Appendix E 複素解析の基礎¶
前回までのあらすじ: 本編第 14 章で弦の世界面を量子化し、第 15 章で超弦理論の枠組みを見た。第 16 章の共形場理論では、世界面を複素平面として扱い、正則関数・Laurent 展開・留数定理が計算の中核となる。この付録では、その数学的基盤を高校数学から丁寧に構築する。
この付録のゴール
- 第 16 章(共形場理論)で必要になる複素解析の基本を、具体例と導出を通じて理解する
- 「なぜ複素数が物理に登場するのか」から始め、Cauchy-Riemann 条件、Laurent 展開、留数定理、Cauchy の積分公式、Möbius 変換まで到達する
🟡 リナ: 第 16 章の共形場理論で「\(z\) と \(\bar{z}\)」「OPE」「留数」が出てきて戸惑ったら、ここに戻ってきて。複素数の復習から始めるから、高校で習った範囲から繋がるわ。
E.1 なぜ複素数が物理に登場するのか¶
🔵 カイ: 複素数って高校で「\(i^2 = -1\)」って習ったけど、なんで物理で必要なの? 実数だけじゃダメ?
🟡 リナ: 3 つの理由があるわ。
量子力学から¶
「量子力学」編の「量子力学」編 第 7 章で見た Schrödinger 方程式:
ここに虚数単位 \(i\) が本質的に入っている。波動関数 \(\psi\) は複素数値で、確率は \(|\psi|^2\) で与えられる。実数だけでは量子力学の干渉現象を記述できない。
共形場理論から¶
第 16 章の共形場理論では、2 次元の世界面を複素平面として扱う。\((x, y)\) の代わりに \((z, \bar{z})\) を使うと、共形変換が「正則関数による座標変換」として記述できる。
Euler の公式 — 複素数の威力の源¶
🔵 カイ: \(e^{i\theta}\) って高校で出てきたけど、なんでそんなに大事なの?
🟡 リナ: これが複素数を使う最大の理由よ。Euler の公式 \(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\) の導出を見せるわね。
指数関数の Taylor 展開(「量子力学」編 「量子力学」編 Appendix A 参照)から出発する:
ここで \(x\) を \(i\theta\) に置き換える:
\(i\) のべきを整理すると \(i^2 = -1\), \(i^3 = -i\), \(i^4 = 1\), ... だから:
右辺の実部は \(\cos\theta\) の Taylor 展開、虚部は \(\sin\theta\) の Taylor 展開。したがって:
🔵 カイ: おお、Taylor 展開を並べ替えるだけで出てくるんだ! でも、\(e^x\) の Taylor 展開って \(x\) が実数のときの話じゃなかった? \(x\) に \(i\theta\) みたいな複素数を代入していいの?
🟡 リナ: いい疑問ね。Taylor 展開の級数 \(\sum a_n x^n\) は、\(x\) の値によっては各項を足していくと和が有限に収まる(収束する)こともあれば、どんどん大きくなって発散することもある。「和が有限に収まる \(x\) の範囲」を収束半径と呼ぶの。たとえば \(\frac{1}{1-x} = 1 + x + x^2 + \cdots\) は \(|x| < 1\) でしか収束しない(\(x = 2\) を入れると \(1 + 2 + 4 + \cdots\) で発散する)。一方、\(e^x = 1 + x + x^2/2! + \cdots\) はどんなに大きな \(x\) を入れても和が収束する——つまり収束半径が無限大。
🔵 カイ: あ、\(e^x\) は収束半径が無限大だから、どんな値を入れてもいいんだ。
🟡 リナ: そう。ここで重要なのは、収束半径の定義は実は \(|x|\)(絶対値)で決まるということ。\(|x| < R\) で収束する級数は、\(x\) が実数だろうと複素数だろうと、\(|x| < R\) を満たす限り収束する。\(e^x\) の場合は \(R = \infty\) だから、\(x = i\theta\) を代入しても \(|i\theta| = |\theta|\) は有限なので級数は必ず収束する。つまり、実数で定義された \(e^x\) の Taylor 展開をそのまま複素数 \(x = i\theta\) に適用しても、級数はちゃんと収束して意味のある値を与えるの。厳密な証明は省くけど、結果として得られる Euler の公式は数学的に完全に正当化されているわ。
🟡 リナ: これにより、三角関数を指数関数で表せる:
波動現象を \(\sin\) や \(\cos\) で書く代わりに \(e^{i\theta}\) で書くと、微分が掛け算になるから計算が劇的に簡単になる。たとえば:
\(\sin\) や \(\cos\) の微分で符号を気にする必要がなくなるの。
⚪ メイ: 微分しても形が変わらないから、波動方程式を解くときに指数関数で書くと見通しが良くなるんだね。
📝 練習問題:
- Euler の公式の確認 → 問題 B-2. Euler の公式 \(e^{i\pi}+1=0\)
✅ 理解度チェック: Euler の公式 \(e^{i\theta}\) を \(\cos\theta\) と \(\sin\theta\) で表すとどうなるでしょうか?
答え
\(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\)。
✅ 理解度チェック: 第 16 章の共形場理論では、2 次元の世界面をどのような座標で扱うでしょうか?
答え
\((x, y)\) の代わりに複素座標 \((z, \bar{z})\) で扱う。
E.2 複素数の復習と複素平面¶
🟡 リナ: 複素数の基本操作を確認するわ。「量子力学」編 「量子力学」編 Appendix A で既に学んだ人は軽く流して OK。
基本定義¶
複素数 \(z = x + iy\)(\(x, y\) は実数、\(i^2 = -1\))。
表 E.1: 複素数の基本操作と定義
| 操作 | 定義 | 例(\(z = 3 + 4i\)) |
|---|---|---|
| 実部 | \(\text{Re}(z) = x\) | 3 |
| 虚部 | \(\text{Im}(z) = y\) | 4 |
| 複素共役 | \(\bar{z} = x - iy\) | \(3 - 4i\) |
| 絶対値 | $ | z |
| 偏角 | \(\arg(z) = \arctan(y/x)\) | \(\arctan(4/3) \approx 53°\) |
重要な関係式:
極形式¶
🟡 リナ: 複素数を「長さと角度」で表す方法を極形式と呼ぶわ。Euler の公式を使えば:
図 E.1「複素平面と極形式の表現」 に示すように、\(r\) は原点からの距離、\(\theta\) は実軸からの反時計回りの角度。
図 E.1: 複素平面と極形式の表現。図 E_1: 複素数 \(z = x + iy = re^{i\theta}\) の複素平面上での表現。実軸(横)と虚軸(縦)、原点からの距離 \(r = |z|\)、実軸からの偏角 \(\theta = \arg(z)\) を示す。
掛け算が簡単になる理由を見よう。\(z_1 = r_1 e^{i\theta_1}\), \(z_2 = r_2 e^{i\theta_2}\) のとき:
つまり絶対値は掛け算、偏角は足し算。幾何学的には「回転と拡大」の合成。
図 E.2: 複素数の積の幾何学的意味。図 E_2: 2 つの複素数 \(z_1 = r_1 e^{i\theta_1}\), \(z_2 = r_2 e^{i\theta_2}\) の積は「絶対値の積、偏角の和」。回転と拡大の合成として可視化。
🔵 カイ: 割り算は?
🟡 リナ: こうなるわ:
絶対値は割り算、偏角は引き算。
📝 練習問題:
- 複素数の極形式と積の計算 → 問題 B-1. 複素数の絶対値と偏角、問題 B-3. 極形式での積
複素平面¶
複素数 \(z = x + iy\) を 2 次元平面の点 \((x, y)\) として表す。横軸が実部(実軸)、縦軸が虚部(虚軸)。\(|z|\) は原点からの距離、\(\arg(z)\) は実軸からの反時計回りの角度。
Riemann 球面 — 無限遠点の追加¶
🟡 リナ: 共形場理論で重要な概念を一つ導入するわ。複素平面に「無限遠点」\(z = \infty\) を 1 点追加したものを Riemann 球面 \(\hat{\mathbb{C}} = \mathbb{C} \cup \{\infty\}\) と呼ぶ。
🔵 カイ: 無限遠って「点」なの?
🟡 リナ: 幾何学的なイメージはこう(図 E.3「立体射影とリーマン球面」)。単位球面を複素平面に接するように置いて、球の北極から平面上の各点に直線を引く。この直線が球面と交わる点が、複素数 \(z\) に対応する球面上の点。北極自身は \(z = \infty\) に対応する。これを立体射影(stereographic projection)と呼ぶ。
図 E.3: 立体射影とリーマン球面。図 E_3: 北極 \(N\) から複素平面上の点 \(z\) への直線が球面と交わる点 \(P\) が、\(z\) に対応する球面上の点。\(|z| \to \infty\) のとき \(P \to N\)(北極)。
具体的に導出してみよう。北極 \(N = (0, 0, 1)\) と球面上の点 \(P = (X, Y, Z)\) を結ぶ直線を考える。高校のベクトルで学んだように、2 点 \(A\), \(B\) を通る直線上の点は \(A + t(B - A)\)(\(t\) は実数のパラメータ)と表せる。\(t = 0\) のとき点 \(A\)、\(t = 1\) のとき点 \(B\) に一致し、\(t\) を動かすと直線上を移動する。\(A = N = (0,0,1)\), \(B = P = (X,Y,Z)\) とすると、直線上の点は \((0,0,1) + t((X,Y,Z) - (0,0,1)) = (tX, tY, 1 + t(Z-1))\)。この直線が \(Z = 0\) の平面(複素平面)と交わる条件は \(1 + t(Z-1) = 0\)、つまり \(t = \frac{1}{1-Z}\)。交点の座標は \((x, y) = \left(\frac{X}{1-Z}, \frac{Y}{1-Z}\right)\) だから:
🔵 カイ: \(Z\) が 1 に近づく(北極に近い点)と分母が 0 に近づくから、\(|z|\) がどんどん大きくなるんだ。
🟡 リナ: その通り。逆に \(z\) から \((X, Y, Z)\) を求めるには、単位球面の条件 \(X^2 + Y^2 + Z^2 = 1\)(つまり \(X^2 + Y^2 = 1 - Z^2\))を使って \(|z|^2 = \frac{X^2 + Y^2}{(1-Z)^2} = \frac{1-Z^2}{(1-Z)^2} = \frac{(1-Z)(1+Z)}{(1-Z)^2} = \frac{1+Z}{1-Z}\) から \(Z = \frac{|z|^2 - 1}{|z|^2 + 1}\) を得る。同様に:
\(|z| \to \infty\) のとき \((X, Y, Z) \to (0, 0, 1)\)(北極)。
⚪ メイ: なるほど、球面上では「無限遠」も北極という普通の点になるんだね。
🟡 リナ: そう。第 16 章で弦の世界面をコンパクト化するとき、この Riemann 球面が自然に現れる。弦の散乱振幅を計算するとき、世界面のトポロジーが球面になるの。
✅ 理解度チェック: 複素数 \(z = x + iy\) の極形式はどう書けるでしょうか?
