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Appendix A: 複素数と基本的な複素関数

この付録の位置づけ: 本編の 第 1 章 以降で登場する確率振幅・波動関数はすべて複素数で書かれる。「なぜ実数ではダメなのか」は 第 4 章 以降で実感することになるが、まずはその道具立てを整えておこう。高校数学で触れた内容の復習から始め、量子力学で不可欠な Euler(オイラー)の公式まで一気に駆け上がる。

この付録のゴール

  1. 複素数の四則演算を自在に行えるようになる
  2. 複素平面・極形式の意味を図形的に理解する
  3. Euler の公式 \(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\) を導出し、使いこなせるようになる
  4. 複素共役と絶対値の 2 乗が量子力学でどう使われるかを予感する

虚数単位 \(i\) の導入

🟡 リナ: この付録では、量子力学で使う「複素数」の基本を整理するわ。まず一つ質問。\(x^2 = -1\) を満たす実数 \(x\) は存在する?

🔵 カイ: ないですよね。どんな実数でも 2 乗したら 0 以上になるから。

🟡 リナ: そう。実数の範囲では解がない。でも、「2 乗して \(-1\) になる数があったとしたら、どんな計算ができるだろう?」と考えてみるの。その数に名前をつけてしまう。

\[i^2 = -1 \tag{A.1}\]

この \(i\)虚数単位 (imaginary unit) と呼ぶ。

🔵 カイ: 「存在しない数」に名前をつけていいんですか?

🟡 リナ: いい質問ね。実は、数学の歴史を振り返ると「負の数」だって最初は「存在しない」と思われていたの。古代では「3 個のリンゴから 5 個引く」なんて意味不明だった。でも借金という概念が生まれて、負の数は当たり前になった。今では誰も疑わないでしょう?

⚪ メイ: つまり、\(i\) も「計算の道具として矛盾なく使えるなら、それでいい」ということね。

🟡 リナ: その通り。矛盾なく四則演算ができて、物理現象を記述するのに役立つなら、それは立派な「数」よ。

✅ 理解度チェック: 虚数単位 \(i\) の定義を述べてください。また、\(i^3\)\(i^4\) の値はいくつか。

答え

虚数単位 \(i\)\(i^2 = -1\) を満たす数として定義される。\(i^3 = i^2 \cdot i = -1 \cdot i = -i\)\(i^4 = (i^2)^2 = (-1)^2 = 1\)\(i\) のべき乗は 4 つごとに \(1, i, -1, -i\) を繰り返す。

🟡 リナ: もう一つ大事なことを先に言っておくわ。量子力学では、自然界の振る舞いを記述するのに複素数が本質的に必要になる。でも、実験で測定できる値——例えば粒子の位置やエネルギー——はなぜかすべて実数なの。

🔵 カイ: え、複素数が大事なのに、測定値は実数? 矛盾してませんか?

🟡 リナ: 矛盾じゃなくて、むしろ量子力学の構造そのものがそうなっているの。なぜそうなるかは 第 11 章 以降で数学的に明らかになるから、今は「舞台裏は複素数、観客が見るのは実数」とだけ覚えておいて。

✅ 理解度チェック: 量子力学において、複素数と実数はそれぞれどのような役割を果たすか。

答え

量子力学では自然界の振る舞いを記述するのに複素数が本質的に必要である(確率振幅・波動関数は複素数)。一方、実験で測定できる物理量(位置やエネルギーなど)はすべて実数である。「舞台裏は複素数、観客が見るのは実数」という構造になっている。


複素数の四則演算

🟡 リナ: 複素数 \(z\) は、実数 \(a\)\(b\) を使って

\[z = a + bi \tag{A.2}\]

と書ける。\(a\)実部 (real part)、\(b\)虚部 (imaginary part) と呼ぶ。\(z\) は 2 つの成分を持っているけれど、これで一つの数よ。

🔵 カイ: \(a = 0\) のときは?

🟡 リナ: \(a = 0\) かつ \(b \neq 0\) のとき、\(z = bi\)純虚数 (purely imaginary number) と呼ぶ。逆に \(b = 0\) なら \(z = a\) で、ただの実数ね。実数は複素数の特別な場合なの。

では、\(z_1 = a + bi\)\(z_2 = c + di\) として四則演算を見ていくわ。

足し算と引き算

🟡 リナ: 実部どうし、虚部どうしをそれぞれ計算するだけ。

\[z_1 + z_2 = (a + c) + (b + d)i \tag{A.3}\]
\[z_1 - z_2 = (a - c) + (b - d)i \tag{A.4}\]

⚪ メイ: ベクトルの成分ごとの足し引きと同じ構造ね。

🟡 リナ: いい観察ね。実はこの後「複素平面」を導入すると、本当にベクトルの足し算と同じ図になるの。

掛け算

🟡 リナ: 掛け算は、普通に展開して \(i^2 = -1\) を使うだけ。

\[\begin{align} z_1 z_2 &= (a + bi)(c + di) \\ &= ac + adi + bci + bdi^2 \\ &= ac + adi + bci - bd \\ &= (ac - bd) + (ad + bc)i \end{align} \tag{A.5}\]

🔵 カイ: 公式として覚えるんですか?

🟡 リナ: 覚えなくていい。\(i^2 = -1\) さえ知っていれば、普通の代数計算と同じように展開すればいいの。

割り算

🟡 リナ: 割り算だけ少しコツがいる。分母を実数にしたいの。そのために、分母と分子に「分母の複素共役」を掛ける。複素共役はこの後詳しく説明するけれど、\(c + di\) の複素共役は \(c - di\)——虚部の符号をひっくり返したもの。

\[\begin{align} \frac{z_1}{z_2} &= \frac{a + bi}{c + di} \cdot \frac{c - di}{c - di} \\ &= \frac{(a + bi)(c - di)}{(c + di)(c - di)} \\ &= \frac{(ac + bd) + (bc - ad)i}{c^2 + d^2} \end{align} \tag{A.6}\]

🟡 リナ: 分子の展開を確認しておくと、\((a + bi)(c - di) = ac - adi + bci - bdi^2 = ac - adi + bci + bd = (ac + bd) + (bc - ad)i\) よ。掛け算のときと同じで、\(i^2 = -1\) を使うだけ。

🔵 カイ: 分母が \(c^2 + d^2\) になって実数になった!

🟡 リナ: そう。\((c + di)(c - di) = c^2 - (di)^2\) で、ここで \((di)^2 = d^2 i^2 = d^2 imes (-1) = -d^2\) だから、\(c^2 - (-d^2) = c^2 + d^2\) になるのがポイント。これは実数だから、あとは実部と虚部をそれぞれ \(c^2 + d^2\) で割ればいいだけ。

⚪ メイ: 分母を実数にする——これが割り算の本質ね。有理化と似た発想だわ。

✅ 理解度チェック: \(z_1 = 3 + 2i\)\(z_2 = 1 - i\) のとき、\(z_1 z_2\)\(z_1 / z_2\) を計算してみましょう。

答え

掛け算: \(z_1 z_2 = (3 + 2i)(1 - i) = 3 - 3i + 2i - 2i^2 = 3 - i + 2 = 5 - i\)

割り算: \(\dfrac{z_1}{z_2} = \dfrac{3 + 2i}{1 - i} \cdot \dfrac{1 + i}{1 + i} = \dfrac{(3 + 2i)(1 + i)}{1^2 + 1^2} = \dfrac{3 + 3i + 2i + 2i^2}{2} = \dfrac{1 + 5i}{2} = \dfrac{1}{2} + \dfrac{5}{2}i\)

📝 練習問題:


