Appendix A ベクトル解析と偏微分方程式¶
前回までのあらすじ: 本編の第 1 章では重力ポテンシャルの勾配やラプラシアン、第 2 章では Maxwell 方程式の発散・回転が登場した。第 13 章以降では弦の振動を扱うために 2 次元波動方程式が中心となる。
この付録のゴール
- 本編で登場するベクトル解析と偏微分方程式の道具のうち弦理論に特有の部分——2 次元波動方程式・左右進行波への分解・弦の境界条件による振動モード——に絞って整理する
- 一般的な道具(偏微分・grad・div・rot・ラプラシアン・Gauss/Stokes の定理・波動方程式の d'Alembert 解など)は 「一般相対論」編の @chapter:grの/appendix-a に自己完結的にまとめてあるので、まずそちらを参照してほしい
🟡 リナ: 「一般相対論」編の @chapter:grの/appendix-a を読んだ人は、この付録は軽く要点を確認するだけで十分。弦理論固有の部分は A.3 と A.4 だけだから、そこに絞って読んでもらっていいわ。
🔵 カイ: 「一般相対論」編 で偏微分や grad/div/rot は既にやりましたよね。波動方程式の一般解も 「一般相対論」編 の 「一般相対論」編 Appendix A にある。
🟡 リナ: そう。ここでは重複を避けて、弦理論で新たに必要になる部分——「弦という 1 次元の物体が時間発展する過程」を記述する 2 次元波動方程式の構造——に集中する。
A.1 「一般相対論」編 Appendix A の要点サマリ¶
🟡 リナ: 本付録で使う道具を一覧にしておくわ。詳細な導出・証明・計算例はすべて「一般相対論」編の @chapter:grの/appendix-a にあるから、そちらを参照してね。
微分演算子¶
表 A.1: 微分演算子の定義と意味
| 演算 | 定義(直交座標) | 意味 |
|---|---|---|
| 偏微分 | \(\partial f / \partial x\):他変数を固定して \(x\) だけで微分 | 多変数関数の各方向の変化率 |
| 勾配 | \(\nabla\varphi = (\partial_x\varphi,\, \partial_y\varphi,\, \partial_z\varphi)\) | 最急上昇方向と変化率 |
| 発散 | \(\nabla \cdot \boldsymbol{F} = \partial_x F_x + \partial_y F_y + \partial_z F_z\) | 湧き出しの強さ |
| 回転 | \((\nabla \times \boldsymbol{F})_i = \epsilon_{ijk}\partial_j F_k\) | 渦の強さと方向 |
| ラプラシアン | \(\nabla^2\varphi = \partial_x^2\varphi + \partial_y^2\varphi + \partial_z^2\varphi\) | 周囲の平均からのずれ |
重要な恒等式¶
- \(\nabla \times (\nabla\varphi) = 0\)(保存力場は渦なし)
- \(\nabla \cdot (\nabla \times \boldsymbol{A}) = 0\)(渦には湧き出しなし)
- \(\nabla \times (\nabla \times \boldsymbol{F}) = \nabla(\nabla \cdot \boldsymbol{F}) - \nabla^2 \boldsymbol{F}\)(Maxwell の波動方程式導出で使う)
積分定理¶
- Gauss の定理: \(\displaystyle\oint_S \boldsymbol{F} \cdot d\boldsymbol{S} = \int_V \nabla \cdot \boldsymbol{F}\, dV\)
- Stokes の定理: \(\displaystyle\oint_C \boldsymbol{F} \cdot d\boldsymbol{r} = \int_S (\nabla \times \boldsymbol{F}) \cdot d\boldsymbol{S}\)
2 階偏微分方程式の分類¶
表 A.2: 2階偏微分方程式の分類
| タイプ | 標準形 | 解の性質 | 代表例 |
|---|---|---|---|
| 波動型(双曲型) | \(\partial_t^2 f = v^2 \nabla^2 f\) | 速度 \(v\) で伝播 | 電磁波、重力波、弦の振動 |
| 拡散型(放物型) | \(\partial_t f = D \nabla^2 f\) | 減衰 | 熱伝導、Schrödinger(虚数係数) |
| 楕円型 | \(\nabla^2 f = \rho\) | 静的分布 | Newton 重力、静電場 |
1 次元波動方程式の d'Alembert の一般解¶
\(f\) は右進行波、\(g\) は左進行波。\(f, g\) は任意の 2 回微分可能な関数。
詳細な導出(変数変換 \(\xi = x - ct\), \(\eta = x + ct\) による)は「一般相対論」編の @chapter:grの/appendix-a, A.7 を参照。
🔵 カイ: ここまでが前提ですよね。弦理論で新たに出てくるのは何ですか?
🟡 リナ: 本質的には、この 1 次元波動方程式を 2 次元の世界面上に持ち込むことと、弦の境界条件が振動モードを離散化するという 2 点よ。それを A.3 と A.4 で見ていきましょう。
A.2 練習問題のマップ¶
🟡 リナ: この付録の練習問題は、「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A の内容を弦理論の文脈で復習・確認するものよ。慣れた人は飛ばしてもいいし、自信のない人は問題を解くことで各トピックを復習できる。
表 A.3: 練習問題とトピックの対応
| 練習問題 | トピック | 参照 |
|---|---|---|
| A.1–A.4 | 偏微分(基礎計算、拡散方程式) | 「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A.0 |
| A.5–A.7 | 勾配(重力ポテンシャル、等高線) | 「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A.4.2 |
| A.8–A.11 | 発散(具体計算、Coulomb 電場) | 「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A.4.3 |
| A.12–A.15 | 回転(渦の有無、ベクトルポテンシャル) | 「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A.4.4 |
| A.16–A.19 | ラプラシアン(Laplace 方程式) | 「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A.4.5 |
