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Appendix B — Lorentz 群の表現とスピノル

前回までのあらすじ:

Appendix A では、本「場の量子論」編全体で使う数学的道具——自然単位系、テンソルの添字記法、\(\gamma\) 行列の反交換関係、Fourier 変換の規約など——を整理した。これらの記法を土台として、ここからは Lorentz 群の表現論という、場の種類(スカラー・スピノル・ベクトル)を数学的に分類する枠組みに踏み込んでいく。

この章のゴール

  • Lorentz 群の Lie 代数が 2 つの独立な \(\mathfrak{su}(2)\) に分解されることを導出し、そこからスカラー・ベクトル・スピノルといった場の種類が自然に分類されることを理解する
  • 特にスピノル表現の構成と、「\(360°\) 回転で符号が反転する」という性質の数学的起源を明らかにする

変換と生成子の一般論

🟡 リナ: この Appendix では、本編の第 2 章〜第 5 章で「結果だけ使った」Lorentz 群の表現論を、きちんと導出していくわ。まず出発点を確認しましょう。量子力学で、並進や回転といった変換を「演算子」で表したことを覚えている?

🔵 カイ: はい。量子力学では、状態 \(|\psi\rangle\) を移動させる演算子 \(\hat{U}\) がユニタリで、確率を保存するんでしたよね。

🟡 リナ: その通り。ここではまず、古典的な座標変換から始めて、その「生成子」を取り出す方法を復習するわ。場の量子論では、場がどの Lorentz 変換のもとでどう変わるかが、粒子の種類そのものを決めるの。


並進から学ぶ「生成子」の考え方

🟡 リナ: 一番シンプルな変換——空間並進から始めましょう。波動関数 \(\psi(x)\) を距離 \(\delta a\) だけ移動させると、Taylor (テイラー) 展開で

\[ \psi(x + \delta a) = \psi(x) + \frac{d\psi}{dx}\,\delta a + \mathcal{O}((\delta a)^2) \tag{B.1} \]

🔵 カイ: 高校の微分の延長ですね。微小量 \(\delta a\) が小さければ、1 次の項まで残せばいい。

🟡 リナ: そう。ここで運動量演算子 \(\hat{p} = -i\hbar \frac{d}{dx}\) を思い出すと、両辺を \(-i\hbar\) で割って \(\frac{d}{dx} = \frac{1}{-i\hbar}\hat{p} = \frac{i}{\hbar}\hat{p}\)(最後の等号は \(1/(-i) = i\) を使った。スカラー \(i/\hbar\) と演算子 \(\hat{p}\) の積は順序を気にしなくていいわ)だから

\[ \psi(x + \delta a) = \left(1 + \frac{i}{\hbar}\hat{p}\,\delta a\right)\psi(x) \tag{B.2} \]

と書ける。この \(\hat{p}\) のことを、並進の生成子 (generator) と呼ぶの。「微小な変換を生み出す(generate する)演算子」という意味ね。

⚪ メイ: つまり、微小並進を行う演算子は \(\hat{U}(\delta a) = 1 + \frac{i}{\hbar}\hat{p}\,\delta a\) で、この中で変換を「駆動」しているのが生成子 \(\hat{p}\) ということね。

🟡 リナ: 完璧。では、有限の距離 \(a\) の並進はどう作る?

🔵 カイ: 微小並進を何回も繰り返す……? \(\delta a = a/N\) として \(N\) 回かけて、\(N \to \infty\) にすれば

\[ \hat{U}(a) = \lim_{N \to \infty}\left(1 + \frac{i\hat{p}\,a}{\hbar N}\right)^N = e^{i\hat{p}\,a/\hbar} \tag{B.3} \]

🟡 リナ: 素晴らしい。これは高校で習った \(e^x = \lim_{N\to\infty}(1 + x/N)^N\) の行列版よ。この「微小変換 → 指数関数で有限変換」という構造が、Lorentz 変換でもまったく同じ形で現れるの。

✅ 理解度チェック: 生成子とは何か、一言で説明してみましょう。

答え

微小な変換を生み出す演算子のこと。有限の変換は生成子を指数関数の肩に乗せて \(e^{i\alpha G}\)\(\alpha\) はパラメータ、\(G\) は生成子)として構成できる。


群の構造——変換が満たすべき条件

🟡 リナ: 並進演算子が満たす性質を整理しておきましょう。物理的な要請から、3 つの条件が出てくるわ。

① ユニタリ性: 量子力学では確率が保存されなければならない。任意の状態 \(|\psi\rangle\) に対して

\[ \langle\psi|\psi\rangle = \langle\psi|\hat{U}^\dagger \hat{U}|\psi\rangle \tag{B.4} \]

が成り立つためには \(\hat{U}^\dagger \hat{U} = \mathbf{1}\)、つまり \(\hat{U}\)ユニタリ (unitary) でなければならない。

② 合成則: 距離 \(a\) の並進の後に距離 \(b\) の並進を行えば、合計 \(a + b\) の並進になる:

\[ \hat{U}(b)\,\hat{U}(a) = \hat{U}(a + b) \tag{B.5} \]

③ 恒等変換: ゼロの並進は何もしない:\(\hat{U}(0) = \mathbf{1}\)

🔵 カイ: ①②③の条件って、何か特別な構造になっているんですか? 単なる偶然じゃなさそうな気がする……。

🟡 リナ: いい着眼点ね。これは数学で「群 (group)」と呼ばれる構造の定義そのものよ——閉包性(2 つの変換を続けて行った結果もまた同じ種類の変換になる)・結合律(3 つ以上の変換を組み合わせるとき括弧の付け方によらない)・単位元(何もしない変換が存在する)・逆元(どの変換にも「元に戻す」変換が存在する)の 4 条件を満たす集合のこと。①②③はこの 4 条件の具体例になっているわ(逆元は \(\hat{U}(-a)\)\(\hat{U}(a)\) の逆に対応する)。しかも並進の場合は \(\hat{U}(a)\hat{U}(b) = \hat{U}(b)\hat{U}(a)\) が成り立つ——順序を入れ替えても結果が同じ。こういう群をアーベル群 (Abelian group) と呼ぶわ。「先に東に歩いてから北に歩く」のと「先に北に歩いてから東に歩く」のが同じ結果になるのは直感的にも分かるわね。

🔵 カイ: 回転はどうですか? 本を \(x\) 軸まわりに \(90°\) 回してから \(z\) 軸まわりに \(90°\) 回すのと、逆の順序でやるのとでは結果が違いますよね。

🟡 リナ: いい指摘。回転群は非アーベル群——演算の順序が結果に影響する群よ。この「順序の違い」を数学的に捉えるのが、次に出てくる交換関係 (commutation relation) なの。

