1}\) | \(1\,\text{GeV}^{-1} \approx 6.6 \times 10^{-25}\,\text{s}\) |
✅ 理解度チェック: 場の量子論で採用する自然単位系では、どの定数を 1 とおくでしょうか? またその結果、質量はどのような次元の量として扱えるでしょうか?
答え
\(c = 1\) と \(\hbar = 1\) の両方をおく(素粒子物理の自然単位系)。その結果、質量・エネルギー・振動数がすべて同じ次元になり、例えば電子の質量を \(m_e \approx 0.511\,\text{MeV}\) とエネルギーの単位でそのまま表せる。
2.2 符号規約の違い——QFT 流と GR 流¶
🟡 リナ: ここで、場の量子論を学ぶうえで最初に混乱する点を先に片付けておくわ。計量テンソルの符号規約よ。図 2.1「符号規約の違い(QFT 流 vs GR 流)」に 2 つの流儀の全体像をまとめておいたから、まず眺めてみて。
図 2.1: 符号規約の違い(QFT 流 vs GR 流)。計量テンソルの符号規約には QFT 流 \((+,-,-,-)\) と GR 流 \((-,+,+,+)\) の 2 種類がある。物理的結論は同じだが、中間式の符号が異なるため、教科書参照時には必ず確認が必要。
🔵 カイ: 符号規約……「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章 では \(\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(-1, +1, +1, +1)\) でしたよね?
🟡 リナ: そう。これは GR 流の符号規約(mostly-plus, \((-,+,+,+)\))。ところが素粒子物理・場の量子論の教科書では、逆の
——QFT 流(mostly-minus, \((+,-,-,-)\))——を使うのが標準なの。この本も QFT 流を採用するわ。
⚪ メイ: なぜ流儀が 2 つあるの?
🟡 リナ: 歴史的経緯。どちらも物理的結論は同じだけど、途中の式の符号がいくつか反転するの。対応表を作っておくわね。
GR 流 \((-,+,+,+)\) と QFT 流 \((+,-,-,-)\) の対応表
| 量 | GR 流 | QFT 流(本書) |
|---|---|---|
| 計量 | \(\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(-1,+1,+1,+1)\) | \(\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(+1,-1,-1,-1)\) |
| 時空間隔 | \(ds^2 = -dt^2 + d\mathbf{x}^2\) | \(ds^2 = dt^2 - d\mathbf{x}^2\) |
| 4 元運動量の内積 | \(p_\mu p^\mu = -m^2\) | \(p_\mu p^\mu = +m^2\) |
| 4 元速度のノルム(\(U^\mu = dx^\mu/d\tau\); 「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章 参照) | \(U_\mu U^\mu = -1\) | \(U_\mu U^\mu = +1\) |
| 時間的ベクトル \(V\) | \(V_\mu V^\mu < 0\) | \(V_\mu V^\mu > 0\) |
| 空間的ベクトル \(V\) | \(V_\mu V^\mu > 0\) | \(V_\mu V^\mu < 0\) |
| 光的(null)ベクトル | \(V_\mu V^\mu = 0\) | \(V_\mu V^\mu = 0\)(同じ) |
「一般相対論」編 第 3-4 章 の式を QFT 流に翻訳するには、\(\eta_{\mu\nu}\) 全体の符号を反転すればよい。これに伴い、内積の値と「時間的/空間的」の符号規約が入れ替わる。
🔵 カイ: \(p^\mu p_\mu = m^2\) と符号がプラスになるのが QFT 流なんですね。確かに「質量の 2 乗が正」の方が直感的……
🟡 リナ: そうなのよ。QFT 流は「時間成分がプラス」で「質量殻条件 \(p^\mu p_\mu = m^2\) がそのまま正」という見やすさがある。一方 GR 流は「空間部分の計量が \(\eta_{ij} = +\delta_{ij}\) だから、空間ベクトルの内積が高校で習った \(\mathbf{A}\cdot\mathbf{B}\) とそのまま一致する」という別の見やすさがある。好みの問題なので、他の教科書を参照するときは、まず符号規約を確認する癖をつけて——これを怠ると中間式の符号が合わなくて混乱するわ。
⚪ メイ: 本書は QFT 流。「一般相対論」編 第 3-4 章 を参照するときは符号に注意、ね。
🟡 リナ: その通り。具体的に QFT 流で式を書き直しておくわ。
添字を下げると
時間成分はそのまま、空間成分の符号が反転する(GR 流とは逆)。4 元ベクトルの内積は
4 元運動量の質量殻条件は
✅ 理解度チェック: QFT 流 \(\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(+1,-1,-1,-1)\) のもとで、4 元ベクトル \(A^\mu = (3, 1, 2, 0)\) に対して \(A_\mu\) を求めてください。また \(A^\mu A_\mu\) を計算してみましょう。
答え
\(A_\mu = \eta_{\mu\nu} A^\nu = (3, -1, -2, 0)\)(時間成分はそのまま、空間成分の符号が反転)。
\(A^\mu A_\mu = A^0 A_0 + A^1 A_1 + A^2 A_2 + A^3 A_3 = 3 \cdot 3 + 1 \cdot (-1) + 2 \cdot (-2) + 0 \cdot 0 = 9 - 1 - 4 = 4\)。
\(A^\mu A_\mu > 0\) なので、QFT 流の符号規約ではこれは時間的ベクトル。
📝 練習問題:
- 添字の上げ下げ・内積・縮約 → 問題 B-1. 添字の上げ下げ, 問題 B-2. 4 元ベクトルの内積, 問題 B-3. Einstein の縮約規則の展開
2.3 Lorentz 群の構造¶
🟡 リナ: 符号規約の整理がついたので、いよいよ場の量子論 固有の新しい話に入るわ。ここまでは GR Ch.3-4 と内容が重なっていたけれど、ここからは新しい地平。Lorentz 変換全体がどんな構造を持つかを見ていくの。場の量子論で「どんな場が許されるか」「どんな粒子が存在し得るか」を決めるのは、この群構造だから。
Lorentz 変換行列の一般的定義¶
🟡 リナ: 4 元ベクトル \(x^\mu\) に対する一般の Lorentz 変換を
と書く。\(\Lambda^\mu{}_\nu\) は \(4 \times 4\) の行列で、Lorentz 変換行列よ。定義的な性質は「不変間隔を保つこと」——任意の \(x^\mu\) に対して \(\eta_{\mu\nu}\, x'^\mu\, x'^\nu = \eta_{\mu\nu}\, x^\mu\, x^\nu\)。
これを整理してみましょう。\(x'^\mu = \Lambda^\mu{}_\alpha\, x^\alpha\) を不変間隔の条件に代入すると
これが任意の \(x^\alpha\) に対して \(\eta_{\alpha\beta}\, x^\alpha\, x^\beta\) に等しいのだから、括弧の中身自体が等しくなければならない:
🔵 カイ: 「任意の \(x\) で成り立つ」から、\(x\) を含まない部分同士が等しくなるんですね。
🟡 リナ: その通り。行列形式では(行列の成分を \((\Lambda)^\mu{}_\nu = \Lambda^\mu{}_\nu\) と定義して)
と書ける。ここで \(\Lambda^T\) は転置行列——行と列を入れ替えたもの(普通の行列で言えば \((A^T)_{ij} = A_{ji}\)、つまり転置行列の第 \(i\) 行第 \(j\) 列は元の行列の第 \(j\) 行第 \(i\) 列に等しい)。(2.8) が (2.7) と同じことを言っていることを、以下で確認しましょう。
具体的に \(2 \times 2\) の例で確認してみましょう。行列 \(M\) の「第 \(i\) 行・第 \(j\) 列」の成分を \(M^i{}_j\) と書くことにすると、\(M = \begin{pmatrix} M^1{}_1 & M^1{}_2 \\ M^2{}_1 & M^2{}_2 \end{pmatrix}\)。ここで注意——この \(M^i{}_j\) の上付き・下付きは「行番号・列番号」を区別するための便宜的な書き方で、テンソルの反変・共変とは別の話よ。ただし Lorentz 変換行列 \(\Lambda^\mu{}_\nu\) の場合は、\(\Lambda\) が「反変ベクトル \(x^\mu\) を別の反変ベクトル \(x'^\mu\) に写す」行列だから、最初の添字 \(\mu\)(行番号に対応)が反変、2 番目の添字 \(\nu\)(列番号に対応)が共変——つまり行列としての行・列の区別とテンソルとしての反変・共変の区別が自然に一致するの。だからこの書き方がそのまま使えるわ。転置 \(M^T\) は行と列を入れ替えるから、\(M^T\) の「第 \(i\) 行・第 \(j\) 列」の成分は \(M\) の「第 \(j\) 行・第 \(i\) 列」の成分——つまり \((M^T)^i{}_j = M^j{}_i\)。したがって \(M^T = \begin{pmatrix} M^1{}_1 & M^2{}_1 \\ M^1{}_2 & M^2{}_2 \end{pmatrix}\)。