答え
\(z = r e^{i\theta}\)(\(r = |z|\)、\(\theta = \arg(z)\))。
✅ 理解度チェック: 極形式で表した 2 つの複素数 \(z_1 = r_1 e^{i\theta_1}\)、\(z_2 = r_2 e^{i\theta_2}\) の積の絶対値と偏角はそれぞれどうなるでしょうか?
答え
絶対値は \(r_1 r_2\)(掛け算)、偏角は \(\theta_1 + \theta_2\)(足し算)。
✅ 理解度チェック: Riemann 球面とは何でしょうか?
答え
複素平面 \(\mathbb{C}\) に無限遠点 \(\infty\) を 1 点追加した \(\hat{\mathbb{C}} = \mathbb{C} \cup \{\infty\}\)。立体射影により球面と同一視できる。
E.3 複素座標 \(z, \bar{z}\) と微分¶
2 次元平面の複素座標表示¶
🟡 リナ: 2 次元平面 \((x, y)\) を複素座標で書き直すわ。
逆に解くと(\(z + \bar{z} = 2x\), \(z - \bar{z} = 2iy\) から):
偏微分の変換¶
🔵 カイ: \((x, y)\) での偏微分 \(\partial_x, \partial_y\) を \((z, \bar{z})\) での偏微分に変換するにはどうするの?
🟡 リナ: 連鎖律(chain rule)を使うわ。\(f\) を \((z, \bar{z})\) の関数と見なすと:
ここで \(z = x + iy\) から \(\frac{\partial z}{\partial x} = 1\)、\(\bar{z} = x - iy\) から \(\frac{\partial \bar{z}}{\partial x} = 1\)。したがって:
同様に \(y\) について:
\(\frac{\partial z}{\partial y} = i\)、\(\frac{\partial \bar{z}}{\partial y} = -i\) だから:
式 (E.1) と (E.2) を連立して \(\partial_z\) と \(\partial_{\bar{z}}\) について解く。(E.1) + (E.2)\(/i\) を計算すると:
\(\frac{1}{i} = -i\) だから:
同様に (E.1) \(-\) (E.2)\(/i\):
⚪ メイ: 確認してみよう。\(\partial_z z = \frac{1}{2}(\partial_x - i\partial_y)(x + iy) = \frac{1}{2}(1 + 1) = 1\) ✓
\(\partial_z \bar{z} = \frac{1}{2}(\partial_x - i\partial_y)(x - iy) = \frac{1}{2}(1 - 1) = 0\) ✓
\(\partial_{\bar{z}} z = \frac{1}{2}(\partial_x + i\partial_y)(x + iy) = \frac{1}{2}(1 - 1) = 0\) ✓
\(\partial_{\bar{z}} \bar{z} = \frac{1}{2}(\partial_x + i\partial_y)(x - iy) = \frac{1}{2}(1 + 1) = 1\) ✓
🟡 リナ: 完璧。\(z\) と \(\bar{z}\) が形式的に独立な変数として振る舞うことが確認できたわね。
2 次元ラプラシアン¶
🟡 リナ: 2 次元のラプラシアン \(\nabla^2 = \partial_x^2 + \partial_y^2\) を複素座標で書き直してみましょう。
式 (E.1) と (E.2) から:
足し合わせると:
🔵 カイ: ラプラシアンが \(\partial_z\) と \(\partial_{\bar{z}}\) の積に分解されるんだ! すごくきれいな形だけど……もう少し具体的に言うと、\(\nabla^2 \phi = 0\) は \(\partial_z \partial_{\bar{z}} \phi = 0\) と同じだよね。この方程式の解ってどんな形になるの? 「積が 0」だからって「片方が 0」とは限らないよね?
🟡 リナ: いい疑問。これは 2 段階で考えるの。方程式 \(\partial_z \partial_{\bar{z}} \phi = 0\) を「\(\partial_z\) が外側、\(\partial_{\bar{z}}\) が内側」と読んで、まず \(\partial_{\bar{z}} \phi\) をひとまとめに \(h\) と名前をつける。すると方程式は \(\partial_z h = 0\) になる。これは「\(h\) が \(z\) に依存しない」という意味だから、\(h\) は \(\bar{z}\) だけの関数:\(h = h(\bar{z})\)。次に \(\partial_{\bar{z}} \phi = h(\bar{z})\) を \(\bar{z}\) で積分すると \(\phi = g(\bar{z}) + f(z)\) になる。\(g(\bar{z})\) は \(h(\bar{z})\) の原始関数で、\(f(z)\) は積分定数の役割を果たす \(z\) だけの関数。
🔵 カイ: あ、なるほど。実数で \(\frac{d}{dx}F(x) = h(x)\) を積分すると \(F(x) = \int h\,dx + C\) で定数 \(C\) が出るのと同じで、ここでは「定数」の代わりに「\(z\) だけの関数 \(f(z)\)」が出るんだ。つまり \(\bar{z}\) で積分するとき、\(z\) は「定数扱い」だから、積分定数が \(z\) の任意関数になるってことか。
🟡 リナ: その通り。つまり 2 次元のラプラス方程式の一般解は \(\phi = f(z) + g(\bar{z})\) で、正則部分と反正則部分に完全に分離する。これが第 16 章で非常に重要で、共形場理論の計算が左右のモードに分かれる理由の核心なの。
⚪ メイ: なるほど、数学的には「ラプラシアンが \(\partial_z \partial_{\bar{z}}\) に因数分解される」ことが、物理的には「正則部分と反正則部分が完全に分離する」ことに対応するんだね。梨奈先生が言った「共形場理論の計算が左右のモードに分かれる理由の核心」って、まさにこの因数分解のことか。
📝 練習問題:
- 複素座標での偏微分の確認 → 問題 B-6. \(\partial_z(z^2) = 2z\)
なぜ \(z\) と \(\bar{z}\) を独立に扱うのか¶
🔵 カイ: ちょっと待って。\(\bar{z}\) って \(z\) の複素共役で決まるんだよね? それなのに独立な変数として扱っていいの? 実質的な自由度は \((x, y)\) の 2 つなのに、\((z, \bar{z})\) も 2 つの変数として扱うと自由度が増えたように見えるんだけど。
🟡 リナ: いい質問。たとえ話をするわ。地図上の位置を「緯度と経度」で指定する代わりに、「北東方向の距離」と「北西方向の距離」で指定するようなもの。どちらも同じ情報を持っているけど、問題の対称性に合った座標を選ぶと計算が楽になる。
🔵 カイ: うーん、でもそれって「見方を変えただけ」で、本当に独立な変数が増えたわけじゃないよね? \(\bar{z}\) は \(z\) で決まるのに、偏微分で「\(\bar{z}\) を固定して \(z\) だけ動かす」って、物理的にはどういう操作なの?
🟡 リナ: その通り、\(\bar{z}\) は \(z\) の複素共役だから、\(z\) を決めれば \(\bar{z}\) も決まる——物理的には独立じゃない。でも計算の道具としては、\(z\) と \(\bar{z}\) を「別々の変数」として扱って偏微分を定義しても矛盾が起きない。その正当性は、上で確認した \(\partial_z \bar{z} = 0\), \(\partial_{\bar{z}} z = 0\) に表れている。「\(z\) を動かしても \(\bar{z}\) は変わらない」という微分のルールが成り立つから、計算上は独立変数と同じように扱えるの。最終的に物理量を求めるときは \(\bar{z} = z^*\) という関係を戻せばいいわ。
第 16 章の共形場理論では、\(z\) に依存する部分(正則部分)と \(\bar{z}\) に依存する部分(反正則部分)が分離し、それぞれ独立に解析できる。これが共形場理論の計算を強力にしている理由の一つ。
2 次元の線素と面積要素¶
🟡 リナ: 後で使うので、計量も複素座標で書いておくわ。
実座標での線素は \(ds^2 = dx^2 + dy^2\)。\(dx = \frac{1}{2}(dz + d\bar{z})\), \(dy = \frac{1}{2i}(dz - d\bar{z})\) を代入すると:
\((2i)^2 = 4i^2 = -4\) だから \(\frac{1}{(2i)^2} = -\frac{1}{4}\)。したがって:
展開すると(ここでの積は計量テンソルの対称積 \(dz\,d\bar{z} = d\bar{z}\,dz\) であり、後で出てくる反対称なウェッジ積 \(dz \wedge d\bar{z} = -d\bar{z} \wedge dz\) とは異なる):
⚪ メイ: きれいに \(dz^2\) と \(d\bar{z}^2\) が消えて、交差項だけ残るんだね。
🟡 リナ: 面積要素も複素座標で書いておくわ:
ここで \(d^2z\) は「\(dz\) の 2 乗」ではなく、「2 次元の面積要素」を表す略記法。上付きの 2 は次元を表している(3 次元なら \(d^3x = dx\,dy\,dz\))。右辺にウェッジ積 \(\wedge\) が付いているのは、\(dz\) と \(d\bar{z}\) の順序を入れ替えると符号が変わることを明示するため。実用上は「\(dx\,dy\) を複素座標で書き直したもの」と思えば OK。
🔵 カイ: \(\wedge\) って何? 普通の掛け算と違うの?
🟡 リナ: \(\wedge\)(ウェッジ積)は「向き付きの面積要素を作る積」よ。なぜ普通の掛け算ではなくこれが必要かというと、座標変換したときに面積の符号(向き)を正しく追跡したいから。普通の掛け算 \(dx \cdot dy\) だと「\(x\) が先か \(y\) が先か」の区別がつかないけど、ウェッジ積は反対称性 \(A \wedge B = -B \wedge A\) を持つことで、向きの情報を保持するの。
なぜ反対称かというと、面積には「向き」があるから。たとえば、\(x\) 軸方向に 1 進んでから \(y\) 軸方向に 1 進むと反時計回りの単位正方形ができるけど、\(y\) 軸方向に先に進んでから \(x\) 軸方向に進むと時計回りになる。この「回り方の違い」を符号で区別するのがウェッジ積。つまり \(dx \wedge dy = -dy \wedge dx\)。
普通の面積分 \(\int dx\,dy\) で使う \(dx\,dy\) は、実は \(dx \wedge dy\)(反時計回りを正とする向き付き面積要素)のこと。向きを気にしない場面では単に \(dx\,dy\) と書くけど、座標変換で符号を追跡するときはウェッジ積の記法が便利なの。この付録では、特に断らない限り \(dx\,dy\) と \(dx \wedge dy\) を同じ意味で使うわ。
🔵 カイ: 反対称ってことは、\(A \wedge A\) はどうなるの?
🟡 リナ: 反対称性 \(A \wedge B = -B \wedge A\) で \(B = A\) と置くと \(A \wedge A = -A \wedge A\)。両辺に \(A \wedge A\) を足すと \(2(A \wedge A) = 0\)。したがって \(A \wedge A = 0\)。同じもの同士のウェッジ積は必ず 0 になるの。
⚪ メイ: なるほど、だから \(dz \wedge dz = 0\), \(d\bar{z} \wedge d\bar{z} = 0\) で、展開したとき「同じもの同士」は全部消えるんだね。
🟡 リナ: その通り。じゃあ面積要素を実際に計算してみましょう。\(dx = \frac{1}{2}(dz + d\bar{z})\), \(dy = \frac{1}{2i}(dz - d\bar{z})\) を代入すると:
反対称性より \(dz \wedge dz = 0\), \(d\bar{z} \wedge d\bar{z} = 0\), \(d\bar{z} \wedge dz = -dz \wedge d\bar{z}\) だから:
(最後の等号:\(-\frac{1}{2i} = -\frac{1}{2i}\cdot\frac{i}{i} = -\frac{i}{2i^2} = -\frac{i}{-2} = \frac{i}{2}\) を使った。)
🔵 カイ: ちゃんと式 (E.7) と一致した! ウェッジ積のルールに従って機械的に計算するだけで出るんだね。
✅ 理解度チェック: 偏微分 \(\partial_z\) を \(\partial_x\) と \(\partial_y\) で表すとどうなるでしょうか?
