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Appendix B: 線形代数と Hilbert 空間の基礎

前回までのあらすじ:

Appendix A では、複素数の四則演算・極形式・Euler の公式・複素共役など、量子力学で不可欠な複素数の基礎を整理した。本 Appendix では、その複素数を「成分」として持つベクトルと行列の世界——線形代数——を構築し、量子力学の舞台である Hilbert 空間へと繋げる。

この Appendix のゴール:

  • 量子力学の数学的言語である線形代数を、高校の「ベクトル」「行列」の延長として理解する
  • ベクトル空間・内積・正規直交基底・線形演算子・固有値問題・エルミート行列・ユニタリ行列・テンソル積を一通り扱い、無限次元 Hilbert 空間への拡張で何が変わるかを把握する
  • これらは量子力学の「文法」であり、状態・観測量・時間発展・複合系のすべてがここで整備する道具で記述される

B.1 ベクトル空間——「足し算」と「定数倍」ができれば何でもベクトル

🟡 リナ: 高校では「矢印」がベクトルだったわね。でも量子力学では、もっと広い意味でベクトルを使うの。まず「ベクトル空間とは何か」を、できるだけ具体的に定義していくわ。

🔵 カイ: 矢印じゃないベクトルってどういうことですか?

🟡 リナ: いい質問。結論から言うと、「足し算」と「定数倍」ができて、いくつかの自然なルールを満たすものは全部ベクトルと呼べるの。矢印もそうだし、数の組もそうだし、実は関数だってベクトルになる。

🟡 リナ: 正確に言うと、集合 \(V\)ベクトル空間であるとは、\(V\) の任意の元(ベクトルと呼ぶ)\(\mathbf{u}, \mathbf{v}, \mathbf{w}\) と、スカラー \(c, c_1, c_2\)(実数または複素数)に対して、次の 8 つの公理を満たすことよ。

表 B.1: ベクトル空間の8つの公理

番号 公理 意味
1 \(\mathbf{u} + \mathbf{v} \in V\) 足し算の結果も \(V\) に入る(閉じている)
2 \(\mathbf{u} + \mathbf{v} = \mathbf{v} + \mathbf{u}\) 足し算の順序を入れ替えてよい
3 \((\mathbf{u} + \mathbf{v}) + \mathbf{w} = \mathbf{u} + (\mathbf{v} + \mathbf{w})\) 足し算の結合法則
4 \(\exists\, \mathbf{0}:\ \mathbf{u} + \mathbf{0} = \mathbf{u}\) ゼロベクトルが存在する
5 \(\exists\, (-\mathbf{u}):\ \mathbf{u} + (-\mathbf{u}) = \mathbf{0}\) 逆ベクトルが存在する
6 \(c\mathbf{u} \in V\) 定数倍の結果も \(V\) に入る
7 \(c_1(c_2 \mathbf{u}) = (c_1 c_2)\mathbf{u}\), \(1 \cdot \mathbf{u} = \mathbf{u}\) 定数倍の結合法則とスカラー単位元
8 \(c_1(\mathbf{u}+\mathbf{v}) = c_1\mathbf{u} + c_1\mathbf{v}\), \((c_1+c_2)\mathbf{u} = c_1\mathbf{u} + c_2\mathbf{u}\) 分配法則(2 つ)

🔵 カイ: うわ、8 個もあるんですか。

⚪ メイ: でも一つ一つ見ると、高校のベクトルで当たり前だったことばかりね。「足し算の順序を変えていい」とか「ゼロベクトルがある」とか。

🟡 リナ: そう。当たり前のことを明文化しているだけ。でも、この公理さえ満たせば何でもベクトル空間と呼べるのがポイント。スカラーが複素数 \(\mathbb{C}\) のとき、特に複素ベクトル空間と呼ぶわ。量子力学で使うのはこちらよ。

🟡 リナ: 具体例を 3 つ挙げるわね。

例 1: \(N\) 個の複素数を縦に並べたもの——\(\mathbb{C}^N\)

\[\mathbb{C}^N = \left\{ \begin{pmatrix} z_1 \\ z_2 \\ \vdots \\ z_N \end{pmatrix} \;\middle|\; z_k \in \mathbb{C} \right\} \tag{B.1}\]

足し算は成分ごと、定数倍も成分ごと。高校のベクトルの自然な拡張ね。

例 2: \(N = 2\) の場合——\(\mathbb{C}^2\)

\[\mathbb{C}^2 = \left\{ \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} \;\middle|\; \xi, \eta \in \mathbb{C} \right\} \tag{B.2}\]

これはスピン 1/2 の状態空間として 第 5 章で登場するわ。2 次元だけど、成分が複素数だから実質的な「自由度」は 4 つ。

🔵 カイ: へぇ、たった 2 成分なのに自由度 4 つもあるんですね。

🟡 リナ: 例 3: 二乗可積分な関数の集合——\(L^2\)

\[L^2 = \left\{ f(x) \;\middle|\; \int_{-\infty}^{\infty} |f(x)|^2\, dx < \infty \right\} \tag{B.3}\]

「二乗可積分」とは、\(|f(x)|^2\)\(-\infty\) から \(+\infty\) まで積分したとき有限の値になること——つまり関数が遠方で十分速くゼロに近づくということよ。例えば \(f(x) = e^{-x^2}\) は遠方で急速にゼロに近づくから \(L^2\) に入る。一方 \(f(x) = \sin x\) は遠方でも振動し続ける。\(|\sin x|^2 = \sin^2 x\) は 0 以上 1 以下の値を取り続けるから、積分区間を広げるほど面積が際限なく積み上がっていくの。もう少し定量的に見ると、2 倍角の公式から導かれる \(\sin^2 x = (1 - \cos 2x)/2\) を使えば \(\int_0^{2\pi} \sin^2 x\, dx = \pi\) だから、1 周期あたり \(\pi\) の面積が加わる。この寄与がどこまでも繰り返されるから、\(\int_{-\infty}^{\infty} |\sin x|^2\, dx = \infty\) となり、\(L^2\) に入らないの。関数の足し算 \((f+g)(x) = f(x) + g(x)\) と定数倍 \((cf)(x) = c\,f(x)\) で 8 つの公理を満たすの。特に「足し算で閉じていること」——つまり \(f, g \in L^2\) なら \(f + g \in L^2\) であること——を確認しておくわね。

鍵になるのは次の不等式よ:

\[|f+g|^2 \leq 2(|f|^2 + |g|^2)\]

導出を 3 ステップで見せるわ。

Step 1(三角不等式): 各点 \(x\) での関数値 \(f(x)\)\(g(x)\) は複素数だから、複素数の三角不等式 \(|f(x)+g(x)| \leq |f(x)| + |g(x)|\) が成り立つの。これは「2 つの複素数を矢印として足すとき、回り道の長さ \(|f(x)| + |g(x)|\) は直行の長さ \(|f(x)+g(x)|\) 以上になる」という幾何学的性質よ。以下では各点 \(x\) での不等式であることを省略して \(|f+g| \leq |f| + |g|\) と書くわね。

Step 2(2 乗する): 両辺を 2 乗すると \(|f+g|^2 \leq (|f|+|g|)^2 = |f|^2 + 2|f||g| + |g|^2\)

Step 3(交差項を評価する): \(2|f||g| \leq |f|^2 + |g|^2\) を使うの。これは \((|f|-|g|)^2 \geq 0\) を展開すれば \(|f|^2 - 2|f||g| + |g|^2 \geq 0\) だから直ちに出るわ。

⚪ メイ: \((|f|-|g|)^2 \geq 0\) を開くだけで交差項の評価が出るのね。シンプル。

🟡 リナ: Step 2 と Step 3 を合わせると \(|f+g|^2 \leq 2(|f|^2 + |g|^2)\) が得られる。両辺を積分すれば

\[\int|f+g|^2\,dx \leq 2\left(\int|f|^2\,dx + \int|g|^2\,dx\right) < \infty\]

となり、\(f+g \in L^2\) が示されるわ。これが波動関数の住む空間よ。

🔵 カイ: 関数がベクトル!?

🟡 リナ: そう。「足し算」と「定数倍」ができて公理を満たすから、立派なベクトル空間。ただし、\(\mathbb{C}^N\)有限次元\(L^2\)無限次元 という大きな違いがある。この Appendix では主に有限次元で話を進めて、最後に無限次元で何が変わるかをまとめるわ。

✅ 理解度チェック: 関数の集合 \(L^2\) がベクトル空間とみなせるのはなぜでしょうか?

答え

関数の足し算 \((f+g)(x) = f(x) + g(x)\) と定数倍 \((cf)(x) = c\,f(x)\) が定義でき、ベクトル空間の 8 つの公理を満たすから。矢印や数の組だけでなく、関数も「足し算」と「定数倍」ができればベクトルとして扱える。

✅ 理解度チェック: 「ベクトル空間」の定義で最も本質的な 2 つの演算は何でしょうか?

答え

足し算(ベクトル同士の加法)とスカラー倍(ベクトルの定数倍)。この 2 つの演算が閉じていて、8 つの公理を満たす集合がベクトル空間。


次元と基底

🟡 リナ: ベクトル空間の中で、線形独立なベクトルの最大個数を次元と呼ぶの。

🔵 カイ: 線形独立って何でしたっけ。

🟡 リナ: ベクトル \(\mathbf{v}_1, \mathbf{v}_2, \ldots, \mathbf{v}_n\)線形独立であるとは、

\[c_1 \mathbf{v}_1 + c_2 \mathbf{v}_2 + \cdots + c_n \mathbf{v}_n = \mathbf{0} \tag{B.4}\]

を満たすスカラーの組が \(c_1 = c_2 = \cdots = c_n = 0\) しかないこと。つまり「どのベクトルも、他のベクトルの線形結合では作れない」ということよ。逆に、一つでも他のベクトルの組み合わせで作れてしまう場合は「線形従属」と呼ぶわ。

⚪ メイ: 線形独立は「どれも余分じゃない」、線形従属は「どれか一つが他で代用できる」ということね。

🟡 リナ: その通り。\(N\) 次元のベクトル空間では、線形独立な \(N\) 個のベクトルの組 \(\{\mathbf{e}_1, \mathbf{e}_2, \ldots, \mathbf{e}_N\}\) を選ぶと、空間の任意のベクトル \(\mathbf{v}\)

\[\mathbf{v} = \sum_{k=1}^{N} v_k \,\mathbf{e}_k \tag{B.5}\]

と一意に書ける。この \(\{\mathbf{e}_k\}\)基底\(v_k\)成分(展開係数)と呼ぶわ。

✅ 理解度チェック: 「線形独立」とはどういう意味でしょうか?