| A.20–A.22 | ベクトル恒等式(\(\nabla\cdot\nabla\times\), \(\nabla\times\nabla\)) | 「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A.5 |
| A.23–A.28 | 波動方程式・定在波・弦の振動モード | 本付録 A.3, A.4 |
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A.3 弦理論のための 2 次元波動方程式¶
🟡 リナ: ここからが弦理論固有の部分よ。弦は 1 次元の物体(線)だから、弦上の位置を指定するパラメータ \(\sigma\) が必要。\(\sigma\) の範囲は弦の種類によって変わる(閉弦なら \(0\) から \(2\pi\) で一周、開弦なら \(0\) から \(\pi\) で端から端まで)。なぜこの範囲を選ぶかというと、後で振動モードを三角関数で展開するとき(A.4 で詳しく扱う)に計算がきれいになる慣習なの。閉弦で \(2\pi\) を選ぶのは「一周= \(2\pi\)」が \(e^{in\sigma}\) の基本周期と合うから(\(e^{in(\sigma + 2\pi)} = e^{in\sigma}\) が自動的に成り立つ)、開弦で \(\pi\) を選ぶのは境界条件との相性がいいから——具体的な理由は A.4 で確認するわ。
🔵 カイ: \(\sigma\) は弦のどの位置かを表すパラメータで、範囲は弦の形(輪っかか線分か)で決まるんですね。
🟡 リナ: そのとおり。さらに時間 \(\tau\) も合わせると、弦の運動は \(\tau\) と \(\sigma\) の 2 つのパラメータで記述される——この 2 次元的な広がりを世界面と呼ぶの。たとえば点粒子(大きさゼロの点)の運動を時空図に描くと、各時刻での位置が 1 つの点だから、時間が経つにつれてそれらの点が繋がって 1 本の線になる——これを世界線と呼ぶの(「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 2 章で導入した概念よ)。弦は点ではなく 1 次元の広がりを持つから、各時刻での「姿」が線分(または輪っか)で、時間が経つとそれらが繋がって 2 次元の面を描く——それが世界面よ。
🔵 カイ: 点粒子は時間とともに「線」を描くから世界線、弦は時間とともに「面」を描くから世界面……。\(\sigma\) は弦のどの位置かを表すパラメータで、\(\tau\) は時間に対応するんですね。
🟡 リナ: そのとおり。弦上の各点が \(D\) 次元時空のどこにいるかを表す関数が \(X^\mu(\tau, \sigma)\)(\(\mu = 0, 1, \ldots, D-1\) は時空の方向を走る添字)よ。\(D\) は時空の次元数で、私たちの日常は \(D = 4\)(空間 3 + 時間 1)だけれど、弦理論では整合性から \(D = 26\) や \(D = 10\) が要請される——これは後の章で導くから、今は「一般の \(D\) 次元で議論する」とだけ覚えておいてね。古典的にはこの \(X^\mu\) が 2 次元の波動方程式に従う:
🔵 カイ: 時間方向と空間方向の 2 階微分の差がゼロ……。普通の波動方程式なら \(\partial_t^2 u = c^2 \partial_x^2 u\) で速度 \(c\) が入りますよね。ここでは \(c\) がないのはなぜですか?
🟡 リナ: いい質問。A.1 の表で波動方程式を \(\partial_t^2 f = v^2 \nabla^2 f\) と書いたでしょう? あの \(v\) が伝播速度。弦理論では光速 \(c = 1\) となるように単位を選ぶ自然単位系を使うの(詳しくは Appendix B を参照)。そうすると \(c^2\) の係数が消えて、ダランベール演算子 \(\Box = \partial_\tau^2 - \partial_\sigma^2\) が \(X^\mu\) に作用してゼロ、というすっきりした形になる。1+1 次元(時間 1 つ+空間 1 つ)の波動方程式ね。ポイントは、普通の波動方程式と形式的には同じ構造だけど、変数が \((t, x)\) から世界面の \((\tau, \sigma)\) に変わっていて、解 \(X^\mu\) が時空の座標そのものを表すという点が新しいところよ。
⚪ メイ: つまり、A.1 の表にあった一般的な波動方程式 \(\partial_t^2 f = v^2 \nabla^2 f\) の特殊な場合(\(v = c = 1\)、空間1次元)が弦の方程式になっているのね。
左右進行波への分解¶
🟡 リナ: d'Alembert の一般解(「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A.7 参照)をそのまま適用すると:
\(X_R\) と \(X_L\) はそれぞれ \(\tau - \sigma\) と \(\tau + \sigma\) だけに依存する波よ。\(R/L\) の命名は文献によって異なるの——たとえば Polchinski の教科書では \(\tau - \sigma\) に依存する成分を right-mover と呼ぶけれど、逆の慣習を採る文献もある。本書では \(X_R(\tau - \sigma)\) を right-mover、\(X_L(\tau + \sigma)\) を left-mover と定義するわ。名前よりも「引数が \(\tau - \sigma\) か \(\tau + \sigma\) か」で区別するのが確実ね。弦理論ではこの分解が量子化の出発点になる。
✅ 理解度チェック: 弦の2次元波動方程式 \((\partial_\tau^2 - \partial_\sigma^2)X^\mu = 0\) の一般解はどのような形に分解されるでしょうか?また、なぜ波動方程式に速度 \(c\) が現れないのでしょうか?
答え
一般解は右進行波 \(X_R^\mu(\tau - \sigma)\) と左進行波 \(X_L^\mu(\tau + \sigma)\) の和に分解される。速度 \(c\) が現れないのは、弦理論では光速 \(c = 1\) とする自然単位系を採用しているためである。
🟡 リナ: ここで便利な変数変換を導入するわ。新しい座標 \(\sigma^+ = \tau + \sigma\), \(\sigma^- = \tau - \sigma\) を定義するの。これを世界面の光円錐座標と呼ぶわ。後で Lagrangian 密度を書くとき(A.3 の後半)に世界面座標を \(\sigma^a\)(\(a = 0, 1\)、つまり \(\sigma^0 = \tau\), \(\sigma^1 = \sigma\))とまとめて書くけれど、\(\sigma^\pm\) はそれとは別の座標系よ。この座標で書くと、波動方程式は \(\partial_{\sigma^+}\partial_{\sigma^-}X^\mu = 0\) というシンプルな形になるの。
🔵 カイ: \(\sigma^+\) と \(\sigma^-\) って、\(\tau\) と \(\sigma\) を足したり引いたりしただけですよね。それだけで式がシンプルになるんですか?
