Appendix B 物理定数と単位系¶
前回までのあらすじ: 本編では光速 \(c\)、Planck 定数 \(\hbar\)、Newton の重力定数 \(G\) が繰り返し登場してきた。特に第 12 章以降では「\(\hbar = c = 1\)」と書いて式を簡潔にしている。ここでは、その約束の意味と具体的な換算方法を整理する。
この付録のゴール
- 本編で登場する物理定数の値と、自然単位系(\(\hbar = c = 1\))および Planck 単位系(\(\hbar = c = G = 1\))の考え方を理解する
- さらに弦理論固有のスケール(\(\ell_s\), \(\alpha'\))との関係を把握し、第 12 章以降の数式を自力で SI 単位に戻せるようになる
🟡 リナ: 数式に出てくる定数の値や単位の換算で迷ったら、ここに戻ってきて。特に自然単位系は第 12 章以降で当たり前のように使うから、一度目を通しておくといいわ。
🔵 カイ: 正直、\(c = 1\) って書かれると「え、光速って \(3 \times 10^8\) m/s じゃないの?」って混乱するんだよな。
⚪ メイ: 私も。でも「一般相対論」編の「一般相対論」編 Appendix D で一度やったよね。あのときは相対論の文脈だったけど。
🟡 リナ: そう。基本的な考え方は「一般相対論」編の「一般相対論」編 Appendix D や「場の量子論」編の「場の量子論」編 Appendix D と同じ。ここでは弦理論で追加される \(\alpha'\) や \(\ell_s\) まで含めて、一箇所にまとめるわ。
B.1 基本物理定数の一覧¶
表 B.1: 基本物理定数の一覧
| 定数 | 記号 | 値(SI) | 本編での登場 |
|---|---|---|---|
| 光速 | \(c\) | \(2.998 \times 10^8\) m/s | 第 2 章, 第 5 章 |
| Planck 定数 | \(h\) | \(6.626 \times 10^{-34}\) J·s | 第 4 章, 第 7 章 |
| 換算 Planck 定数 | \(\hbar = h/(2\pi)\) | \(1.055 \times 10^{-34}\) J·s | 第 7 章以降 |
| Newton の重力定数 | \(G\) | \(6.674 \times 10^{-11}\) m³/(kg·s²) | 第 1 章, 第 6 章, 第 12 章 |
| Boltzmann 定数 | \(k_B\) | \(1.381 \times 10^{-23}\) J/K | 第 3 章 |
| 素電荷 | \(e\) | \(1.602 \times 10^{-19}\) C | 第 4 章, 第 7 章 |
| 電子質量 | \(m_e\) | \(9.109 \times 10^{-31}\) kg | 第 7 章, 第 9 章 |
| 微細構造定数 | \(\alpha = \dfrac{e^2}{4\pi\varepsilon_0\hbar c}\) | \(\approx 1/137\) | 第 8 章 |
🔵 カイ: \(\alpha \approx 1/137\) って、自然単位系だとどう書くの?
🟡 リナ: 自然単位系(\(\hbar = c = 1\))で、さらに電磁気の単位の取り方を変えると(「Lorentz-Heaviside 単位系」や「Gauss 単位系」と呼ばれる体系があって、SI の \(\alpha = e^2/(4\pi\varepsilon_0 \hbar c)\) に出てくる \(4\pi\varepsilon_0\) を電荷の定義に吸収させてしまうの。今は名前だけ知っておけば十分——詳しくは「場の量子論」編の「場の量子論」編 Appendix D 参照)\(\alpha\) の表式が \(e^2/(4\pi)\) や \(e^2\) のように変わる。でも大事なのは、\(\alpha\) 自体が無次元量だから、どの単位系でも値は同じ \(\approx 1/137\) ということ(\(e\) の数値が単位系ごとに変わるだけ)。これは「場の量子論」編の「場の量子論」編 第 9 章で QED の結合定数として詳しく議論しているわ。
⚪ メイ: つまり、式の見た目は変わっても \(\alpha\) の「数値」は単位系に依存しないのね。無次元量だから当然といえば当然だけど。
📝 練習問題:
- 自然単位系での微細構造定数の表式確認 → 問題 M-2. 自然単位系での微細構造定数
✅ 理解度チェック: 換算 Planck 定数 \(\hbar\) は \(h\) を用いてどう定義されるでしょうか?
答え
\(\hbar = h/(2\pi)\) と定義される。
✅ 理解度チェック: 微細構造定数 \(\alpha\) のおおよその値はいくらでしょうか?
答え
\(\alpha \approx 1/137\)。無次元量なので単位系によらない。
B.2 自然単位系(\(\hbar = c = 1\))¶
なぜ自然単位系を使うのか¶
🟡 リナ: SI 単位系では、エネルギーは J、長さは m、時間は s と、それぞれ独立した次元を持つ。でも特殊相対論と量子力学を組み合わせると、これらは全部つながるの。\(E = mc^2\) で質量とエネルギーがつながり、\(E = \hbar\omega\) でエネルギーと振動数がつながる。
⚪ メイ: つまり、別々だと思っていた次元が実は変換係数で結ばれているってことだね。
🟡 リナ: その通り。もう少し丁寧に見てみよう。
ステップ 1:\(c = 1\) とおく¶
特殊相対論(「一般相対論」編 「一般相対論」編 第 3 章参照)では、時空の間隔を
と書く。ここで \(c\) は「時間と長さの単位を変換する係数」に過ぎない。もし長さを「光が一定時間に進む距離」で測れば(例えば 1 光秒 \(= 3 \times 10^8\) m を長さの単位にする)、\(c\) は不要になる。
🔵 カイ: ちょっと待って。「\(c = 1\) とおく」って、光速が 1 m/s になるってこと? それとも単位自体を変えるってこと?
🟡 リナ: 後者よ。「光速が 1 になるように単位を選び直す」の。さっき言った「光秒」の例がまさにそれ——長さの単位を「光が 1 秒で進む距離」にすれば、光速は「1 光秒 / 1 秒 = 1」になるでしょう? つまり長さと時間を同じ「光の伝播」で測ることで、変換係数 \(c\) が不要になるの。\(c = 1\) とおくと:
さらに \(E = mc^2\) から:
つまり質量とエネルギーが同じ次元になる。
🔵 カイ: おお、一気に次元が減るんだ。長さ=時間で、質量=エネルギーか。
ステップ 2:\(\hbar = 1\) とおく¶
量子力学(「量子力学」編 「量子力学」編 第 7 章参照)では \(E = \hbar\omega\) が基本関係式。\(\hbar = 1\) とおくと:
すでに \(c = 1\) で \([\text{エネルギー}] = [\text{質量}]\) かつ \([\text{長さ}] = [\text{時間}]\) だから:
そして \([\text{長さ}] = [\text{時間}] = [\text{エネルギー}]^{-1}\) も得られる。
⚪ メイ: 整理すると、\(c = 1\) で「長さ=時間、質量=エネルギー」になって、さらに \(\hbar = 1\) で「時間=エネルギーの逆数」が加わるから……ってことは、長さも時間も質量も全部エネルギーで書けちゃうってこと?