答え

ベクトルの組 \(\mathbf{v}_1, \ldots, \mathbf{v}_n\) が線形独立であるとは、\(c_1 \mathbf{v}_1 + \cdots + c_n \mathbf{v}_n = \mathbf{0}\) を満たすスカラーの組が \(c_1 = c_2 = \cdots = c_n = 0\) しかないこと。つまり、どのベクトルも他のベクトルの線形結合では作れない。

📝 練習問題:


B.2 内積——ベクトルの「長さ」と「角度」を複素数の世界で定義する

🟡 リナ: ベクトル空間だけでは「長さ」や「直交」の概念がない。これらを定義するために内積を導入するわ。

🟡 リナ: ここから、量子力学で標準的に使われる Dirac (ディラック) 記法を導入するわ。なぜ新しい記法が必要かというと、この先「ベクトル」「内積」「演算子の作用」を頻繁に書くけれど、\(\mathbf{v}\)\(\mathbf{v} \cdot \mathbf{w}\) という書き方だと、複素共役がどこにかかるか・演算子がどちら側に作用するかが見えにくいの。Dirac 記法はそれを一目で分かるようにしてくれる便利な「速記法」よ。

🔵 カイ: なるほど、複素共役の位置が書き方で分かるようになるんですね。

🟡 リナ: ベクトルを \(|\psi\rangle\) と書いてケット (ket) と呼ぶの。\(\psi\) の部分はベクトルを区別するためのラベル(名前)で、\(|v\rangle\) でも \(|\alpha\rangle\) でも何でもいい——B.1 で \(\mathbf{v}\) と書いていたものと同じベクトルの別の書き方よ。ここからは太字の \(\mathbf{v}\) ではなく、この Dirac 記法 \(|\psi\rangle\) を標準的に使っていくわ。そして、内積を計算するために「左側に置く相棒」を \(\langle\psi|\) と書いてブラ (bra) と呼ぶ。\(\mathbb{C}^N\) の場合で言えば、ケットが縦ベクトル \(\begin{pmatrix} z_1 \\ \vdots \\ z_N \end{pmatrix}\) なら、対応するブラは各成分の複素共役を横に並べた行ベクトル \(\begin{pmatrix} z_1^* & \cdots & z_N^* \end{pmatrix}\) よ。つまり「ケット → ブラ」の変換は「縦ベクトルを横に倒して、各成分の複素共役をとる」操作なの。ブラとケットを並べた \(\langle\psi|\psi'\rangle\) が内積を表すの——bracket(括弧)を bra-c-ket と分けた命名ね。

🔵 カイ: じゃあ、B.1 で \(\mathbf{v}\) って書いてたのを \(|v\rangle\) って書き直すだけですか? あと、\(\langle\psi|\)\(|\psi'\rangle\) をくっつけて \(\langle\psi|\psi'\rangle\) にすると bracket(括弧)になる——だから bra-ket なんですね。左側に複素共役が入ることが記法自体に組み込まれてるから、書き間違えにくいってことですか。

🟡 リナ: その通り。では内積の定義に入るわ。2 つのベクトル \(|\psi\rangle\)\(|\psi'\rangle\) に対して、複素数を一つ対応させる規則 \(\langle\psi|\psi'\rangle\)内積と呼ぶ。ただし次の 3 つの性質を満たす必要があるの。

(1) 正定値性(非負性):

\[\langle\psi|\psi\rangle \geq 0 \quad \text{(等号は } |\psi\rangle = \mathbf{0} \text{ のときのみ)} \tag{B.6}\]

(2) エルミート性(共役対称性):

\[\langle\psi'|\psi\rangle = \langle\psi|\psi'\rangle^* \tag{B.7}\]

(3) 第 2 引数に関する線形性:

\[\langle\psi|\bigl(c_1|\psi_1\rangle + c_2|\psi_2\rangle\bigr) = c_1\langle\psi|\psi_1\rangle + c_2\langle\psi|\psi_2\rangle \tag{B.8}\]

🔵 カイ: (1) の「正定値性」って、要するに「自分自身との内積は必ず 0 以上で、ゼロになるのはベクトル自体がゼロのときだけ」ってことですか?

🟡 リナ: その通り。「長さの 2 乗」が負になったら困るでしょう? だから内積には「自分自身と内積をとったら必ず 0 以上」という条件を課すの。そして (2) の「エルミート性」——

🔵 カイ: (2) は、左右を入れ替えると複素共役になるってことですか?

🟡 リナ: そう。実数のベクトルなら \(\mathbf{a} \cdot \mathbf{b} = \mathbf{b} \cdot \mathbf{a}\) で入れ替えても同じだけど、複素数の世界では入れ替えると複素共役がつく。これが実空間と複素空間の決定的な違いよ。

🔵 カイ: あれ、(2) と (3) を組み合わせたら、左側(第 1 引数)に定数がかかってるときはどうなるんですか?

🟡 リナ: いい質問。導出してみましょう。\(\langle c\psi|\phi\rangle\) を考えるわ。まず (2) のエルミート性で左右を入れ替えると

\[\langle c\psi|\phi\rangle = \langle\phi|c\psi\rangle^*\]

次に (3) の第 2 引数の線形性を使うと \(\langle\phi|c\psi\rangle = c\langle\phi|\psi\rangle\) だから

\[\langle c\psi|\phi\rangle = \bigl(c\langle\phi|\psi\rangle\bigr)^* = c^*\langle\phi|\psi\rangle^* = c^*\langle\psi|\phi\rangle\]

最後のステップでもう一度 (2) を使ったわ。つまり第 1 引数に関しては反線形——定数を外に出すと複素共役がつくの。2 項の線形結合でも同じ論理が使えるわ。\(\langle c_1\psi_1 + c_2\psi_2|\psi\rangle\) を考えると、まずエルミート性 (B.7) で左右を入れ替えて \(\langle\psi|c_1\psi_1 + c_2\psi_2\rangle^*\) とし、第 2 引数の線形性 (B.8) で \(\bigl(c_1\langle\psi|\psi_1\rangle + c_2\langle\psi|\psi_2\rangle\bigr)^*\) とし、各項の複素共役をとれば

\[\langle c_1\psi_1 + c_2\psi_2|\psi\rangle = c_1^*\langle\psi_1|\psi\rangle + c_2^*\langle\psi_2|\psi\rangle \tag{B.8a}\]

が得られるわ。各項で \(\langle c_i\psi_i|\psi\rangle = c_i^*\langle\psi_i|\psi\rangle\) を使っただけよ。これは量子力学の計算で何度も使うから、しっかり覚えておいて。

⚪ メイ: 右側は素直に定数が出てくるけど、左側は複素共役がつく——左右で扱いが非対称なのね。

✅ 理解度チェック: 内積の第 1 引数(ブラ側)にスカラー \(c\) がかかっているとき、内積の外に出すとどうなるでしょうか?

答え

複素共役 \(c^*\) がつく。すなわち \(\langle c\psi|\phi\rangle = c^*\langle\psi|\phi\rangle\)。これは内積の第 1 引数に関する「反線形性」と呼ばれ、第 2 引数の線形性(\(c\) がそのまま出る)とは非対称である。


具体例:\(\mathbb{C}^N\) の内積

🟡 リナ: \(\mathbb{C}^N\) の場合、内積は自然に定義できるわ。2 つのベクトル

\[|\psi\rangle = \begin{pmatrix} z_1 \\ z_2 \\ \vdots \\ z_N \end{pmatrix}, \quad |\psi'\rangle = \begin{pmatrix} z'_1 \\ z'_2 \\ \vdots \\ z'_N \end{pmatrix}\]

に対して、

\[\langle\psi|\psi'\rangle = \sum_{k=1}^{N} z_k^* z'_k \tag{B.9}\]

🔵 カイ: 高校のベクトルの内積 \(\mathbf{a} \cdot \mathbf{b} = a_1 b_1 + a_2 b_2 + \cdots\) と似てるけど、左側に複素共役 \(z_k^*\) がつくんですね。

🟡 リナ: そう。実数なら \(z_k^* = z_k\) だから高校の内積と一致する。複素数に拡張したときに複素共役が必要になるのは、\(\langle\psi|\psi\rangle \geq 0\) を保証するためよ。

\[\langle\psi|\psi\rangle = \sum_{k=1}^{N} z_k^* z_k = \sum_{k=1}^{N} |z_k|^2 \geq 0 \tag{B.10}\]

各項 \(|z_k|^2\) が非負だから、和も非負。もし複素共役をつけなかったら、\(z_k^2\) は負にも虚数にもなりうるから「長さの 2 乗」として使えない。


ノルム・直交・規格化

🟡 リナ: 内積が定義できると、3 つの重要な概念が自動的に手に入るわ。

ノルム(長さ):

\[\| |\psi\rangle \| = \sqrt{\langle\psi|\psi\rangle} \tag{B.11}\]

直交:

\[\langle\psi|\psi'\rangle = 0 \quad \Longleftrightarrow \quad |\psi\rangle \text{ と } |\psi'\rangle \text{ は直交する} \tag{B.12}\]

規格化:

\[\langle\psi|\psi\rangle = 1 \quad \Longleftrightarrow \quad |\psi\rangle \text{ は規格化されている} \tag{B.13}\]

🔵 カイ: 高校で「単位ベクトル」って呼んでたやつが「規格化されたベクトル」ってことですか。

🟡 リナ: まさにそう。任意のゼロでないベクトル \(|\psi\rangle\) は、

\[\frac{|\psi\rangle}{\sqrt{\langle\psi|\psi\rangle}} \tag{B.14}\]

で割れば規格化できる。

🟡 リナ: そしてもう一つ重要な不等式がある。Schwarz (シュワルツ) の不等式

\[|\langle\psi|\psi'\rangle|^2 \leq \langle\psi|\psi\rangle \cdot \langle\psi'|\psi'\rangle \tag{B.15}\]

高校で習った Cauchy–Schwarz の不等式の複素版ね。等号が成り立つのは \(|\psi\rangle\)\(|\psi'\rangle\) が平行(一方が他方の定数倍)のときだけ。

✅ 理解度チェック: 内積の定義で、第 1 引数に複素共役がつく理由は何でしょうか?

答え

\(\langle\psi|\psi\rangle = \sum_k |z_k|^2 \geq 0\) を保証するため。複素共役をつけないと \(\langle\psi|\psi\rangle\) が負や虚数になりうるので、「長さの 2 乗」として意味をなさない。

📝 練習問題:


B.3 正規直交基底と完全性関係——任意のベクトルを「成分分解」する

🟡 リナ: 基底の中でも特に便利なのが、正規直交基底 (orthonormal basis) よ。

🟡 リナ: 基底 \(\{|e_1\rangle, |e_2\rangle, \ldots, |e_N\rangle\}\)正規直交であるとは、

\[\langle e_j | e_k \rangle = \delta_{jk} \tag{B.16}\]

を満たすこと。ここで \(\delta_{jk}\) は Kronecker (クロネッカー) のデルタ:

\[\delta_{jk} = \begin{cases} 1 & (j = k) \\ 0 & (j \neq k) \end{cases} \tag{B.17}\]

🔵 カイ: つまり「長さ 1 で、互いに直交している」基底ですね。

🟡 リナ: その通り。正規直交基底を使うと、成分の計算がとても簡単になるの。任意のベクトル \(|\psi\rangle\) を展開すると

\[|\psi\rangle = \sum_{k=1}^{N} c_k |e_k\rangle \tag{B.18}\]

展開係数 \(c_k\) は、両辺に左から \(\langle e_j|\) をかけるだけで求まる:

\[\langle e_j|\psi\rangle = \sum_{k=1}^{N} c_k \langle e_j|e_k\rangle = \sum_{k=1}^{N} c_k \,\delta_{jk} = c_j \tag{B.19}\]

⚪ メイ: 正規直交性のおかげで、和の中の \(k = j\) の項だけが生き残るのね。

🟡 リナ: そう。だから

\[|\psi\rangle = \sum_{k=1}^{N} |e_k\rangle \langle e_k|\psi\rangle = \left(\sum_{k=1}^{N} |e_k\rangle\langle e_k|\right) |\psi\rangle \tag{B.20}\]

これが任意の \(|\psi\rangle\) に対して成り立つから、括弧の中身は恒等演算子 \(\hat{1}\) に等しい:

\[\sum_{k=1}^{N} |e_k\rangle\langle e_k| = \hat{1} \tag{B.21}\]

🔵 カイ: おお、任意のベクトルで成り立つから \(\hat{1}\) になるんですね。

🟡 リナ: これを完全性関係 (completeness relation) と呼ぶわ。量子力学で最も頻繁に使う恒等式の一つよ。「任意のベクトルを正規直交基底で展開できる」ことの数学的表現なの。

🔵 カイ: \(|e_k\rangle\langle e_k|\) って、ケットとブラを並べたものですよね。これは何ですか?