答え
\(\partial_z = \frac{1}{2}(\partial_x - i\partial_y)\)。
✅ 理解度チェック: 2 次元ラプラシアン \(\nabla^2 = \partial_x^2 + \partial_y^2\) を複素座標で書くとどうなるでしょうか?
答え
\(\nabla^2 = 4\partial_z\partial_{\bar{z}}\)。
✅ 理解度チェック: 共形場理論で \(z\) と \(\bar{z}\) を形式的に独立な変数として扱う利点は何でしょうか?
答え
\(z\) に依存する正則部分と \(\bar{z}\) に依存する反正則部分が分離し、それぞれ独立に解析できるため計算が簡潔になる。
E.4 正則関数と Cauchy-Riemann 条件¶
定義¶
🟡 リナ: 複素関数 \(f(z, \bar{z})\) が正則(holomorphic)であるとは、\(\bar{z}\) に依存しないこと:
つまり、\(f\) は \(z\) だけの関数:\(f = f(z)\)。
Cauchy-Riemann 条件の導出¶
🔵 カイ: これを実部と虚部に分けるとどうなるの?
🟡 リナ: \(f(z) = u(x,y) + iv(x,y)\) と書いて、\(\partial_{\bar{z}} f = 0\) を展開するわ。
式 (E.4) の定義 \(\partial_{\bar{z}} = \frac{1}{2}(\partial_x + i\partial_y)\) を使うと:
展開すると:
\(i^2 = -1\) を使って整理すると:
これが 0 になるためには、実部と虚部がそれぞれ 0:
整理すると:
これが Cauchy-Riemann の関係式。
⚪ メイ: 正則関数の実部と虚部は独立じゃなくて、この関係で結ばれてるんだね。
🟡 リナ: そう。さらに重要な帰結がある。Cauchy-Riemann 条件の第 1 式を \(x\) で微分し、第 2 式を \(y\) で微分すると:
\(v\) の混合偏微分が等しい(\(\frac{\partial^2 v}{\partial x \partial y} = \frac{\partial^2 v}{\partial y \partial x}\))ことを使って足し合わせると:
つまり正則関数の実部 \(u\) はラプラス方程式を満たす(調和関数)。同様に虚部 \(v\) も調和関数。
🔵 カイ: え、正則ってだけで自動的にラプラス方程式を満たすの? すごい制約だな……
具体例で確認¶
🟡 リナ: いくつかの関数で Cauchy-Riemann 条件を確認してみましょう。
例 1: \(f(z) = z^2 = (x+iy)^2 = x^2 - y^2 + 2ixy\)
\(u = x^2 - y^2\), \(v = 2xy\) とすると:
例 2: \(f(z) = e^z = e^{x+iy} = e^x(\cos y + i\sin y)\)
\(u = e^x \cos y\), \(v = e^x \sin y\) とすると:
例 3(非正則): \(f(z) = |z|^2 = z\bar{z} = x^2 + y^2\)
\(u = x^2 + y^2\), \(v = 0\) とすると:
\(2x \neq 0\)(一般に)なので Cauchy-Riemann 条件を満たさない。\(\bar{z}\) に依存するから当然。
表 E.2: 代表的な関数の正則性の判定
| 関数 | 正則? | 理由 |
|---|---|---|
| \(f(z) = z^n\) | ✓ | \(\bar{z}\) に依存しない |
| \(f(z) = e^z\) | ✓ | CR 関係式を満たす |
| \(f(z) = 1/z\) | ✓(\(z \neq 0\)) | \(z = 0\) に特異点 |
| $f(z) = | z | ^2 = z\bar{z}$ |
| \(f(z) = \bar{z}\) | ✗ | \(\partial_{\bar{z}}\bar{z} = 1 \neq 0\) |
| > 📝 練習問題: | ||
| > | ||
| > - Cauchy-Riemann 関係式の確認 → 問題 B-4. Cauchy-Riemann: \(z^2\) で確認、[問題 B-5. Cauchy-Riemann: $ | z | ^2$ は破れる](../problems/appendix_e.md#string-appe-cr-fails-mod-z-squared) |
共形写像としての正則関数¶
🟡 リナ: 正則関数には幾何学的に非常に重要な性質がある。\(w = f(z)\) が正則で \(f'(z_0) \neq 0\) のとき、この写像は角度を保つ(等角、conformal)。
🔵 カイ: 角度を保つってどういうこと?
🟡 リナ: 点 \(z_0\) を通る 2 つの曲線が角度 \(\alpha\) で交わっているとき、\(f\) で写した後の 2 つの曲線も同じ角度 \(\alpha\) で交わる。
これを示すわ。\(z_0\) を通る曲線 \(z(t)\) を考えると、写像後の曲線は \(w(t) = f(z(t))\)。接線ベクトルは:
\(f'(z_0) = |f'(z_0)| e^{i\phi}\) と極形式で書くと、接線ベクトルの偏角は:
つまり、全ての方向が一律に角度 \(\phi\) だけ回転する。2 つの曲線のなす角は変わらない。
⚪ メイ: つまり梨奈先生の説明をまとめると、全方向が同じ角度だけ回転するから、曲線同士の角度は保存されるってことだね。
🟡 リナ: これが第 16 章で共形変換が正則関数で記述される理由。「共形(conformal)」= 「角度を保つ」= 「正則」。
図 E.4: 正則関数による等角写像。図 E_4: 正則関数 \(w = f(z)\) は角度を保つ。\(z\) 平面で角度 \(\alpha\) で交わる 2 曲線は、\(w\) 平面でも同じ角度 \(\alpha\) で交わる。
📝 練習問題:
- 共形写像の具体例 → 問題 A-1. 共形写像 \(w = 1/z\)
✅ 理解度チェック: 複素関数 \(f(z, \bar{z})\) が正則であるための条件を偏微分で書くとどうなるでしょうか?
答え
\(\partial_{\bar{z}} f = 0\)(\(f\) が \(\bar{z}\) に依存しないこと)。
✅ 理解度チェック: Cauchy-Riemann 条件を \(f = u + iv\) の実部・虚部で書くとどうなるでしょうか?
答え
\(\frac{\partial u}{\partial x} = \frac{\partial v}{\partial y}\), \(\frac{\partial u}{\partial y} = -\frac{\partial v}{\partial x}\)。
✅ 理解度チェック: 正則関数 \(w = f(z)\)(\(f'(z_0) \neq 0\))による写像はどのような幾何学的性質を持つでしょうか?
答え
角度を保つ写像(共形写像)である。
E.5 等角写像と共形変換¶
Möbius 変換¶
🟡 リナ: 共形変換の中で最も重要なクラスが Möbius 変換(一次分数変換)よ:
ここで \(a, b, c, d\) は複素定数。
🔵 カイ: なんで \(ad - bc \neq 0\) が必要なの?
🟡 リナ: \(ad - bc = 0\) だと \(w\) が定数になってしまう(写像として退化する)ことを確認してみて。\(ad = bc\) のとき \(\frac{a}{c} = \frac{b}{d}\) だから:
(\(b/a = d/c\) を使った)。定数写像は情報を失うので除外する。
Möbius 変換の微分と共形性¶
\(w = f(z) = \frac{az+b}{cz+d}\) の導関数を計算する:
\(ad - bc \neq 0\) かつ \(cz + d \neq 0\) のとき \(f'(z) \neq 0\) なので、確かに共形写像。
Möbius 変換と行列¶
🟡 リナ: Möbius 変換は \(2 \times 2\) 行列と対応する:
2 つの Möbius 変換の合成は行列の積に対応する。確認してみましょう。
\(w_1 = \frac{a_1 z + b_1}{c_1 z + d_1}\) の後に \(w_2 = \frac{a_2 w + b_2}{c_2 w + d_2}\) を施すと:
分子分母に \((c_1 z + d_1)\) を掛けると:
これは行列の積:
に対応する Möbius 変換そのもの。
🔵 カイ: 合成が行列の積なら、逆の変換もあるのかな? 行列に逆行列があるみたいに。
🟡 リナ: いい着眼点。逆変換は逆行列、何もしない変換(恒等変換)は単位行列に対応する。
⚪ メイ: つまり、Möbius 変換全体が行列の積で閉じてるんだね。合成しても結果がまた Möbius 変換になる。
🔵 カイ: 合成しても Möbius 変換のまま、逆もある、何もしない変換もある……なんか全部揃ってる感じがするけど、これって偶然?
🟡 リナ: 偶然じゃないわ。こういう「合成で閉じていて、逆元と単位元がある」構造を数学では群と呼ぶの(Appendix D で詳しく扱ったわね)。厳密には「結合律」——つまり \((f \circ g) \circ h = f \circ (g \circ h)\)(3 つの変換をどの順番でまとめても結果が同じ)——も必要だけど、行列の積は結合律を満たすから自動的に OK。
🟡 リナ: さらに、行列 \(M\) と \(\lambda M\)(\(\lambda \neq 0\))は同じ Möbius 変換を与える(分子分母に \(\lambda\) が掛かるだけだから約分される)。だから \(\det M = ad - bc = 1\) に正規化できる。この条件を満たす \(2\times 2\) 複素行列全体の集合を \(\text{SL}(2, \mathbb{C})\) と書く(SL は Special Linear の略で、「行列式 = 1」の特殊線形群)。
🔵 カイ: \(\lambda\) 倍しても同じ変換なのに、行列式を 1 に固定できるの?
🟡 リナ: \(\lambda = 1/\sqrt{\det M}\) と選べば \(\det(\lambda M) = \lambda^2 \det M = 1\) にできるわ。ただし \(\lambda\) の符号の自由度が残る。つまり行列 \(M\) と \(-M\) は同じ Möbius 変換を与える(分子分母の符号が相殺する)。だから \(\pm I\)(\(I\) は単位行列)を同一視した群:
(PSL は Projective Special Linear の略。「Projective(射影的)」とは「全体を定数倍しても同じとみなす」という意味で、ここでは「\(M\) と \(-M\) を同じ変換として同一視する」操作に対応する。名前は覚えなくて大丈夫——重要なのは「Möbius 変換の群 ≅ \(\text{SL}(2, \mathbb{C})/\{\pm I\}\)」という構造よ。)
Möbius 変換の特殊な場合¶
🟡 リナ: Möbius 変換は 3 種類の基本操作の合成で書ける:
- 平行移動: \(w = z + b\)(\(a=1, c=0, d=1\))
- 回転と拡大: \(w = az\)(\(b=0, c=0, d=1\))
- 反転: \(w = 1/z\)(\(a=0, b=1, c=1, d=0\))
🔵 カイ: たった 3 種類の操作で全部のMöbius 変換が作れるの?