🟡 リナ: その通り。結局すべての物理量がエネルギーのべき一本で表せるの。図 B.1「自然単位系への次元統一の過程」 に全体の流れをまとめたから見てみて。
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flowchart TD
subgraph SI["SI単位系"]
M["質量 kg"]
L["長さ m"]
T["時間 s"]
E["エネルギー J"]
end
subgraph step1["ステップ1: c = 1"]
LT["長さ = 時間"]
EM["エネルギー = 質量"]
end
subgraph step2["ステップ2: ℏ = 1"]
ALL["全て = E のべき"]
end
M -->|"E = mc²"| EM
L -->|"c = 長さ/時間"| LT
T -->|"c = 長さ/時間"| LT
E --> EM
LT -->|"E = ℏω"| ALL
EM -->|"E = ℏω"| ALL
ALL --> R1["質量 → E¹"]
ALL --> R2["長さ → E⁻¹"]
ALL --> R3["時間 → E⁻¹"]
ALL --> R4["速度 → E⁰"]
図 B.1: 自然単位系への次元統一の過程
まとめ:全ての物理量がエネルギーのべき¶
🟡 リナ: 結果をまとめるとこうなるわ。
表 B.2: 自然単位系における物理量の次元
| 物理量 | SI の次元 | 自然単位系の次元 | 理由 |
|---|---|---|---|
| エネルギー | kg·m²/s² | \([\text{E}]^1\) | 基準 |
| 質量 | kg | \([\text{E}]^1\) | \(E = mc^2\), \(c = 1\) |
| 運動量 | kg·m/s | \([\text{E}]^1\) | \(E = pc\), \(c = 1\) |
| 長さ | m | \([\text{E}]^{-1}\) | \(\hbar c / E\), \(\hbar = c = 1\) |
| 時間 | s | \([\text{E}]^{-1}\) | \(\hbar / E\), \(\hbar = 1\) |
| 速度 | m/s | \([\text{E}]^0\)(無次元) | \(v/c\), \(c = 1\) |
| 角運動量 | kg·m²/s | \([\text{E}]^0\)(無次元) | \(L/\hbar\), \(\hbar = 1\) |
| 力 | kg·m/s² | \([\text{E}]^2\) | \(F = E/\ell\), \([\ell] = [\text{E}]^{-1}\) |
🔵 カイ: じゃあ Newton の重力定数 \(G\) は自然単位系でどんな次元になるの?
🟡 リナ: いい質問。\(G\) の SI 次元は \(\text{m}^3 \text{kg}^{-1} \text{s}^{-2}\)。自然単位系に翻訳すると:
⚪ メイ: \(-3 - 1 + 2 = -2\)……確かに \([\text{E}]^{-2}\) ね。表の「力 = \([\text{E}]^2\)」とか「長さ = \([\text{E}]^{-1}\)」をそのまま代入するだけで出るのね。
🟡 リナ: そう。つまり \(G\) はエネルギーの \(-2\) 乗の次元を持つ。具体的には:
ここで \(M_P\) は Planck 質量(次節で導出する)。
📝 練習問題:
- 自然単位系での \(G\) の次元確認 → 問題 M-1. 自然単位系での \(G\) の次元
✅ 理解度チェック: 自然単位系で Newton の重力定数 \(G\) の次元は \([\text{E}]\) の何乗でしょうか?
答え
\([\text{E}]^{-2}\)(エネルギーの \(-2\) 乗)。これは \(G = 1/M_P^2\) と書けることに対応する。
✅ 理解度チェック: 自然単位系では、全ての物理量は何のべきで表せるでしょうか?
答え
エネルギーのべき(\([\text{E}]^n\))で表せる。
✅ 理解度チェック: 自然単位系で長さの次元は \([\text{E}]\) の何乗でしょうか?
答え
\([\text{E}]^{-1}\)(エネルギーの \(-1\) 乗)。
B.3 Planck 単位系¶
Planck 単位の意味¶
🟡 リナ: 自然単位系では \(\hbar = c = 1\) だけど、\(G\) はまだ次元を持っている(\([G] = [\text{E}]^{-2}\))。もし \(G = 1\) も追加すれば、全ての物理量が純粋な数になる。これが Planck 単位系。
⚪ メイ: でもそれって、何を基準にしてるの?
🟡 リナ: 「量子力学(\(\hbar\))、相対論(\(c\))、重力(\(G\))の 3 つが全て同時に重要になるスケール」を基準にしている。日常のスケールでは、この 3 つのうち 1 つか 2 つだけが重要よ。
- 惑星の運動:\(G\) と \(c\) は重要だが \(\hbar\) は無視できる
- 原子物理:\(\hbar\) と \(c\) は重要だが \(G\) は無視できる
- 日常力学:3 つとも無視できる
3 つが同時に重要になるのは、ブラックホールの中心やビッグバンの瞬間——つまり量子重力が必要な場面(第 12 章)。
🔵 カイ: なるほど、Planck 単位系って「全部が同時に効くスケール」に合わせた単位なのか。だからこそ量子重力の教科書で使われるんだな。
Planck 長さの導出¶
🟡 リナ: では次元解析で Planck 長さを導出してみよう。\(\hbar\), \(c\), \(G\) だけを使って「長さ」の次元を持つ量を作りたい。
とおいて、各物理量の SI 次元を代入する。
右辺の次元は:
これが \([\text{m}]^1 = \text{kg}^0 \cdot \text{m}^1 \cdot \text{s}^0\) に等しいので、連立方程式を立てる:
🔵 カイ: 3 元連立方程式か。高校で習ったやつだ。
🟡 リナ: そう、解き方はシンプルよ。第 1 式から \(\alpha = \gamma\)。第 3 式に代入して:
$$ -\alpha - \beta - 2\alpha = 0 \quad \Longrightarrow \quad \beta = -3\alpha $$ 第 2 式に \(\beta = -3\alpha\) と \(\gamma = \alpha\) を代入して:
したがって \(\alpha = \gamma = 1/2\), \(\beta = -3/2\)。
⚪ メイ: きれいな式ね。3 つの基本定数を組み合わせるだけで長さが一意に決まるのが面白い。
🟡 リナ: 数値を代入すると:
✅ 理解度チェック: Planck 長さの導出で用いる 3 つの基本定数は何でしょうか?