🟡 リナ: いい質問。\(|e_k\rangle\langle e_k|\)射影演算子 (projection operator) と呼ばれるもので、ベクトルを \(|e_k\rangle\) 方向に「射影」する演算子よ。詳しくは次の節で扱うけれど、今は「完全性関係は \(\hat{1}\) を射影演算子の和に分解したもの」と覚えておいて。

✅ 理解度チェック: 正規直交基底を使うと、ベクトル \(|\psi\rangle\) の展開係数 \(c_j\) はどのように求められるでしょうか?

答え

\(c_j = \langle e_j|\psi\rangle\)。正規直交性 \(\langle e_j|e_k\rangle = \delta_{jk}\) のおかげで、\(|\psi\rangle = \sum_k c_k |e_k\rangle\) の両辺に左から \(\langle e_j|\) をかけるだけで \(c_j\) が取り出せる。


Gram–Schmidt の直交化法

🟡 リナ: 与えられた基底が正規直交でない場合でも、Gram–Schmidt (グラム・シュミット) の直交化法で正規直交基底に変換できるわ。手順はこうよ。

線形独立なベクトル \(\{|v_1\rangle, |v_2\rangle, \ldots, |v_N\rangle\}\) から正規直交系 \(\{|e_1\rangle, |e_2\rangle, \ldots, |e_N\rangle\}\) を作る:

Step 1: \(|v_1\rangle\) を規格化する。

\[|e_1\rangle = \frac{|v_1\rangle}{\||v_1\rangle\|} \tag{B.22}\]

Step 2: \(|v_2\rangle\) から \(|e_1\rangle\) 方向の成分を引いて、規格化する。

\[|w_2\rangle = |v_2\rangle - \langle e_1|v_2\rangle\, |e_1\rangle, \qquad |e_2\rangle = \frac{|w_2\rangle}{\||w_2\rangle\|} \tag{B.23}\]

Step \(k\): \(|v_k\rangle\) から、すでに作った \(|e_1\rangle, \ldots, |e_{k-1}\rangle\) 方向の成分を全部引いて、規格化する。

\[|w_k\rangle = |v_k\rangle - \sum_{j=1}^{k-1} \langle e_j|v_k\rangle\, |e_j\rangle, \qquad |e_k\rangle = \frac{|w_k\rangle}{\||w_k\rangle\|} \tag{B.24}\]

🔵 カイ: 毎回「今までに作った正規直交ベクトルへの射影を引く」ってことですね。でも、\(|w_k\rangle\) がゼロベクトルになっちゃうことはないんですか?

🟡 リナ: いい質問。\(|w_k\rangle = \mathbf{0}\) になるのは、\(|v_k\rangle\) がそれ以前のベクトル \(|v_1\rangle, \ldots, |v_{k-1}\rangle\) の線形結合で書ける場合——つまり元のベクトルの組が線形独立でない場合よ。線形独立な組から出発すれば、各ステップで \(|w_k\rangle \neq \mathbf{0}\) が保証されるの。

⚪ メイ: こうすれば、各ステップで新しいベクトルは前のベクトル全部と直交するし、最後に規格化するからノルムも 1 になる。

✅ 理解度チェック: 完全性関係 \(\sum_k |e_k\rangle\langle e_k| = \hat{1}\) の物理的な意味は何でしょうか?

答え

正規直交基底 \(\{|e_k\rangle\}\) が空間全体を「張って」おり、任意のベクトルをこの基底で完全に展開できるということ。展開に「漏れ」がない。

📝 練習問題:


B.4 線形演算子と行列表現——ベクトルを別のベクトルに変換する

🟡 リナ: 次は線形演算子 (linear operator) よ。ベクトルを入力して、別のベクトルを出力する「変換の規則」のこと。

🟡 リナ: 演算子 \(\hat{A}\)線形であるとは、任意のベクトル \(|\psi_1\rangle, |\psi_2\rangle\) と複素数 \(c_1, c_2\) に対して

\[\hat{A}\bigl(c_1|\psi_1\rangle + c_2|\psi_2\rangle\bigr) = c_1\,\hat{A}|\psi_1\rangle + c_2\,\hat{A}|\psi_2\rangle \tag{B.25}\]

が成り立つこと。「入力の線形結合を、出力の線形結合に変える」——これが線形性の意味ね。

🔵 カイ: 「帽子」をつけて \(\hat{A}\) と書くのは、ベクトルと区別するためですか?

🟡 リナ: そう。ベクトルは \(|\psi\rangle\)、演算子は \(\hat{A}\)。ただし文脈で明らかなときは帽子を省略することもあるわ。


行列表現

🟡 リナ: 正規直交基底 \(\{|e_1\rangle, \ldots, |e_N\rangle\}\) を選ぶと、線形演算子 \(\hat{A}\)\(N \times N\)行列で表現できるの。

\(\hat{A}\)行列要素 (matrix element) を

\[A_{jk} = \langle e_j|\hat{A}|e_k\rangle \tag{B.26}\]

と定義する。すると \(\hat{A}\) は行列

\[\hat{A} \doteq \begin{pmatrix} A_{11} & A_{12} & \cdots & A_{1N} \\ A_{21} & A_{22} & \cdots & A_{2N} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ A_{N1} & A_{N2} & \cdots & A_{NN} \end{pmatrix} \tag{B.27}\]

で表される。記号 \(\doteq\) は「この基底での行列表現である」という意味で使うわ。普通の等号 \(=\) ではなく \(\doteq\) を使うのは、同じ演算子でも基底を変えれば行列の数値が変わるから——「演算子そのもの」と「ある基底を選んだときの行列表現」は別物なの。教科書によっては \(=\)\(\leftrightarrow\) を使うこともあるけれど、この本では \(\doteq\) で統一するわね。

🔵 カイ: \(\doteq\) って初めて見ました。つまり「基底を決めたらこの行列になる」という意味の等号なんですね。じゃあ基底を変えたら行列も変わるんですか?

🟡 リナ: 変わるわ。例えば高校で習った xyz 座標を 45° 回転させたら、同じベクトルでも成分の数値は変わるでしょう? それと同じで、基底を変えると行列の数値も変わるの。

🔵 カイ: あ、地図の投影法みたいなものですか? メルカトル図法とモルワイデ図法で大陸の形は違って見えるけど、地球自体は変わらない。

🟡 リナ: まさにそう。演算子そのものは基底に依存しない抽象的な存在——行列はあくまで「ある基底での表現」にすぎないの。具体的にどう変わるかは B.7 で「ユニタリ変換」として扱うわ。この \(\doteq\) は本編でも行列表現を書くときに使うから、覚えておいてね。

⚪ メイ: つまり、行列の見た目は基底次第で変わるけれど、演算子という抽象的な存在自体は一つしかないのね。

✅ 理解度チェック: 線形演算子の「行列表現」と「演算子そのもの」の関係はどのようなものでしょうか?

答え

行列表現はある正規直交基底を選んだときの演算子の「表現」であり、基底を変えれば行列も変わる。しかし演算子そのものは基底に依存しない抽象的な存在である。座標系を変えてもベクトル自体が変わらないのと同じ。


演算子の積と交換関係

🟡 リナ: 2 つの演算子 \(\hat{A}\)\(\hat{B}\) \(\hat{A}\hat{B}\) は、「まず \(\hat{B}\) を作用させ、次に \(\hat{A}\) を作用させる」という意味。行列表現では行列の積に対応するわ。

🔵 カイ: 行列の積ってどう計算するんですか?

🟡 リナ: まず具体的な数値で感覚をつかみましょう。\(A = \begin{pmatrix} 1 & 2 \\ 0 & 3 \end{pmatrix}\)\(B = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 1 & 1 \end{pmatrix}\) のとき、\(AB\) の各成分を順に計算してみるわね。ルールは「結果の \((j, k)\) 成分は、左の行列の第 \(j\) 行と右の行列の第 \(k\) 列を成分ごとに掛けて足し合わせたもの」よ。例えば左上の成分は、\(A\) の第 1 行 \((1, 2)\)\(B\) の第 1 列 \(\begin{pmatrix} 1 \\ 1 \end{pmatrix}\) の内積で \(1 \cdot 1 + 2 \cdot 1 = 3\)\((1,2)\) 成分は \(A\) の第 1 行 \((1, 2)\)\(B\) の第 2 列 \(\begin{pmatrix} 0 \\ 1 \end{pmatrix}\) の内積で \(1 \cdot 0 + 2 \cdot 1 = 2\)

🔵 カイ: あ、パターンが見えてきました。\((2,1)\)\(A\) の第 2 行 \((0, 3)\)\(B\) の第 1 列 \(\begin{pmatrix} 1 \\ 1 \end{pmatrix}\)\(0 \cdot 1 + 3 \cdot 1 = 3\)\((2,2)\)\(A\) の第 2 行と \(B\) の第 2 列で \(0 \cdot 0 + 3 \cdot 1 = 3\) ですね。だから \(AB = \begin{pmatrix} 3 & 2 \\ 3 & 3 \end{pmatrix}\)

🟡 リナ: その通り。一般の \(2 \times 2\) の場合は \(\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\begin{pmatrix} e & f \\ g & h \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} ae+bg & af+bh \\ ce+dg & cf+dh \end{pmatrix}\) で、\(N \times N\) 行列 \(A\)\(B\) の積なら \((j, k)\) 成分は \(\sum_{l=1}^N A_{jl} B_{lk}\) よ。

🔵 カイ: なるほど、行と列の内積を全部の位置で計算するんですね。でも、なんでこんな規則になるんですか? 天下りに見えるんですけど。

🟡 リナ: いい質問ね。実はこの規則は天下りではなく、「演算子の積」という抽象的な概念を行列で表現したら自然に出てくるの。考えてみて——演算子 \(\hat{A}\hat{B}\) は「まず \(\hat{B}\) を作用させ、次に \(\hat{A}\) を作用させる」という操作よね。この操作を行列要素 \(\langle e_j|\hat{A}\hat{B}|e_k\rangle\) として計算したい。でも \(\hat{A}\)\(\hat{B}\) が直接くっついていると分解できない。そこで、B.3 で導入した完全性関係を使うの。\(\hat{A}\)\(\hat{B}\) の間に \(\hat{1} = \sum_l |e_l\rangle\langle e_l|\) を挿入するわ。\(\hat{1}\) は恒等演算子——つまり何に作用させても変えない演算子——だから、\(\hat{A}\hat{B} = \hat{A}\,\hat{1}\,\hat{B}\) よ。数の世界で \(a \times 1 \times b = ab\) なのと同じね。「間に 1 を挟んでも値は変わらないけれど、\(\hat{1}\)\(\sum_l |e_l\rangle\langle e_l|\) に書き換えることで和に分解できる」——これが完全性関係を挿入するテクニックの本質よ。では実際にやってみるわ:

\[(\hat{A}\hat{B})_{jk} = \langle e_j|\hat{A}\hat{B}|e_k\rangle = \langle e_j|\hat{A}\,\hat{1}\,\hat{B}|e_k\rangle = \sum_{l=1}^{N} \langle e_j|\hat{A}|e_l\rangle\langle e_l|\hat{B}|e_k\rangle = \sum_{l=1}^{N} A_{jl}\, B_{lk} \tag{B.28}\]

これがまさに「第 \(j\) 行と第 \(k\) 列の内積」の一般形よ。つまり行列の積の規則は、完全性関係から自然に導かれるのよ。

🔵 カイ: あ、行列の積の規則って天下りじゃなくて、完全性関係から出てくるんですね! 間に挟んだ \(|e_l\rangle\) を全部足し上げることで「行と列の内積」が自然に現れる……。でもちょっと待ってください。もし基底が空間全体を張っていなかったら——つまり完全性関係が成り立たなかったら——間に挟む \(\hat{1}\) が本当の恒等演算子にならないから、この導出自体が崩れますよね?