✅ 理解度チェック: アーベル群と非アーベル群の違いは何か。並進群と回転群はそれぞれどちらに分類されるか。

答え

アーベル群は演算の順序を入れ替えても結果が同じ(可換な)群、非アーベル群は順序によって結果が変わる(非可換な)群。並進群はアーベル群、回転群は非アーベル群に分類される。


Lorentz 代数——回転とブーストの交換関係

🟡 リナ: いよいよ本題の Lorentz 変換に入るわ。特殊相対論では、時空座標 \(x^\mu = (x^0, x^1, x^2, x^3) = (ct, x, y, z)\) が Lorentz 変換で

\[ x'^\mu = \Lambda^\mu{}_\nu\, x^\nu \tag{B.6} \]

\(\Lambda\) は Minkowski (ミンコフスキー) 計量 \(\eta_{\mu\nu} = \mathrm{diag}(-1, +1, +1, +1)\) を保存する行列よ。この Appendix では GR 編と同じ符号規約 \((-,+,+,+)\) を使うわ(本編の第 2 章で導入した QFT 流の \((+,-,-,-)\) とは計量の全体符号が逆だけれど、Appendix Aで確認した通り物理的結論は変わらないの)。なぜここで GR 流を使うかというと、Lorentz 群の表現論の教科書(Schwartz, Tong など)の多くがこの規約を採用しているからよ。本編の第 5 章に戻るときは \(\eta_{\mu\nu}\) の各成分の符号を反転させるだけで式が翻訳できるわ——具体的には、on-shell条件が \(P^2 \equiv \eta_{\mu\nu}P^\mu P^\nu = -m^2\)(ここの規約)から \(P^2 = +m^2\)(本編の規約)に変わるだけ。つまり

\[ \eta_{\mu\nu}\,\Lambda^\mu{}_{\alpha}\,\Lambda^\nu{}_{\beta} = \eta_{\alpha\beta} \tag{B.7} \]

を満たすもの。この条件を満たす変換の全体が Lorentz 群 (Lorentz group) よ。

🔵 カイ: Lorentz 変換には回転とブーストの 2 種類がありましたよね。全部で何個のパラメータがあるんですか?

🟡 リナ: いい質問。恒等変換に近い微小な Lorentz 変換を

\[ \Lambda^\mu{}_\nu = \delta^\mu{}_\nu + \omega^\mu{}_\nu \tag{B.8} \]

と書いて、式 (B.7) に代入してみましょう。\(\Lambda^\mu{}_{\alpha} = \delta^\mu{}_\alpha + \omega^\mu{}_\alpha\) を代入すると

\[ \eta_{\mu\nu}(\delta^\mu{}_{\alpha} + \omega^\mu{}_{\alpha})(\delta^\nu{}_{\beta} + \omega^\nu{}_{\beta}) = \eta_{\alpha\beta} \]

左辺を展開して \(\omega\) の 2 次以上を無視すると

\[ \eta_{\alpha\beta} + \eta_{\mu\beta}\,\omega^\mu{}_{\alpha} + \eta_{\alpha\nu}\,\omega^\nu{}_{\beta} = \eta_{\alpha\beta} \]

\(\eta_{\alpha\beta}\) が消えて、\(\eta_{\mu\beta}\,\omega^\mu{}_\alpha + \eta_{\alpha\nu}\,\omega^\nu{}_\beta = 0\) が残る。ここで \(\eta_{\mu\beta}\,\omega^\mu{}_\alpha\) は「\(\omega^\mu{}_\alpha\) の最初の添字 \(\mu\) を計量で下げた」もので、\(\omega_{\beta\alpha}\) と書くの——つまり \(\omega_{\beta\alpha} \equiv \eta_{\mu\beta}\,\omega^\mu{}_\alpha\)。同様に \(\eta_{\alpha\nu}\,\omega^\nu{}_\beta = \omega_{\alpha\beta}\)。これはAppendix Aで確認した「計量で添字を上げ下げする」操作そのものよ。すると条件は

\[ \omega_{\beta\alpha} + \omega_{\alpha\beta} = 0 \]

\(\alpha \leftrightarrow \beta\) と書き直せば

\[ \omega_{\mu\nu} + \omega_{\nu\mu} = 0 \tag{B.9} \]

が得られる。\(\omega_{\mu\nu}\)反対称 (antisymmetric)——つまり添字を入れ替えると符号が変わる(\(\omega_{\mu\nu} = -\omega_{\nu\mu}\))ということね。

🔵 カイ: なるほど、計量を保存するという条件だけで、パラメータが反対称に制限されるんですね。

🟡 リナ: \(4 \times 4\) の反対称行列は対角成分がすべてゼロで、上三角部分だけが自由だから、独立成分は \(4 \times 3 / 2 = 6\) 個。

⚪ メイ: \(_4C_2 = 6\) ね。上三角部分の数え方と同じだわ。

🔵 カイ: 6 個のパラメータって、具体的には何に対応するんですか?

🟡 リナ: その 6 個が、3 つの空間回転(\(xy\), \(yz\), \(zx\) 平面)と 3 つの Lorentz ブースト(\(x\), \(y\), \(z\) 方向)に対応するの。

✅ 理解度チェック: 微小 Lorentz 変換のパラメータ \(\omega_{\mu\nu}\) が反対称であることから、独立なパラメータは何個あるか。それらは物理的に何に対応するか。

答え

\(4 \times 4\) の反対称行列の独立成分は \(4 \times 3 / 2 = 6\) 個。これらは 3 つの空間回転(\(xy\), \(yz\), \(zx\) 平面)と 3 つの Lorentz ブースト(\(x\), \(y\), \(z\) 方向)に対応する。


生成子の具体形

🟡 リナ: 6 個の独立な反対称パラメータに対応する生成子を \(M^{\rho\sigma}\)\(\rho < \sigma\))と書くわ。考え方はこうよ——微小変換 \(\omega^\mu{}_\nu\) は反対称パラメータ \(\omega_{\rho\sigma}\) で書けるから、\(\omega^\mu{}_\nu = \frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}(M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) と「パラメータ × 生成子」の形に分解したいの。並進のときに \(\hat{U}(\delta a) = 1 + i\hat{p}\,\delta a/\hbar\) と書いたのと同じ発想ね。

🔵 カイ: \(\frac{1}{2}\) がついているのはなぜですか? 6 個の独立パラメータなのに、\(\rho\)\(\sigma\) の両方を \(0\) から \(3\) まで走らせたら \(16\) 個の項が出てきませんか?