🔵 カイ: ああ、対角成分はそのままで、非対角成分が入れ替わるんですね。
🟡 リナ: そう。これを \(4 \times 4\) の Lorentz 変換行列に適用するわ。\(\Lambda\) の「第 \(\mu\) 行・第 \(\nu\) 列」の成分は \(\Lambda^\mu{}_\nu\)。転置の公式 \((M^T)^i{}_j = M^j{}_i\) を適用すると、\((\Lambda^T)^\alpha{}_\mu = \Lambda^\mu{}_\alpha\)——つまり転置 \(\Lambda^T\) の「第 \(\alpha\) 行・第 \(\mu\) 列」は \(\Lambda\) の「第 \(\mu\) 行・第 \(\alpha\) 列」の成分 \(\Lambda^\mu{}_\alpha\) よ。
⚪ メイ: つまり、さっきの \(2 \times 2\) の例と同じで、行と列を入れ替えると \((\Lambda^T)^\alpha{}_\mu = \Lambda^\mu{}_\alpha\) になる——行番号と列番号が入れ替わった形ね。
🔵 カイ: で、これを使って行列積 \(\Lambda^T \eta\, \Lambda\) の成分を計算するんですよね。3 つの行列の積って、どう書くんですか?
🟡 リナ: 普通の行列積 \((AB)_{ij} = \sum_k A_{ik} B_{kj}\) と同じ要領で、隣り合う添字で縮約していくの。3 つの行列の積 \(ABC\) なら、一気に \((ABC)_{ij} = \sum_k \sum_l A_{ik} B_{kl} C_{lj}\) と書ける——まず \(AB\) を計算してから \(C\) をかけても、\(A\) に \(BC\) をかけても同じ結果になるから。
これを使うと:\((\Lambda^T \eta\, \Lambda)\) の第 \(\alpha\) 行・第 \(\beta\) 列の成分は、行列の積の定義から \(\sum_{\mu}\sum_{\nu}(\Lambda^T)^\alpha{}_\mu\, \eta_{\mu\nu}\, \Lambda^\nu{}_\beta\) よ——ここで行列 \(\eta\) の「第 \(\mu\) 行・第 \(\nu\) 列」の成分を \(\eta_{\mu\nu}\) と書いているの(行列としての行・列の番号をテンソル添字の記法で表しているだけ)。\((\Lambda^T)^\alpha{}_\mu = \Lambda^\mu{}_\alpha\) を代入すると \(\sum_{\mu}\sum_{\nu}\Lambda^\mu{}_\alpha\, \eta_{\mu\nu}\, \Lambda^\nu{}_\beta\)——Einstein の縮約規則で \(\sum\) を省略すれば \(\Lambda^\mu{}_\alpha\, \eta_{\mu\nu}\, \Lambda^\nu{}_\beta\) となる。これが \(\eta_{\alpha\beta}\) に等しいというのがちょうど (2.7) よ。
🔵 カイ: 回転が \(R^T R = \mathbf{1}\) を満たすのと似てますね。単位行列が計量 \(\eta\) に置き換わっただけ。
🟡 リナ: その通り。回転は \(\delta_{ij}\) を保つ変換、Lorentz 変換は \(\eta_{\mu\nu}\) を保つ変換。構造は平行よ。「一般相対論」編 第 3 章 の「双曲線回転」がまさにこの構造。
Lorentz 群の 4 つの連結成分¶
🟡 リナ: さて、条件 (2.8) の両辺の行列式を取るわ。ここで行列式の重要な性質を 2 つ使うの。1 つ目は「行列の積の行列式は、各行列式の積に等しい」——つまり \(\det(ABC) = \det A \cdot \det B \cdot \det C\)。直感的には、行列式は「空間の体積がその変換で何倍に伸び縮みするか」を表す量だから、変換を 2 回続けたときの体積変化率は各変換の体積変化率の積になるの。\(2 \times 2\) の場合で確認してみると、\(A = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\) のとき \(\det A = ad - bc\) で、実際に \(\det(AB) = \det A \cdot \det B\) が成り立つことは直接計算で確かめられるわ(「一般相対論」編 @chapter:gr/appendix_a の余因子展開も参照)。2 つ目は「転置しても行列式は変わらない」(\(\det\Lambda^T = \det\Lambda\))——これは余因子展開(「一般相対論」編 @chapter:gr/appendix_a 参照)を行で行っても列で行っても同じ値が出ることから証明できるわ。直感的には、\(2 \times 2\) の場合で確認すると \(\det\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} = ad - bc\) で、転置すると \(\det\begin{pmatrix} a & c \\ b & d \end{pmatrix} = ad - cb = ad - bc\)——確かに同じね。一般の場合も同様に成り立つの。
🔵 カイ: なるほど、体積変化率の積と、転置しても不変——この 2 つの性質を使うんですね。
🟡 リナ: この 2 つを使うと、左辺は \(\det(\Lambda^T \eta\, \Lambda) = \det\Lambda^T \cdot \det\eta \cdot \det\Lambda = (\det\Lambda)^2\, \det\eta\)。右辺は \(\det\eta\)。\(\det\eta = \det(\text{diag}(+1,-1,-1,-1)) = (+1)(-1)(-1)(-1) = -1 \neq 0\) だから、両辺を \(\det\eta\) で割ると
⚪ メイ: \(\det\Lambda\) は \(+1\) か \(-1\) しかあり得ない——中間の値は取れないのね。
🟡 リナ: また (2.7) は任意の \(\alpha, \beta\) について成り立つから、特に \(\alpha = \beta = 0\) を代入してみると
左辺を QFT 流の計量 \(\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(+1,-1,-1,-1)\) で展開してみるわ。\(\mu\) と \(\nu\) はそれぞれ独立に 0 から 3 まで走るから、本来は \(4 \times 4 = 16\) 項あるの。でも \(\eta_{\mu\nu}\) は対角行列だから \(\mu \neq \nu\) のとき \(\eta_{\mu\nu} = 0\)——つまり \(\mu = \nu\) の 4 項だけが生き残る:
\(\eta_{00} = +1\)、\(\eta_{11} = \eta_{22} = \eta_{33} = -1\) を代入すると
移項すると
(等号は \(\Lambda^i{}_0 = 0\)(\(i = 1, 2, 3\))のとき——つまり変換行列の第 0 列の空間行成分がすべてゼロのとき——に成立する。恒等変換や純粋な時間反転がこの場合に当たる。)\(x^2 \geq 1\) を満たす実数は \(|x| \geq 1\)、つまり \(x \geq 1\) または \(x \leq -1\) しかない(もし \(|x| < 1\) なら \(x^2 < 1\) になって矛盾するから——2 次関数 \(y = x^2\) のグラフで \(y \geq 1\) の領域を思い浮かべてみて)。したがって \(\Lambda^0{}_0 \geq 1\) または \(\Lambda^0{}_0 \leq -1\)。たとえば恒等変換(何もしない変換、\(\Lambda^\mu{}_\nu = \delta^\mu{}_\nu\))では \(\Lambda^0{}_0 = 1\)(\(\det\Lambda = +1\))、純粋な時間反転(\(t \to -t\)、空間はそのまま、つまり \(\Lambda = \text{diag}(-1, 1, 1, 1)\))では \(\Lambda^0{}_0 = -1\)(対角行列の行列式は対角成分の積だから \(\det\Lambda = (-1)(1)(1)(1) = -1\))よ。
✅ 理解度チェック: Lorentz 変換行列 \(\Lambda\) を 4 つの連結成分に分類する 2 つの判定基準は何でしょうか? それぞれどのような値を取り得るでしょうか?