🟡 リナ: 鋭いわね。その通りよ。完全性関係は「基底が空間を尽くしている」ことの表現だから、それが崩れると間に挟む \(\hat{1}\) が本当の恒等演算子にならない。だから正規直交完全系を使うことが大前提なの。

⚪ メイ: つまり、\(\hat{1}\) を挟んでも値は変わらないけれど、\(\sum_l |e_l\rangle\langle e_l|\) に書き換えることで和に分解できる——だから行列の積の規則が自然に出てくるのね。

🔵 カイ: ところで、\(\hat{A}\hat{B}\)\(\hat{B}\hat{A}\) って同じ結果になるんですか? 数の掛け算なら \(3 \times 5 = 5 \times 3\) ですけど、行列だと順番が違うと「通り道」が変わりそうな気がして。

🟡 リナ: いい質問。一般に \(\hat{A}\hat{B} \neq \hat{B}\hat{A}\) なの。演算子の積は順序が大事。この「順序の違い」を定量化するのが交換子 (commutator):

\[[\hat{A}, \hat{B}] \equiv \hat{A}\hat{B} - \hat{B}\hat{A} \tag{B.29}\]

\([\hat{A}, \hat{B}] = 0\) のとき「\(\hat{A}\)\(\hat{B}\) は交換する (commute)」と言うわ。

🔵 カイ: 数の掛け算は \(ab = ba\) で順序を変えていいけど、行列や演算子はそうとは限らないんですね。でも、交換しないことが物理的に何を意味するのかはまだピンと来ないです。

🟡 リナ: いい感覚ね。実は量子力学では、交換しない演算子の組が本質的な役割を果たすの。「2 つの物理量を同時に正確に測れない」という不確定性原理が、まさに交換関係から導かれるのよ(第 8 章で詳しくやるわ)。

✅ 理解度チェック: 2 つの演算子 \(\hat{A}, \hat{B}\) が「交換する」とはどういうことでしょうか?

答え

\([\hat{A}, \hat{B}] = \hat{A}\hat{B} - \hat{B}\hat{A} = 0\)、すなわち作用させる順序を入れ替えても結果が変わらないこと。


エルミート共役(随伴演算子)

🟡 リナ: 演算子には「裏返し」に相当する操作があるの。数の世界で複素共役 \(z \to z^*\) があったように、演算子の世界にも「共役」がある。これがエルミート共役よ。

🟡 リナ: 演算子 \(\hat{A}\) に対して、任意のベクトル \(|\psi\rangle, |\phi\rangle\) について

\[\langle\phi|\hat{A}^\dagger|\psi\rangle = \langle\psi|\hat{A}|\phi\rangle^* \tag{B.30}\]

を満たす演算子 \(\hat{A}^\dagger\) を、\(\hat{A}\)エルミート共役 (Hermitian conjugate) または随伴演算子 (adjoint) と呼ぶわ。言葉で言えば「左に \(\langle\phi|\)、右に \(|\psi\rangle\) を置いて \(\hat{A}^\dagger\) を挟んだ内積」は「左に \(\langle\psi|\)、右に \(|\phi\rangle\) を置いて \(\hat{A}\) を挟んだ内積の複素共役」に等しい——つまり演算子にダガーをつける代わりに、ブラとケットを入れ替えて複素共役をとっても同じ値が得られる、ということよ。

🔵 カイ: ダガー \(\dagger\) をつけると、左右のベクトルが入れ替わって複素共役がつく——内積のエルミート性 (B.7) と似た構造ですね。

🟡 リナ: 行列表現では、エルミート共役は「転置して複素共役をとる」操作に対応する:

\[(\hat{A}^\dagger)_{jk} = A_{kj}^* \tag{B.31}\]

⚪ メイ: 行と列を入れ替えて(転置)、さらに各成分の複素共役をとるのね。

🟡 リナ: エルミート共役の重要な性質をまとめておくわ。

\[(\hat{A}^\dagger)^\dagger = \hat{A} \tag{B.32}\]
\[(c\hat{A})^\dagger = c^*\hat{A}^\dagger \tag{B.33}\]
\[(\hat{A} + \hat{B})^\dagger = \hat{A}^\dagger + \hat{B}^\dagger \tag{B.34}\]
\[(\hat{A}\hat{B})^\dagger = \hat{B}^\dagger \hat{A}^\dagger \tag{B.35}\]

🔵 カイ: 最後の式、順序が逆になるんですね!

🟡 リナ: そう。靴下と靴を履く順序と脱ぐ順序が逆なのと同じ。積のエルミート共役は順序が逆転する。これは非常によく使うから覚えておいて。

✅ 理解度チェック: 演算子の積 \(\hat{A}\hat{B}\) のエルミート共役 \((\hat{A}\hat{B})^\dagger\) はどうなるでしょうか?

答え

\((\hat{A}\hat{B})^\dagger = \hat{B}^\dagger \hat{A}^\dagger\)。積のエルミート共役では順序が逆転する。

📝 練習問題:


B.5 固有値と固有ベクトル——演算子の「特別な方向」を見つける

🟡 リナ: 線形演算子(線形変換)\(\hat{A}\) を作用させると、一般にはベクトルの方向も大きさも変わる。でも特別なベクトルでは、方向が変わらず、大きさだけが固有値 \(a\) 倍される。数式で書くと

\[\hat{A}|a\rangle = a|a\rangle \tag{B.36}\]

このとき \(a\)固有値 (eigenvalue)、\(|a\rangle\)固有ベクトル (eigenvector) と呼ぶわ。図 B.1「線形変換における固有ベクトルの幾何学的意味」 を見て。一般のベクトル \(|v\rangle\)\(\hat{A}\) を作用させると向きも大きさも変わってしまう。でも固有ベクトル \(|a\rangle\) だけは特別で、向きが保たれて大きさだけが \(a\) 倍に変化しているのが分かるわね。

線形変換における固有ベクトルの幾何学的意味

図 B.1: 線形変換における固有ベクトルの幾何学的意味。線形変換 \(\hat{A}\) に対して、一般のベクトル \(|v\rangle\) は向きと大きさの両方が変わる。しかし固有ベクトル \(|a\rangle\) は向きが保たれ、大きさのみ固有値 \(a\) 倍に変化する。

🔵 カイ: 図 B.1「線形変換における固有ベクトルの幾何学的意味」 を見ると、一般のベクトルは向きも大きさも変わっちゃうけど、固有ベクトルだけは向きが保たれて伸び縮みするだけなんですね。でも、固有値 \(a\) が負だったら向きが逆転しますよね? それでも「方向が変わらない」って言っていいんですか?

🟡 リナ: 鋭いわね。正確に言うと、固有値が負なら向きは反転する——でも「同じ直線上にとどまる」という意味で「方向が変わらない」と言っているの。一般のベクトルは全く別の方向に飛ばされるけれど、固有ベクトルは元の直線上に留まる。この「同じ直線上」という性質が本質なのよ。

🟡 リナ: その通り。\(\hat{A}\) をかけると \(a\) 倍されるだけ。量子力学では、固有値が「測定で得られる値」に、固有ベクトルが「測定後の状態」に対応するの(第 12 章で詳しくやるわ)。


固有値の求め方——特性方程式

🟡 リナ: 固有値方程式 (B.36) は

\[(\hat{A} - a\hat{1})|a\rangle = 0 \tag{B.37}\]

と書き直せる。これは \(|a\rangle\) を未知数とする連立一次方程式で、右辺がすべてゼロ——こういうのを同次連立一次方程式と呼ぶの。\(|a\rangle = \mathbf{0}\)(全成分ゼロ)は常に解だけど、固有ベクトルとして意味があるのは \(|a\rangle \neq \mathbf{0}\) の場合よ。

🔵 カイ: ゼロでない解が存在するための条件ってあるんですか?

🟡 リナ: いい質問。ここで重要な定理があるの:同次連立方程式がゼロ以外の解を持つのは、係数行列の行列式がゼロのときに限る。順を追って説明するわね。まず逆行列の概念を導入するわ。数の世界で \(3 \times \frac{1}{3} = 1\) のように「掛けると 1 になる相棒」があるでしょう? この \(\frac{1}{3}\)\(3\) の逆数と呼ぶわね。行列でも同じで、行列 \(M\) に対して \(M^{-1}M = MM^{-1} = \hat{1}\) を満たす行列 \(M^{-1}\) が存在するとき、\(M^{-1}\)\(M\)逆行列 (inverse matrix) と呼ぶの。ここで \(\hat{1}\) は恒等演算子——B.3 の完全性関係で出てきたのと同じもので、行列表現では単位行列 (identity matrix) \(I_N\) と書くこともあるわ。\(2 \times 2\) なら \(\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}\)、一般の \(N \times N\) なら対角成分がすべて 1、それ以外が 0 の行列よ。どんなベクトルに作用させても変えない行列——つまり \(I_N \begin{pmatrix} v_1 \\ \vdots \\ v_N \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} v_1 \\ \vdots \\ v_N \end{pmatrix}\) ね。

🔵 カイ: つまり逆行列は「行列の割り算」みたいなものですか?

🟡 リナ: そう、いいイメージね。逆行列が存在すれば、\(M|a\rangle = \mathbf{0}\) の両辺に左から \(M^{-1}\) をかけて \(|a\rangle = M^{-1}\mathbf{0} = \mathbf{0}\) しか出てこない(なぜ \(M^{-1}\mathbf{0} = \mathbf{0}\) かというと、行列の積の定義 \((AB)_{jk} = \sum_l A_{jl}B_{lk}\) でゼロベクトルの成分はすべて 0 だから、どの行との内積をとっても 0 になるの)。つまり逆行列があると「自明な解しかない」の。

🔵 カイ: じゃあ、ゼロでない固有ベクトルが存在するためには、逆行列が存在しちゃダメってことですね。

🟡 リナ: その通り。そして「逆行列が存在しない」ことを判定するのが行列式 (determinant) よ。先に行列式とは何かを説明するわね。\(2 \times 2\) 行列 \(M = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\)行列式

\[\det\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} = ad - bc\]

と定義される量よ。幾何学的には、\(M\) の 2 つの列ベクトル \(\begin{pmatrix} a \\ c \end{pmatrix}\)\(\begin{pmatrix} b \\ d \end{pmatrix}\) が張る平行四辺形の符号付き面積に等しいの。

🔵 カイ: 面積がゼロってことは、2 つのベクトルが同じ方向を向いてるってことですか?