答え
\(\hbar\)(換算 Planck 定数)、\(c\)(光速)、\(G\)(Newton の重力定数)の 3 つ。これらの組み合わせで長さの次元を持つ量を作る。
分子を計算する:
分母を計算する:
割り算して平方根をとる:
🔵 カイ: \(10^{-35}\) m って……原子核(\(10^{-15}\) m)よりさらに 20 桁も小さいのか! どのくらい小さいか想像もつかないんだけど。
🟡 リナ: 図 B.2「日常スケールから Planck スケールまでの長さの階層」 を見てみて。日常スケールから Planck スケールまでの距離が途方もないことが分かるわ。
図 B.2: 日常スケールから Planck スケールまでの長さの階層。原子核・陽子(\(\sim 10^{-15}\) m)から Planck 長さ(\(\sim 10^{-35}\) m)までの位置関係を対数スケールで示す
🟡 リナ: だからこのスケールの物理を直接実験で確かめるのは、現在の技術では不可能に近い。これが弦理論の検証が難しい根本的な理由の一つよ。
Planck 時間の導出¶
Planck 時間は「光が Planck 長さを進むのにかかる時間」として自然に定義される:
数値を計算すると:
🔵 カイ: \(10^{-44}\) 秒って、どのくらい小さいんだ? 何か比べるものある?
🟡 リナ: 宇宙の年齢が約 138 億年、秒に直すと \(1.38 \times 10^{10} \times 365 \times 24 \times 3600 \approx 4.4 \times 10^{17}\) s。Planck 時間はその 60 桁以上小さい。
⚪ メイ: 長さでも時間でも、Planck スケールは日常から想像もつかないほど小さいんだね。
Planck 質量の導出¶
🟡 リナ: 同じ次元解析を「質量」に対して行うわ。改めて \(M_P = \hbar^\alpha c^\beta G^\gamma\) として \([\text{kg}]^1\) を作る(\(\alpha, \beta, \gamma\) は Planck 長さのときとは別の値になるわよ)。右辺の次元は Planck 長さのときと同じ形で:
今度は目標が \(\text{kg}^1 \cdot \text{m}^0 \cdot \text{s}^0\) だから、kg の指数だけが 1 で、m と s の指数は 0 になるの。
第 1 式から \(\alpha = \gamma + 1\)。第 3 式に代入:
第 2 式に \(\alpha = \gamma + 1\) と \(\beta = -3\gamma - 1\) を代入:
したがって \(\alpha = 1/2\), \(\beta = 1/2\), \(\gamma = -1/2\)。
🔵 カイ: さっきの Planck 長さとは \(G\) が分子じゃなくて分母に来るんだな。
🟡 リナ: そう、質量は重力が弱いほど(\(G\) が小さいほど)大きくなるの。数値を代入する:
🔵 カイ: あれ、Planck 長さや Planck 時間はめちゃくちゃ小さかったのに、Planck 質量は \(10^{-8}\) kg ≈ 0.02 mg って、目に見えるスケールに近くない? 砂粒くらいの重さだよな。なんで長さと時間は超ミクロなのに、質量だけ「普通」なんだ?
🟡 リナ: 鋭い。Planck 質量は「素粒子としては巨大」なの。直感的に言うと、Planck 長さという極端に小さい領域に全エネルギーを詰め込んだときの質量だから、逆に大きくなるのよ。エネルギーに換算すると:
GeV に換算する(\(1\;\text{GeV} = 1.602 \times 10^{-10}\;\text{J}\)):
⚪ メイ: \(10^{19}\) GeV……。LHC が \(10^4\) GeV だから、15 桁も足りないのね。
🟡 リナ: そう。LHC の衝突エネルギーが \(\sim 10^4\) GeV だから、Planck エネルギーはその \(10^{15}\) 倍。到底到達できないスケールよ。
📝 練習問題:
- Planck 質量を GeV で評価する → 問題 B-2. Planck 質量を GeV で
✅ 理解度チェック: Planck 質量は素粒子のスケールと比べて大きいか小さいでしょうか? また Planck エネルギーはおよそ何 GeV か?
答え
Planck 質量は素粒子としては巨大(約 \(2.18 \times 10^{-8}\) kg)。Planck エネルギーは約 \(1.22 \times 10^{19}\) GeV で、LHC の衝突エネルギー(\(\sim 10^4\) GeV)の \(10^{15}\) 倍にあたる。
Planck 単位の一覧¶
表 B.3: Planck単位の定義と数値
| 量 | 定義 | 値 |
|---|---|---|
| Planck 長さ | \(\ell_P = \sqrt{\hbar G / c^3}\) | \(1.616 \times 10^{-35}\) m |
| Planck 時間 | \(t_P = \ell_P / c = \sqrt{\hbar G / c^5}\) | \(5.39 \times 10^{-44}\) s |
| Planck 質量 | \(M_P = \sqrt{\hbar c / G}\) | \(2.18 \times 10^{-8}\) kg |
| Planck エネルギー | \(E_P = M_P c^2\) | \(1.22 \times 10^{19}\) GeV |
| Planck 温度 | \(T_P = E_P / k_B\) | \(1.42 \times 10^{32}\) K |
⚪ メイ: Planck 単位系(\(\hbar = c = G = 1\))では、これらが全部「1」になるんだね。
🟡 リナ: そう。Planck 単位系で「長さ = 10」と言えば、それは \(10 \ell_P \approx 1.6 \times 10^{-34}\) m という意味。
✅ 理解度チェック: Planck 単位が重要になるのは、どの 3 つの物理が同時に重要になるスケールでしょうか?