答え
(1) \(\det\Lambda = +1\) か \(-1\) か、(2) \(\Lambda^0{}_0 \geq 1\) か \(\Lambda^0{}_0 \leq -1\) か、の 2 つ。これらの組み合わせにより、Lorentz 群は 4 つの連結成分に分かれる。連続的なパラメータ変化ではこれらの値はジャンプできないため、異なる連結成分間を連続的に行き来することはできない。
🔵 カイ: \(\det\Lambda = +1 / -1\) と \(\Lambda^0{}_0 \geq 1 / \leq -1\) の組み合わせで、Lorentz 群が4 つに分かれるんですね。でも「分かれる」って、具体的にどういう意味ですか? なぜ混ざらないんですか?
🟡 リナ: いい質問。ここで連結成分 (connected component) という言葉を導入するわ。変換のパラメータ(回転角やブースト速度)を連続的に少しずつ変えて到達できる変換の集まりを、一つの連結成分と呼ぶの。なぜ \(\det\Lambda\) や \(\Lambda^0{}_0\) が途中でジャンプできないかというと、パラメータを少しずつ変えれば \(\Lambda\) の成分も少しずつ変わる——つまり \(\det\Lambda\) も \(\Lambda^0{}_0\) も連続関数だから、\(+1\) から \(-1\) へ飛ぶには途中で \(0\) を通らなければならない。でも途中のどの \(\Lambda\) もやはり Lorentz 変換行列(条件 (2.8) を満たす)だから、(2.9) により \(\det\Lambda = 0\) はあり得ないし、(2.10) により \(|\Lambda^0{}_0| < 1\) もあり得ない。だからジャンプは不可能なの。イメージとしては、4 つの島が海で隔てられているようなもの——同じ島の中なら歩いて(=パラメータを連続的に変えて)どこへでも行けるけど、別の島には泳いでも渡れない。
🔵 カイ: ああ、連続的に変えても「禁止された値」を通れないから、永遠に別の島には行けないんですね。
🟡 リナ: 名前の付け方を先に説明しておくわね。「固有 (proper)」は \(\det\Lambda = +1\)(空間の向きを保つ)、「直交 (orthochronous)」は \(\Lambda^0{}_0 \geq 1\)(時間の向きを保つ)を意味するの。「非固有」「非直交」はそれぞれの否定。この命名規則を頭に入れて、表 2.2「Lorentz群の4つの連結成分」を見てちょうだい。
表 2.2: Lorentz群の4つの連結成分
| 連結成分 | 条件 | 含まれる変換 |
|---|---|---|
| 固有直交(proper orthochronous)\(L_+^\uparrow\) | \(\det\Lambda = +1\) かつ \(\Lambda^0{}_0 \geq 1\) | 通常の回転・ブースト |
| 非固有直交 \(L_-^\uparrow\) | \(\det\Lambda = -1\) かつ \(\Lambda^0{}_0 \geq 1\) | パリティ \(P\) を含む |
| 固有非直交 \(L_+^\downarrow\) | \(\det\Lambda = +1\) かつ \(\Lambda^0{}_0 \leq -1\) | \(PT\)(パリティ×時間反転)を含む |
| 非固有非直交 \(L_-^\downarrow\) | \(\det\Lambda = -1\) かつ \(\Lambda^0{}_0 \leq -1\) | 時間反転 \(T\) を含む |
全体像を 図 2.2「Lorentz群とPoincaré群の構造」 にまとめたから見てちょうだい。この図には Poincaré 群——Lorentz 変換に時空並進(時間方向 1 つ + 空間方向 3 つ = 4 パラメータ)を加えたもので、合計 10 パラメータの群——も描いてあるけど、それは 2.4「Poincaré 群——Lorentz 変換 + 時空並進」 で詳しくやるわ。
図 2.2: Lorentz群とPoincaré群の構造。Lorentz 群は 4 つの連結成分に分かれ、固有直交 Lorentz 群 \(SO^+(1,3)\) は回転 3 + ブースト 3 = 6 パラメータの連続群である。さらに時空並進 4 パラメータを加えた Poincaré 群(10 パラメータ)については 2.4「Poincaré 群——Lorentz 変換 + 時空並進」 で詳しく説明する。
🟡 リナ: 場の量子論で最も重要なのは固有直交 Lorentz 群 \(SO^+(1,3)\)(\(L_+^\uparrow\))——空間の向きも時間の向きも保つ変換の集合よ。記号の意味を分解すると、\(S\) は special(\(\det\Lambda = +1\))、\(O\) は orthogonal(直交)の一般化——普通の回転群が \(R^T R = \mathbf{1}\)(ユークリッド計量 \(\delta_{ij}\) を保つ)だったのに対し、ここでは \(\Lambda^T \eta\, \Lambda = \eta\)(Minkowski 計量 \(\eta_{\mu\nu}\) を保つ)に拡張したもの——、\(+\) は orthochronous(時間の向きを保つ)、\((1,3)\) は時間 1 次元・空間 3 次元を表しているわ。\(SO^+(1,3)\) は回転 3 パラメータ + ブースト 3 パラメータ = 6 パラメータで、パラメータが連続的に変化する群(連続群)よ。
🔵 カイ: 「連続群」って、回転群みたいに角度を少しずつ変えられるやつですよね。それに何か特別な名前があるんですか?
🟡 リナ: あるわ。群の定義——閉じている・結合法則・恒等変換・逆変換の 4 条件——は 「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章 で扱ったわね。数学ではその中でも、パラメータを連続的に変えられる群を Lie(リー)群と呼ぶの。具体的に言うと、回転角 \(\theta\) を変えたとき回転行列の成分 \(\cos\theta\) や \(\sin\theta\) は \(\theta\) で何回微分しても有限の値を返すでしょう? このように「変換のパラメータを変えたとき、行列の成分が滑らかに(何回でも微分できるように)変化する」群のことを Lie 群と呼ぶの。この章では「パラメータを連続的に少しずつ変えられる群」とほぼ同じ意味だと思ってくれて大丈夫。名前だけ覚えておいて——参考文献では「Lorentz 群は Lie 群である」という言い方が頻出するし、次章以降で無限小変換を扱うときにもこの言葉が出てくるわ。
⚪ メイ: つまり、回転群が角度を連続的に変えられるのと同じ意味で、Lorentz 群もパラメータを連続的に変えられるから Lie 群——ということね。
🟡 リナ: その通り。ちなみに、\(\det\Lambda = -1\) を含む変換はパリティ (parity, 空間反転) \(P\)、\(\Lambda^0{}_0 \leq -1\) を含む変換は時間反転 (time reversal) \(T\) にそれぞれ対応するの。これらは連続パラメータでは \(SO^+(1,3)\) につながらない——つまり離散変換 (discrete transformation) よ。
🔵 カイ: あ、「量子力学」編 「量子力学」編 第 26 章 でやった離散対称性ですね! パリティが破れるとか、CP が破れるとか。でも、なんで離散変換だけ別扱いなんですか? 連続変換と何が本質的に違うんですか?