🟡 リナ: いい質問。\(\omega_{\rho\sigma}\) は反対称だから \(\omega_{\rho\sigma} = -\omega_{\sigma\rho}\) で、\(\rho < \sigma\) の項と \(\rho > \sigma\) の項は独立ではないの。たとえば \(\omega_{01}\)\(\omega_{10} = -\omega_{01}\) は同じ情報。和をとると各独立成分が 2 回ずつ数えられるから、\(1/2\) で補正するのよ。

では \((M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) を決めましょう。まず、添字の上げ下げを確認するわ。\(\omega^\mu{}_\nu = \eta^{\mu\alpha}\omega_{\alpha\nu}\) よ(計量で最初の添字を上げた)。ここで \(\omega_{\alpha\nu}\) は反対称だから \(\omega_{\alpha\nu} = -\omega_{\nu\alpha}\)。この反対称性を明示的に使うと

\[ \omega^\mu{}_\nu = \eta^{\mu\alpha}\omega_{\alpha\nu} = \frac{1}{2}\eta^{\mu\alpha}\omega_{\alpha\nu} + \frac{1}{2}\eta^{\mu\alpha}\omega_{\alpha\nu} \]

第 2 項でダミー添字を \(\alpha \to \beta\) に書き換え、\(\omega_{\beta\nu} = -\omega_{\nu\beta}\) を使うと

\[ = \frac{1}{2}\eta^{\mu\alpha}\omega_{\alpha\nu} - \frac{1}{2}\eta^{\mu\beta}\omega_{\nu\beta} \]

これを \(\frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}(\cdots)^\mu{}_\nu\) の形に読み取りたいの。

🔵 カイ: 「読み取る」って、具体的にはどういう操作ですか?

🟡 リナ: 要するに、\(\omega\) の添字を \(\rho, \sigma\) に統一して、残りの部分を \((M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) として読み出すの。Einstein の縮約規則では、和をとるダミー添字の文字は何でもいい——\(\alpha\) でも \(\rho\) でも同じ意味よ。

具体例で感覚をつかみましょう。目標を再確認:最終的に \(\omega^\mu{}_\nu = \frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}(M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) と書きたい。そのためには、すべての項で \(\omega\) の添字を \(\rho, \sigma\) に揃えて、残りの部分を \((M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) として読み出す必要があるの。

まず第 1 項。\(\omega_{\alpha\nu}\)\(\alpha\) は和をとるダミー添字だから、文字を \(\rho\) に変えても意味は同じ:\(\eta^{\mu\alpha}\omega_{\alpha\nu} = \eta^{\mu\rho}\omega_{\rho\nu}\)。次に、\(\omega_{\rho\nu}\)\(\nu\)\(\sigma\) に変えたいけれど、\(\nu\) は自由添字(外から指定される値)だから、ダミー添字のように勝手に文字を変えることはできない。ここでの目標は「\(\omega\) の 2 つの添字を両方とも \(\rho, \sigma\) にする」こと——そうすれば \(\frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}(\cdots)^\mu{}_\nu\) の形に因数分解できるから。そこで「\(\sigma\) で和をとるけれど \(\sigma = \nu\) のときだけ生き残る」ようにするために \(\delta^\sigma{}_\nu\)\(\sigma = \nu\) なら \(1\)、それ以外なら \(0\))を挿入するの:\(\omega_{\rho\nu} = \omega_{\rho\sigma}\delta^\sigma{}_\nu\)。これは \(\sum_\sigma \omega_{\rho\sigma}\delta^\sigma{}_\nu = \omega_{\rho\nu}\) だから恒等式よ——値は何も変わっていないけれど、\(\omega\) の添字が \(\rho, \sigma\) に統一されたわ。こうして第 1 項は \(\frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}\,\eta^{\mu\rho}\delta^\sigma{}_\nu\) と書ける。

⚪ メイ: なるほど、\(\delta^\sigma{}_\nu\) を挿入するのは「ダミー添字の \(\sigma\) を形式的に導入する」ためのトリックね。値は変わらないけれど、表記が統一されるわけだ。

🟡 リナ: 第 2 項 \(-\frac{1}{2}\eta^{\mu\beta}\omega_{\nu\beta}\) でも同じ手順を使うわ。\(\beta \to \sigma\) と書き換えると \(-\frac{1}{2}\eta^{\mu\sigma}\omega_{\nu\sigma}\)。ここで \(\omega_{\nu\sigma} = \omega_{\rho\sigma}\delta^\rho{}_\nu\)(同じトリック——\(\rho\) で和をとるけれど \(\rho = \nu\) のときだけ生き残る)だから \(-\frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}\,\eta^{\mu\sigma}\delta^\rho{}_\nu\) が得られる。2 つの項を合わせると、\(\frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}\) にかかる部分が \((\eta^{\mu\rho}\delta^\sigma{}_\nu - \eta^{\mu\sigma}\delta^\rho{}_\nu)\) となる。まとめると

\[ (M^{\rho\sigma})^{\mu}{}_{\nu} = \eta^{\mu\rho}\,\delta^{\sigma}{}_{\nu} - \eta^{\mu\sigma}\,\delta^{\rho}{}_{\nu} \tag{B.10} \]

が得られるの。\(\eta^{\mu\nu}\) は対称(\(\eta^{\mu\rho} = \eta^{\rho\mu}\))だから \(\eta^{\mu\rho}\)\(\eta^{\rho\mu}\) は同じ値だけれど、導出の流れに合わせて \(\mu\) を先に書いておくわ。右辺を見れば \(\rho\)\(\sigma\) を入れ替えると符号が変わる——つまり \(M^{\rho\sigma} = -M^{\sigma\rho}\) が自動的に成り立つわ。

添字が多くて大変に見えるけれど、\(\rho, \sigma\) は「どの生成子か」を指定するラベル、\(\mu, \nu\)\(4 \times 4\) 行列の行と列を指定する添字よ。

🔵 カイ: 具体的に書くとどうなりますか?

🟡 リナ: たとえば \(M^{12}\)\(x^1\)-\(x^2\) 平面の回転生成子)は、式 (B.10) で \(\rho = 1, \sigma = 2\) とすると \((M^{12})^\mu{}_\nu = \eta^{\mu 1}\delta^{2}{}_\nu - \eta^{\mu 2}\delta^{1}{}_\nu\) だから、\(\mu = 1, \nu = 2\)\(\eta^{11}\delta^2{}_2 - \eta^{12}\delta^1{}_2 = (+1)(1) - 0 = +1\)\(\mu = 2, \nu = 1\)\(\eta^{21}\delta^2{}_1 - \eta^{22}\delta^1{}_1 = 0 - (+1)(1) = -1\)、他はゼロ:

\[(M^{12})^{\mu}{}_{\nu} = \begin{pmatrix} 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 1 & 0 \\ 0 & -1 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \end{pmatrix} \tag{B.11} \]