複素平面と極形式

🟡 リナ: 実数は数直線上の点として表せたわよね。複素数は 2 つの成分(実部と虚部)を持つから、平面上の点として表す。

  • 横軸:実軸 (real axis) — 実部 \(a\) を表す
  • 縦軸:虚軸 (imaginary axis) — 虚部 \(b\) を表す

この平面を複素平面 (complex plane)、あるいは Gauss(ガウス)平面と呼ぶ。複素数 \(z = a + bi\) は、実軸方向に \(a\)、虚軸方向に \(b\) 進んだ点に対応するの。

🔵 カイ: 座標 \((a, b)\) の点ってことですね。

🟡 リナ: そう。ここで、原点からその点までの「矢印」を考えてみて。その矢印には長さ角度がある。

  • 矢印の長さ \(r\) を複素数の絶対値 (absolute value) と呼び、\(|z|\) と書く
  • 矢印が実軸の正の方向となす角度を偏角 (argument) と呼び、\(\arg(z)\) と書く。以下では偏角を \(\theta\) で表すことが多い(つまり \(\theta = \arg(z)\)

✅ 理解度チェック: 複素平面において、複素数の「絶対値」と「偏角」はそれぞれ何を表すか。

答え

絶対値 \(|z|\) は原点から複素数 \(z\) に対応する点までの距離(矢印の長さ)を表す。偏角 \(\arg(z)\) は、その矢印が実軸の正の方向となす角度を表す。これらは極座標 \((r, \theta)\) に対応する。

⚪ メイ: 直交座標 \((a, b)\) と極座標 \((r, \theta)\) の関係ね。高校で習った。

🟡 リナ: その通り。三角関数を使えば:

\[a = r\cos\theta, \quad b = r\sin\theta \tag{A.7}\]

だから、

\[z = a + bi = r\cos\theta + ir\sin\theta = r(\cos\theta + i\sin\theta) \tag{A.8}\]

これを複素数の極形式 (polar form) と呼ぶ。

🔵 カイ: おお、\(r\) でくくれるんですね。すっきりした形だ。

🟡 リナ: 絶対値 \(r\) は Pythagoras(ピタゴラス)の定理そのもので、

\[|z| = r = \sqrt{a^2 + b^2} \tag{A.9}\]

偏角 \(\theta\) は、

\[\tan\theta = \frac{b}{a} \tag{A.10}\]

から求まる。ただし注意が 2 つ。まず、\(\tan\) の逆関数 \(\arctan\)\(-\pi/2\) から \(\pi/2\) の範囲しか返さないから、\(a\)\(b\) の符号を見てどの象限にあるかを自分で判断する必要がある。また、\(\theta\)\(2\pi\) の整数倍を足しても同じ点を表すから、偏角は \(2\pi\) を周期とする値よ。

🔵 カイ: 同じ複素数でも偏角の表し方は一つじゃないんですね。

🟡 リナ: そう。例えば偏角 \(\pi/4\)\(\pi/4 + 2\pi = 9\pi/4\) は同じ方向を指している。普通は \(-\pi < \theta \leq \pi\)\(0 \leq \theta < 2\pi\) の範囲に限定して「主値」を取ることが多いわ。

✅ 理解度チェック: \(z = 1 + i\) の絶対値と偏角を求めてください。

答え

\(|z| = \sqrt{1^2 + 1^2} = \sqrt{2}\)\(\tan\theta = 1/1 = 1\) で、\(a > 0, b > 0\)(第 1 象限)なので \(\theta = \pi/4\)。よって \(z = \sqrt{2}(\cos(\pi/4) + i\sin(\pi/4))\)

📝 練習問題:


掛け算の図形的意味 — 回転と拡大

🟡 リナ: 極形式の真価は、掛け算で発揮されるの。2 つの複素数を極形式で書いてみて。

\[z_1 = r_1(\cos\theta_1 + i\sin\theta_1), \quad z_2 = r_2(\cos\theta_2 + i\sin\theta_2)\]

この積を計算してみましょう。

\[\begin{align} z_1 z_2 &= r_1 r_2 (\cos\theta_1 + i\sin\theta_1)(\cos\theta_2 + i\sin\theta_2) \\ &= r_1 r_2 [(\cos\theta_1 \cos\theta_2 - \sin\theta_1 \sin\theta_2) + i(\cos\theta_1 \sin\theta_2 + \sin\theta_1 \cos\theta_2)] \end{align}\]

⚪ メイ: 展開結果の実部と虚部、どこかで見た形ね……加法定理だわ。

🟡 リナ: その通り。三角関数の加法定理 \(\cos(A + B) = \cos A\cos B - \sin A\sin B\)\(\sin(A + B) = \sin A\cos B + \cos A\sin B\) を思い出して。展開結果の実部 \(\cos\theta_1 \cos\theta_2 - \sin\theta_1 \sin\theta_2\) はまさに \(\cos(\theta_1 + \theta_2)\) の形、虚部 \(\cos\theta_1 \sin\theta_2 + \sin\theta_1 \cos\theta_2\)\(\sin(\theta_1 + \theta_2)\) の形になっているから、

\[z_1 z_2 = r_1 r_2 [\cos(\theta_1 + \theta_2) + i\sin(\theta_1 + \theta_2)] \tag{A.11}\]

🔵 カイ: おお! 絶対値は掛け算、偏角は足し算になった!

🟡 リナ: これが複素数の掛け算の本質よ。まとめると:

複素数の掛け算の図形的意味:

複素数 \(z_2\) を掛けるとは、複素平面上で - 絶対値を \(|z_2|\) 倍する(拡大・縮小) - 偏角を \(\arg(z_2)\) だけ増やす(回転

✅ 理解度チェック: 複素数の掛け算 \(z_1 z_2\) において、積の絶対値と偏角はそれぞれどうなるか。

答え

積の絶対値は \(|z_1 z_2| = |z_1| \cdot |z_2|\)(各絶対値の積)、偏角は \(\arg(z_1 z_2) = \arg(z_1) + \arg(z_2)\)(各偏角の和)となる。つまり掛け算は「拡大と回転を同時に行う操作」である。

⚪ メイ: ということは、\(|z_2| = 1\) なら純粋な回転だけ、\(\arg(z_2) = 0\) なら純粋な拡大だけ。2 つの効果が独立に分離できるのね。

🟡 リナ: 具体例を見てみましょう。虚数単位 \(i\) を掛けるとどうなる? \(i\) の絶対値と偏角はいくつ?

🔵 カイ: えっと……\(i = 0 + 1 \cdot i\) だから絶対値は \(\sqrt{0^2 + 1^2} = 1\)、偏角は虚軸の正の方向だから \(\pi/2\)。ということは……大きさは変わらず、\(90°\) 回転!

🟡 リナ: 完璧。では \(i\) を 2 回掛けると?

🔵 カイ: \(90° + 90° = 180°\) の回転で、\(i^2 = -1\)。実軸の負の方向に行く。

🟡 リナ: そう。\(-1\) は「\(180°\) 回転」を意味する複素数なの。だから \((-1) \times (-1) = 1\) というのは、\(180°\) 回転を 2 回やると \(360°\) で元に戻る、ということ。

🔵 カイ: 「マイナス × マイナス = プラス」がこんなに直感的に分かるとは……でも逆に、\(i\) を 3 回掛けたら \(270°\) 回転で \(-i\) になるってことですよね。それって「虚軸の負の方向」だから、\(i^3 = -i\) と一致する! じゃあ \(i^{100}\) とかも回転で考えればいいんですか?