🟡 リナ: なるのよ。連鎖律を使うと
となって係数 \(4\) がつくの。\(4\) が出る理由を見てみましょう。
まず連鎖律から
(\(\sigma^\pm = \tau \pm \sigma\) だから \(\partial\sigma^\pm/\partial\tau = 1\))。同様に \(\partial_\sigma = \partial_{\sigma^+} - \partial_{\sigma^-}\)(\(\partial\sigma^+/\partial\sigma = 1\), \(\partial\sigma^-/\partial\sigma = -1\) だから)。
「\(\partial_\tau\) を 2 乗する」とは \(\partial_\tau\) を 2 回続けて作用させること、つまり \(\partial_\tau^2 = \partial_\tau \circ \partial_\tau\) よ。\(\partial_\tau = \partial_{\sigma^+} + \partial_{\sigma^-}\) だから、\(\partial_\tau^2 = (\partial_{\sigma^+} + \partial_{\sigma^-})(\partial_{\sigma^+} + \partial_{\sigma^-})\) を展開する。偏微分の順序は交換できる(\(\partial_{\sigma^+}\partial_{\sigma^-} = \partial_{\sigma^-}\partial_{\sigma^+}\)、これは Schwarz の定理と呼ばれる性質で、十分滑らかな関数に対して成り立つ)から、\(\partial_{\sigma^+}\) と \(\partial_{\sigma^-}\) を文字 \(A\), \(B\) のように扱って展開してよい。交換可能な演算子の積は普通の文字の積と同じ規則で展開できるから、\((A+B)^2 = A^2 + 2AB + B^2\) と同じ要領で \(\partial_\tau^2 = (\partial_{\sigma^+} + \partial_{\sigma^-})^2 = \partial_{\sigma^+}^2 + 2\partial_{\sigma^+}\partial_{\sigma^-} + \partial_{\sigma^-}^2\) となる。同様に \(\partial_\sigma = \partial_{\sigma^+} - \partial_{\sigma^-}\) を 2 乗すると \((A-B)^2 = A^2 - 2AB + B^2\) の形で \(\partial_{\sigma^+}^2 - 2\partial_{\sigma^+}\partial_{\sigma^-} + \partial_{\sigma^-}^2\) となる。
\(\partial_\tau^2 - \partial_\sigma^2\) を計算すると、\(\partial_{\sigma^+}^2\) と \(\partial_{\sigma^-}^2\) の項は相殺し、交差項だけが \(2 - (-2) = 4\) で \(4\partial_{\sigma^+}\partial_{\sigma^-}\) だけが残るから——詳しい計算は練習問題(問題 B-18. 平面波が波動方程式を満たすこと)で確認してね。いずれにせよ右辺がゼロだから、\(4\partial_{\sigma^+}\partial_{\sigma^-}X^\mu = 0\) の両辺を \(4\)(\(\neq 0\))で割って \(\partial_{\sigma^+}\partial_{\sigma^-}X^\mu = 0\) が得られるわ。これは 「一般相対論」編の @chapter:grの/appendix-a で d'Alembert 解を導いたときの変数変換 \(\xi = x - ct\), \(\eta = x + ct\) とまったく同じ手法よ(\(c = 1\) だから \(\sigma^- = \tau - \sigma\) が \(\xi\) に、\(\sigma^+ = \tau + \sigma\) が \(\eta\) に対応する)。この式は「\(\sigma^+\) で微分してから \(\sigma^-\) で微分するとゼロ」という意味だけど、これを満たす関数は \(X^\mu = F(\sigma^+) + G(\sigma^-)\)——つまり \(\sigma^+\) だけに依存する関数と \(\sigma^-\) だけに依存する関数の和——に限られるの。\(\sigma^+ = \tau + \sigma\) だから \(F(\sigma^+) = X_L^\mu(\tau + \sigma)\)(左進行波)、\(\sigma^- = \tau - \sigma\) だから \(G(\sigma^-) = X_R^\mu(\tau - \sigma)\)(右進行波)に対応するわ。「光円錐」という名前は、4次元時空で光の軌跡が円錐面を描くことに由来するの。2次元の世界面上では光の経路は \(\tau = \pm\sigma\) の2本の直線(\(\sigma^+ = \text{const}\) または \(\sigma^- = \text{const}\))で、\(\sigma^\pm\) はまさにこの光の経路に沿った座標になっているわ。注意してほしいのは、ここで導入した \(\sigma^\pm\) は世界面上の光円錐座標であって、第 5 章で導入した時空の光円錐座標 \(x^\pm = (x^0 \pm x^1)/\sqrt{2}\) とは別物よ——名前は同じだけれど、前者は 2 次元の世界面の座標、後者は \(D\) 次元時空の座標。弦理論では両方が登場するから、文脈で区別してね。弦理論での光円錐座標の本格的な活用は第 13 章・第 14 章で扱うわ。
⚪ メイ: つまり、変数を \(\sigma^\pm\) に取り直すと、「\(\sigma^+\) で微分してから \(\sigma^-\) で微分するとゼロ」という条件から、右進行波と左進行波がそれぞれ片方の変数だけに依存する形に分離するのね。
🔵 カイ: 光円錐座標に変数変換すると式がシンプルになるのは分かりました。……でも、そもそもこの波動方程式自体はどこから出てくるんですか? 天下り的に「弦は波動方程式に従う」と言われても……。
Polyakov 作用からの導出(予告)¶
🟡 リナ: いい疑問ね。弦の 2 次元波動方程式がどこから来るのか、予告だけしておくわ。「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 1 章や第 1 章で学んだ最小作用の原理——作用を停留にする経路が運動方程式を与える——を弦に適用するの(弦への具体的な適用は第 13 章で詳しく扱う)。弦の場合、共形ゲージと呼ばれる特別な座標の取り方(後述)を選んだ後のLagrangian 密度(運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの差に相当する量を、世界面の各点ごとに定義したもの)は
と書ける。記号が多いから、一つずつ確認していくわね。
🔵 カイ: お願いします。\(\partial_a X^\mu\) って何ですか?
🟡 リナ: \(\partial_a X^\mu\) は世界面座標 \(\sigma^a\)(\(\sigma^0 = \tau\), \(\sigma^1 = \sigma\))による \(X^\mu\) の偏微分、つまり \(\partial_a X^\mu = \partial X^\mu / \partial \sigma^a\) よ。紛らわしいけれど、\(\sigma^a\) は世界面の 2 つの座標をまとめて書くための記号で、\(a = 1\) のときが先ほどの弦上の位置パラメータ \(\sigma\) に一致するの。そして同じ添字が上と下に現れたら、その添字について全方向の和を取る約束(Einstein の縮約規則、「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 2 章で導入した規則よ)を使っているの。🟡 リナ: たとえばこの式で \(\eta^{ab}\partial_a X^\mu \partial_b X^\nu\) と書いたら、\(a\) と \(b\) がそれぞれ \(0, 1\) の値を取るすべての組み合わせ(\(4\) 通り)について足し合わせる、という意味よ。実はこの式には二段階の和が入れ子になっているの——まず世界面方向(\(a, b = 0, 1\))の和、次に時空方向(\(\mu, \nu = 0, 1, \ldots, D-1\))の和。
⚪ メイ: 世界面の和と時空の和が別々に走っているのね。
🟡 リナ: そのとおり。順番に見ていきましょう。
🔵 カイ: 二段階……。まず外側の \(a, b\) の和から見ればいいですか?