答え
量子力学(\(\hbar\))、相対論(\(c\))、重力(\(G\))の 3 つが同時に重要になるスケール。
✅ 理解度チェック: Planck 長さ \(\ell_P\) の定義式を書いてください。
答え
\(\ell_P = \sqrt{\hbar G / c^3}\)。
B.4 弦理論の単位とスケール¶
Regge 斜率 \(\alpha'\) と弦の長さ \(\ell_s\)¶
🟡 リナ: 弦理論には Planck スケールとは別に、もう一つ固有のスケールがある。それが 弦の長さ \(\ell_s\) よ。
第 13 章で詳しく議論するけど、弦理論の基本パラメータは Regge 斜率(レッジェしゃりつ)\(\alpha'\)(アルファプライム)と呼ばれる量。これは歴史的にハドロン(陽子や中性子、パイ中間子など、クォークからできた複合粒子の総称)の Regge 軌跡から来ている。Regge 軌跡というのは、1960 年代に加速器実験で発見された経験則で、ハドロンの角運動量 \(J\) と質量の 2 乗 \(M^2\) の間にきれいな線形関係が見られたの:
直感的には、回転する弦が速く回るほど(=角運動量が大きいほど)エネルギーが増え、\(E = Mc^2\) を通じて質量も増える——その比例係数が \(\alpha'\) なの。
🔵 カイ: ちょっと待って、なんで \(M\) の 1 乗じゃなくて 2 乗なの? 直感的には「重いほど回しにくい」から \(J \propto M\) な気がするんだけど。
🟡 リナ: いい疑問。ざっくり言うと、弦の長さ自体がエネルギー(=質量)に比例するの。長い弦ほど重い。そして角運動量は「質量 × 速度 × 腕の長さ」だから、腕の長さ(弦の長さ)も質量に比例する分、\(J \propto M \times M = M^2\) になる。厳密な導出は第 13 章でやるから、今はこのイメージだけ持っておいて。今は「\(\alpha'\) という記号の由来と次元」を押さえておけば十分よ。
🔵 カイ: なるほど、弦が重いほど長くて、長いほど回転の腕も長いから 2 乗になるのか。……じゃあ次元の話に戻ると、さっきの表で角運動量は自然単位系で無次元(\([\text{E}]^0\))だったよね。\(M^2\) は \([\text{E}]^2\) だから……\(J = \alpha' M^2\) が成り立つには、\(\alpha'\) の次元が \([\text{E}]^{-2}\) じゃないと辻褄が合わないよな?
🟡 リナ: 正解。自然単位系で \([\alpha'] = [\text{E}]^{-2} = [\text{長さ}]^2\)。だから \(\alpha'\) の平方根が長さの次元を持つ。これを 弦の長さ と定義する:
弦の長さ \(\ell_s\) は「弦の典型的なサイズ」を表す。
弦の張力 \(T\)¶
🟡 リナ: 弦は「張力を持った 1 次元の物体」だから、張力 \(T\) が基本的な物理量になる。張力の次元を考えてみて。
🔵 カイ: えっと、張力って力と同じ次元だよな。力は……\([\text{E}]^2\) だっけ?
⚪ メイ: うん、さっきの表にそう載ってたね。
🔵 カイ: ……ちょっと待って。そもそもなんで力が \([\text{E}]^2\) なんだ? エネルギーの 2 乗って直感的じゃないんだけど。
🟡 リナ: いい疑問。仕事の定義を思い出して。\(W = F \times d\)(力 × 距離 = エネルギー)だから、逆に \(F = W/d = E/\ell\) よ。自然単位系では \([\ell] = [\text{E}]^{-1}\) だから、\([F] = [\text{E}]/[\text{E}]^{-1} = [\text{E}]^2\) になる。つまり「エネルギーの 2 乗」というのは、「エネルギーを長さで割ったもの」を自然単位系で書き直しただけなの。SI で考えれば力は N = J/m で、ちゃんと「エネルギー÷長さ」でしょう? だから張力も確かに \([\text{E}]^2\) の次元を持つわ。
🔵 カイ: ああ、J/m を自然単位系に翻訳しただけか。それなら分かる。
🟡 リナ: ただし、弦理論での「張力」は日常的な「引っ張る力」とは少し違う直感的な意味を持っているの。
🔵 カイ: ん? 張力って「引っ張る力」だよな。別の意味って?
🟡 リナ: いい疑問。弦の静止エネルギーは長さに比例するの——長さ \(L\) の弦は \(E = T \times L\) のエネルギーを持つ。だから \(T = E/L\)、つまり「弦を単位長さだけ伸ばすのに必要なエネルギー」が張力。日常の「引っ張る力」と同じ次元(\([\text{E}]/[\text{長さ}] = [\text{E}]^2\))だけど、弦理論では「単位長さあたりのエネルギー」という見方の方が本質的よ。
⚪ メイ: つまり弦にとっての張力は「存在するだけで持っている線密度的なエネルギー」なのね。
🟡 リナ: さて、弦の運動を記述するには「作用」という量を使うの。「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 1 章で学んだ最小作用の原理を覚えてる? あのときと同じ発想よ。弦の作用は 南部-後藤の作用(英語では Nambu-Goto action)と呼ばれる——南部陽一郎と後藤鉄男という日本人物理学者の名前に由来するの(第 13 章参照)。その形は
という形をしている。
🔵 カイ: ちょっと待って。「世界面」って何? あと作用って「一般相対論」編でやったけど、弦だとどう変わるの?
🟡 リナ: 順番に説明するわね。まず世界面——点粒子が時空を動くと軌跡は「線」(世界線)になるよね。弦は 1 次元だから、時空を動くと軌跡は「面」になる——これが世界面よ。
次に作用 \(S\)。「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 1 章で学んだように、「実際に実現する運動は、作用が停留する経路」という原理があったわよね。点粒子では作用が世界線の長さに比例していた。弦ではそれが「世界面の面積」に一般化されるの。石鹸膜を思い浮かべるといいわ——針金の枠(境界条件)を固定すると、石鹸膜は面積が最小になる形に落ち着くでしょう? 弦の世界面も同じ。面積を最小にする面が、弦の実際の運動に対応するの。
🔵 カイ: なるほど、点粒子の「線の長さ」が弦では「面の面積」になるのか。じゃあ作用の次元は?
🟡 リナ: いい疑問。作用の次元は、弦でも点粒子でも同じよ。点粒子の場合を思い出すと、作用は \(S = \int L \, dt\) で、\(L\) はラグランジアン(「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 1 章で導入した、運動エネルギーとポテンシャルエネルギーの差)。だから SI での次元は \([\text{エネルギー}] \times [\text{時間}]\) で、\(\hbar\) と同じ次元になる。弦の場合は積分が 2 次元(面積分)になるけど、作用全体の次元は変わらないの——張力 \(T\) の次元が面積分の次元を吸収してくれるから。
🔵 カイ: \(\hbar\) と同じ次元ってのは偶然?