🟡 リナ: その通り。2 つの列ベクトルが平行——つまり一方が他方の定数倍——ということよ。このとき行列 \(M\) は 2 次元平面のすべてのベクトルを 1 本の直線上に潰してしまう。潰された後では「元がどこにあったか」を復元できないから、逆行列が存在しないの。そして潰される方向——つまり \(M\) をかけるとゼロになる方向——が存在するから、\(M|a\rangle = \mathbf{0}\) にゼロでない解 \(|a\rangle\) が許されるのよ。

⚪ メイ: 「面積ゼロ ⇔ 潰れる ⇔ 逆行列なし」——幾何学的なイメージで全部つながるわね。

🟡 リナ: まとめると、行列式がゼロ ⇔ 逆行列が存在しない ⇔ ゼロでない解が許される。だから固有値方程式 \((\hat{A} - a\hat{1})|a\rangle = 0\) がゼロでない解を持つ条件は

\[\det(\hat{A} - a\hat{1}) = 0 \tag{B.38}\]

よ。

これは高校の幾何で「行列の 2 つの列ベクトル \(\begin{pmatrix} p \\ r \end{pmatrix}\)\(\begin{pmatrix} q \\ s \end{pmatrix}\) が張る平行四辺形の符号付き面積」に対応するの。面積がゼロ= 2 つのベクトルが平行=行列が潰れている、というイメージね。

\(3 \times 3\) の場合は少し長くなるけれど、第 1 行に沿って展開する方法を説明するわ。\(2 \times 2\) の行列式が「2 つの列ベクトルが張る平行四辺形の面積」だったのと同様に、\(3 \times 3\) の行列式は「3 つの列ベクトルが張る平行六面体の体積」に対応するの。体積がゼロなら 3 つのベクトルが同一平面上にある——つまり行列が 3 次元空間を 2 次元に潰してしまう——から、\(2 \times 2\) のときと同じ論理で逆行列が存在しないわ。計算方法としては、第 1 行の各成分 \(a, b, c\) について、「その成分が属する行と列を除いた \(2 \times 2\) 部分行列の行列式」を計算し、\(+, -, +\) の交互の符号で掛けて足し合わせるの。具体的に書くと:

  • \(a\) の寄与:\(a\) の行(第 1 行)と列(第 1 列)を隠すと \(\begin{pmatrix} e & f \\ h & i \end{pmatrix}\) が残る → \(+a(ei - fh)\)
  • \(b\) の寄与:\(b\) の行(第 1 行)と列(第 2 列)を隠すと \(\begin{pmatrix} d & f \\ g & i \end{pmatrix}\) が残る → \(-b(di - fg)\)
  • \(c\) の寄与:\(c\) の行(第 1 行)と列(第 3 列)を隠すと \(\begin{pmatrix} d & e \\ g & h \end{pmatrix}\) が残る → \(+c(dh - eg)\)

まとめると

\[\det\begin{pmatrix} a & b & c \\ d & e & f \\ g & h & i \end{pmatrix} = +a(ei - fh) - b(di - fg) + c(dh - eg)\]

符号が \(+, -, +\) と交互になるのは、\((j,k)\) 成分の符号が \((-1)^{j+k}\) で決まるからよ(第 1 行なら \((-1)^{1+1} = +\)\((-1)^{1+2} = -\)\((-1)^{1+3} = +\))。この手順を余因子展開 (cofactor expansion) と呼ぶわ(「一般相対論」編 の付録 A でも登場したわね)。この本で扱う範囲では \(2 \times 2\)\(3 \times 3\) が計算できれば十分よ。

🟡 リナ: この (B.38) を特性方程式 (characteristic equation) と呼ぶわ。

🔵 カイ: えっと、行列式がゼロじゃないとダメな理由は……行列式がゼロでなければ逆行列が存在して、\(|a\rangle = (\hat{A} - a\hat{1})^{-1} \mathbf{0} = \mathbf{0}\) しか出てこないから、ですか? でも、行列式がゼロになるような \(a\) の値って、いつも見つかるんですか?

🟡 リナ: 前半はその通り。逆行列が存在すると方程式の解が \(\mathbf{0}\) に限定されてしまう。だから「ゼロでない固有ベクトルが存在する」ためには、逆行列が存在しない——つまり行列式がゼロ——でなければならないの。後半の質問もいい質問ね。\(N \times N\) 行列なら \(\det(\hat{A} - a\hat{1}) = 0\)\(a\)\(N\) 次方程式になるから、複素数の範囲では必ず \(N\) 個の解(固有値)が存在するの。これは代数学の基本定理と呼ばれる数学の定理の帰結よ——高校で「2 次方程式は判別式が負でも複素数の範囲なら必ず 2 つの解を持つ」と習ったでしょう? それを \(N\) 次に一般化したもので、証明は高度だけれど結論だけ使えば十分。つまり「\(N \times N\) 行列には重複を込めて必ず \(N\) 個の固有値がある」と覚えておいて。


具体例:Pauli (パウリ) 行列 \(\sigma_z\)

🟡 リナ: 2 次元の具体例で練習しましょう。第 5 章第 17 章で登場する Pauli 行列の一つ

\[\hat{\sigma}_z \doteq \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} \tag{B.39}\]

の固有値と固有ベクトルを求めてみて。

🔵 カイ: 特性方程式は

\[\det\begin{pmatrix} 1 - a & 0 \\ 0 & -1 - a \end{pmatrix} = (1-a)(-1-a) = 0\]

だから \(a = +1\)\(a = -1\) ですね。

🔵 カイ: \(a = +1\) のとき \((\hat{\sigma}_z - \hat{1})|a\rangle = 0\) を解くと

\[\begin{pmatrix} 0 & 0 \\ 0 & -2 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \end{pmatrix}\]

だから \(\eta = 0\)。規格化すると \(|+\rangle = \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix}\) ですね。\(a = -1\) も同じようにやると……\(\begin{pmatrix} 2 & 0 \\ 0 & 0 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} \xi \\ \eta \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 0 \\ 0 \end{pmatrix}\) だから \(\xi = 0\)\(|-\rangle = \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \end{pmatrix}\) ですね。

🔵 カイ: あ、2 つの固有ベクトルの内積を計算すると \(\langle +|-\rangle = 1 \cdot 0 + 0 \cdot 1 = 0\) で直交してる。異なる固有値の固有ベクトルって、いつも直交するんですか?

🟡 リナ: いい観察ね。実は、エルミート行列の場合は必ず直交することが証明できるの。次の節で証明するわ。そしてこの \(|+\rangle\)\(|-\rangle\) はスピン 1/2 の「上向き」「下向き」状態に対応するの。

🔵 カイ: エルミートじゃない行列だと直交しないこともあるんですか?

🟡 リナ: あるわ。エルミートでない行列では固有値が複素数になることもあるし、固有ベクトルが直交する保証もない。だからこそ「エルミートである」という条件が物理的に重要なのよ。次の節で詳しく見ていきましょう。

✅ 理解度チェック: \(N \times N\) 行列の固有値は最大いくつあるでしょうか?

答え

重複を込めて \(N\) 個。特性方程式が \(a\)\(N\) 次方程式だから。


B.6 エルミート行列——測定値が実数になる理由

🟡 リナ: 量子力学で最も重要な行列のクラスがエルミート行列 (Hermitian matrix) よ。

🟡 リナ: 演算子 \(\hat{A}\)エルミート(または自己共役)であるとは、

\[\hat{A}^\dagger = \hat{A} \tag{B.40}\]

つまり、エルミート共役をとっても自分自身に戻る演算子のこと。行列要素で言えば

\[A_{jk}^* = A_{kj} \tag{B.41}\]

対角成分は実数、非対角成分は互いに複素共役になるわ。

🔵 カイ: なぜエルミート行列が量子力学で大事なんですか?

🟡 リナ: 2 つの決定的な理由があるの。


定理 1:エルミート演算子の固有値は実数

🟡 リナ: 証明してみましょう。\(\hat{A}|a\rangle = a|a\rangle\) として、両辺に左から \(\langle a|\) をかける:

\[\langle a|\hat{A}|a\rangle = a\langle a|a\rangle \tag{B.42}\]

一方、エルミート共役の定義 (B.30) で \(|\psi\rangle = |\phi\rangle = |a\rangle\) とすると((B.30) の左辺 \(\langle\phi|\hat{A}^\dagger|\psi\rangle\) と右辺 \(\langle\psi|\hat{A}|\phi\rangle^*\) の両方で \(|\psi\rangle = |\phi\rangle = |a\rangle\) とする)

\[\langle a|\hat{A}^\dagger|a\rangle = \langle a|\hat{A}|a\rangle^*\]

が得られる。ここでエルミート性 \(\hat{A}^\dagger = \hat{A}\) を左辺に使うと

\[\langle a|\hat{A}|a\rangle = \langle a|\hat{A}|a\rangle^* \tag{B.43}\]

よって \(\langle a|\hat{A}|a\rangle\) は実数(複素共役をとっても変わらないから)。(B.42) より \(\langle a|\hat{A}|a\rangle = a\langle a|a\rangle\) で、左辺は実数、\(\langle a|a\rangle > 0\) も実数だから、\(a\) も実数。\(\square\)

🔵 カイ: おお、エルミート性を使うだけで固有値が実数だと示せるんですね。

🟡 リナ: つまり、測定値は必ず実数でなければならないから、観測量を表す演算子はエルミートでなければならない——これがエルミート性を要請する物理的理由よ。

⚪ メイ: なるほど、「固有値=測定値」で、エルミートなら固有値が実数になることが保証される、という論理ね。


定理 2:異なる固有値に属する固有ベクトルは直交する

🟡 リナ: \(\hat{A}|a\rangle = a|a\rangle\)\(\hat{A}|a'\rangle = a'|a'\rangle\)\(a \neq a'\) とする。

\[\langle a'|\hat{A}|a\rangle = a\langle a'|a\rangle \tag{B.44}\]

一方、\(\hat{A}|a'\rangle = a'|a'\rangle\) の両辺のエルミート共役をとるわ。「等式のエルミート共役をとる」とは、両辺を内積の「左側に置ける形」——つまりブラの形——に書き直す操作よ(「ケット等式をブラ等式に変換する」とも言うわ)。規則を先に述べると、一般に等式 \(\hat{X}|\alpha\rangle = c|\beta\rangle\) のエルミート共役は \(\langle\alpha|\hat{X}^\dagger = c^*\langle\beta|\) になるの。何が起きているかというと:ケット \(|\alpha\rangle\) がブラ \(\langle\alpha|\) に、演算子 \(\hat{X}\) にダガー \(\dagger\) がつき、スカラー \(c\) が複素共役 \(c^*\) になる——これは (B.33) と (B.35) の組み合わせね。直感的には「内積の左右を入れ替えると複素共役がつく」(B.7) の演算子版と思えばいいわ。

🔵 カイ: ちょっと待ってください。「ケット等式をブラ等式に変換する」って、具体的にはどういう操作なんですか? 両辺を転置して複素共役をとるイメージですか?

🟡 リナ: いい質問。行列表現で考えるとまさにそう——列ベクトルの等式を行ベクトルの等式に書き直すのは、転置して複素共役をとる操作ね。でも抽象的な演算子の言葉では、次のように確認できるわ。任意のベクトル \(|\gamma\rangle\) との内積を考えると、\(\hat{X}|\alpha\rangle = c|\beta\rangle\) の両辺に左から \(\langle\gamma|\) をかけて \(\langle\gamma|\hat{X}|\alpha\rangle = c\langle\gamma|\beta\rangle\)。エルミート共役の定義 (B.30) より \(\langle\gamma|\hat{X}|\alpha\rangle = \langle\alpha|\hat{X}^\dagger|\gamma\rangle^*\) だから、複素共役をとると \(\langle\alpha|\hat{X}^\dagger|\gamma\rangle = c^*\langle\beta|\gamma\rangle\)。これが任意の \(|\gamma\rangle\) で成り立つから \(\langle\alpha|\hat{X}^\dagger = c^*\langle\beta|\) が得られるわ。

これを \(\hat{A}|a'\rangle = a'|a'\rangle\) に適用すると \(\langle a'|\hat{A}^\dagger = a'^*\langle a'|\) が得られる。エルミート性 \(\hat{A}^\dagger = \hat{A}\) と定理 1(\(a'\) は実数なので \(a'^* = a'\))より

\[\langle a'|\hat{A} = a'\langle a'|\]

これを右から \(|a\rangle\) に作用させると

\[\langle a'|\hat{A}|a\rangle = a'\langle a'|a\rangle \tag{B.45}\]

(B.44) と (B.45) を引くと

\[(a - a')\langle a'|a\rangle = 0 \tag{B.46}\]

\(a \neq a'\) だから \(\langle a'|a\rangle = 0\)\(\square\)

🔵 カイ: 固有値が違えば自動的に直交する! じゃあ、固有値が同じベクトルが複数あったらどうなるんですか? それも直交するんですか?