🟡 リナ: そう。まず外側の和(\(a, b\) の和)だけ書き下すわね。元の式 \(\eta^{ab}\partial_a X^\mu \partial_b X^\nu \eta_{\mu\nu}\) を「\(a, b\) の和を先に実行し、\(\mu, \nu\) の和は後回しにする」という順番で計算するの。\(a, b\) の和を展開すると \(\eta^{00}\partial_\tau X^\mu \partial_\tau X^\nu \eta_{\mu\nu} + \eta^{01}\partial_\tau X^\mu \partial_\sigma X^\nu \eta_{\mu\nu} + \eta^{10}\partial_\sigma X^\mu \partial_\tau X^\nu \eta_{\mu\nu} + \eta^{11}\partial_\sigma X^\mu \partial_\sigma X^\nu \eta_{\mu\nu}\) だけれど、\(\eta^{ab} = \mathrm{diag}(-1,1)\) は対角行列だから \(\eta^{01} = \eta^{10} = 0\) で交差項は消えて、\(\eta^{ab}\partial_a X^\mu \partial_b X^\nu \eta_{\mu\nu} = -(\partial_\tau X^\mu)(\partial_\tau X^\nu)\eta_{\mu\nu} + (\partial_\sigma X^\mu)(\partial_\sigma X^\nu)\eta_{\mu\nu}\) となる(\(\mu, \nu\) の和はまだ残っている——次のステップで具体的に実行するわ)。
⚪ メイ: なるほど、\(a \neq b\) の項が全部ゼロになるから、\(\tau\) 方向と \(\sigma\) 方向の 2 項だけが残るのね。
🟡 リナ: そのとおり。次に内側の和(\(\mu, \nu\) の和)を取る——これは \(\eta_{\mu\nu}\) を掛けて \(\mu, \nu = 0, 1, \ldots, D-1\) について足し合わせる操作で、ベクトルの内積(ドット積)の一般化よ。たとえば \(D = 2\) なら \(\eta_{\mu\nu}\partial_\tau X^\mu \partial_\tau X^\nu = -(\partial_\tau X^0)^2 + (\partial_\tau X^1)^2\) となる。\(D = 4\)(私たちの時空)なら \(-(\partial_\tau X^0)^2 + (\partial_\tau X^1)^2 + (\partial_\tau X^2)^2 + (\partial_\tau X^3)^2\) と 4 項になるだけで、構造は同じよ。
🔵 カイ: あ、次元 \(D\) が増えても形は同じなんですね。時間成分だけマイナスで、空間成分は全部プラス。
🟡 リナ: そう。つまり「\(\tau\) 方向の内積」の項が \(+T/2\) の係数、「\(\sigma\) 方向の内積」の項が \(-T/2\) の係数で入っている——空間成分 \(X^i\) だけに注目すれば、粒子の Lagrangian が「運動エネルギー \(-\) ポテンシャルエネルギー」だったのと同じ構造ね(\(X^0\) 成分の扱いには拘束条件が必要で、それは第 13 章で議論するわ)。ここで「添字を下げる」操作を説明しておくわね。\(\partial_\tau X_\mu \equiv \eta_{\mu\nu}\partial_\tau X^\nu\) と定義する——\(\eta_{\mu\nu}\) を掛けて \(\nu\) について和を取ることで、上付き添字を下付きに変換する書き方よ。たとえば \(D = 2\) なら \(\partial_\tau X_0 = \eta_{00}\partial_\tau X^0 + \eta_{01}\partial_\tau X^1 = (-1)\partial_\tau X^0 + 0 = -\partial_\tau X^0\) で、\(\partial_\tau X_1 = \eta_{10}\partial_\tau X^0 + \eta_{11}\partial_\tau X^1 = 0 + (+1)\partial_\tau X^1 = \partial_\tau X^1\) ——時間成分だけ符号が反転するのね。具体的には、\(D = 4\) のとき \(\partial_\tau X^\mu \partial_\tau X_\mu = \eta_{\mu\nu}\partial_\tau X^\mu \partial_\tau X^\nu = -(\partial_\tau X^0)^2 + (\partial_\tau X^1)^2 + (\partial_\tau X^2)^2 + (\partial_\tau X^3)^2\) で、先ほどの \(a, b\) の和の展開で \(D = 2\) の場合に得た \(-(\partial_\tau X^0)^2 + (\partial_\tau X^1)^2\) と同じ符号構造(時間成分にマイナス、空間成分にプラス)が \(D = 4\) でもそのまま成り立っているのが分かるわね——つまり \(\partial_\tau X^\mu \partial_\tau X_\mu\) は \(\eta_{\mu\nu}\partial_\tau X^\mu \partial_\tau X^\nu\) の省略形なの。「上付き添字と下付き添字が同じ文字で現れたら和を取る」という縮約規則の応用ね。
⚪ メイ: 添字を下げる操作で、上下が揃った添字を見たら自動的に和を取ればいい——コンパクトに書けるのね。
🟡 リナ: この記法を使って二段階の和をまとめると、\(\mathcal{L} = -\frac{T}{2}\bigl[-(\partial_\tau X^\mu)(\partial_\tau X_\mu) + (\partial_\sigma X^\mu)(\partial_\sigma X_\mu)\bigr] = \frac{T}{2}(\partial_\tau X^\mu)(\partial_\tau X_\mu) - \frac{T}{2}(\partial_\sigma X^\mu)(\partial_\sigma X_\mu)\) よ。こうして二段階の和が入れ子になっているのよ。
各記号の意味は:
- \(T\):弦の張力
- \(\eta^{ab}\):世界面の 2 次元 Minkowski 計量で、成分を並べると \(\eta^{ab} = \mathrm{diag}(-1, 1)\)(対角成分が \(-1, 1\) の \(2 \times 2\) 行列)。添字 \(a, b\) は世界面の方向 \((\tau, \sigma)\) を走る。\(-1\) が時間方向(\(\tau\))、\(+1\) が空間方向(\(\sigma\))に対応していて、これは特殊相対論の計量 \(\mathrm{diag}(-1,1,1,1)\) の 2 次元版よ。添字が上付き(\(\eta^{ab}\))なのは「逆行列」に相当する成分を表す記法で、Minkowski 計量の場合は上でも下でも成分の値が同じになるの(つまり \(\eta_{ab} = \eta^{ab} = \mathrm{diag}(-1, 1)\))。一般の曲がった時空では上と下で異なるけれど、今は「上付きも下付きも同じ数値」と思って OK
- \(\eta_{\mu\nu}\):\(D\) 次元時空の Minkowski 計量で、成分は \(\eta_{\mu\nu} = \mathrm{diag}(-1, +1, +1, \ldots, +1)\)。時間方向だけ符号が \(-1\) なのは特殊相対論で「時間と空間を区別する」ための約束で、\(\partial_a X^\mu\) と \(\partial_b X^\nu\) の時空方向の内積を取る役割を果たす
この \(\mathcal{L}\) からEuler-Lagrange 方程式(作用を最小にする条件から導かれる運動方程式)を適用すると、次の結果が得られる。直感的には、弦の各点で「時間方向の加速度」と「空間方向の張力による復元力」が釣り合う条件を書き下すと波動方程式になるの——ちょうどギターの弦が振動するとき、各点で張力と慣性が釣り合っているのと同じ原理よ。Lagrangian 密度から Euler-Lagrange 方程式を経て運動方程式を導く各ステップは第 13 章で丁寧に行うから、ここでは運動方程式の形だけ受け取ってね。ただし一つ注意——この運動方程式は世界面の計量を共形ゲージに固定した後にのみ成り立つの。「ゲージ固定」とは、物理的に同等な記述の中から計算しやすい特定の形を選ぶ操作のことで、ここでは世界面の計量を平坦な Minkowski 形(\(\eta^{ab} = \mathrm{diag}(-1,1)\))に選んでいるの。なぜそれが許されるのか、物理的に何を意味するのかは第 13 章で詳しく扱うわ。共形ゲージでは \(\eta^{ab}\) は場所によらない定数だから、Euler-Lagrange 方程式から得られる運動方程式は:
\(\eta^{ab}\) が定数の対角行列なので、縮約規則で \(a, b\) について和を取ると \(a \neq b\) の項は消えて \(\eta^{00}\partial_0\partial_0 X^\mu + \eta^{11}\partial_1\partial_1 X^\mu = (-1)\partial_\tau^2 X^\mu + (+1)\partial_\sigma^2 X^\mu = 0\)。両辺に \(-1\) を掛けると \(\partial_\tau^2 X^\mu - \partial_\sigma^2 X^\mu = 0\) だから:
🔵 カイ: ああ、だから「弦の振動=世界面上の波動方程式」というつながりになるんですね。……でも、Lagrangian 密度の式に出てくる \(\eta^{ab}\) と \(\eta_{\mu\nu}\) って、同じ記号なのに添字の位置が違いますよね。これは別物なんですか?
