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Appendix D 群論と対称性の基礎


前回までのあらすじ: Appendix C では、テンソルと微分幾何の基礎を学んだ。計量テンソル、共変微分、曲率テンソルといった道具は、時空の幾何学的構造を記述するためのものだった。しかし物理学には、幾何学だけでなく「対称性」というもう一つの強力な原理がある。標準模型の力はすべてゲージ対称性から生まれ、弦理論でも Virasoro 代数や超対称性が本質的な役割を果たす。対称性を数学的に扱う言語——群論——を、ここで整備しよう。

この章のゴール

  • 「対称性」を数学的に記述する道具である群論の基礎を、正三角形の回転という具体例から出発して理解する
  • 群の定義、Lie 群(\(U(1)\), \(SU(2)\), \(SU(3)\))、Lie 代数と生成子の交換関係、表現の概念、Noether の定理、ゲージ対称性と共変微分、対称性の自発的破れまでを一通り押さえる
  • これにより、第 9 章(標準模型のゲージ群)、第 16 章(Virasoro 代数)、第 17 章(超対称性)の議論を数学的に追えるようになる

🟡 リナ: 第 9 章で「\(SU(3) \times SU(2) \times U(1)\)」が出てきて「何それ?」と思った人は、ここから読んでみて。正三角形の回転という身近な例から始めるから、構えなくて大丈夫よ。


D.1 なぜ群論を学ぶのか — 対称性は物理の言語

🟡 リナ: 物理学における対称性の役割は圧倒的に大きい。第 2 章で Maxwell が電気と磁気を統一した話を思い出して。第 9 章では、標準模型の 3 つの力が「ゲージ対称性」から生まれることを見たわね。

🔵 カイ: 対称性を「要請する」だけで力の形が決まるって、すごい話だよな。でも「対称性」って具体的に何なの?「きれいな形」くらいの意味?

🟡 リナ: いい質問。直感的には「ある操作をしても物理が変わらない」ということ。でも「変わらない」を正確に定義するには、数学的な言語が必要。それが群論(group theory)

⚪ メイ: つまり、対称性を「感覚」ではなく「数式」で扱うための道具ということですね。

🟡 リナ: そう。そして群論を使うと、次のことが可能になる:

  1. 対称性から保存則を導出する(Noether の定理)
  2. 対称性から力の形を決定する(ゲージ原理)
  3. 粒子を対称性で分類する(表現論)
  4. 対称性が破れる仕組みを記述する(自発的対称性の破れ)

🔵 カイ: 4 つもあるのか。対称性ってそんなに万能なのか……。

🟡 リナ: 弦理論でも、Virasoro 代数(第 16 章)、超対称性代数(第 17 章)、双対性群(第 18 章)と、群論は至る所に現れる。

✅ 理解度チェック: 群論を使うことで可能になることを 2 つ挙げてください。

答え

例えば、(1)対称性から保存則を導出する(Noether の定理)、(2)対称性から力の形を決定する(ゲージ原理)。他に「粒子を対称性で分類する(表現論)」「対称性が破れる仕組みを記述する(自発的対称性の破れ)」も正解。

✅ 理解度チェック: 対称性を数学的に記述するための言語(道具)は何と呼ばれるでしょうか?

答え

群論(group theory)。


D.2 群とは何か — 「操作の集まり」

まず具体例から — 正三角形の回転

🟡 リナ: いきなり定義を見ても掴みにくいので、具体例から始めよう。

正三角形を、中心を軸にして回転させる(図 D.1「正三角形の回転対称性」)。三角形が「元と同じに見える」回転は何通りあるだろうか?

正三角形の回転対称性

図 D.1: 正三角形の回転対称性。図 D_1: 正三角形を中心軸まわりに回転させたとき、元と同じに見える操作は \(e\)(0°)、\(r\)(120°)、\(r^2\)(240°)の 3 つ。

  • 回転しない(0°)——これを \(e\) と書く
  • 120° 回転——これを \(r\) と書く
  • 240° 回転(= 120° を 2 回)——これを \(r^2\) と書く

360° 回転は元に戻るので \(e\) と同じ。つまり「三角形を元と同じに見せる回転」は \(\{e, r, r^2\}\) の 3 つ。

🔵 カイ: 3 つしかないのか。円だったら無限にあるよな。

🟡 リナ: そう、それが「離散群」と「連続群」の違い。後で連続群に進む。まず、この 3 つの操作の性質を見てみよう。

✅ 理解度チェック: 正三角形を中心軸まわりに回転させたとき、「元と同じに見える」回転操作はいくつあるでしょうか?

答え

3 つ。0°回転(\(e\))、120°回転(\(r\))、240°回転(\(r^2\))。360°回転は 0°回転と同じなので数えない。

この 3 つの操作には、面白い性質がある:

  1. 2 つの操作を続けてやっても、結果は 3 つのうちのどれかになる。例えば \(r\) の後に \(r\) をやると \(r^2\)\(r\) の後に \(r^2\) をやると \(e\)(元に戻る)。3 つの外に出ることがない
  2. 3 つ続けてやるとき、まとめ方を変えても結果は同じ\((r \cdot r) \cdot r = r^2 \cdot r = e\)\(r \cdot (r \cdot r) = r \cdot r^2 = e\) は同じ
  3. 「何もしない」操作 \(e\) がある\(e\) の後に何をやっても、何の後に \(e\) をやっても、結果は変わらない
  4. どの操作にも「元に戻す」操作がある\(r\) を元に戻すのは \(r^2\)\(r\) の後に \(r^2\) をやると \(e\))。\(r^2\) を元に戻すのは \(r\)

⚪ メイ: 4 つの性質がきれいに揃っているわね。これが「群」の条件になるんですね。

掛け算表にすると:

表 D.1: 巡回群 Z₃ の掛け算表

\(\cdot\) \(e\) \(r\) \(r^2\)
\(e\) \(e\) \(r\) \(r^2\)
\(r\) \(r\) \(r^2\) \(e\)
\(r^2\) \(r^2\) \(e\) \(r\)

定義 — 具体例から抽出する

🟡 リナ: 上の 4 つの性質を一般化したものが群(group)の定義。「操作の集まり」\(G\) と、操作を続けて行う規則 \(\cdot\) の組が、以下の 4 つの条件を満たすとき、\((G, \cdot)\) を群と呼ぶ:

  1. 閉包性(closure): 操作 \(a\) の後に操作 \(b\) を行った結果 \(a \cdot b\) も、\(G\) に含まれる操作である
  2. 正三角形の例:\(r \cdot r = r^2 \in \{e, r, r^2\}\) ✓ — 3 つの外に出ない
  3. 結合律(associativity): \((a \cdot b) \cdot c = a \cdot (b \cdot c)\) — 3 つの操作を続けるとき、まとめ方を変えても結果は同じ
  4. 正三角形の例:\((r \cdot r) \cdot r = r \cdot (r \cdot r) = e\)
  5. 単位元(identity): 「何もしない」操作 \(e\) が存在する(\(e \cdot a = a \cdot e = a\)
  6. 正三角形の例:0° 回転 \(e\)
  7. 逆元(inverse): どの操作 \(a\) にも「元に戻す」操作 \(a^{-1}\) が存在する(\(a \cdot a^{-1} = e\)
  8. 正三角形の例:\(r\) の逆元は \(r^2\)\(r \cdot r^2 = e\))✓

正三角形の回転 \(\{e, r, r^2\}\)\(\mathbb{Z}_3\)(位数 3 の巡回群)と呼ばれる。

⚪ メイ: 4 つの条件のうち 1 つでも欠けたら群じゃないんですね。

🔵 カイ: 結合律って、要するに「計算の順番を気にしなくていい」ってことだよな? 足し算で \((1+2)+3 = 1+(2+3)\) みたいな。

🟡 リナ: 例としてはその通り。ただし正確に言うと、結合律は「3 つの括弧のまとめ方を変えても結果が同じ」ということ。「順番を気にしなくていい」と言うと「交換律」(\(a \cdot b = b \cdot a\))と混同しやすいから注意。交換律は「2 つの順序の入れ替え」で、結合律とは別物よ。交換律は群の条件には入っていない。例えば自然数 \(\{1, 2, 3, \ldots\}\) と加法は群ではない。\(3 + ? = 0\) を満たす自然数がないから、逆元の条件が破れている。

✅ 理解度チェック: 自然数 \(\{1, 2, 3, \ldots\}\) と加法の組が群にならないのはなぜでしょうか?

答え

逆元が存在しないから。例えば \(3 + ? = 0\) を満たす自然数がない。群の 4 条件のうち逆元の条件が破れている。

なぜ「操作」なのか

🟡 リナ: 群を「数の集まり」ではなく「操作の集まり」と考えるのがポイント。物理学では、対称性とは「ある操作をしても物理が変わらない」こと。その「操作」の全体が群をなす。正三角形の例で言えば、「120° 回転しても三角形が同じに見える」のが対称性で、その対称操作の全体 \(\{e, r, r^2\}\) が群。

📝 練習問題:

✅ 理解度チェック: 群の定義を構成する 4 つの条件を挙げてください。

答え

閉包性(closure)、結合律(associativity)、単位元(identity)の存在、逆元(inverse)の存在。

✅ 理解度チェック: 正三角形の回転群 \(\{e, r, r^2\}\) において、\(r\) の逆元は何でしょうか?

答え

\(r^2\)\(r \cdot r^2 = e\)(単位元に戻る)だから。


D.3 連続群(Lie 群)— 物理学の主役

🟡 リナ: 正三角形の回転は「離散的」(120° 刻み)。でも、円を回転させるなら任意の角度で回転できる。このように、パラメータで連続的にラベルされる群を Lie 群(リー群)と呼ぶ。物理学で最も重要な群はほぼ全て Lie 群よ。

\(U(1)\):円の回転 — 電磁気力の対称性

複素数 \(e^{i\theta}\)\(\theta\) は実数)の全体を考える。絶対値は常に 1(\(|e^{i\theta}| = 1\))なので、複素平面上の単位円上の回転を表す。

複素平面上の単位円とU(1)

図 D.2: 複素平面上の単位円とU(1)。図 D_2: \(e^{i\theta}\) は複素平面の単位円上の点を表す。角度 \(\theta\) を変えると円上を連続的に動く。

群の条件を確認しよう:

閉包性: 2 つの元の積を計算する。

\[e^{i\theta_1} \cdot e^{i\theta_2} = e^{i(\theta_1 + \theta_2)}\]

右辺は \(e^{i\theta}\) の形(\(\theta = \theta_1 + \theta_2\))だから、\(U(1)\) に含まれる。✓

結合律: 3 つの元について、

\[(e^{i\theta_1} \cdot e^{i\theta_2}) \cdot e^{i\theta_3} = e^{i(\theta_1 + \theta_2)} \cdot e^{i\theta_3} = e^{i(\theta_1 + \theta_2 + \theta_3)}\]
\[e^{i\theta_1} \cdot (e^{i\theta_2} \cdot e^{i\theta_3}) = e^{i\theta_1} \cdot e^{i(\theta_2 + \theta_3)} = e^{i(\theta_1 + \theta_2 + \theta_3)}\]

両者は等しい。✓

単位元: \(\theta = 0\) とすると \(e^{i \cdot 0} = 1\)。任意の元 \(e^{i\theta}\) に対して \(1 \cdot e^{i\theta} = e^{i\theta}\)。✓

逆元: \(e^{i\theta}\) の逆元は \(e^{-i\theta}\)。確認すると、

\[e^{i\theta} \cdot e^{-i\theta} = e^{i(\theta - \theta)} = e^0 = 1\]

パラメータは \(\theta\) の 1 つだけ → 1 次元の Lie 群

🔵 カイ: おお、4 つの条件が全部一発で確認できるんだな。シンプルだ。

✅ 理解度チェック: \(U(1)\) の元 \(e^{i\theta}\) が群の単位元となるのは \(\theta\) がいくつのときでしょうか?また、\(e^{i\theta}\) の逆元は何でしょうか?

答え

\(\theta = 0\) のとき \(e^{i \cdot 0} = 1\) が単位元。\(e^{i\theta}\) の逆元は \(e^{-i\theta}\)(掛けると \(e^0 = 1\) に戻る)。

🔵 カイ: \(U(1)\) の「\(U\)」って何?

🟡 リナ: Unitary(ユニタリ)の頭文字。\(1 \times 1\) のユニタリ行列は \(|u|^2 = 1\) を満たす複素数、つまり \(e^{i\theta}\) のこと。だから \(U(1)\) は「\(1 \times 1\) ユニタリ行列の群」。

📝 練習問題:

物理での役割(第 9 章): 量子力学の波動関数 \(\psi\) に対して \(\psi \to e^{i\theta}\psi\) という位相変換を考える。この変換で物理が変わらない(\(|\psi|^2\) が不変)ことを要請すると、光子が自動的に現れ、電磁気力が導かれる。これがゲージ原理(D.7 節で詳しく導出する)。

\(SO(2)\)\(SO(3)\):回転群

🟡 リナ: \(U(1)\) は複素数の位相回転だったけど、もっと馴染みのある「空間の回転」も群をなす。

\(SO(2)\):2 次元の回転

2 次元平面でベクトル \((x, y)\) を角度 \(\theta\) だけ回転させる行列は:

\[R(\theta) = \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}\]

これは \(2 \times 2\) の直交行列(\(R^T R = I\))で行列式が 1(\(\det R = 1\))。このような行列の全体が \(SO(2)\)

閉包性を確認しよう。2 つの回転の合成は:

\[R(\theta_1) R(\theta_2) = \begin{pmatrix} \cos\theta_1 & -\sin\theta_1 \\ \sin\theta_1 & \cos\theta_1 \end{pmatrix} \begin{pmatrix} \cos\theta_2 & -\sin\theta_2 \\ \sin\theta_2 & \cos\theta_2 \end{pmatrix}\]

行列の積を計算すると(加法定理を使って):

\[= \begin{pmatrix} \cos(\theta_1+\theta_2) & -\sin(\theta_1+\theta_2) \\ \sin(\theta_1+\theta_2) & \cos(\theta_1+\theta_2) \end{pmatrix} = R(\theta_1 + \theta_2)\]

結果は再び \(SO(2)\) の元。✓

🔵 カイ: あれ、\(SO(2)\)\(U(1)\) も、パラメータが 1 つで「角度を足す」って構造じゃない? なんか似てるな。

🟡 リナ: いいところに気づいたわね。実は \(SO(2)\)\(U(1)\) は群として同型(構造が同じ)なの。\(e^{i\theta} \leftrightarrow R(\theta)\) という対応がある。

⚪ メイ: つまり、見た目は「複素数の位相回転」と「平面の回転行列」で違うけど、群としての掛け算の構造は全く同じということですね。

✅ 理解度チェック: \(SO(2)\)\(U(1)\) はどのような関係にあるでしょうか?