🟡 リナ: いい質問。同じ固有値を持つ複数の固有ベクトル——これを縮退 (degeneracy) と呼ぶの——は、自動的には直交しない。でも Gram–Schmidt の直交化法を使えば直交化できるから、最終的にはエルミート演算子の固有ベクトルで正規直交基底を構成できるわ。

✅ 理解度チェック: エルミート演算子の異なる固有値に属する固有ベクトルが直交することの証明で、鍵となるステップは何でしょうか?

答え

\(\langle a'|\hat{A}|a\rangle\) を 2 通りに計算し(右に作用させて \(a\langle a'|a\rangle\)、左に作用させて \(a'\langle a'|a\rangle\))、差をとると \((a - a')\langle a'|a\rangle = 0\) を得る。\(a \neq a'\) なので \(\langle a'|a\rangle = 0\)(直交)が導かれる。


定理 3(対角化):エルミート行列はユニタリ変換で対角化できる

🟡 リナ: エルミート行列 \(\hat{A}\) の正規直交な固有ベクトル \(\{|a_1\rangle, |a_2\rangle, \ldots, |a_N\rangle\}\) を基底に選ぶと、\(\hat{A}\) の行列表現は

\[\hat{A} \doteq \begin{pmatrix} a_1 & 0 & \cdots & 0 \\ 0 & a_2 & \cdots & 0 \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ 0 & 0 & \cdots & a_N \end{pmatrix} \tag{B.47}\]

対角成分に固有値が並ぶ。これを対角化 (diagonalization) と呼ぶわ。

🟡 リナ: 量子力学では、この定理をスペクトル分解 (spectral decomposition) の形で書くことが多い:

\[\hat{A} = \sum_{k=1}^{N} a_k |a_k\rangle\langle a_k| \tag{B.48}\]

完全性関係 (B.21) の \(|e_k\rangle\langle e_k|\) の前に固有値 \(a_k\) が「重み」としてついた形ね。

⚪ メイ: つまり演算子を「固有値 × 射影演算子」の和に分解したということね。

🟡 リナ: まさにそう。これが量子力学の測定の数学的基盤になるの。

✅ 理解度チェック: エルミート演算子のスペクトル分解とは何でしょうか?

答え

エルミート演算子 \(\hat{A}\)\(\hat{A} = \sum_k a_k |a_k\rangle\langle a_k|\) と書くこと。固有値 \(a_k\) と対応する射影演算子 \(|a_k\rangle\langle a_k|\) の和に分解する表現で、量子力学の測定理論の数学的基盤となる。


具体例:Pauli 行列はすべてエルミート

🟡 リナ: 確認してみましょう。

\[\hat{\sigma}_x \doteq \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad \hat{\sigma}_y \doteq \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad \hat{\sigma}_z \doteq \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} \tag{B.49}\]

🔵 カイ: \(\hat{\sigma}_x\) は転置しても同じだし成分は実数だから \(\hat{\sigma}_x^\dagger = \hat{\sigma}_x\)\(\hat{\sigma}_y\) は転置すると \((1,2)\) 成分が \(i\)\((2,1)\) 成分が \(-i\) になるけど、さらに複素共役をとると元に戻る。\(\hat{\sigma}_z\) は対角行列で成分が実数だから明らか。全部エルミートですね。

🟡 リナ: 完璧。固有値はすべて \(\pm 1\) で実数。スピン角運動量 \(S_i = (\hbar/2)\sigma_i\) の固有値 \(\pm\hbar/2\) が実数であることと対応しているわ。

✅ 理解度チェック: エルミート演算子の固有値が実数であることを証明する際に使う、エルミート性の定義式は何でしょうか?

答え

\(\hat{A}^\dagger = \hat{A}\)。これにより \(\langle a|\hat{A}|a\rangle = a\langle a|a\rangle\) の左辺が \(a^*\langle a|a\rangle\) とも書けるので、\(a = a^*\)(実数)が導かれる。


B.7 ユニタリ行列——確率を保存する変換

🟡 リナ: 次に重要なのがユニタリ行列 (unitary matrix) よ。

\[\hat{U}^\dagger \hat{U} = \hat{U}\hat{U}^\dagger = \hat{1} \tag{B.50}\]

つまり \(\hat{U}^\dagger = \hat{U}^{-1}\)(逆行列がエルミート共役に等しい)。

🔵 カイ: エルミート行列は \(\hat{A}^\dagger = \hat{A}\) で、ユニタリ行列は \(\hat{U}^\dagger = \hat{U}^{-1}\)。似てるけど違いますね。

🟡 リナ: いい比較。エルミートは「自分自身に等しい」、ユニタリは「逆行列に等しい」。物理的な役割も違う。エルミート演算子は観測量を表し、ユニタリ演算子は状態の変換(時間発展や基底変換)を表すの。


ユニタリ変換の重要な性質

🟡 リナ: ユニタリ変換が物理で重要な理由は、内積を保存するからよ。

\(|\psi'\rangle = \hat{U}|\psi\rangle\)\(|\phi'\rangle = \hat{U}|\phi\rangle\) とすると

\[\langle\phi'|\psi'\rangle = \langle\phi|\hat{U}^\dagger \hat{U}|\psi\rangle = \langle\phi|\hat{1}|\psi\rangle = \langle\phi|\psi\rangle \tag{B.51}\]

⚪ メイ: 内積が変わらないということは、ノルムも保存されるわね。\(\langle\psi'|\psi'\rangle = \langle\psi|\psi\rangle\)

🟡 リナ: その通り。つまり規格化条件 \(\langle\psi|\psi\rangle = 1\) が変換後も維持されるの。

🔵 カイ: 規格化が保たれるのは分かったけど、それって物理的にはどういう意味があるんですか?

🟡 リナ: いい質問。量子力学では \(|\langle\phi|\psi\rangle|^2\) が確率に関係するの(詳しくは 第 5 章 で扱うわ)。内積が保存されるということは、ユニタリ変換は確率を保存する変換だということよ。


基底変換としてのユニタリ行列

🟡 リナ: ある正規直交基底 \(\{|e_k\rangle\}\) から別の正規直交基底 \(\{|e'_k\rangle\}\) への変換は、ユニタリ行列 \(\hat{U}\)

\[|e'_k\rangle = \hat{U}|e_k\rangle \tag{B.52}\]

と書ける。(B.52) のエルミート共役をとると

\[\langle e'_k| = \langle e_k|\hat{U}^\dagger \tag{B.53}\]

このとき、演算子 \(\hat{A}\) の新しい基底での行列要素は

\[A'_{jk} = \langle e'_j|\hat{A}|e'_k\rangle = \langle e_j|\hat{U}^\dagger\, \hat{A}\, \hat{U}|e_k\rangle \tag{B.54}\]

ここで (B.53) と (B.52) を代入したわ。これを行列の言葉で書くと相似変換 (similarity transformation):

\[\hat{A}' \doteq \hat{U}^\dagger \hat{A}\, \hat{U} \tag{B.55}\]

よ。ここで \(\hat{A}'\) は演算子 \(\hat{A}\) の新しい基底 \(\{|e'_k\rangle\}\) での行列表現を意味するわ。

🔵 カイ: 演算子を別の基底で見るには、両側からユニタリ行列で挟むんですね。

🟡 リナ: 相似変換で変わらない量がある。トレース (trace、対角成分の和) と行列式 (determinant)、そして固有値よ。

\[\mathrm{tr}(\hat{A}') = \mathrm{tr}(\hat{A}), \qquad \det(\hat{A}') = \det(\hat{A}) \tag{B.56}\]

🔵 カイ: 固有値が基底によらないのは安心しますね。測定値が座標系の選び方で変わったら困りますから。

🟡 リナ: その通り。物理量の測定結果は観測者の「基底の選び方」に依存しない——これがユニタリ変換の物理的な意味よ。

✅ 理解度チェック: ユニタリ変換(相似変換)で変わらない行列の量を 3 つ挙げてください。

答え

トレース(対角成分の和)、行列式、固有値。これらは基底の選び方に依存しない不変量であり、物理量の測定結果が観測者の基底選択に依存しないことを保証する。


具体例:\(S_z\) 基底から \(S_x\) 基底への変換

🟡 リナ: 第 5 章で扱うスピンの例を先取りしておくわ。\(S_z\) の固有ベクトル \(|+\rangle = \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix}\)\(|-\rangle = \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \end{pmatrix}\) から \(S_x\) の固有ベクトル

\[|+\rangle_x = \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix} 1 \\ 1 \end{pmatrix}, \quad |-\rangle_x = \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix} 1 \\ -1 \end{pmatrix}\]

への変換行列は

\[\hat{U} = \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix} \tag{B.57}\]

🔵 カイ: 確認してみます。成分が全部実数だから複素共役をとっても変わらないですよね。で、行と列を入れ替えても同じ形だから……\(\hat{U}^\dagger = \hat{U}\) ってことですか?

🟡 リナ: そう。この行列は実数成分で、かつ行と列を入れ替えても同じ形(対称行列)だから、\(\hat{U}^\dagger = \hat{U}\) ね。だからユニタリ条件 \(\hat{U}^\dagger \hat{U} = \hat{1}\)\(\hat{U}^2 = \hat{1}\) と同じことになるわね。実際に計算すると \(\frac{1}{2}\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 1 & 1 \\ 1 & -1 \end{pmatrix} = \frac{1}{2}\begin{pmatrix} 2 & 0 \\ 0 & 2 \end{pmatrix} = \hat{1}\)。確かにユニタリね。

⚪ メイ: 2 乗すると単位行列に戻るということは、2 回変換すれば元に戻るのね。

🟡 リナ: ちなみに、この行列はたまたまエルミートかつユニタリという特殊なケースよ。一般のユニタリ行列は \(\hat{U}^\dagger \neq \hat{U}\) であることが多いから、「ユニタリ=エルミート」とは思わないでね。そしてエルミートかつユニタリということは、2 回作用させると元に戻る変換でもあるの。

🔵 カイ: \(\hat{U}|+\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}\begin{pmatrix} 1 \\ 1 \end{pmatrix} = |+\rangle_x\) も合ってる。でも、なんで「列ベクトルとして新しい基底を並べる」と変換行列になるんですか?

🟡 リナ: いい質問。行列とベクトルの積を思い出して。行列 \(\hat{U}\)\(|e_1\rangle = \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix}\) をかけると、結果は \(\hat{U}\)第 1 列そのものになるでしょう? 同様に \(|e_2\rangle = \begin{pmatrix} 0 \\ 1 \end{pmatrix}\) をかけると第 2 列が出てくる。だから \(\hat{U}|e_k\rangle = |e'_k\rangle\) という定義 (B.52) は、「\(\hat{U}\) の第 \(k\) 列 = 新しい基底の第 \(k\) ベクトル \(|e'_k\rangle\) の成分」ということなの。つまり列ベクトルとして新しい基底が並ぶのよ。

🔵 カイ: あ、そうか。\(\begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix}\) をかけると第 1 列だけが「選ばれる」から、列に変換先の基底が入っているんですね。

✅ 理解度チェック: ユニタリ変換が「確率を保存する」とはどういうことでしょうか?