🟡 リナ: いい着眼点ね。\(\eta^{ab}\) と \(\eta_{\mu\nu}\) は別の計量よ。\(\eta^{ab}\) は世界面(\(\tau, \sigma\) の 2 次元)の計量で \(2 \times 2\) 行列、\(\eta_{\mu\nu}\) は時空(\(D\) 次元)の計量で \(D \times D\) 行列。記号 \(\eta\) が同じなのは、どちらも「平坦な Minkowski 計量」だから。添字が上にあるか下にあるかは、反変(上)と共変(下)の区別で、これは「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 5 章で扱った内容ね。ここでは「\(\eta^{ab}\) は世界面用、\(\eta_{\mu\nu}\) は時空用、走る添字の範囲が違う別物」と覚えておけば十分よ。
🔵 カイ: 同じ記号 \(\eta\) でも次元が違う別物……。じゃあ、もし世界面が平坦じゃなくて曲がっていたら、\(\eta^{ab}\) の部分がもっと複雑な計量に変わるってことですか?
🟡 リナ: そのとおり。一般には世界面の計量を \(h_{ab}(\tau, \sigma)\) と書いて、曲がった面を記述する。ただし弦理論では「ゲージ固定」によって \(h_{ab} = \eta_{ab}\) と選べる——だから今は平坦な \(\eta^{ab}\) だけで済んでいるの。この仕組みは第 13 章で詳しく扱うわ。
A.4 弦の境界条件と振動モード¶
🟡 リナ: 1 次元波動方程式の一般解は任意関数 \(f, g\) だったけれど、現実の弦には境界条件がある。閉弦(両端が繋がった輪っか)か開弦(両端が自由)かで条件が変わり、それが振動モードの離散化を決めるの。
閉弦の周期境界条件¶
閉弦では \(\sigma\) が周期 \(2\pi\) で一巡する:
この周期性から、\(X^\mu\) を \(\sigma\) について Fourier 級数展開できる。Fourier 級数展開とは、周期関数を三角関数(\(\sin\) と \(\cos\))の和で表す方法よ。楽器の弦の音が基本振動と倍音の重ね合わせで表せるのと同じ原理で、任意の周期関数は、適切な振幅を選んだ \(\sin(n\sigma)\) と \(\cos(n\sigma)\)(\(n = 1, 2, 3, \ldots\))の無限和で表現できる——これが Fourier の定理よ。証明は大学の数学で扱う内容だから、ここでは「周期 \(2\pi\) の関数は整数 \(n\) の振動成分に分解できる」という事実を道具として使うわ。
🔵 カイ: どんな形の波でも \(\sin\) と \(\cos\) の足し合わせで表せるって、ちょっと不思議ですね。でも楽器の音が倍音の重ね合わせだと思えば納得できるかも。
🟡 リナ: いいイメージね。ここでもう一つ道具を導入するわね。Euler の公式 \(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\) を使うと、\(\cos\) と \(\sin\) を一つの複素指数関数 \(e^{i\theta}\) にまとめて書ける。証明は大学数学で扱う内容だから省くけれど(\(e^x\) の無限級数展開に \(x = i\theta\) を代入すると導ける)、ここでは「\(\cos\) と \(\sin\) を一つの指数関数にパッケージする公式」と思ってね。なぜまとめるかというと、指数関数は微分しても形が変わらない(\(d(e^{i n\sigma})/d\sigma = in\, e^{in\sigma}\))から、微分や和の計算が格段に楽になるのよ。この複素数表記を使って、Fourier 級数展開と波動方程式の解の条件を順番に組み合わせてみましょう。まず、周期境界条件から \(\sigma\) 方向の Fourier 成分は \(e^{in\sigma}\)(\(n\) は整数)の形に限られる。次に、各成分が波動方程式 \((\partial_\tau^2 - \partial_\sigma^2)X = 0\) を満たすには、\(e^{in\sigma}\) に適切な時間依存性を掛ける必要がある。\(e^{-in\tau}e^{in\sigma} = e^{-in(\tau - \sigma)}\) を試すと、\(\partial_\tau^2\) から \((-in)^2 = -n^2\) が、\(\partial_\sigma^2\) から \((in)^2 = -n^2\) が出て、差がゼロになる——確かに解になっているわ。同様に \(e^{-in(\tau + \sigma)}\) も解になる——こうして右進行波(\(\tau - \sigma\) に依存)と左進行波(\(\tau + \sigma\) に依存)が得られるの。
⚪ メイ: 周期境界条件で \(\sigma\) 方向が \(e^{in\sigma}\) に限定されて、波動方程式から時間部分の形が決まる——二つの条件を組み合わせてモードの形が絞り込まれるのね。
🟡 リナ: そのとおり。ただし、これだけでは弦全体が空間のどこにいるか、全体としてどちらに動いているかの情報が入っていないわ。振動成分はあくまで「弦の形の変化」を表すもので、弦の重心がどこにあって(\(x^\mu\))、どの方向にどんな速さで動いているか(運動量 \(p^\mu\) に比例する等速運動)は別に指定する必要がある。これらを加えると:
ここで和 \(\sum_{n \neq 0}\) は \(n = \pm 1, \pm 2, \pm 3, \ldots\) のすべての 0 でない整数について足し合わせるという意味よ。Euler の公式から \(e^{-in(\tau-\sigma)} = \cos[n(\tau-\sigma)] - i\sin[n(\tau-\sigma)]\) だから、\(e^{-in(\tau-\sigma)}\) は振動数 \(|n|\) で振動する波を複素数で表したもの。
🔵 カイ: 待ってください、式に虚数単位 \(i\) が入っていますよね。位置 \(X^\mu\) が虚数になったりしませんか?
