第 5 章 Dirac 場の量子化 — フェルミオンの反交換関係¶
前回までのあらすじ:
第 4 章では、実スカラー場の正準量子化を実行した。場を演算子に昇格させ、等時刻交換関係 \([\hat{\phi}(\boldsymbol{x}), \hat{\pi}(\boldsymbol{y})] = i\delta^{(3)}(\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})\) を課すことで、生成・消滅演算子 \(\hat{a}^\dagger_{\boldsymbol{p}}, \hat{a}_{\boldsymbol{p}}\) が現れ、場の励起が「粒子」として解釈できることを見た。Fock 空間の構造と、Bose-Einstein 統計が交換関係から自然に導かれることを確認した。
この章のゴール
- Dirac 場(スピン \(1/2\) の場)を量子化する
- スカラー場と同じ手順で交換関係を課すとエネルギーが下に非有界になるという致命的な破綻が生じることを体験し、その救済策として反交換関係が不可避であることを理解する
- 反交換関係から Pauli の排他原理と Fermi-Dirac 統計が自然に導かれることを確認し、フェルミオンの Fock 空間・反粒子・\(C, P, T\) 変換を学ぶ
5.1 Dirac 方程式の復習——4 成分スピノルの必然性¶
🟡 リナ: 第 4 章ではスカラー場——スピン 0 の場——を量子化したわね。でも、自然界の物質を構成する粒子——電子、クォーク、ニュートリノ——はすべてスピン \(1/2\) の粒子よ。今日はいよいよ、これらの粒子を記述する Dirac (ディラック) 場を量子化するわ。
🔵 カイ: 「量子力学」編 第 27 章で Dirac 方程式は予告されていましたよね。Klein-Gordon 方程式を「因数分解」して、時間微分が 1 階の方程式を作るっていう話でした。
🟡 リナ: よく覚えているわね。復習しておきましょう。出発点は相対論的なエネルギーと運動量の関係式
を演算子に置き換えた Klein-Gordon 方程式
だった。自然単位系 \(\hbar = c = 1\) では
と書ける。これは時間について 2 階微分の方程式で、確率密度が負になりうるという問題があった。
🔵 カイ: それで Dirac は、時間微分を 1 階にしようとしたんですよね。
⚪ メイ: その「2 階微分」が問題だったから、1 階にしたかったのね。
🟡 リナ: そう。Dirac の発想はこう。時間微分を 1 階にしたいなら、\(E^2 = |\boldsymbol{p}|^2 + m^2\) の「平方根」\(E = \sqrt{|\boldsymbol{p}|^2 + m^2}\) を演算子に置き換えた方程式 \(i\partial_t \psi = \sqrt{-\nabla^2 + m^2}\,\psi\) を書きたい。でも平方根の中に微分演算子が入っていると、Taylor 展開すれば無限階の微分が現れてしまい、局所的な方程式にならない。そこで Dirac の天才的なアイデアは、\(\Box \equiv \partial_\mu \partial^\mu\)(ダランベール演算子 (d'Alembertian))の「平方根」を行列を使って実現することだった。具体的には、\(\gamma^\mu\) という 4 つの行列を導入して
が成り立つようにする。こうすれば \(\gamma^\mu \partial_\mu\) は 1 階微分演算子だから、\((\gamma^\mu \partial_\mu + \text{定数})\psi = 0\) という 1 階の方程式が書けるわ。
🔵 カイ: \((\gamma^\mu \partial_\mu)^2\) を展開すると \(\gamma^\mu \gamma^\nu \partial_\mu \partial_\nu\) になりますよね。偏微分の順番は交換できるから \(\partial_\mu \partial_\nu\) は \(\mu, \nu\) について対称……ということは、\(\gamma^\mu \gamma^\nu\) にも何か条件がつくんですか?
🟡 リナ: その通り。\(\partial_\mu \partial_\nu\) が対称だから、\(\gamma^\mu \gamma^\nu\) の反対称部分は消えて対称部分だけが残る。だから必要な条件は
つまり反交換関係
よ。ここで \(\eta^{\mu\nu} = \mathrm{diag}(+1, -1, -1, -1)\) は Minkowski (ミンコフスキー) 計量、\(\mathbf{1}\) は単位行列。この関係式を Clifford (クリフォード) 代数と呼ぶわ。
🔵 カイ: 反交換関係が出てきた! でも、これは \(\gamma\) 行列同士の反交換関係であって、場の演算子の話じゃないですよね?
🟡 リナ: その通り。ここでの反交換関係は純粋に行列の代数的な性質。場の量子化で出てくる反交換関係とは別物よ。でも、面白いことに、Dirac 方程式の出発点にすでに「反交換」という構造が潜んでいるの。
🟡 リナ: 式 (5.1) から具体的に何が読み取れるか、\(\mu, \nu\) に値を入れてみて。
⚪ メイ: やってみるわ。
- \(\mu = \nu = 0\):\(\eta^{00} = +1\) だから \((\gamma^0)^2 = +\mathbf{1}\)
- \(\mu = \nu = i\)(空間成分):\(\eta^{ii} = -1\) だから \((\gamma^i)^2 = -\mathbf{1}\)
- \(\mu \neq \nu\):\(\eta^{\mu\nu} = 0\) だから \(\gamma^\mu \gamma^\nu = -\gamma^\nu \gamma^\mu\)(異なる \(\gamma\) 行列は反可換)
ね。
🔵 カイ: Pauli 行列は \(2 \times 2\) で 3 つあるけど、\(\gamma\) 行列は 4 つ必要ですよね。\(2 \times 2\) じゃダメなんですか?
🟡 リナ: いい質問。\(2 \times 2\) の行列は、単位行列 \(\mathbf{1}\) と 3 つの Pauli 行列 \(\sigma^1, \sigma^2, \sigma^3\) で基底が尽きるの。Clifford 代数を満たすには、互いに反可換な行列が 4 つ必要だけど、\(2 \times 2\) では最大 3 つしか取れない(Pauli 行列がまさにそれ)。4 つ目を入れる余地がないのよ。だから最小は \(4 \times 4\) 行列で、波動関数 \(\psi\) は 4 成分を持つ。これが Dirac スピノル (Dirac spinor) よ。
✅ 理解度チェック: Dirac スピノルが 4 成分である理由を、Clifford 代数と行列のサイズの観点から説明してみましょう。
答え
Clifford 代数 \(\{\gamma^\mu, \gamma^\nu\} = 2\eta^{\mu\nu}\) を満たすには互いに反可換な行列が 4 つ必要だが、\(2 \times 2\) 行列では最大 3 つ(Pauli 行列)しか取れない。最小で \(4 \times 4\) 行列が必要となり、それに作用される波動関数 \(\psi\) は 4 成分の Dirac スピノルとなる。
Dirac 方程式の完成形¶
🟡 リナ: \(\gamma\) 行列を使えば、Klein-Gordon 方程式を因数分解できるわ。確かめてみましょう。
まず重要な注意:\(\gamma\) 行列は座標に依存しない定数行列だから、微分演算子 \(\partial_\mu\) は \(\gamma\) を素通りして後ろの \(\psi\) にだけ作用するの。だから \(i\), \(\gamma\), \(\partial\) の順序は自由に入れ替えられるわ。
これを項ごとに展開しましょう。4 つの項が出てくるわ:
- 第 1 項(微分×微分):\((-i\gamma^\mu\partial_\mu)(i\gamma^\nu\partial_\nu) = (-i)(i)\gamma^\mu\gamma^\nu\partial_\mu\partial_\nu = +\gamma^\mu\gamma^\nu\partial_\mu\partial_\nu\)(\((-i)(i) = -(i^2) = -(-1) = +1\) よ)
- 第 2 項(微分×質量):\((-i\gamma^\mu\partial_\mu)(-m) = +im\gamma^\mu\partial_\mu\)
- 第 3 項(質量×微分):\((-m)(i\gamma^\nu\partial_\nu) = -im\gamma^\nu\partial_\nu\)
- 第 4 項(質量×質量):\((-m)(-m) = m^2\)
交差項(第 2 項+第 3 項)を見てみましょう。\(\mu\) と \(\nu\) はどちらも \(0, 1, 2, 3\) を走るダミー添字(「全部足し上げる」ための仮の名前)だから、\(\gamma^\mu\partial_\mu = \gamma^0\partial_0 + \gamma^1\partial_1 + \gamma^2\partial_2 + \gamma^3\partial_3\) と \(\gamma^\nu\partial_\nu = \gamma^0\partial_0 + \gamma^1\partial_1 + \gamma^2\partial_2 + \gamma^3\partial_3\) は文字を付け替えただけで同じもの。したがって \(+im\gamma^\mu\partial_\mu - im\gamma^\mu\partial_\mu = 0\) となり、交差項は消える。残るのは第 1 項と第 4 項だけ。第 1 項をさらに処理しましょう。任意の行列積は対称部分と反対称部分に分解できる:\(\gamma^\mu\gamma^\nu = \frac{1}{2}\{\gamma^\mu, \gamma^\nu\} + \frac{1}{2}[\gamma^\mu, \gamma^\nu]\)。Clifford 代数 \(\{\gamma^\mu, \gamma^\nu\} = 2\eta^{\mu\nu}\) を代入すると
となる。\(\partial_\mu\partial_\nu\) は \(\mu \leftrightarrow \nu\) の入れ替えで対称だから、反対称部分 \([\gamma^\mu, \gamma^\nu]\) との縮約はゼロ。結局 \(\gamma^\mu\gamma^\nu \partial_\mu \partial_\nu = \eta^{\mu\nu}\partial_\mu\partial_\nu = \partial_\mu\partial^\mu\)。したがって
因数分解が確認できたわね。つまり Klein-Gordon 演算子 \(\partial_\mu\partial^\mu + m^2\) が 2 つの 1 階演算子の積に分解できた。ここから Dirac 方程式を得るには、右側の因子をゼロとおけばよい:
これが Dirac 方程式よ。ここでスラッシュ記法 (Feynman slash notation) を導入しておくわ。任意の 4 元ベクトル \(A\) に対して \(\not\!A \equiv \gamma^\mu A_\mu\)(\(\gamma\) 行列と下付き添字の成分 \(A_\mu\) を縮約したもの)と定義する記法よ。微分演算子に適用すれば \(\not\!\partial \equiv \gamma^\mu \partial_\mu\) で、Dirac 方程式は \((i\not\!\partial - m)\psi = 0\) とコンパクトに書ける。後で \(\not\!p \equiv \gamma^\mu p_\mu\) も使うわ。
この解が Klein-Gordon 方程式も満たすことを確認しましょう。\((i\not\!\partial - m)\psi = 0\) の両辺に左から \((-i\not\!\partial - m)\) を作用させると、先ほどの因数分解の結果 \((-i\not\!\partial - m)(i\not\!\partial - m) = \partial_\mu\partial^\mu + m^2\) がそのまま使えて、\((\partial_\mu\partial^\mu + m^2)\psi = 0\)——Klein-Gordon 方程式が従う。逆に言えば、Dirac 方程式の解は自動的に Klein-Gordon 方程式も満たすの。すなわち
🔵 カイ: 時間微分も空間微分も 1 階になっている! Lorentz 共変性も満たされているんですか?
🟡 リナ: いい質問。それを確かめるには、\(\psi\) が Lorentz 変換のもとでどう変換されるかを知る必要がある。次のセクションで見ていきましょう。
✅ 理解度チェック: Clifford 代数 \(\{\gamma^\mu, \gamma^\nu\} = 2\eta^{\mu\nu}\) から、\(\gamma^0 \gamma^1 = -\gamma^1 \gamma^0\) を導け。
答え
\(\mu = 0, \nu = 1\) のとき \(\eta^{01} = 0\) だから \(\{\gamma^0, \gamma^1\} = \gamma^0\gamma^1 + \gamma^1\gamma^0 = 0\)。したがって \(\gamma^0\gamma^1 = -\gamma^1\gamma^0\)。
📝 練習問題:
- Clifford 代数から \(\gamma\) 行列の性質の導出 → 問題 B-1. Clifford 代数の基本計算
5.2 Lorentz 群のスピノル表現——スピノルはベクトルではない¶
🟡 リナ: 第 2 章で、Lorentz 変換のもとで場がどう変換されるかを学んだわね。思い出すと、スカラー場は \(\phi(x) \to \phi'(x) = \phi(\Lambda^{-1}x)\)——つまり「変換後の座標系で点 \(x\) での場の値を知りたければ、変換前の座標系でその点に対応する位置 \(\Lambda^{-1}x\) での値を持ってくる」という意味だったわね(第 2 章で学んだ「能動的変換」——座標系は固定したまま物理系を動かす見方——の考え方)。ベクトル場は \(A^\mu(x) \to \Lambda^\mu{}_\nu A^\nu(\Lambda^{-1}x)\) と、座標の引数が変わるだけでなく成分同士の混合も加わる。では、Dirac スピノル \(\psi\) はどう変換されるのかしら。
🔵 カイ: 4 成分だからベクトルみたいに \(\Lambda^\mu{}_\nu\) で変換される……わけじゃないんですか?
🟡 リナ: 違うの。スピノルはベクトルとは根本的に異なる対象よ。一番分かりやすい違いは——
ベクトルを \(360°\) 回転させると元に戻る。しかしスピノルを \(360°\) 回転させると符号が反転し、\(720°\) 回転させてようやく元に戻る。
🔵 カイ: えっ、\(360°\) 回しても元に戻らない? それって現実にあり得るんですか?
🟡 リナ: 実際に 1975 年の Rauch らの中性子干渉実験で確認されているわ。中性子ビームを 2 つに分け、一方だけを磁場中で回転させてから再び合流させると、\(360°\) 回転で干渉パターンが反転し、\(720°\) で元に戻ることが観測されたの。量子力学で学んだスピン \(1/2\) の性質を思い出して。Pauli 行列 \(\boldsymbol{\sigma}\) を使った回転演算子 \(D(\boldsymbol{\theta}) = e^{-\frac{i}{2}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\theta}}\) で、\(z\) 軸まわりに \(\theta = 2\pi\)(\(360°\))を代入すると \(e^{-i\pi\sigma^3} = \cos\pi \cdot \mathbf{1} - i\sin\pi \cdot \sigma^3 = -\mathbf{1}\) になったでしょう?