答え

群として同型(構造が同じ)。\(e^{i\theta} \leftrightarrow R(\theta)\) という対応があり、見た目は「複素数の位相回転」と「平面の回転行列」で異なるが、群の掛け算の構造は全く同じ。

\(SO(3)\):3 次元の回転

3 次元空間の回転は \(3 \times 3\) の直交行列(\(R^T R = I\), \(\det R = 1\))で表される。パラメータは 3 つ(例えば Euler 角 \(\alpha, \beta, \gamma\))。

重要な性質:\(SO(3)\) は非可換。つまり、回転の順序が重要。

🔵 カイ: 本を持って、まず \(x\) 軸周りに 90° 回して、次に \(z\) 軸周りに 90° 回すのと、逆の順序でやるのとで結果が違うよな(図 D.3「SO(3)回転の非可換性」)。

SO(3)回転の非可換性

図 D.3: SO(3)回転の非可換性。図 D_3: 3 次元空間での回転は順序を入れ替えると結果が変わる(非可換)。本を \(x\) 軸周りに 90°→\(z\) 軸周りに 90° と、逆順で回した結果は異なる。

🟡 リナ: そう。これを数式で書くと \(R_x(\pi/2) R_z(\pi/2) \neq R_z(\pi/2) R_x(\pi/2)\)。この「順序が重要」という性質が、非可換群の本質であり、Yang-Mills 理論(「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 17 章参照)の出発点になる。

\(SU(2)\):弱い力の対称性

\(2 \times 2\)ユニタリ行列\(U^\dagger U = I\))で行列式が 1\(\det U = 1\))のもの全体。

🔵 カイ: 「ユニタリ」って何だっけ?

🟡 リナ: 行列の逆行列が、転置して複素共役を取ったもの(\(U^{-1} = U^\dagger\))に等しいこと。複素数の成分を持つベクトル \(\mathbf{v} = (v_1, v_2)\) の「長さの 2 乗」を \(|v_1|^2 + |v_2|^2\) と定義したとき、ユニタリ行列をかけてもこの長さが変わらない。実数ベクトルの長さ \(\sqrt{x^2 + y^2}\) が直交行列(回転行列)で保たれるのと同じ発想で、複素数に拡張したものよ。

パラメータは 3 つ → 3 次元の Lie 群

🔵 カイ: なんで 3 つって分かるの?

🟡 リナ: 数えてみよう。\(2 \times 2\) の複素行列は 8 つの実パラメータを持つ(各成分が複素数で、実部と虚部で 2 つずつ、4 成分で \(2 \times 4 = 8\))。ユニタリ条件 \(U^\dagger U = I\) は何個の実条件を課すだろうか?

🔵 カイ: \(U^\dagger U\) って \(2 \times 2\) の行列だから、4 つの成分がそれぞれ \(I\) の成分と等しいって条件で……4 つの複素数の等式、つまり 8 個の実条件?

🟡 リナ: 一見そう見えるよね。でも実は \(U^\dagger U\) には特別な性質がある。\((U^\dagger U)^\dagger = U^\dagger (U^\dagger)^\dagger = U^\dagger U\) だから、\(U^\dagger U\)エルミート行列\(H^\dagger = H\) を満たす行列)なの。エルミート行列の成分には制約があるから、4 つの等式が全て独立ではないのよ。

🔵 カイ: エルミートだと何が変わるの?

🟡 リナ: エルミート行列は対角成分が実数(\(H_{ii}^* = H_{ii}\))で、非対角成分は \(H_{ji} = H_{ij}^*\) と互いに決まる。つまり、上三角部分(\(i < j\) の成分)を決めれば下三角部分は自動的に決まるから、独立な非対角成分は上三角の \(n(n-1)/2\) 個の複素数だけ。

🔵 カイ: あ、下三角は上三角の複素共役で決まるから、自由に選べるのは半分だけってことか。

🟡 リナ: そう。\(n \times n\) の場合、対角に \(n\) 個の実数、非対角に独立な \(n(n-1)/2\) 個の複素数(= \(n(n-1)\) 個の実数)があるので、エルミート行列の独立な実成分は \(n + n(n-1) = n^2\) 個。「\(n \times n\) エルミート行列 \(=\) 単位行列」という等式は、左辺の \(n^2\) 個の独立な実成分がそれぞれ単位行列の対応する成分(対角が 1、非対角が 0)に等しいという条件だから、\(n^2\) 個の独立な実数の等式になる。\(2 \times 2\) なら \(2^2 = 4\) 個。8 個ではなく 4 個ね。

⚪ メイ: なるほど、エルミートの性質のおかげで条件の数が半分以下に減るんですね。

🔵 カイ: ちょっと待って、エルミートだと条件が 4 個になるのは分かった。でも「\(\det U = 1\) で 1 つ減る」ってのは、行列式の条件が実数 1 個分ってこと? 行列式って複素数じゃないの?

🟡 リナ: いい疑問。ユニタリ行列の行列式は自動的に \(|\det U| = 1\) を満たすの(つまり \(\det U = e^{i\theta}\) の形で、絶対値は必ず 1)。だから \(\det U = 1\) は「\(\theta = 0\)」という 1 つの実数条件を追加で課しているだけ。よって \(8 - 4 = 4\)、さらに \(4 - 1 = 3\)

⚪ メイ: つまり、8 つの実パラメータからユニタリ条件で 4 つ、行列式の条件で 1 つ引いて、残りが 3 つということですね。

🟡 リナ: その通り。\(SU(2)\) の一般的な元は次のように書ける:

\[U = \begin{pmatrix} \alpha & -\beta^* \\ \beta & \alpha^* \end{pmatrix}, \quad |\alpha|^2 + |\beta|^2 = 1\]

ここで \(\alpha, \beta\) は複素数。行列式を計算すると(\(2 \times 2\) 行列 \(\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}\) の行列式は \(ad - bc\)):\(\det U = \alpha \cdot \alpha^* - (-\beta^*) \cdot \beta = |\alpha|^2 + |\beta|^2 = 1\) ✓。\(\alpha\)\(\beta\) は合わせて 4 つの実パラメータを持つが、\(|\alpha|^2 + |\beta|^2 = 1\) の条件で 1 つ減るので、独立な実パラメータは確かに 3 つ。

✅ 理解度チェック: \(SU(2)\) のパラメータ数が 3 になる理由を、条件の数え上げで説明してみましょう。

答え

\(2 \times 2\) 複素行列は 8 つの実パラメータを持つ。ユニタリ条件 \(U^\dagger U = I\) で 4 つの実条件が課され、\(\det U = 1\) でさらに 1 つ減る。よって \(8 - 4 - 1 = 3\)

📝 練習問題:

\(SU(2)\)\(SO(3)\) の関係:

\(SU(2)\)\(SO(3)\) は密接に関係している。\(SU(2)\) の 2 つの元 \(U\)\(-U\)\(SO(3)\) の同じ元に対応する(2 対 1 の対応)。これが「スピン \(1/2\) の粒子は \(360°\) 回転で符号が変わり、\(720°\) 回転で元に戻る」という不思議な性質の数学的起源(「量子力学」編 「量子力学」編 第 17 章参照)。

物理での役割: - 3 次元空間の回転の記述(スピン \(1/2\) の粒子の変換則) - 第 9 章の弱い力のゲージ群(こちらは空間の回転ではなく、粒子の内部状態の変換)

この 2 つは同じ \(SU(2)\) という数学的構造を共有するが、物理的には全く別の対称性。同じ群が異なる文脈で現れるのは、群論の普遍性の表れよ。

📝 練習問題:

\(SU(3)\):強い力の対称性

\(3 \times 3\) のユニタリ行列で行列式が 1 のもの全体。パラメータ数を数えよう:

\(3 \times 3\) の複素行列は \(3 \times 3 = 9\) 個の複素成分を持ち、各成分に実部と虚部があるので \(2 \times 9 = 18\) の実パラメータを持つ。ユニタリ条件 \(U^\dagger U = I\)\(3^2 = 9\) の実条件(\(SU(2)\) のときと同じ論法:\(U^\dagger U\) はエルミート行列なので独立な実成分は \(n^2\) 個)。\(\det U = 1\) でさらに 1 つ。よって \(18 - 9 - 1 = 8\) パラメータ。

🔵 カイ: \(SU(2)\) のときと全く同じ数え方で、サイズが大きくなっただけか。パターンが見えてきたな。

物理での役割(第 9 章): クォークは「色」(赤・緑・青)という 3 つの状態を持つ。\(SU(3)\) はこの 3 つの色の間の変換。色の変換で物理が変わらないことを要請すると、8 種類のグルーオンが自動的に現れ、強い力が導かれる

Lorentz 群 \(SO(1,3)\)

🟡 リナ: もう一つ、物理で重要な群を紹介しておく。Lorentz 群 \(SO(1,3)\) は、Minkowski 計量 \(\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(-1,+1,+1,+1)\) を保つ変換の群。3 つの空間回転と 3 つのブースト(速度変換)で、パラメータは 6 つ。

詳しくは 「場の量子論」編 「場の量子論」編 Appendix B(Lorentz 群と Poincaré 群の表現論)を参照。本書では第 5 章で Lorentz 不変性を議論した。

まとめ:標準模型のゲージ群

\[SU(3) \times SU(2) \times U(1)\]

表 D.2: 標準模型のゲージ群と媒介粒子

パラメータ数 対応する力 媒介粒子の数
\(SU(3)\) 8 強い力 8(グルーオン)
\(SU(2)\) 3 弱い力 3(\(W^+, W^-, Z\)
\(U(1)\) 1 電磁気力 1(光子)
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flowchart LR
    SM["標準模型のゲージ群<br/>SU(3) × SU(2) × U(1)"] --> SU3["SU(3)<br/>8パラメータ"]
    SM --> SU2["SU(2)<br/>3パラメータ"]
    SM --> U1["U(1)<br/>1パラメータ"]
    SU3 --> G["強い力<br/>8 グルーオン"]
    SU2 --> W["弱い力<br/>W⁺, W⁻, Z"]
    U1 --> P["電磁気力<br/>光子 γ"]
    style SM fill:#f9f,stroke:#333
    style G fill:#fdd,stroke:#c33
    style W fill:#ddf,stroke:#33c
    style P fill:#dfd,stroke:#3c3

図 D.4: 標準模型ゲージ群と媒介粒子の対応

⚪ メイ: 媒介粒子の数とパラメータ数がぴったり一致しているのは偶然じゃないんですね。

🟡 リナ: その通り。ゲージ群の各パラメータ(生成子)に対応して 1 つの媒介粒子が存在する。これは D.7 節で見るゲージ原理の帰結。

📝 練習問題:

✅ 理解度チェック: \(U(1)\) のパラメータはいくつで、標準模型ではどの力に対応するでしょうか?

答え

パラメータは 1 つ(角度 \(\theta\))で、電磁気力に対応する。

✅ 理解度チェック: \(SU(3)\) のパラメータ数はいくつで、それに対応する媒介粒子は何でしょうか?

答え

パラメータ数は 8 で、対応する媒介粒子は 8 種類のグルーオン。


D.4 Lie 代数 — 「無限小の変換」の代数

動機:有限変換から無限小変換へ

🟡 リナ: Lie 群の元(有限の変換)を直接扱うのは大変。例えば \(SU(2)\) の元は \(2 \times 2\) のユニタリ行列だけど、行列の掛け算を毎回やるのは面倒。でも、単位元の近くの無限小の変換だけを見れば、群の構造の大部分が分かる。

🔵 カイ: なんで「近く」だけで全体が分かるの?

🟡 リナ: たとえ話をしよう。地球の形を知りたいとき、地球全体を一度に見る必要はない。自分の足元の地面の曲がり具合(局所的な情報)を調べれば、地球が球であることが分かる。Lie 代数は「足元の曲がり具合」に相当する。数学的には、有限変換は無限小変換の「指数関数」で復元できるから(図 D.5「Lie群とLie代数の関係」)。

Lie群とLie代数の関係

図 D.5: Lie群とLie代数の関係。図 D_4: Lie 群は曲面のような構造を持ち、単位元 \(e\) での接空間が Lie 代数に対応する。生成子は単位元での「ずれの方向」(接ベクトル)であり、指数関数(\(e^{i\theta^a T_a}\))で有限変換を復元できる。

無限小変換と生成子の定義

\(SO(2)\) の回転行列 \(R(\theta)\) を、\(\theta\) が非常に小さい場合に展開してみよう:

\[R(\theta) = \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}\]

\(\theta \ll 1\) のとき、\(\cos\theta \approx 1 - \theta^2/2 \approx 1\)\(\sin\theta \approx \theta\) だから:

\[R(\theta) \approx \begin{pmatrix} 1 & -\theta \\ \theta & 1 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix} + \theta \begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}\]

整理すると:

\[R(\theta) \approx I + \theta J, \quad J = \begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}\]

この \(J\)\(SO(2)\)生成子(generator)。単位元からの「ずれの方向」を指定する行列。

⚪ メイ: 生成子 \(J\) から有限の回転 \(R(\theta)\) を復元できるんですか?

🟡 リナ: できる。指数関数を使って:

\[R(\theta) = e^{\theta J}\]

これを確認しよう。行列の指数関数は Taylor 展開で定義される:

\[e^{\theta J} = I + \theta J + \frac{(\theta J)^2}{2!} + \frac{(\theta J)^3}{3!} + \cdots\]

\(J^2\) を計算すると:

\[J^2 = \begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} -1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} = -I\]

したがって \(J^3 = J^2 \cdot J = -J\)\(J^4 = J^2 \cdot J^2 = I\)、... これは \(i^2 = -1\) のパターンと同じ!