🟡 リナ: その通り。これが複素平面の威力よ。快が言った \(i^{100}\) で確認してみましょう。\(100 \times 90° = 9000°\) で、\(9000 / 360 = 25\) 周だから元に戻って \(1\)——代数的にも \(i^{100} = (i^4)^{25} = 1^{25} = 1\) で一致するわ。

⚪ メイ: つまり \(i^n\) の計算は「\(90°\) ずつ回転を \(n\) 回重ねる」と読み替えられるのね。代数と図形、どちらからアプローチしても同じ結果になるのが複素平面の強みだわ。

✅ 理解度チェック: 複素数 \(z = 1 + i\)\(i\) を掛けた結果を計算し、複素平面上でどう動くか説明してみましょう。

答え

\(iz = i(1 + i) = i + i^2 = -1 + i\)。元の \(z = 1 + i\) は第 1 象限(偏角 \(\pi/4\))にあり、\(iz = -1 + i\) は第 2 象限(偏角 \(3\pi/4\))にある。偏角が \(\pi/2\) だけ増えており、原点を中心に \(90°\) 反時計回りに回転した。絶対値はどちらも \(\sqrt{2}\) で変わらない。


複素共役 — 鏡に映した数

🟡 リナ: 割り算のところで少し先取りしたけれど、ここで正式に定義するわ。複素数 \(z = a + bi\) の虚部の符号だけを反転させたものを複素共役 (complex conjugate) と呼ぶ。物理では \(z^*\) と書くのが標準よ。数学では \(\bar{z}\) と書くこともあるけれど、この教材では物理の慣習に従って \(z^*\) を使うわ。

\[z = a + bi \quad \Longrightarrow \quad z^* = a - bi \tag{A.12}\]

🔵 カイ: 虚部の符号をひっくり返すだけ? そんな単純なものに名前をつける必要あるんですか?

🟡 リナ: あるの。量子力学ではあらゆるところに出てくる。まず便利な性質を 3 つ見せるわね。

性質 1:実部と虚部の取り出し

🟡 リナ: \(z\)\(z^*\) を足すと、

\[z + z^* = (a + bi) + (a - bi) = 2a\]

だから、

\[\operatorname{Re}(z) = \frac{z + z^*}{2} \tag{A.13}\]

同様に引くと、

\[z - z^* = (a + bi) - (a - bi) = 2bi\]

だから、

\[\operatorname{Im}(z) = \frac{z - z^*}{2i} \tag{A.14}\]

ここで \(\operatorname{Re}\) は real part(実部)、\(\operatorname{Im}\) は imaginary part(虚部)の略。

🔵 カイ: 足すと虚部が消えて実部だけ、引くと実部が消えて虚部だけ。うまくできてますね。

性質 2:絶対値の 2 乗

🟡 リナ: \(z\)\(z^*\) を掛けると、

\[\begin{align} z z^* &= (a + bi)(a - bi) \\ &= a^2 - (bi)^2 \\ &= a^2 + b^2 \\ &= |z|^2 \end{align} \tag{A.15}\]

🔵 カイ: 複素共役と掛けると絶対値の 2 乗になる!

🟡 リナ: これは量子力学で最も頻繁に使う関係よ。第 4 章で確率振幅 \(\phi\) から確率を求めるとき、\(|\phi|^2 = \phi^* \phi\) という計算を毎回やることになるの。

✅ 理解度チェック: 複素数 \(z\) とその複素共役 \(z^*\) の積 \(zz^*\) は何に等しいか。なぜこの関係が量子力学で重要か。

答え

\(zz^* = |z|^2\)(絶対値の 2 乗)に等しい。量子力学では確率振幅 \(\phi\) から確率を求めるとき \(|\phi|^2 = \phi^* \phi\) という計算を行うため、この関係が最も頻繁に使われる。

🔵 カイ: でも、\(z^*\) と掛けたら実数になるんですよね。偏角の足し算で考えると、\(z^*\) の偏角って何か特別なんですか?

🟡 リナ: いい疑問ね。実は、\(z^*\) の偏角は \(z\) の偏角と逆符号になっているの。極形式で書くと \(z = r(\cos\theta + i\sin\theta)\) に対して \(z^* = r(\cos\theta - i\sin\theta)\)。ここで \(\cos\theta - i\sin\theta = \cos(-\theta) + i\sin(-\theta)\) が成り立つ——\(\cos\)\(\cos(-\theta) = \cos\theta\) で符号が変わらず、\(\sin\)\(\sin(-\theta) = -\sin\theta\) で符号が反転するから。つまり偏角が \(-\theta\) になっている。掛けると偏角が \(\theta + (-\theta) = 0\) で実軸方向、絶対値は \(r \times r = r^2\)。ちゃんと整合しているでしょう?

⚪ メイ: 偏角を打ち消し合って実軸に戻る——回転の図形的イメージと完全に一致するわね。

🟡 リナ: この後 Euler の公式を学ぶと、もっとコンパクトな表記になるの。今は「複素共役は偏角を逆にする操作」という直感を持っておいてくれれば十分よ。

🔵 カイ: 偏角を打ち消し合うから実軸に戻る——図形的にもすっきりしますね。

性質 3:複素共役の計算規則

🟡 リナ: 複素共役には次の規則がある。どれも定義に戻れば証明できるけれど、まとめておくわ。

\[\begin{align} (z^*)^* &= z \tag{A.16} \\ (z_1 + z_2)^* &= z_1^* + z_2^* \tag{A.17} \\ (z_1 z_2)^* &= z_1^* z_2^* \tag{A.18} \\ \left(\frac{z_1}{z_2}\right)^* &= \frac{z_1^*}{z_2^*} \tag{A.19} \end{align}\]

🔵 カイ: 複素共役は足し算・掛け算・割り算のどれに対しても「中に入れられる」んですね。引き算も \((z_1 - z_2)^* = z_1^* - z_2^*\) で同じですよね?

🟡 リナ: そう。引き算は足し算の特別な場合だから自動的に成り立つわ。この性質を数学では「\(*\)体の自己同型写像である」と言うけれど、今はそこまで踏み込まなくていい。「複素共役は四則演算と交換できる」と覚えておけば十分。

✅ 理解度チェック: \(z = 3 - 4i\) のとき、\(|z|^2\)\(zz^*\) で計算してみましょう。また \(|z|\) はいくつか。

答え

\(z^* = 3 + 4i\)\(zz^* = (3 - 4i)(3 + 4i) = 9 + 16 = 25 = |z|^2\)。よって \(|z| = 5\)

📝 練習問題:


Taylor 展開の準備

🟡 リナ: Euler の公式を導出するために、Taylor 展開 (Taylor expansion) という道具が必要になるの。ここでは高校の数学 III で学ぶ微分の知識を使うわ。もし微分をまだ習っていなければ、このセクションの途中の計算は飛ばして構わない——本編で必要になるのは最終結果の式 (A.23)〜(A.25) の 3 つだけだから、それらを「こういう公式が成り立つ」と受け入れて、次のセクション「Euler の公式」に進んでも大丈夫よ。

微分とは「\(x\) が微小量 \(\Delta x\) だけ変わったとき、\(f(x)\) がどれだけ変わるか」の比率を求める操作で、\(f(x)\) の微分を \(f'(x)\) と書く。もう少し具体的に言うと、

\[f'(x) = \lim_{\Delta x \to 0} \frac{f(x + \Delta x) - f(x)}{\Delta x}\]

つまり「\(x\)\(\Delta x\) だけ動かしたときの \(f\) の変化量」を「\(\Delta x\)」で割り、\(\Delta x\) を限りなく小さくした極限が微分よ。グラフで言えば、曲線上の 2 点を結ぶ直線(割線)の傾きを、2 点を限りなく近づけたときの極限——つまり接線の傾きに等しいの。

基本公式として、\(x^n\) の微分は \((x^n)' = nx^{n-1}\)——つまり指数を前に下ろして、指数を 1 減らす。例えば \(f(x) = x^2\) なら \(f'(x) = 2x^1 = 2x\)\(f(x) = x^3\) なら \(f'(x) = 3x^2\) よ。なぜこうなるか直感的に言うと、\((x + \Delta x)^2 - x^2 = 2x\,\Delta x + (\Delta x)^2\) だから、\(\Delta x\) で割って \(\Delta x \to 0\) とすれば \(2x\) が残る——\(\Delta x\) の 2 乗の項は消えるの。三角関数については \((\sin x)' = \cos x\)\((\cos x)' = -\sin x\) という関係がある。また指数関数は \((e^x)' = e^x\) で、微分しても自分自身になる特別な関数。これらの厳密な導出は数学 III の教科書に譲るけれど、結果は後で何度も使うから覚えておいてね。

🔵 カイ: \((\cos x)' = -\sin x\) のマイナスはどこから来るんですか? あと、\((e^x)' = e^x\) って不思議じゃないですか? 微分しても変わらない関数なんてあるんですか?