\(x^1\)\(x^2\) が混ざる——つまり \(xy\) 平面内の回転を生成するわ。同様に \(M^{01}\)\(x^1\) 方向のブースト生成子)は \(\rho = 0, \sigma = 1\) として \((M^{01})^\mu{}_\nu = \eta^{\mu 0}\delta^1{}_\nu - \eta^{\mu 1}\delta^0{}_\nu\)\(\mu = 0, \nu = 1\) では \(\eta^{00}\delta^1{}_1 - \eta^{01}\delta^0{}_1 = (-1)(1) - 0 = -1\)\(\mu = 1, \nu = 0\) では \(\eta^{10}\delta^1{}_0 - \eta^{11}\delta^0{}_0 = 0 - (+1)(1) = -1\)\(\eta^{10} = 0\) なので第 1 項は消え、\(\eta^{11} = +1\), \(\delta^0{}_0 = 1\) なので第 2 項が \(-1\) を与える):

\[ (M^{01})^{\mu}{}_{\nu} = \begin{pmatrix} 0 & -1 & 0 & 0 \\ -1 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \\ 0 & 0 & 0 & 0 \end{pmatrix} \tag{B.12} \]

\(x^0\)(時間)と \(x^1\)(空間)が混ざる——ブーストを生成するの。

🔵 カイ: 回転の行列 (B.11) は \((1,2)\) 成分(2 行 3 列)が \(+1\)\((2,1)\) 成分(3 行 2 列)が \(-1\)、ブーストの行列 (B.12) は \((0,1)\) 成分(1 行 2 列)も \((1,0)\) 成分(2 行 1 列)も \(-1\) ですね。何か対称性が違う気がするんですけど……。

⚪ メイ: 本当だ。片方は符号が逆で、もう片方は同じ符号になっているわね。

🟡 リナ: 鋭い観察ね。具体的に言うと、回転生成子は転置すると符号が変わる(反対称行列)、ブースト生成子は転置しても変わらない(対称行列)になっているの。ただし注意が必要よ。ここで見ているのは混合テンソル \((M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) を行列として並べたもの——つまり \(\mu\) を行番号、\(\nu\) を列番号として読んだ行列ね。この行列の「転置」は \(\mu\)\(\nu\) を入れ替える操作に対応するわ。

でも物理的に意味があるのは、両方の添字を下に揃えた \((M^{\rho\sigma})_{\mu\nu} \equiv \eta_{\mu\alpha}(M^{\rho\sigma})^\alpha{}_\nu\) の方なの。「添字を下げる」というのは、計量 \(\eta_{\mu\alpha}\) を掛けて和をとる操作——\(\eta_{00} = -1\) だから、\(\mu = 0\) の行だけ符号が反転するわ。こうして両方の添字を下に揃えると、回転もブーストも \(\mu \leftrightarrow \nu\) について反対称になる——これは \(\omega_{\mu\nu}\) が反対称であることと整合するの。

🔵 カイ: じゃあ、混合テンソルのレベルで回転が反対称、ブーストが対称に見えるのは、本質的な違いじゃなくて計量の符号のせいなんですね。

🟡 リナ: 混合テンソル \((M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) の見え方が回転とブーストで異なるのは、\(\eta_{00} = -1\) の効果なのよ。物理的には、回転はコンパクトなパラメータ(角度 \(\theta\)\(0\) から \(2\pi\) で一周する)、ブーストは非コンパクトなパラメータ(ラピディティ (rapidity) \(\phi\)\(-\infty\) から \(+\infty\))という違いがあって、これが指数写像 \(e^{\omega M}\) の振る舞い(周期的 vs 非周期的)に反映されるの。

✅ 理解度チェック: 回転生成子とブースト生成子の行列としての対称性の違いは何か。それはパラメータのどのような性質と関係しているか。

答え

混合テンソル \((M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) を行列として見ると、回転生成子は反対称行列、ブースト生成子は対称行列になっている(ただしこれは \(\eta_{00} = -1\) の効果であり、両方の添字を下に揃えればどちらも反対称になる)。回転のパラメータ(角度)はコンパクト(\(0\) から \(2\pi\) で一周する)であるのに対し、ブーストのパラメータ(ラピディティ)は非コンパクト(\(-\infty\) から \(+\infty\))であり、この違いが指数写像の振る舞い(周期的 vs 非周期的)に反映されている。


回転とブーストの生成子

🟡 リナ: 物理的に分かりやすいように、6 個の生成子を回転とブーストに分けて名前をつけましょう。式 (B.10) で定義した \(M^{\rho\sigma}\) は反エルミートな \(4 \times 4\) 行列だったわね(反エルミートとは何かはすぐ後で説明するわ)。これを空間回転とブーストに分類するために、まず次の量を定義するわ:

\[ \tilde{J}^i = \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk}, \qquad \tilde{K}^i = M^{0i} \tag{B.13a} \]

ここで \(\varepsilon^{ijk}\) は Levi-Civita (レヴィ=チヴィタ) 記号——添字の偶置換で \(+1\)、奇置換で \(-1\)、同じ添字があれば \(0\) になるもの。チルダ(\(\tilde{}\))をつけているのは、これらが反エルミート(すぐ後で定義するわ)で物理で使いにくい形であることを示すため。式 (B.13a) は「\(M^{\rho\sigma}\) の 6 個の成分を回転 3 個とブースト 3 個に分類する」という対応関係を示すためだけに書いたもので、この後すぐにエルミートな生成子

\[ J^i = -i\tilde{J}^i, \qquad K^i = -i\tilde{K}^i \]

に取り替えるわ。つまり \(\tilde{J}^i\)\(J^i\) の関係は単に \(-i\) 倍の違いだけよ。チルダ付きの量はこの直後の定義 (B.13b) で用済みになるから、以降は登場しないわよ。

🔵 カイ: なぜ取り替える必要があるんですか? \(\tilde{J}^i\) のままじゃダメなんですか?

🟡 リナ: いい質問。\(\tilde{J}^i\), \(\tilde{K}^i\)\(M^{\rho\sigma}\) から作った量だから、実は反エルミートなの。

🔵 カイ: 反エルミートって何ですか?

🟡 リナ: 「エルミート」とは \(A^\dagger = A\)(転置して複素共役をとると元に戻る)を満たす行列のことで、量子力学では観測量がエルミート演算子で表されるのだったわね。「反エルミート」はその逆で \(A^\dagger = -A\) を満たすもの。式 (B.11) の \(M^{12}\) を見ると、実数の反対称行列だから転置すると符号が変わる——つまり \((M^{12})^T = -M^{12}\)。実数行列ではエルミート共役(転置して複素共役をとる操作)は単なる転置と同じだから、\((M^{12})^\dagger = (M^{12})^T = -M^{12}\)。これが「反エルミート」(\(A^\dagger = -A\))の条件そのものね。生成子をエルミートにしたいから、反エルミートな行列に \(-i\) をかけてエルミートにするの。確認してみると \((-iM^{12})^\dagger = (+i)(M^{12})^\dagger = (+i)(-M^{12}) = -iM^{12}\) でエルミートね。