🔵 カイ: 回転演算子の指数の中に \(1/2\) が入っているから、\(2\pi\) 回しても \(\pi\) 分しか進まなくて \(-\mathbf{1}\) になるんですね。でも、符号が反転するだけなら物理的に観測できるんですか? 全体位相は測れないはずでは……。
🟡 リナ: いい着眼点ね。確かに全体位相は測れない。でも干渉実験では 2 つの経路の相対位相を測るから、片方だけ \(360°\) 回すと干渉パターンが反転するの——Rauch の実験はまさにそれを見たのよ。
⚪ メイ: つまり、梨奈先生がさっき示した \(e^{-i\pi\sigma^3} = -\mathbf{1}\) は \(\theta = 2\pi\) の場合で、同じ式に \(\theta = 4\pi\) を入れれば \(e^{-2i\pi} = +1\) で元に戻る——だから \(720°\) 必要なのね。指数の \(1/2\) がすべての原因ということね。
Lorentz 代数の分解——2 つの \(\mathfrak{su}(2)\)¶
🟡 リナ: Lorentz 群の構造をもう少し深く見てみましょう。第 2 章で学んだように、Lorentz 変換には 2 種類ある——空間の回転(3 軸まわりで 3 個)と、異なる慣性系への乗り換えであるブースト(3 方向で 3 個)。それぞれの生成子を回転の生成子 \(\mathbf{J} = (J^1, J^2, J^3)\) とブーストの生成子 \(\mathbf{K} = (K^1, K^2, K^3)\) と書くわ。「生成子」とは、微小な変換を生み出す演算子のこと——量子力学で角運動量 \(\hat{L}_z\) が \(z\) 軸まわりの微小回転を生成したのと同じ意味よ。\(J^i\) は空間回転を、\(K^i\) はブーストを生成する。具体的には、\(xy\) 平面内の微小回転は \(J^3\) が生成し、\(x\) 方向への微小ブーストは \(K^1\) が生成する——つまり \(J^i\) は \(i\) 軸まわりの回転、\(K^i\) は \(i\) 方向のブーストに対応するの。合計 6 個で、これらの間の交換関係は Lorentz 変換行列の定義条件 \(\Lambda^T\eta\Lambda = \eta\) から導くことができるの。アイデアだけ言うと、微小変換 \(\Lambda^\mu{}_{\nu} = \delta^\mu{}_{\nu} + \omega^\mu{}_{\nu}\)(\(\omega\) は無限小)を定義条件に代入すると \(\omega_{\mu\nu} = -\omega_{\nu\mu}\)(反対称)が出てくる。この反対称パラメータ 6 個が回転 3 個+ブースト 3 個に対応し、それぞれの生成子 \(J^i\), \(K^i\) を定義できる。生成子同士の交換関係は、微小変換を 2 回続けて行う順序の違いから決まるの——量子力学で \([\hat{L}_x, \hat{L}_y] = i\hbar\hat{L}_z\) を「\(x\) 軸まわりの微小回転→\(y\) 軸まわりの微小回転」と逆順の差から導いたのと全く同じ発想よ。たとえば \([J^1, J^2]\) を求めるには、\(xz\) 平面内の微小回転(\(J^2\) が生成)と \(yz\) 平面内の微小回転(\(J^1\) が生成)を続けて行い、順序を入れ替えたときの差を計算する。その差が \(xy\) 平面内の微小回転(\(J^3\) が生成)に比例することから \([J^1, J^2] = iJ^3\) が出てくるの(詳細は Appendix B を参照)。結果は
よ。ここで \(\varepsilon^{ijk}\) は Levi-Civita (レヴィ=チヴィタ) 記号——\(\varepsilon^{123} = 1\) で、添字を 1 回入れ替えるごとに符号が反転し(例:\(\varepsilon^{213} = -1\))、同じ添字が重複するとゼロになる完全反対称記号よ。
式 (5.3a) は量子力学で学んだ角運動量の交換関係 \([\hat{L}_i, \hat{L}_j] = i\hbar\varepsilon_{ijk}\hat{L}_k\) と同じ形ね(自然単位系 \(\hbar = 1\) で)。式 (5.3b) は「ブースト生成子 \(K^j\) は回転に対してベクトルとして変換される」ことを意味する——つまり \(J^i\) で生成される回転を \(K^j\) に施すと、\(K^j\) は他の成分 \(K^k\) と混ざるの。ちょうど普通のベクトル \(\boldsymbol{v} = (v^1, v^2, v^3)\) を回転させると成分が混ざるのと同じ構造よ。式 (5.3c) のマイナス符号は、式 (5.3a) と比較すると「\(K\) 同士の交換子は \(J\) を生むが、\(J\) 同士の交換子と符号が逆」ということ。これは回転とブーストの本質的な違い——回転は空間内の操作だけど、ブーストは時間と空間を混ぜる操作で、Minkowski 計量の時間成分の符号 \(\eta^{00} = +1\)(空間は \(-1\))がこのマイナスの起源なの。
🔵 カイ: 式 (5.3c) の右辺にマイナスがついているのが気になります。ブースト同士の交換子が回転を生むって……。
🟡 リナ: そう、それが Lorentz 群の非自明な構造なの。直感的に言うと、\(x\) 方向にブーストしてから \(y\) 方向にブーストする操作と、逆の順序で行う操作は、結果が微妙に異なる——その差が \(xy\) 平面内の回転として現れるの。身近な例で言えば、飛行機が東に向かって飛んでいるとき(\(x\) 方向ブースト)、次に北に方向転換する(\(y\) 方向ブースト)のと、先に北に飛んでから東に方向転換するのでは、最終的な機体の向きが微妙にずれる——そのずれが回転に対応するの。これは Thomas (トーマス) 歳差として知られる現象の数学的な表現で、水素原子のスピン軌道相互作用の補正因子 \(1/2\)(Thomas 因子)の起源でもあるわ。今は「ブースト同士の非可換性が回転を生む」という事実だけ覚えておけば十分よ。
さて、ここで天才的なトリックを紹介するわ。新しい生成子の組を定義する:
🔵 カイ: \(i\) を掛けてるのが不思議ですね。なぜこんな組み合わせを? \(J_+\) とか \(J_-\) って物理的に何を表すんですか?
🟡 リナ: いい疑問ね。\(J_\pm\) は物理的な観測量ではなく、代数の構造を見やすくするための数学的な道具よ。ちょうど複素数 \(z = x + iy\) を導入すると 2 次元の問題が見通しよくなるのと同じ発想。動機はこう。式 (5.3a) を見ると \([J^i, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k\) で、これは量子力学で学んだ角運動量の交換関係と同じ形——\(\mathfrak{su}(2)\) の形ね。「\(K\) も同じ形にできないか?」と考えるのが自然でしょう? でも式 (5.3c) を見ると \([K^i, K^j]\) の右辺に \(-i\varepsilon^{ijk}J^k\) とマイナスがついていて、\(K\) だけでは \(\mathfrak{su}(2)\) の形にならない。そこで \(K\) に虚数単位 \(i\) を掛けるの。交換子にはこんな性質があるわ:\(c\) がただの数(演算子ではない定数)なら、\([cA, cB] = c^2[A, B]\) が成り立つ。確かめてみて——\([cA, cB] = (cA)(cB) - (cB)(cA) = c^2(AB - BA) = c^2[A, B]\)。\(c\) は実数でも複素数でもよいわ。ここで \(c = i\)(虚数単位)を代入すると、\([iK^i, iK^j] = i^2[K^i, K^j] = (-1) \times (-i\varepsilon^{ijk}J^k) = +i\varepsilon^{ijk}J^k\) となって、マイナスが消える。つまり \(i\) を掛けることで \(i^2 = -1\) が邪魔なマイナスを打ち消してくれるの。\(J\) と \(iK\) を適切に組み合わせれば、きれいな \(\mathfrak{su}(2)\) の形が出てきそうだと期待できるわ。実際に計算してみましょう。式 (5.3a)–(5.3c) を使って \([J^i_+, J^j_+]\) を計算してみて。
🟡 リナ: 一緒にやってみましょう。まず展開すると
各項に式 (5.3a)–(5.3c) の交換関係を代入すると、
🔵 カイ: えっと、第 2 項が \(-\varepsilon^{ijk}K^k\) で第 3 項も \(-\varepsilon^{ijk}K^k\)……あれ、\(K\) の項が消えない?
🟡 リナ: 待って、もう少し丁寧にやりましょう。まず第 2 項:式 (5.3b) から直接 \([J^i, K^j] = i\varepsilon^{ijk}K^k\) だから、\(i[J^i, K^j] = i \cdot i\varepsilon^{ijk}K^k = -\varepsilon^{ijk}K^k\)。次に第 3 項:交換子の定義 \([A, B] = AB - BA\) から \([K^i, J^j] = -[J^j, K^i]\) よ。式 (5.3b) は \([J^a, K^b] = i\varepsilon^{abc}K^c\) という形で任意の \(a, b\) に対して成り立つ関係式だから、\(a = j\), \(b = i\) と代入すれば \([J^j, K^i] = i\varepsilon^{jic}K^c = i\varepsilon^{jik}K^k\) が得られるわ(最後の等号は縮約添字の名前を \(c\) から \(k\) に変えただけ)。ここで \(\varepsilon^{jik}\) は \(\varepsilon^{ijk}\) の最初の 2 つの添字 \(i, j\) を入れ替えたものだから \(\varepsilon^{jik} = -\varepsilon^{ijk}\)。よって \([J^j, K^i] = -i\varepsilon^{ijk}K^k\)。だから \([K^i, J^j] = -[J^j, K^i] = +i\varepsilon^{ijk}K^k\)。第 3 項は \(i[K^i, J^j] = i \cdot i\varepsilon^{ijk}K^k = -\varepsilon^{ijk}K^k\)。第 2 項と第 3 項を合わせて \(-2\varepsilon^{ijk}K^k\)。
一方、第 1 項は \(i\varepsilon^{ijk}J^k\)、第 4 項は \((-1)(-i\varepsilon^{ijk}J^k) = +i\varepsilon^{ijk}J^k\)。合わせて \(2i\varepsilon^{ijk}J^k\)。
全体で
🔵 カイ: えっと、\(J\) と \(K\) が混ざった式が最後に \(J_+\) だけの形に戻るんですね。\(J^k + iK^k = 2J^k_+\) だから……確かに \(i\varepsilon^{ijk}J^k_+\) になる! でも、なぜこんなきれいに閉じるんですか?
🟡 リナ: それが式 (5.4) の定義の巧みさなの。\(J\) と \(K\) の項をまとめると \(J_+\) の定義に再結合するように、最初から \(iK\) を組み合わせているのよ。\(J_+\) だけで閉じた交換関係を作っている——つまり「\(J_+\) だけで閉じた代数を作る」ことを逆算して設計されているの。
同様の計算をすると \(J_-\) も独立に閉じるし、さらに \(J_+\) と \(J_-\) の間の交換子もゼロになるの。\([J^i_-, J^j_-]\) の計算は \(J_+\) のときと全く同じ構造で、\(iK\) の符号が変わるだけ。\([J^i_+, J^j_-]\) がゼロになることも、展開すると \(J\) と \(K\) の項が互いにキャンセルすることから確認できるわ——ぜひ自分で手を動かして確かめてみて。結果をまとめると、
🔵 カイ: おお! \(\mathbf{J}_+\) と \(\mathbf{J}_-\) が完全に独立になった! しかも、それぞれの交換関係は量子力学で習った角運動量の交換関係 \([J^i, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k\) と同じ形じゃないですか? でも、元の \(\mathbf{J}\) と \(\mathbf{K}\) は回転とブーストという全然違う操作の生成子だったのに、\(\mathbf{J}_+\) と \(\mathbf{J}_-\) に組み替えたら両方とも「角運動量っぽい」ものになるって……。2 つの独立な「角運動量」が Lorentz 変換の中に隠れていたってことですか? これは物理的にはどういう意味があるんですか?
🟡 リナ: いい問いね。物理的な意味はこう——\([J^i, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k\) という交換関係の構造を、数学では \(\mathfrak{su}(2)\) の Lie (リー) 代数と呼ぶの。名前は覚えなくていいけれど、要するに「角運動量と同じ交換関係を持つ代数」のこと。式 (5.5a) と (5.5b) はどちらもこの \(\mathfrak{su}(2)\) と同じ形で、式 (5.5c) が示すように \(\mathbf{J}_+\) と \(\mathbf{J}_-\) は互いに独立。つまり——
Lorentz 代数は 2 つの独立な \(\mathfrak{su}(2)\) 代数の直積 \(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) に分解される。
これが意味するのは、Lorentz 群の表現が「\(\mathbf{J}_+\) の \(\mathfrak{su}(2)\) 表現」と「\(\mathbf{J}_-\) の \(\mathfrak{su}(2)\) 表現」のペア \((j_+, j_-)\) で分類できるということよ。量子力学で学んだように、\(\mathfrak{su}(2)\) の表現はスピンの値 \(j = 0, 1/2, 1, \ldots\) で決まるから、\((j_+, j_-)\) の組み合わせで Lorentz 群のすべての表現が系統的に得られるの。
🔵 カイ: 2 つの独立な \(\mathfrak{su}(2)\) って、具体的にはどんな表現があるんですか?
🟡 リナ: いくつかの表現を見てみましょう:
表 5.1: Lorentz群の代表的な既約表現
| 表現 \((j_+, j_-)\) | 名前 | 成分数 | 例 |
|---|---|---|---|
| \((0, 0)\) | スカラー | \(1\) | Higgs 場 |
| \((1/2, 0)\) | 左巻き Weyl (ワイル) スピノル | \(2\) | 左巻きニュートリノ |
| \((0, 1/2)\) | 右巻き Weyl スピノル | \(2\) | 右巻きニュートリノ |
| \((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\)(両方を合わせたもの) | Dirac スピノル | \(4\) | 電子 |
| \((1/2, 1/2)\) | ベクトル | \(4\) | 光子 |
🔵 カイ: 成分数はどうやって決まるんですか?