🟡 リナ: そう。一般の Möbius 変換は \(c \neq 0\) のとき、分子 \(az + b\) を \(cz + d\) の定数倍と残りに分解できる(\(c = 0\) なら \(w = (a/d)z + b/d\) で単なる回転・拡大+平行移動):
(第 1 の等号:分子を \(az + b = \frac{a}{c}(cz+d) + (b - \frac{ad}{c})\) と分解した。確認:\(\frac{a}{c}(cz+d) = az + \frac{ad}{c}\) なので、余りは \(az + b - az - \frac{ad}{c} = b - \frac{ad}{c}\) ✓。第 2 の等号:\(b - ad/c = (bc - ad)/c\) を使った。)
この最終形を、\(z\) に対する操作の順番として読み解くと:
- まず \(z\) を \(d/c\) だけ平行移動:\(z \mapsto z + d/c\)
- 反転:\(z + d/c \mapsto \frac{1}{z + d/c}\)
- 拡大回転(係数 \(\frac{bc-ad}{c^2}\) を掛ける):\(\frac{1}{z+d/c} \mapsto \frac{bc-ad}{c^2} \cdot \frac{1}{z+d/c}\)
- 最後に \(a/c\) だけ平行移動:\(\mapsto \frac{a}{c} + \frac{bc-ad}{c^2} \cdot \frac{1}{z+d/c}\)
つまり、任意の Möbius 変換は「平行移動 → 反転 → 拡大回転 → 平行移動」の合成で書ける。(なお \(bc - ad = -(ad - bc) \neq 0\) なのでステップ 3 の係数はゼロにならない。符号が逆なだけで、非退化条件 \(ad - bc \neq 0\) が効いている。)
⚪ メイ: つまり、どんなに複雑そうに見える Möbius 変換も、基本 3 操作の組み合わせに分解すれば中身が見えるってことね。
弦理論との接続¶
🟡 リナ: 第 16 章で学ぶように、弦の世界面上の大域的共形変換は Möbius 変換(\(\text{SL}(2, \mathbb{C})\))で記述される。弦の散乱振幅を計算するとき、Möbius 変換の自由度を使って 3 つの頂点演算子の位置を固定できる。これが「\(\text{SL}(2, \mathbb{C})\) ゲージ固定」と呼ばれるもの。
✅ 理解度チェック: Möbius 変換 \(w = \frac{az+b}{cz+d}\) が非退化であるための条件は?
答え
\(ad - bc \neq 0\)。
📝 練習問題:
- Möbius 変換の合成 → 問題 M-3. Möbius 変換の合成
✅ 理解度チェック: 2 つの Möbius 変換の合成は、対応する行列のどのような操作に対応するでしょうか?
答え
行列の積に対応する。
E.6 Taylor 展開と Laurent 展開¶
Taylor 展開¶
🟡 リナ: 正則関数は、正則な領域で Taylor 展開できる:
この級数が収束する範囲は、\(z_0\) を中心とする円の内部になる。その円の半径(収束半径)は、\(z_0\) から最も近い特異点までの距離で決まる。直感的には、特異点に到達するまでは関数が「滑らか」だから級数で表現できるけど、特異点に達すると関数が発散するので級数も破綻する、ということ。
Laurent 展開の必要性¶
🔵 カイ: 特異点がある関数はどうするの? \(1/z\) は \(z = 0\) で発散するから Taylor 展開できないよね。
🟡 リナ: そう。特異点を持つ関数には、負のべきも含む Laurent 展開が必要:
Laurent 展開の係数¶
🟡 リナ: 係数 \(a_n\) はどう決まるか。これを導出するわ。
図 E.5: ローラン展開の収束環状領域。図 E_5: Laurent 展開は特異点 \(z_0\) を囲む環状領域(アニュラス)\(R_1 < |z - z_0| < R_2\) で収束する。正則部分は外側の円内で、主要部は内側の円外で収束。
\(z_0\) を中心とする 2 つの同心円 \(C_1\)(半径 \(R_1\))と \(C_2\)(半径 \(R_2 > R_1\))の間の環状領域(アニュラス)で \(f\) が正則だとする。
Laurent 係数を求める公式は E.7「Cauchy の積分公式と留数定理」 の Cauchy の積分公式から導かれる(アイデアだけ先に述べると:Laurent 展開を \(C\) 上で \((w-z_0)^{-n-1}\) を掛けて項別積分する。すると \(\oint_C (w-z_0)^{m-n-1}dw\) という形の積分が現れ、これが \(m = n\) のときだけ \(2\pi i\) で、それ以外は 0 になるため、\(a_n\) の項だけが残る)。
🔵 カイ: 「\(m = n\) のときだけ非ゼロ」って、Fourier 展開で \(e^{im\theta}\) と \(e^{-in\theta}\) の積を積分すると \(m = n\) のときだけ残るのと同じ仕組み?
🟡 リナ: まさにそう! この「直交性」を具体的に確認しよう。\(w = z_0 + re^{i\theta}\)(\(0 \leq \theta \leq 2\pi\))とパラメトライズすると \(dw = ire^{i\theta}d\theta\)、\((w-z_0)^k = r^k e^{ik\theta}\) だから:
\(k+1 \neq 0\)(つまり \(k \neq -1\))のとき、\(e^{i(k+1)\theta} = \cos((k+1)\theta) + i\sin((k+1)\theta)\) だから、\(\int_0^{2\pi} e^{i(k+1)\theta}d\theta = \int_0^{2\pi}\cos((k+1)\theta)\,d\theta + i\int_0^{2\pi}\sin((k+1)\theta)\,d\theta\)。\(\cos\) も \(\sin\) も整数回の完全な周期を含むので、正の部分と負の部分が打ち消し合い、どちらの積分も 0。\(k = -1\) のとき、\(e^{i \cdot 0 \cdot \theta} = 1\) だから \(\int_0^{2\pi} 1\,d\theta = 2\pi\)。結果は \(i r^0 \cdot 2\pi = 2\pi i\)。
つまり:\(\oint_C (w-z_0)^k\,dw = \begin{cases} 2\pi i & (k = -1) \\ 0 & (k \neq -1) \end{cases}\)
⚪ メイ: これが複素版の「直交性」か。\(k = -1\) だけ生き残るってのが、Fourier の \(\delta_{mn}\) に対応するんだね。
🟡 リナ: これは三角関数の直交性(\(\int_0^{2\pi} \cos(m\theta)\cos(n\theta)\,d\theta\) が \(m = n\) のときだけ非ゼロになる性質)と同じ仕組みで、Fourier 級数では \(\int_0^{2\pi} e^{ik\theta} e^{-il\theta} d\theta\) が \(k = l\) のときだけ非ゼロになる「直交性」として一般化される。ここでは結果を先に述べて使い方に慣れよう。\(z_0\) を中心とする半径 \(r\)(\(R_1 < r < R_2\))の円 \(C\) 上で:
⚪ メイ: これって、\(n \geq 0\) のときは Taylor 展開の係数 \(a_n = f^{(n)}(z_0)/n!\) と整合するの?
🟡 リナ: いい質問。\(f\) が \(z_0\) で正則なら、後で示す Cauchy の積分公式から:
だから \(a_n = f^{(n)}(z_0)/n!\) と確かに一致する。
Laurent 展開の構造¶
- \(n \geq 0\) の部分:正則部分(解析的部分)
- \(n < 0\) の部分:主要部(principal part)
主要部が特異点の構造を記述する。
特異点の分類¶
表 E.3: 複素関数の特異点の分類
| 種類 | 条件 | 例 |
|---|---|---|
| 除去可能特異点 | 主要部がない(\(a_n = 0\) for all \(n < 0\)) | \(\frac{\sin z}{z}\) at \(z = 0\) |
| \(N\) 位の極(pole) | \(a_{-N} \neq 0\), \(a_n = 0\) for \(n < -N\) | \(\frac{1}{z^N}\) at \(z = 0\) |
| 真性特異点 | 主要部が無限に続く | \(e^{1/z}\) at \(z = 0\) |
具体例 1:除去可能特異点¶
\(f(z) = \frac{\sin z}{z}\)。\(\sin z\) の Taylor 展開:
\(z\) で割ると:
負のべきがない! \(f(0) = 1\) と定義すれば \(z = 0\) でも正則。だから「除去可能」。
具体例 2:極¶
\(f(z) = \frac{1}{z(z-1)}\) の \(z = 0\) の周りの Laurent 展開。
部分分数分解:
両辺に \(z(z-1)\) を掛けると:
\(z = 0\): \(1 = -A\) → \(A = -1\)
\(z = 1\): \(1 = B\) → \(B = 1\)
\(0 < |z| < 1\)(\(z = 0\) の周りの環状領域)で \(\frac{1}{z-1} = -\frac{1}{1-z}\) を等比級数展開:
したがって:
\(z = 0\) は 1 位の極。主要部は \(-1/z\) のみ。\(a_{-1} = -1\)。
具体例 3:真性特異点¶
\(f(z) = e^{1/z}\)。\(e^w\) の Taylor 展開で \(w = 1/z\) とすると:
負のべきが無限に続く → 真性特異点。
🔵 カイ: 真性特異点って極とどう違うの?
🟡 リナ: 極では \(|f(z)| \to \infty\)(\(z \to z_0\))だけど、真性特異点では \(f\) の値が \(z_0\) の近傍であらゆる複素数値に近づく(Picard の大定理)。振る舞いが極端に複雑なの。
図 E.6: 極と真性特異点の分類。図 E_6: 左: 1 位の極 \(1/z\)(\(|f| \to \infty\) が制御された発散)。中: 2 位の極 \(1/z^2\)。右: 真性特異点 \(e^{1/z}\)(\(z \to 0\) で値が激しく振動)。
モード展開との関係¶
🟡 リナ: 第 14 章の弦の量子化で、場 \(X^\mu(\sigma, \tau)\) をモード展開した(第 14 章参照):
これは本質的に Laurent 展開。各モード \(\alpha_n^\mu\) が Laurent 係数 \(a_n\) に対応する。
🔵 カイ: あ、弦のモード展開って Laurent 展開そのものだったんだ。\(\alpha_n\) がまさに \(a_n\) なんだね。
🟡 リナ: その通り。第 16 章の共形場理論では、場の Laurent 展開の係数がモード演算子となり、その交換関係が代数構造を決める。
📝 練習問題:
- Laurent 展開と特異点の分類 → 問題 B-8. \(1/z^2\) の Laurent 展開と留数、問題 B-9. \(e^{1/z}\) の Laurent 展開
✅ 理解度チェック: Laurent 展開において、\(n < 0\) の項(負のべきの部分)を何と呼ぶでしょうか?
答え
主要部(principal part)と呼ぶ。特異点の構造を記述する部分。
✅ 理解度チェック: \(z = z_0\) が \(N\) 位の極(pole)であるとは、Laurent 展開の係数にどのような条件が成り立つことでしょうか?