⚪ メイ: なるほど、\(-i\) をかけることで反エルミートがエルミートに変わるのね。

🟡 リナ: そう。そして生成子をエルミートにしておけば、\(e^{-i\theta J}\) の形でユニタリ変換(確率を保存する変換)が自然に構成できるの。だからエルミートな生成子を次のように定義するわ:

\[ J^i = -i \cdot \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk}, \qquad K^i = -iM^{0i} \tag{B.13b} \]

以降この章では、特に断らない限り \(J^i\), \(K^i\) はこのエルミートな生成子を指すことにするわね(ベクトルとしてまとめて書くときは \(\mathbf{J} = (J^1, J^2, J^3)\), \(\mathbf{K} = (K^1, K^2, K^3)\) と太字で表記するわ)。すると、回転角を指定する 3 次元ベクトル \(\boldsymbol{\theta}\) とラピディティを指定する 3 次元ベクトル \(\boldsymbol{\phi}\) を使って、有限の Lorentz 変換は

\[ \Lambda = \exp\!\left(-i\boldsymbol{\theta} \cdot \mathbf{J} - i\boldsymbol{\phi} \cdot \mathbf{K}\right) \tag{B.14} \]

と書ける。

🔵 カイ: あれ、式 (B.3) の並進では \(e^{+i\hat{p}a/\hbar}\) とプラスだったのに、ここではマイナスですね。

🟡 リナ: いい気づきね。指数の肩の符号は「生成子をどう定義するか」の規約に依存するの。式 (B.3) では量子力学の教科書でよく使われる \(e^{+i\hat{p}a/\hbar}\) の規約を使ったけれど、この本の Lorentz 変換では、時間発展演算子 \(e^{-iHt}\) と同じ流儀で \(e^{-i\theta \cdot (\text{エルミート生成子})}\) と書く規約を採用するわ。どちらの規約でも物理的な結果は同じ——生成子の定義に \(\pm\) の違いが吸収されるだけよ。式 (B.11)–(B.12) の行列 \(M^{\rho\sigma}\) 自体は反エルミートだから、エルミートな生成子は \(iM^{\rho\sigma}\) に対応する。符号の規約は教科書によって異なるから、「この本ではこう」と覚えておいてね。


Lorentz 代数の交換関係

🟡 リナ: さて、ここが核心。生成子 \(J^i\), \(K^i\) の交換関係を計算すると、次の 3 つの式が得られるの:

\[ [J^i,\, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k \tag{B.15} \]
\[ [J^i,\, K^j] = i\varepsilon^{ijk}K^k \tag{B.16} \]
\[ [K^i,\, K^j] = -i\varepsilon^{ijk}J^k \tag{B.17} \]

これらは式 (B.10) の具体的な行列と定義 (B.13b)、そしてエルミート化の \(-i\) 因子を使って確認できるわ。(B.15) の一例として \([J^1, J^2]\) を計算してみましょう。(B.16) も同じ手順で確認できる——たとえば \([J^3, K^1] = [(-iM^{12}), (-iM^{01})] = -[M^{12}, M^{01}]\) を行列積で計算すればいいの。(B.17) の検証は章末の練習問題に回すわ。

🔵 カイ: 具体的にどうやって計算するんですか? \(J^1\)\(J^2\)\(4 \times 4\) 行列の積を計算するってことですか?

🟡 リナ: そう。まず、式 (B.13) の定義をエルミートな生成子で書き直すわ。\(M^{jk}\) は反エルミートな行列だったわね。エルミートな \(J^i\)\(J^i = -i \cdot \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk}\) で定義される。具体的には \(J^1 = -iM^{23}\), \(J^2 = -iM^{31}\), \(J^3 = -iM^{12}\) よ。

では、ベクトル表現で直接確認しましょう。式 (B.11) から \((M^{12})^\mu{}_\nu\)\(\mu=1,\nu=2\)\(+1\)\(\mu=2,\nu=1\)\(-1\)。同様に \((M^{23})^\mu{}_\nu\)\(\mu=2,\nu=3\)\(+1\)\(\mu=3,\nu=2\)\(-1\)\((M^{31})^\mu{}_\nu\)\(\mu=3,\nu=1\)\(+1\)\(\mu=1,\nu=3\)\(-1\)

行列積 \([M^{23}, M^{31}]\) を直接計算するわ。\(4\times 4\) 行列の積で非ゼロ成分だけ追えばいいの。

🔵 カイ: 非ゼロ成分だけ追えばいいなら、そんなに大変じゃなさそうですね。

🟡 リナ: そう、やってみましょう。式 (B.10) から各生成子の非ゼロ成分を読み取ると

\((M^{23})^\mu{}_\nu\): 非ゼロ成分は \((M^{23})^2{}_3 = +1\), \((M^{23})^3{}_2 = -1\)\((M^{31})^\mu{}_\nu\): 非ゼロ成分は \((M^{31})^3{}_1 = +1\), \((M^{31})^1{}_3 = -1\)

\(AB = M^{23}M^{31}\): \((AB)^\mu{}_\nu = (M^{23})^\mu{}_\alpha (M^{31})^\alpha{}_\nu\) で、\(\alpha\) について和をとるわ。\((M^{23})^\mu{}_\alpha\) が非ゼロなのは \(\mu=2, \alpha=3\)(値 \(+1\))と \(\mu=3, \alpha=2\)(値 \(-1\))だけだから、\(\mu=0, 1\) では \((AB)^\mu{}_\nu = 0\)。 - \(\mu=2\): \((M^{23})^2{}_3 \cdot (M^{31})^3{}_1 = (+1)(+1) = +1\)\((AB)^2{}_1 = +1\)\(\nu \neq 1\) では \((M^{31})^3{}_\nu = 0\) だから他はゼロ) - \(\mu=3\): \((M^{23})^3{}_2 \cdot (M^{31})^2{}_\nu = (-1) \cdot 0 = 0\)\((M^{31})^2{}_\nu\) は全てゼロだから寄与なし。

\(BA = M^{31}M^{23}\): \((BA)^\mu{}_\nu = (M^{31})^\mu{}_\alpha (M^{23})^\alpha{}_\nu\)。 - \(\mu=1\): \((M^{31})^1{}_3 \cdot (M^{23})^3{}_2 = (-1)(-1) = +1\)\((BA)^1{}_2 = +1\) - \(\mu=3\): \((M^{31})^3{}_1 \cdot (M^{23})^1{}_\nu\)\((M^{23})^1{}_\nu\) は全てゼロだから寄与なし。

\([M^{23}, M^{31}] = AB - BA\): \(\mu=2, \nu=1\)\(+1 - 0 = +1\)\(\mu=1, \nu=2\)\(0 - (+1) = -1\)。他はゼロ。

🔵 カイ: あ、その結果って \((M^{12})\) の行列と比べればいいんですよね?