🟡 リナ: \(\mathfrak{su}(2)\) のスピン \(j\) の表現は \(2j + 1\) 次元だったわね。\((j_+, j_-)\) 表現の成分数は \((2j_+ + 1)(2j_- + 1)\) よ。例えば \((1/2, 0)\) なら \(2 \times 1 = 2\) 成分、\((1/2, 1/2)\) なら \(2 \times 2 = 4\) 成分。
🔵 カイ: なるほど! Dirac スピノルが 4 成分なのは、左巻き 2 成分と右巻き 2 成分を合わせた \((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\) だからなんですね!
左巻きと右巻きの違い——ブーストが区別する¶
🟡 リナ: 左巻きと右巻きの Weyl スピノルは、回転に対しては同じ変換を受けるの。どちらも \(\mathbf{J} = \boldsymbol{\sigma}/2\) で回転される。違いが現れるのはブーストのとき。
式 (5.4) の 2 式を足すと \(J^i_+ + J^i_- = \frac{1}{2}(J^i + iK^i) + \frac{1}{2}(J^i - iK^i) = J^i\)。引くと \(J^i_+ - J^i_- = \frac{1}{2}(J^i + iK^i) - \frac{1}{2}(J^i - iK^i) = iK^i\) だから \(\mathbf{K} = -i(\mathbf{J}_+ - \mathbf{J}_-)\)。これを使うと、
- 左巻き \((1/2, 0)\):\(j_+ = 1/2\) だから \(\mathbf{J}_+\) はスピン \(1/2\) の表現——量子力学で学んだ通り \(\boldsymbol{\sigma}/2\)(Pauli 行列の半分)で実現される。一方 \(j_- = 0\) だから \(\mathbf{J}_- = 0\)。式 (5.4) の逆 \(\mathbf{K} = -i(\mathbf{J}_+ - \mathbf{J}_-)\) に代入すると \(\mathbf{K} = -i\boldsymbol{\sigma}/2\)
- 右巻き \((0, 1/2)\):\(j_+ = 0\) だから \(\mathbf{J}_+ = 0\)、\(j_- = 1/2\) だから \(\mathbf{J}_- = \boldsymbol{\sigma}/2\)。同様に \(\mathbf{K} = -i(0 - \boldsymbol{\sigma}/2) = +i\boldsymbol{\sigma}/2\)
🔵 カイ: ブースト生成子の符号が逆になるんですね! 回転では同じだけどブーストで違いが出る。
🟡 リナ: そう。つまり、Dirac スピノルを上 2 成分 \(\psi_L\)(左巻き)と下 2 成分 \(\psi_R\)(右巻き)に分けて
と書くと、回転では \(\psi_L\) と \(\psi_R\) が同じように変換されるけれど、ブーストでは異なる変換を受けるの。
⚪ メイ: さっきの表で \((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\) が 4 成分だったのは、左巻き 2 成分と右巻き 2 成分を一つにまとめているからなのね。
🟡 リナ: その通り。質量 \(m \neq 0\) のとき、Dirac 方程式は \(\psi_L\) と \(\psi_R\) を結合させるの。実際、Lagrangian の質量項 \(m\bar{\psi}\psi\) を左巻き・右巻きで書き直すと \(m(\bar{\psi}_L\psi_R + \bar{\psi}_R\psi_L)\) となって、\(\psi_L\) と \(\psi_R\) が混ざるのが見えるわ。だから質量のある粒子を記述するには、左巻きと右巻きの両方が必要で、4 成分の Dirac スピノルが必然的に登場する。図 5.1「Dirac スピノルの構造」 にこの構造をまとめたわ。スピノル表現の詳細は Appendix B にまとめてあるから、必要に応じて参照してね。
図 5.1: Dirac スピノルの構造。4 成分の Dirac スピノルは左巻き Weyl スピノル \((1/2, 0)\) の 2 成分と右巻き Weyl スピノル \((0, 1/2)\) の 2 成分を合わせたもの。質量項 \(m\bar{\psi}\psi\) が両者を結合する。
✅ 理解度チェック: Lorentz 代数が \(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) に分解されることの物理的帰結を一つ述べてください。
答え
Lorentz 群の表現が 2 つの独立な \(\mathfrak{su}(2)\) スピンの組 \((j_+, j_-)\) で分類できる。これにより、スカラー \((0,0)\)、Weyl スピノル \((1/2, 0)\) や \((0, 1/2)\)、Dirac スピノル \((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\)、ベクトル \((1/2, 1/2)\) などの場が系統的に分類される。
5.3 Dirac 場の Lagrangian と正準量子化の準備¶
🟡 リナ: さて、Dirac 場を量子化する準備に入りましょう。第 3 章で学んだように、場の量子化の第一歩は古典的な Lagrangian (ラグランジアン) 密度を書き下すこと。
🔵 カイ: スカラー場のときは「Euler-Lagrange (オイラー=ラグランジュ) 方程式から Klein-Gordon 方程式が出てくるような Lagrangian を選ぶ」という方針でしたよね。でも Dirac 方程式は 4 成分のスピノルに対する 1 階微分方程式だから、Lagrangian の形もだいぶ違いそうですね。
🟡 リナ: いい直感ね。方針は同じ——「Euler-Lagrange 方程式から Dirac 方程式が出てくるような Lagrangian」を選ぶ。ただし、おっしゃる通り 1 階微分方程式だから、Lagrangian の構造はスカラー場とはかなり異なるわ。答えはこれ:
🔵 カイ: \(\bar{\psi}\) って何ですか? \(\psi^\dagger\) とは違うんですか?
🟡 リナ: いい質問。\(\bar{\psi}\) は Dirac 共役 (Dirac adjoint) と呼ばれるもので、
と定義されるの。なぜ単純に \(\psi^\dagger\) ではなく \(\psi^\dagger \gamma^0\) を使うかというと、\(\bar{\psi}\psi\) が Lorentz スカラー(Lorentz 変換で不変な量)になるためよ。\(\psi^\dagger \psi\) だと Lorentz スカラーにならないの。
🔵 カイ: \(\psi^\dagger \psi\) だと Lorentz スカラーにならないのは分かりましたけど、なぜ \(\gamma^0\) を挟むとうまくいくんですか? \(\gamma^0\) に何か特別な性質があるんですか?
🟡 リナ: いい質問ね。Lorentz 変換(回転やブースト)のもとで、Dirac スピノルは \(\psi \to S\psi\) と変換される。ここで \(S\) は \(4 \times 4\) の変換行列で、どの Lorentz 変換を行うかによって決まるもの。回転の場合 \(S\) はユニタリ(\(S^\dagger S = \mathbf{1}\))だけれど、ブーストの場合は非ユニタリ——つまり \(S^\dagger S \neq \mathbf{1}\) なの。だから \(\psi \to S\psi\) のとき \(\psi^\dagger \psi \to \psi^\dagger S^\dagger S \psi \neq \psi^\dagger \psi\) で不変にならない。
一方、\(\gamma^0\) を挟むと \(\bar{\psi}\psi \to \psi^\dagger S^\dagger \gamma^0 S \psi\) となるんだけど、スピノル表現の性質として \(S^\dagger \gamma^0 S = \gamma^0\) が成り立つの。今はこの関係式を認めてもらえれば十分——導出の詳細は Appendix B を参照してね。この関係式を使えば \(\bar{\psi}\psi \to \psi^\dagger S^\dagger \gamma^0 S \psi = \psi^\dagger \gamma^0 \psi = \bar{\psi}\psi\) となり、Lorentz 不変になる。つまり \(\gamma^0\) がブーストの非ユニタリ性を補償してくれるの。
⚪ メイ: なるほど、\(\psi^\dagger \psi\) だとブーストで壊れるけれど、\(\psi^\dagger \gamma^0 \psi\) なら \(S^\dagger \gamma^0 S = \gamma^0\) のおかげで不変に保たれるのね。
🟡 リナ: その通り。では、この Lagrangian から本当に Dirac 方程式が出てくることを確認しましょう。ここで一つテクニックがあるの。\(\psi\) は複素場だから、実部 \(\psi_{\mathrm{Re}}\) と虚部 \(\psi_{\mathrm{Im}}\) の 2 つの独立な自由度を持つ。変分原理では「独立な自由度それぞれについて Euler-Lagrange 方程式を書く」のが基本だったわね。\(\psi_{\mathrm{Re}}\) と \(\psi_{\mathrm{Im}}\) で変分する代わりに、\(\psi\) と \(\bar{\psi} = \psi^\dagger \gamma^0\)(\(\psi\) のエルミート共役に \(\gamma^0\) を掛けたもの)を独立変数として扱っても、同じ数の方程式が得られるの。これは変数の取り方を変えただけで物理は変わらない——ちょうど \(x, y\) 座標の代わりに \(z = x + iy\), \(z^* = x - iy\) を使うようなものよ。\(\bar{\psi}\) で変分すると Dirac 方程式 \((i\not\!\partial - m)\psi = 0\) が、\(\psi\) で変分するとその共役方程式が得られる。まず \(\bar{\psi}\) に関する Euler-Lagrange 方程式を書くと:
\(\mathcal{L} = \bar{\psi}(i\gamma^\mu \partial_\mu - m)\psi\) を見ると、\(\partial_\mu \bar{\psi}\)(\(\bar{\psi}\) の微分)はどこにも含まれていないから第 2 項はゼロ。第 1 項は、\(\mathcal{L}\) を \(\bar{\psi}\) について「微分」する——正確には各スピノル成分 \(\bar{\psi}_\alpha\)(\(\alpha = 1, 2, 3, 4\))について微分するの。\(\mathcal{L} = \bar{\psi}(i\gamma^\mu \partial_\mu - m)\psi = \sum_{\alpha=1}^{4} \bar{\psi}_\alpha [(i\gamma^\mu \partial_\mu - m)\psi]_\alpha\)(ここで添字 \(\alpha\) はスピノルの 4 成分を走る)は各 \(\bar{\psi}_\alpha\) について線形(1 次で掛かっているだけ)だから、\(\bar{\psi}_\alpha\) で微分すると、ちょうど \(y = ax\) を \(x\) で微分して \(a\) が残るのと同じように、\(\bar{\psi}_\alpha\) を取り除いた残りがそのまま出てくる:
これが \(\alpha = 1, 2, 3, 4\) の 4 本あって、まとめて書けば \((i\gamma^\mu \partial_\mu - m)\psi = 0\)——Dirac 方程式そのものね。
🔵 カイ: おお、\(\bar{\psi}\) で変分するだけで Dirac 方程式がそのまま出てくるんですね! Lagrangian がうまく設計されている。
共役運動量——スカラー場との大きな違い¶
🟡 リナ: 次に、正準量子化に必要な共役運動量を計算するわ。\(\psi\) に共役な運動量は
\(\mathcal{L} = \bar{\psi}(i\gamma^\mu \partial_\mu - m)\psi\) を展開すると、\(\dot{\psi} = \partial_0 \psi\) を含む項は \(\mu = 0\) の項だけで、\(i\bar{\psi}\gamma^0 \partial_0 \psi\) よ。この項は \(\dot{\psi}\) について線形(\(\dot{\psi}\) が 1 次で掛かっているだけ)だから、\(\dot{\psi}\) で「微分する」とは \(\dot{\psi}\) の係数を取り出す操作——ちょうど \(f = a\dot{\psi}\) を \(\dot{\psi}\) で微分して \(a\) が残るのと同じ。したがって
\(\bar{\psi} = \psi^\dagger \gamma^0\) を代入すると \(\Pi = i\psi^\dagger (\gamma^0)^2 = i\psi^\dagger\)。ここで \((\gamma^0)^2 = \mathbf{1}\)(Clifford 代数 (5.1) で \(\mu = \nu = 0\) とした結果)を使ったわ。
🔵 カイ: あれ、共役運動量が \(i\psi^\dagger\) ? スカラー場のときは \(\pi = \dot{\phi}\) で、\(\phi\) とは独立な量だったのに……。
🟡 リナ: そう、これが Dirac 場の大きな特徴よ。Dirac 方程式は時間について 1 階の微分方程式だから、初期条件として \(\psi\) だけ指定すれば時間発展が完全に決まる。\(\dot{\psi}\) は独立な自由度ではないの。共役運動量が \(\psi^\dagger\) そのもので書けるのは、この事実の反映よ。
⚪ メイ: つまり、スカラー場では \(\phi\) と \(\dot{\phi}\) の 2 つが独立な初期条件だったけれど、Dirac 場では \(\psi\) だけで十分ということね。1 階方程式だから当然と言えば当然だわ。
Hamiltonian 密度¶
🟡 リナ: Legendre (ルジャンドル) 変換で Hamiltonian (ハミルトニアン) 密度を求めましょう:
Lagrangian を \(\mathcal{L} = i\bar{\psi}\gamma^0\partial_0\psi + i\bar{\psi}\gamma^j\partial_j\psi - m\bar{\psi}\psi\) と展開すると、\(\bar{\psi}\gamma^0 = \psi^\dagger(\gamma^0)^2 = \psi^\dagger\) だから第 1 項は \(i\psi^\dagger \dot{\psi}\)。これは \(\Pi\dot{\psi} = i\psi^\dagger \dot{\psi}\) と同じだから、\(\mathcal{H} = \Pi\dot{\psi} - \mathcal{L}\) で \(i\psi^\dagger\dot{\psi}\) がキャンセルして、
🔵 カイ: 時間微分の項が消えて、空間微分と質量項だけが残るんですね。
🟡 リナ: そう。ここで \(\bar{\psi} = \psi^\dagger\gamma^0\) を代入すると \(\bar{\psi}\gamma^j = \psi^\dagger\gamma^0\gamma^j\) かつ \(m\bar{\psi}\psi = m\psi^\dagger\gamma^0\psi\) だから、
ここで \(\boldsymbol{\gamma} \cdot \nabla \equiv \gamma^1\partial_1 + \gamma^2\partial_2 + \gamma^3\partial_3 = \gamma^j\partial_j\) と定義すると、両項とも左端に \(\psi^\dagger\)(\(1 \times 4\) の行ベクトル)が、右端に \(\psi\)(\(4 \times 1\) の列ベクトル)があるから、間に挟まれた \(4 \times 4\) 行列をまとめて括弧に入れられる:
ここでは、\(\psi^\dagger\)(\(1 \times 4\) の行ベクトル)と \(\psi\)(\(4 \times 1\) の列ベクトル)の間に挟まれた \(4 \times 4\) 行列をまとめて括弧に入れただけ——行列の積 \(\psi^\dagger M \psi\) の形ね。
あるいは、Dirac 方程式 \((i\gamma^\mu\partial_\mu - m)\psi = 0\) を展開すると \(i\gamma^0\partial_0\psi = -i\gamma^j\partial_j\psi + m\psi\)。左から \(\gamma^0\) を掛けて(\((\gamma^0)^2 = \mathbf{1}\) を使って)\(i\partial_0\psi = (-i\gamma^0\boldsymbol{\gamma}\cdot\nabla + m\gamma^0)\psi\)。これは式 (5.9) の括弧内そのものだから、運動方程式を満たす場に対しては(このような状況を「質量殻上 (on-shell)」と呼ぶわ——場が運動方程式を満たしている状態のこと)、
とシンプルに書けるわ。量子化の際には Heisenberg 描像を使うから、場の演算子は運動方程式(Dirac 方程式)を満たす——第 4 章でスカラー場が Klein-Gordon 方程式を満たしたのと同じ構造ね。だからこの表現を使って問題ないの。
✅ 理解度チェック: Dirac 場の共役運動量がスカラー場の場合と本質的に異なる点を述べてください。
答え
スカラー場では \(\pi = \dot{\phi}\) で、\(\phi\) と \(\dot{\phi}\) は独立な変数。Dirac 場では \(\Pi = i\psi^\dagger\) で、共役運動量が場 \(\psi\) の複素共役で直接書ける。これは Dirac 方程式が時間について 1 階微分であることの反映。
5.4 交換関係で量子化してみる——そして破綻へ¶
🟡 リナ: さあ、いよいよ量子化よ。第 4 章と同じ手順で、場 \(\psi\) と共役運動量 \(\psi^\dagger\) を演算子に昇格させるわ。
まず、あえてスカラー場と同じように交換関係を課してみる。なぜ「あえて」かというと、これが間違いだということを体験してもらうためよ。
🔵 カイ: 間違いを先にやるんですか?