🟡 リナ: 偶然じゃないの。量子力学では、作用 \(S\) は常に \(\hbar\) と比較される量なのよ。たとえば不確定性原理 \(\Delta x \cdot \Delta p \gtrsim \hbar\) の右辺は「位置×運動量」の次元——これはまさに「エネルギー×時間」と同じ次元で、作用の次元そのもの。だから \(S/\hbar\) は無次元になる。この比が大きいか小さいかで量子効果の重要性が決まるの(\(S \gg \hbar\) なら古典的、\(S \sim \hbar\) なら量子効果が重要)。今は「作用の次元 = \(\hbar\) の次元 = エネルギー × 時間」とだけ覚えておけば大丈夫よ。
🔵 カイ: なるほど、\(S/\hbar\) が無次元じゃないと物理的に意味のある比較ができないもんな。
🟡 リナ: そう。だから自然単位系(\(\hbar = 1\))では \(S\) も無次元になる。つまり \([S] = [\text{E}]^0\)。
⚪ メイ: つまり、\(S\) はもともと \(\hbar\) と同じ次元だったから、\(\hbar = 1\) にした時点で無次元になるのね。
🟡 リナ: ここから張力の次元を出すわよ。世界面は時空中の 2 次元面——弦(空間 1 次元)が時間方向に進んだ軌跡だから、一方の方向が「弦に沿った空間方向」、もう一方が「時間方向」になるの。紙の上に横軸を弦の位置、縦軸を時間として描くと、弦が時間とともに存在し続ける様子が帯状の面になるでしょう? それが世界面よ。
🔵 カイ: 「時間方向の長さ」って……ああ、B.2 で \(c = 1\) にしたから時間と長さは同じ次元なんだったな。でも世界面の「面積」って、普通の面積(縦×横)とは違って「空間方向×時間方向」なんだよな? それでも同じ \([\text{E}]^{-2}\) になるのか?
🟡 リナ: そう、いい確認ね。SI で考えると世界面の面積は「長さ × 時間」= m·s で、普通の面積 m² とは確かに次元が違う。でも自然単位系では時間も長さも同じ \([\text{E}]^{-1}\) だから、世界面の面積も \([\text{E}]^{-1} \times [\text{E}]^{-1} = [\text{E}]^{-2}\) になる。自然単位系ではその区別が消えるのよ。したがって:
⚪ メイ: さっき力の次元が \([\text{E}]^2\) って確認したのと一致するね。
🟡 リナ: \(T\) と \(\alpha'\) の関係を見ておこう。Nambu-Goto 作用の係数は \(T = 1/(2\pi\alpha')\) と定められる(\(2\pi\) は閉じた弦のパラメータの周期を \(2\pi\) に取る規格化から来ている——詳しくは第 13 章で説明する):
次元を確認する:\([\alpha'] = [\text{E}]^{-2}\) だから \([1/\alpha'] = [\text{E}]^2 = [T]\)。✓
\(\ell_s\) で書き直すと:
🔵 カイ: 弦の張力が大きいほど \(\ell_s\) が小さい、つまり弦が短くなるってことか。……でもちょっと待って、輪ゴムだと張力が大きいと伸びるよな? 逆じゃない?
🟡 リナ: いい疑問。輪ゴムは「伸ばすと張力が増す」けど、弦理論の基本弦は逆で「張力が固定されていて、その張力が弦の典型的なサイズを決める」の。張力が大きいほど弦を伸ばすコストが高いから、量子的なゆらぎで広がれる範囲が小さくなる——だから \(\ell_s\) が小さくなるのよ。
🔵 カイ: ああ、輪ゴムは「力を加えて伸ばす」話だけど、弦理論では「張力が先に決まっていて、それが弦のサイズを制限する」って順番が逆なのか。
Planck スケールとの関係¶
🟡 リナ: 弦の長さ \(\ell_s\) と Planck 長さ \(\ell_P\) は一般には異なる。両者の関係は 弦の結合定数 \(g_s\)(第 14 章で導入)を通じて結ばれる。
弦理論は 10 次元時空で定式化される(第 13 章参照)。次元が増えると重力定数の次元も変わるの。
🔵 カイ: なんで次元が増えると重力定数の次元が変わるんだ?
🟡 リナ: 直感的に言うと、次元が増えると重力が「薄まる」方向に広がるから、同じ強さの重力を生むのにより大きな定数が必要になるの。ここから少し高度な話になるけど、第 13 章以降で \(G_{10}\) の次元が必要になるから、先に導いておくわね。分からなくなったら結果(\([G_D] = [\text{E}]^{2-D}\))だけ覚えて先に進んでも大丈夫よ。
⚪ メイ: 了解。結果だけ先に見せてもらえると、途中で迷子になっても安心ね。
🟡 リナ: もう少し正確に見てみよう。Newton の万有引力の法則 \(F = GMm/r^2\) は、「ある領域にどれだけ質量があるか」と「その周囲の重力場がどう振る舞うか」を結びつける形に書き直せる。それが Poisson 方程式と呼ばれるもので、重力ポテンシャル \(\Phi\)(質量 \(m\) の物体がその場所で持つ位置エネルギーを \(m\) で割ったもの)を使って \(\nabla^2 \Phi = 4\pi G \rho\) と書ける(「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 1 章で導出済み)。ここからの目標は「\(D\) 次元の重力定数 \(G_D\) の次元を求める」こと。結論は \([G_D] = [\text{E}]^{2-D}\) で、\(D=4\) を代入すれば B.2 の \([G] = [\text{E}]^{-2}\) が再現される。途中の導出が難しければ、この結論だけ覚えて先に進んでも大丈夫よ。
導出の方針はシンプル——Poisson 方程式 \(\nabla^2 \Phi \sim G_D \rho\) の各項の次元を数えて、\(G_D\) を求めるだけ。\(D\) 次元に一般化するときも、この式の構造——「ポテンシャルの空間微分 = 重力定数 × 質量密度」——は変わらない。変わるのは空間の次元数だけ。次元解析だけに集中するわ。
🔵 カイ: \(\nabla^2\) って何? あと \(\Phi\) ってさっき「位置エネルギーを質量で割ったもの」って言ってたけど、もうちょっとイメージ湧く説明ない?