🔵 カイ: おお、\(J\) を繰り返しかけると \(I, J, -I, -J, I, \ldots\) って循環するのか。虚数単位と同じ構造だ。

🟡 リナ: そう。展開を整理すると:

\[e^{\theta J} = \left(1 - \frac{\theta^2}{2!} + \frac{\theta^4}{4!} - \cdots\right)I + \left(\theta - \frac{\theta^3}{3!} + \cdots\right)J\]
\[= (\cos\theta)\, I + (\sin\theta)\, J = \begin{pmatrix} \cos\theta & -\sin\theta \\ \sin\theta & \cos\theta \end{pmatrix}\]

確かに \(R(\theta)\) が復元された。

✅ 理解度チェック: 生成子 \(J\) と有限変換 \(R(\theta)\) の関係を式で書いてください。

答え

\(R(\theta) = e^{\theta J}\)。有限変換は生成子の指数関数で復元できる。行列の指数関数は Taylor 展開 \(e^{\theta J} = I + \theta J + (\theta J)^2/2! + \cdots\) で定義される。

一般の Lie 群の場合

一般に、Lie 群の元を単位元の近くで展開すると:

\[U(\epsilon^1, \epsilon^2, \ldots, \epsilon^n) \approx I + i\epsilon^a T_a \qquad (\epsilon^a \ll 1)\]

ここで \(\epsilon^a\) の上付き \(a\) は累乗ではなく「\(a\) 番目のパラメータ」を表すラベル(\(\epsilon^1, \epsilon^2, \ldots\) のように番号を振っている)。\(T_a\)\(a = 1, 2, \ldots, n\))が生成子\(n\) は群のパラメータ数(群の次元)。\(i\epsilon^a T_a\)\(\sum_{a=1}^n i\epsilon^a T_a\) の略記。Appendix C で学んだ Einstein の縮約規則(同じ添字が上と下に現れたら和を取る)と同じ精神で、繰り返し添字は和を取る。

::: {.callout-warning}

群の内部添字の規約

群の内部空間の添字(\(a, b, c\) など)では、計量が \(\delta_{ab}\)(単位行列)なので上付きと下付きの区別に物理的な意味がない。そのため、文献によっては \(f_{abc}\) のように全て下付きで書いたり、\(\epsilon^a T_a\) のように上下を混ぜて書いたりする。本章では「繰り返し添字が現れたら(上下の位置に関わらず)和を取る」という緩い規約を採用する。これは時空の添字(\(\mu, \nu\) など)で Minkowski 計量 \(\eta_{\mu\nu}\) を使って上下を厳密に区別するのとは異なる規約なので注意。迷ったら \(\sum\) を明示して読めば問題ない。 :::

🔵 カイ: ちょっと待って、なんで \(i\) が前に付いてるの?

🟡 リナ: \(i\) を前に付けるのは、物理の慣習で生成子をエルミートにするため。なぜ \(i\) でエルミートになるか確認しよう:\(U \approx I + i\epsilon^a T_a\) がユニタリ(\(U^\dagger U = I\))であるためには、\(U^\dagger = I - i\epsilon^a T_a^\dagger\) との積が \(I\) になる必要がある。1 次の精度で \(U^\dagger U \approx I + i\epsilon^a(T_a - T_a^\dagger) = I\) だから、\(T_a = T_a^\dagger\)(エルミート)が必要。

🔵 カイ: エルミートって何がうれしいの?

🟡 リナ: エルミート行列とは \(T_a^\dagger = T_a\)(転置して複素共役を取ったものが元と等しい)を満たす行列のこと。エルミート行列の固有値は必ず実数になるの。

🔵 カイ: 固有値って何だっけ? 行列の「何か」が実数だとうれしいってこと?

🟡 リナ: 固有値とは、行列 \(A\) に対して \(A\mathbf{v} = \lambda\mathbf{v}\) を満たすスカラー \(\lambda\) のこと(\(\mathbf{v} \neq \mathbf{0}\) は固有ベクトルと呼ばれる)。行列をベクトルにかけると、一般にはベクトルの方向も大きさも変わる。でも特別なベクトル \(\mathbf{v}\) に対しては、方向が変わらず大きさだけ \(\lambda\) 倍になる——その倍率 \(\lambda\) が固有値。例えば \(2 \times 2\) の行列 \(\begin{pmatrix}3&0\\0&1\end{pmatrix}\) にベクトル \(\begin{pmatrix}1\\0\end{pmatrix}\) をかけると \(\begin{pmatrix}3\\0\end{pmatrix}\) になる。方向は同じで大きさが 3 倍——だから固有値は 3。量子力学では、物理量(エネルギーやスピンなど)の測定で得られる値が、対応する演算子の固有値に一致する。だから固有値が実数であることは「測定結果が実数になる」ことを保証してくれるの。

🔵 カイ: なるほど、\(i\) を付けることで生成子がエルミートになって、その固有値が実数——つまり測定で出てくる値になるってことか。

🟡 リナ: そう。先ほどの \(SO(2)\) の例では \(R(\theta) \approx I + \theta J\)\(i\) なしで書いた。これは数学の慣習。物理の慣習に合わせるなら、\(T = -iJ\) を定義して \(R(\theta) = e^{i\theta T}\) と書く(\(iT = J\) だから \(e^{i\theta T} = e^{\theta J}\) で同じもの)。\(T\) がエルミートであることも確認できる:\(J\) は実行列かつ反対称(\(J^T = -J\))なので、\(T^\dagger = (-iJ)^\dagger = (-i)^* J^\dagger = i J^T = i(-J) = -iJ = T\) ✓(ここで \((-i)^* = i\)\(J\) が実行列なので \(J^\dagger = J^T\)、そして \(J^T = -J\)(反対称)を使った)。

以降は物理の慣習(\(i\) 付き)で統一する。つまり、一般の Lie 群の元を \(U = e^{i\theta^a T_a}\) と書き、無限小では \(U \approx I + i\epsilon^a T_a\) とする。先ほどの \(SO(2)\) の例で言えば、\(R(\theta) = e^{\theta J} = e^{i\theta T}\)\(T = -iJ\))と書き直したものが物理の慣習に対応する。

有限変換は指数関数で:

\[U(\theta^1, \ldots, \theta^n) = e^{i\theta^a T_a}\]

🔵 カイ: ちょっと待って、\(\theta^a\) って \(\theta\)\(a\) 乗じゃないの? 上に書いてあるから累乗に見えるんだけど。

🟡 リナ: 紛らわしいよね。ここでの \(\theta^a\) は「\(a\) 番目のパラメータ」という意味で、上付きの添字は単なるラベル。累乗ではない。そして \(\theta^a T_a = \sum_{a=1}^n \theta^a T_a\) は、同じ添字 \(a\) が上付き(\(\theta^a\))と下付き(\(T_a\))に現れたら和を取る約束——Appendix C で学んだ Einstein の縮約規則と同じ記法を群の内部空間の添字にも流用しているの。時空の添字 \(\mu, \nu\) とは別物だけど、「繰り返し添字は和を取る」という約束は共通よ。慣れるまでは \(\sum\) を明示して読んでも構わない。

⚪ メイ: つまり、\(\theta^a\) の上付き \(a\) は累乗じゃなくてラベルで、同じ添字が上下に現れたら和を取る——Appendix C の縮約規則と同じ約束ということですね。

✅ 理解度チェック: Lie 群の元を単位元の近くで展開したとき、生成子 \(T_a\) の前に虚数単位 \(i\) を付ける物理的な理由は何でしょうか?

答え

生成子をエルミート(\(T_a^\dagger = T_a\))にするため。エルミート行列の固有値は実数なので、生成子を物理的な観測量(角運動量など)と対応させやすくなる。

交換関係と構造定数

🟡 リナ: ここからが核心。生成子同士の交換関係(commutation relation)が Lie 代数を定義する。

\[\boxed{[T_a, T_b] \equiv T_a T_b - T_b T_a = i f_{abc}\, T_c}\]

右辺の添字 \(c\) については和を取る(\(if_{abc}T_c = i\sum_c f_{abc}T_c\)、先ほど述べた群の内部添字の縮約規則による)。\(f_{abc}\)構造定数(structure constants)——群の「形」を決める数値。

🔵 カイ: なんで交換関係が重要なの?

🟡 リナ: 2 つの操作 \(A\)\(B\) を「\(A\) してから \(B\)」と「\(B\) してから \(A\)」で結果が違うかどうかを測るのが交換関係。

  • \([A, B] = 0\):順序を入れ替えても同じ(可換
  • \([A, B] \neq 0\):順序が重要(非可換

\(U(1)\) は可換(角度の足し算は順序によらない)。\(SU(2)\)\(SU(3)\) は非可換。

⚪ メイ: つまり、交換関係が \(0\) でなければ非可換で、その「ずれ具合」が構造定数 \(f_{abc}\) として数値化されているということですね。

🔵 カイ: でも、交換関係って「2 つの生成子の順序を入れ替えたときのずれ」だよな? それだけで群の全体像が分かるってのは、なんか情報が少なすぎない?

🟡 リナ: いい直感ね。でも実は十分なの。理由はこう:群の任意の元は \(e^{i\theta^a T_a}\) と書ける。2 つの元の積 \(e^{i\theta^a T_a} e^{i\phi^b T_b}\) を計算するとき、指数関数を展開すると \(T_a T_b\) のような生成子の積が出てくる。\(T_a T_b = T_b T_a + [T_a, T_b]\) と書き直せるから、交換関係さえ知っていれば全ての積を整理できる。つまり、交換関係が生成子の「掛け算の規則」を完全に決めていて、それが群全体の情報を含んでいるの。

✅ 理解度チェック: 交換関係 \([T_a, T_b] = 0\) が成り立つとき、2 つの操作にはどのような性質があるでしょうか?

答え

操作の順序を入れ替えても結果が同じ(可換)。\(T_a\) を先にやってから \(T_b\) をやっても、逆の順序でも同じ結果になる。

具体計算:\(SU(2)\) の Lie 代数

🟡 リナ: \(SU(2)\) の生成子を具体的に計算しよう。生成子は 3 つ:\(T_i = \sigma_i / 2\)\(\sigma_i\) は Pauli 行列)。

\[\sigma_1 = \begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}, \quad \sigma_2 = \begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix}, \quad \sigma_3 = \begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}\]

\([T_1, T_2]\) を計算してみよう。\(T_i = \sigma_i/2\) だから:

\[[T_1, T_2] = T_1 T_2 - T_2 T_1 = \frac{1}{4}(\sigma_1 \sigma_2 - \sigma_2 \sigma_1)\]

\(\sigma_1 \sigma_2\) を計算する:

\[\sigma_1 \sigma_2 = \begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}i&0\\0&-i\end{pmatrix} = i\sigma_3\]

\(\sigma_2 \sigma_1\) を計算する:

\[\sigma_2 \sigma_1 = \begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix}\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix} = \begin{pmatrix}-i&0\\0&i\end{pmatrix} = -i\sigma_3\]

したがって:

\[[T_1, T_2] = \frac{1}{4}(i\sigma_3 - (-i\sigma_3)) = \frac{1}{4} \cdot 2i\sigma_3 = \frac{i\sigma_3}{2} = iT_3\]

🔵 カイ: おお、きれいに \(iT_3\) が出てくるんだ!

🟡 リナ: 同様の計算を他の組み合わせでも行うと、一般に:

\[\boxed{[T_i, T_j] = i\varepsilon_{ijk}\, T_k}\]

ここで \(\varepsilon_{ijk}\) は Levi-Civita 記号(\(\varepsilon_{123} = 1\)、添字の偶置換で \(+1\)、奇置換で \(-1\)、同じ添字が 2 つ以上含まれる場合は \(0\))。偶置換・奇置換とは:\(123\) を基準として、任意の 2 つの添字を入れ替える操作を繰り返して目的の並びに到達するとき、入れ替え回数が偶数なら偶置換、奇数なら奇置換。例えば \(231\)\(123 \to 213\)(1 と 2 を入れ替え)\(\to 231\)(1 と 3 を入れ替え)と 2 回の入れ替えで到達するので偶置換(\(\varepsilon_{231} = +1\))、\(132\)\(123 \to 132\)(2 と 3 を入れ替え)と 1 回で到達するので奇置換(\(\varepsilon_{132} = -1\))。

🟡 リナ: つまり \(SU(2)\) の構造定数は \(f_{ijk} = \varepsilon_{ijk}\)。そしてこれは角運動量の交換関係と全く同じ形。量子力学(「量子力学」編 「量子力学」編 第 15 章)でスピンの交換関係 \([J_i, J_j] = i\hbar\varepsilon_{ijk}J_k\) を学んだ人は、既に \(SU(2)\) の Lie 代数を知っていたことになるわ(\(\hbar = 1\) の単位系で)。ちなみに、\([T_1, T_2] = iT_3\)\([T_2, T_3] = iT_1\)\([T_3, T_1] = iT_2\) と循環的に入れ替わる構造は、\(x, y, z\) 軸の外積 \(\hat{x} \times \hat{y} = \hat{z}\) と同じパターンよ。

⚪ メイ: なるほど、一般的な定義 \([T_a, T_b] = if_{abc}T_c\)\(f_{abc}\) が、\(SU(2)\) では具体的に \(\varepsilon_{ijk}\) になるんですね。外積と同じ循環構造だから、\([T_1, T_2] = iT_3\) を覚えておけば残りは添字を回すだけで出せる。

🟡 リナ: その通り。これが \(SO(3)\) / \(SU(2)\) の Lie 代数。量子力学の角運動量演算子 \(J_i\)\(\hbar = 1\) の単位系で \(J_i = T_i\))も全く同じ交換関係を満たす。具体的に書き下すと:

\[[T_1, T_2] = iT_3, \quad [T_2, T_3] = iT_1, \quad [T_3, T_1] = iT_2\]

✅ 理解度チェック: \(SU(2)\) の構造定数 \(f_{ijk}\) は何に等しいでしょうか?