🟡 リナ: 「なぜ反交換関係が必要なのか」を理解する最良の方法は、「交換関係だとどこが壊れるか」を実際に見ることだから。
モード展開¶
🟡 リナ: まず、Dirac 方程式の平面波解で場を展開するわ。相対論的なエネルギーと運動量の関係 \(E^2 = |\boldsymbol{p}|^2 + m^2\) は \(E = +\sqrt{|\boldsymbol{p}|^2 + m^2}\) と \(E = -\sqrt{|\boldsymbol{p}|^2 + m^2}\) の 2 つの解を許す。Dirac 方程式もこの 2 種類の解を持つの——正エネルギー解 \(u^s(\boldsymbol{p})e^{-ip \cdot x}\)(\(p^0 = E_{\boldsymbol{p}} > 0\))と負エネルギー解 \(v^s(\boldsymbol{p})e^{+ip \cdot x}\) よ。一般解はこれらの重ね合わせ:
ここで積分測度の規約は \(\int \frac{d^3p}{(2\pi)^3}\) を採用しているわ(第 4 章では \(\int \frac{d^3p}{(2\pi)^{3/2}}\) を使ったけれど、こちらの方が後の章で相互作用の散乱振幅を計算する際に \((2\pi)\) の因子が整理しやすいため、本章以降はすべてこの規約で統一するわ。第 4 章の結果を引用するときは、この規約の違いに注意してね)。規約の違いは \((2\pi)\) の因子がどこに現れるかを変えるだけで、物理的な結果(確率や断面積)には影響しないの。たとえて言えば、長さを「メートル」で測るか「センチメートル」で測るかの違いのようなもの——数値は変わるけれど物理は同じよ。具体的には、第 4 章の規約では交換関係の右辺が \(\delta^{(3)}(\boldsymbol{p} - \boldsymbol{q})\) だったけれど、本章の規約では \((2\pi)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{p} - \boldsymbol{q})\) になるわ。同様に、1粒子状態の規格化も \(\langle\boldsymbol{p}|\boldsymbol{q}\rangle = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{p} - \boldsymbol{q})\) に変わる。これは積分測度の \((2\pi)^3\) を演算子の規格化に吸収させるか、(反)交換関係の右辺に残すかの違いにすぎないの。この規約変更に合わせて、以下の場の(反)交換関係の右辺にも \((2\pi)^3\) が現れることに注意してね。
式 (5.11) の両辺のエルミート共役を取ると、演算子は \(\hat{b}^s \to \hat{b}^{s\dagger}\), \(\hat{c}^{s\dagger} \to \hat{c}^s\) と入れ替わり、スピノルは \(u^s \to u^{s\dagger}\), \(v^s \to v^{s\dagger}\) となり、指数関数は \((e^{-ip\cdot x})^* = e^{+ip\cdot x}\), \((e^{+ip\cdot x})^* = e^{-ip\cdot x}\) と符号が反転する。さらに右から \(\gamma^0\) を掛けると、\(u^{s\dagger}\gamma^0 = \bar{u}^s\), \(v^{s\dagger}\gamma^0 = \bar{v}^s\)(Dirac 共役の定義)となる。結果は
ここで:
- \(E_{\boldsymbol{p}} = \sqrt{|\boldsymbol{p}|^2 + m^2}\)
-
\(s = 1, 2\) はスピンの自由度(上向き・下向き) ここで記法を確認しておくわ。\(p \cdot x \equiv p^\mu x_\mu = E_{\boldsymbol{p}}t - \boldsymbol{p}\cdot\boldsymbol{x}\) は第 4 章で導入した 4 元内積の記法(第 2 章の計量の符号規約 \((+,-,-,-)\) に対応)。\(\not\!p \equiv \gamma^\mu p_\mu = \gamma^0 E_{\boldsymbol{p}} - \boldsymbol{\gamma}\cdot\boldsymbol{p}\) はスラッシュ記法の運動量版よ。
-
\(u^s(\boldsymbol{p})\):正エネルギースピノル——Dirac 方程式に平面波解 \(\psi = u\, e^{-ip \cdot x}\) を代入すると、\(\partial_\mu e^{-ip\cdot x} = -ip_\mu\, e^{-ip\cdot x}\) だから、Dirac 方程式は \((\not\!p - m)u\,e^{-ip\cdot x} = 0\) となり、\(e^{-ip\cdot x} \neq 0\) で割って
を得る。これが \(u^s\) の満たす方程式よ。各運動量 \(\boldsymbol{p}\) に対してスピンの 2 自由度に対応する 2 つの独立解 \(u^1, u^2\) がある。具体的な形は \(\gamma\) 行列の表現に依存するけれど、今の議論では「\((\not\!p - m)u = 0\) を満たす 4 成分スピノルが 2 つある」ということだけ知っておけば十分よ。イメージを持つために静止系 \(\boldsymbol{p} = \boldsymbol{0}\) の場合だけ見ておくと、\(\not\!p = \gamma^0 m\) だから方程式は \((\gamma^0 - 1)m\,u = 0\)、つまり \(\gamma^0 u = u\)。カイラル表現では \(\gamma^0\) は上下 2 成分を入れ替える行列だから、\(u^1\) と \(u^2\) は上 2 成分と下 2 成分が等しいスピノルになるの。一般の \(\boldsymbol{p}\) での具体的な形は Appendix B を参照してね - \(v^s(\boldsymbol{p})\):負エネルギースピノル(歴史的な名称。後で見るように、場の量子論では \(\hat{c}^\dagger\) が正エネルギーの反粒子を生成するので、「負エネルギー」は古典的な方程式の解としての分類名にすぎない)。
ここで注意すべき規約がある:$p^0 = E_{\boldsymbol{p}} > 0$ は変えずに、指数の符号を $e^{+ip\cdot x}$ とするの。こうする理由は、モード展開では運動量 $\boldsymbol{p}$ の積分を $-\infty$ から $+\infty$ まで行うから、$p^0 = E_{\boldsymbol{p}} > 0$ と固定しておく方が積分の構造がきれいになるため。
時間依存性は $e^{+iE_{\boldsymbol{p}}t}$ となる。量子力学で学んだように、エネルギー $E$ の定常状態の時間依存性は $e^{-iEt}$(自然単位系)だったわね。$e^{+iE_{\boldsymbol{p}}t} = e^{-i(-E_{\boldsymbol{p}})t}$ と書き直せば、これは形式的にエネルギー $-E_{\boldsymbol{p}}$ の解に対応する——だから「負エネルギー解」と呼ばれるの。
$v^s$ が満たす方程式を導こう。$\psi = v\, e^{+ip \cdot x}$ を Dirac 方程式 $(i\gamma^\mu\partial_\mu - m)\psi = 0$ に代入するわ。$v$ は定数スピノルだから微分は $e^{+ip\cdot x}$ にだけ作用して、$\partial_\mu e^{+ip\cdot x} = (+ip_\mu)\,e^{+ip\cdot x}$。これを代入すると
ここで、最初の \(i\) は Dirac 方程式の演算子 \(i\gamma^\mu\partial_\mu\) に元からある \(i\)、\((+ip_\mu)\) の \(i\) は微分から出てきた \(i\) よ。2 つの \(i\) を掛け合わせると \(i \times i = i^2 = -1\)。残りの \(\gamma^\mu p_\mu\) はスラッシュ記法で \(\not\!p\) だから、
Dirac 方程式の全体は \((i\gamma^\mu\partial_\mu - m)\psi = 0\) だから、\(\psi = v\,e^{+ip\cdot x}\) を代入すると \((i\gamma^\mu\partial_\mu - m)(v\,e^{+ip\cdot x}) = 0\)。左辺の第 1 項は先ほど計算した \(-\not\!p\, v\, e^{+ip\cdot x}\)、第 2 項は \(-m\,v\,e^{+ip\cdot x}\)。合わせて \((-\not\!p - m)v\,e^{+ip\cdot x} = 0\) となり、両辺に \(-1\) を掛けて \((\not\!p + m)v\,e^{+ip\cdot x} = 0\)。\(e^{+ip\cdot x} \neq 0\) で割って
を得る。
🔵 カイ: \(u\) は \((\not\!p - m)u = 0\) で、\(v\) は \((\not\!p + m)v = 0\)——質量項の符号が逆なんですね。
🟡 リナ: その通り。これらのスピノルは直交性と完全性関係を満たすの。詳細は後で使うときに説明するけれど、ここでは一つだけ重要な事実を述べておくわ:\(u^1, u^2, v^1, v^2\) の 4 本のスピノルは 4 次元空間の完全基底を成す。つまり、任意の 4 成分スピノルはこれら 4 本の線形結合で書ける。完全性関係の具体的な形は
よ。右辺が \(\not\!p \pm m\) という \(4 \times 4\) 行列になるのは、\(u\bar{u}\) が「列ベクトル \(\times\) 行ベクトル」で行列を作るから——たとえば 2 成分の場合、\(\begin{pmatrix} a \\ b \end{pmatrix}(c\ d) = \begin{pmatrix} ac & ad \\ bc & bd \end{pmatrix}\) のように、列ベクトルと行ベクトルの積は行列になるでしょう? 4 成分でも同じことが起きるの。なぜ右辺がこの特定の形になるかは、\(u^s\) が \((\not\!p - m)u^s = 0\) を満たすことから理解できる——\(\not\!p + m\) は「\(u\) が住んでいる 2 次元部分空間への射影演算子」の役割を果たしているの(正確には \(2m\) で割ると射影演算子 \((\not\!p + m)/(2m)\) になる)。同様に \(-(\not\!p - m)/(2m)\) が \(v\) の部分空間への射影演算子になる。\(u\bar{u}\) と \(v\bar{v}\) で質量項の符号が逆(\(+m\) と \(-m\))であることに注目しておいて。これは後の計算で繰り返し使うわ。 表 5.2: Dirac 場のモード展開に現れる演算子
| 演算子 | 役割 | \(\hat{\psi}\) での位置 | エネルギー符号 |
|---|---|---|---|
| \(\hat{b}^s_{\boldsymbol{p}}\) | 粒子の消滅 | 正エネルギー項 | \(e^{-ip\cdot x}\) |
| \(\hat{b}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}}\) | 粒子の生成 | (\(\hat{\bar{\psi}}\) 中) | \(e^{+ip\cdot x}\) |
| \(\hat{c}^s_{\boldsymbol{p}}\) | 反粒子の消滅 | (\(\hat{\bar{\psi}}\) 中) | \(e^{-ip\cdot x}\) |
| \(\hat{c}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}}\) | 反粒子の生成 | 負エネルギー項 | \(e^{+ip\cdot x}\) |
🔵 カイ: 実スカラー場のときは \(\hat{a}\) と \(\hat{a}^\dagger\) の 1 組だけだったのに、今度は \(\hat{b}\) と \(\hat{c}\) の 2 組あるんですね。なぜ \(\hat{\psi}\) の中に消滅演算子 \(\hat{b}\) と生成演算子 \(\hat{c}^\dagger\) が混在しているんですか?