🟡 リナ: いい疑問ね。\(X^\mu\) は時空の中の位置を表す量だから、実数でなければならない。\(\alpha_n^\mu\) 自体は一般に複素数で、弦の初期条件(最初にどんな形でどう動いていたか)によって値が決まる定数よ。その「\(X^\mu\) 全体が実数であること」を保証する条件が \(\alpha_{-n}^\mu = (\alpha_n^\mu)^*\) および \(\tilde{\alpha}_{-n}^\mu = (\tilde{\alpha}_n^\mu)^*\)(複素共役——複素数 \(z = a + bi\) に対して虚部の符号を反転させた \(z^* = a - bi\) のこと)なの。右進行波と左進行波のそれぞれで同じ条件が必要よ。具体的に見てみましょう——たとえば右進行波の \(n = 1\) と \(n = -1\) の項を足すと、\(\frac{i}{1}\alpha_1^\mu e^{-i(\tau-\sigma)} + \frac{i}{-1}\alpha_{-1}^\mu e^{i(\tau-\sigma)} = i\alpha_1^\mu e^{-i(\tau-\sigma)} - i(\alpha_1^\mu)^* e^{i(\tau-\sigma)}\) で、\(z - z^* = 2i\,\mathrm{Im}(z)\) の形になるから結果は実数になるの。左進行波の \(\tilde{\alpha}_n\) についても全く同じ仕組みよ。一般の \(n\) でも同じ仕組みで虚数部分が打ち消し合うわ。この条件の詳細は第 13 章で確認するわ。
各記号の意味を整理しておくわ: - \(x^\mu\):弦の重心の初期位置 - \(\alpha'\):Regge slope パラメータ(弦の張力 \(T\) と \(\alpha' = 1/(2\pi T)\) の関係にある定数。弦の「柔らかさ」を表す。\(T\) そのものではなく \(\alpha'\) を使う理由は、モード展開や質量公式が \(\alpha'\) で書くと簡潔になるため——歴史的には Regge 軌跡の傾きとして導入された量よ) - \(p^\mu\):弦の重心の運動量(\(2\alpha' p^\mu \tau\) は重心の等速運動を表す。なぜ係数が \(2\alpha'\) なのかは、Polyakov 作用から運動量を定義すると自然に出てくる——導出は第 13 章で行うから、今は「\(\alpha'\) を含む慣習的な規格化」と受け取ってね。なお本書では閉弦・開弦ともに重心項を \(2\alpha' p^\mu \tau\) と書く慣習を採用するわ) - \(\alpha_n^\mu\):右進行波(\(\tau - \sigma\) に依存する部分)の \(n\) 番目のモード展開係数 - \(\tilde{\alpha}_n^\mu\):左進行波(\(\tau + \sigma\) に依存する部分)の \(n\) 番目のモード展開係数 - 係数の \(i\)(虚数単位)、\(1/n\)、\(\sqrt{2\alpha'}\)、そして重心項の \(2\alpha'\) は、すべて慣習的な規格化よ。\(1/n\) は「\(n\) が大きい(高い振動数の)モードほど振幅が小さくなる」ように重みをつけている——これは後の章(第 13 章)で量子化するときに交換関係が \([\alpha_m, \alpha_n] \propto m\delta_{m+n}\) というきれいな形になるための選択なの。\(i\)、\(\sqrt{2\alpha'}\)、\(2\alpha'\) も同じ理由で選ばれている。今は「後で量子化したときに都合がいい約束で係数を付けている」と思っておけば OK
左右が独立(分解可能)なのが閉弦の特徴よ。
⚪ メイ: 整理すると、閉弦のモード展開は「重心の位置 \(x^\mu\) +重心の等速運動 \(2\alpha' p^\mu \tau\) +右進行波の振動(\(\alpha_n\) の和)+左進行波の振動(\(\tilde{\alpha}_n\) の和)」という 4 つの部分からできているのね。周期境界条件が Fourier 級数展開を可能にして、振動数が整数 \(n\) に離散化される。
🔵 カイ: 一つ確認なんですけど、\(\alpha_n^\mu\) と \(\tilde{\alpha}_n^\mu\) って、\(n\) が同じでも全然別の値を取れるんですよね? 閉弦では左右が独立って言ってたから……。でも、なぜ閉弦だと左右が独立でいられるんですか?
🟡 リナ: 閉弦は輪っかだから「端」がないでしょう? 端がなければ波が反射される場所がない——だから右に進む波と左に進む波は互いに干渉せず、\(\alpha_n^\mu\) と \(\tilde{\alpha}_n^\mu\) は完全に独立な係数になるの。開弦との対比で言えば、開弦は端で反射が起きるから左右が結合してしまう——その違いが A.4 の後半で効いてくるわ。
🔵 カイ: 端がないから反射が起きない——だから左右が混ざらずに独立でいられるんですね。
✅ 理解度チェック: 閉弦の周期境界条件とは何でしょうか?また、その条件によりモード展開にどのような構造が生じるでしょうか?