🟡 リナ: さっきの「島」の比喩で言えば、連続変換は同じ島の中を歩き回れるけど、離散変換は別の島にジャンプすること——パラメータを少しずつ変えても到達できないから「別物」として扱うしかないの。そして場の量子論では「\(P\) や \(T\) の対称性が破れているかどうか」が実験的に重大な問題になる——弱い相互作用での P 破れ(1956 年、Lee-Yang)、CP 破れ(1964 年、Cronin-Fitch)などがその例よ。詳しくは後の章で扱うわ。
⚪ メイ: つまり、連続変換はパラメータを動かして同じ連結成分の中を移動できるけど、離散変換は連結成分をまたぐから連続的には到達できない——だから物理的にも別の対称性として扱う必要がある、ということね。
✅ 理解度チェック: 固有直交 Lorentz 群 \(SO^+(1,3)\) が持つ連続パラメータは合計いくつでしょうか? 内訳も示してみましょう。
答え
6 パラメータ。空間回転 3 つ(\(x, y, z\) 軸まわり)+ Lorentz ブースト 3 つ(\(x, y, z\) 方向)。
2.4 Poincaré 群——Lorentz 変換 + 時空並進¶
🟡 リナ: 物理で本当に重要なのは Lorentz 群だけでなく、それに時空の並進 (spacetime translation) を加えた群よ。
\(a^\mu\) は定数の 4 元ベクトル(並進量)。この変換全体が成す群を Poincaré (ポアンカレ) 群 (Poincaré group) と呼ぶわ。
🔵 カイ: 並進が 4 パラメータ(\(a^0, a^1, a^2, a^3\))、Lorentz 変換が 6 パラメータだから、合わせて 10 パラメータですね。
🟡 リナ: その通り。そして場の量子論の基本的な要請は次のようになる。
場の量子論の方程式は、Poincaré 群の変換のもとで形が変わらなければならない。
この要請が、理論の構造を驚くほど強く制約するの。逆に言えば、「量子力学」編 第 27 章で問題になった「Schrödinger 方程式が Lorentz 共変でない」という出発点の困難は、最初から Poincaré 不変性を要請することで回避できる。「量子力学」編 第 27 章では「既存の方程式が Lorentz 共変でない」ことに気づいてから Klein-Gordon 方程式や Dirac 方程式を模索したけど、場の量子論では最初から Poincaré 不変性を設計原理にして方程式を構築する——順序が逆転するの。
⚪ メイ: 後追いで修正するんじゃなくて、最初から対称性を出発点にするのね。
🟡 リナ: 実際、Wigner(1939 年)はこの視点を徹底して、「場の量子論の粒子とは何か」という問いを数学の問いに変換したの。
🔵 カイ: 粒子が何かって、数学で答えが出るんですか?
🟡 リナ: 出るのよ。発想はこう——もし自然が Poincaré 対称性を持つなら、量子力学の状態も Poincaré 変換に対して「きちんと振る舞う」はず。つまり、回転やブーストをしたとき、量子状態がどう変わるかのルールが決まっているはず。
まず具体例で感覚をつかみましょう。2 次元平面でベクトル \((v_x, v_y)\) を角度 \(\theta\) だけ回転させるとき、
と書けるわね。ここで「回転」という抽象的な操作に、具体的な行列を対応させているでしょう?
🔵 カイ: はい、回転角ごとに行列が 1 つ決まる、ということですよね。
🟡 リナ: そう。しかも、「\(30°\) 回転してから \(45°\) 回転する」のと「\(75°\) 回転する」のが同じ結果になるように、変換を 2 つ続けて行った結果が、対応する行列の積と一致する——この性質を保つ対応のことを表現 (representation) と呼ぶの。もう少し噛み砕くと、「群の各要素(ここでは各回転角)に行列を 1 つずつ割り当てて、群の掛け算(変換の合成)が行列の掛け算で再現されるようにしたもの」が表現よ。
🔵 カイ: なるほど、回転という操作を行列で「代理」させるわけですね。でも、回転以外の操作——たとえばスカラー量に対しては行列はどうなるんですか?
🟡 リナ: いい質問。同じ「回転」でも、作用する対象が違えば行列のサイズも中身も変わるの。3 次元ベクトルに作用させるなら \(3 \times 3\) 行列になるし、スカラー(ただの数)に作用させるなら「何もしない」(\(1 \times 1\) の恒等行列)になる。温度のようなスカラー量は回転しても値が変わらないから、対応する「行列」はただの数 \(1\) ——これも立派な表現なの。つまり同じ群に対して、サイズの異なる複数の表現があり得る。
⚪ メイ: 同じ群でも「何に作用させるか」で表現が変わる——さっきの 2 次元平面のベクトルなら \(2 \times 2\)、3 次元ベクトルなら \(3 \times 3\)、スカラーなら \(1 \times 1\)、ということね。
🟡 リナ: その通り。ちなみに「既約」の意味を先に直感的に言っておくと、表現の中には「実は小さな表現の寄せ集めに分解できるもの」があるの。具体例を出すわね。3 次元空間の回転を考えて、4 つの量——温度 \(T\) と速度ベクトル \((v_x, v_y, v_z)\)——をまとめて 4 成分のベクトルとして扱ったとする。回転すると速度の 3 成分は互いに混ざるけど、温度はスカラーだから変わらない。つまり回転行列を \(4 \times 4\) で書くと
という形になる——左上の \(1 \times 1\) ブロック(温度)と右下の \(3 \times 3\) ブロック(速度)が独立に動いていて、混ざり合わないでしょう? このように大きな行列が「左上の小さな正方行列と右下の小さな正方行列に分かれていて、それ以外(右上と左下)がすべてゼロ」になっている形をブロック対角と呼ぶの。この例では \(4 \times 4\) の表現が \(1 \times 1\)(スカラー)と \(3 \times 3\)(ベクトル)に分解できる——これは可約 (reducible) 表現。逆に、\(3 \times 3\) の回転行列はどう基底を取り直しても(つまり座標軸をどう回しても)これ以上小さなブロックに分けられない——これが既約 (irreducible) 表現、「これ以上分解できない最小のまとまり」よ。化学で言えば、分子をこれ以上分解できない原子に分けるようなイメージね。
🔵 カイ: なるほど、分子を原子に分解するイメージか。既約 = これ以上バラせない最小単位。
🟡 リナ: そして量子力学では、物理系の状態は「状態ベクトル」で表されるのだったわ(「量子力学」編 参照)。だから同じ発想で、Poincaré 群の各変換(回転・ブースト・並進)を「量子状態をこう変える」という具体的な操作として書き表す方法を探すの——観測者が回転したら、量子状態もそれに応じて変わるはずだから。そして、その中で「これ以上小さな部分に分けられない最小のまとまり」——つまり、どの変換を施しても互いに混ざり合う状態の最小セット——を既約表現と呼ぶわ。ここでのポイントは、回転だけでなくブーストや並進も含めた Poincaré 群全体で「混ざり合う最小セット」を探すということ——なぜそれが質量とスピンという 2 つのラベルに結びつくのかは、Wigner の結果を見た後で説明するわね。
Wigner が見つけた答えは驚くほどシンプル——まず結論を述べてから、なぜそうなるかを説明するわね。図 2.3「Wigner の分類:Poincaré 群の既約表現と粒子の対応」に結果をまとめたから見て。
図 2.3: Wigner の分類:Poincaré 群の既約表現と粒子の対応。粒子は(質量 \(m\), スピン \(s\))のたった 2 つのラベルで完全に分類される。Poincaré 対称性だけから粒子の概念と分類が導かれる。
粒子 = Poincaré 群の既約表現(これ以上分解できない最小の表現)= (質量, スピン) のラベルで分類される
\((m, s)\) というたった 2 つの数で、1 粒子状態の性質が完全に決まるのよ。これがWigner の分類 (Wigner's classification) と呼ばれる結果。「なぜたった 2 つで決まるのか」は、この後すぐ快の質問に答える形で説明するわ。具体的には
- \(m > 0\):スピン \(s = 0, 1/2, 1, 3/2, \ldots\)
- \(m = 0\):ヘリシティ \(h = 0, \pm 1/2, \pm 1, \ldots\)
⚪ メイ: 質量ゼロの場合だけ「スピン」じゃなくて「ヘリシティ」になるのね。何が違うの?