🟡 リナ: いい質問。Dirac 場は粒子と反粒子の両方を記述するから、2 組必要なの。これは第 4 章の複素スカラー場で \(\hat{a}\)(粒子)と \(\hat{b}\)(反粒子)の 2 組が必要だったのと同じ理由よ。\(\hat{\psi}\) の中に \(\hat{c}^\dagger\)(反粒子の生成演算子)が入っているのも複素スカラー場と同じ構造——場の演算子は「粒子を消滅させる」か「反粒子を生成する」かのどちらかの働きをするの。
交換関係を課す——不吉な符号¶
🟡 リナ: では、スカラー場のときと同じように等時刻交換関係を課してみましょう。スカラー場では \([\hat{\phi}(\boldsymbol{x}), \hat{\pi}(\boldsymbol{y})] = i\delta^{(3)}(\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})\) だった。Dirac 場では共役運動量が \(\Pi_\alpha = i\psi^\dagger_\alpha\) だから、正準交換関係 \([\hat{\psi}_\alpha(\boldsymbol{x}), \hat{\Pi}_\beta(\boldsymbol{y})] = i\delta_{\alpha\beta}\delta^{(3)}(\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})\) に \(\hat{\Pi}_\beta = i\hat{\psi}^\dagger_\beta\) を代入すると \([\hat{\psi}_\alpha, i\hat{\psi}^\dagger_\beta] = i\delta_{\alpha\beta}\delta^{(3)}\)。定数 \(i\) は交換子の外に出せる(\([A, cB] = c[A, B]\))から \(i[\hat{\psi}_\alpha, \hat{\psi}^\dagger_\beta] = i\delta_{\alpha\beta}\delta^{(3)}\)、両辺を \(i\) で割って \([\hat{\psi}_\alpha, \hat{\psi}^\dagger_\beta] = \delta_{\alpha\beta}\delta^{(3)}\)。これは位置空間での交換関係よ。右辺に \((2\pi)^3\) がないことに注意してね。モード展開の積分測度が \(\int \frac{d^3p}{(2\pi)^3}\) だから、位置空間の \(\delta^{(3)}(\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})\) を Fourier 変換で運動量空間に翻訳すると、積分測度の \((2\pi)^3\) が交換関係の右辺に移って \((2\pi)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{p} - \boldsymbol{q})\) の形になるの(式 (5.15) を参照)。だから \(\hat{\psi}\) と \(\hat{\psi}^\dagger\) の交換関係として書くわ:
ここで \(\alpha, \beta = 1, 2, 3, 4\) は Dirac スピノルの成分。この場の交換関係を、モード展開 (5.11) を使って生成・消滅演算子の交換関係に翻訳してみましょう。
🟡 リナ: モード展開を式 (5.13) の左辺に代入すると、\(e^{\pm ip \cdot x}\) と \(e^{\pm iq \cdot y}\) の積が現れる。空間積分 \(\int d^3x\, e^{i(\boldsymbol{p} - \boldsymbol{q})\cdot\boldsymbol{x}} = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{p} - \boldsymbol{q})\) を使って運動量を揃えると、\(\hat{b}\) の項と \(\hat{c}\) の項が分離する。ポイントは、\(\hat{\psi}\) の中に \(\hat{c}^\dagger\) が、\(\hat{\psi}^\dagger\) の中に \(\hat{c}\) が入っていること(式 (5.11) を見返してみて)。だから \([\hat{\psi}, \hat{\psi}^\dagger]\) を計算すると、\(\hat{c}\) に関する項は \([\hat{c}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}},\, \hat{c}^s_{\boldsymbol{p}}]\) の順序——つまり生成演算子が先——で現れるの。
🔵 カイ: あ、\([\hat{c}^\dagger, \hat{c}] = -[\hat{c}, \hat{c}^\dagger]\) だから、\(\hat{b}\) の項とは符号が逆になるんですね。
🟡 リナ: その通り。ここで「スピノルの直交性」を使うの。これは異なるスピン状態のスピノルの内積がゼロになるという性質——量子力学で \(\langle +|-\rangle = 0\) だったのと同じ構造よ。具体的には \(u^{r\dagger}(\boldsymbol{p})\,u^s(\boldsymbol{p}) \propto \delta^{rs}\)(異なるスピン \(r \neq s\) ではゼロ)、\(u^{r\dagger}(\boldsymbol{p})\,v^s(\boldsymbol{p}) = 0\)(正エネルギーと負エネルギーのスピノルは直交)という関係ね。これを使って整理すると、式 (5.13) の左辺は
という構造になる。
🔵 カイ: 第 2 項が \([\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s]\) の順で出てくるのは分かりました。でも、これがなぜ最終的に \([\hat{c}, \hat{c}^\dagger]\) にマイナスをつけることになるんですか?
🟡 リナ: 右辺の \(\delta_{\alpha\beta}\,\delta^{(3)}(\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})\) と左辺を比較するために、両辺を同じ形に揃える必要があるの。核心だけ説明するわね。
左辺には \(\hat{b}\) の項と \(\hat{c}\) の項がある。\(\hat{b}\) の項は \([\hat{b}, \hat{b}^\dagger]\) の形で素直に出てくる。一方、\(\hat{c}\) の項は \([\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s]\) の順で現れるから、標準的な順序に直すと \([\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s] = -[\hat{c}^s, \hat{c}^{s\dagger}]\)——マイナスが出る。
一方、右辺の \(\delta_{\alpha\beta}\,\delta^{(3)}(\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})\) を運動量空間で展開する必要があるわ。今の計算では \([\hat{\psi}, \hat{\psi}^\dagger]\) を扱っているから、\(\hat{\psi}^\dagger\) のモード展開に現れるのは \(u^{s\dagger}\) と \(v^{s\dagger}\)(エルミート共役)よ。これは先ほどの \(\bar{u}^s = u^{s\dagger}\gamma^0\)(Dirac 共役)とは異なる量——\(u\bar{u}\) は Lorentz 共変な \(4 \times 4\) 行列だけど、\(uu^\dagger\) は単純に列ベクトル×行ベクトルで作った行列ね。完全性関係を使って右辺を分解する必要があるの。技術的な詳細は練習問題 問題 M-1. 交換関係による量子化の破綻 に譲るけれど、結論だけ述べると:\(u^1, u^2, v^1, v^2\) の 4 本のスピノルは 4 次元空間の完全基底を成す(量子力学の完全性関係 \(\sum_n |n\rangle\langle n| = \hat{1}\) の類似物)。この完全性関係を使って右辺の \(\delta_{\alpha\beta}\,\delta^{(3)}(\boldsymbol{x} - \boldsymbol{y})\) を \(u\) の寄与と \(v\) の寄与に分解すると、どちらも正の係数で現れるの。つまり右辺は「\(u\) の部分 = 正」+「\(v\) の部分 = 正」という構造。
左辺と右辺を項ごとに対応させると(\(u\) と \(v\) の完全性関係から、右辺の \(\delta_{\alpha\beta}\delta^{(3)}\) は \(u\) の寄与と \(v\) の寄与にそれぞれ正の係数で分解される):
- \(\hat{b}\) の項(\(u\) に対応):\([\hat{b}, \hat{b}^\dagger] = +\delta\) → 整合する ✓
- \(\hat{c}\) の項(\(v\) に対応):\(-[\hat{c}, \hat{c}^\dagger] = +\delta\) → \([\hat{c}, \hat{c}^\dagger] = -\delta\) が必要 ✗
この \(-\delta\) が致命的なマイナス符号よ。ポイントを整理すると、\(\hat{\psi}\) の中で正エネルギー項には消滅演算子 \(\hat{b}\) が入り、負エネルギー項には生成演算子 \(\hat{c}^\dagger\) が入っている。この非対称な構造のせいで、交換子を取ったときに \(\hat{c}\) の項だけ逆順 \([\hat{c}^\dagger, \hat{c}]\) で現れ、マイナス符号の根源になるの。完全性関係の導出を含む技術的な詳細は練習問題 問題 M-1. 交換関係による量子化の破綻 で扱うわ。
🔵 カイ: なるほど……つまり、\(\hat{\psi}\) の中に \(\hat{c}^\dagger\)(生成演算子)が入っているから、\([\hat{\psi}, \hat{\psi}^\dagger]\) を計算すると \(\hat{c}\) の項は \(\hat{c}^\dagger\hat{c}\) の順——生成が先——で出てくるんですね。でも、なぜモード展開で正エネルギー項には消滅演算子 \(\hat{b}\) が入って、負エネルギー項には生成演算子 \(\hat{c}^\dagger\) が入るんですか? 逆じゃダメなんですか?
🟡 リナ: いい質問ね。それは「真空を消滅演算子で消す」という条件 \(\hat{b}|0\rangle = \hat{c}|0\rangle = 0\) と、場の演算子が正しい時間依存性を持つことの両方を満たすために、この組み合わせが唯一の選択肢になるの。\(\hat{b}\) の項は \(e^{-ip\cdot x}\)(正の振動数)で、\(\hat{c}^\dagger\) の項は \(e^{+ip\cdot x}\)(負の振動数)——こうすることで、\(\hat{\psi}\) が Dirac 方程式を満たしつつ、真空が最低エネルギー状態になるのよ。結果は——
🔵 カイ: えっ、\([\hat{c}, \hat{c}^\dagger]\) の前にマイナスがついてる!
🟡 リナ: そう。これが致命的なの。このマイナス符号が物理的にどんな問題を引き起こすか見てみましょう。
✅ 理解度チェック: 式 (5.15b) の \([\hat{c}, \hat{c}^\dagger]\) にマイナス符号が現れる根源は何か。
答え
モード展開 (5.11) で \(\hat{\psi}\) の負エネルギー項に \(\hat{c}^\dagger\)(生成演算子)が入っているため、\([\hat{\psi}, \hat{\psi}^\dagger]\) を計算すると \(\hat{c}\) の項は \([\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s] = -[\hat{c}^s, \hat{c}^{s\dagger}]\) の順で現れる。一方、右辺の \(\delta\) 関数をスピノルの完全性関係で展開すると \(v\) の寄与は正の係数で現れるため、両辺を比較すると \([\hat{c}, \hat{c}^\dagger] = -\delta\) が必要になる。
🔵 カイ: なるほど、構造は分かりました。でも、このマイナスが物理的にどんな問題を起こすんですか? 数学的に符号が変わるだけなら、大したことないかもしれないし……。
🟡 リナ: いい質問。「たかが符号」が実は致命的なの。それをこれから見ていきましょう。
Hamiltonian の計算——エネルギーが底なし¶
🟡 リナ: では、このマイナス符号が物理的にどんな災厄を引き起こすか見てみましょう。Hamiltonian にモード展開を代入するわ。
\(\hat{H} = \int d^3x\, \hat{\psi}^\dagger\, i\partial_0\, \hat{\psi}\) にモード展開を代入して整理すると(途中計算は少し長いけれど、3 つのポイントがあるわ。第一に、\(i\partial_0\) が正エネルギー解 \(e^{-ip\cdot x}\) に作用すると \(i \times (-iE_{\boldsymbol{p}}) = +E_{\boldsymbol{p}}\) を、負エネルギー解 \(e^{+ip\cdot x}\) に作用すると \(i \times (+iE_{\boldsymbol{p}}) = -E_{\boldsymbol{p}}\) を生む——この \(-E_{\boldsymbol{p}}\) が式 (5.16) の \(\hat{c}\) 項のマイナス符号の直接の原因よ。第二に、\(\hat{\psi}^\dagger\) と \(\hat{\psi}\) の積を展開すると \(\hat{b}^\dagger\hat{b}\), \(\hat{c}\hat{c}^\dagger\), \(\hat{b}^\dagger\hat{c}^\dagger\), \(\hat{c}\hat{b}\) の 4 種類の項が現れるけれど、交差項(\(\hat{b}^\dagger\hat{c}^\dagger\) と \(\hat{c}\hat{b}\))は異なる運動量の指数関数 \(e^{\pm i(\boldsymbol{p}+\boldsymbol{q})\cdot\boldsymbol{x}}\) を含むため、空間積分 \(\int d^3x\) でゼロになるの(スピノルの直交性 \(u^\dagger v = 0\) も使う)。第三に、残った \(\hat{c}\hat{c}^\dagger\) の順序——\(\hat{\psi}^\dagger\) の中の \(\hat{c}\) と \(\hat{\psi}\) の中の \(\hat{c}^\dagger\) が掛け合わさるので、生成演算子が右に来る——この順序は次のステップで並べ替えるときに効いてくるわ。詳細は練習問題 問題 M-1. 交換関係による量子化の破綻 で確認してね):
🔵 カイ: \(\hat{c}\hat{c}^\dagger\) の項にマイナスがついてますね。これを交換関係で並べ替えると……。
🟡 リナ: 交換関係 (5.15b) を使って \(\hat{c}\hat{c}^\dagger = \hat{c}^\dagger\hat{c} + [\hat{c}, \hat{c}^\dagger]\) と書き換えると、
\([\hat{c}, \hat{c}^\dagger] = -(2\pi)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{0})\) だから、
無限の定数項はスカラー場のときと同様に正規順序で除去するとして、Hamiltonian は
🔵 カイ: \(\hat{c}^\dagger\hat{c}\) の前にマイナスがある……ということは、反粒子を生成するたびにエネルギーが下がる!?
🟡 リナ: そう。\(\hat{c}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}}\) で反粒子を 1 個生成するたびにエネルギーが \(-E_{\boldsymbol{p}}\) だけ変化する。反粒子をいくらでも生成できるから、エネルギーはいくらでも下がる——下に非有界(unbounded below)になるの。
⚪ メイ: つまり、安定な真空状態が存在しない。いくらでもエネルギーの低い状態を作れてしまう。これは物理的に許容できないわね。
🟡 リナ: まさにそう。交換関係で Dirac 場を量子化すると、理論が破綻する。これが「あえて間違いを体験する」と言った理由よ。図 5.2「交換関係と反交換関係でのエネルギースペクトルの比較」 でこの違いを視覚的に比較しているわ(反交換関係を使った場合の結果は次のセクションで導出するけれど、結論を先取りして対比しておくわね)。
図 5.2: 交換関係と反交換関係でのエネルギースペクトルの比較。交換関係では反粒子を生成するたびにエネルギーが下がり \(E \to -\infty\)(安定な真空なし)。反交換関係ではエネルギーは正定値(5.5「反交換関係の導入——すべてを救う処方箋」 で導出)で、各状態に最大 1 個しか入れない(5.6「Pauli の排他原理——反交換関係の贈り物」 で導出)。
✅ 理解度チェック: Dirac 場を交換関係で量子化したとき、Hamiltonian のエネルギーが下に非有界になる理由を、式 (5.17) を参照しながら説明してみましょう。「安定な真空状態が存在しない」とはどういう意味かも含めて答えてください。
答え
式 (5.17) で \(\hat{c}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}}\hat{c}^s_{\boldsymbol{p}}\) の前にマイナス符号がついているため、反粒子の数演算子 \(\hat{N}_c = \hat{c}^\dagger\hat{c}\) が増えるほどエネルギーが下がる。交換関係では \(\hat{N}_c\) の固有値は \(0, 1, 2, \ldots\) と上限なく増やせるため、エネルギーは \(-\infty\) まで下がる。したがって、それ以上エネルギーを下げられない最低エネルギー状態(真空)が定義できず、安定な真空が存在しない。
5.5 反交換関係の導入——すべてを救う処方箋¶
🟡 リナ: 交換関係が破綻した。では、どうすればいいか。答えは——交換関係の代わりに反交換関係を課す。
ここで \(\{A, B\} \equiv AB + BA\) は反交換子 (anticommutator) よ。
🔵 カイ: 交換子 \([A, B] = AB - BA\) がマイナスだったのを、プラスに変えるだけ? そんな簡単な変更で、さっきの \([\hat{c}^\dagger, \hat{c}]\) のマイナス符号の問題が解決するんですか?