答え

Levi-Civita 記号 \(\varepsilon_{ijk}\)\(\varepsilon_{123} = 1\) で、添字の偶置換で \(+1\)、奇置換で \(-1\)、同じ添字が含まれる場合は \(0\)

📝 練習問題:

構造定数の性質

構造定数 \(f_{abc}\) には重要な性質がある:

反対称性: 交換関係の定義 \([T_a, T_b] = -[T_b, T_a]\) から、

\[f_{abc} = -f_{bac}\]

つまり最初の 2 つの添字を入れ替えると符号が変わる。

Jacobi 恒等式: 任意の 3 つの生成子について、

\[[T_a, [T_b, T_c]] + [T_b, [T_c, T_a]] + [T_c, [T_a, T_b]] = 0\]

これを構造定数で書くこともできる(添字が複雑になるので、ここでは結果だけ示す):

\[f_{abe}\, f_{ecd} + f_{bce}\, f_{ead} + f_{cae}\, f_{ebd} = 0\]

(添字 \(e\) について和を取る。\(a, b, c, d\) は自由添字。)この式を直接使う場面は本章では出てこないけれど、Jacobi 恒等式は Lie 代数が数学的に矛盾なく定義されるための整合性条件であり、ゲージ理論が物理的に整合的であること(例えば確率の保存)を保証する上でも重要な役割を果たす。

✅ 理解度チェック: 構造定数 \(f_{abc}\) の反対称性とは何でしょうか?

答え

最初の 2 つの添字を入れ替えると符号が変わること:\(f_{abc} = -f_{bac}\)。これは交換関係の定義 \([T_a, T_b] = -[T_b, T_a]\) から直接従う。

Virasoro 代数(第 16 章への予告)

🟡 リナ: 弦理論の共形場理論で登場する Lie 代数も、予告として紹介しておく。ここでは雰囲気だけ掴めれば十分よ。

弦の世界面上の対称性(共形対称性)を記述する生成子 \(L_n\)\(n\) は整数)は無限個ある。これらの交換関係は:

\[[L_m, L_n] = (m-n)L_{m+n} + \frac{c}{12}m(m^2-1)\delta_{m+n,0}\]

ここで \(\delta_{m+n,0}\) は Kronecker のデルタ(\(m + n = 0\) のとき 1、それ以外は 0)。第 1 項 \((m-n)L_{m+n}\) は「2 つの生成子の交換関係が、別の生成子の線形結合になる」という点で \(SU(2)\)\([T_i, T_j] = i\varepsilon_{ijk}T_k\) と似た構造。ただし第 2 項は新しい。\(c\)中心電荷と呼ばれる定数で、有限次元の Lie 代数(\(SU(2)\) など)にはない特徴。この項が弦理論の時空次元を \(D = 26\)(ボソン弦)や \(D = 10\)(超弦)に制限する原因になる。詳しくは 第 14 章, 第 16 章 で学ぶ。

🔵 カイ: 無限個の生成子って、\(SU(2)\) の 3 つとは全然スケールが違うな……。

🟡 リナ: そう。だからこそ弦理論は豊かな構造を持つの。今は「こういうものがある」と知っておくだけで大丈夫。

✅ 理解度チェック: Lie 代数を定義する生成子 \(T_a\) 同士の交換関係 \([T_a, T_b] = if_{abc}T_c\) に現れる \(f_{abc}\) は何と呼ばれるでしょうか?

答え

構造定数(structure constants)。群の「形」を決める数値。

✅ 理解度チェック: \(SU(2)\) の Lie 代数の交換関係は、量子力学のどの物理量の交換関係と同じでしょうか?

答え

角運動量(スピン)の交換関係と全く同じ。\([J_i, J_j] = i\varepsilon_{ijk}J_k\)


D.5 表現 — 群を行列で「見る」

表現とは

🟡 リナ: 群の抽象的な元を、具体的な行列として「表現」すること。同じ群でも、異なるサイズの行列で表現できる。

🔵 カイ: 同じ群なのに行列のサイズが違う?

🟡 リナ: たとえ話をしよう。「回転」という抽象的な操作は、2 次元の絵を回すこともできるし、3 次元の物体を回すこともできる。同じ「回転」でも、2 次元なら \(2 \times 2\) の行列、3 次元なら \(3 \times 3\) の行列で表される。行列のサイズが違っても、回転の「構造」(交換関係など)は同じ。

数学的に言うと:群 \(G\)表現とは、\(G\) の各元 \(g\) に行列 \(D(g)\) を対応させる写像で、群の積を保つもの:

\[D(g_1) D(g_2) = D(g_1 \cdot g_2)\]

行列のサイズ \(n\) を表現の次元と呼ぶ。

✅ 理解度チェック: 群の表現において、群の積を保つとはどういうことでしょうか?式で書いてください。

答え

\(D(g_1) D(g_2) = D(g_1 \cdot g_2)\)。群の元の積に対応する行列が、それぞれの行列の積に等しいこと。

\(SU(2)\) の表現とスピン

\(SU(2)\) には、各スピン量子数 \(j = 0, 1/2, 1, 3/2, 2, \ldots\) に対して \((2j+1)\) 次元の表現が 1 つずつ存在する。

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flowchart TD
    SU2["SU(2) 群"] --> j0["j = 0<br/>1×1 行列<br/>スカラー粒子"]
    SU2 --> j12["j = 1/2<br/>2×2 行列<br/>電子・クォーク"]
    SU2 --> j1["j = 1<br/>3×3 行列<br/>W ボソン"]
    SU2 --> j32["j = 3/2<br/>4×4 行列<br/>gravitino"]
    SU2 --> jdots["..."]
    style SU2 fill:#fef,stroke:#636
    style j12 fill:#ffd,stroke:#aa0

図 D.6: SU(2)群のスピン表現と粒子

表 D.3: SU(2) の表現とスピン量子数

表現 次元 \((2j+1)\) 物理的な意味
\(j = 0\)(自明表現) 1 スカラー(スピン 0)
\(j = 1/2\)(基本表現) 2 スピン \(1/2\)(電子、クォーク)
\(j = 1\)(随伴表現、下で定義) 3 スピン \(1\)\(W\) ボソン)
\(j = 3/2\) 4 スピン \(3/2\)(gravitino)

\(SU(2)\) の随伴表現の次元は生成子の数(= 3)に等しい。\(2j+1 = 3\) を満たすのは \(j = 1\) なので、随伴表現はスピン 1 の表現と一致する。

基本表現\(j = 1/2\))では、生成子は \(T_i = \sigma_i/2\)\(2 \times 2\) 行列)。

随伴表現\(j = 1\))では、生成子は \(3 \times 3\) 行列で、その成分は構造定数そのもの:

\[(T_a)_{bc} = -if_{abc}\]

なぜこの定義が自然かというと、交換関係 \([T_a, T_b] = if_{abc}T_c\) は「\(T_a\)\(T_b\) に作用して \(T_c\) の方向に回す」と読める。つまり生成子自身が、他の生成子を「回す」行列として振る舞う——その行列成分がまさに構造定数 \(f_{abc}\) なの。

🔵 カイ: へえ、構造定数がそのまま行列の成分になるのか。なんか自己参照的で面白いな。

🟡 リナ: 随伴表現の次元は生成子の数に等しい(\(SU(2)\) なら 3、\(SU(3)\) なら 8)。これが「ゲージ場は随伴表現に属する」→「媒介粒子の数 = 生成子の数」という対応の数学的根拠。

\(SU(2)\) の場合、\((T_i)_{jk} = -i\varepsilon_{ijk}\) となる。つまり \(T_i\) という行列の \((j, k)\) 成分が \(-i\varepsilon_{ijk}\) で与えられる。例えば \(T_1\)\((2,3)\) 成分は、\(i=1, j=2, k=3\) を代入して \((T_1)_{23} = -i\varepsilon_{123} = -i\)\(\varepsilon_{123} = +1\) は基本の順列)。\((3,2)\) 成分は \((T_1)_{32} = -i\varepsilon_{132} = +i\)\(132\)\(123\) の最後の 2 つ(\(2\)\(3\))を入れ替えたもので、1 回の入れ替え = 奇置換なので \(\varepsilon_{132} = -1\))。対角成分はどうか? 例えば \((T_1)_{11} = -i\varepsilon_{111}\)\(\varepsilon_{ijk}\) は同じ添字が 2 つ以上含まれると 0 なので、\((T_1)_{11} = 0\)。同様に \((T_1)_{12} = -i\varepsilon_{112} = 0\)\((T_1)_{13} = -i\varepsilon_{113} = 0\)。つまり \(T_1\) の第 1 行と第 1 列は全てゼロ。同様に全成分を書き下すと:

\[T_1 = \begin{pmatrix} 0&0&0 \\ 0&0&-i \\ 0&i&0 \end{pmatrix}, \quad T_2 = \begin{pmatrix} 0&0&i \\ 0&0&0 \\ -i&0&0 \end{pmatrix}, \quad T_3 = \begin{pmatrix} 0&-i&0 \\ i&0&0 \\ 0&0&0 \end{pmatrix}\]

これらが \([T_i, T_j] = i\varepsilon_{ijk}T_k\) を満たすことは直接計算で確認できる。

標準模型での粒子の分類

第 9 章の標準模型では、各粒子がゲージ群の特定の表現に属する:

  • 左巻きクォーク:\(SU(3)\) の基本表現(3 次元)かつ \(SU(2)\) の基本表現(2 次元)
  • 右巻き電子:\(SU(2)\) の自明表現(1 次元、つまり弱い力を感じない)
  • グルーオン:\(SU(3)\) の随伴表現(8 次元)

🔵 カイ: へえ、左巻きクォークは \(SU(3)\) で 3 次元、\(SU(2)\) で 2 次元……って、粒子ごとに「どの表現に属するか」が決まってるのか。

🟡 リナ: そう。そして逆に言えば、対称性が粒子を分類している。対称性を指定すれば、どんな粒子が存在しうるかが制約される。これが群論が物理で強力な理由。

⚪ メイ: つまり、粒子の性質は「どの群のどの表現に属するか」というラベルで整理できるということですね。

✅ 理解度チェック: 標準模型において、グルーオンは \(SU(3)\) のどの表現に属し、その次元はいくつでしょうか?

答え

随伴表現に属し、次元は 8。これが 8 種類のグルーオンが存在する理由。

📝 練習問題:

✅ 理解度チェック: 群の「表現」とは何でしょうか?

答え

群の抽象的な元を具体的な行列として実現すること。同じ群でも異なるサイズの行列で表現できる。

✅ 理解度チェック: \(SU(2)\) の基本表現(\(2 \times 2\) 行列)は、物理的にはスピンいくつの粒子に対応するでしょうか?

答え

スピン \(1/2\) の粒子(電子、クォークなど)に対応する。


D.6 対称性と保存則 — Noether の定理の導出

定理の主張

🟡 リナ: 連続的な対称性には、対応する保存量がある。これが Noether の定理。「量子力学」編 「量子力学」編 第 26 章と「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 3 章で既に触れているけど、ここでは場の理論版の導出を丁寧にやる。

導出

\(\phi(x)\)作用(action)を考える。作用とは、場の運動の「コスト」を表す量。高校物理で「光は最短経路を通る」(Fermat の原理)を学んだかもしれないけど、それと同じ発想で、自然界の場は「作用が最小(正確には停留)になる配位」を選ぶ——これが最小作用の原理。Newton の運動方程式も、実はこの原理から導ける(「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 3 章 参照)。作用は Lagrangian 密度 \(\mathcal{L}\) を時空全体で積分したもの:

\[S = \int d^4x\, \mathcal{L}(\phi, \partial_\mu\phi)\]

ここで \(\mathcal{L}\) は場 \(\phi\) とその微分 \(\partial_\mu\phi\)\(\mu = 0, 1, 2, 3\) で、時間微分 \(\partial_0\phi = \partial\phi/\partial t\) と空間微分 \(\partial_i\phi\) の 4 成分)の関数。\(d^4x = dt\,dx\,dy\,dz\) は 4 次元時空の体積要素。作用を最小にする条件から導かれる方程式が Euler-Lagrange 方程式(運動方程式):

\[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\phi} - \partial_\mu\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)} = 0\]

ここで第 2 項は \(\mu = 0, 1, 2, 3\) について和を取る(同じ添字 \(\mu\) が繰り返し現れたら和を取る約束)。展開すると \(\partial_0\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_0\phi)} + \partial_1\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_1\phi)} + \partial_2\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_2\phi)} + \partial_3\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_3\phi)}\) という 4 つの項の和。例えば \(\mu = 2\) の項は「\(\partial_2\phi\)\(\mathcal{L}\) を微分し、その結果をさらに \(x^2\) で微分する」という意味。

🔵 カイ: ちょっと待って、\(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\) って「微分で微分する」ってこと? 何を変数と見なしてるの?