🟡 リナ: 順番にいくわね。まず \(\Phi\)(重力ポテンシャル)——高校で習う \(mgh\) を思い出して。高さ \(h\) の場所にある質量 \(m\) の物体は位置エネルギー \(mgh\) を持つでしょう? これを \(m\) で割った \(gh\) が、その場所の「重力ポテンシャル」よ。一般の重力場では \(gh\) の代わりに \(\Phi\) を使うの。
次に \(\nabla^2\)(ラプラシアン)——これは各空間方向の 2 階微分の和よ。3 次元なら \(\nabla^2 = \partial^2/\partial x^2 + \partial^2/\partial y^2 + \partial^2/\partial z^2\)。直感的には「その点の周囲と比べて値がどれだけ凹んでいるか(または膨らんでいるか)」を測る量。右辺の \(\rho\) は質量密度だから、Poisson 方程式は「質量がある場所では重力ポテンシャルが湧き出す」という関係式なの。
🔵 カイ: OK、\(\Phi\) は「単位質量あたりの位置エネルギー」で、\(\nabla^2\) は「周囲との差」を測るやつか。
🟡 リナ: そう。\(D\) 次元に一般化すると、数値係数を省略して \(\nabla^2 \Phi \sim G_D \rho\) と書ける(\(\sim\) は「次元的に等しい」という意味で、\(4\pi\) のような数値係数は無視している)。ここで大事なのは次元だけ。\(\nabla^2\) の各項は \([\text{長さ}]^{-2}\) の次元を持つ——項数が 3 個(3 次元)でも 9 個(9 次元)でも、各項の次元は同じだから和の次元は変わらない。つまり \([\nabla^2] = [\text{長さ}]^{-2} = [\text{E}]^2\) よ。
⚪ メイ: うん、次元は各項で決まるから、項数が増えても \([\text{長さ}]^{-2}\) のままなのね。
🟡 リナ: そう。次に質量密度 \(\rho\) について。密度って「質量÷体積」よね。私たちの宇宙(\(D=4\))では空間が 3 次元だから、体積は m³ で、密度は kg/m³。これを自然単位系で書くと \([\rho] = [\text{E}]^1 / [\text{E}]^{-3} = [\text{E}]^4\) ね。
一般の \(D\) 次元時空は「時間 1 次元+空間 \(D-1\) 次元」で構成されるから、空間の体積は \(D-1\) 次元分になる。密度というのは「ある瞬間に、空間のある領域にどれだけ質量が詰まっているか」だから、割るのは空間方向の体積だけで、時間方向は含めないの。10 次元時空なら空間は 9 次元で、体積は m⁹ のような次元を持つイメージ。体積の次元が \([\text{長さ}]^{D-1} = [\text{E}]^{-(D-1)}\) だから、質量密度は「質量÷体積」で:
となる。\(D=4\) を代入すると \([\rho] = [\text{E}]^4\) で、さっき確認した結果と一致するわ。
🔵 カイ: ポテンシャル \(\Phi\) の次元は?
🟡 リナ: さっき「位置エネルギーを質量で割ったもの」と言ったわよね。つまり \([\Phi] = [\text{エネルギー}]/[\text{質量}]\)。SI 単位系で具体的に確認すると、\([\Phi] = \text{J}/\text{kg} = \text{m}^2/\text{s}^2\) ね。たとえば地表付近なら \(\Phi = gh\) で、\(g \approx 9.8\;\text{m/s}^2\)、\(h\) が m だから確かに m²/s² になるわ。
🔵 カイ: うん、それは分かる。じゃあ自然単位系では?
🟡 リナ: 自然単位系ではエネルギーも質量も同じ \([\text{E}]^1\) だから、\([\Phi] = [\text{E}]^1 / [\text{E}]^1 = [\text{E}]^0\)(無次元)になるの。
🔵 カイ: え、ポテンシャルが無次元って変じゃない? 高校では「ポテンシャルエネルギー」って言ってたし……。
🟡 リナ: 注意して——「ポテンシャルエネルギー」と「重力ポテンシャル」は別物よ。ポテンシャルエネルギーは \(m\Phi\) で、質量を掛けたもの。\(\Phi\) 自体は「単位質量あたりのエネルギー」だから、自然単位系では \([\text{E}]^1 / [\text{E}]^1 = [\text{E}]^0\)(無次元)になるの。ちなみにこの区別は「一般相対論」編の「一般相対論」編 第 1 章でも出てきたわね。
⚪ メイ: つまり \(\Phi\) に質量 \(m\) を掛けて初めてエネルギーの次元になるのね。\(\Phi\) 単体は「エネルギー÷質量」だから無次元。
🟡 リナ: その通り。したがって \([\nabla^2 \Phi] = [\text{E}]^2 \cdot [\text{E}]^0 = [\text{E}]^2\) で、\([G_D] = [\nabla^2 \Phi] / [\rho] = [\text{E}]^2 / [\text{E}]^D = [\text{E}]^{2-D}\) となる(詳しい導出は第 13 章で行う)。たとえば私たちの 4 次元(\(D=4\))では \([G_4] = [\text{E}]^{2-4} = [\text{E}]^{-2}\) で、B.2 の結果と一致するわ。
⚪ メイ: なるほど、一般の \(D\) に対する公式から \(D=4\) を代入すれば B.2 の結果が再現できるのね。整合性が取れてて安心する。
🔵 カイ: じゃあ 10 次元だと \([G_{10}] = [\text{E}]^{2-10} = [\text{E}]^{-8}\) か。次元が増えると \(G\) の次元がどんどん下がるんだな。……ってことは、10 次元の \(G_{10}\) と 4 次元の \(G\) って全然別物なのか? 両者はどう関係するの?
🟡 リナ: いい質問。実は、余分な次元をコンパクト化(小さく丸める)すると、\(G_{10}\) から 4 次元の \(G\) が導かれるの。具体的には余分な次元の体積 \(V_6\) を使って \(G_4 \sim G_{10} / V_6\) という関係になる(詳しくは第 14 章で)。まずは 10 次元での弦のパラメータとの関係を見ておくわね。導出は第 14 章に譲るけど、結果だけ先に示すと:
という形になる。ここで \(g_s\) は 弦の結合定数 と呼ばれる無次元のパラメータで、弦同士が分裂・結合する相互作用の強さを表すの(正式な定義と物理的意味は第 14 章で導入する)。正確な数値係数は理論の種類による。なぜ \(g_s\) の 2 乗になるかも第 14 章で説明するわ。\(\ell_s^8\) は次元を合わせるために必要な因子よ。
🔵 カイ: 次元を確認してみると……左辺は \([G_{10}] = [\text{E}]^{-8}\)、右辺は \([g_s^2] \cdot [\ell_s^8] = [\text{E}]^0 \cdot [\text{E}]^{-8} = [\text{E}]^{-8}\)。OK、合ってる!
🟡 リナ: その通り。この式から \(\ell_s\) と \(\ell_P\) の関係が分かるの。4 次元では \([G_4] = [\text{E}]^{-2}\) だから、\(G_4^{1/2}\) が長さの次元 \([\text{E}]^{-1}\) を持つ——これが Planck 長さ \(\ell_P \sim \sqrt{G_4}\) の由来だったわよね。同じ発想で、10 次元では \([G_{10}] = [\text{E}]^{-8}\) だから、\(G_{10}^{1/8}\) が長さの次元 \([\text{E}]^{-1}\) を持つ。これが 10 次元の Planck 長さ \(\ell_P^{(10)} \sim G_{10}^{1/8}\) の定義よ(第 18 章で出てきた 11 次元の \(\ell_P^{(11)} \sim g_s^{1/3} \ell_s\) とは次元が違うから区別してね)。\(G_{10} \sim g_s^2 \ell_s^8\) を代入すると \(\ell_P^{(10)} \sim g_s^{1/4} \ell_s\) が得られる。つまり:
- \(g_s \ll 1\)(弱結合)なら \(g_s^{1/4} \ll 1\) だから \(\ell_P^{(10)} \ll \ell_s\):弦のスケールは Planck スケールより大きい
- \(g_s \sim 1\)(強結合)なら \(\ell_s \sim \ell_P^{(10)}\):両者が同程度になる
⚪ メイ: \(g_s\) の値ひとつで、弦スケールと Planck スケールの大小関係が決まるのね。
🟡 リナ: この関係を 図 B.3「弦理論におけるスケール階層と結合定数の関係」 に図示しているわ。
図 B.3: 弦理論におけるスケール階層と結合定数の関係。弦の結合定数 \(g_s\) の大きさに応じて、弦の長さ \(\ell_s\) と Planck 長さ \(\ell_P\) の関係が変わる
🔵 カイ: へえ、じゃあ弦の長さって Planck 長さとは別物なんだ。なんで弦理論には独自のスケールが必要なの?