🟡 リナ: これは \((M^{12})^\mu{}_\nu\)\(\mu=1,\nu=2\)\(+1\)\(\mu=2,\nu=1\)\(-1\))と比べると符号が逆——つまり \([M^{23}, M^{31}] = -M^{12}\)

エルミートな生成子に翻訳するわ。定義 \(J^i = -i \cdot \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk}\) から \(J^1 = -iM^{23}\), \(J^2 = -iM^{31}\), \(J^3 = -iM^{12}\)。したがって

\[ [J^1, J^2] = [-iM^{23},\, -iM^{31}] = (-i)^2[M^{23}, M^{31}] = -1 \cdot (-M^{12}) = M^{12} \]

\(J^3 = -iM^{12}\) だから \(M^{12} = iJ^3\)。よって \([J^1, J^2] = iJ^3\)。✓

これで式 (B.15) の \([J^1, J^2] = i\varepsilon^{123}J^3 = iJ^3\) がベクトル表現で確認できたわ。

⚪ メイ: 2 つのマイナスがきれいに打ち消し合って \(+iJ^3\) が出るのね。

🟡 リナ: 同じ結果を Pauli 行列でもっと簡潔に確認できるの。スピノル表現(\(2\times 2\) 行列)で \(J^i = \sigma^i/2\) とすると

\[ [J^1, J^2] = [\sigma^1/2,\, \sigma^2/2] = \frac{1}{4}[\sigma^1, \sigma^2] = \frac{1}{4}(2i\sigma^3) = \frac{i\sigma^3}{2} = iJ^3 \]

どちらの表現でも同じ交換関係が成り立つわ。(B.17) のベクトル表現での検証は章末の練習問題に回すわ。ヒントだけ言っておくと、\([K^1, K^2] = [-iM^{01}, -iM^{02}] = -[M^{01}, M^{02}]\) を出発点にして、式 (B.12) と同様に \(M^{02}\) の非ゼロ成分を書き出し、行列積を計算してみてね。結果が式 (B.17) の右辺 \(-i\varepsilon^{123}J^3\) と一致することを確認するのが目標よ。

🔵 カイ: 最初の式 (B.15) は量子力学で見覚えがあります。角運動量の交換関係 \([J_x, J_y] = iJ_z\) ですよね。でも、あの長い行列計算で出てきた \([M^{23}, M^{31}] = -M^{12}\) にマイナスがついていたのに、最終結果ではプラスの \(iJ^3\) になったのが不思議です。\((-i)^2\) のマイナスと行列計算のマイナスが打ち消し合ったんですか?

🟡 リナ: その通り。\([J^1, J^2] = (-i)^2[M^{23}, M^{31}] = (-1)(-M^{12}) = +M^{12} = iJ^3\) と、2 つのマイナスが打ち消し合うの。エルミート化の \(-i\) 因子が、行列計算の符号をちょうど吸収してくれるのよ。

🔵 カイ: もしエルミート化の \(-i\) を入れなかったら、交換関係の形が変わってしまうってことですよね。

🟡 リナ: そう。\(-i\) を入れずに反エルミートな \(M^{jk}\) のまま使うと、交換関係の右辺に \(i\) が出てこない形になる——物理的な内容は同じだけれど、量子力学で慣れ親しんだ \([J^i, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k\) の形にならないの。回転の生成子だけで閉じた代数を成す——これは \(\mathfrak{so}(3)\) の代数そのもの。そして 2 番目の式 (B.16) は、ブースト生成子 \(K^j\) が回転のもとでベクトルのように変換されることを意味しているの。

⚪ メイ: なるほど、\([J^i, K^j] = i\varepsilon^{ijk}K^k\) の右辺に \(K^k\) が出てくるから、\(K\) は回転で \(K\) 同士が混ざる——ちょうど座標 \((x, y, z)\) が回転で混ざるのと同じ構造ね。

🟡 リナ: そう。そして 3 番目の式 (B.17) が曲者よ。ブースト同士の交換子が回転を生む——しかも右辺にマイナス符号がついている。

🔵 カイ: マイナス符号が重要なんですか?

🟡 リナ: とても重要。もし \([K^i, K^j] = +i\varepsilon^{ijk}J^k\) だったら、\(J\)\(K\) は対等で、4 次元回転群 \(SO(4)\) の代数になる。マイナスがつくことで、Lorentz 群 \(SO(1,3)\) 特有の構造が生まれるの。このマイナスこそが、後で見る「左巻き」と「右巻き」の区別を生む源なのよ。

✅ 理解度チェック: 式 (B.17) \([K^i, K^j] = -i\varepsilon^{ijk}J^k\) の右辺のマイナス符号が物理的に重要な理由は何か。

答え

もしマイナスではなくプラスであれば、代数は 4 次元回転群 \(SO(4)\) のものになってしまう。マイナス符号があることで Lorentz 群 \(SO(1,3)\) 特有の構造が生まれ、後に \(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) に分解した際に左巻きと右巻きの区別が生じる源となる。

✅ 理解度チェック: Lorentz 代数の交換関係 (B.15)–(B.17) のうち、回転群 \(SO(3)\) の代数と同じ形をしているのはどれか。

答え

式 (B.15) \([J^i, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k\)。これは角運動量の交換関係そのもので、回転の生成子だけで閉じた \(\mathfrak{so}(3)\) 代数を成す。

📝 練習問題:


\(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) への分解——Lorentz 代数を解きほぐす

🟡 リナ: ここからが、この Appendix で最も重要な結果よ。Lorentz 代数 (B.15)–(B.17) を、もっと扱いやすい形に分解するの。次の新しい生成子を導入するわ:

\[ \mathbf{J}_+ = \frac{\mathbf{J} + i\mathbf{K}}{2}, \qquad \mathbf{J}_- = \frac{\mathbf{J} - i\mathbf{K}}{2} \tag{B.18} \]

🔵 カイ: うわ、突然ですね。なぜこんな組み合わせを考えるんですか? しかも \(i\mathbf{K}\) って、虚数をかけるのが気持ち悪い……。

🟡 リナ: 実は、これは「交換関係を対角化したい」という動機から来ているの。(B.15)–(B.17) では \(J\)\(K\) が互いに絡み合っている。もし新しい変数に取り替えることで、絡みがほどけたら嬉しいでしょう? ちょうど連立方程式を解くときに変数変換で対角化するのと同じ発想よ。虚数 \(i\) をかけるのは、交換関係 (B.17) の右辺にマイナスがあるせいで、実数の組み合わせだけではうまく分離できないから。たとえば \(\mathbf{J} + \mathbf{K}\)\(\mathbf{J} - \mathbf{K}\) を試すと、\([(J^i + K^i), (J^j + K^j)]\) の中に \([K^i, K^j] = -i\varepsilon^{ijk}J^k\) が入ってきて、右辺に \(J\)\(K\) の両方が残ってしまう——分離できないの。\(i\) を入れることで (B.17) のマイナス符号を吸収して、きれいに分離できるのよ。ただし注意——\(\mathbf{K}\) 自体はエルミートではないの。式 (B.13b) で \(K^i = -iM^{0i}\) と定義したけれど、\(M^{0i}\) のベクトル表現(式 (B.12))は実数成分の対称行列だから \((M^{0i})^\dagger = M^{0i}\)。したがって \((K^i)^\dagger = (-i)^*(M^{0i})^\dagger = (+i)M^{0i} = -K^i\)——つまり \(K^i\)反エルミート\(K^\dagger = -K\))なの。これは表現によらない一般的な性質よ。