🟡 リナ: ヘリシティ (helicity) とは、粒子の運動方向に対するスピンの射影——つまり「スピンが進行方向を向いているか、逆を向いているか」を表す量よ。質量のある粒子なら、観測者がその粒子を追い越すことで「進行方向」が反転するから、ヘリシティは観測者に依存してしまう。でも質量ゼロの粒子は光速で飛ぶから誰も追い越せない——だからヘリシティが観測者によらない不変量になり、スピンの代わりに粒子を分類するラベルとして使えるの。
のような分類になるわ。詳しくは Appendix B で扱うけど、「Poincaré 対称性だけから粒子の概念が出てくる」という深さは押さえておいて。
✅ 理解度チェック: Wigner の分類によれば、場の量子論における粒子はどのような量のラベルで分類されるでしょうか? また、この分類はどの対称性から導かれるでしょうか?
答え
粒子は(質量 \(m\), スピン \(s\))の 2 つのラベルで分類される。この分類は Poincaré 群の既約表現を調べることから導かれる。つまり、Poincaré 対称性(Lorentz 変換 + 時空並進の対称性)だけから粒子の概念と分類が出てくる。
🔵 カイ: すごいですね……でも 2 つ疑問があります。まず「既約表現」がまだピンと来ないです。「これ以上小さな部分に分けられない最小のまとまり」って、具体的にはどういう状況ですか? あと、なぜ質量とスピンのたった 2 つで粒子が完全に決まるんですか? 他にも何か量子数が必要になりそうな気がするんですけど……
🟡 リナ: いい質問。まず「既約」の感覚をつかむために、回転群だけの簡単な例から始めるわね。スピン \(1/2\) の電子を考えて。「上向き」と「下向き」の 2 つの状態があるわね。空間を回転させると、この 2 つの状態は互いに混ざり合う——量子力学の言葉で言えば重ね合わせになるの。「上向き」だったものが「少し上向き+少し下向き」という重ね合わせ状態になる。でも回転をどう組み合わせても、この 2 つの状態の外には出ない——第 3 の状態が必要になることは決してない。つまりこの 2 状態のセットが、回転群に対する「これ以上分けられない最小のまとまり」——既約表現なの。
🔵 カイ: なるほど、2 つの状態が回転で混ざるけど、その 2 つの中で閉じてる——それが「既約」か。
🟡 リナ: そう。ただしこれは回転群だけの例。Poincaré 群ではさらにブーストや並進も含めて考える。並進を加えると運動量 \(\mathbf{p}\) が変わるし、ブーストでも運動量が変わる——つまり運動量の異なる状態どうしが混ざり合うの。
🔵 カイ: じゃあ、ありとあらゆる運動量の状態が全部混ざっちゃって、分類できなくなりませんか?
🟡 リナ: いい心配ね。でも質量殻条件 \(E^2 - |\mathbf{p}|^2 = m^2\) を思い出して。ブーストや並進で \(E\) や \(\mathbf{p}\) は変わるけど、\(m^2 = E^2 - |\mathbf{p}|^2\) という組み合わせは Lorentz 不変量だから変わらない。だから「質量 \(m\) が同じ状態の集まり」は変換で閉じているの。さらにその中で、スピンの大きさ \(s\) も不変量になる——ブーストするとスピンの向きは変わりうるけど、スピンの大きさ(\(s = 0, 1/2, 1, \ldots\))は変わらないの。結果として「質量が同じでスピンが同じ状態の集まり」が一つの既約表現になる——だから粒子が \((m, s)\) で分類されるのよ。
🔵 カイ: 相対性理論と量子論を結婚させただけで、粒子が何かまで決まっちゃうんですね……。でも電荷とかは? 電子と陽電子は質量もスピンも同じだけど別の粒子ですよね?
🟡 リナ: いい指摘。電荷や色荷のような内部量子数は、Poincaré 群とは別の対称性(ゲージ対称性)から来るの。Wigner の分類は「時空の対称性だけで決まる粒子のラベル」を教えてくれる——内部量子数はその上に追加される情報よ。ゲージ対称性については後の章で詳しくやるわ。
🟡 リナ: ここまでの議論を整理しておくわね。Wigner の分類のロジックは:(1) Poincaré 変換で量子状態が混ざり合う → (2) 質量 \(m\) は Lorentz 不変量だから「同じ \(m\) の状態」で閉じる → (3) その中で回転に対する振る舞いがスピン \(s\) で決まる → (4) 結局 \((m, s)\) が既約表現のラベルになる。
⚪ メイ: まず質量で大きく分けて、次にスピンで細分する——二段階の分類ね。
🔵 カイ: ってことは、スピン \(3/2\) とか \(2\) とかの粒子も、原理的には存在し得るんですか?