🟡 リナ: いい疑問ね。Planck スケールは「量子重力が重要になるスケール」を教えてくれるけど、弦がどのくらいの大きさかは別の話。\(\alpha'\)(つまり \(\ell_s\))と \(g_s\) が弦理論の 2 つの自由パラメータで、Planck スケールとは独立に存在するの。これらの値は理論だけからは決まらず、原理的には実験で決めるべきもの——だけど、そのスケールが小さすぎて直接測定できないのが現状よ。
✅ 理解度チェック: 弦理論の 2 つの自由パラメータは何でしょうか? それらは理論から一意に決まるでしょうか?
答え
\(\alpha'\)(または \(\ell_s\))と弦の結合定数 \(g_s\) の 2 つ。これらの値は理論だけからは決まらず、原理的には実験で決めるべきものである。
弦理論パラメータの一覧¶
表 B.4: 弦理論パラメータの一覧
| 量 | 定義 | 自然単位系の次元 | Planck 単位との関係 |
|---|---|---|---|
| Regge 斜率 | \(\alpha'\) | \([\text{E}]^{-2}\) | \(\alpha' = \ell_s^2\) |
| 弦の長さ | \(\ell_s = \sqrt{\alpha'}\) | \([\text{E}]^{-1}\) | \(\ell_s \geq \ell_P\)(通常) |
| 弦の張力 | \(T = 1/(2\pi\alpha')\) | \([\text{E}]^2\) | \(T = 1/(2\pi\ell_s^2)\) |
| 弦の結合定数 | \(g_s\)(定義は第 14 章) | 無次元 | 第 14 章で導入 |
✅ 理解度チェック: 弦の長さ \(\ell_s\) と Regge 斜率 \(\alpha'\) の関係は?
答え
\(\ell_s = \sqrt{\alpha'}\)。
✅ 理解度チェック: 弦の張力 \(T\) を \(\alpha'\) で表してみましょう。
答え
\(T = 1/(2\pi\alpha')\)。
B.5 換算の実践例¶
基本ツール:\(\hbar c\) の値¶
🟡 リナ: 自然単位系から SI に戻すときの最重要ツールは \(\hbar c\) の値よ。
MeV·fm に換算する(\(1\;\text{MeV} = 1.602 \times 10^{-13}\;\text{J}\), \(1\;\text{fm} = 10^{-15}\;\text{m}\)):
🔵 カイ: 197.3 MeV·fm か。この数字だけ覚えておけばいいんだな。
🟡 リナ: この値を覚えておけば、ほとんどの換算ができる。
✅ 理解度チェック: 自然単位系から SI 単位系への換算で最も重要な定数の組み合わせは何で、その値はいくらでしょうか?
答え
\(\hbar c \approx 197.3\) MeV·fm(\(= 0.1973\) GeV·fm)。この値を使えば、エネルギーと長さの間の換算がすぐにできる。
例題 1:1 GeV は何 m\(^{-1}\) か¶
自然単位系では \([\text{E}] = [\text{長さ}]^{-1}\) だから、あるエネルギー \(E\) に対して \(\lambda = 1/E\) という量を作ると、これは長さの次元を持つ。物理的には、エネルギー \(E\) の粒子に付随する典型的な長さスケール(たとえば Compton 波長)に対応する。SI に戻すには、\(\lambda\) が長さ(m)で \(E\) がエネルギー(J)になるように次元を合わせればよい。\([\hbar c] = [\text{エネルギー}] \times [\text{長さ}]\) だから、\(\hbar c / E\) は長さの次元を持つ:
\(E = 1\;\text{GeV}\) のとき:
逆に言えば:
⚪ メイ: 「\(\hbar c\) で割る」だけで長さとエネルギーが行き来できるのね。シンプル。
例題 2:電子の Compton 波長¶
電子質量は自然単位系で \(m_e = 0.511\;\text{MeV}\)。Compton 波長 \(\bar{\lambda}_C = 1/m_e\)(自然単位系)を SI に戻す:
📝 練習問題:
- Compton 波長の SI 計算 → 問題 B-1. 電子の Compton 波長の SI 計算
例題 3:自然単位系で \(G\) の値¶
自然単位系で \([G] = [\text{E}]^{-2}\) だから、\(G\) を GeV\(^{-2}\) で表せる。
Planck 質量の定義 \(M_P = \sqrt{\hbar c / G}\) を変形すると \(G = \hbar c / M_P^2\)。自然単位系(\(\hbar = c = 1\))では:
もう少し丁寧に。\(G = 1/M_P^2\)(自然単位系)を使えば、\(M_P\) を GeV で表すだけでよい。B.3 で求めた Planck 質量は SI で \(M_P = 2.18 \times 10^{-8}\) kg だったけど、これをエネルギーに換算すると \(M_P c^2 = 1.22 \times 10^{19}\) GeV。自然単位系(\(c = 1\))では質量とエネルギーが同じ次元だから、\(M_P = 1.22 \times 10^{19}\) GeV とそのまま書ける。したがって:
🔵 カイ: うわ、\(10^{-39}\) って……めちゃくちゃ小さいな。重力がいかに弱い力かがよく分かる。
🟡 リナ: SI の値 \(G = 6.674 \times 10^{-11}\;\text{m}^3\text{kg}^{-1}\text{s}^{-2}\) から直接変換することもできる。\(\hbar c = 0.1973\) GeV·fm を使い、m, kg, s を全て GeV のべきに置き換えていけばよい(やや煩雑なので、上の方法が実用的)。
例題 4:1 GeV\(^{-1}\) は何秒か¶
自然単位系で時間は \([\text{E}]^{-1}\)。SI に戻すには:
\(E = 1\;\text{GeV} = 1.602 \times 10^{-10}\;\text{J}\) のとき:
便利な換算表¶
表 B.5: 便利な単位換算表
| 換算 | 値 |
|---|---|
| \(\hbar c\) | \(197.3\) MeV·fm \(= 0.1973\) GeV·fm |
| \(1\) fm | \(10^{-15}\) m |
| \(1\) GeV | \(1.602 \times 10^{-10}\) J |
| \(1\) GeV | \(5.068 \times 10^{15}\) m\(^{-1}\)(長さの逆数) |
| \(1\) GeV\(^{-1}\) | \(0.1973\) fm(長さ) |
| \(1\) GeV\(^{-1}\) | \(6.58 \times 10^{-25}\) s(時間) |
| \(1\) GeV\(^{-2}\) | \(0.389\) mb(断面積、\(1\;\text{mb} = 10^{-31}\;\text{m}^2\)) |
| \((\hbar c)^2\) | \(0.3894\) GeV²·mb |
🔵 カイ: \(\hbar c = 197.3\) MeV·fm さえ覚えておけば全部出せるのは分かった。でも逆に、「この項は \([\text{E}]\) の何乗か」を間違えたら全部ずれるよな? そこだけ怖いんだけど。
🟡 リナ: いい指摘ね。まず手順を整理するわ。本編で「\(c = \hbar = 1\)」と書いてある式を SI に戻したくなったら、次元解析で \(\hbar\) と \(c\) の適切なべきを復元すればいい。手順を 図 B.4「自然単位系からSI単位への復元手順」 にまとめたわ:
- 自然単位系の式で、各項の \([\text{E}]\) のべきを確認する
- SI に戻したい量の次元(m, kg, s)を決める
- \(\hbar\)(\([\text{E}] \cdot [\text{時間}]\))と \(c\)(\([\text{長さ}]/[\text{時間}]\))を適切に掛けて次元を合わせる
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flowchart TD
A["自然単位系の式"] --> B["Step 1: 各項の [E]ⁿ を確認"]
B --> C["Step 2: 欲しいSI次元を決める\n(m? kg? s?)"]