🟡 リナ: たった一つの符号の変更だけど、すべてが変わるの。実際に見てみましょう。場の反交換関係 (5.18) をモード展開に翻訳するわ。計算の構造は交換関係のとき(式 (5.13) → (5.15a,b))と全く同じ——違いは \([A, B] = AB - BA\) が \(\{A, B\} = AB + BA\) に変わるだけ。\(v\) の項は今回も \(\{\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s\}\) の順で現れるけれど、反交換子は対称 \(\{A, B\} = \{B, A\}\) だから \(\{\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s\} = \{\hat{c}^s, \hat{c}^{s\dagger}\}\)——交換関係のときのようなマイナスが出ない。結果は:
その他はすべてゼロ:
⚪ メイ: \(\hat{c}\) の反交換関係 (5.20b) にはマイナス符号がない! 交換関係のとき (5.15b) にあった不吉なマイナスが消えている!
🟡 リナ: その通り。なぜマイナスが消えるか、交換関係のときと対比してみましょう。
交換関係のとき:\([\hat{\psi}, \hat{\psi}^\dagger]\) を計算すると、\(v\) の項は \([\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s]\) の順で現れた。これを標準的な順序に直すと \([\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s] = -[\hat{c}^s, \hat{c}^{s\dagger}]\)——マイナスが出る。
反交換関係のとき:\(\{\hat{\psi}, \hat{\psi}^\dagger\}\) を計算すると、同じく \(v\) の項は \(\{\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s\}\) の順で現れる。でも反交換子の定義 \(\{A, B\} = AB + BA\) は対称だから、\(\{\hat{c}^{s\dagger}, \hat{c}^s\} = \{\hat{c}^s, \hat{c}^{s\dagger}\}\)——順序を入れ替えてもマイナスが出ない。
🔵 カイ: なるほど! 交換子は反対称 \([A, B] = -[B, A]\) だから順序を直すとマイナスが出るけど、反交換子は対称 \(\{A, B\} = \{B, A\}\) だからマイナスが出ない——そこが決定的な違いなんですね。
🟡 リナ: この違いが決定的なの。だから \(v\) の項でも \(\{\hat{c}, \hat{c}^\dagger\}\) がそのまま正の係数で現れ、式 (5.20b) にマイナス符号が生じないの。この効果が Hamiltonian にどう反映されるか、次の再計算で具体的に見ていきましょう。
Hamiltonian の再計算——エネルギーが正定値に¶
🟡 リナ: Hamiltonian をもう一度計算しましょう。式 (5.16) の
は変わらない。違うのは、\(\hat{c}\hat{c}^\dagger\) を並べ替えるときに反交換関係を使うこと。交換関係のときは \([A, B] = AB - BA\) を変形して \(AB = BA + [A, B]\)(\(+\) で繋がる)だったけれど、反交換関係では \(\{A, B\} = AB + BA\) を変形して \(AB = -BA + \{A, B\}\)(\(-\) で繋がる)——この符号の違いが決定的よ:
\(\{\hat{c}, \hat{c}^\dagger\} = (2\pi)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{0})\)(今度はプラス!)だから、
🔵 カイ: おお、元のマイナスと並べ替えのマイナスが打ち消し合って、\(\hat{c}^\dagger\hat{c}\) の前がプラスになった!
🟡 リナ: \((2\pi)^3\delta^{(3)}(\boldsymbol{0})\) は第 4 章と同様に体積 \(V \to \infty\) の極限で発散する定数。フェルミオンの正規順序は、ボソンの場合と同様に「生成演算子を消滅演算子の左に並べ替え、その過程で出てくる c-数を捨てる」操作だけれど、一つ違いがある——フェルミオン演算子を 1 回入れ替えるごとにマイナス符号がつくの(反交換関係の反映)。今の場合は \(\hat{c}\hat{c}^\dagger\) を \(\hat{c}^\dagger\hat{c}\) に並べ替えるだけだから、定数項を捨てれば
⚪ メイ: マイナスがプラスに変わった! 粒子も反粒子もエネルギーに正の寄与をする!
🔵 カイ: 図 5.2「交換関係と反交換関係でのエネルギースペクトルの比較」 の右側で示した「反交換関係ならエネルギーが正定値」が、まさにこの式 (5.21) のことなんですね。でも待ってください、正規順序で無限の定数を捨てるのは、ボソンのときと同じ処方箋ですよね。フェルミオンでも同じように正当化できるんですか?
🟡 リナ: いい質問ね。正規順序の物理的正当化はボソンのときと同じ——「真空のエネルギーをゼロと定義する」という処方箋よ。観測可能なのはエネルギーの差だけだから、全体に定数を足し引きしても物理は変わらないの。フェルミオンの場合も同じ論理が使えるわ。
🔵 カイ: なるほど、「絶対的なエネルギーのゼロ点は測れない」から、真空を基準にしてそこからの差だけを物理量とする——ボソンでもフェルミオンでも同じ考え方なんですね。
🟡 リナ: さて、\(E_{\boldsymbol{p}} > 0\) で、数演算子 \(\hat{b}^\dagger\hat{b}\) と \(\hat{c}^\dagger\hat{c}\) の固有値は非負だから、Hamiltonian は正定値。安定な真空 \(|0\rangle\)(\(\hat{b}|0\rangle = \hat{c}|0\rangle = 0\))が存在する。何が起きたか整理すると、式 (5.16) の \(-\hat{c}\hat{c}^\dagger\) を並べ替えるとき、反交換関係の公式 \(AB = -BA + \{A, B\}\) の最初のマイナスが、もともとあったマイナスと打ち消し合って、最終的にプラスになった——「マイナス \(\times\) マイナス \(=\) プラス」が本質よ。
⚪ メイ: 式 (5.17) と式 (5.21) を並べると、違いは \(\hat{c}^\dagger\hat{c}\) の前の符号だけね。交換関係ではマイナスだったのが反交換関係ではプラスになった——たった一つの符号の選択がすべてを変えるのね。
🔵 カイ: でも、なぜ自然は「反交換関係を選んだ」んですか? 交換関係と反交換関係のどちらを使うかは、僕たちが勝手に決めていいものなんですか? それとも何か深い理由がある?
🟡 リナ: とても深い問いね。「なぜスピン \(1/2\) は反交換関係でなければならないのか」——その答えは 5.8「スピンと統計の定理——なぜフェルミオンは反交換なのか」 で扱うスピン統計定理で明らかになるわ。今の段階では「交換関係だと壊れるから反交換関係が必要」という消去法的な結論だけど、実はもっと根本的な理由——Lorentz 不変性と因果律——がスピンと統計を結びつけているの。それは後のお楽しみ。
🔵 カイ: 「消去法」じゃなくて「必然」だと言える根拠があるんですね。楽しみにしておきます。
🟡 リナ: まずは反交換関係の帰結を見ていきましょう。交換関係と反交換関係で占有数がどう変わるか、図 5.3「交換関係と反交換関係の占有数比較」 に概要を先取りしてまとめてあるわ。なぜ「各状態に最大 1 個」になるのかは、次のセクションで反交換関係から厳密に導くわ。
図 5.3: 交換関係と反交換関係の占有数比較。ボソン(交換関係)では占有数に制限がないが、フェルミオン(反交換関係)では各状態に最大 1 個しか入れない(5.6「Pauli の排他原理——反交換関係の贈り物」 で詳しく示す)。
✅ 理解度チェック: 反交換関係 \(\{\hat{c}, \hat{c}^\dagger\} = 1\)(離散的な場合)を使って、\(\hat{c}\hat{c}^\dagger\) を \(\hat{c}^\dagger\hat{c}\) で表してみましょう。交換関係 \([\hat{c}, \hat{c}^\dagger] = -1\) の場合と比較してみましょう。
答え
反交換関係:\(\hat{c}\hat{c}^\dagger = 1 - \hat{c}^\dagger\hat{c}\)。したがって \(-\hat{c}\hat{c}^\dagger = -1 + \hat{c}^\dagger\hat{c}\)(正規順序後は \(+\hat{c}^\dagger\hat{c}\))。交換関係:\(\hat{c}\hat{c}^\dagger = -1 + \hat{c}^\dagger\hat{c}\)。したがって \(-\hat{c}\hat{c}^\dagger = 1 - \hat{c}^\dagger\hat{c}\)(正規順序後は \(-\hat{c}^\dagger\hat{c}\))。反交換関係ではエネルギーの寄与がプラス、交換関係ではマイナスになる。
📝 練習問題:
- Dirac 場の Hamiltonian の交換関係・反交換関係比較 → 問題 M-1. 交換関係による量子化の破綻
5.6 Pauli の排他原理——反交換関係の贈り物¶
🟡 リナ: 反交換関係にはもう一つ、重大な物理的帰結があるわ。式 (5.20c) から、
つまり
🔵 カイ: 生成演算子の 2 乗がゼロ! これって……同じ量子状態に粒子を 2 個入れようとすると、状態がゼロになるってことですか?
🟡 リナ: その通り!
同じ運動量 \(\boldsymbol{p}\)、同じスピン \(s\) の粒子を 2 個作ることはできない。これが Pauli (パウリ) の排他原理よ。
⚪ メイ: 2 個以上入れられないなら、数演算子 \(\hat{N} = \hat{b}^\dagger\hat{b}\) の固有値にも上限がありそうね。
🟡 リナ: そう。確かめてみましょう。\(\hat{N}^2 = \hat{b}^\dagger\hat{b}\hat{b}^\dagger\hat{b}\) で、反交換関係 \(\hat{b}\hat{b}^\dagger = 1 - \hat{b}^\dagger\hat{b}\) を使うと \(\hat{N}^2 = \hat{b}^\dagger(1 - \hat{b}^\dagger\hat{b})\hat{b} = \hat{b}^\dagger\hat{b} - (\hat{b}^\dagger)^2\hat{b}^2 = \hat{N} - 0 = \hat{N}\)。\(\hat{N}^2 = \hat{N}\) を満たす固有値は \(0\) か \(1\) だけ。
⚪ メイ: 固有値を \(n\) とすると \(n^2 = n\)、つまり \(n(n-1) = 0\) だから \(n = 0\) か \(n = 1\)。きれいに排他原理が出てくるわね。
🔵 カイ: まるでビットみたいだ——ON か OFF かの 2 択しかない!
🟡 リナ: 完璧。各量子状態に入れる粒子は最大 1 個——これがフェルミオンの本質よ。図 5.4「ボソンとフェルミオンの Fock 空間の構造比較」 でボソンとフェルミオンの Fock 空間の構造の違いを見てみて。
図 5.4: ボソンとフェルミオンの Fock 空間の構造比較。ボソンでは各量子状態に粒子を何個でも入れられるが、フェルミオンでは \((\hat{b}^\dagger)^2 = 0\) により各状態に最大 1 個しか入れない。
✅ 理解度チェック: 反交換関係 \(\{\hat{b}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}}, \hat{b}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}}\} = 0\) から、数演算子 \(\hat{N} = \hat{b}^\dagger \hat{b}\) の固有値が \(0\) と \(1\) のみであることを示してみましょう。
答え
\(\hat{N}^2 = \hat{b}^\dagger \hat{b} \hat{b}^\dagger \hat{b}\) で、反交換関係 \(\hat{b}\hat{b}^\dagger = 1 - \hat{b}^\dagger\hat{b}\) を代入すると \(\hat{N}^2 = \hat{b}^\dagger(1 - \hat{b}^\dagger\hat{b})\hat{b} = \hat{b}^\dagger\hat{b} - (\hat{b}^\dagger)^2\hat{b}^2 = \hat{N} - 0 = \hat{N}\)。\(\hat{N}^2 = \hat{N}\) を満たす固有値は \(n(n-1) = 0\) より \(n = 0\) または \(n = 1\) のみ。
表 5.3: ボソンとフェルミオンの量子化条件の比較
| ボソン(交換関係) | フェルミオン(反交換関係) | |
|---|---|---|
| 量子化条件 | \([\hat{a}, \hat{a}^\dagger] = 1\) | \(\{\hat{b}, \hat{b}^\dagger\} = 1\) |
| \((\hat{a}^\dagger)^2\) | \(\neq 0\)(何個でも生成可) | \(= 0\)(2 個以上は不可) |
| 占有数の範囲 | \(0, 1, 2, 3, \ldots\) | \(0\) または \(1\) のみ |
| 統計 | Bose-Einstein 統計 | Fermi-Dirac 統計 |
🔵 カイ: 量子力学で「Pauli の排他原理は実験事実として仮定する」と習ったけど、場の量子論では反交換関係から導かれるんですね! でも、ということは量子力学での排他原理は「本当は証明できるのに公理として仮定していた」ってことですか?