⚪ メイ: 連立方程式で \(x + y\)\(x - y\) を新しい変数にするのと同じ発想ね。\(\mathbf{J}\)\(i\mathbf{K}\) の「和」と「差」を取っているわけだから。

🟡 リナ: だから \(i\mathbf{K}\) はエルミートになり、\(\mathbf{J}_\pm = (\mathbf{J} \pm i\mathbf{K})/2\) はエルミートな量の和になるわ。ブーストの変換行列 \(e^{-i\boldsymbol{\phi}\cdot\mathbf{K}}\) がユニタリにならないことの数学的起源もここにある——これは後のセクションで具体的に確認するわ。今は交換関係の計算に集中しましょう。

🟡 リナ: では計算しましょう。\([J^i_+, J^j_+]\) を求めるわ。定義 (B.18) を代入すると

\[ [J^i_+, J^j_+] = \left[\frac{J^i + iK^i}{2},\, \frac{J^j + iK^j}{2}\right] \]

交換子には分配法則が成り立つの——\([A + B, C] = [A, C] + [B, C]\) よ。これは \([A+B, C] = (A+B)C - C(A+B) = AC - CA + BC - CB = [A,C] + [B,C]\) と展開すれば確認できるわ。第 2 引数についても同様に \([A, B + C] = [A, B] + [A, C]\) が成り立つ(同じように展開すれば確認できるわ)。また定数倍は外に出せる:\([cA, B] = c[A, B]\)\([A, cB] = c[A, B]\) も同様。さらに交換子は反対称——\([A, B] = AB - BA = -(BA - AB) = -[B, A]\)。これらの性質を使って展開すると

\[ = \frac{1}{4}\bigl([J^i, J^j] + [J^i, iK^j] + [iK^i, J^j] + [iK^i, iK^j]\bigr) \]

各項で定数を外に出すわ。交換子には \([cA, B] = c[A, B]\)(第 1 引数のスカラーを外に出す)と \([A, cB] = c[A, B]\)(第 2 引数のスカラーを外に出す)が成り立つから(\(c\) はスカラー)。各項を順に処理すると:

  • 第 1 項: \([J^i, J^j]\)(定数なし、そのまま)
  • 第 2 項: \([J^i, iK^j] = i[J^i, K^j]\)(第 2 引数から \(i\) を外に出した)
  • 第 3 項: \([iK^i, J^j] = i[K^i, J^j]\)(第 1 引数から \(i\) を外に出した)
  • 第 4 項: \([iK^i, iK^j] = i[K^i, iK^j] = i \cdot i[K^i, K^j] = i^2[K^i, K^j]\)(2 段階で外に出した)

まとめると

\[ = \frac{1}{4}\bigl([J^i, J^j] + i[J^i, K^j] + i[K^i, J^j] + i^2[K^i, K^j]\bigr) \tag{B.19} \]

🔵 カイ: 4 つの交換子が出てきましたね。一つずつ代入すればいいんだ。

🟡 リナ: 各項を (B.15)–(B.17) で置き換えていくわ。少し添字の入れ替えが必要だから丁寧にやるわね。

  • 第 1 項: \([J^i, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k\) ……(B.15) そのまま
  • 第 2 項: \(i[J^i, K^j] = i \cdot i\varepsilon^{ijk}K^k = -\varepsilon^{ijk}K^k\) ……(B.16) を使った
  • 第 3 項: \(i[K^i, J^j]\)。これは (B.16) の添字を入れ替えて求めるわ。交換子の反対称性 \([A, B] = -[B, A]\) から \([K^i, J^j] = -[J^j, K^i]\)。次に (B.16) は「\([J^{\text{(1番目)}}, K^{\text{(2番目)}}] = i\varepsilon^{\text{(1番目)(2番目)}k}K^k\)」という形だから、1 番目を \(j\)、2 番目を \(i\) に読み替えると \([J^j, K^i] = i\varepsilon^{jik}K^k\)。Levi-Civita 記号は隣接する 2 つの添字を入れ替えると符号が反転する(完全反対称だから)——たとえば \(\varepsilon^{jik}\)\(\varepsilon^{ijk}\) の最初の 2 つの添字 \(i, j\) を入れ替えたものだから \(\varepsilon^{jik} = -\varepsilon^{ijk}\)。したがって \([J^j, K^i] = i(-\varepsilon^{ijk})K^k = -i\varepsilon^{ijk}K^k\)。これを \([K^i, J^j] = -[J^j, K^i]\) に代入すると \([K^i, J^j] = -(-i\varepsilon^{ijk}K^k) = +i\varepsilon^{ijk}K^k\)。最終的に \(i[K^i, J^j] = i \cdot i\varepsilon^{ijk}K^k = i^2\varepsilon^{ijk}K^k = -\varepsilon^{ijk}K^k\)
  • 第 4 項: \(i^2[K^i, K^j] = -[K^i, K^j] = -(-i\varepsilon^{ijk}J^k) = i\varepsilon^{ijk}J^k\) ……(B.17) を使った

🔵 カイ: 第 2 項と第 3 項が同じ \(-\varepsilon^{ijk}K^k\) になるんですね。

🟡 リナ: 4 つの項を全部足すと

\[ [J^i_+, J^j_+] = \frac{1}{4}\bigl(i\varepsilon^{ijk}J^k - \varepsilon^{ijk}K^k - \varepsilon^{ijk}K^k + i\varepsilon^{ijk}J^k\bigr) \]
\[ = \frac{\varepsilon^{ijk}}{4}\bigl(2iJ^k - 2K^k\bigr) = \frac{\varepsilon^{ijk}}{2}\bigl(iJ^k - K^k\bigr) \]

🔵 カイ: あれ、\(iJ^k - K^k\) って何かに書き換えられませんか? \(J_+\) の定義に似ている気がする……

🟡 リナ: いい着眼点ね。\(J^k_+ = (J^k + iK^k)/2\) だから \(2J^k_+ = J^k + iK^k\)、つまり \(i(J^k + iK^k) = iJ^k - K^k = 2iJ^k_+\)。したがって

\[ = \frac{\varepsilon^{ijk}}{2} \cdot 2iJ^k_+ = i\varepsilon^{ijk}J^k_+ \]

🟡 リナ: 完璧。つまり

\[ [J^i_+,\, J^j_+] = i\varepsilon^{ijk}J^k_+ \tag{B.20} \]

🔵 カイ: おお! これは式 (B.15) の \(J\)\(J_+\) に置き換えただけの形ですね。角運動量と同じ交換関係だ! でも、\(\mathbf{J}_+\) の中にはブースト生成子 \(\mathbf{K}\) が入っていて、\(\mathbf{K}\) は反エルミートでしたよね。そういう量が角運動量と同じ交換関係を持つって、何か問題にならないんですか?