🟡 リナ: 順番に答えるわね。まず \(\cos x\) のマイナスについて。\(\cos x\) のグラフを思い浮かべて。\(x = 0\) のとき \(\cos 0 = 1\) で山の頂上にいるわよね。頂上では傾きがゼロ——実際 \(-\sin 0 = 0\) で合っている。そこから \(x\) が少し増えると \(\cos x\) は減少する、つまり傾きが負になる。\(-\sin x\)\(x > 0\) で負だから整合するの。同じ発想で \((\sin x)' = \cos x\) も確認できるわ。\(x = 0\) のとき \(\sin 0 = 0\) で原点を通過中、傾きは正——実際 \(\cos 0 = 1 > 0\) で合っている。

⚪ メイ: グラフの形から微分の符号が読み取れるのね。山の頂上は傾き 0、下り坂は傾き負——直感的だわ。

🟡 リナ: 次に \(e^x\) について。直感的に言うと、\(e^x\) のグラフは右に行くほど急激に増える。そして「今の値に比例した傾きを持つ」のが指数関数の特徴なの。つまり値が大きいところでは傾きも大きく、値が小さいところでは傾きも小さい。「変化率が自分自身に等しい」という性質を持つ関数が \(e^x\) だと思ってくれればいいわ。実際、\(e\) という数はまさにこの性質を満たすように選ばれた底なの。

🔵 カイ: なるほど、「変化率=自分自身」を満たす特別な関数なんですね。

🟡 リナ: さて、この微分をさらに繰り返し適用するの。\(f'(x)\) をもう一度微分したものを \(f''(x)\)(2 階微分)、さらに微分したものを \(f'''(x)\)(3 階微分)と書く。例えば \(f(x) = x^2\) なら \(f'(x) = 2x\)\(f''(x) = 2\)\(f'''(x) = 0\) よ。一般に \(n\) 回微分したものを \(f^{(n)}(x)\) と書くの。括弧がついているのは「\(n\) 乗」ではなく「\(n\) 回微分」という意味——\(f^{(4)}(x)\)\(f\) を 4 回微分したもの、\(f^{(0)}(x) = f(x)\) は微分 0 回、つまり元の関数そのものよ。

その前に一つ記号を導入させて。\(n! = n \times (n-1) \times \cdots \times 1\)階乗 (factorial) と呼ぶ。例えば \(3! = 3 \times 2 \times 1 = 6\)\(4! = 4 \times 3 \times 2 \times 1 = 24\)\(0! = 1\) と約束する(こう定めると \(1! = 1 \times 0! = 1 \times 1 = 1\) となり、\(n! = n \times (n-1)!\) という漸化式が \(n = 1\) でも矛盾なく成り立つので便利)。この記号はすぐ後で使うわ。

🔵 カイ: Taylor 展開って何ですか?

🟡 リナ: ある点 \(x_0\) での関数の値と、その点での微分係数(1 階微分、2 階微分、3 階微分、……)を全部知っているとしたら、\(x_0\) から少し離れた点 \(x\) での関数の値を多項式の和で表現できる、という技法よ。

考え方はこう。まず \(x_0\) のごく近くでは、関数はその点での接線で近似できる。\(f'(x_0)\)\(x = x_0\) での傾き(変化率)だから、\(x_0\) から少しだけ \(\Delta x = x - x_0\) だけずれた点では \(f(x) \approx f(x_0) + f'(x_0)(x - x_0)\) と書ける——「元の値+傾き×ずれ幅」ね。でもこれは 1 次の近似にすぎない。もっと精度を上げたければ、2 次の項、3 次の項……と付け足していく。

🔵 カイ: 2 次の項ってどうやって決めるんですか?

🟡 リナ: 各項の係数は「\(n\) 回微分して \(x = x_0\) を代入したとき、ちょうど \(f^{(n)}(x_0)\) が取り出せる」ように決めるの。そのために \(1/n!\) をつける——さっき定義した階乗ね。なぜ \(n!\) が必要かというと、\(x^n\)\(n\) 回微分すると \(n!\) が出てくるから。例えば \(x^3\) を 1 回微分すると \(3x^2\)、もう 1 回で \(6x\)、もう 1 回で \(6 = 3!\)。一般に \((x - x_0)^n\)\(n\) 回微分して \(x = x_0\) を代入すると \(n!\) が残る。だから分母に \(n!\) を置いておけば、ちょうど打ち消されて \(f^{(n)}(x_0)\) だけが取り出せるの。結果はこうなる:

\[f(x) = f(x_0) + f'(x_0)(x - x_0) + \frac{1}{2!}f''(x_0)(x - x_0)^2 + \frac{1}{3!}f'''(x_0)(x - x_0)^3 + \cdots \tag{A.20}\]

ここで \(f^{(0)} = f\)(微分 0 回=元の関数)と約束する。右辺の「\(\cdots\)」は、この足し算が無限に続くことを意味しているの。

🔵 カイ: 無限に足し続けるんですか? それで本当に元の関数に一致するんですか?

🟡 リナ: いい疑問ね。まず「無限に足す」の意味を説明するわ。例えば \(1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{4} + \frac{1}{8} + \cdots\) を考えてみて。最初の 1 項だけ、最初の 2 項まで、最初の 3 項まで……と途中まで足した値を部分和 (partial sum) と呼ぶの。この場合の部分和は \(1, 1.5, 1.75, 1.875, \ldots\)\(2\) に限りなく近づいていく——毎回「残りの距離の半分」だけ進むから、\(2\) を超えることはないけれど、いくらでも \(2\) に近づけるの。このように、部分和がある値に限りなく近づくとき、その値を無限級数の「和」と定めるの。逆に \(1 + 1 + 1 + \cdots\) のように部分和がどこまでも大きくなって一つの値に落ち着かない場合は「発散する」と言って、和は定義されない。

🔵 カイ: なるほど、「無限に足す」って言っても、実際には部分和の行き先を見ているんですね。でも、Taylor 展開の場合はちゃんと収束するんですか? 全部の関数で使えるわけじゃないですよね?