答え
\(a_{-N} \neq 0\) かつ \(n < -N\) のすべての \(a_n = 0\)(主要部が \((z-z_0)^{-N}\) の項で終わる)。
✅ 理解度チェック: 弦理論のモード展開と Laurent 展開の関係は?
答え
場の Laurent 展開の各係数がモード演算子 \(\alpha_n^\mu\) に対応する。
E.7 Cauchy の積分公式と留数定理¶
Cauchy の積分定理(出発点)¶
🟡 リナ: まず基本定理から。\(f(z)\) が閉曲線 \(C\) の内部で正則なら:
🔵 カイ: なんで正則だと積分が 0 になるの?
🟡 リナ: 直感的な説明をするわ。複素積分を実部と虚部に分解すると:
「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A で学んだ Green の定理(2 次元の Stokes の定理)を使うと:
この定理は「閉曲線に沿った線積分(左辺)= 内部の面積分(右辺)」という関係式よ。
左辺は閉曲線 \(C\) に沿った線積分。高校物理で「力 \(\vec{F}\) が物体を経路に沿って行う仕事 \(W = \int \vec{F} \cdot d\vec{s}\)」を計算したのと同じ発想で、\(\oint_C (P\,dx + Q\,dy)\) は「曲線上の各点で \(P \cdot dx + Q \cdot dy\) を足し合わせる」操作よ。
右辺は \(C\) で囲まれた領域 \(D\) 上の面積分。Green の定理の物理的意味は:「閉じた曲線に沿った線積分(左辺)= 内部の微小な寄与の合計(右辺)」。水の流れのアナロジーで言えば、外周をぐるっと回る流れの強さは、内部にある全ての渦を足し合わせたものに等しい。(直感的には、\(D\) を小さな長方形に分割すると隣り合う辺の寄与が打ち消し合い外周だけ残る。厳密な証明は 「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A 参照。)
⚪ メイ: 「隣り合う辺が打ち消す」って、隣同士の小さな正方形の共有辺を逆向きに通るから相殺するってことだよね。残るのは外周の辺だけ。
🟡 リナ: その通り。では Green の定理を使って Cauchy の積分定理を証明しよう。実部の積分に適用(\(P = u\), \(Q = -v\)):
Cauchy-Riemann 条件 \(\frac{\partial u}{\partial y} = -\frac{\partial v}{\partial x}\) より:
虚部も同様に 0。したがって \(\oint_C f(z)\,dz = 0\)。
🔵 カイ: なるほど……正則じゃない関数だと Cauchy-Riemann が成り立たないから、この打ち消しが起きなくて積分がゼロにならないってことか。
🟡 リナ: その通り。Cauchy-Riemann 条件が効いて打ち消しが起きるのが正則関数の特権なの。
Cauchy の積分公式の導出¶
🟡 リナ: 次に、\(f(z)\) が \(C\) の内部で正則で、\(z\) が \(C\) の内部の点のとき:
これを導出するわ。
被積分関数 \(g(w) = \frac{f(w)}{w-z}\) は \(w = z\) に 1 位の極を持つ。\(C\) の内部で \(z\) を中心とする小さな円 \(C_\epsilon\)(半径 \(\epsilon\))を取る。
\(g(w)\) は \(C\) と \(C_\epsilon\) の間の領域で正則(\(w = z\) を除外したから)。
ここで環状領域への Cauchy の積分定理の適用を説明するわ。Cauchy の積分定理は「正則な領域の境界に沿った積分は 0」という定理。環状領域の境界は 2 つの曲線——外側の \(C\) と内側の \(C_\epsilon\)——からなる。ただし「境界」として正しい向きは、領域を左手に見る向き。外側の \(C\) は反時計回り、内側の \(C_\epsilon\) は時計回りが正しい向き。\(C_\epsilon\) を反時計回りに統一すると符号が反転するので、Cauchy の積分定理は:
(ここで \(\oint_{C_\epsilon}\) は反時計回り。)
したがって:
🔵 カイ: 外側の積分が内側の小さな円の積分と等しいのか。特異点を「避けて」環状領域を作って、そこでは正則だから積分定理が使えるってことだね。
🟡 リナ: その通り。\(C_\epsilon\) 上で \(w = z + \epsilon e^{i\theta}\)(\(0 \leq \theta \leq 2\pi\))とパラメトライズすると、\(dw = i\epsilon e^{i\theta} d\theta\)、\(w - z = \epsilon e^{i\theta}\):
\(\epsilon \to 0\) の極限を取ると、\(f\) の連続性から \(f(z + \epsilon e^{i\theta}) \to f(z)\):
したがって:
両辺を \(2\pi i\) で割って式 (E.15) を得る。
🔵 カイ: すごい。正則関数の値が、境界上の値だけで完全に決まるってこと? 実数の滑らかな関数なら、円周上で同じ値を取りつつ内部では好きに変えられそうなのに、なんで複素関数だとそうならないの?
🟡 リナ: いい疑問ね。実数の関数は「滑らかさ」だけが条件だけど、正則関数は Cauchy-Riemann 条件という追加の拘束がある。この拘束が非常に強くて、関数の自由度を大幅に制限するの。これが正則関数の「剛性」。内部の値は境界データで一意に決まる。物理では、散乱振幅の解析接続や分散関係式の基盤になる。
高階導関数の公式¶
🟡 リナ: Cauchy の積分公式を \(z\) で微分すると、\(n\) 階導関数の公式が得られる:
これは式 (E.15) の両辺を \(z\) で \(n\) 回微分すれば得られる(\(\partial/\partial z\) が \(\oint\) の中に入れる):
一般に \(\frac{\partial^n}{\partial z^n} \frac{1}{w-z} = \frac{n!}{(w-z)^{n+1}}\)。
留数の定義¶
🟡 リナ: Laurent 展開の \((z-z_0)^{-1}\) の係数を留数(residue)と呼ぶ:
式 (E.13) で \(n = -1\) とすると:
つまり:
(\(C\) は \(z_0\) だけを囲む小さな円)
🔵 カイ: Laurent 展開の全部の項のうち、\((z-z_0)^{-1}\) の項だけが周回積分に寄与するのか! さっきの直交性の計算で \(k = -1\) だけ生き残ったのと繋がった。
留数定理の導出¶
🟡 リナ: 閉曲線 \(C\) の内部に複数の特異点 \(z_1, z_2, \ldots, z_N\) がある場合を考える。図 E.7「留数定理の幾何学的意味」 のように、各特異点を小さな円で囲む状況を見て。
図 E.7: 留数定理の幾何学的意味。図 E_7: 閉曲線 \(C\) 内部の各特異点 \(z_k\) を小円 \(C_k\) で囲む。\(C\) 上の積分は各 \(C_k\) 上の積分(= \(2\pi i \times\) 留数)の和に等しい。
各特異点 \(z_k\) を囲む小さな円 \(C_k\) を取る。\(f\) は \(C\) の内部から全ての \(C_k\) の内部を除いた領域で正則。Cauchy の積分定理をこの領域に適用すると:
式 (E.18) より各 \(\oint_{C_k} f(z)\,dz = 2\pi i \, \text{Res}_{z=z_k} f(z)\) だから:
これが留数定理。
⚪ メイ: つまり、被積分関数の全体的な振る舞いを知らなくても、特異点の近傍の情報(留数)だけで閉曲線上の積分が完全に決まるんだね。
留数の計算法¶
🟡 リナ: 留数を実際に計算する方法をまとめるわ。
1 位の極の場合: \(f(z)\) が \(z = z_0\) に 1 位の極を持つとき:
導出:\(f(z) = \frac{a_{-1}}{z-z_0} + a_0 + a_1(z-z_0) + \cdots\) だから \((z-z_0)f(z) = a_{-1} + a_0(z-z_0) + \cdots\)。\(z \to z_0\) で \(a_{-1}\) が残る。
\(N\) 位の極の場合: \(f(z)\) が \(z = z_0\) に \(N\) 位の極を持つとき:
導出:\((z-z_0)^N f(z) = a_{-N} + a_{-N+1}(z-z_0) + \cdots + a_{-1}(z-z_0)^{N-1} + \cdots\)
\((N-1)\) 回微分すると \((z-z_0)^{N-1}\) の項から \((N-1)! \, a_{-1}\) が生き残る。
\(f(z) = p(z)/q(z)\) で \(q\) が 1 位の零点を持つ場合:
導出:\(q(z) \approx q'(z_0)(z-z_0)\)(\(z \to z_0\))だから \((z-z_0)f(z) \approx \frac{p(z_0)(z-z_0)}{q'(z_0)(z-z_0)} = \frac{p(z_0)}{q'(z_0)}\)。
計算例¶
例 1: \(f(z) = \frac{1}{z(z-1)}\) の \(z = 0\) での留数。
\(z = 0\) は 1 位の極。式 (E.20) を使う:
例 2: \(f(z) = \frac{1}{z(z-1)}\) の \(z = 1\) での留数。
例 3: \(\oint_{|z|=2} \frac{1}{z(z-1)} dz\) を計算。
\(|z| = 2\) の内部に \(z = 0\) と \(z = 1\) の両方がある。留数定理より:
🔵 カイ: おお、留数が \(-1\) と \(+1\) で打ち消し合って 0 になった!
例 4: \(f(z) = \frac{e^z}{z^2}\) の \(z = 0\) での留数。
\(z = 0\) は 2 位の極。式 (E.21) で \(N = 2\):
別解:\(e^z = 1 + z + \frac{z^2}{2!} + \cdots\) だから \(\frac{e^z}{z^2} = \frac{1}{z^2} + \frac{1}{z} + \frac{1}{2} + \cdots\)。\(a_{-1} = 1\)。
⚪ メイ: どちらの方法でも同じ答えが出るのが安心ね。Laurent 展開を直接読む方がむしろ確実かも。
📝 練習問題:
- 留数の計算 → 問題 B-7. \(1/(z-1)\) の留数、問題 M-2. \(z/[(z-1)(z-2)]\) の留数
- 留数定理による周回積分 → 問題 M-1. 留数定理:2 つの極
留数定理の威力 — 実積分への応用¶
🔵 カイ: 留数定理って複素積分だけに使うの?
🟡 リナ: 実は実数の積分にも使える。有名な例を一つ。
\(f(z) = \frac{1}{1+z^2} = \frac{1}{(z+i)(z-i)}\) は \(z = \pm i\) に 1 位の極を持つ。
上半平面の大きな半円 \(C_R\)(実軸 \([-R, R]\) + 半径 \(R\) の半円弧)を積分路に取る(図 E.8「留数定理による実積分の積分路」)。
図 E.8: 留数定理による実積分の積分路。図 E_8: 実軸上の積分 \(\int_{-\infty}^{\infty} \frac{dx}{1+x^2}\) を計算するための積分路:実軸 \([-R, R]\) と上半平面の半円弧を合わせた閉曲線。上半平面の極 \(z = i\) のみが寄与する。
\(R \to \infty\) で半円弧上の積分は 0 に行く(\(|f| \sim 1/R^2\) で弧の長さ \(\pi R\) だから \(\sim \pi/R \to 0\))。
上半平面内の極は \(z = i\) のみ:
留数定理より:
⚪ メイ: \(\arctan x\) の \(-\infty\) から \(\infty\) の変化が \(\pi\) だから、確かに合ってる!