🟡 リナ: いい質問ね。非相対論的な量子力学の枠組みだけでは、排他原理を導くことはできないの。相対論(Lorentz 不変性)と場の量子論を組み合わせて初めて導ける。だから量子力学で公理として仮定していたのは、当時の理論の限界の中では正しいアプローチだったのよ。これが場の量子論の威力——Pauli の排他原理は天から降ってきた公理ではなく、相対論的な場の理論の構造から不可避的に導かれる帰結なの。
🔵 カイ: じゃあ、量子力学だけでは排他原理の「なぜ」には答えられなかったんですね。
🟡 リナ: その通り。もしこれらの要請自体がさらに深い原理から導かれるなら、その先の「なぜ」が見えてくるかもしれない——それは未解決の問いとして残っているわ。
📝 練習問題:
- Pauli の排他原理の反交換関係からの導出 → 問題 M-2. Pauli の排他原理の導出
5.7 フェルミオンの Fock 空間と反粒子¶
🟡 リナ: フェルミオンの Fock (フォック) 空間の構造を整理しましょう。
真空状態¶
真空には粒子も反粒子も存在しない。
1 粒子状態¶
\(\hat{b}^\dagger\) は粒子(例えば電子 \(e^-\))を、\(\hat{c}^\dagger\) は反粒子(例えば陽電子 \(e^+\))を生成する。
🔵 カイ: 陽電子って、Dirac が 1928 年に予言して、1932 年に Anderson (アンダーソン) が宇宙線の中で発見したんですよね。
🟡 リナ: そう。Dirac 方程式の負エネルギー解を「反粒子の正エネルギー解」と再解釈するのが現代的な理解よ。場の量子論では、\(\hat{c}^\dagger\) が反粒子を正のエネルギーで生成するから、「負エネルギーの海」のような古い描像は不要になるの(図 5.5「Diracの海と現代的真空描像」 で 2 つの描像を比較しているわ)。
図 5.5: Diracの海と現代的真空描像。左は Dirac の海の古い描像(負エネルギー準位がすべて占有され、穴が陽電子)。右は場の量子論の現代的描像(真空から粒子・反粒子をともに正エネルギーで生成)。
✅ 理解度チェック: 場の量子論における反粒子の解釈は、Dirac の「負エネルギーの海」の描像とどう異なるか。
答え
Dirac の海の描像では、負エネルギー準位がすべて電子で占有され、その「穴」が陽電子として観測されると考える。場の量子論では、反粒子の生成演算子 \(\hat{c}^\dagger\) が正のエネルギーを持つ反粒子を真空から直接生成するため、負エネルギーの海という概念は不要になる。
多粒子状態と反対称性¶
🟡 リナ: 2 粒子状態を考えてみましょう。異なる量子数 \((\boldsymbol{p}_1, s_1)\) と \((\boldsymbol{p}_2, s_2)\) の電子を 2 個作ると:
反交換関係 \(\{\hat{b}^{s_1\dagger}_{\boldsymbol{p}_1}, \hat{b}^{s_2\dagger}_{\boldsymbol{p}_2}\} = 0\) から、
⚪ メイ: 2 つの粒子を入れ替えると状態にマイナスがつく——波動関数の反対称性ね。量子力学で学んだフェルミオンの多体波動関数 \(\Psi(1, 2) = -\Psi(2, 1)\) が、場の量子論では反交換関係から自動的に出てくる。
🟡 リナ: そしてもちろん、\(\boldsymbol{p}_1 = \boldsymbol{p}_2\) かつ \(s_1 = s_2\) なら \((\hat{b}^{s\dagger}_{\boldsymbol{p}})^2|0\rangle = 0\)——Pauli の排他原理よ。
電荷の保存¶
🟡 リナ: Noether (ネーター) の定理(第 3 章)から、Dirac 場の \(U(1)\) 対称性 \(\psi \to e^{i\alpha}\psi\) に対応する保存電荷は
🔵 カイ: 粒子の数から反粒子の数を引いたもの! 電子なら \(Q = -e\) で、陽電子なら \(Q = +e\) だから、\(\hat{b}^\dagger\) で電荷 \(-e\) が、\(\hat{c}^\dagger\) で電荷 \(+e\) が生まれる。
🟡 リナ: その通り。粒子と反粒子は同じ質量、同じスピンを持つけれど、電荷(と他の加法的量子数)の符号が逆なの。
✅ 理解度チェック: 保存電荷 \(\hat{Q}\)(式 (5.26))が、粒子と反粒子に対して逆符号の電荷を与えることを説明してみましょう。
答え
\(\hat{Q} = \sum_s \int \frac{d^3p}{(2\pi)^3}[\hat{b}^{s\dagger}\hat{b}^s - \hat{c}^{s\dagger}\hat{c}^s]\) なので、粒子(\(\hat{b}^\dagger\) で生成)は \(\hat{Q}\) に \(+1\) を寄与し、反粒子(\(\hat{c}^\dagger\) で生成)は \(-1\) を寄与する。電子の電荷を \(-e\) とすれば、\(\hat{b}^\dagger\) が電荷 \(-e\) の粒子を、\(\hat{c}^\dagger\) が電荷 \(+e\) の反粒子を生成する。
✅ 理解度チェック: 反交換関係 \(\{\hat{b}^{s_1\dagger}_{\boldsymbol{p}_1}, \hat{b}^{s_2\dagger}_{\boldsymbol{p}_2}\} = 0\) から、2 フェルミオン状態の反対称性を導け。
答え
\(\hat{b}^{s_1\dagger}_{\boldsymbol{p}_1}\hat{b}^{s_2\dagger}_{\boldsymbol{p}_2} + \hat{b}^{s_2\dagger}_{\boldsymbol{p}_2}\hat{b}^{s_1\dagger}_{\boldsymbol{p}_1} = 0\) より、\(\hat{b}^{s_1\dagger}_{\boldsymbol{p}_1}\hat{b}^{s_2\dagger}_{\boldsymbol{p}_2}|0\rangle = -\hat{b}^{s_2\dagger}_{\boldsymbol{p}_2}\hat{b}^{s_1\dagger}_{\boldsymbol{p}_1}|0\rangle\)。粒子 1 と粒子 2 を入れ替えると状態にマイナスがつく。
5.8 スピンと統計の定理——なぜフェルミオンは反交換なのか¶
🟡 リナ: ここまでで、「Dirac 場を交換関係で量子化するとエネルギーが破綻し、反交換関係なら正定値になる」ことを見たわね。でも、もっと深い問いがある。なぜスピン \(1/2\) の粒子は反交換関係で、スピン \(0\) の粒子は交換関係で量子化されるのか?
🔵 カイ: それって偶然じゃないんですか?
🟡 リナ: 偶然じゃないの。相対論的場の量子論の枠組みでは、次の定理が証明できる:
スピン統計定理 (spin-statistics theorem): - 整数スピン(\(s = 0, 1, 2, \ldots\))の場は交換関係で量子化される → ボソン - 半整数スピン(\(s = 1/2, 3/2, \ldots\))の場は反交換関係で量子化される → フェルミオン
🔵 カイ: これはどうやって証明するんですか?
🟡 リナ: 完全に厳密な証明は数学的に高度だけれど、物理的な動機は 3 つの独立な議論から理解できるわ。
議論 1:「正しくない」組み合わせの破綻¶
🟡 リナ: これはまさに今やったことの一般化よ。
- Dirac 場(スピン \(1/2\))を交換関係で量子化すると → エネルギーが下に非有界になる(今日見た通り)
- スカラー場(スピン \(0\))を反交換関係で量子化すると → 因果律が破れる(空間的に離れた 2 点で場の反交換子がゼロにならず、光速を超えた相関が生じてしまう)。これは練習問題(@exercise: スカラー場の反交換関係と因果律の破れ → 問題 B-9. スカラー場の反交換関係と因果律の破れ)で確認できるわ。
つまり、「正しくない」組み合わせを選ぶと、物理的に許容できない帰結が生じるの。
⚪ メイ: 「間違った方」を試すとエネルギーか因果律のどちらかが壊れる——消去法で正しい組み合わせが一意に決まるのね。
議論 2:因果律(ミクロ因果律条件)¶
🟡 リナ: 相対論では、光速を超えて情報が伝わってはいけない。場の量子論ではこれを次のように表現する:
空間的に離れた 2 点 \((x - y)^2 < 0\) で、観測可能量の交換子がゼロでなければならない。
ボソン場では、場そのものが観測可能量(の構成要素)だから \([\hat{\phi}(x), \hat{\phi}(y)] = 0\) が必要。フェルミオン場では、観測可能量は \(\bar{\psi}\psi\) のような双線形形式で、これは偶数個のフェルミオン場の積。反交換関係を使うと、偶数個の積の交換子は空間的領域でゼロになることが示せるの。直感的には、\(\bar{\psi}(x)\psi(x)\) と \(\bar{\psi}(y)\psi(y)\) の交換子を計算するとき、フェルミオン場の反交換関係を使って場の順序を入れ替えていくと、偶数個の場の積同士の交換子はボソン場の交換子と同じ構造に帰着する——空間的領域ではそれがゼロになるの。
🔵 カイ: えっと、フェルミオン場自体は観測可能量じゃないから、\(\{\hat{\psi}(x), \hat{\psi}(y)\}\) がゼロでなくても問題ないってことですか?
🟡 リナ: その通り。物理的な観測量は \(\bar{\psi}\psi\) のような偶数個の積だから、その交換子がゼロになれば因果律は守られるの。
議論 3:粒子交換の経路依存性¶
🟡 リナ: もう一つ、直感的な議論があるわ。2 粒子の交換を「一方の粒子がもう一方のまわりを半周する」操作として捉えるの。
粒子を空間的に移動させる(軌道部分を回転させる)とき、相対論的な場の理論では粒子の内部自由度(スピン)も同じ回転の影響を受ける——これは場が Lorentz 群の特定の表現に属することの帰結よ。直感的には、「粒子を持ち上げて半周させる」操作は、粒子自身の向き(スピン)も一緒に回すことに対応するの。ちょうど地球儀を持って歩くと、地球儀自体も一緒に向きが変わるようなイメージね。
🔵 カイ: 「軌道を回す」と「スピンも回る」が連動するのは、なぜですか?
🟡 リナ: 非相対論的な量子力学では、軌道角運動量とスピンは独立に扱えたわね。でも相対論的な場の理論では事情が違う。場は空間の各点に「値」を持つ対象で、その値自体がスピノルやベクトルとして変換される。たとえば電場ベクトル \(\boldsymbol{E}\) を考えて。座標系を \(\pi\) 回転させると、\(E_x\) と \(E_y\) が混ざるでしょう?
⚪ メイ: つまり、場の理論では「どの点の値を見るか」と「その点での成分の混ざり方」が一体不可分なのね。
🟡 リナ: その通り。数学的に言うと、スピン \(s\) の場を \(z\) 軸まわりに角度 \(\theta\) だけ回転させると、回転演算子 \(e^{-iJ_z\theta}\) が作用する。だから「軌道の回転角」と「スピンの回転角」は同じ \(\theta\) になるの。
さて、2 粒子の交換操作を具体的に考えてみましょう。これは厳密な証明ではなく直感的な議論だけれど、本質を捉えているわ。重心を固定して 2 つの同種粒子を入れ替えるとき、相対座標ベクトル \(\boldsymbol{r} = \boldsymbol{x}_1 - \boldsymbol{x}_2\) は \(\boldsymbol{r} \to -\boldsymbol{r}\) に変わる。これは \(\boldsymbol{r}\) を含む平面内で角度 \(\pi\) だけ回転させる操作と見なせるわ(3次元では \(\boldsymbol{r} \to -\boldsymbol{r}\) は反転だけど、交換の経路を連続的に追うと、ある平面内の \(\pi\) 回転として実現できるの)。
ここで重要なのは、各粒子が個別に中間点のまわりを \(\pi\) だけ回転しているという点よ。具体的にイメージしてみて——粒子 1 が原点の右に、粒子 2 が左にいるとする(同種粒子だから質量が等しく、重心がちょうど真ん中)。交換するには、粒子 1 を上半円を通って左へ、粒子 2 を下半円を通って右へ動かす。ちょうど天秤の両端が半回転するイメージよ——どちらも原点のまわりを半周(\(\pi\))しているでしょう?
🔵 カイ: なるほど、交換=各粒子が半周(\(\pi\) 回転)する操作なんですね。
🟡 リナ: そう。相対論的な場の理論では、粒子を空間的に \(\pi\) 回転させると、その粒子のスピン自由度にも同じ \(\pi\) 回転が作用する(先ほど説明した「場の成分が回転で混ざる」性質)。ここで「各粒子に独立に」位相がつく理由を補足しておくわ。2 粒子系の回転演算子は \(e^{-iJ_z^{(1)}\theta} \otimes e^{-iJ_z^{(2)}\theta}\) とテンソル積の形で書ける——粒子 1 のスピンと粒子 2 のスピンは独立な自由度だから、それぞれに独立に回転が作用するの。だから各粒子のスピン成分(\(m = s\) に着目)に位相 \(e^{-is\pi}\) がつき、2 粒子系の状態はテンソル積 \(|\text{粒子1}\rangle \otimes |\text{粒子2}\rangle\) で書かれるから、全体では 2 つの位相因子が掛け合わさる:
具体的に計算してみましょう:
- \(s = 0\)(スカラー):\(e^{0} = +1\)
- \(s = 1/2\)(Dirac):\(e^{-i\pi} = \cos\pi + i\sin\pi = -1\)
- \(s = 1\)(ベクトル):\(e^{-2i\pi} = \cos 2\pi + i\sin 2\pi = +1\)
一般に:
- \(s\) が整数:\(e^{-2is\pi} = +1\) → ボソン
- \(s\) が半整数:\(e^{-2is\pi} = -1\) → フェルミオン
🔵 カイ: スピノルの \(360°\) 回転で符号が反転する性質が、ここで効いてくるんですね! 5.2「Lorentz 群のスピノル表現——スピノルはベクトルではない」 で話した「\(720°\) で元に戻る」が、まさにフェルミオン統計の起源だったんだ。
🟡 リナ: その通り。3 つの議論を振り返ると、議論 1 は「間違った組み合わせだとエネルギーか因果律が壊れる」、議論 2 は「因果律を守るにはフェルミオン場は反交換関係でなければならない」、議論 3 は「粒子交換の位相がスピンで決まる」——3 つの独立な角度から同じ結論に至るの。
⚪ メイ: 議論 3 をまとめると、各粒子が \(\pi\) 回転して位相 \(e^{-is\pi}\) を拾い、2 粒子分で \(e^{-2is\pi}\) になる——半整数スピンだと \(-1\) で反対称、整数スピンだと \(+1\) で対称ということね。
🟡 リナ: そう。3 つの議論すべてが「スピンが統計を決める」という同じ結論に収束する——これがスピン統計定理の核心よ。
スピンと統計の結びつきは、相対論的な場の量子論の最も深い帰結の一つよ。非相対論的な量子力学だけでは、この結びつきを導くことはできないの。図 5.6「スピン統計定理の概念図」 に全体像をまとめてあるわ。
図 5.6: スピン統計定理の概念図。整数スピンの場は交換関係でボソンに、半整数スピンの場は反交換関係でフェルミオンになる。この結びつきは相対論的な場の量子論から不可避的に導かれる。
✅ 理解度チェック: スピン統計定理が非相対論的な量子力学では証明できない理由を述べてください。
答え
非相対論的な量子力学では Lorentz 不変性が要求されないため、因果律(空間的領域での交換子がゼロ)やブーストの変換性(左巻き・右巻きの区別)が議論に入らない。スピンと統計の結びつきは、相対論(Lorentz 不変性)と量子力学の両方を組み合わせて初めて導かれる。
5.9 \(C, P, T\) 変換¶
🟡 リナ: 最後に、Dirac 場に対する 3 つの離散対称性を見ておきましょう。これらは「量子力学」編 第 26 章で概念的に学んだものの、場の量子論での定式化よ。
表 5.4: \(C\), \(P\), \(T\) 変換のまとめ
| 変換 | 操作 | Dirac 場への作用 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| \(P\)(パリティ) | \(\boldsymbol{x} \to -\boldsymbol{x}\) | \(\psi_L \leftrightarrow \psi_R\)(\(\gamma^0\) が仲介) | ユニタリ |
| \(C\)(荷電共役) | 粒子 \(\leftrightarrow\) 反粒子 | \(\hat{b} \leftrightarrow \hat{c}\) | ユニタリ |
| \(T\)(時間反転) | \(t \to -t\) | \(\gamma^1\gamma^3\) でスピノル成分を混合 | 反ユニタリ |
パリティ \(P\)——空間反転¶
🟡 リナ: パリティ変換 \(P\) は空間座標を反転させる操作:\(\boldsymbol{x} \to -\boldsymbol{x}\)。Dirac 場に対しては
🔵 カイ: \(\gamma^0\) が掛かるんですね。なぜですか?