🟡 リナ: 鋭いわね。実は、すべての関数で Taylor 展開が元の関数に一致するわけではないの。例えば \(f(x) = e^{-1/x^2}\)\(x \neq 0\))、\(f(0) = 0\) という関数は、\(x = 0\) でのすべての微分係数が \(0\) になるから、Taylor 展開は恒等的に \(0\) になってしまう——元の関数とは全然違う。でも今回使う \(\cos x\)\(\sin x\)\(e^x\) の 3 つは、どんな実数 \(x\) に対しても無限級数が元の関数に一致することが証明されている。だから安心して使っていいわ。さらに言うと、\(e^x\) の級数は \(x\) に複素数を入れても収束する——これは次のセクションで Euler の公式を導くときに使うわ。実用上は、必要な精度に応じて途中で打ち切ることも多い。

⚪ メイ: \(x_0\) での情報だけから、離れた点の値を再構成できるのがすごいわね。

🟡 リナ: 式 (A.20) を \(\Sigma\)(シグマ)記法でコンパクトに書くこともできる。\(\displaystyle\sum_{n=1}^{3} n = 1 + 2 + 3 = 6\) のように、\(\sum\) の下に書いた変数の開始値から、上に書いた終了値まで、1 ずつ増やしながら順に足す記法よ。\(\displaystyle\sum_{n=0}^{3} n^2 = 0^2 + 1^2 + 2^2 + 3^2 = 14\) のように下限が \(0\) なら \(n = 0\) から始める。上限が \(\infty\) のときは、今説明した「部分和の極限」を意味する。例えば \(\displaystyle\sum_{n=0}^{\infty} \left(\frac{1}{2}\right)^n = 1 + \frac{1}{2} + \frac{1}{4} + \cdots = 2\) ——さっき話した等比級数の例そのものね。

🔵 カイ: つまり \(\sum\) は「ここからここまで全部足せ」という指示記号なんですね。

🟡 リナ: そう。これを使うと、式 (A.20) は次のように書ける。ここで \(f^{(n)}(x_0)\) は「\(f\)\(n\) 回微分して \(x = x_0\) を代入した値」——さっき説明した記法ね:

\[f(x) = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{f^{(n)}(x_0)}{n!}(x - x_0)^n \tag{A.21}\]

🟡 リナ: 特に \(x_0 = 0\) のまわりで展開したものを Maclaurin 展開 (Maclaurin expansion) と呼ぶ。Taylor (テイラー)、Maclaurin (マクローリン) はどちらも数学者の名前よ。

\[f(x) = f(0) + f'(0)\,x + \frac{f''(0)}{2!}\,x^2 + \frac{f'''(0)}{3!}\,x^3 + \cdots \tag{A.22}\]

✅ 理解度チェック: Taylor 展開とは何か。各項の係数に \(1/n!\) がつく理由を簡潔に説明してみましょう。

答え

Taylor 展開とは、ある点 \(x_0\) での関数の値とすべての階数の微分係数から、関数を多項式(べき級数)で表現する技法である。\(1/n!\) がつくのは、右辺を \(n\) 回微分して \(x = x_0\) を代入したとき、ちょうど \(f^{(n)}(x_0)\) が取り出せるようにするためである(\(x^n\)\(n\) 回微分すると \(n!\) が出るので、それを打ち消す)。

🟡 リナ: この式が正しいことの確認をしてみましょう。「正しい」とは、右辺に \(x = 0\) を代入すれば \(f(0)\) が出て、1 回微分して \(x = 0\) を代入すれば \(f'(0)\) が出て……\(n\) 回微分して \(x = 0\) を代入すれば \(f^{(n)}(0)\) が出る、ということ。実際にやってみるわ。

まず右辺を \(x\) で項ごとに微分してみて。\(f(0)\) は定数だから微分すると \(0\)\(f'(0)\,x\) を微分すると \(f'(0)\)\(\dfrac{f''(0)}{2!}\,x^2\) を微分すると \(\dfrac{f''(0)}{2!} \cdot 2x = f''(0)\,x\)\(\dfrac{f'''(0)}{3!}\,x^3\) を微分すると \(\dfrac{f'''(0)}{3!} \cdot 3x^2 = \dfrac{f'''(0)}{2!}\,x^2\)。つまり、

\[f'(x) = f'(0) + f''(0)\,x + \frac{f'''(0)}{2!}\,x^2 + \cdots\]

全体が一段ずれただけで同じ形になる。ここに \(x = 0\) を代入すると、\(x\) を含む項はすべて消えて \(f'(0)\) だけが残る——確かに左辺の \(f'(0)\) と一致するわ。もう一度微分して \(x = 0\) を代入すれば \(f''(0)\) が取り出せる。これを繰り返せば、\(n\) 回微分して \(x = 0\) を代入したとき \(f^{(n)}(0)\) が出ることが確認できる。

🔵 カイ: なるほど……微分するたびに一段ずれて、\(x = 0\) を代入するとちゃんとその階数の微分係数だけが残る。\(n!\) がうまく \(n\) を吸収してくれるから成り立つんですね。すごい仕組みだ。

3 つの関数の Maclaurin 展開

🟡 リナ: Euler の公式を導くために、\(\cos x\)\(\sin x\)\(e^x\) の 3 つを展開するわ。

\(\cos x\) の展開:

\(\cos x\) の各階微分を \(x = 0\) で評価すると:

表 A.1: cos x の各階微分と x=0 での値

\(n\) \(f^{(n)}(x)\) \(f^{(n)}(0)\)
0 \(\cos x\) \(1\)
1 \(-\sin x\) \(0\)
2 \(-\cos x\) \(-1\)
3 \(\sin x\) \(0\)
4 \(\cos x\) \(1\)

パターンが 4 つごとに繰り返す。奇数次の項は \(0\) になるから、

\[\cos x = 1 - \frac{x^2}{2!} + \frac{x^4}{4!} - \frac{x^6}{6!} + \cdots = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(-1)^n}{(2n)!}\,x^{2n} \tag{A.23}\]

\(\sin x\) の展開:

同様に、

表 A.2: sin x の各階微分と x=0 での値

\(n\) \(f^{(n)}(x)\) \(f^{(n)}(0)\)
0 \(\sin x\) \(0\)
1 \(\cos x\) \(1\)
2 \(-\sin x\) \(0\)
3 \(-\cos x\) \(-1\)
4 \(\sin x\) \(0\)

偶数次の項が \(0\) になるから、

\[\sin x = x - \frac{x^3}{3!} + \frac{x^5}{5!} - \frac{x^7}{7!} + \cdots = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(-1)^n}{(2n+1)!}\,x^{2n+1} \tag{A.24}\]

🔵 カイ: \(\cos\) は偶数乗だけ、\(\sin\) は奇数乗だけ。微分の 4 周期に対応してるんですね。

\(e^x\) の展開:

🟡 リナ: 指数関数 \(e^x\) は「何回微分しても自分自身」という特別な関数。\((e^x)' = e^x\) だから、すべての階数で \(f^{(n)}(0) = e^0 = 1\)

\[e^x = 1 + x + \frac{x^2}{2!} + \frac{x^3}{3!} + \frac{x^4}{4!} + \cdots = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{x^n}{n!} \tag{A.25}\]

🔵 カイ: \(e^x\) の展開はきれいですね。全部の項が生き残る。

⚪ メイ: \(\cos x\) は偶数次だけ、\(\sin x\) は奇数次だけ、\(e^x\) は全部。この 3 つを見比べると、何か関係がありそうね……

🟡 リナ: 鋭い。まさにそこから Euler の公式が生まれるの。

✅ 理解度チェック: \(\cos x\)\(\sin x\)\(e^x\) の Maclaurin 展開において、それぞれどの次数の項が生き残るか。

答え

\(\cos x\) は偶数次の項のみ(\(1, x^2, x^4, \ldots\))、\(\sin x\) は奇数次の項のみ(\(x, x^3, x^5, \ldots\))、\(e^x\) はすべての次数の項が生き残る。\(\cos x\)\(\sin x\) で消える項があるのは、微分の 4 周期性により \(x=0\) で値が 0 になる階数があるため。

✅ 理解度チェック: \(e^x\) の Maclaurin 展開で \(x = 1\) を代入すると何が得られるか。

答え

\(e^1 = e = 1 + 1 + \frac{1}{2!} + \frac{1}{3!} + \cdots = 1 + 1 + 0.5 + 0.1667 + \cdots \approx 2.718\ldots\)。Napier(ネイピア)数 \(e\) の値が無限級数で表される。


Euler の公式 — \(e^{i\theta}\) の正体

🟡 リナ: いよいよこの付録のクライマックス。式 (A.25) の \(x\)\(i\theta\) を代入してみるわ。\(\theta\) は実数。

🔵 カイ: え、\(x\) は実数だったのに、虚数を入れていいんですか?