🟡 リナ: いい質問。\(\mathcal{L}\)\(\phi\)\(\partial_\mu\phi\) の 2 つを「独立な変数」として受け取る関数だと思って。例えば \(f(x, y)\)\(x\) で偏微分するとき \(y\) は定数扱いするでしょう? それと同じで、\(\partial\mathcal{L}/\partial\phi\) は「\(\partial_\mu\phi\) を固定して \(\phi\) だけ動かしたときの変化率」、\(\partial\mathcal{L}/\partial(\partial_\mu\phi)\) は「\(\phi\) を固定して \(\partial_\mu\phi\) だけ動かしたときの変化率」。記法は奇妙に見えるけど、やっていることは普通の偏微分よ。

直感的には、第 1 項 \(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\phi}\) は「場 \(\phi\) の値そのものがどう Lagrangian に効くか」、第 2 項は「場の変化率(微分)がどう効くか」を表していて、両者のバランスが運動方程式を決める。Newton の \(F = ma\) で言えば、力(ポテンシャルの微分)と加速度(位置の 2 階微分)のバランスに対応する。

🔵 カイ: つまり、Newton の運動方程式の「場バージョン」みたいなものか。でも、なんでこの式の形になるのかは正直まだピンと来てない。

🟡 リナ: 正直に言ってくれてありがとう。簡単に言うと、「作用 \(S\) を最小にする」とは「\(S\) を少し変えたとき変化がゼロ」ということ。\(f(x)\) の最小値で \(f'(x) = 0\) になるのと同じ発想よ。実は 1 次元の粒子の場合、\(L = \frac{1}{2}m\dot{x}^2 - V(x)\) に対して Euler-Lagrange 方程式 \(\frac{\partial L}{\partial x} - \frac{d}{dt}\frac{\partial L}{\partial \dot{x}} = 0\) を適用すると、\(\frac{\partial L}{\partial x} = -V'(x)\)\(\frac{\partial L}{\partial \dot{x}} = m\dot{x}\) だから \(-V'(x) - m\ddot{x} = 0\)、つまり \(m\ddot{x} = -V'(x)\)——Newton の \(F = ma\) がそのまま出てくるの。場の理論版はその拡張で、粒子の位置 \(x(t)\) の代わりに場 \(\phi(x)\) が、速度 \(\dot{x}\) の代わりに場の微分 \(\partial_\mu\phi\) が対応すると思えばいい。対応関係を表にまとめると:

粒子力学 場の理論
位置 \(x(t)\) \(\phi(x)\)
速度 \(\dot{x}\) 場の微分 \(\partial_\mu\phi\)
時間 \(t\) 時空座標 \(x^\mu\)
\(\frac{\partial L}{\partial x} - \frac{d}{dt}\frac{\partial L}{\partial\dot{x}} = 0\) \(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\phi} - \partial_\mu\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)} = 0\)

⚪ メイ: 粒子力学と場の理論の対応がきれいに並ぶのね。構造は同じで、変数が増えただけということですね。

🟡 リナ: 導出の詳細は 「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 3 章 で丁寧にやるので、ここでは「作用を最小にする条件から出てくる運動方程式」として認めて先に進もう。

これから Noether の定理を導出するけど、使うのは今の Euler-Lagrange 方程式と、高校で学んだ積の微分の公式 \((fg)' = f'g + fg'\)、そして多変数関数の全微分(\(\Delta f \approx \frac{\partial f}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial f}{\partial y}\Delta y\))の 3 つだけ。全微分は直後に説明するから心配しないで。Euler-Lagrange 方程式を「運動方程式が成り立つ場では、ある量がゼロになる」という事実として受け入れてくれれば、残りの議論は追えるはずよ。

連続変換 \(\phi(x) \to \phi(x) + \delta\phi(x)\) のもとで、Lagrangian 密度の変化は:

\[\delta\mathcal{L} = \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\phi}\,\delta\phi + \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\delta(\partial_\mu\phi)\]

これは多変数関数の全微分と同じ構造。1 変数の場合、\(f(x)\)\(x\) から \(x + \Delta x\) に変えたとき \(\Delta f \approx f'(x)\Delta x\) と書けるのは高校で学んだはず。2 変数の場合はその拡張で、\(f(x, y)\) の微小変化は \(\Delta f \approx \frac{\partial f}{\partial x}\Delta x + \frac{\partial f}{\partial y}\Delta y\)——各変数の変化による寄与を足し合わせるだけ。同じ要領で、\(\mathcal{L}(\phi, \partial_\mu\phi)\) の 2 つの「変数」\(\phi\)\(\partial_\mu\phi\) がそれぞれ \(\delta\phi\)\(\delta(\partial_\mu\phi)\) だけ変化したときの \(\mathcal{L}\) の変化を表している(第 2 項の \(\mu\) については和を取る)。

🔵 カイ: なるほど、各変数の変化を足し合わせるだけってことか。全微分って名前は大げさだけど、やってることはシンプルだな。

🟡 リナ: \(\delta\)\(\partial_\mu\) は順序を交換できる。\(\delta\) は「場の形を少し変える」操作、\(\partial_\mu\) は「ある点での傾きを見る」操作で、互いに干渉しない。具体的に確認しよう:\(\phi\)\(\phi + \epsilon\, \eta(x)\) に変えたとする(\(\eta(x)\) は変化の「形」)。すると \(\delta\phi = \epsilon\,\eta\) で、\(\partial_\mu(\delta\phi) = \epsilon\,\partial_\mu\eta\)。一方、\(\delta(\partial_\mu\phi) = \partial_\mu(\phi + \epsilon\,\eta) - \partial_\mu\phi = \epsilon\,\partial_\mu\eta\)。確かに一致する。つまり \(\delta(\partial_\mu\phi) = \partial_\mu(\delta\phi)\)。代入すると:

\[\delta\mathcal{L} = \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\phi}\,\delta\phi + \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\partial_\mu(\delta\phi)\]

ここからのゴールは、\(\delta\mathcal{L}\) を「運動方程式の部分」と「全微分の部分」に分離すること。そのために、第 2 項を積の微分の公式で書き換える:

\[\partial_\mu\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\delta\phi\right] = \partial_\mu\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\right]\delta\phi + \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\partial_\mu(\delta\phi)\]

これを使うと:

\[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\partial_\mu(\delta\phi) = \partial_\mu\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\delta\phi\right] - \partial_\mu\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\right]\delta\phi\]

これを代入すると:

\[\delta\mathcal{L} = \left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\phi} - \partial_\mu\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\right]\delta\phi + \partial_\mu\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\delta\phi\right]\]

⚪ メイ: 第 1 項がちょうど Euler-Lagrange 方程式の形になっていますね。

🟡 リナ: その通り。第 1 項の \([\cdots]\)Euler-Lagrange 方程式(運動方程式)そのもの。運動方程式が成り立つ場(on-shell)では、これはゼロ:

\[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial\phi} - \partial_\mu\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)} = 0 \quad \text{(運動方程式)}\]

したがって、運動方程式が成り立つとき:

\[\delta\mathcal{L} = \partial_\mu\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\delta\phi\right]\]

ここで、変換が対称性であるとは、作用 \(S\) が不変であること。最も単純な場合は \(\delta\mathcal{L} = 0\)(Lagrangian 密度自体が不変)で、このとき:

\[\boxed{\delta\mathcal{L} = 0 \quad \Longrightarrow \quad \partial_\mu j^\mu = 0}\]

ここで Noether カレント \(j^\mu\) は:

\[\boxed{j^\mu = \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\delta\phi}\]

場が複数成分を持つ場合(例えば複素場 \(\phi\)\(\phi^*\))は、各成分からの寄与を足し合わせる:\(j^\mu = \sum_i \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi_i)}\,\delta\phi_i\)。具体例 2 で実際にこれを使う。

より一般には、\(\delta\mathcal{L}\) がゼロでなくても全微分 \(\delta\mathcal{L} = \partial_\mu K^\mu\) の形になれば作用は不変(境界項が消える条件のもとで)であり、保存カレントは \(j^\mu - K^\mu\) に修正される。空間並進の例(下記)はこの一般的な場合に該当するが、本質的な構造は同じ。

\(\partial_\mu j^\mu = 0\)保存則(連続の方程式)。対応する保存電荷は:

\[Q = \int d^3x\, j^0(x)\]

なぜ \(Q\) が保存するか:\(\partial_\mu j^\mu = \partial_0 j^0 + \partial_i j^i = 0\) を空間全体で積分すると、\(\frac{dQ}{dt} = -\int d^3x\, \partial_i j^i\)。右辺は Gauss の定理で境界(無限遠)での面積分になるが、場が無限遠でゼロになる条件のもとで消える。よって \(\frac{dQ}{dt} = 0\)\(Q\) は時間変化しない)。

🔵 カイ: ちょっと待って。途中で積の微分の公式を使って項を分けたのは、Euler-Lagrange 方程式の形を作り出すためだったのか。

🟡 リナ: その通り。運動方程式を満たす場では第 1 項がゼロになるから、残りが全微分の形になる。それが保存則。

🔵 カイ: すごい。対称性(\(\delta\mathcal{L} = 0\))を仮定するだけで、保存量が自動的に出てくるんだ。

🟡 リナ: そう。これが Noether の定理の威力。具体例を見てみよう。

具体例 1:空間並進 → 運動量保存

::: {.callout-tip}

読み方のヒント

この例は添字の操作がやや重い。もし途中で詰まったら、先に「具体例 2:\(U(1)\) 位相変換 → 電荷保存」を読んでから戻ってくると、Noether の定理の構造がクリアに見えるはず。 :::

この例は先ほどの導出より少し複雑で、\(\delta\mathcal{L} = 0\) ではなく全微分になる場合に該当する。「全微分になる」とは、\(\delta\mathcal{L}\) がゼロではないけれど \(\delta\mathcal{L} = \partial_\mu(\text{何か})\) の形に書けるということ——この場合も作用の積分は境界条件のもとで不変になる。

変換:\(\phi(x) \to \phi(x + \epsilon) \approx \phi(x) + \epsilon^\nu \partial_\nu\phi\)

つまり \(\delta\phi = \epsilon^\nu \partial_\nu\phi\)。各方向 \(\nu\) ごとに Noether カレントが 1 つずつ得られる。\(\nu\) 方向の並進に対応するカレントは:

空間並進では \(\delta\phi = \epsilon^\nu\partial_\nu\phi\) だから、Noether カレントの公式 \(j^\mu = \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\delta\phi\) に代入すると \(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\epsilon^\nu\partial_\nu\phi\) が得られる。

しかし、空間並進のもとでは Lagrangian 密度自体もゼロではなく全微分として変化する。なぜか? \(\mathcal{L}\)\(\phi\)\(\partial_\mu\phi\) の関数だが、\(\phi(x)\) 自体が \(x\) に依存するので、結局 \(\mathcal{L}\)\(x\) の関数でもある。空間を \(\epsilon\) だけずらすと、\(\mathcal{L}\) の値も場所がずれた分だけ変わる。具体的には、\(\mathcal{L}(x) \to \mathcal{L}(x + \epsilon) \approx \mathcal{L}(x) + \epsilon^\nu\partial_\nu\mathcal{L}(x)\)。つまり \(\delta\mathcal{L} = \epsilon^\nu\partial_\nu\mathcal{L}\)\(\epsilon^\nu\) は定数(場所に依存しない微小量)なので \(\partial_\mu\) の外に出せる。こここで \(\partial_\nu\mathcal{L}\)\(\partial_\mu(\cdots)\) の形にまとめたい。なぜそうしたいかというと、最終的に保存カレント \(j^\mu\)\(\delta\mathcal{L}\) の部分を「同じ \(\partial_\mu\) の中にまとめて引き算する」ことで、保存則 \(\partial_\mu(\cdots) = 0\) の形に持ち込みたいから。そのためには両者が同じ添字 \(\mu\)\(\partial_\mu(\cdots)\) と書かれている必要がある。物理的内容は何も変わっていない——添字を揃えるための準備よ。

そのために Kronecker のデルタ \(\delta^\mu_\nu\) を使う。これは \(\mu = \nu\) のとき 1、\(\mu \neq \nu\) のとき 0 となる記号。例えば \(\delta^0_0 = 1\)\(\delta^1_0 = 0\)\(\delta^2_2 = 1\) など。最も重要な性質は「添字を選び出す」こと:\(\sum_\mu \delta^\mu_\nu A_\mu = A_\nu\)\(\mu = \nu\) の項だけが生き残り、他は 0 で消える)。具体的に \(\nu = 2\) なら \(\sum_\mu \delta^\mu_2 A_\mu = \delta^0_2 A_0 + \delta^1_2 A_1 + \delta^2_2 A_2 + \delta^3_2 A_3 = 0 + 0 + A_2 + 0 = A_2\)

これを使うと \(\partial_\nu\mathcal{L} = \delta^\mu_\nu\partial_\mu\mathcal{L}\) と書き直せる。したがって \(\delta\mathcal{L} = \epsilon^\nu \delta^\mu_\nu\partial_\mu\mathcal{L} = \partial_\mu(\epsilon^\nu \delta^\mu_\nu \mathcal{L})\)(最後の等号は \(\epsilon^\nu \delta^\mu_\nu\) が定数だから \(\partial_\mu\) の中に入れられることによる)。これは先に述べた「\(\delta\mathcal{L}\) が全微分 \(\partial_\mu K^\mu\) の形なら保存カレントは \(j^\mu - K^\mu\) に修正される」という一般的な場合に該当する。\(\delta\mathcal{L} = \epsilon^\nu\partial_\nu\mathcal{L} = \partial_\mu(\epsilon^\nu\delta^\mu_\nu\mathcal{L})\) なので \(K^\mu = \epsilon^\nu\delta^\mu_\nu\mathcal{L}\)(ここで \(\delta^\mu_\nu\) は Kronecker のデルタで、\(\mu = \nu\) のとき 1、それ以外は 0。\(\sum_\mu \delta^\mu_\nu A_\mu = A_\nu\) のように添字を選び出す役割を果たす)。修正された保存カレントは \(j^\mu - K^\mu\) だから:

\[j^\mu - K^\mu = \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\epsilon^\nu\partial_\nu\phi - \epsilon^\nu\delta^\mu_\nu\mathcal{L} = \epsilon^\nu\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\partial_\nu\phi - \delta^\mu_\nu \mathcal{L}\right]\]

最後の等号で \(\epsilon^\nu\) を共通因子として括り出した。括弧内を \(T^\mu{}_\nu\) と定義する:

\[T^\mu{}_\nu \equiv \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,\partial_\nu\phi - \delta^\mu_\nu \mathcal{L}\]

保存カレントの保存則 \(\partial_\mu(j^\mu - K^\mu) = 0\)\(\partial_\mu(\epsilon^\nu T^\mu{}_\nu) = \epsilon^\nu \partial_\mu T^\mu{}_\nu = 0\) と書ける(\(\epsilon^\nu\) は定数だから \(\partial_\mu\) の外に出せる)。ここで \(\epsilon^\nu\) は任意の微小定数ベクトルなので、任意の \(\epsilon^\nu\) に対して \(\epsilon^\nu \partial_\mu T^\mu{}_\nu = 0\) が成り立つためには、各 \(\nu\) について \(\partial_\mu T^\mu{}_\nu = 0\) でなければならない(任意の \(\epsilon^\nu\) に対して \(\epsilon^\nu X_\nu = 0\) が成り立つなら \(X_\nu = 0\)、という論法)。つまり、正準エネルギー運動量テンソル \(T^\mu{}_\nu\) は保存則を満たす:

\[\partial_\mu T^\mu{}_\nu = 0\]

ここで \(T^\mu{}_\nu\) は上付き添字 \(\mu\) と下付き添字 \(\nu\) を持つ量で、\(\mu\) は「流れの方向」、\(\nu\) は「並進の方向」を指定する(\(\nu = 0\) が時間方向、\(\nu = 1, 2, 3\) が空間方向)。この量は場のエネルギーや運動量の「流れ」を記述する(詳しくは 「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 3 章 参照)。保存電荷は:

\[P_\nu = \int d^3x\, T^0{}_\nu\]

\(\nu = 1, 2, 3\) のとき \(P_\nu\) は各方向の運動量に対応する。\(\nu = 0\) のときはエネルギーに対応する保存量が得られる(正確な符号は計量の符号規約に依存するが、ここでは「時間並進 → エネルギー保存、空間並進 → 運動量保存」という対応関係が本質)。つまり、空間並進の対称性から運動量保存が、時間並進の対称性からエネルギー保存が導かれる。

🔵 カイ: 正直、添字がたくさん出てきて途中の計算は追いきれなかった。でも結論は「空間をずらしても物理が変わらない → 運動量が保存する」ってことだよな?