共形場理論での使い方¶
🟡 リナ: 第 16 章の OPE(演算子積展開)では、2 つの演算子が近づいたときの特異的な振る舞いを Laurent 展開で記述する:
特に \((z-w)^{-1}\) の係数(留数)が交換関係に対応する。モード展開との関係は:
(\(h_A\) は \(A\) の共形次元)。モード \(A_n\) を取り出すには周回積分を使う:
これは Laurent 係数の公式 (E.13) そのもの。
🔵 カイ: モードを取り出すのが周回積分なんだ。Laurent 係数の公式がそのまま物理に直結してるんだね。
🟡 リナ: さらに、2 つの演算子のモード間の交換関係は:
ここで \(\oint_w\) は \(w\) を囲む周回積分。OPE を代入して留数定理を適用すれば、交換関係が計算できる。これが第 16 章の Virasoro 代数の導出の核心。
✅ 理解度チェック: 留数(residue)とは Laurent 展開のどの係数のことでしょうか?
答え
\((z - z_0)^{-1}\) の係数 \(a_{-1}\) のこと。
✅ 理解度チェック: 留数定理の式 \(\oint_C f(z)\,dz = 2\pi i \sum_k \text{Res}_{z=z_k} f(z)\) が「驚くべき性質」と言われる理由は何でしょうか?
答え
被積分関数の全体的な振る舞いを知らなくても、特異点の近傍の情報(留数)だけで閉曲線上の積分が計算できるから。
✅ 理解度チェック: Cauchy の積分公式 \(f(z) = \frac{1}{2\pi i}\oint_C \frac{f(w)}{w-z}dw\) は物理的に何を意味するでしょうか?
答え
正則関数の内部の値は境界上のデータだけで完全に決定される(正則関数の剛性)。
E.8 2 次元自由場の Green 関数¶
🟡 リナ: 第 16 章 16.4「演算子積展開(OPE)」 の冒頭で、自由ボソンの 2 点関数 \(\langle X(z,\bar{z})\, X(w,\bar{w})\rangle = -\frac{\alpha'}{2}\ln\lvert z-w\rvert^2\) が天下り的に登場したわよね。ここでは、この式が「なぜ対数関数になるのか」を E.3「複素座標 \(z, \bar{z}\) と微分」 と E.7「Cauchy の積分公式と留数定理」 で準備した道具だけで導出するわ。経路積分の詳細には立ち入らないけど、「2 次元ラプラシアンの基本 Green 関数が対数」という事実に落とし込めば、あとは計算で追える。
E.8.1 自由場の作用と Green 関数の方程式¶
🟡 リナ: 2 次元自由ボソン \(X(z, \bar{z})\) の作用は第 13 章で:
ここでは時空の添字 \(\mu\) を省略して 1 成分分だけ書いている。\(D\) 個の場 \(X^\mu\) への拡張は 「E.8.5 \(D\) 個の場への拡張」 で行うわ。
ここで \(d^2z\) は面積要素を表す記号で(上付きの 2 は「\(dz\) の 2 乗」ではなく「2 次元」の意味)、この付録では \(d^2z \equiv dx\,dy\) と定義する。E.3「複素座標 \(z, \bar{z}\) と微分」 の式 (E.7) で示したように、これは複素座標では \(d^2z = dx\,dy = \frac{i}{2}dz \wedge d\bar{z}\) と書ける。つまり \(d^2z\) は通常の実座標の面積要素 \(dx\,dy\) そのもの。
(⚠️ 注意:他の教科書(例えば Polchinski)では面積要素を \(d^2z_{\text{Pol}} = 2dx\,dy\) と定義する規約もある。その場合、作用の前の係数が変わるが物理的内容は同じ。他の文献を読むときは面積要素の定義を確認してね。)
また \(\partial \equiv \partial_z\), \(\bar\partial \equiv \partial_{\bar{z}}\) と略記する。古典的な運動方程式は \(\partial \bar\partial X = 0\)(E.3「複素座標 \(z, \bar{z}\) と微分」 より \(\nabla^2 = 4\partial\bar\partial\) なので、これは \(\nabla^2 X = 0\) と同じ)。
🔵 カイ: なるほど、運動方程式がラプラス方程式そのものになるんだ。さっき解が \(f(z) + g(\bar{z})\) に分離するって言ってたのと繋がるね。
🟡 リナ: 量子論では、経路積分で計算される 2 点関数 \(G(z, w) = \langle X(z,\bar{z})\, X(w,\bar{w})\rangle\) は次の方程式を満たす。方程式の形を決める微分演算子を、作用の変分から同定するわ。まず微分演算子の係数を確認しよう。作用 \(S = \frac{1}{2\pi\alpha'}\int d^2z\, \partial X\, \bar\partial X\) を \(X\) で変分する。\(X \to X + \delta X\) として 1 次の変分を取ると \(\delta S = \frac{1}{2\pi\alpha'}\int d^2z\,(\partial(\delta X)\,\bar\partial X + \partial X\,\bar\partial(\delta X))\)。各項を部分積分する。1 次元の部分積分 \(\int_a^b u\,v'\,dx = [uv]_a^b - \int_a^b u'\,v\,dx\) を思い出して。2 次元の面積分でも同じことができる——\(\bar{z}\) を固定したまま \(z\) 方向だけ見れば 1 次元の部分積分と同じ。
🔵 カイ: つまり \(\partial(\delta X)\) の \(\partial\) を、隣の \(\bar\partial X\) の方に「押し付ける」ってこと? 1 次元で \(\int u'v\,dx = -\int uv'\,dx\)(境界項を無視すれば)と同じ要領で。
🟡 リナ: その通り。第 1 項 \(\int d^2z\, (\partial(\delta X))\, \bar\partial X\) では、\(\partial\) を部分積分で \(\delta X\) 側から \(\bar\partial X\) 側に移す。符号が反転して:
ここでは無限に広い平面を考えており、\(X\) が無限遠で十分速く減衰すると仮定するので、境界項は消える(閉じた世界面の場合も境界がないので同様に消える)。第 2 項 \(\int d^2z\, \partial X\, (\bar\partial(\delta X))\) では、今度は \(\bar\partial\) を \(\delta X\) 側から \(\partial X\) 側に移す。同じ要領で部分積分すると符号が反転して \(-\int d^2z\, (\bar\partial\partial X)\, \delta X\) を得る(\(\bar\partial\) が \(\partial X\) に作用して \(\bar\partial\partial X\) になった)。ここで \(\partial\bar\partial = \bar\partial\partial\)(混合偏微分の順序交換)が成り立つから、2 つの項はどちらも \(-\frac{1}{2\pi\alpha'}\int d^2z\,(\partial\bar\partial X)\,\delta X\) となり、合わせると:
⚪ メイ: なるほど、第 1 項から \(\partial\bar\partial X\) が出て、第 2 項からも同じものが出るから、係数が 2 倍になって \(1/(2\pi\alpha')\) が \(1/(\pi\alpha')\) になるんだね。
🟡 リナ: そう。\(\delta S = 0\) が任意の \(\delta X\) で成り立つから、運動方程式 \(-\frac{1}{\pi\alpha'}\partial\bar\partial X = 0\) が得られる。つまり微分演算子は \(-\frac{1}{\pi\alpha'}\partial\bar\partial\) よ。
Green 関数はこの微分演算子の「逆」として定義される:
すなわち:
となる。ここで \(\delta^{(2)}(z-w) = \delta(x-x')\delta(y-y')\) は \(\int d^2z\, \delta^{(2)}(z-w) = 1\)(\(d^2z = dx\,dy\)、本付録の規約)で正規化されている。(Polchinski 規約 \(d^2z_{\text{Pol}} = 2dx\,dy\) を使う文献では、デルタ関数の正規化も \(\int d^2z_{\text{Pol}}\, \delta_{\text{Pol}}^{(2)} = 1\) に合わせるため \(\delta_{\text{Pol}}^{(2)} = \frac{1}{2}\delta^{(2)}\) となり、方程式の右辺の係数が変わる。最終的な Green 関数の形は同じ。)
🔵 カイ: 右辺の \(\delta^{(2)}\) って何? 古典的には \(\nabla^2 X = 0\) だったのに、なんで右辺にデルタ関数が出てくるの? そもそも \(\delta^{(2)}\) って普通の関数じゃないよね?
🟡 リナ: いい質問。まず \(\delta^{(2)}(z-w)\) が何かを説明するわ。これはディラックのデルタ関数の 2 次元版で、実座標で書けば \(\delta(x-x')\delta(y-y')\) のこと。普通の関数ではなく、\(\int d^2z\; \delta^{(2)}(z-w) f(z) = f(w)\) という性質で定義される「超関数」よ。つまり「点 \(w\) でだけ値を拾う」フィルターのようなもの。
🔵 カイ: 「点 \(w\) でだけ値を拾う」って、\(z = w\) 以外ではゼロってこと? でもゼロの関数を積分したらゼロにならない?
🟡 リナ: そこが普通の関数と違うところ。デルタ関数は「\(z = w\) で無限に鋭いピーク」を持っていて、幅はゼロだけど高さが無限大で、面積(積分値)がちょうど 1 になるように調整された対象なの。たとえば、幅 \(\epsilon\)、高さ \(1/\epsilon\) の長方形を考えて。面積は常に 1 だけど、\(\epsilon \to 0\) にすると幅ゼロ・高さ無限大の「針」になる。これがデルタ関数の直感的イメージ。厳密には普通の関数ではなく「超関数」と呼ばれる数学的対象で、積分の中でだけ意味を持つの。
🔵 カイ: なるほど、「面積 1 の針」か。じゃあ、なんで Green 関数の方程式の右辺にそれが出てくるの?
🟡 リナ: 直感的にはこう考えて。Green 関数 \(G(z, w)\) は「点 \(w\) に置いた点源が点 \(z\) に及ぼす影響」を表す。電磁気学で点電荷のポテンシャルを求めるとき、\(\nabla^2 \phi = -\rho/\epsilon_0\) の右辺に点電荷のデルタ関数が入るのと同じ構造よ。量子論では、2 点関数がこの「点源に対する応答関数」の役割を果たすの。
もう少し具体的に言うと、「\(\mathcal{O}\, G = \delta\)」(\(\mathcal{O}\) は微分演算子)という方程式は、「\(\mathcal{O}\) を \(G\) に作用させると、点 \(w\) にだけ集中した応答が返ってくる」という意味。高校で習った連立方程式 \(Ax = b\) の解 \(x = A^{-1}b\) と同じ構造で、\(\mathcal{O}\) が「行列 \(A\)」、\(G\) が「逆行列 \(A^{-1}\)」、\(\delta\) が「単位行列 \(I\)」に対応すると思えばいいわ。つまり \(A A^{-1} = I\) と \(\mathcal{O} G = \delta\) は同じ構造——「演算子に逆を掛けると単位元が出る」ということ。右辺の \(\delta^{(2)}\) は経路積分の技術から導かれる(「場の量子論」編 「場の量子論」編 第 11 章の生成汎関数参照)。ここでは「微分演算子 \(\mathcal{O}\) の逆を \(\mathcal{O}G = \delta\) で定義する」というルールを認めて先に進むわ。電磁気学で点電荷のポテンシャルを \(\nabla^2 \phi = -\rho/\varepsilon_0\) から求めたのと全く同じ発想よ——右辺に点源(デルタ関数)を置いて、それに対する応答を求める。
🔵 カイ: \(G\) が「微分演算子の逆」ってことか。でも逆行列って、行列のサイズが有限だから計算できるんだよね? 微分演算子は「無限次元の行列」みたいなものだと思うけど、逆が存在するって保証はあるの?