🟡 リナ: 鋭い疑問ね。実は、\(e^x\) の Taylor 展開 \(\sum x^n/n!\) は、\(x\) が複素数であっても和がちゃんと一つの値に収束することが数学的に証明されているの。直感的に理解するポイントはこう。分子の \(|x|^n\) は「同じ数 \(|x|\)\(n\) 回掛ける」だけだけど、分母の \(n! = 1 \times 2 \times 3 \times \cdots \times n\) は「毎回新しい、より大きな数が掛かる」の。だから \(n\) が十分大きくなると、分母の成長が分子を圧倒して、各項は急激に小さくなる。具体的に見てみましょう。\(|x| = 10\) のとき、\(n\) 番目の項は \(10^n/n!\) だけど、\(10! = 3628800\)\(20! \approx 2.4 \times 10^{18}\) と分母が爆発的に増える。\(n = 20\) の項は \(10^{20}/20! \approx 41\) でまだそこそこの大きさだけど、\(n = 30\) の項は \(10^{30}/30! \approx 0.004\) と急激に小さくなる。\(n\) がさらに増えれば事実上ゼロになるから、級数全体は有限の値に収束するの。厳密な証明は大学の解析学で学ぶけれど、結果は信じて使っていいわ。

🔵 カイ: 収束するのは分かりましたけど、そもそも「\(e\)\(i\theta\) 乗」って何なんですか? 実数のときは「\(e\) を何回も掛ける」イメージがあったけど、虚数回掛けるって意味不明じゃないですか?

🟡 リナ: まさにそこがポイント。実数の \(e^x\) は「何回微分しても自分自身」という性質で特徴づけられたけれど、\(x\) が虚数のときは「\(e\)\(i\theta\) 乗する」という操作に直接的な意味を与えにくい。そこで発想を転換するの。

まず確認しておくと、実数の \(x\) に対しては、級数 \(\sum x^n/n!\) の値は「もともと知っている \(e^x\)」とぴったり一致する——例えば \(x = 1\) を代入すれば \(e \approx 2.718\ldots\) が出るし、\(x = 2\) なら \(e^2 \approx 7.389\ldots\) が出る。つまり実数の範囲では、級数は \(e^x\) の「別の書き方」にすぎない。

でも級数の方は、\(x\) に複素数を入れても計算できる。だったら、実数で成り立っていた級数 \(\sum x^n/n!\)そのまま \(e^{i\theta}\) の定義として採用する。つまり「\(e^{i\theta}\) とは何か」を、この級数で定めるのよ。実数の場合に正しい答えを返す公式を、複素数の領域に「延長」するイメージね。

⚪ メイ: 「計算できるなら、それを定義にしてしまう」——虚数単位 \(i\) を導入したときと同じ発想ね。\(i\) のときは「\(i^2 = -1\) を満たす数があると仮定する」だったし、今回は「この級数の値を \(e^{i\theta}\) と呼ぶ」と決める。

🟡 リナ: そう。では実際に書き出してみましょう。定義は

\[e^{i\theta} = \sum_{n=0}^{\infty} \frac{(i\theta)^n}{n!} \tag{A.26}\]

\(i\) のべき乗は 4 つごとに巡回するわ:

\[i^0 = 1, \quad i^1 = i, \quad i^2 = -1, \quad i^3 = -i, \quad i^4 = 1, \quad \ldots\]

🔵 カイ: 4 つで一周するんですね。

🟡 リナ: そう。これを使って式 (A.26) を展開すると:

\[\begin{align} e^{i\theta} &= 1 + i\theta + \frac{(i\theta)^2}{2!} + \frac{(i\theta)^3}{3!} + \frac{(i\theta)^4}{4!} + \frac{(i\theta)^5}{5!} + \cdots \end{align}\]

ここで \((i\theta)^n = i^n \theta^n\) を使うわ。これは「積のべき乗は各因子のべき乗の積」という法則——\((ab)^n = a^n b^n\)、つまり \(ab\)\(n\) 回掛けたものは、\(a\)\(n\) 回掛けたものと \(b\)\(n\) 回掛けたものの積に等しい——を \(a = i\)\(b = \theta\) に適用しただけ。複素数の掛け算も実数と同じ交換法則・結合法則に従うから、この法則はそのまま使えるの。\(i\) のべき乗の巡回パターンを使うと:\((i\theta)^2 = i^2 \theta^2 = -\theta^2\)\((i\theta)^3 = i^3 \theta^3 = -i\theta^3\)\((i\theta)^4 = i^4 \theta^4 = \theta^4\)、……。代入すると、

\[\begin{align} e^{i\theta} &= 1 + i\theta - \frac{\theta^2}{2!} - i\frac{\theta^3}{3!} + \frac{\theta^4}{4!} + i\frac{\theta^5}{5!} - \cdots \end{align}\]

🔵 カイ: 符号が \(+, +, -, -, +, +, \ldots\) と 2 個ずつ変わるのが \(i\) の巡回パターンのせいなんですね。

🟡 リナ: その通り。では実部と虚部に分けてみて。\(i\) がついていない項(\(n = 0, 2, 4, \ldots\) の項)が実部、\(i\) がついている項(\(n = 1, 3, 5, \ldots\) の項)から \(i\) をくくり出したものが虚部よ。

\[e^{i\theta} = \underbrace{\left(1 - \frac{\theta^2}{2!} + \frac{\theta^4}{4!} - \cdots\right)}_{\text{実部}} + i\underbrace{\left(\theta - \frac{\theta^3}{3!} + \frac{\theta^5}{5!} - \cdots\right)}_{\text{虚部}} \tag{A.27}\]

🔵 カイ: あ! 実部は式 (A.23) の \(\cos\theta\) で、虚部は式 (A.24) の \(\sin\theta\) だ!

🟡 リナ: その通り。これが Euler(オイラー)の公式

\[\boxed{e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta} \tag{A.28}\]

⚪ メイ: \(e^x\) の「全部入り」の級数に \(i\) を入れたら、偶数次が \(\cos\)、奇数次が \(\sin\) に自動的に振り分けられた……見事ね。

🟡 リナ: なぜこんなことが起きるか分かる? \(e^x\) の級数はすべての次数を含んでいるから、\(i\) のべき乗パターン(\(1, i, -1, -i, \ldots\))によって偶数次の項は実部に、奇数次の項は虚部に振り分けられるの。偶数次だけ集めれば \(\cos\theta\)、奇数次だけ集めれば \(\sin\theta\) になる——だから指数関数と三角関数がつながるのよ。

🔵 カイ: \(i\) のべき乗が「振り分け係」になってるんですね。\(i^2 = -1\) で実部に戻り、\(i^3 = -i\) で虚部に戻り……4 つごとのサイクルが偶数・奇数の分類を自動的にやってくれる。