🟡 リナ: そう、結論はそれ。途中の添字操作は Appendix C の練習だと思って。大事なのは「対称性 → 保存則」という構造が、次の \(U(1)\) の例でもっとクリアに見えるから、そちらを先に理解してから戻ってきてもいいわ。

具体例 2:\(U(1)\) 位相変換 → 電荷保存

複素スカラー場 \(\phi\) に対する変換:\(\phi \to e^{i\alpha}\phi \approx \phi + i\alpha\phi\)\(\alpha \ll 1\)

つまり \(\delta\phi = i\alpha\phi\)。Noether カレントは:

複素場 \(\phi\) は実部 \(\phi_1\) と虚部 \(\phi_2\)\(\phi = \phi_1 + i\phi_2\))の 2 つの実数場をまとめたもの。

🔵 カイ: ちょっと待って、\(\phi^*\) って \(\phi\) が決まれば自動的に決まるよな? なんで「独立変数」として扱えるの?

🟡 リナ: いい疑問。実は \(\phi\)\(\phi^*\) を独立に扱うのは、\(\phi_1 = (\phi + \phi^*)/2\)\(\phi_2 = (\phi - \phi^*)/(2i)\) を独立に扱うのと数学的に等価なの。変数を \((\phi_1, \phi_2)\) から \((\phi, \phi^*)\) に変換しただけ。偏微分の計算が楽になるテクニックよ。

🔵 カイ: ああ、実部と虚部を別々に扱うのと同じことを、\(\phi\)\(\phi^*\) でやってるだけか。

🟡 リナ: そう。では続けよう。\(\delta\phi = i\alpha\phi\)\(\delta\phi^* = -i\alpha\phi^*\) だから、Noether カレントは両方の寄与を足し合わせる。一般の公式 \(j^\mu = \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi_i)}\,\delta\phi_i\) に代入すると \(\alpha\left[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,(i\phi) + \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi^*)}\,(-i\phi^*)\right]\) が得られる。保存則 \(\partial_\mu j^\mu = 0\) は全体に掛かる定数 \(\alpha\) を割っても成り立つので、\(\alpha\) を除いた部分を改めて Noether カレントと定義する: $\(j^\mu = \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\,(i\phi) + \frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi^*)}\,(-i\phi^*)\)$

例えば、自由な複素スカラー場 \(\mathcal{L} = (\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi) - m^2\phi^*\phi\) の場合を考えよう。結論を先に言うと、\(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)} = \partial^\mu\phi^*\) となる(同様に \(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi^*)} = \partial^\mu\phi\))。直感的には「\(\mathcal{L}\) の中で \(\partial_\mu\phi\) に掛かっている相方を読み取る」操作で、\(f(x,y) = xy\)\(x\) で微分すると \(y\) が残るのと同じ。

::: {.callout-tip}

初読の方へ

以下の添字操作の詳細は初読では飛ばして、「これらを Noether カレントの公式に代入すると」の段落に進んでも構わない。結論だけ覚えておけば十分:\(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)} = \partial^\mu\phi^*\)\(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi^*)} = \partial^\mu\phi\)。これらを Noether カレントの公式に代入すると、最終結果は \(j^\mu = i(\phi\,\partial^\mu\phi^* - \phi^*\,\partial^\mu\phi)\) となる。 :::

\(\phi\)\(\phi^*\) を独立変数として扱うと、\(\mathcal{L}\) のうち \(\partial_\mu\phi\) を含む部分は \((\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi)\)。ここで \(\partial^\mu\phi \equiv \eta^{\mu\nu}\partial_\nu\phi\)Appendix C で学んだ「添字を上げた微分」で、Minkowski 計量 \(\eta^{\mu\nu}\) を使って下付き添字を上付きに変換したもの。

結論を先に述べると:

\[\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)} = \partial^\mu\phi^*\]

これは「\(\mathcal{L}\) の中で \(\partial_\mu\phi\) に掛かっている係数を読み取る」操作。以下で確認しよう。

まず簡単な場合で練習する。もし \(\mathcal{L}\) が単に \(\mathcal{L} = (\partial_0\phi^*)(\partial_0\phi)\) だったら、\(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_0\phi)} = \partial_0\phi^*\) は明らか(\(f(x) = ax\)\(x\) で微分すると \(a\) が残るのと同じ)。一般の場合は、\((\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi)\) を添字を明示して書くと \(\sum_{\nu}(\partial_\nu\phi^*)(\eta^{\nu\rho}\partial_\rho\phi)\)\(\nu\), \(\rho\) について和を取る)。ここで \(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi)}\) を求めたい。注意:ここでの \(\mu\) は和を取る添字ではなく、特定の値に固定された添字(例えば \(\mu = 2\) なら「\(\partial_2\phi\) で微分する」という意味)。\(\partial_0\phi\), \(\partial_1\phi\), \(\partial_2\phi\), \(\partial_3\phi\) の 4 つを独立な変数と見なし、そのうちの 1 つ \(\partial_\mu\phi\) で微分する操作。

先ほどの簡単な場合と同じ要領で考えよう。

::: {.callout-tip}

添字の読み方の注意

ここでの \(\mu\)固定された特定の値(例えば \(\mu = 2\))であり、和を取る添字ではない。「\(\partial_\mu\phi\) で微分する」とは「\(\partial_0\phi, \partial_1\phi, \partial_2\phi, \partial_3\phi\) の 4 つの独立変数のうち、\(\mu\) 番目のもので微分する」という意味。 :::

\(\sum_{\rho}\eta^{\nu\rho}\partial_\rho\phi\) の中で \(\partial_\mu\phi\) を含むのは \(\rho = \mu\) の項(つまり \(\eta^{\nu\mu}\partial_\mu\phi\))だけ。他の \(\rho \neq \mu\) の項は \(\partial_\mu\phi\) を含まないので「定数」扱いとなり、\(\partial_\mu\phi\) で微分するとゼロ。よって \(\rho = \mu\) の項の係数 \(\eta^{\nu\mu}\) だけが残る。\(\nu\) について和を取ると \(\sum_{\nu}(\partial_\nu\phi^*)\eta^{\nu\mu}\) が得られる。ここで Minkowski 計量は対称(\(\eta^{\nu\mu} = \eta^{\mu\nu}\))なので、\(\sum_{\nu}(\partial_\nu\phi^*)\eta^{\nu\mu} = \sum_{\nu}\eta^{\mu\nu}\partial_\nu\phi^* \equiv \partial^\mu\phi^*\) となる。同様に \(\frac{\partial\mathcal{L}}{\partial(\partial_\mu\phi^*)} = \partial^\mu\phi\)。これらを Noether カレントの公式に代入すると:

\[j^\mu = (\partial^\mu\phi^*)(i\phi) + (\partial^\mu\phi)(-i\phi^*) = i(\phi\,\partial^\mu\phi^* - \phi^*\,\partial^\mu\phi)\]

::: {.callout-note}

符号の規約について

文献によっては \(j^\mu = i(\phi^*\,\partial^\mu\phi - \phi\,\partial^\mu\phi^*)\)(全体の符号が逆)を採用するものもある。これは \(\delta\phi\) の定義で \(\alpha\) の符号をどちらに取るかの規約の違いであり、電荷 \(Q\) の正負の定義に対応する。物理的な結論(電荷が保存すること)はどちらの規約でも同じ。ここでは Noether カレントの公式への直接代入に忠実な形を採用した。 :::

保存電荷 \(Q = \int d^3x\, j^0\)電荷。電荷保存は \(U(1)\) 対称性の帰結。

✅ 理解度チェック: \(U(1)\) 位相対称性 \(\phi \to e^{i\alpha}\phi\) に対応する Noether の保存量は何でしょうか?

答え

電荷。\(U(1)\) 対称性から Noether の定理により電荷保存が導かれる。

まとめ表

表 D.4: Noether の定理:対称性と保存量の対応

対称性 変換 保存量
時間並進 \(t \to t + \epsilon\) エネルギー
空間並進 \(\mathbf{x} \to \mathbf{x} + \boldsymbol{\epsilon}\) 運動量
回転 \(\mathbf{x} \to R\mathbf{x}\) 角運動量
\(U(1)\) ゲージ \(\psi \to e^{i\theta}\psi\) 電荷
\(SU(3)\) ゲージ クォークの色の変換 色荷
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flowchart LR
    subgraph 対称性
        T["時間並進"]
        X["空間並進"]
        R["回転"]
        U["U(1) ゲージ"]
    end
    subgraph 保存量
        E["エネルギー"]
        P["運動量"]
        L["角運動量"]
        Q["電荷"]
    end
    T -->|Noether| E
    X -->|Noether| P
    R -->|Noether| L
    U -->|Noether| Q

図 D.7: ネーターの定理:対称性と保存量

対称性が多いほど、保存量が多い。保存量が多いほど、系の振る舞いが制約される。 これが、対称性が物理学で圧倒的に重要な理由。

✅ 理解度チェック: Noether の定理は何を述べているでしょうか?

答え

連続的な対称性には、対応する保存量がある(例:時間並進対称性→エネルギー保存)。

✅ 理解度チェック: 空間並進の対称性に対応する保存量は何でしょうか?

答え

運動量。


D.7 ゲージ対称性と共変微分

大域的対称性から局所的対称性へ

🟡 リナ: D.6 節で見た \(U(1)\) 対称性 \(\phi \to e^{i\alpha}\phi\) は、\(\alpha\) が定数(時空のどこでも同じ値)の場合。これを大域的(global)対称性と呼ぶ。

ここで、もっと強い要請をしてみよう:\(\alpha\) を時空の各点で独立に選べる、つまり \(\alpha \to \alpha(x)\) としても物理が変わらないことを要請する。これが局所的(local)対称性、すなわちゲージ対称性

🔵 カイ: なんでわざわざそんな強い要請をするの?

🟡 リナ: 歴史的には「物理法則は座標系の取り方に依存すべきでない」という一般相対論の精神の拡張。そして驚くべきことに、局所対称性を要請すると力を媒介する場(ゲージ場)が自動的に現れる。対称性から力が生まれる。

問題の発見:通常の微分はゲージ不変でない

自由な複素スカラー場の Lagrangian を考える(D.6 節の具体例 2 で使ったものと同じ。\(\partial^\mu = \eta^{\mu\nu}\partial_\nu\)Appendix C で学んだ添字の上げ下げ):

\[\mathcal{L} = (\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi) - m^2\phi^*\phi\]

第 1 項 \((\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi)\) は場の「運動エネルギー」に相当する項で、場が時空の中でどれだけ変化しているかを測る。第 2 項 \(m^2\phi^*\phi\) は質量 \(m\) の粒子を記述する「質量項」。

ここで \((\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi)\)\(\mu = 0, 1, 2, 3\) について和を取る(Einstein の縮約規則)。\(\partial^\mu\phi = \eta^{\mu\nu}\partial_\nu\phi\) と添字を上げるので(Appendix C 参照)、Minkowski 計量 \(\eta^{\mu\nu} = \text{diag}(-1,+1,+1,+1)\) を使って展開すると \(-|\partial_0\phi|^2 + |\partial_1\phi|^2 + |\partial_2\phi|^2 + |\partial_3\phi|^2\) となる。時間微分の前にマイナスが付くのは Minkowski 計量の符号規約の帰結で、相対論的な場の理論では標準的な構造よ。

::: {.callout-note}

符号規約について

本章では 「一般相対論」編 編と同じ符号規約 \(\eta_{\mu\nu} = \text{diag}(-1,+1,+1,+1)\) を使う。「場の量子論」編 編では逆の規約 \((+,-,-,-)\) を使っているので注意。物理的な結論は規約に依存しない。 :::

大域的変換 \(\phi \to e^{i\alpha}\phi\)\(\alpha\) = 定数)のもとで:

\[\phi^*\phi \to e^{-i\alpha}\phi^* \cdot e^{i\alpha}\phi = \phi^*\phi \quad \checkmark\]
\[\partial_\mu\phi \to \partial_\mu(e^{i\alpha}\phi) = e^{i\alpha}\partial_\mu\phi \quad \checkmark \text{($\alpha$ が定数だから)}\]

よって \(\mathcal{L}\) は不変。問題ない。

しかし、局所変換 \(\phi(x) \to e^{i\alpha(x)}\phi(x)\)\(\alpha(x)\) が場所に依存)では:

\[\partial_\mu\phi \to \partial_\mu(e^{i\alpha(x)}\phi) = e^{i\alpha(x)}\partial_\mu\phi + i(\partial_\mu\alpha)\,e^{i\alpha(x)}\phi\]
\[= e^{i\alpha(x)}\left[\partial_\mu\phi + i(\partial_\mu\alpha)\phi\right]\]

余計な項 \(i(\partial_\mu\alpha)\phi\) が出てくる!\(\partial_\mu\phi\)\(e^{i\alpha(x)}\) だけを前に出せない。つまり、通常の微分 \(\partial_\mu\) は局所ゲージ変換のもとで「きれいに」変換しない

⚪ メイ: \(\alpha\) が定数なら \(\partial_\mu\alpha = 0\) で問題ないけど、場所に依存すると微分が余計な項を生むんですね。

解決策:共変微分の導入

🟡 リナ: この問題を解決するために、新しい場 \(A_\mu(x)\)ゲージ場)を導入して、共変微分を定義する:

\[\boxed{D_\mu \equiv \partial_\mu - igA_\mu}\]

ここで \(g\)結合定数(力の強さを決めるパラメータ)。

\(D_\mu\phi\)\(\phi\) と同じように変換する(つまり \(D_\mu\phi \to e^{i\alpha(x)}D_\mu\phi\))ことを要請しよう。これにより \(A_\mu\) の変換則が決まる。

\(D_\mu\phi\) の変換を計算する。ゲージ変換後の共変微分を \(D'_\mu = \partial_\mu - igA'_\mu\)\(A_\mu\)\(A'_\mu\) に変わったもの)と書くと:

\[D_\mu\phi \to D'_\mu(e^{i\alpha}\phi) = (\partial_\mu - igA'_\mu)(e^{i\alpha}\phi)\]
\[= e^{i\alpha}\partial_\mu\phi + i(\partial_\mu\alpha)e^{i\alpha}\phi - igA'_\mu e^{i\alpha}\phi\]
\[= e^{i\alpha}\left[\partial_\mu\phi + i(\partial_\mu\alpha)\phi - igA'_\mu\phi\right]\]

これが \(e^{i\alpha}D_\mu\phi = e^{i\alpha}(\partial_\mu - igA_\mu)\phi\) に等しくなるためには:

\[\partial_\mu\phi + i(\partial_\mu\alpha)\phi - igA'_\mu\phi = \partial_\mu\phi - igA_\mu\phi\]

\(\partial_\mu\phi\) は両辺でキャンセル。\(\phi\) で割ると:

\[i(\partial_\mu\alpha) - igA'_\mu = -igA_\mu\]

整理すると:

\[A'_\mu = A_\mu + \frac{1}{g}\partial_\mu\alpha\]

これがゲージ場の変換則。電磁気学で学んだ「ゲージ変換 \(A_\mu \to A_\mu + \partial_\mu\Lambda\)」と同じ形!