答え
閉弦では \(\sigma\) が周期 \(2\pi\) で一巡するため、\(X^\mu(\tau, \sigma + 2\pi) = X^\mu(\tau, \sigma)\) という周期境界条件が課される。この条件により \(X^\mu\) はFourier級数展開でき、右進行波のモード係数 \(\alpha_n^\mu\) と左進行波のモード係数 \(\tilde{\alpha}_n^\mu\) が独立に存在する構造になる。
開弦の境界条件¶
開弦では両端 \(\sigma = 0, \pi\) で条件を課す。代表的なのは 2 種類:
- Neumann 境界条件: \(\partial_\sigma X^\mu|_{\sigma=0, \pi} = 0\)(端が自由に動ける)
- Dirichlet 境界条件: $X^\mu|_{\sigma=0, \pi} = $ 一定(端が時空の特定の位置に釘付けにされ、時間が経っても動けない。この「釘付け先」となる対象を D-ブレーンと呼ぶ——詳しくは第 14 章で扱うわ)
Neumann 境界条件のもとでは、左進行波と右進行波が端で「反射」して結合し、モード展開は
閉弦と同じく \(\sum_{n \neq 0}\) は \(n = \pm 1, \pm 2, \ldots\) のすべてについて和を取るわ。「\(\cos(-n\sigma) = \cos(n\sigma)\) だから正の \(n\) だけで書けるのでは?」と思うかもしれないけれど、時間部分の \(e^{-in\tau}\) は \(n\) の符号で変わる(\(e^{-i\tau}\) と \(e^{+i\tau}\) は別物)から、正と負の \(n\) は独立な項なの。実は正の \(n\) だけを使って \(\cos(n\tau)\) と \(\sin(n\tau)\) で書き直すこともできるけれど、複素指数関数 \(e^{-in\tau}\) の形を保つ方が後の章(第 13 章)で量子化するときに交換関係がきれいになるから、あえて正負両方の \(n\) を使う書き方を採用しているの。
🔵 カイ: なるほど、\(\sigma\) 方向は \(\cos\) だから正負で同じだけど、\(\tau\) 方向の \(e^{-in\tau}\) は \(n\) の符号で違う波になるから、両方必要なんですね。
🟡 リナ: そう。ただし \(X^\mu\) が実数であるためには、正の \(n\) の項と負の \(n\) の項がペアになって虚数部分を打ち消し合う必要がある——その条件が \(\alpha_{-n}^\mu = (\alpha_n^\mu)^*\) よ。具体的に \(n = 1\) と \(n = -1\) の項を並べてみましょう。\(n = 1\) の項は \(\frac{i}{1}\alpha_1^\mu e^{-i\tau}\cos\sigma\)、\(n = -1\) の項は \(\frac{i}{-1}\alpha_{-1}^\mu e^{i\tau}\cos\sigma = -i(\alpha_1^\mu)^* e^{i\tau}\cos\sigma\)(\(\alpha_{-1} = \alpha_1^*\) を使った)。この 2 つを足すと \(i\alpha_1^\mu e^{-i\tau}\cos\sigma - i(\alpha_1^\mu)^* e^{i\tau}\cos\sigma\) で、\(z - z^* = 2i\,\mathrm{Im}(z)\) の形になるから結果は実数になるの。一般の \(n\) でも同じ仕組みで虚数部分が打ち消し合うわ(閉弦のモード展開で確認したのと全く同じ論法よ)。
⚪ メイ: 正負の \(n\) がペアになって虚数部分を相殺するから、全体として \(X^\mu\) は実数に保たれるのね。閉弦のときと同じ仕組みだわ。
🟡 リナ: なぜ \(\cos(n\sigma)\) が現れるかというと、\(\cos(n\sigma)\) を \(\sigma\) で微分すると \(-n\sin(n\sigma)\) で、\(\sigma = 0\) では \(\sin(0) = 0\)、\(\sigma = \pi\) では \(\sin(n\pi) = 0\)(\(n\) が整数だから)となるので、Neumann 条件 \(\partial_\sigma X^\mu = 0\) が自動的に満たされるの。逆に言えば、\(\sin(n\pi) = 0\) を満たすには \(n\) が整数でなければならない——これが振動数の離散化の理由の一つよ。なお \(n = 0\) の成分は振動ではなく重心の運動(\(x^\mu + 2\alpha' p^\mu \tau\) の部分)に対応するから、振動モードの和では \(n \neq 0\) だけを取るの。\(\alpha'\) は閉弦のところで説明した Regge slope パラメータ(\(\alpha' = 1/(2\pi T)\))よ。閉弦でも開弦でも同じ定数で、同じように式に現れるわ。
🔵 カイ: 閉弦では \(\alpha_n\) と \(\tilde{\alpha}_n\) が別々にあったのに、開弦では \(\alpha_n\) だけになっていますね。なぜ一組に減るんですか? あと、時間部分が \(e^{-in(\tau - \sigma)}\) じゃなくて \(e^{-in\tau}\) になっているのも気になります。
🟡 リナ: 開弦では端で波が反射するから、右に進む波と左に進む波が独立ではいられないの。反射によって互いに結びつくから、独立なモード係数が一組に統合されるのよ。時間部分については、実は \(e^{-in(\tau-\sigma)} + e^{-in(\tau+\sigma)} = e^{-in\tau}(e^{in\sigma} + e^{-in\sigma}) = 2e^{-in\tau}\cos(n\sigma)\) だから、右進行波と左進行波を足し合わせた結果が \(e^{-in\tau}\cos(n\sigma)\) の形になるの。係数の \(2\) は規格化に吸収されるわ。
⚪ メイ: つまり、閉弦では左右が独立に振動できるけれど、開弦では端での反射が左右を結合させて、結果的にモード係数が \(\alpha_n\) 一組にまとまるのね。
✅ 理解度チェック: 開弦のNeumann境界条件とDirichlet境界条件はそれぞれ弦の端にどのような物理的制約を課すでしょうか?
答え
Neumann境界条件 \(\partial_\sigma X^\mu|_{\sigma=0,\pi} = 0\) は弦の端が自由に動けることを意味する。Dirichlet境界条件 $X^\mu|_{\sigma=0,\pi} = $ 一定は弦の端が特定の位置(D-ブレーン上)に固定されることを意味する。Neumann条件の場合、左右の進行波が端で反射して結合し、モード係数が一組(\(\alpha_n\) のみ)に統合される。Dirichlet条件でも端での反射が起きるため同様にモード係数は一組に統合される(具体的なモード展開の形は第 14 章で扱う)。
弦の振動モードの離散化¶
🟡 リナ: 閉弦でも開弦でも、境界条件(周期性や端での条件)を課すことで、振動数 \(\omega_n = n\)(自然単位系)が \(n = 1, 2, 3, \ldots\) という整数値に離散化される。これが弦の「量子状態」を作るの。
ちなみに、両端固定の開弦(Dirichlet-Dirichlet 境界条件)の場合は、楽器の弦と同じ状況になる。ここでは話を分かりやすくするために、\(D\) 次元の \(X^\mu\) のうち特定の 1 方向(たとえば \(\mu = 1\) の成分)だけを取り出し、その \(n\) 番目の振動モードを \(f_n(\sigma, \tau)\) と書くわね。端が動けないから \(\sigma = 0\) と \(\sigma = \pi\) で \(f_n = 0\) でなければならない。\(\sin(n\sigma)\) は \(\sigma = 0\) でゼロ、\(\sigma = \pi\) でもゼロ(\(n\) が整数のとき)だから、各振動モードは \(f_n(\sigma, \tau) = A_n\sin(n\sigma)\cos(n\tau) + B_n\sin(n\sigma)\sin(n\tau)\) という形になるの(\(A_n\), \(B_n\) は初期条件で決まる定数)。たとえば初速ゼロで弦を弾いた場合は \(B_n = 0\) になって \(f_n = A_n\sin(n\sigma)\cos(n\tau)\) だけが残る。実際にこれが波動方程式を満たすことは練習問題 A.28 で確認してもらうわ。Neumann 条件では \(\cos(n\sigma)\)、Dirichlet 条件では \(\sin(n\sigma)\) と、境界条件によって空間部分の関数形が変わるけれど、どちらも \(n\) が整数に離散化される点は同じよ。
✅ 理解度チェック: 弦の振動モードが離散化される(振動数が整数値 \(n = 1, 2, 3, \ldots\) に限られる)のはなぜでしょうか?