🟡 リナ: 鋭い質問ね。一般には逆が存在するとは限らない——境界条件を指定しないと解が一意に決まらないこともある。ここでは「無限に広い平面で、無限遠で発散しすぎない」という条件を課すことで解が(定数の不定性を除いて)一意に決まるの。厳密な存在証明は省くけど、実際にこれから解を構成して見せるから、「逆が存在するか」は「解が見つかるか」で確認できるわ。
この \((\star)\) の解——2 次元ラプラシアンの「基本 Green 関数」——を求めれば \(G\) が決まる。
E.8.2 鍵となる公式: \(\partial_{\bar{z}} (1/(z-w))\) はデルタ関数¶
🟡 リナ: この節の肝心な公式は:
一見すると不思議な式だけど、以下で証明するわ。
まず、\(z \neq w\) では 0:
\(z \neq w\) では \(1/(z-w)\) は \(z\) の正則関数。E.4「正則関数と Cauchy-Riemann 条件」 で見たように、正則関数は \(\partial_{\bar{z}}\) で消える:
だから左辺は、\(z = w\) にだけ集中した「特異点」の寄与を持つ。さっき説明した \(\delta\) 関数の性質を思い出して——「\(z \neq w\) ではゼロだが、\(z = w\) を含む領域で積分すると有限値を返す」。この 2 つの性質を同時に満たす対象は \(\delta\) 関数しかない(\(z \neq w\) でゼロなのに積分が有限——普通の関数ではありえないけど、\(\delta\) 関数ならまさにこの振る舞いをする)。以下で実際に積分して、その有限値が \(\pi\) であることを確認するわ。つまり \(\partial_{\bar{z}}(1/(z-w)) = (\text{定数}) \times \delta^{(2)}(z-w)\) の形であることは確定していて、あとは定数を決めるだけ。
🔵 カイ: なるほど、\(z \neq w\) でゼロなのに積分するとゼロじゃない——まさにデルタ関数の特徴だ。あとは係数を確認すればいいんだね。
🟡 リナ: 次に、\(z = w\) の近傍で積分するとゼロでない値が出ることを確認する。
\(z = w\) を中心とする小さな円板 \(D\)(半径 \(\epsilon\))で \((\star\star)\) の左辺を面積積分する。結果が \(\pi\) なら \((\star\star)\) が正しいことになる(\(\int d^2z\; \pi\delta^{(2)}(z-w) = \pi\))。
ここで必要なのが複素座標版の Green の定理よ。これは E.7「Cauchy の積分公式と留数定理」 で Cauchy の積分定理を導出するときに使った Green の定理 \(\oint(P\,dx + Q\,dy) = \iint_D(\partial_x Q - \partial_y P)\,dx\,dy\) を、複素座標 \((z, \bar{z})\) で書き直しただけのもの。結果はこうなる:
🔵 カイ: \(\frac{1}{2i}\) はどうやって出てくるんだろう。
🟡 リナ: 導出してみましょう。Green の定理を使うのが最も直接的よ。
\(dz = dx + i\,dy\) だから \(f\,dz = f(dx + i\,dy) = f\,dx + (if)\,dy\)。これを Green の定理 \(\oint_{\partial D}(P\,dx + Q\,dy) = \iint_D (\partial_x Q - \partial_y P)\, dx\, dy\) と比較すると \(P = f\), \(Q = if\) と読み取れる。したがって:
右辺の \(i\partial_x f - \partial_y f\) を \(\partial_{\bar{z}}\) で書き直すわ。式 (E.4) より \(\partial_{\bar{z}} = \frac{1}{2}(\partial_x + i\partial_y)\) だから \(2i\partial_{\bar{z}} = i(\partial_x + i\partial_y) = i\partial_x + i^2\partial_y = i\partial_x - \partial_y\)。
⚪ メイ: なるほど、梨奈先生がいま示した \(2i\partial_{\bar{z}} = i\partial_x - \partial_y\) を使えば、被積分関数がきれいに \(2i\partial_{\bar{z}} f\) にまとまるんだね。
🟡 リナ: その通り。これを使うと:
両辺を \(2i\) で割ると:
🔵 カイ: なるほど、\(\frac{1}{2i}\) は Green の定理の右辺を \(\partial_{\bar{z}}\) で書き直したときに出てくる係数なんだ。
\(f = 1/(z-w)\) を代入:
\(\partial D\) を \(w\) を中心とする半径 \(\epsilon\) の円と取る。ここで注意:\(1/(z-w)\) は \(z = w\) で特異だけど、Green の定理を適用する領域 \(D\) は「\(w\) を中心とする半径 \(\epsilon\) の円板」で、その境界 \(\partial D\) 上では \(|z - w| = \epsilon \neq 0\) だから \(f\) は滑らか。内部の \(z = w\) での特異性は、まさにこの積分で「検出」しようとしているもの——左辺の面積分が \(z = w\) の寄与を拾い上げるの。
右辺は E.7「Cauchy の積分公式と留数定理」 で計算した Cauchy の積分公式の基本形:
したがって:
半径 \(\epsilon\) を小さくしても結果は \(\pi\) のまま変わらない。一方、\(z \neq w\) では被積分関数はゼロ。つまり「\(z = w\) に集中した強さ \(\pi\) の特異点」=「\(\pi\, \delta^{(2)}(z-w)\)」という解釈に尽きる。
これで公式 \((\star\star)\) が証明された:
⚪ メイ: Cauchy の積分公式がここで再登場するのが見事ね。§E.7 で準備した道具がぴったりハマった。
🟡 リナ: ちなみにこれ、「一般相対論」編 「一般相対論」編 Appendix A で見た 3 次元の公式 \(\nabla^2 (1/r) = -4\pi\delta^{(3)}(\vec{r})\) と本質的に同じ構造よ。あちらは 3 次元ラプラシアンの Green 関数が \(1/r\) で、こちらは 2 次元版。
🔵 カイ: あ、あのときの点電荷のポテンシャルの話と同じ構造なんだ! 次元が違うだけで。
E.8.3 対数 Green 関数の導出¶
🟡 リナ: \((\star\star)\) を使って \((\star)\) の解を作るわ。
公式 \((\star\star)\) は「\(\partial_{\bar{z}}\) を \(1/(z-w)\) に作用させるとデルタ関数が出る」ことを示している。つまり \(1/(z-w)\) は \(\partial_{\bar{z}}\) の「逆操作を一段分巻き戻した」関数。もう一段、\(\partial_z\) も巻き戻せば Green 関数が完成する。そこで:
🔵 カイ: もう一段「巻き戻す」って、\(1/(z-w)\) を \(z\) で微分したら出てくる元の関数を探すってこと? 実数なら \(\frac{d}{dx}\ln x = 1/x\) だから、\(\ln(z-w)\) が候補になりそうだけど……複素数でも同じ?
🟡 リナ: その通り! 実数で \(\int \frac{1}{x}\,dx = \ln x\) だったのと同じで、\(\partial_z \ln(z-w) = 1/(z-w)\) が成り立つの。つまり「積分する」というより「微分したら \(1/(z-w)\) になる関数を見つける」と考えた方が正確ね。
🔵 カイ: 複素数の対数を微分しても \(1/z\) になるの? 実数のときと同じ?
🟡 リナ: 確認してみましょう。最も直接的な方法は:\(e^{\ln z} = z\) の両辺を \(z\) で微分すると \(e^{\ln z} \cdot \frac{d(\ln z)}{dz} = 1\)。\(e^{\ln z} = z\) だから \(\frac{d(\ln z)}{dz} = 1/z\) ✓。
(別の確認法:\(\ln z = \ln r + i\theta\) と書いて \(\partial_z\) を計算しても \(1/z\) が出る。\(\partial_z \bar{z} = 0\) を使えば確認できるので、興味があれば練習問題として試してみて。)
ただし \(\ln z\) を複素数に拡張すると少し注意が必要。偏角 \(\theta\) は \(2\pi\) の整数倍だけ自由度がある(\(e^{i\theta} = e^{i(\theta + 2\pi)}\))ので、\(\ln z\) は一つの \(z\) に対して無限に多くの値を取りうる——これを「多価関数」と呼ぶ。実用上は偏角の範囲を一つ決めて(たとえば \(-\pi < \theta \leq \pi\))一つの値を選ぶ。この選び方を「分枝を選ぶ」と言う。どの分枝を選んでも微分すれば \(\frac{d}{dz}\ln z = 1/z\) が成り立ち、以下の計算には影響しないわ。したがって:
つまり、\(\partial_z \ln(z-w) = 1/(z-w)\) で一段目の微分を「戻し」、\(\partial_{\bar{z}}(1/(z-w)) = \pi\delta^{(2)}\) で二段目の微分を「戻す」。2 段階で \(\partial_z\partial_{\bar{z}}\) の逆——つまり Green 関数——を構成しているの。
🔵 カイ: 2 つの公式を順番に使って、微分演算子を 2 段階で「巻き戻す」ってことか。でもちょっと待って、\(\ln(z-w)\) は \(z\) だけの関数だよね? \(\bar{z}\) 方向の情報はどこに行ったの? \(\ln|z-w|^2\) みたいに両方入ってないとおかしくない?