🔵 カイ: おお、きれいに消える! 余計な項を打ち消すように \(A_\mu\) が変換してくれるんだな。

✅ 理解度チェック: 共変微分 \(D_\mu = \partial_\mu - igA_\mu\) を導入する目的は何でしょうか?

答え

局所ゲージ変換のもとで \(D_\mu\phi\)\(\phi\) と同じように変換する(\(D_\mu\phi \to e^{i\alpha(x)}D_\mu\phi\))ようにするため。通常の微分 \(\partial_\mu\) では余計な \(\partial_\mu\alpha\) の項が出てしまう問題を解決する。

🔵 カイ: えっ、局所対称性を要請しただけで、電磁場が出てきたの? でも待って、\(A_\mu\) が電磁ポテンシャルだってどうして分かるの? 単に「新しい場を導入した」だけじゃない?

🟡 リナ: いい疑問。\(A_\mu\) の変換則 \(A_\mu \to A_\mu + \frac{1}{g}\partial_\mu\alpha\) が、電磁気学で学んだゲージ変換(第 2 章参照)と同じ形であること——これが最初の手がかり。さらに、D.7 節の最後で書くゲージ不変な Lagrangian から \(A_\mu\) の運動方程式を導くと Maxwell 方程式が出てくる(導出は 「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 3 章 参照)。この 2 つから、\(A_\mu\) が電磁ポテンシャル(光子の場)に他ならないと分かるの。局所 \(U(1)\) 対称性を要請する → ゲージ場(光子)が必然的に現れる → 電磁気力が導かれる。これがゲージ原理の核心。

🔵 カイ: じゃあ、\(SU(2)\) とか \(SU(3)\) でも同じことをすれば、弱い力や強い力が出てくるってこと?

🟡 リナ: その通り。\(SU(2)\) の局所対称性を要請すれば \(W\) ボソンと \(Z\) ボソンが、\(SU(3)\) なら 8 つのグルーオンが自動的に現れる。全く同じ論理構造よ。

⚪ メイ: 整理すると、「通常の微分が局所変換で壊れる → 補償するためにゲージ場を導入 → そのゲージ場が力の媒介粒子だった」という 3 ステップですね。出発点(局所対称性の要請)さえ決めれば、残りは必然的に決まる。

🟡 リナ: そう。対称性の要請だけで力の存在が導かれる——これがゲージ原理の威力よ。

🔵 カイ: でも逆に言うと、「なぜ局所対称性を要請するのか」自体は説明されてないよな? それは実験で確かめるしかないの?

🟡 リナ: 鋭い。確かに「なぜ自然が局所対称性を選んだか」は現時点では公理に近い。ただ、局所対称性を仮定すると実験と見事に一致する——それが最大の根拠ね。

🔵 カイ: つまり「局所対称性を仮定する → 力の形が決まる → 実験と合う」から、仮定が正しいと信じる、ってことか。出発点の「なぜ」は未解決だけど、結果が合うなら強力な原理だな。

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flowchart TD
    A["大域的 U(1) 対称性<br/>φ → e^{iα}φ(α = 定数)"] --> B["局所化を要請<br/>α → α(x)"] 
    B --> C["∂μφ がきれいに変換しない<br/>余計な ∂μα 項が出現"]
    C --> D["共変微分 Dμ = ∂μ − igAμ を導入"]
    D --> E["ゲージ場 Aμ(光子)が必然的に出現"]
    E --> F["電磁気力が導かれる"]
    style A fill:#eef,stroke:#339
    style F fill:#fdd,stroke:#c33

図 D.8: 局所ゲージ対称性からのゲージ場導出

ゲージ不変な Lagrangian

共変微分を使えば、局所ゲージ不変な Lagrangian が書ける:

\[\mathcal{L} = (D_\mu\phi)^*(D^\mu\phi) - m^2\phi^*\phi - \frac{1}{4}F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}\]

最後の項はゲージ場自身の運動エネルギー。\(F_{\mu\nu}\)場の強さテンソル

\[F_{\mu\nu} = \partial_\mu A_\nu - \partial_\nu A_\mu\]

これは電磁気学の電場・磁場を統一的に記述するテンソル(「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章参照)。\(F_{\mu\nu}\) はゲージ変換 \(A_\mu \to A_\mu + \frac{1}{g}\partial_\mu\alpha\) のもとで不変であることが直接計算で確認できる(\(\partial_\mu\partial_\nu\alpha - \partial_\nu\partial_\mu\alpha = 0\) による)。したがって \(F_{\mu\nu}F^{\mu\nu}\) もゲージ不変。

非可換ゲージ理論への拡張

🟡 リナ: \(U(1)\) は可換群だったけど、\(SU(2)\)\(SU(3)\) のような非可換群に拡張すると、共変微分は:

\[\boxed{D_\mu = \partial_\mu - igA_\mu^a T_a}\]

ここで \(T_a\) は群の生成子、\(A_\mu^a\) は各生成子に対応するゲージ場。\(SU(3)\) なら \(a = 1, \ldots, 8\) で 8 つのゲージ場(= 8 種類のグルーオン)が現れる。

非可換の場合、場の強さテンソルにも追加項が出る:

\[F_{\mu\nu}^a = \partial_\mu A_\nu^a - \partial_\nu A_\mu^a + gf_{abc}A_\mu^b A_\nu^c\]

最後の項 \(gf_{abc}A_\mu^b A_\nu^c\) は非可換群特有。これにより、ゲージ場同士が相互作用する(グルーオン同士がぶつかる)。\(U(1)\)(電磁気力)では \(f_{abc} = 0\) なので光子同士は直接相互作用しない。

🔵 カイ: 光子同士はぶつからないのに、グルーオン同士はぶつかるのか。それって非可換(\(f_{abc} \neq 0\))のせいなんだな。でも、媒介粒子同士がぶつかるって、力の振る舞いが電磁気力とは全然違ってきそうだよな?

🟡 リナ: まさにそう。グルーオン同士の相互作用のせいで、クォーク間の力は距離が離れるほど強くなる——これが「閉じ込め」(クォークが単独で取り出せない現象)の起源。電磁気力が距離の 2 乗で弱くなるのとは対照的ね。この構造の詳細は「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 17 章(Yang-Mills 理論)を参照。

✅ 理解度チェック: 局所ゲージ不変性を要請すると、なぜゲージ場(力を媒介する場)が必然的に現れるのでしょうか?

答え

通常の微分 \(\partial_\mu\) は局所ゲージ変換のもとで「きれいに」変換しない(余計な \(\partial_\mu\alpha\) の項が出る)。これを補償するためにゲージ場 \(A_\mu\) を導入して共変微分 \(D_\mu = \partial_\mu - igA_\mu\) を構成する必要がある。

✅ 理解度チェック: \(SU(3)\) のゲージ理論で、ゲージ場はいくつ必要でしょうか?それは何に対応するでしょうか?

答え

8 つ。\(SU(3)\) の生成子が 8 つあり、各生成子に 1 つのゲージ場が対応する。物理的には 8 種類のグルーオン。


D.8 対称性の自発的破れ

対称性があるのに、見えない?

🟡 リナ: 第 9 章のヒッグス機構では、対称性の自発的破れ(spontaneous symmetry breaking, SSB)が重要な役割を果たす。ここではその数学的構造を見よう。

🔵 カイ: 「自発的に破れる」ってどういうこと?

🟡 リナ: 直感的な例から始めよう。鉛筆を机の上に垂直に立てる。鉛筆は回転対称(どの方向にも倒れうる)。でも実際に倒れると、特定の方向を選ぶ。法則は対称だが、状態が対称性を破っている。

メキシカンハット型ポテンシャル

これを場の理論で定式化しよう。複素スカラー場 \(\phi\) のポテンシャルを考える:

\[\boxed{V(\phi) = \mu^2 |\phi|^2 + \lambda |\phi|^4}\]

ここで \(\lambda > 0\)(ポテンシャルが下に発散しないための条件)。

場合 1:\(\mu^2 > 0\)(通常の場合)

ポテンシャルの最小値は \(\phi = 0\) にある。\(V\)\(|\phi|\) で微分してゼロと置くと:

\[\frac{dV}{d|\phi|} = 2\mu^2|\phi| + 4\lambda|\phi|^3 = 2|\phi|(\mu^2 + 2\lambda|\phi|^2) = 0\]

\(\mu^2 > 0\), \(\lambda > 0\) なら、括弧内は常に正なので、解は \(|\phi| = 0\) のみ。真空(最低エネルギー状態)は \(\phi = 0\) で、\(U(1)\) 対称性を保っている。

場合 2:\(\mu^2 < 0\)(自発的破れの場合)

\(\mu^2 < 0\) と書くと紛らわしいので、\(\mu^2 = -|\mu|^2\) と置き直す:

\[V(\phi) = -|\mu|^2 |\phi|^2 + \lambda |\phi|^4\]

ポテンシャルの最小値を求める。\(v \equiv |\phi|\) と置いて:

\[\frac{dV}{dv} = -2|\mu|^2 v + 4\lambda v^3 = 2v(-|\mu|^2 + 2\lambda v^2) = 0\]

解は \(v = 0\) または \(v^2 = \frac{|\mu|^2}{2\lambda}\)

\(v = 0\) での \(V\) の値は \(V(0) = 0\)\(v = v_0 \equiv \sqrt{\frac{|\mu|^2}{2\lambda}}\) での \(V\) の値は:

\[V(v_0) = -|\mu|^2 \cdot \frac{|\mu|^2}{2\lambda} + \lambda \cdot \frac{|\mu|^4}{4\lambda^2} = -\frac{|\mu|^4}{2\lambda} + \frac{|\mu|^4}{4\lambda} = -\frac{|\mu|^4}{4\lambda} < 0\]

\(V(v_0) < V(0) = 0\) なので、真の最小値は \(v = 0\) ではなく \(v = v_0\)

🔵 カイ: え、原点がいちばん低いんじゃないのか。\(\mu^2 < 0\) にすると、原点がむしろ「山の頂上」になるんだ。

対称性の自発的破れのポテンシャル

図 D.9: 対称性の自発的破れのポテンシャル。図 D_5: 左: \(\mu^2 > 0\) では最小値が原点にあり対称性は保たれる。右: \(\mu^2 < 0\) では最小値が原点から離れ、真空が対称性を破る。

\[\boxed{|\phi|_{\text{min}} = \sqrt{\frac{|\mu|^2}{2\lambda}} = \frac{v}{\sqrt{2}}}\]

ここで \(v\) を次のように定義した:

\[v \equiv \sqrt{\frac{|\mu|^2}{\lambda}}\]

\(v\)真空期待値 (vacuum expectation value, VEV) と呼ばれる。物理的な最小値は \(|\phi|_{\text{min}} = v/\sqrt{2}\) である。

🔵 カイ: \(v\)\(v/\sqrt{2}\) って紛らわしいな。なんで \(\sqrt{2}\) が入るの?