🟡 リナ: Dirac スピノルの上 2 成分(左巻き)と下 2 成分(右巻き)は、パリティで入れ替わるの。\(\gamma\) 行列にはいくつかの表現(具体的な行列の選び方)があるけれど、左巻き・右巻きの構造が見やすいカイラル表現 (chiral representation) では
となるの。この行列は上 2 成分と下 2 成分を入れ替える——つまり \(\psi_L\) と \(\psi_R\) を交換する役割を果たす。パリティは「空間の鏡映」だから、左巻きと右巻きが入れ替わるのは直感的にも納得できるでしょう?
⚪ メイ: 鏡に映すと右手と左手が入れ替わるのと同じ感覚ね。
🟡 リナ: そう。生成・消滅演算子に対しては
運動量の符号が反転し、反粒子にはさらにマイナス符号がつく。ここで新しい概念を導入するわ。内在的パリティ (intrinsic parity) とは、パリティ変換したときに状態につく固有の位相因子のこと。なぜこんなものが必要かというと、パリティ変換は「空間を裏返す」操作だけど、粒子の内部構造(スピノルの上下成分の関係)によって、裏返したときに追加の位相がつくかどうかが決まるの。これは粒子の種類ごとに決まる固有の性質で、運動量やスピンとは独立な量子数よ——ちょうど電荷が粒子の種類で決まるのと同じ意味で「固有の性質」なの。
🔵 カイ: 式 (5.29) を見ると、\(\hat{b}\) には余分な符号がないのに \(\hat{c}\) にはマイナスがある——これが内在的パリティの違いですか?
🟡 リナ: その通り。式 (5.29) を見ると、\(\hat{b}\) の変換には余分な符号がつかない(\(P^{-1}\hat{b}^s_{\boldsymbol{p}}P = \hat{b}^s_{-\boldsymbol{p}}\))のに対し、\(\hat{c}\) の変換にはマイナスがつく(\(P^{-1}\hat{c}^s_{\boldsymbol{p}}P = -\hat{c}^s_{-\boldsymbol{p}}\))。この余分なマイナスが「内在的パリティ」と呼ばれる量子数よ——粒子の内在的パリティを \(+1\) と規約すると(この規約は慣習的なもので、物理的な帰結は粒子と反粒子の内在的パリティの積で決まる)、反粒子の内在的パリティは \(-1\) になる。つまりフェルミオンでは粒子と反粒子の内在的パリティの積が \(-1\) になる(\(\eta_P(\text{粒子}) \times \eta_P(\text{反粒子}) = -1\))。これは Dirac 方程式の構造から決まる帰結で、実験的にも確認されているわ(例えば \(\pi^0 \to e^+e^-\) の角度分布から)。
荷電共役 \(C\)——粒子と反粒子の交換¶
🟡 リナ: 荷電共役 \(C\) は粒子と反粒子を入れ替える操作よ。
⚪ メイ: ということは、式 (5.26) の電荷演算子 \(\hat{Q} = \hat{N}_b - \hat{N}_c\) に \(C\) を作用させると、粒子数と反粒子数が入れ替わるから \(C^{-1}\hat{Q}\,C = -\hat{Q}\) になるわね。
🟡 リナ: その通り。そして \(C\) の固有状態になれるのは、粒子と反粒子が同一の場合だけ。光子は \(C\) パリティ \(-1\)、中性パイ中間子 \(\pi^0\) は \(C\) パリティ \(+1\) よ。
✅ 理解度チェック: 荷電共役 \(C\) の固有状態になれるのはどのような粒子か。その理由を述べてください。
答え
粒子と反粒子が同一である場合(例:光子、\(\pi^0\))のみ \(C\) の固有状態になれる。\(C\) は粒子と反粒子を入れ替える操作なので、粒子と反粒子が異なる場合は \(C\) で別の状態に移ってしまい、固有状態にならない。
時間反転 \(T\)——時間の流れを逆にする¶
🟡 リナ: 時間反転 \(T\) は \(t \to -t\) とする操作。ただし、\(T\) は他の 2 つと決定的に異なる性質を持つの。
🔵 カイ: 何が違うんですか?
🟡 リナ: \(T\) は反ユニタリ演算子 (anti-unitary operator) なの。つまり、\(T(c|\psi\rangle) = c^* T|\psi\rangle\)(複素数を複素共役に変える)。「量子力学」編 第 26 章で学んだことを思い出して。
行列 \(\gamma^1\gamma^3\) の具体的な形は \(\gamma\) 行列の表現に依存するけれど、その役割は「Dirac 方程式が \(t \to -t\) のもとで不変になるようにスピノル成分を混ぜ合わせる」こと。なぜこの特定の組み合わせかは、\(t \to -t\) で \(\gamma^0\partial_0\) の符号が変わることを補償するために必要な行列を Clifford 代数から決定した結果よ。導出の詳細は Appendix B に譲るわ。\(T\) の反ユニタリ性は、Schrödinger 方程式 \(i\partial_t|\psi\rangle = H|\psi\rangle\) で \(t \to -t\) としたとき、\(i\) の符号も反転させなければ方程式が不変にならないことから来ているわ。
⚪ メイ: つまり \(T\) だけが反ユニタリで、\(C\) と \(P\) はユニタリ——時間反転だけが特別なのね。
CPT 定理¶
🟡 リナ: 自然界では \(C\), \(P\), \(T\) のそれぞれは破れうる。弱い相互作用は \(P\) を破るし、\(CP\) も破る。でも——
CPT 定理: Lorentz 不変で局所的な場の量子論では、\(C\), \(P\), \(T\) の3 つ同時の変換 \(CPT\) は常に対称性である。
🔵 カイ: 3 つ合わせれば必ず対称になるんですか!
🟡 リナ: そう。CPT 定理の帰結として、粒子と反粒子は必ず同じ質量と寿命を持つ。これは実験で極めて高い精度で検証されているわ。もし CPT が破れていたら、Lorentz 不変性か局所性のどちらかが破綻していることになる——それは物理学の根幹を揺るがす大事件よ。図 5.7「C・P・T離散対称性とCPT定理」 に \(C\), \(P\), \(T\) の関係をまとめてあるわ。
図 5.7: C・P・T離散対称性とCPT定理。\(C\)(荷電共役)、\(P\)(パリティ)、\(T\)(時間反転)の 3 つの離散対称性。個別には破れうるが、CPT 定理により 3 つ同時の変換は常に対称性である。
✅ 理解度チェック: CPT 定理から導かれる、粒子と反粒子の間の具体的な関係を 2 つ挙げてください。
答え
(1) 粒子と反粒子は同じ質量を持つ。(2) 粒子と反粒子は同じ寿命を持つ。(他にも「スピンが同じ」「磁気モーメントの大きさが同じで符号が逆」なども正解。)
📝 練習問題:
- \(C, P, T\) 変換の合成と CPT 定理 → 問題 A-2. \(C\), \(P\), \(T\) 変換と \(CPT\) 定理
5.10 この章のまとめ¶
🟡 リナ: 今日の内容を振り返りましょう。
⚪ メイ: 整理するわね。
-
Dirac 方程式は Clifford 代数 \(\{\gamma^\mu, \gamma^\nu\} = 2\eta^{\mu\nu}\) を満たす \(4 \times 4\) の \(\gamma\) 行列を使って \((i\not\!\partial - m)\psi = 0\) と書ける。波動関数 \(\psi\) は 4 成分の Dirac スピノル。
-
Lorentz 代数は \(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) に分解され、Dirac スピノルは \((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\) 表現に対応する。左巻きと右巻きの Weyl スピノルを合わせたもの。
-
Dirac 場の Lagrangian は \(\mathcal{L} = \bar{\psi}(i\not\!\partial - m)\psi\) で、共役運動量は \(\Pi = i\psi^\dagger\)。
-
交換関係で量子化すると破綻する——反粒子の \([\hat{c}, \hat{c}^\dagger]\) にマイナスがつき、Hamiltonian のエネルギーが下に非有界になる。
-
反交換関係 \(\{\hat{b}, \hat{b}^\dagger\} = \delta\), \(\{\hat{c}, \hat{c}^\dagger\} = \delta\) で量子化すると、Hamiltonian は正定値 \(:\hat{H}: = \sum E_{\boldsymbol{p}}(\hat{b}^\dagger\hat{b} + \hat{c}^\dagger\hat{c})\) になり、安定な真空が存在する。
-
反交換関係から Pauli の排他原理 \((\hat{b}^\dagger)^2 = 0\) と Fermi-Dirac 統計が自動的に導かれる。
-
スピン統計定理:整数スピン → ボソン(交換関係)、半整数スピン → フェルミオン(反交換関係)。これは相対論的場の量子論の最も深い帰結の一つ。
-
\(C, P, T\) 変換:それぞれ粒子↔反粒子、空間反転、時間反転。個別には破れうるが、CPT は常に対称。
🔵 カイ: スカラー場の量子化が「交換関係を課せばエネルギーが正定値になる」だったのに対して、Dirac 場は「交換関係だと壊れるから反交換関係が必要」だった。交換関係だと壊れることを実際に体験したから、反交換関係が「仕方なく」じゃなくて「必然的に」選ばれるんだって実感できました。スピン 0 からスピン 1/2 に変わっただけで、こんなに新しい問題が出てくるんですね。じゃあスピン 1 の光子はどうなるんだろう——整数スピンだから交換関係でいいはずだけど、何か別の問題が起きたりしないんですか?
🟡 リナ: いい質問ね。光子は整数スピンだから交換関係で量子化するのは正しいわ。でも、光子には「ゲージ自由度」という別の厄介な問題が潜んでいて、素朴に正準量子化しようとすると壁にぶつかるの。それは次章のテーマよ。
そして今日のドラマの主役は「スピン」だったわね。スピンが整数か半整数かで、量子化の処方箋が決まり、統計が決まり、物質の安定性が決まる。場の量子論がなければ、この深い結びつきは見えてこなかったわ。
次章予告¶
スピン 0(スカラー場)とスピン 1/2(Dirac 場)の量子化を終えた今、残るはスピン 1——光子の場だ。しかし電磁場には「ゲージ自由度」という厄介な冗長性が潜んでおり、素朴に正準量子化を試みると共役運動量がゼロになるという新たな壁にぶつかる。第 6 章では、ゲージ固定の手法を駆使してこの壁を乗り越え、光子の物理的な偏極自由度だけを正しく量子化する方法を学ぶ。スカラー場(第 4 章)、Dirac 場(本章)、電磁場(第 6 章)の 3 つの自由場の量子化が揃えば、いよいよ第 7 章で相互作用を導入する準備が整う。
練習問題¶
📝 練習問題:
- Clifford 代数から \(\gamma\) 行列の性質の導出 → 問題 B-1. Clifford 代数の基本計算
- Dirac 場の Hamiltonian の交換関係・反交換関係比較 → 問題 M-1. 交換関係による量子化の破綻
- Pauli の排他原理の反交換関係からの導出 → 問題 M-2. Pauli の排他原理の導出
- \(C, P, T\) 変換の合成と CPT 定理 → 問題 A-2. \(C\), \(P\), \(T\) 変換と \(CPT\) 定理
- スカラー場の反交換関係と因果律の破れ → 問題 B-9. スカラー場の反交換関係と因果律の破れ
参考文献¶
- Quantum Field Theory for the Gifted Amateur (Lancaster & Blundell) 第 36 章「Dirac 方程式」、第 37 章「スピノルの変換性」、第 38 章「Dirac 場の量子化」
- Quantum Field Theory (David Tong, Cambridge) 第 4 章「The Dirac Equation」、第 5 章「Quantizing the Dirac Field」
- 場の量子論 — 不変性と自由場を中心にして (坂本眞人) 第 4 章「Dirac 方程式の導出と γ 行列」、第 5 章「Dirac 方程式の Lorentz 変換性」、第 12 章「Dirac 場の量子化」
- Quantum Field Theory and the Standard Model (Schwartz) 第 8 章「スピノルと Dirac 方程式」、第 9 章「スピンと統計の定理」
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