答え

ユニタリ変換は内積を保存する(\(\langle\phi'|\psi'\rangle = \langle\phi|\psi\rangle\))。量子力学では \(|\langle\phi|\psi\rangle|^2\) が遷移確率に対応するので、ユニタリ変換の前後で確率が変わらない。

📝 練習問題:

  • 式 (B.57) の \(\hat{U}\) を使って \(\hat{U}^\dagger \hat{\sigma}_x \hat{U}\) を計算し、結果が対角行列 \(\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix}\) になることを確認せよ(ヒント:この \(\hat{U}\)\(\hat{U} = \hat{U}^\dagger = \hat{U}^{-1}\) を満たす。\(\hat{U}\) の列ベクトルは \(\hat{\sigma}_x\) の固有ベクトルなので、\(\hat{U}^\dagger \hat{\sigma}_x \hat{U}\)\(\hat{\sigma}_x\) を固有基底で表した行列——すなわち固有値 \(+1, -1\) が対角に並んだ行列——を与える) → 問題 A-1. ユニタリ行列による基底変換と行列表現の変換則

B.8 テンソル積——2 つの系を合わせる

🟡 リナ: 量子力学では、2 つの独立な系を合わせた「複合系」を扱うことが多いの。例えば 2 つの電子のスピン、あるいは粒子の位置とスピン。このとき使うのがテンソル積 (tensor product) よ。

🔵 カイ: テンソル積って何ですか?

🟡 リナ: 直感的に言うと、「系 1 の状態」と「系 2 の状態」をペアにして一つの状態とみなす操作よ。例えば、コインの表裏(2 通り)とサイコロの目(6 通り)を同時に考えると、組み合わせは \(2 \times 6 = 12\) 通りになるでしょう? テンソル積はこの「組み合わせ」をベクトル空間の言葉で定式化したものなの。

⚪ メイ: 組み合わせの数が掛け算になるのね。

🟡 リナ: 数学的に書くと、系 1 の状態が住むベクトル空間(内積つき——これを Hilbert 空間と呼ぶの、B.9 で改めて定義するわ。今は「内積が定義されたベクトル空間」と思っておいて)を \(\mathcal{H}_1\)(次元 \(N_1\))と書くことにする。\(\mathcal{H}\) は Hilbert 空間を表す標準的な記号よ。同様に系 2 のそれを \(\mathcal{H}_2\)(次元 \(N_2\))とする。複合系の Hilbert 空間は

\[\mathcal{H} = \mathcal{H}_1 \otimes \mathcal{H}_2 \tag{B.58}\]

と書いて、次元は \(N_1 \times N_2\) になるの。記号 \(\otimes\) は「テンソル積」を表すわ。

🟡 リナ: 系 1 が状態 \(|\psi\rangle \in \mathcal{H}_1\)、系 2 が状態 \(|\phi\rangle \in \mathcal{H}_2\) のとき、複合系の状態は

\[|\psi\rangle \otimes |\phi\rangle \tag{B.59}\]

と書く。略して \(|\psi\rangle|\phi\rangle\)\(|\psi, \phi\rangle\) とも書くわ。


テンソル積の計算規則

🟡 リナ: テンソル積は次の規則に従うの。

(1) 線形性:

\[(c_1|\psi_1\rangle + c_2|\psi_2\rangle) \otimes |\phi\rangle = c_1|\psi_1\rangle \otimes |\phi\rangle + c_2|\psi_2\rangle \otimes |\phi\rangle \tag{B.60}\]
\[|\psi\rangle \otimes (c_1|\phi_1\rangle + c_2|\phi_2\rangle) = c_1|\psi\rangle \otimes |\phi_1\rangle + c_2|\psi\rangle \otimes |\phi_2\rangle \tag{B.61}\]

(2) 内積:

\[\bigl(\langle\psi'| \otimes \langle\phi'|\bigr)\bigl(|\psi\rangle \otimes |\phi\rangle\bigr) = \langle\psi'|\psi\rangle \cdot \langle\phi'|\phi\rangle \tag{B.62}\]

各系の内積を別々に計算して掛け合わせる。


行列のテンソル積(Kronecker 積)

🟡 リナ: 行列表現では、テンソル積は Kronecker (クロネッカー) 積で表される。\(m \times n\) 行列 \(A\)\(p \times q\) 行列 \(B\) の Kronecker 積は \(mp \times nq\) 行列:

\[A \otimes B = \begin{pmatrix} A_{11}B & A_{12}B & \cdots \\ A_{21}B & A_{22}B & \cdots \\ \vdots & \vdots & \ddots \end{pmatrix} \tag{B.63}\]

🟡 リナ: 具体例を見てみましょう。\(\mathcal{H}_1 = \mathcal{H}_2 = \mathbb{C}^2\) として

\[|+\rangle \otimes |+\rangle = \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix} \otimes \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1 \cdot \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix} \\[6pt] 0 \cdot \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \end{pmatrix} \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1 \\ 0 \\ 0 \\ 0 \end{pmatrix} \tag{B.64}\]

🔵 カイ: 2 次元 × 2 次元 = 4 次元になるんですね。

⚪ メイ: 2 つのスピン 1/2 の系を合わせると、4 次元の空間になるのね。


エンタングル状態

🟡 リナ: テンソル積空間の中には、\(|\psi\rangle \otimes |\phi\rangle\) の形に書けないベクトルが存在するの。例えば

\[|\Psi\rangle = \frac{1}{\sqrt{2}}\bigl(|+\rangle \otimes |-\rangle - |-\rangle \otimes |+\rangle\bigr) \tag{B.65}\]

🔵 カイ: これは \(|\psi\rangle \otimes |\phi\rangle\) の形に分解できないんですか?

🟡 リナ: できないの。背理法で示しましょう。仮に \(|\Psi\rangle = (a|+\rangle + b|-\rangle) \otimes (c|+\rangle + d|-\rangle)\) と書けたとする。展開すると

\[ac|+\rangle|+\rangle + ad|+\rangle|-\rangle + bc|-\rangle|+\rangle + bd|-\rangle|-\rangle\]

(B.65) と係数を比較してみて。

🔵 カイ: えっと、\(|+\rangle|+\rangle\) の係数は (B.65) ではゼロだから \(ac = 0\)\(|+\rangle|-\rangle\) の係数は \(1/\sqrt{2}\) だから \(ad = 1/\sqrt{2}\)\(|-\rangle|+\rangle\)\(-1/\sqrt{2}\) だから \(bc = -1/\sqrt{2}\)\(|-\rangle|-\rangle\) はゼロだから \(bd = 0\)

🔵 カイ: \(ac = 0\) だから \(a = 0\)\(c = 0\) ですよね。でも \(a = 0\) だと \(ad = 0\) になって \(1/\sqrt{2}\) と合わない……\(c = 0\) でも \(bc = 0\)\(-1/\sqrt{2}\) と合わない……あれ、どっちに転んでも矛盾しますね?

🟡 リナ: その通り。どちらの場合も矛盾するから、テンソル積の形には書けない——つまりエンタングル状態なの。「各部分系に独立した状態を割り当てられない」というのが、エンタングルメントの本質よ。

⚪ メイ: 背理法で「分解できると仮定すると必ず矛盾する」ことを示したのね。

🟡 リナ: このように、テンソル積の形に分解できない状態をエンタングル状態 (entangled state) と呼ぶわ。第 23–24 章で詳しく扱うけれど、量子力学の最も驚くべき特徴の一つよ。

✅ 理解度チェック: エンタングル状態とはどのような状態でしょうか?

答え

複合系の状態ベクトルが、各部分系の状態ベクトルのテンソル積 \(|\psi\rangle \otimes |\phi\rangle\) の形に分解できない状態のこと。例えば \(\frac{1}{\sqrt{2}}(|+\rangle \otimes |-\rangle - |-\rangle \otimes |+\rangle)\) はエンタングル状態である。

✅ 理解度チェック: 2 つの 2 次元 Hilbert 空間のテンソル積空間の次元はいくつでしょうか?

答え

\(2 \times 2 = 4\) 次元。

📝 練習問題:


B.9 無限次元 Hilbert 空間への拡張——関数もベクトルになる

🟡 リナ: ここまで有限次元の \(\mathbb{C}^N\) で話を進めてきたけれど、波動関数を扱う 第 7 章 以降では無限次元の Hilbert 空間が必要になるの。ここで改めて定義しておくと、Hilbert 空間とは「内積が定義されていて、かつ完備なベクトル空間」のこと。

🔵 カイ: 「完備」って何ですか?

🟡 リナ: 直感的に言うと、「限りなく近づいていく点列の行き先が、ちゃんとその空間の中にある」ということよ。例えば有理数の列 \(1, 1.4, 1.41, 1.414, \ldots\)\(\sqrt{2}\) に近づくけれど、\(\sqrt{2}\) は有理数ではないから、有理数の集合は「完備でない」。実数の集合なら \(\sqrt{2}\) も含まれるから完備。ベクトル空間でも同じで、「どんどん近づいていくベクトルの列の極限が、ちゃんとその空間に入っている」ことを完備性と呼ぶの。有限次元の \(\mathbb{C}^N\) は自動的に完備だから、B.2 で内積を定義した時点ですでに Hilbert 空間だったのよ。無限次元では「完備かどうか」が非自明になるけれど、\(L^2\) は完備であることが証明されているから Hilbert 空間なの。

⚪ メイ: 有限次元なら自動的に完備だけど、無限次元では証明が必要——ここが微妙な点ね。

🟡 リナ: 最後に、有限次元から無限次元に移行するとき「何が変わるか」を整理しておくわ。


関数空間 \(L^2\) は Hilbert 空間

🟡 リナ: B.1 で触れた二乗可積分関数の空間 \(L^2\) を、改めて Hilbert 空間として定式化するわ。

2 つの関数 \(f(x)\)\(g(x)\) の内積を

\[\langle f|g\rangle = \int_{-\infty}^{\infty} f(x)^* g(x)\, dx \tag{B.66}\]

と定義する。これは (B.6)–(B.8) の 3 つの性質をすべて満たすの。

🔵 カイ: 有限次元の \(\sum_k z_k^* z'_k\)\(\int f^* g\, dx\) に置き換わっただけですね。

🟡 リナ: その直感は正しい。和 \(\sum\) が積分 \(\int\) に、成分 \(z_k\) が関数値 \(f(x)\) に対応する。でも、この「置き換え」によっていくつかの微妙な問題が生じるの。


有限次元と無限次元の対応表

🟡 リナ: 対応関係を表にまとめるわ。

表 B.2: 有限次元と無限次元の対応関係

有限次元 \(\mathbb{C}^N\) 無限次元 \(L^2\)
ベクトル \(\lvert\psi\rangle = \sum_k c_k \lvert e_k\rangle\) 関数 \(f(x) = \sum_n c_n f_n(x)\) または \(\int c(k) f_k(x)\, dk\)
成分 \(c_k = \langle e_k\lvert\psi\rangle\) 展開係数 \(c_n = \langle f_n\lvert f\rangle = \int f_n^* f\, dx\)
内積 \(\sum_k z_k^* z'_k\) 内積 \(\int f^* g\, dx\)
Kronecker デルタ \(\delta_{jk}\) Dirac のデルタ関数 \(\delta(x - x')\)
完全性 \(\sum_k \lvert e_k\rangle\langle e_k\rvert = \hat{1}\) 完全性 \(\sum_n \lvert f_n\rangle\langle f_n\rvert = \hat{1}\) または \(\int \lvert x\rangle\langle x\rvert\, dx = \hat{1}\)
行列 \(A_{jk}\) 積分核 \(A(x, x')\)

注意点 1:離散スペクトルと連続スペクトル

🟡 リナ: 有限次元では固有値は必ず離散的(飛び飛びの値)だったけれど、無限次元では連続スペクトルが現れうるの。

🔵 カイ: 連続スペクトルって何ですか?