答え
境界条件(閉弦の周期性、または開弦の端での条件)を満たす解のみが物理的に許されるため、連続的な振動数のうち整数値のものだけが生き残る。これは楽器の弦で基本振動と倍音だけが許されるのと同じ原理である。
🔵 カイ: 振動モードが離散化されるのは分かりました。でも、なぜ「振動の仕方が違う=別の粒子」になるんですか? 楽器の弦の倍音が違う音に聞こえるのとは、本質的に何が違うんだろう……。
🟡 リナ: いい疑問ね。古典的な弦の振動モードを量子化すると、各モードの励起数が粒子の質量やスピンを決める——重力子やゲージボソンといった粒子が弦の異なる振動状態として現れるの。楽器の倍音との違いは、弦理論では振動のエネルギーが \(E = mc^2\) を通じて質量に直結する点よ。詳しい量子化は第 13 章・第 14 章で展開するわ。
🔵 カイ: 振動のエネルギーが質量になるから、振動パターンが違えば質量が違う粒子に見える……。でも、\(n = 1\) の基本振動と \(n = 2\) の倍音で質量が決まるなら、弦の振動モードは無限にあるから粒子の種類も無限になりませんか? 実際に観測される粒子は有限なのに。
🟡 リナ: 鋭いわね。実は \(n\) が大きいモードほど質量が大きくなって、Planck 質量程度の超重い粒子になるの。現在の加速器で観測できるのは最も軽い数個のモードだけ——だから有限に見える。詳しくは第 14 章で質量スペクトルを計算するときに確認しましょう。
🔵 カイ: つまり、理論上は無限にあるけれど、重すぎて観測にかからないから「見えない」だけなんですね。……でも逆に言うと、もし将来もっとエネルギーの高い加速器ができたら、重いモードの粒子が見つかる可能性があるってことですか? それが弦理論の実験的検証になり得る?
⚪ メイ: 整理すると、\(n\) が大きいモードほど質量が重くなって、現在の技術では観測できない領域に入ってしまう——だから「粒子の種類は無限だけれど、見えるのは軽い数個だけ」ということね。
🟡 リナ: そのとおり。そして Planck エネルギーは現在の加速器の \(10^{15}\) 倍以上だから、直接的な検証は現状では難しい。だからこそ間接的な証拠——たとえば低エネルギーでの予言との整合性——が重要になるの。これも後の章で議論するわ。
🔵 カイ: \(10^{15}\) 倍……。じゃあ、もし弦理論が正しくても「弦の重いモードを直接見つけて確認する」という王道の検証は当分できないわけですよね。それって科学として大丈夫なんですか? 反証できない理論は科学じゃないって聞いたことがあるんですけど。
🟡 リナ: 非常に本質的な問いね。弦理論の実験的検証の問題——反証可能性との関係も含めて——は第 22 章で正面から議論するから、楽しみにしておいてね。
🔵 カイ: ……ここまでの話で気になるんですけど、閉弦と開弦で振動モードの構造が違う(左右独立 vs 一組に結合)ということは、そこから生まれる粒子の種類も違ってくるんですか?
🟡 リナ: そう、まさにそのとおり。閉弦からは重力子(スピン 2)が、開弦からはゲージボソン(スピン 1)が現れる——モード構造の違いが粒子のスピンの違いに直結するの。詳しくは第 14 章で量子化した後に確認しましょう。
🔵 カイ: モード構造の違いがスピンの違いに直結する……。閉弦は左右独立だからモードの組み合わせが多くてスピン 2 が作れるけど、開弦は一組だからスピン 1 止まり、みたいなイメージですか?
🟡 リナ: 直感的にはそのイメージで合っているわ。閉弦では左右のモードを「掛け合わせる」ことでスピン 2 の状態が構成できる——正確な議論は第 14 章に譲るけれど、方向性は正しいわよ。
🔵 カイ: 左右を掛け合わせてスピン 2 を作る仕組みは第 14 章で楽しみにしておきます。……あと一つ確認なんですが、Dirichlet 条件の開弦だとモード展開はどう変わるんですか? \(\cos\) が \(\sin\) になるのは分かったけど、重心の運動 \(2\alpha' p^\mu \tau\) の部分はどうなるんだろう。
🟡 リナ: いい質問。Dirichlet 条件が課された方向では端の位置が固定されるから、その方向には弦全体が動けない——つまりその方向の運動量はゼロになるの。重心はその方向には動かず、振動部分だけが \(\sin(n\sigma)\) で展開される。一方、Neumann 条件が課された方向では通常どおり重心が動ける。実際の D-ブレーンでは方向ごとに条件が異なるから、詳しい形は第 14 章で D-ブレーンを扱うときに書き下すわ。
🔵 カイ: なるほど、方向によって Neumann だったり Dirichlet だったりするから、ある方向には動けるけど別の方向には動けない——それが D-ブレーンの「次元」を決めるんですね。
⚪ メイ: この付録のポイントを整理すると——弦の2次元波動方程式は d'Alembert 解で左右進行波に分解でき、閉弦では周期境界条件から左右独立なモード \(\alpha_n\), \(\tilde{\alpha}_n\) が現れる。開弦では端での反射が左右を結合させてモード係数が一組になり、Neumann 条件なら \(\cos(n\sigma)\)、Dirichlet 条件なら \(\sin(n\sigma)\) で展開される。どちらの場合も境界条件が振動数を整数に離散化して、それが粒子の質量やスピンを決める起源になるのね。
📝 練習問題:
- 波動方程式の確認、定在波への分解、弦の振動モードの境界条件 → 問題 B-18. 平面波が波動方程式を満たすこと、問題 B-19. 複素指数波が波動方程式を満たすこと、問題 M-5. d'Alembert 解 \(g(x - vt)\)、問題 B-20. 偏微分方程式の分類、問題 M-6. 定在波の分解、問題 M-7. 弦の振動モードの境界条件
次章予告¶
Appendix B では、光速 \(c\)、Planck 定数 \(\hbar\)、万有引力定数 \(G\) など本編に登場する物理定数の値を一覧し、SI 単位系と自然単位系の対応を整理する。「\(c = 1\) と置く」とはどういう意味か——単位系の選択が物理の見通しをどう変えるかを確認しよう。
参考文献¶
- 「一般相対論」編の Appendix A「ベクトル解析」 — 偏微分・grad・div・rot・ラプラシアン・ベクトル恒等式・積分定理・波動方程式の d'Alembert 解の自己完結的な解説(全 4 編共通のハブ)
- David Tong, Lectures on String Theory, Ch.2–3 — 弦の波動方程式、モード展開、光円錐量子化
- Barton Zwiebach, A First Course in String Theory, Ch.6–8 — 相対論的弦、Neumann/Dirichlet 境界条件、量子化
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