🟡 リナ: 原理的にはね。実際、スピン \(3/2\) の粒子(\(\Delta\) バリオンなど)やスピン \(2\) の粒子(重力子——もし存在すれば)が知られているわ。Poincaré 群の表現としてはどんなスピンも許されるけど、自然界にどれが実現するかは相互作用の詳細で決まる——それは後の章の話ね。
✅ 理解度チェック: Poincaré 群のパラメータ数が 10 であることを、変換の種類ごとに内訳を示して説明してみましょう。
答え
空間回転 3 つ(\(x, y, z\) 軸まわり)+ Lorentz ブースト 3 つ(\(x, y, z\) 方向)+ 時空並進 4 つ(\(t, x, y, z\) 方向)= 合計 10 パラメータ。
2.5 Lorentz 共変性と「添字のバランス」¶
🟡 リナ: Poincaré 群という「場の量子論を支配する対称性」が見えたところで、次はそれを毎日の計算でどう使うかという実務の話に下りてくるわ。方程式が Lorentz 共変かどうかを、添字の位置だけ見て判定する技術よ。これを身につけると、次章以降の何百もの式が格段に読みやすくなる。
テンソルの階数と変換則¶
🟡 リナ: 物理量を「Lorentz 変換でどう変わるか」で分類するの。これは 「一般相対論」編 第 4 章 でやった内容の再掲——表 2.3「テンソルの階数と変換則の分類」にまとめておくわ。
表 2.3: テンソルの階数と変換則の分類
| 名前 | 添字の数 | Lorentz 変換での振る舞い | 例 |
|---|---|---|---|
| スカラー | 0 | 変わらない | 質量 \(m\)、不変間隔 \(s^2\) |
| ベクトル | 1 | \(V^\mu \to \Lambda^\mu{}_\nu\, V^\nu\) | 位置 \(x^\mu\)、運動量 \(p^\mu\) |
| 2 階テンソル | 2 | \(T^{\mu\nu} \to \Lambda^\mu{}_\alpha\, \Lambda^\nu{}_\beta\, T^{\alpha\beta}\) | 電磁場 \(F^{\mu\nu}\) |
\(n\) 階テンソルには \(\Lambda\) が \(n\) 個かかる——これがテンソルの変換則。
🔵 カイ: 添字が増えるほど変換が複雑になるけど、パターンは同じなんですね。\(\Lambda\) の個数が添字の個数と一致する。
Lorentz 共変性という要請¶
🟡 リナ: 場の量子論における最も重要な原則を、実務の言葉で述べるわ。
場の方程式は Lorentz 共変 (Lorentz covariant) でなければならない。
具体的には:両辺の添字の位置と個数が一致していること。
🔵 カイ: 両辺が同じ種類のテンソルならよい、ということですよね。
🟡 リナ: その通り。例えば方程式が
という形なら、両辺ともベクトル。Lorentz 変換すると両辺に同じ \(\Lambda^\mu{}_\nu\) がかかるから、\(A^\nu = B^\nu\) が成り立てば \(A'^\mu = B'^\mu\) も自動的に成り立つ。方程式の形がどの慣性系でも同じ。逆に、もし左辺がベクトルで右辺がスカラーだったら、Lorentz 変換したとき左辺だけ変わって右辺は変わらない——そんな方程式は物理的に意味がないわ。
⚪ メイ: つまり、添字の種類が揃っていない方程式は、慣性系を変えた瞬間に破綻するのね。
🟡 リナ: 場の量子論の計算では、方程式を書くたびに「添字の数と位置が両辺で一致しているか」をチェックするの。これが添字のバランスよ。
🔵 カイ: 添字記法って、単に省略記法というだけじゃなくて、Lorentz 共変性を自動的に保証する仕組みなんですね。
🟡 リナ: まさにそう。これが場の量子論で添字記法を使う最大の理由。図 2.4「添字のバランスによる Lorentz 共変性の判定」に判定ルールの要点をまとめたから確認しておいて。ポイントは、上下で対になった添字(縮約された添字)は消えて、残った自由添字の位置と個数が両辺で一致すれば Lorentz 共変——これが判定の基本ルールよ。
図 2.4: 添字のバランスによる Lorentz 共変性の判定。上下で対になった添字は縮約されて消え、残った自由添字の位置と個数が両辺で一致すれば Lorentz 共変。これは必要条件であり、十分条件ではない点に注意。
ダランベルシアンと Klein-Gordon 方程式¶
🟡 リナ: 具体例をやりましょう。まず微分演算子を 4 元ベクトルとして定義するわ。
🔵 カイ: あれ、\(\partial_\mu\) は添字が下(共変ベクトル)ですね。どうしてですか?
🟡 リナ: \(x^\mu\)(上付き)での微分だから。具体的に見てみましょう。Lorentz 変換は \(x'^\mu = \Lambda^\mu{}_{\nu}\, x^\nu\) だったわね。逆変換——つまり \(x'\) から元の \(x\) を求める変換——を \(\Lambda^{-1}\) と書くと、\(x^\nu = (\Lambda^{-1})^\nu{}_{\mu}\, x'^\mu\)(\(\Lambda\) をかけてから \(\Lambda^{-1}\) をかけると元に戻る、という意味)。ここで多変数の連鎖律を使うの。高校で習う 1 変数の連鎖律は \(\frac{df}{dx} = \frac{df}{du}\frac{du}{dx}\) だったわね。多変数の場合は、\(f\) が \(x^0, x^1, x^2, x^3\) の 4 つの変数を通じて \(x'^\mu\) に依存するから、各経路からの寄与を全部足し合わせるの:\(\frac{\partial f}{\partial x'^\mu} = \frac{\partial x^0}{\partial x'^\mu}\frac{\partial f}{\partial x^0} + \frac{\partial x^1}{\partial x'^\mu}\frac{\partial f}{\partial x^1} + \cdots = \sum_\nu \frac{\partial x^\nu}{\partial x'^\mu}\frac{\partial f}{\partial x^\nu}\)。これが多変数の連鎖律よ。ここで使っている \(\frac{\partial}{\partial x^\mu}\) は偏微分——他の変数を固定して 1 つの変数だけで微分する操作のこと(「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章 で導入済み)。多変数の連鎖律は、その偏微分の自然な拡張ね。
🔵 カイ: 1 変数の連鎖律を 4 変数に拡張して、全部足し合わせるんですね。
🟡 リナ: そう。さて、\(x^\nu = (\Lambda^{-1})^\nu{}_{\mu}\, x'^\mu\) は \(x'^\mu\) についての 1 次式(\((\Lambda^{-1})^\nu{}_{\mu}\) は定数)だから、\(x'^\mu\) で偏微分すると \(\frac{\partial x^\nu}{\partial x'^\mu} = (\Lambda^{-1})^\nu{}_{\mu}\) になるわ(\(ax\) を \(x\) で微分すると \(a\) になるのと同じ)。これを連鎖律に代入して、\(f\) のところを何も書かずに演算子として扱えば \(\frac{\partial}{\partial x'^\mu} = (\Lambda^{-1})^\nu{}_{\mu}\frac{\partial}{\partial x^\nu}\)(\(\nu\) で縮約されているのがその和)。つまり \(\partial_\mu\) には \(\Lambda\) ではなく逆行列 \(\Lambda^{-1}\) がかかる。「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章 で学んだように、反変ベクトル(上付き添字)\(V^\mu\) は \(V'^\mu = \Lambda^\mu{}_\nu V^\nu\) と \(\Lambda\) で変換し、共変ベクトル(下付き添字)\(W_\mu\) は \(W'_\mu = (\Lambda^{-1})^\nu{}_\mu W_\nu\) と \(\Lambda^{-1}\) で変換するのだったわね。\(\partial_\mu\) はまさにこの共変ベクトルの変換則に従っているの。
⚪ メイ: なるほど、\(\partial_\mu\) が \(\Lambda^{-1}\) で変換するから下付き添字——共変ベクトルなのね。
🟡 リナ: その通り。直感的には、座標の目盛りを細かくすると座標値は大きくなるが微分は小さくなる——変換の「逆」がかかるの。
添字を上げるには逆計量 \(\eta^{\mu\nu}\) を使うの。Minkowski 計量の場合、\(\eta^{\mu\nu}\) は \(\eta_{\mu\nu}\) の逆行列。対角行列の逆行列は各対角成分の逆数を並べたもの(\(\text{diag}(a,b,c,d)^{-1} = \text{diag}(1/a, 1/b, 1/c, 1/d)\))だから、\(1/(+1) = +1\)、\(1/(-1) = -1\) で \(\eta^{\mu\nu} = \text{diag}(+1,-1,-1,-1)\)——数値的に \(\eta_{\mu\nu}\) と同じになるわ。これを使うと
空間微分の符号が反転するわね(これは GR 流とは逆)。これを使ってダランベルシアン (d'Alembertian) を定義するわ。
🔵 カイ: 添字を上げたら空間成分にマイナスが付くんですね。QFT 流だと時間成分がプラスのまま。
🟡 リナ: 縮約規則で \(\mu = 0, 1, 2, 3\) の和を取ると
(2.12) と (2.13) から \(\partial^0 = \partial_0 = \frac{\partial}{\partial t}\)、\(\partial^i = -\frac{\partial}{\partial x^i}\)、\(\partial_i = \frac{\partial}{\partial x^i}\) なので、各項を代入すると
つまり、空間成分では \(\partial^i\) のマイナス符号((2.13) から来る)と \(\partial_i\) のプラス符号((2.12) から来る)が掛け合わさって、各空間項にマイナスが付くのよ。
⚪ メイ: 時間は 2 階微分がプラス、空間は 2 階微分がマイナス——まさに「時空間隔 \(ds^2 = dt^2 - d\mathbf{x}^2\)」と同じ符号構造ね。
🟡 リナ: 注意:本書の 「一般相対論」編 編 「一般相対論」編 第 19 章 では GR 流 \((-,+,+,+)\) の計量を使い、\(\Box = \eta^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu\) と定義していたわ(\(\partial^\mu\partial_\mu = \eta^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu\) だから、これは同じ意味)。GR 流では \(\eta^{00} = -1\) だから \(\Box = -\partial^2/\partial t^2 + \nabla^2\) となる。本章の QFT 流 \((+,-,-,-)\) では \(\eta^{00} = +1\) だから、同じ定義 \(\Box = \partial^\mu\partial_\mu\) でも \(\Box = \partial^2/\partial t^2 - \nabla^2\) と符号が逆になる。同じ記号 \(\Box\) でも計量の符号規約によって中身が異なることに注意して。なお、一部の教科書では \(\Box \equiv -\eta^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu\)(GR 流の場合)のように定義自体にマイナスを含めて、どちらの計量規約でも \(\Box = \partial^2/\partial t^2 - \nabla^2\) の形になるようにする流儀もある。他の教科書を参照するときは符号規約を確認してね。
🔵 カイ: \(\partial^\mu \partial_\mu\) って、上付きと下付きの同じ添字で縮約してますよね。これってスカラーになるんですか?