🟡 リナ: いい質問。以降の計算では、場を真空の周りで展開するの:

\[\phi(x) = \frac{1}{\sqrt{2}}\left[v + h(x) + i\xi(x)\right]\]

ここで \(h(x)\)\(\xi(x)\) は真空からの揺らぎ(\(h = \xi = 0\) が真空)。\(\sqrt{2}\) で割っているのは、\(h\)\(\xi\) の運動項がきれいな形(\(\frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2\) など)になるための標準的な規約。この書き方だと、真空(\(h = \xi = 0\))では \(|\phi| = v/\sqrt{2}\) で、確かにさっき求めた最小値に一致する。

⚪ メイ: つまり \(v\) は「場の展開を簡潔に書くための定義」で、物理的な最小値は \(|\phi|_{\text{min}} = v/\sqrt{2}\) ということですね。

🟡 リナ: その通り。以降は \(v\)\(v^2 = |\mu|^2/\lambda\))のみを使う。

さて、ポテンシャルの形を考えると、\(\phi = 0\) は「山の頂上」で、\(|\phi| = v_0\) が「谷底」。\(\phi\) は複素数だから、\(|\phi| = v_0\) を満たす点は複素平面上の円。図 D.9「対称性の自発的破れのポテンシャル」\(\mu^2 > 0\)(左)と \(\mu^2 < 0\)(右)を比較すると、最小値の位置が原点からずれているのが分かるわ。さらに \(\phi\) が複素数であることを考慮して \(\text{Re}\,\phi\)\(\text{Im}\,\phi\) の 2 軸で 3 次元的に描くと、中央が盛り上がった「メキシカンハット(ソンブレロ)」の形になる(図 D.10「メキシカンハット型ポテンシャル」)。最小値が \(|\phi| = v/\sqrt{2}\) の円上に並んでいるのが見えるでしょう。

メキシカンハット型ポテンシャル

図 D.10: メキシカンハット型ポテンシャル。\(\mu^2 < 0\) の場合のポテンシャル \(V(\phi) = \mu^2|\phi|^2 + \lambda|\phi|^4\) を、\(\text{Re}\,\phi\)\(\text{Im}\,\phi\) の 2 軸で 3 次元的に描いたもの。中央が盛り上がり、真の最小値は \(|\phi| = v/\sqrt{2}\) の円上にある。真空は円上の 1 点を選び、\(U(1)\) 対称性を自発的に破る。

対称性の破れ

ポテンシャル \(V(\phi)\) 自体は \(U(1)\) 対称性を持つ(\(\phi \to e^{i\alpha}\phi\)\(|\phi|^2\) は不変だから \(V\) も不変)。

しかし、真空状態は \(|\phi| = v/\sqrt{2}\) の円上の特定の 1 点を選ぶ。例えば \(\phi_0 = v/\sqrt{2}\)(実軸上の点)を選んだとする。この特定の点は \(U(1)\) 変換で動いてしまうから、真空は \(U(1)\) 対称性を破っている

これが「自発的対称性の破れ」:

  • 法則(Lagrangian)は対称性を持つ
  • 状態(真空)が対称性を破る

真空の周りの揺らぎ — Goldstone モード

真空 \(\phi_0 = v/\sqrt{2}\) の周りで場を展開する。真空として実軸上の点を選んだので、\(\phi\) を実部と虚部に分解して:

\[\phi(x) = \frac{1}{\sqrt{2}}\left[v + h(x) + i\xi(x)\right]\]

\(h = \xi = 0\) のとき \(\phi = v/\sqrt{2}\)(実数)で、確かに選んだ真空に一致する。\(h(x)\) は真空からの「動径方向」(\(|\phi|\) を変える方向)の揺らぎ、\(\xi(x)\) は「円周方向」(\(|\phi|\) を変えずに位相だけ変える方向)の揺らぎ。

ポテンシャルに代入する。\(|\phi|^2 = \frac{1}{2}[(v + h)^2 + \xi^2]\) だから、\(V = -|\mu|^2|\phi|^2 + \lambda|\phi|^4\) に代入すると:

\[V = -|\mu|^2 \cdot \frac{1}{2}\left[(v+h)^2 + \xi^2\right] + \lambda \cdot \frac{1}{4}\left[(v+h)^2 + \xi^2\right]^2\]
\[= -\frac{|\mu|^2}{2}\left[(v+h)^2 + \xi^2\right] + \frac{\lambda}{4}\left[(v+h)^2 + \xi^2\right]^2\]

\(v^2 = |\mu|^2/\lambda\)(真空期待値の定義から)を使って展開しよう。\(\rho \equiv (v+h)^2 + \xi^2 = v^2 + 2vh + h^2 + \xi^2\) と置くと:

\[V = -\frac{|\mu|^2}{2}\rho + \frac{\lambda}{4}\rho^2\]

\(\rho\)\(h\), \(\xi\) の次数で整理する。\(\rho = v^2 + 2vh + (h^2 + \xi^2)\) だから、\(h\), \(\xi\) の 2 次までの項を求めよう。\(A = v^2 + 2vh\), \(B = h^2 + \xi^2\) と置くと \(\rho = A + B\) で、\(\rho^2 = A^2 + 2AB + B^2\)\(B^2\) は 4 次以上なので無視する。

\(A^2 = (v^2 + 2vh)^2 = v^4 + 4v^3 h + 4v^2 h^2\)

\(2AB = 2(v^2 + 2vh)(h^2 + \xi^2)\) を展開すると \(2v^2(h^2 + \xi^2) + 4vh(h^2 + \xi^2)\)。第 1 項は \(h\), \(\xi\) について 2 次、第 2 項は \(h \cdot h^2 = h^3\)\(h \cdot \xi^2\) のように 3 次以上なので、2 次までの近似では無視する。よって 2 次までの部分は \(2v^2(h^2 + \xi^2)\)

\(h^2\) の係数を合わせると \(4v^2 + 2v^2 = 6v^2\)\(\xi^2\) の係数は \(2v^2\)。よって 2 次まで:

\[\rho^2 \approx v^4 + 4v^3 h + 6v^2 h^2 + 2v^2\xi^2\]

これを \(V\) に代入する:

\[V \approx -\frac{|\mu|^2}{2}(v^2 + 2vh + h^2 + \xi^2) + \frac{\lambda}{4}(v^4 + 4v^3 h + 6v^2 h^2 + 2v^2\xi^2)\]

定数項\(h = \xi = 0\)):\(-\frac{|\mu|^2}{2}v^2 + \frac{\lambda}{4}v^4\)(真空のエネルギー、物理に影響しない)。

1 次の項\(h\) に比例):\(-|\mu|^2 v h + \lambda v^3 h = vh(-|\mu|^2 + \lambda v^2) = 0\)(真空条件 \(v^2 = |\mu|^2/\lambda\) により消える。これが「真空が最小値」であることの反映)。

⚪ メイ: 1 次の項がゼロになるのは、ちょうど「谷底にいるから傾きがゼロ」ということですね。

🟡 リナ: その通り。2 次の項を見てみよう:

\[V^{(2)} = \left(-\frac{|\mu|^2}{2} + \frac{6\lambda v^2}{4}\right)h^2 + \left(-\frac{|\mu|^2}{2} + \frac{2\lambda v^2}{4}\right)\xi^2 = \left(-\frac{|\mu|^2}{2} + \frac{3\lambda v^2}{2}\right)h^2 + \left(-\frac{|\mu|^2}{2} + \frac{\lambda v^2}{2}\right)\xi^2\]

\(v^2 = |\mu|^2/\lambda\) を代入すると:

\[V^{(2)} = \left(-\frac{|\mu|^2}{2} + \frac{3|\mu|^2}{2}\right)h^2 + \left(-\frac{|\mu|^2}{2} + \frac{|\mu|^2}{2}\right)\xi^2 = |\mu|^2 h^2 + 0 \cdot \xi^2\]

つまり:

\[V^{(2)} = |\mu|^2 h^2 + 0 \cdot \xi^2\]

🔵 カイ: あれ、\(h^2\) の前には \(|\mu|^2\) がかかってるけど、\(\xi^2\) の前は \(0\) だ。これって何か意味があるの?

🟡 リナ: 大ありよ。場の理論では、実スカラー場の Lagrangian は \(\mathcal{L} = \frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2 - \frac{1}{2}m^2 h^2 - \cdots\) の形をしていて、質量項は \(\frac{1}{2}m^2 h^2\) と書かれるの(\(\frac{1}{2}\) は運動項 \(\frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2\) と対になる標準的な規格化)。今の場合、\(\phi = (v + h + i\xi)/\sqrt{2}\) と展開したので、元の運動項 \((\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi)\) を展開すると——\(\partial_\mu\phi = (\partial_\mu h + i\partial_\mu\xi)/\sqrt{2}\) だから \((\partial_\mu\phi)^*(\partial^\mu\phi) = \frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2 + \frac{1}{2}(\partial_\mu\xi)^2\) となり、\(h\)\(\xi\) の運動項はちゃんと標準的な \(\frac{1}{2}\) の規格化になっている。

🔵 カイ: つまり、ポテンシャルの 2 次の係数を読み取れば、その場の粒子の質量が分かるってこと?

🟡 リナ: その通り。一般に、場の Lagrangian は運動項 \(\frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2\) とポテンシャル項 \(V\) の差で書かれる:\(\mathcal{L} = \frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2 - V\)。バネの力学で \(\frac{1}{2}m\dot{x}^2 - \frac{1}{2}kx^2\) と書くのと同じ構造ね。質量項は Lagrangian の中で \(-\frac{1}{2}m^2 h^2\) の形で現れる(ポテンシャルの中では \(+\frac{1}{2}m^2 h^2\))。場の運動方程式は \(\ddot{h} + m^2 h = 0\) となり、\(m\) が粒子の質量に対応する。

🔵 カイ: バネの \(\ddot{x} + (k/m)x = 0\) で振動数が \(\omega = \sqrt{k/m}\) になるのと同じ構造か。場の場合は「バネ定数」に当たるのが \(m^2\) で、それが粒子の質量を決めるんだな。

🟡 リナ: そう、いいアナロジーね。今の結果 \(V^{(2)} = |\mu|^2 h^2\) はポテンシャルの 2 次の項。場の Lagrangian は \(\mathcal{L} = \frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2 - V\) だから、\(h\) に関する部分を書き出すと:

\[\mathcal{L}_h = \frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2 - |\mu|^2 h^2\]

標準的な質量 \(m_h\) の自由場の Lagrangian は \(\frac{1}{2}(\partial_\mu h)^2 - \frac{1}{2}m_h^2 h^2\) だから、ポテンシャル部分は \(V = \frac{1}{2}m_h^2 h^2\)。今の結果 \(V^{(2)} = |\mu|^2 h^2\) と比較すると \(\frac{1}{2}m_h^2 = |\mu|^2\)、つまり:

\[m_h = \sqrt{2}\,|\mu| \quad \text{(ヒッグス粒子の質量)}, \qquad m_\xi = 0 \quad \text{(Goldstone ボソン)}\]

🔵 カイ: \(\xi\) の質量がゼロ! \(h\) は質量を持つのに、\(\xi\) だけ質量ゼロなんだ。

🟡 リナ: これが Goldstone の定理:連続対称性が自発的に破れると、破れた対称性の各生成子に対応して質量ゼロの粒子(Goldstone ボソン)が現れる。

\(\xi\) が質量ゼロなのは直感的にも理解できる。メキシカンハットの谷底に沿って動く(円周方向)にはエネルギーが要らない(ポテンシャルが平坦)。谷底から離れる方向(動径方向)にはエネルギーが必要。

🔵 カイ: なるほど、谷底の「どこにいるか」は物理に影響しないから、そこを動くのにコストがかからない。だから質量ゼロの粒子が出てくるのか。でも待って、現実の世界で質量ゼロの粒子ってそんなにたくさん見つかってないよな? 対称性が破れるたびに質量ゼロの粒子が出てくるなら、もっとたくさんあってもよさそうだけど。

🟡 リナ: いい疑問。実は、ゲージ対称性が破れる場合は話が変わるの。それが次のヒッグス機構の話につながる。

✅ 理解度チェック: Goldstone の定理とは何を述べているでしょうか?

答え

連続対称性が自発的に破れると、破れた対称性の各生成子に対応して質量ゼロの粒子(Goldstone ボソン)が現れる。メキシカンハットの谷底に沿った方向の揺らぎに対応する。

ヒッグス機構への橋渡し

🟡 リナ: 第 9 章で詳しく見るけど、ゲージ対称性が自発的に破れる場合は状況が変わる。Goldstone ボソン \(\xi\) がゲージ場に「食べられて」、ゲージ場が質量を獲得する。これがヒッグス機構

標準模型では: - \(SU(2) \times U(1)\) の 4 つの生成子のうち 3 つが破れる → 3 つの Goldstone ボソン - これらが \(W^+\), \(W^-\), \(Z\) ボソンに食べられ、これらが質量を獲得 - 残り 1 つの生成子は破れない → 光子は質量ゼロのまま - 動径方向の揺らぎ \(h\)ヒッグス粒子(2012 年に発見)

✅ 理解度チェック: ヒッグス機構では Goldstone ボソンはどうなるでしょうか?

答え

Goldstone ボソンがゲージ場に「食べられて」消え、代わりにゲージ場(\(W^+\), \(W^-\), \(Z\) ボソン)が質量を獲得する。動径方向の揺らぎがヒッグス粒子として残る。

✅ 理解度チェック: 対称性の自発的破れとはどういうことでしょうか?鉛筆のたとえで説明してみましょう。

答え

法則(方程式)は対称性を持つが、実現する状態が特定の方向を選ぶこと。立てた鉛筆はどの方向にも倒れうる(対称)が、実際に倒れると一方向を選ぶ(対称性が破れる)。

✅ 理解度チェック: メキシカンハット型ポテンシャル \(V = \mu^2|\phi|^2 + \lambda|\phi|^4\)\(\mu^2 < 0\))で、真空期待値 \(|\phi|_{\text{min}}\) はいくらでしょうか?

答え

\(|\phi|_{\text{min}} = \sqrt{|\mu|^2/(2\lambda)}\)。ポテンシャルを \(|\phi|\) で微分してゼロと置くことで得られる。本文の記法では \(v = \sqrt{|\mu|^2/\lambda}\) と定義しているので、\(|\phi|_{\text{min}} = v/\sqrt{2}\) とも書ける。


D.9 練習問題

📝 練習問題:


次章予告

弦理論の世界面は 2 次元であり、そこでの物理は複素解析の言葉で美しく記述される。正則関数、留数定理、共形写像——これらの道具が、第 16 章の共形場理論と演算子積展開(OPE)を支える数学的基盤となる。Appendix E では、複素解析の核心を最短距離で整備しよう。


参考文献

  • M. Nakahara, Geometry, Topology and Physics, Ch.5「Lie 群と Lie 代数」— 群論の数学的基礎
  • 場の量子論(上巻), Ch.7「ゲージ原理」— ゲージ対称性の基礎、\(U(1)\) ゲージ理論
  • 場の量子論(下巻), Ch.14「対称性の自発的破れ」— SSB の数学、Goldstone の定理
  • 場の量子論(下巻), Ch.15「標準模型とヒッグス機構」— \(SU(3) \times SU(2) \times U(1)\) の詳細
  • 「量子力学」編 第 26 章「対称性と保存則」— Noether の定理の量子力学版
  • 「場の量子論」編 第 3 章「古典場の理論」— Noether の定理の場の理論版
  • 「場の量子論」編 第 17 章「Yang-Mills 理論」— 非可換ゲージ対称性の詳細
  • 「場の量子論」編 Appendix B「Lorentz 群と Poincaré 群の表現論」— Lorentz 群の詳細