⚪ メイ: つまり、\(e^x\) が「全部入り」の級数だからこそ、\(i\) を入れたときに \(\cos\)\(\sin\) の両方が自然に出てくるのね。

Eulerの公式と単位円

図 A.1: Eulerの公式と単位円。\(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\) は複素平面の単位円上の点を表す。特殊値: \(e^{i\cdot 0}=1\)\(e^{i\pi/2}=i\)\(e^{i\pi}=-1\)(Euler の恒等式)、\(e^{i3\pi/2}=-i\)\(\theta\) を変えると点が単位円上を回転する。

🟡 リナ: 図 A.1「Eulerの公式と単位円」 を見てみて。\(e^{i\theta}\) の絶対値は \(|e^{i\theta}| = \sqrt{\cos^2\theta + \sin^2\theta} = 1\) だから、\(e^{i\theta}\) は常に原点から距離 1 の位置にある——つまり単位円(半径 1 の円)上の点を表しているの。図に描いてある特殊値を確認してみて。\(\theta = 0\)\(e^{i \cdot 0} = 1\)(実軸の正の方向)、\(\theta = \pi/2\)\(e^{i\pi/2} = i\)(虚軸の正の方向)、\(\theta = \pi\)\(e^{i\pi} = -1\)(実軸の負の方向)、\(\theta = 3\pi/2\)\(e^{i3\pi/2} = -i\)(虚軸の負の方向)——\(\theta\) を変えると、点が単位円の上をぐるぐる回る。

🔵 カイ: さっきの「\(i\) を掛けると \(90°\) 回転」が、単位円上を \(\pi/2\) ずつ進む動きとして見えるんですね。

🟡 リナ: 18 世紀の数学者 Euler が発見したこの公式は、数学で最も美しい関係式の一つと言われているわ。でも私たちにとって大事なのは美しさではなく、実用性。量子力学ではこの公式が文字通り毎ページ登場するの。

Euler の公式の特別な場合

🟡 リナ: \(\theta = \pi\) を代入してみて。

\[e^{i\pi} = \cos\pi + i\sin\pi = -1 + 0 = -1\]

つまり、

\[e^{i\pi} + 1 = 0 \tag{A.29}\]

🔵 カイ: \(e\)\(i\)\(\pi\)\(1\)\(0\) が一つの式に……!

🟡 リナ: これは Euler の等式 と呼ばれ、数学の 5 つの重要な定数が一つの関係で結ばれている。ただし、これは式 (A.28) の特別な場合にすぎないから、本当に重要なのは式 (A.28) の方よ。

極形式の書き換え

🟡 リナ: Euler の公式を使うと、極形式 (A.8) がとてもコンパクトに書ける。

\[z = r(\cos\theta + i\sin\theta) = re^{i\theta} \tag{A.30}\]

⚪ メイ: 極形式が \(re^{i\theta}\) の 3 文字で書ける! これなら掛け算もコンパクトに書けそうね。

🟡 リナ: そう。実は、実数で成り立つ指数法則 \(e^A \cdot e^B = e^{A+B}\) は、指数が純虚数のときにもそのまま使えるの。これは級数の定義から直接証明できるけれど、ここでは結果だけ使うわ。だから、

\[z_1 z_2 = r_1 e^{i\theta_1} \cdot r_2 e^{i\theta_2} = r_1 r_2 \, e^{i(\theta_1 + \theta_2)} \tag{A.31}\]

🔵 カイ: うわ、式 (A.11) であんなに苦労したのが、指数法則一発で終わる!

🟡 リナ: 式 (A.11) で三角関数の加法定理を使って苦労して示したことが、指数法則だけで一瞬で出てくる。これが Euler の公式の威力よ。

🔵 カイ: でも、なぜ実数の法則が虚数でもそのまま使えるんですか? 「\(e\) の虚数乗」自体を級数で定義したのに、法則まで自動的に成り立つのは不思議です。

🟡 リナ: いい疑問ね。直感的に言うと、\(e^{i\theta_1}\)\(e^{i\theta_2}\) の級数を項ごとに掛け合わせて整理すると、まさに \(e^{i(\theta_1+\theta_2)}\) の級数になるの。実はさっき式 (A.11) で加法定理を使って示した計算が、級数の言葉で言い直されただけ。つまり指数法則と加法定理は同じことの別表現なのよ。厳密な証明は省くけれど、矛盾なく成り立つことは保証されているわ。

⚪ メイ: 指数法則と加法定理が同じことの裏表……Euler の公式がその橋渡しをしているのね。

🔵 カイ: 偏角が足し算になるのが、指数法則そのものだったんですね。

✅ 理解度チェック: \(e^{i\pi/2}\) の値を Euler の公式から求めてください。また、これは複素平面上のどの点か。

答え

\(e^{i\pi/2} = \cos(\pi/2) + i\sin(\pi/2) = 0 + i \cdot 1 = i\)。複素平面上では虚軸の正の方向、点 \((0, 1)\)。つまり \(i\) は「絶対値 1、偏角 \(\pi/2\)」の複素数。

📝 練習問題:


Euler の公式の応用 — 量子力学への橋渡し

🟡 リナ: 最後に、Euler の公式から導かれる重要な関係をいくつか整理しておくわ。これらは 第 4 章 以降で何度も使うことになる。

三角関数の Euler 表現

🟡 リナ: Euler の公式から、

\[e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta \tag{A.28 再掲}\]

\(\theta\)\(-\theta\) に置き換えると、\(\cos\) は偶関数(\(\cos(-\theta) = \cos\theta\)、グラフが \(y\) 軸対称)、\(\sin\) は奇関数(\(\sin(-\theta) = -\sin\theta\)、原点対称)だから、

\[e^{-i\theta} = \cos\theta - i\sin\theta \tag{A.32}\]

この 2 つを足すと、

\[e^{i\theta} + e^{-i\theta} = 2\cos\theta\]
\[\therefore \quad \cos\theta = \frac{e^{i\theta} + e^{-i\theta}}{2} \tag{A.33}\]

引くと、

\[e^{i\theta} - e^{-i\theta} = 2i\sin\theta\]
\[\therefore \quad \sin\theta = \frac{e^{i\theta} - e^{-i\theta}}{2i} \tag{A.34}\]

🔵 カイ: 足すと \(\cos\)、引くと \(\sin\) が出てくる……複素共役で実部・虚部を取り出したのとそっくりだ!

⚪ メイ: 式 (A.13) と (A.14) で実部と虚部を取り出したのと同じ構造ね。そして \(e^{-i\theta}\)\(e^{i\theta}\) と比べると虚部の符号が反転しているわ。

🟡 リナ: そう、そこに気づいた? 実は \(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\) の複素共役を取ると、虚部の符号が反転して \(\cos\theta - i\sin\theta = e^{-i\theta}\) になる。つまり、

\[(e^{i\theta})^* = e^{-i\theta}\]

これはさっき複素共役のセクションで話した「偏角が逆符号になる」ことの Euler の公式版ね。直交形式 \(\cos\theta + i\sin\theta\) に式 (A.12) の定義を適用した結果そのものよ。

⚪ メイ: なるほど、複素共役の定義から自然に出てくる関係なのね。こうやって別の角度から同じ結果が出てくると、理解が深まるわ。

\(e^{i\theta}\) の絶対値

🟡 リナ: \(e^{i\theta}\) の絶対値を計算してみて。

\[|e^{i\theta}|^2 = e^{i\theta} \cdot (e^{i\theta})^* = e^{i\theta} \cdot e^{-i\theta} = e^{0} = 1 \tag{A.35}\]
\[\therefore \quad |e^{i\theta}| = 1 \tag{A.36}\]

🔵 カイ: \(e^{i\theta}\) は常に絶対値 1 なんですね。複素平面上では原点を中心とする半径 1 の円の上を動く。

🟡 リナ: そう。\(\theta\) が変わっても大きさは変わらず、向きだけが変わる\(e^{i\theta}\) は「純粋な回転」を表す因子なの。量子力学では、これを位相因子 (phase factor) と呼ぶ。

🔵 カイ: 位相因子?