🟡 リナ: その通り。上付きと下付きの同じ添字で縮約すると、その添字は消えて Lorentz スカラーになる——\(A^\mu B_\mu\) がスカラーだったのと同じ仕組みよ。だから \(\Box = \partial^\mu \partial_\mu\) は自動的に Lorentz スカラー演算子。スカラー演算子をスカラー場 \(\phi\) に作用させた結果もスカラーのまま——添字が増えも減りもしないから。
⚪ メイ: つまり、縮約で添字が全部消えた演算子 \(\Box\) はスカラー演算子で、それをスカラー場 \(\phi\) に作用させても添字は増えない——だから \(\Box\phi\) もスカラー。添字の数を数えるだけで変換性が分かるのね。
🟡 リナ: その通り。Klein-Gordon 方程式は
🔵 カイ: 「量子力学」編 第 27 章では
って書いてありましたよね。あれと今の (2.15) って同じものなんですか? \(c\) とか \(\hbar\) がどこに消えたのか……
🟡 リナ: 自然単位系 \(c = \hbar = 1\) を代入してみて。
🔵 カイ: えーと、\(c = 1\) を入れると \(1/c^2 = 1\) だから最初の項は \(\frac{\partial^2 \phi}{\partial t^2}\) になって、\(\hbar = 1\) を入れると \(m^2 c^2/\hbar^2 = m^2\) だから……\(\frac{\partial^2 \phi}{\partial t^2} - \nabla^2 \phi + m^2 \phi = 0\)。あ、これって \((\Box + m^2)\phi = 0\) そのものだ!
⚪ メイ: 自然単位系にするだけで、あの長い式がこんなにコンパクトになるのね。
🟡 リナ: 自然単位系 + 添字記法の威力よ。(2.15) を眺めると、両辺がスカラー(\(\Box\) と \(m^2\) はスカラー演算子、\(\phi\) はスカラー場、0 もスカラー)。添字のバランスが取れている → 自動的に Lorentz 共変、と一目で判定できる。
応用:添字のバランスをチェックする練習¶
🟡 リナ: 実際にいくつかの方程式を見て、Lorentz 共変性を判定してみましょう。
例 1: Maxwell 方程式
左辺:\(\partial_\mu\) は下付き \(\mu\)、\(F^{\mu\nu}\) は上付き \(\mu, \nu\)。\(\mu\) が上下で縮約されて消え、残るのは上付き \(\nu\) 1 つ。右辺:\(J^\nu\) も上付き \(\nu\) 1 つ。→ 両辺とも同じ種類の 4 元ベクトル → Lorentz 共変 ✓
例 2: 間違った式の例
左辺:下付き \(\mu\) 1 つ(共変ベクトル)。右辺:上付き \(\mu\) 1 つ(反変ベクトル)。→ 添字の位置が合わない → Lorentz 共変ではない ✗
🔵 カイ: おー、添字の上下を見るだけで判定できちゃう! でも、添字のバランスが取れていれば必ず正しい物理の方程式なんですか? バランスは取れてるけど物理的に間違ってる式もあり得ますよね?
🟡 リナ: 鋭いわね。添字のバランスは必要条件であって十分条件ではないの。バランスが取れていない式は確実に間違い。でもバランスが取れていても、係数や符号が間違っていれば物理的には正しくない。添字のバランスは「明らかな間違いを弾くフィルター」だと思って。
✅ 理解度チェック: 添字のバランスが取れていることは、方程式が Lorentz 共変であるための十分条件か、必要条件でしょうか? その理由を簡潔に述べてください。
答え
必要条件であって十分条件ではない。添字のバランスが取れていなければ確実に Lorentz 共変ではないが、バランスが取れていても係数や符号が間違っていれば物理的に正しい方程式とは限らない。添字のバランスは「明らかな間違いを弾くフィルター」として機能する。
🟡 リナ: そう。これから何百もの式が出てくるけれど、「添字のバランスが取れているか」をチェックするだけで多くの計算ミスを防げるわ。場の量子論で生涯使う技術よ。
✅ 理解度チェック: 次の方程式が Lorentz 共変かどうか、添字のバランスで判定してみましょう:\(T^{\mu\nu} = \partial^\mu \phi\, \partial^\nu \phi - \eta^{\mu\nu}\left(\frac{1}{2}\partial_\alpha \phi\, \partial^\alpha \phi - \frac{1}{2}m^2 \phi^2\right)\)
答え
左辺:上付き自由添字 \(\mu, \nu\) の 2 つ → 2 階反変テンソル。右辺第 1 項:\(\partial^\mu \phi\) は上付き \(\mu\)、\(\partial^\nu \phi\) は上付き \(\nu\) → 積は上付き \(\mu, \nu\) の 2 階テンソル。右辺第 2 項:\(\eta^{\mu\nu}\) は上付き \(\mu, \nu\)、括弧内は \(\alpha\) が上下で縮約されてスカラー、\(\phi^2\) もスカラー → 全体で上付き \(\mu, \nu\) の 2 階テンソル。両辺とも上付き \(\mu, \nu\) を持つ 2 階反変テンソルなので Lorentz 共変 ✓。
📝 練習問題:
- Lorentz 変換行列の条件・電磁場テンソルの変換 → 問題 M-1. Lorentz 変換行列の条件の導出, 問題 A-1. 反変テンソルと共変テンソルの変換則、および電磁場テンソルへの応用
2.6 場の量子論への 3 つの要請¶
🟡 リナ: この章の最後に、場の量子論の基盤となる3 つの要請を整理しましょう。図 2.5「場の量子論の 3 つの要請とスピン-統計定理」に全体像を図示しておくわ。
図 2.5: 場の量子論の 3 つの要請とスピン-統計定理。Lorentz 共変性・ミクロ因果律・正のエネルギーの 3 つの要請を組み合わせると、スピン-統計定理(整数スピン → ボース統計、半整数スピン → フェルミ統計)が導かれる。
- Lorentz 共変性(Poincaré 不変性):場の方程式は Poincaré 群の変換のもとで形が変わらない
- 因果律(ミクロ因果律):光より速く情報は伝わらない。光円錐の外側——つまり光でさえ一方から他方に到達できないほど離れた 2 点(「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 3 章 参照)——での測定結果は互いに独立でなければならない。直感的には「十分離れた 2 地点で同時に行う実験は、互いに影響を及ぼさない」ということ。これを量子論の数学で正確に定式化する方法は後の章で改めて導入する
- 正のエネルギー:物理的な 1 粒子状態のエネルギーは正(真空が安定)
🔵 カイ: 因果律のところ、「光円錐の外側での測定結果は互いに独立」って、もう少し具体的に言うとどういうことですか?