C --> D["Step 3: ℏ と c のべきを復元\nℏ = [E]·[時間]\nc = [長さ]/[時間]"]
D --> E["SI単位の式"]
D -.->|"便利な定数"| F["ℏc = 197.3 MeV·fm"]
F -.-> E
図 B.4: 自然単位系からSI単位への復元手順
⚪ メイ: つまり、自然単位系の式を見たら「各項の \([\text{E}]\) のべきを数える → 欲しい SI 次元に合うように \(\hbar\) と \(c\) を掛ける」の 2 ステップね。\(\hbar c \approx 197\) MeV·fm が万能の換算係数ってわけだ。
🔵 カイ: 具体例が 4 つもあると安心する。でもさ、\([\text{E}]\) のべきを間違えたら全部ずれるわけだろ? 何かチェックする方法ってあるの?
🟡 リナ: 式の両辺で \([\text{E}]\) のべきが一致しているか確認すること。SI での次元解析と同じ発想よ。たとえば \(E = mc^2\) を自然単位系で書くと \(E = m\) だけど、左辺は \([\text{E}]^1\)、右辺の質量も \([\text{E}]^1\)——ちゃんと合っている。もし「あれ、合わないぞ」と思ったら、\(\hbar\) か \(c\) の復元を間違えている証拠。第 12 章以降で困ったらここに戻ってきてね。
🔵 カイ: なるほど、SI で「両辺の単位が合ってるか確認する」のと同じことを、\([\text{E}]\) のべきでやればいいんだな。試しにさっきの \(G = 1/M_P^2\) で確認すると……左辺 \([G] = [\text{E}]^{-2}\)、右辺 \([1/M_P^2] = [\text{E}]^{-2}\)。OK、合ってる!
⚪ メイ: うん、次元チェックは自然単位系でも SI でも基本は同じね。
🔵 カイ: でも正直、本編の式がもっと複雑になったとき即答できるかは不安だな。たとえば弦の作用に \(\alpha'\) と \(g_s\) が両方入ってる式だと、\([\text{E}]\) のべきを数えるだけで一苦労しそうだけど……。
🟡 リナ: いい心配ね。でもコツは同じ——「まず式の各項の \([\text{E}]\) のべきを書き出す」こと。\(\alpha'\) なら \([\text{E}]^{-2}\)、\(g_s\) なら \([\text{E}]^0\)(無次元)と分かっているから、それを代入するだけよ。具体的にやってみると、たとえば \(g_s^2 \alpha'^4\) なら \([\text{E}]^0 \cdot [\text{E}]^{-8} = [\text{E}]^{-8}\)——こうやって機械的に数えられるの。
🔵 カイ: OK、やり方自体はシンプルだな。あとは本編で実際に出てきたときに慣れるしかないか。……ただ、弦の作用とかで \(\alpha'\) と \(g_s\) が同時に出てきたとき、SI に戻す必要があるのかないのかの判断が難しそうだけど。
🟡 リナ: いい指摘。実は弦理論の計算では SI に戻す必要がほとんどないの。自然単位系のまま「\(\ell_s\) の何倍か」「\(M_P\) の何分の 1 か」で議論することが多い。SI に戻すのは、実験値と比較するときだけよ。
🔵 カイ: そうなのか。じゃあ本編では自然単位系のまま読み進めて、実験値と比べたくなったらここに戻ればいいんだな。
⚪ メイ: うん、この付録に戻ってくれば表も換算例もあるから、そのときに参照すればいいね。
次章予告¶
Appendix C では、添字の上げ下げや共変微分といったテンソルと微分幾何の基礎を整理する。曲がった時空を記述する計量テンソル \(g_{\mu\nu}\) や Christoffel 記号は、一般相対論(第 6 章)から弦の伝播する背景時空(第 12 章以降)まで繰り返し登場する道具だ。座標に依存しない幾何学的記述の力を体感しよう。
練習問題¶
📝 練習問題:
- 自然単位系での微細構造定数の表式確認 → 問題 M-2. 自然単位系での微細構造定数
- 自然単位系での \(G\) の次元確認 → 問題 M-1. 自然単位系での \(G\) の次元
- Planck 質量を GeV で評価する → 問題 B-2. Planck 質量を GeV で
- Compton 波長の SI 計算 → 問題 B-1. 電子の Compton 波長の SI 計算
参考文献¶
- Barton Zwiebach, A First Course in String Theory, Ch.2: "Special Relativity and Extra Dimensions" — 自然単位系、Lorentz 変換
- Elias Kiritsis, String Theory in a Nutshell, Ch.1 — Planck スケールの議論
- Michael Peskin & Daniel Schroeder, An Introduction to Quantum Field Theory, 序章 — 自然単位系の導入と換算
- 「一般相対論」編 Appendix D(幾何学単位系からSI単位系への変換手順)
- 「場の量子論」編 Appendix D(単位系と物理定数 — 「場の量子論」編 での慣例)
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