🟡 リナ: 例えば自由粒子の運動量演算子 \(\hat{p} = -i\hbar\, d/dx\) の固有値は、任意の実数 \(p\) をとる。飛び飛びではなく連続的よ。固有値方程式 \(\hat{p}\,f_p(x) = p\,f_p(x)\) を書き下すと \(-i\hbar\, df_p/dx = p\,f_p\)、つまり \(df_p/dx = (ip/\hbar)\,f_p\) ね。これは「微分したら自分自身の定数倍になる関数は何か?」という問いね。高校で \(e^x\) を微分すると \(e^x\) 自身になることを習ったわね。一般に \(e^{\alpha x}\) を微分すると \(\alpha e^{\alpha x}\)——つまり自分自身の \(\alpha\) 倍になる。そして「微分すると自分自身の定数倍になる関数」は指数関数しかないことが証明できるの。だから \(df_p/dx = (ip/\hbar)f_p\) の解は \(f_p(x) \propto e^{ipx/\hbar}\) しかないわ。

🔵 カイ: え、じゃあ固有関数が \(e^{ipx/\hbar}\) で、\(p\) は任意の実数ってことですか。それって無限に広がる波ですよね?

🟡 リナ: そう。規格化定数は、デルタ関数規格化 (B.68) が成り立つように選ぶ必要があるの。結果だけ書くと

\[f_p(x) = \frac{1}{\sqrt{2\pi\hbar}}\, e^{ipx/\hbar} \tag{B.67}\]

よ。この関数は普通の意味では規格化できない(\(\int |f_p|^2\, dx = \infty\))。代わりに Dirac (ディラック) のデルタ関数 \(\delta(p - p')\) を使ったデルタ関数規格化を用いるの。デルタ関数とは、直感的には「\(x = 0\) のときだけ無限大に鋭いピークを持ち、それ以外ではゼロ」という特殊な関数で、\(\int_{-\infty}^{\infty} \delta(x)\, dx = 1\) を満たすもの——Kronecker デルタ \(\delta_{jk}\) の連続版と思えばいいわ。イメージとしては、幅 \(\epsilon\) で高さ \(1/\epsilon\) の長方形を考えて。面積は常に 1 だけど、\(\epsilon \to 0\) にすると幅がゼロに潰れて高さが無限大に伸びる——その極限がデルタ関数よ。\(\delta(p - p')\) は「\(p = p'\) のときだけピークを持つ」バージョンね。

大事なのは、デルタ関数の本質的な使い方は「積分の中で他の関数と掛けて使う」ことよ。\(\int f(x)\,\delta(x - a)\,dx = f(a)\) ——つまり「デルタ関数は積分の中で関数の値を \(x = a\) で拾い出す」の。これが Kronecker デルタ \(\sum_k f_k\,\delta_{jk} = f_j\) の連続版ね。厳密な定義は Appendix C で扱うけれど、今は「\(p = p'\) なら 1 に相当し、\(p \neq p'\) なら 0 に相当する」という離散の場合との類推で理解しておいて。デルタ関数規格化とは

\[\langle f_{p'}|f_p\rangle = \delta(p - p') \tag{B.68}\]

と書かれる条件のこと。離散基底の \(\langle e_j|e_k\rangle = \delta_{jk}\) に対応する連続版ね。「規格化」と言いつつ \(p = p'\) のとき \(\delta(0) = \infty\) になるのは奇妙に感じるかもしれないけれど、これは「ノルムが 1」という意味の規格化ではなく、「異なる固有値の固有関数が直交する」ことと「同じ固有値の固有関数どうしの重なりの大きさが一定の規約で揃えられている」ことを表す条件なの。離散の場合の \(\delta_{jk}\) が「\(j = k\) なら 1、\(j \neq k\) なら 0」だったのと同じ役割を、連続の場合に \(\delta(p - p')\) が果たしているのよ。そして規格化定数 \(1/\sqrt{2\pi\hbar}\) は、この (B.68) がちょうど成り立つように選ばれた値よ。なぜこの値になるかは Appendix C で Fourier 変換を学ぶと自然に導出できるわ。

🔵 カイ: うーん、「この定数で (B.68) が成り立つ」って言われても、実際に \(\int f_{p'}^* f_p\, dx\) を計算して \(\delta(p - p')\) が出てくるところを見ないとモヤモヤしますね……。

🟡 リナ: その気持ちはよく分かるわ。実際の計算には Fourier 変換の公式が必要で、それは Appendix C で整備するの。そこで「異なる運動量の平面波を掛け合わせて全空間で積分するとデルタ関数が出てくる」という恒等式を導出するから、それを使えば (B.68) が確認できるわ。今は「検証は Appendix C に回す」と思っておいて。

🔵 カイ: 了解です。計算で確認できるなら安心です。

⚪ メイ: 離散スペクトルでは Kronecker デルタ \(\delta_{jk}\)、連続スペクトルでは Dirac デルタ \(\delta(p - p')\)。和 \(\sum\) が積分 \(\int\) に置き換わるのと同じパターンね。


注意点 2:固有関数系の完全性

🟡 リナ: 有限次元では、エルミート行列の固有ベクトルが完全系を成すことは定理として証明できる。でも無限次元では、これは一般には証明できないの。

🔵 カイ: なんで無限次元だと証明できなくなるんですか?

🟡 リナ: 直感的に言うと、有限次元では特性方程式が \(a\)\(N\) 次方程式になるでしょう? 複素数の範囲では \(N\) 次方程式は必ず \(N\) 個の根を持つ——これは「代数学の基本定理」と呼ばれる数学の定理よ。高校で「2 次方程式は解の公式で必ず 2 つの解が求まる」と習ったのを、\(N\) 次に一般化したものと思えばいいわ。エルミート行列の場合は、さらに「固有ベクトルが正規直交完全系を成す」ことが保証される(B.6 の定理 3 で見たわね)。だから有限次元のエルミート行列では完全性が自動的に成り立つの。

🔵 カイ: なるほど、有限次元では「\(N\) 次方程式に \(N\) 個の解」で全部見つかるから大丈夫だったんですね。

🟡 リナ: でも無限次元では「何次方程式」という概念自体がなくなるし、演算子の定義域の問題もあって、固有ベクトルが空間全体を張るかどうかは演算子ごとに個別に調べる必要があるの。物理で登場する「良い」演算子については成り立つことが多いけれど、一般論としては保証されないのよ。

🔵 カイ: じゃあどうするんですか?

🟡 リナ: 量子力学では、観測量に対応するエルミート演算子の固有関数は完全系を成すことを公理(要請)として採用するの。これは数学的に証明する対象ではなく、物理モデルの出発点として受け入れる仮定よ。

⚪ メイ: 有限次元では定理として証明できたことが、無限次元では公理として要請する必要がある——それだけ無限次元は扱いが難しいということね。

✅ 理解度チェック: 無限次元 Hilbert 空間において、エルミート演算子の固有関数が完全系を成すことはどのように保証されるでしょうか?

答え

有限次元とは異なり、一般には数学的に証明できない。量子力学では「観測量に対応するエルミート演算子の固有関数は完全系を成す」ことを公理(要請)として採用する。


注意点 3:演算子の定義域

🟡 リナ: 無限次元では、演算子が「すべてのベクトルに作用できる」とは限らないの。例えば微分演算子 \(\hat{p} = -i\hbar\, d/dx\) は、微分可能でない関数には作用できない。演算子が作用できるベクトルの集合を定義域 (domain) と呼ぶわ。

🔵 カイ: 有限次元では気にしなくてよかったんですか?

🟡 リナ: 有限次元では行列はすべてのベクトルに作用できるから、定義域の問題は生じない。でも無限次元では、演算子が「エルミートかどうか」を判定するとき、定義域を慎重に指定する必要がある。厳密には、自己共役 (self-adjoint) とエルミート (Hermitian) は無限次元では異なる概念で、物理的に正しいのは自己共役の方なの。

🔵 カイ: じゃあ、この本ではどっちを使うんですか?

🟡 リナ: 多くの物理の教科書と同様に、「量子力学」編でも通常の物理の計算で問題にならない範囲では「エルミート」と「自己共役」を区別せずに使うわ。ただ、こういう微妙な点があることは頭の片隅に置いておいて。


まとめ:有限次元で学んだことは無限次元でも使える

🟡 リナ: 安心してほしいのは、有限次元で学んだ概念——内積、正規直交基底、完全性関係、エルミート演算子、ユニタリ演算子——は、無限次元でも基本的に同じ形で使えるということ。違いは

  1. \(\sum\) が積分 \(\int\) に置き換わることがある
  2. 連続スペクトルではデルタ関数規格化を使う
  3. 演算子の定義域に注意が必要

この 3 点を意識しておけば、第 7 章 以降の波動関数の議論にスムーズに入れるわ。

🔵 カイ: 3 つだけ気をつければいいなら、なんとかなりそうです。

✅ 理解度チェック: 有限次元 Hilbert 空間と無限次元 Hilbert 空間の最大の違いは何でしょうか? 3 つ挙げてください。

答え

(1) 離散スペクトルだけでなく連続スペクトルが現れうる。(2) 連続スペクトルの固有関数は通常の意味で規格化できず、Dirac デルタ関数を使ったデルタ関数規格化を用いる。(3) 演算子の定義域に注意が必要で、「エルミート」と「自己共役」の区別が生じうる。


この Appendix のまとめ

🟡 リナ: この Appendix で扱った内容を、量子力学との対応で整理しておくわ。

表 B.3: 数学概念と量子力学の対応まとめ

数学の概念 量子力学での役割 登場する章
複素ベクトル空間 量子状態の住む空間 第 4 章
内積 \(\langle\phi\lvert\psi\rangle\) 確率振幅 第 4 章
正規直交基底 測定の基底 第 5 章
完全性関係 状態の展開、確率の和が 1 第 5 章
エルミート演算子 観測量(位置、運動量、エネルギー等) 第 8 章, 第 11 章
固有値・固有ベクトル 測定値・測定後の状態 第 5 章, 第 12 章
ユニタリ演算子 時間発展、基底変換 第 6 章, 第 13 章
テンソル積 複合系の状態空間 第 18 章, 第 23 章第 24 章

🔵 カイ: 全部つながってるんですね。

🟡 リナ: そう。線形代数は量子力学の「文法」。この Appendix の内容を参照しながら本編を読み進めてね。


次章予告

🟡 リナ: Appendix C では、Fourier 解析と \(\delta\) 関数を扱うわ。この Appendix で「和 \(\sum\) が積分 \(\int\) に置き換わる」と言ったけれど、その具体的な仕組みが Fourier 変換よ。連続スペクトルの固有関数展開や、運動量表現と位置表現の橋渡しに不可欠な道具を整備するわ。

🔵 カイ: デルタ関数の正体もわかるんですか?

🟡 リナ: わかるわ。デルタ関数は「普通の関数ではない」けれど、Fourier 変換の言葉で自然に理解できるの。楽しみにしていて。

練習問題

📝 練習問題:


参考文献

  • J. J. Sakurai, J. Napolitano, Modern Quantum Mechanics (3rd ed.), Cambridge University Press — Ch.1 の数学的枠組みの部分。Dirac 記法、演算子、固有値問題、基底変換の定式化を参照した。
  • D. J. Griffiths, D. F. Schroeter, Introduction to Quantum Mechanics (3rd ed.), Cambridge University Press — Ch.3(形式論)の Hilbert 空間の定義、エルミート演算子の定理の証明、連続スペクトルの扱いを参照した。
  • 清水明『新版 量子論の基礎——その本質のやさしい理解のために』サイエンス社 — Ch.3 の複素 Hilbert 空間の構成、内積の公理、Pauli 行列の固有値問題、射線の概念を参照した。