🟡 リナ: 「大きさを変えず、角度(位相)だけを変える因子」という意味。第 4 章 以降で確率振幅に \(e^{i\theta}\) が掛かる場面がたくさん出てくるけれど、確率は \(|\phi|^2\) だから、位相因子だけが変わっても確率は変わらない。でも、2 つの振幅を足し合わせるときに位相の違いが効いてくる。これが量子力学の干渉現象の数学的な核心なの。

⚪ メイ: 確率に影響しないのに、足し合わせると効いてくる……。その仕組みは 第 4 章で見るのね。

🟡 リナ: そう。今は道具を揃えただけ。使い方は本編で体験してもらうわ。

✅ 理解度チェック: 位相因子 \(e^{i\theta}\) の絶対値はいくつか。また、量子力学で位相因子が重要になるのはどのような場面か。

答え

\(|e^{i\theta}| = 1\) で常に 1 である。量子力学では、確率は \(|\phi|^2\) で計算されるため位相因子だけの変化では確率は変わらない。しかし、2 つの振幅を足し合わせるとき(干渉)に位相の違いが効いてくる。これが量子力学の干渉現象の数学的な核心である。

複素共役と極形式のまとめ

🟡 リナ: 最後に、この付録の結果を一つの表にまとめておくわ。

表 A.3: 複素数の直交形式と極形式の対応

表現 直交形式 極形式
複素数 \(z\) \(a + bi\) \(re^{i\theta}\)
複素共役 \(z^*\) \(a - bi\) \(re^{-i\theta}\)
絶対値の 2 乗 \(\lvert z \rvert^2\) \(a^2 + b^2\) \(r^2\)
実部 \(\operatorname{Re}(z)\) \(a\) \(r\cos\theta\)
虚部 \(\operatorname{Im}(z)\) \(b\) \(r\sin\theta\)

🔵 カイ: 直交形式と極形式、どっちを使えばいいんですか?

🟡 リナ: 場面による。足し算・引き算は直交形式が楽、掛け算・割り算は極形式が楽。量子力学では両方を行き来することになるから、どちらにも慣れておいてね。

✅ 理解度チェック: 次の式を簡単にしてみましょう:\(|3e^{i\pi/6}|^2\)

答え

\(|3e^{i\pi/6}|^2 = 3^2 \cdot |e^{i\pi/6}|^2 = 9 \times 1 = 9\)。位相因子 \(e^{i\pi/6}\) の絶対値は 1 だから、絶対値の 2 乗は振幅の 2 乗 \(r^2 = 9\) のみ。

📝 練習問題:


この付録のまとめ

🟡 リナ: この付録で学んだことを振り返っておきましょう。

  1. 虚数単位 \(i\)\(i^2 = -1\) を満たす数。複素数 \(z = a + bi\) は実部 \(a\) と虚部 \(b\) を持つ
  2. 四則演算\(i^2 = -1\) と普通の代数規則だけで実行できる。割り算は分母の複素共役を掛けて分母を実数にする
  3. 複素平面で複素数を点(矢印)として表す。絶対値 \(|z| = \sqrt{a^2 + b^2}\) と偏角 \(\theta\)極形式 \(z = re^{i\theta}\) と書ける
  4. 掛け算の図形的意味:絶対値は掛け算、偏角は足し算 → 回転と拡大
  5. 複素共役 \(z^* = a - bi = re^{-i\theta}\)\(zz^* = |z|^2\) は量子力学で最頻出の関係
  6. Euler の公式 \(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\) は Taylor 展開から導かれ、指数関数と三角関数を結ぶ
  7. 位相因子 \(e^{i\theta}\) は絶対値 1 の複素数で、「大きさを変えず向きだけ変える」回転を表す

🔵 カイ: 正直、最初は「虚数なんて使うの?」と思ってたけど、Euler の公式まで来ると、複素数がないと困る理由が分かってきた気がします。でも、\(e^{i\theta}\) を「位相因子」として使うって話がまだピンと来てなくて……「絶対値が 1 だから確率に影響しない」のに「足し合わせると効く」って、具体的にどういう計算で差が出るんですか?

🟡 リナ: 一つだけ予告的な例を見せるわね。\(e^{i \cdot 0} = 1\)\(e^{i\pi} = -1\) はどちらも絶対値 1 だけど、足すと \(1 + (-1) = 0\) で完全に打ち消し合う。逆に \(e^{i \cdot 0} + e^{i \cdot 0} = 2\) なら強め合う。位相が揃っているか逆かで、足し合わせの結果がまったく変わるの。量子力学ではこの「足し合わせ」が確率振幅で起きる——詳しくは 第 4 章 で体験してもらうわ。

🔵 カイ: 絶対値が同じ 1 なのに、足したら 0 にも 2 にもなる……位相って見えないけど決定的に重要なんですね。でも、自然界はなぜ「足してから 2 乗する」なんてルールを採用してるんだろう。

🟡 リナ: 深い問いね。実はそれ自体が量子力学の根本的な謎の一つで、「なぜ確率振幅が複素数なのか」は今も議論が続いているの。この教材では「自然界がそうなっている」という実験事実を出発点にするけれど、その問いは心の片隅に置いておいて。

🔵 カイ: 答えが出ていない問いがあること自体が面白いですね。「なぜ複素数なのか」——もしかして、実数だけだと何か足りないとか、そういう理由があるのかな。先が楽しみです。

🟡 リナ: いい直感ね。実は最近の研究で「実数だけでは量子力学の全ての実験結果を再現できない」ことが理論的にも実験的にも示されつつあるの。でもその話は先の楽しみにしておきましょう。道具の話に戻ると、特に \(|z|^2 = zz^*\)\(e^{i\theta}\) は、量子力学の「共通言語」と言っていいほど頻出する。しっかり手を動かして計算に慣れておいてね。


次章予告

🟡 リナ: この付録では複素数の代数と Euler の公式を整理したわ。次の Appendix B では、量子力学のもう一つの数学的柱——線形代数と Hilbert 空間の基礎を扱う。ベクトル・行列・固有値・内積といった概念が、第 5 章 以降のスピンや状態ベクトルの議論に直結するの。

🔵 カイ: ベクトルは高校でやりましたけど、Hilbert 空間って何ですか?

🟡 リナ: ざっくり言えば「内積が定義されたベクトル空間」のこと。厳密にはもう少し条件があるけれど、それは Appendix B で説明するわ。複素数の内積が入ってくるから、この付録の知識が前提になる。楽しみにしていてね。

🔵 カイ: 複素数の内積……普通の内積とは違うんですか? 気になるけど、次の付録を待ちます。


参考文献

  • 広江克彦『趣味で量子力学』(2014)— 複素数の基礎と Euler の公式の丁寧な導出。本付録の四則演算・複素共役・Taylor 展開の説明はこの書籍の構成を参考にした
  • 清水明『新版 量子論の基礎 — その本質のやさしい理解のために』(サイエンス社、2004)— 量子力学における複素数の役割についての物理的動機づけ
  • R. P. Feynman, R. B. Leighton, M. Sands, The Feynman Lectures on Physics, Vol. I, Ch. 22 (Algebra) — 複素数の図形的意味と物理への応用
  • J. J. Sakurai, J. Napolitano, Modern Quantum Mechanics, 3rd ed. (Cambridge University Press, 2021) — 2 状態系の記述における複素数の本質的役割