🟡 リナ: たとえば、東京で今この瞬間に実験をして、アンドロメダ銀河で別の実験をしたとする——2 つの事象が空間的に離れている(光でさえ一方から他方に届かない)なら、東京の実験結果がアンドロメダの実験に影響を与えることはあり得ない。つまり、東京でどんな操作をしようが、アンドロメダでの実験結果の統計(どの値がどのくらいの割合で出るか)は一切変わらない。逆もまた然り。これが因果律の直感的な意味。
⚪ メイ: 量子もつれ(「量子力学」編 「量子力学」編 第 23 章)の場合も、相関が見えるだけで情報は送れなかった——あれと同じ精神ね。
🟡 リナ: 「あれ、でも量子もつれ(「量子力学」編 「量子力学」編 第 23 章)では離れた粒子に相関があったのでは?」と思うかもしれないけど、あのときも確認したように、片方だけのデータを見ればランダムにしか見えない——相関は両方のデータを突き合わせて初めて見える。だから片方の操作で他方の統計を変えることはできない(no-signaling)。因果律はこの意味で守られているの。量子論の言葉で正確に定式化する——具体的には「空間的に離れた 2 点での場の演算子が交換する」という条件になるのだけど——それは後の章で改めて導入するわ。
🔵 カイ: なるほど。じゃあこの 3 つの要請で、理論の形がかなり決まるんですか?
🟡 リナ: 驚くほど決まるの。Lorentz 共変性(正確には Poincaré 不変性)だけから、2.4「Poincaré 群——Lorentz 変換 + 時空並進」 で話した Wigner の分類が出る——「場は(質量, スピン)で分類される」。さらに因果律と正のエネルギーを組み合わせると、スピン-統計定理 (spin-statistics theorem) が証明できる:
整数スピンの場 → ボース統計、半整数スピンの場 → フェルミ統計
🔵 カイ: え、たった 3 つの要請からボソンとフェルミオンの区別が出てくるんですか!
✅ 理解度チェック: スピン-統計定理は、場の量子論のどの 3 つの要請から導かれるでしょうか? また、この定理が述べる内容を簡潔に説明してみましょう。
答え
(1) Lorentz 共変性(Poincaré 不変性)、(2) 因果律(ミクロ因果律)、(3) 正のエネルギー(真空の安定性)の 3 つの要請から導かれる。定理の内容は「整数スピンの場はボース統計に従い、半整数スピンの場はフェルミ統計に従う」というもので、量子力学では天下りに仮定していたボソン・フェルミオンの区別が、場の量子論ではこれら 3 つの原理から証明できる。
⚪ メイ: つまり、量子力学では「電子はフェルミオン、光子はボソン」というのは天下り的に仮定していたけど、場の量子論ではさっきの 3 つの要請から導けるということね。
🟡 リナ: そう。これが「対称性が物理を決める」ということの最も劇的な例の一つ。次章からはこの Lorentz 共変性を武器にして、古典場の理論——Lagrangian と Noether の定理——を学んでいくわ。
🔵 カイ: スピン-統計定理って、たった 3 つの要請から出てくるのか……。でも正直、証明の中身はまだ想像つかないですね。
🟡 リナ: 証明には場の交換関係という道具が必要だから、それを学んだ後の章で改めてやるわ。楽しみにしていて。
🔵 カイ: 楽しみにしてます。……あ、2.5「Lorentz 共変性と「添字のバランス」」の話に戻っていいですか? さっき添字のバランスは「必要条件だけど十分条件じゃない」って言ってましたよね。これって次元解析に似てません? 次元が合ってても式が正しいとは限らないのと同じ感じで。
🟡 リナ: いい直感ね。まさにそう——次元解析が「単位のバランス」で明らかな間違いを弾くように、添字チェックは「Lorentz 変換性のバランス」で間違いを弾く。どちらも必要条件のフィルターで、十分条件ではない。その類推は正確よ。
🔵 カイ: じゃあ、両方のフィルターを通っても間違ってる式はあり得るんですよね——最終的に「正しい」と判断する根拠って何なんですか?
🟡 リナ: 2 つあるわ。1 つは実験との一致——最終的には自然が答えを持っている。もう 1 つは作用原理から導出されたという論理的根拠——「なぜこの方程式なのか」を原理に遡って説明できること。フィルターはあくまで「明らかな間違いを弾く」道具で、正しさの保証は別のところにある——それが次章で学ぶ Lagrangian の役割よ。つまり、添字チェックで「明らかに間違い」を弾いて、残ったものの中から作用原理で「正しい」を選ぶ——二段構えになっているの。
⚪ メイ: フィルターで「ダメなもの」を落として、原理で「正しいもの」を選ぶ——二段構えの仕組みね。
🔵 カイ: なるほど。じゃあ次章の Lagrangian では、添字のバランスが取れたスカラー量を出発点にして、そこから方程式を導くんですか?
🟡 リナ: まさにその通り。Lagrangian はスカラーでなければならない——今日学んだ添字のバランスが、次章で Lagrangian を構成するときの設計指針になるの。この章で手に入れた道具——QFT 流の符号規約、Lorentz 群と Poincaré 群の構造、添字のバランスによる共変性チェック——を使って、次章ではいよいよ場の方程式を「導く」側に回るわ。
🔵 カイ: 対称性から方程式を「導く」——今までは方程式が先にあって対称性を確認する側だったけど、逆転するんですね。楽しみです。
次章予告¶
第 3 章 古典場の理論 — Lagrangian と Noether の定理
次章では、Lorentz 共変な場の方程式を系統的に導く方法を学ぶ。鍵となるのは Lagrangian(作用原理)と Noether の定理——「連続対称性があれば保存量がある」という深い定理だ。Klein-Gordon 場や電磁場の方程式が、たった一つの Lagrangian から導かれることを見ていく。
参考文献¶
- Quantum Field Theory and the Standard Model (Schwartz) 第 2 章「Lorentz invariance and second quantization」
- Quantum Field Theory for the Gifted Amateur (Lancaster & Blundell) 第 10 章「Transformations」
- 坂本眞人『場の量子論 — 不変性と自由場を中心にして』 第 1 章「場の量子論への招待」、第 14 章「ポアンカレ代数と 1 粒子状態の分類」
- Quantum Field Theory (David Tong 講義ノート) 第 1 章「Classical Field Theory」(導入部)
- Wigner, E. P. "On Unitary Representations of the Inhomogeneous Lorentz Group," Ann. Math. 40, 149 (1939)(Wigner の分類の原論文)
- Lee, T. D. and Yang, C. N. "Question of Parity Conservation in Weak Interactions," Phys. Rev. 104, 254 (1956)
- Christenson, J. H., Cronin, J. W., Fitch, V. L. and Turlay, R. "Evidence for the \(2\pi\) Decay of the \(K_2^0\) Meson," Phys. Rev. Lett. 13, 138 (1964)
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