🟡 リナ: いい着眼点。実は \(\ln\lvert z-w\rvert^2 = \ln(z-w) + \ln(\overline{z-w})\) の方が対称的で扱いやすい。(この等式は \(|z-w|^2 = (z-w)(\overline{z-w})\) と対数の性質 \(\ln(AB) = \ln A + \ln B\) から来る。複素対数の多価性が気になるかもしれないけど、偏微分 \(\partial_z\) や \(\partial_{\bar{z}}\) を取ると多価性の定数部分は消えるので、以下の計算には影響しないわ。)第 2 項も同様に:
(なお \(\partial_z\partial_{\bar{z}} = \partial_{\bar{z}}\partial_z\) は滑らかな関数に対して常に成り立つ(混合偏微分の順序交換)。\(z = w\) での特異性はデルタ関数として上で個別に確認した。以下では \(\partial_{\bar{z}}\) を先に作用させてから \(\partial_z\) を作用させる順序で計算する。)
\(\overline{z-w} = \bar{z} - \bar{w}\) だから、\(\ln(\overline{z-w}) = \ln(\bar{z} - \bar{w})\) は \(\bar{z}\) のみの関数(\(z\) に依存しない、反正則関数)。まず内側の \(\partial_{\bar{z}}\) を作用させてみよう。\(\bar{z}\) だけの関数 \(g(\bar{z})\) に対しては、\(\partial_{\bar{z}} g(\bar{z}) = \frac{dg}{d\bar{z}}\) が成り立つ(確認:\(\partial_{\bar{z}} = \frac{1}{2}(\partial_x + i\partial_y)\) を \(g(\bar{z}) = g(x - iy)\) に作用させると、連鎖律で \(\frac{1}{2}(g' \cdot 1 + i \cdot g' \cdot (-i)) = \frac{1}{2}(g' + g') = g'\) ✓)。したがって \(\partial_{\bar{z}} \ln(\bar{z} - \bar{w}) = \frac{1}{\bar{z} - \bar{w}} = \frac{1}{\overline{z-w}}\)。
次に外側の \(\partial_z\) を作用させる。\(z \neq w\) では \(\frac{1}{\overline{z-w}}\) は \(\bar{z}\) のみの関数なので \(\partial_z\) で消えるが、\(z = w\) では特異性を持ちデルタ関数が現れる。
直感的にはこう考えて。公式 \((\star\star)\) は「\(1/(z-w)\) は \(z \neq w\) で \(z\) の正則関数だから \(\partial_{\bar{z}}\) で消えるが、特異点 \(z = w\) だけは例外でデルタ関数が出る」という内容だった。今度は「\(1/(\overline{z-w})\) は \(z \neq w\) で \(\bar{z}\) だけの関数だから \(\partial_z\) で消えるが、特異点 \(z = w\) だけは例外」——\(z\) と \(\bar{z}\) の役割が入れ替わった同じ構造。ただし「同じ構造だから同じ結果」と言うだけでは不十分なので、以下で \(\bar{z}\) 版の Stokes の定理を使って明示的に確認する。示したい式は:
⚪ メイ: \(z\) と \(\bar{z}\) の役割を入れ替えた「鏡像版」の計算なんだね。
🟡 リナ: \((\star\star)\) と同様に小円板 \(D\)(\(w\) 中心、半径 \(\epsilon\))上で積分して確認する。複素座標の Stokes の定理には \(\bar{z}\) 版もある:
導出は \(z\) 版と同じ手法で、ステップごとに確認しよう。\(d\bar{z} = dx - i\,dy\) だから \(g\,d\bar{z} = g\,dx + (-ig)\,dy\)。Green の定理 \(\oint(P\,dx + Q\,dy) = \iint_D(\partial_x Q - \partial_y P)\,dx\,dy\) で \(P = g\), \(Q = -ig\) と置くと、左辺は \(\oint_{\partial D} g\,d\bar{z}\) ✓。右辺の被積分関数は:
式 (E.3) より \(\partial_z = \frac{1}{2}(\partial_x - i\partial_y)\) なので \(-2i\partial_z = -2i \cdot \frac{1}{2}(\partial_x - i\partial_y) = -i\partial_x + i^2\partial_y = -i\partial_x - \partial_y\) ✓。したがって:
両辺を \(-2i\) で割ると:
\(g = 1/\overline{z-w}\) を代入する。\(\partial D\) 上で \(z = w + \epsilon e^{i\theta}\)(\(0 \leq \theta \leq 2\pi\)、反時計回り)とパラメトライズすると、複素共役を取って \(\bar{z} = \bar{w} + \epsilon e^{-i\theta}\)、\(d\bar{z} = -i\epsilon e^{-i\theta}d\theta\)、\(\overline{z-w} = \epsilon e^{-i\theta}\) だから:
したがって \(\int_D d^2z\; \partial_z \frac{1}{\overline{z-w}} = -\frac{1}{2i}\cdot(-2\pi i) = \pi\) が得られ、結果は同じ \(\pi\delta^{(2)}(z-w)\)。
🔵 カイ: \(z\) 版でも \(\bar{z}\) 版でも同じ \(\pi\) が出るんだ。対称性があるから当然といえば当然だけど、ちゃんと計算で確認できると安心する。
🟡 リナ: \(\ln|z-w|^2 = \ln(z-w) + \ln(\overline{z-w})\) だから、\(\partial_z\partial_{\bar{z}}\) を各項に分配して足し合わせると(微分は線形演算子なので和に分配できる):
E.8.4 2 点関数の完成¶
🟡 リナ: Green 関数の方程式 \((\star)\):
と、いま導出した式:
を比較すると、両者は係数まで一致。したがって:
🔵 カイ: おお、ついに出た! 第 16 章で天下りだった式が、ラプラシアンの逆を取るだけで自然に導出されるんだ。
⚪ メイ: しかも途中で使ったのは Euler の公式、Cauchy-Riemann 条件、Cauchy の積分公式——全部この付録で順番に準備してきたものだけだね。
🔵 カイ: さっき僕が言った 3 次元の \(\nabla^2(1/r) = -4\pi\delta^{(3)}\) と比べると、3 次元では Green 関数が \(1/r\) で、2 次元では \(\ln r\) なんだ。次元が変わると形が変わるのはなんで?
🟡 リナ: いい比較ね。一般に \(d\) 次元のラプラシアンの Green 関数は、\(d \geq 3\) では \(r^{2-d}\)、\(d = 2\) では \(\ln r\) になる。これは Gauss の法則(球面上のフラックスが一定)から決まるの。次元が下がると Green 関数の形が変わるけど、「ラプラシアンの逆」という構造は共通。そしてこの対数 Green 関数が第 16 章の全ての OPE 計算の出発点になる。
E.8.5 \(D\) 個の場への拡張¶
🟡 リナ: 弦理論では時空の座標 \(X^\mu\) が \(D\) 個(\(\mu = 0, 1, \ldots, D-1\))あり、それぞれが独立な自由場として振る舞う。異なる添字の場同士は混じらないから:
ここで \(\eta^{\mu\nu}\) は Minkowski 計量(「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 4 章)。これは第 16 章 16.4「演算子積展開(OPE)」 冒頭で「天下り」として書かれていた式そのもの。
E.8.6 \(\partial X\) 同士の OPE の直接計算¶
🟡 リナ: 第 16 章で実際に使うのは \(\partial X\) 同士の OPE。\(G(z,w) = -\frac{\alpha'}{2}\eta^{\mu\nu}\ln\lvert z-w\rvert^2\) を \(z\) と \(w\) でそれぞれ微分する。微分と期待値の順序は交換できる(経路積分の被積分関数を微分してから積分しても、積分してから微分しても同じ——これは積分と微分の順序交換の条件が満たされている場合に成り立つ。ここでは認めて使う)ので、\(\partial_z \langle X^\mu(z)\, X^\nu(w)\rangle = \langle \partial X^\mu(z)\, X^\nu(w)\rangle\) が成り立つ。
まず \(z\) で:
(\(\ln\lvert z-w\rvert^2 = \ln(z-w) + \ln(\overline{z-w})\) のうち、\(z \neq w\) では反正則部分 \(\ln(\overline{z-w})\) は \(\partial_z\) で消えるので、正則部分のみが寄与する。E.8.3 で見たように \(z = w\) ではデルタ関数的な接触項が生じるが、OPE では \(z \neq w\) での特異構造に注目するので、接触項は無視する。)
続いて \(w\) で:
したがって:
これが第 16 章の全 OPE 計算の「基本縮約値」。一度導出しておけば、あとは Wick の定理で組み合わせを数えるだけ。
🔵 カイ: 対数を 2 回微分したら \(1/(z-w)^2\) になる——きれいだなあ。これがあの OPE の出発点だったのか。
📝 練習問題:
- \(\partial X\) と \(\bar\partial X\) の交差項 \(\langle \partial X^\mu(z)\, \bar\partial X^\nu(w)\rangle\) を計算せよ → 問題 A-2. \(\partial X\) と \(\bar\partial X\) の交差項
✅ 理解度チェック: 公式 \(\partial_{\bar{z}}(1/(z-w)) = \pi\delta^{(2)}(z-w)\) の右辺にデルタ関数が現れる理由は何でしょうか?
答え
\(z \neq w\) では \(1/(z-w)\) は正則関数なので \(\partial_{\bar{z}}\) で消えるが、\(z = w\) では特異点を持つ。小さな円板上で積分すると Cauchy の積分公式により \(\pi\) という有限値が出るため、「\(z = w\) に集中した特異性」=デルタ関数として解釈される。
✅ 理解度チェック: 自由ボソンの 2 点関数が対数関数になる物理的・数学的な理由は?
答え
2 次元ラプラシアンの基本 Green 関数が対数関数だから。3 次元ラプラシアンの基本 Green 関数が \(1/r\)(Coulomb ポテンシャル)であるのと同じ構造で、次元が下がると対数に変わる。
✅ 理解度チェック: \(\partial X^\mu(z)\, \partial X^\nu(w)\) の OPE の特異部分(\((z-w)^{-2}\) の係数)はどう表されるでしょうか?
答え
\(-\frac{\alpha'}{2}\,\eta^{\mu\nu}\)。2 点関数を \(z, w\) で 2 回微分すると対数が 2 回微分され、\(1/(z-w)^2\) の形に。
E.9 練習問題¶
📝 練習問題:
- 複素数の極形式と積の計算 → 問題 B-1. 複素数の絶対値と偏角
- Euler の公式の確認 → 問題 B-2. Euler の公式 \(e^{i\pi}+1=0\)
- 複素数の積と商の極形式 → 問題 B-3. 極形式での積
- Cauchy-Riemann 関係式の確認 → 問題 B-4. Cauchy-Riemann: \(z^2\) で確認
- 非正則関数の判定 → 問題 B-5. Cauchy-Riemann: \(|z|^2\) は破れる
- 複素座標での偏微分の確認 → 問題 B-6. \(\partial_z(z^2) = 2z\)
- 留数の計算(1 位の極) → 問題 B-7. \(1/(z-1)\) の留数
- Laurent 展開と特異点の分類 → 問題 B-8. \(1/z^2\) の Laurent 展開と留数
- 留数定理による周回積分 → 問題 M-1. 留数定理:2 つの極
- 高位の極の留数 → 問題 M-2. \(z/[(z-1)(z-2)]\) の留数
- 真性特異点の Laurent 展開 → 問題 B-9. \(e^{1/z}\) の Laurent 展開
- 共形写像の具体例(\(w = z^2\)) → 問題 A-1. 共形写像 \(w = 1/z\)
- Möbius 変換の合成 → 問題 M-3. Möbius 変換の合成
- \(\partial X\) と \(\bar\partial X\) の交差項の計算 → 問題 A-2. \(\partial X\) と \(\bar\partial X\) の交差項
次章予告¶
Appendix F では、弦理論の歴史を年表形式で俯瞰し、各時代の鍵となった人物を索引としてまとめる。本編で登場したモデルや概念が「いつ・誰によって」提唱されたのかを一望することで、物理学の発展の流れが立体的に見えてくるはずだ。
参考文献¶
- David Tong, Lectures on String Theory, Ch.4: "Introducing Conformal Field Theory" — 複素座標での共形変換、OPE
- Elias Kiritsis, String Theory in a Nutshell, Ch.4: "Conformal Field Theory" — 正則関数と共形写像の物理的応用
- Volker Schomerus, A Primer on String Theory, Ch.13: "Introduction to Conformal Field Theory" — Laurent 展開と留数の物理的意味
- 杉浦光夫, 『解析入門 II』, 東京大学出版会 — 複素解析の厳密な導入
- Ahlfors, Complex Analysis, McGraw-Hill — 複素解析の標準的教科書
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