🟡 リナ: いい疑問ね。交換関係は「代数の構造」を決めるもので、演算子がエルミートかどうかとは独立なの。\(\mathfrak{su}(2)\) の代数を満たす演算子は、エルミートでなくても構わない——ただし、その場合は表現がユニタリにならないだけ。実際、\(\mathbf{J}_+\) 自体は具体的な表現ではエルミートになるけれど、そこから逆算される \(\mathbf{K}\) が反エルミートであることが、ブーストの非ユニタリ性の数学的起源なの。今は交換関係の構造だけに注目して先に進みましょう。まったく同じ計算で

\[ [J^i_-,\, J^j_-] = i\varepsilon^{ijk}J^k_- \tag{B.21} \]

も示せる。そして最も重要なのは

\[ [J^i_+,\, J^j_-] = 0 \tag{B.22} \]

🔵 カイ: ゼロ! \(J_+\)\(J_-\) が完全に独立ってことですか? でも、\(J_+\) の中には \(K\) が入っていて、\(J_-\) の中にも \(K\) が入っているのに、なぜ交換子がゼロになるんですか? 独立だと何が嬉しいんですか?

🟡 リナ: 「なぜゼロになるか」は、さっきの \([J^i_+, J^j_+]\) と同じ手順で計算すれば確認できるわ——4 つの項が 2 組のペアになって打ち消し合うの(上の理解度チェックで確認してみてね)。そして「何が嬉しいか」——これがとても重要。独立ということは、\(\mathbf{J}_+\) の表現と \(\mathbf{J}_-\) の表現を別々に選べるということ。6 個の生成子が絡み合った複雑な問題が、3 個ずつの 2 つの独立な問題に分解されるのよ。しかも各 3 個は \(\mathrm{SU}(2)\) の代数——量子力学で完全に解き方を知っているもの。つまり:

Lorentz 群の Lie 代数は、2 つの独立な \(\mathfrak{su}(2)\) 代数の直和 \(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) に分解される。

⚪ メイ: つまり、Lorentz 代数の表現を見つけるには、\(\mathbf{J}_+\) の表現と \(\mathbf{J}_-\) の表現を独立に選べばいいのね。

🔵 カイ: ちょっと待ってください。「表現を独立に選ぶ」って、具体的にはどういう操作なんですか? \(\mathbf{J}_+\) に対してスピン \(1/2\) を選んで、\(\mathbf{J}_-\) に対してスピン \(0\) を選ぶ、みたいなこと?

🟡 リナ: まさにそう。量子力学で学んだように、\(\mathrm{SU}(2)\) の表現はスピンの値 \(j = 0, 1/2, 1, 3/2, \ldots\) で分類され、次元は \(2j+1\) だった。\(\mathbf{J}_+\)\(j_+ = 1/2\) を、\(\mathbf{J}_-\)\(j_- = 0\) を選ぶ——これが \((1/2, 0)\) 表現で、左巻き Weyl スピノルに対応するの。だから Lorentz 群の表現は \((j_+, j_-)\) というペアで指定できる。これが場の分類の数学的基盤よ。

🔵 カイ: でも、\(j_- = 0\) を「選ぶ」って、\(\mathbf{J}_-\)\(2\times 2\) のゼロ行列になるってことですよね。それって「\(\mathbf{J}_-\) が何もしない」ということで……あ、待ってください。\(\mathbf{J}_- = (\mathbf{J} - i\mathbf{K})/2 = 0\) ということは、\(\mathbf{J} = i\mathbf{K}\) ってことですか? 回転とブーストが完全に結びついている?

🟡 リナ: 素晴らしい、その通りよ! \(\mathbf{J} = i\mathbf{K}\)(つまり \(\mathbf{K} = -i\mathbf{J}\))——回転の生成子を知れば、ブーストの生成子が自動的に決まるの。この「回転とブーストが独立に選べない」という拘束こそが「左巻き」の数学的な中身よ。具体的な行列は次のセクションで構成するわ。

✅ 理解度チェック: Lorentz 代数が \(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) に分解されることの実用的な意義は何か。

答え

Lorentz 代数の表現を見つけるには、2 つの独立な \(\mathfrak{su}(2)\) の表現を別々に選べばよい。\(\mathrm{SU}(2)\) の表現はスピン量子数 \(j = 0, 1/2, 1, \ldots\) で分類されるから、Lorentz 群の表現は \((j_+, j_-)\) のペアで指定でき、場の種類(スカラー・スピノル・ベクトルなど)を系統的に分類できる。

✅ 理解度チェック: 式 (B.22) \([J^i_+, J^j_-] = 0\) を、(B.15)–(B.17) を使って導出してみましょう。

答え

\([J^i_+, J^j_-] = \frac{1}{4}([J^i, J^j] - i[J^i, K^j] + i[K^i, J^j] - i^2[K^i, K^j])\) \(= \frac{1}{4}(i\varepsilon^{ijk}J^k + \varepsilon^{ijk}K^k - \varepsilon^{ijk}K^k - i\varepsilon^{ijk}J^k) = 0\)。 第 2 項と第 3 項が打ち消し合い、第 1 項と第 4 項も打ち消し合う。ここで第 2 項は \(-i \cdot i\varepsilon^{ijk}K^k = \varepsilon^{ijk}K^k\)、第 3 項は \(i \cdot i\varepsilon^{ijk}K^k = -\varepsilon^{ijk}K^k\)(前の計算と同じ手順)、第 4 項は \(+[K^i, K^j] = -i\varepsilon^{ijk}J^k\)

📝 練習問題:


表現の分類——\((j_+, j_-)\) で場の種類を整理する

🟡 リナ: \(\mathrm{SU}(2)\) の既約表現はスピン量子数 \(j = 0, 1/2, 1, \ldots\) で分類され、次元は \(2j + 1\) だった。Lorentz 群の表現は \((j_+, j_-)\) のペアで指定されるから、表現の次元は \((2j_+ + 1)(2j_- + 1)\) になるわ。主要な表現を表にまとめましょう。

表 B.1: Lorentz群の主要な既約表現と対応する場

表現 \((j_+, j_-)\) 次元 名前 対応する場
\((0, 0)\) \(1\) スカラー (scalar) Higgs 場
\((1/2, 0)\) \(2\) 左巻き Weyl スピノル \(\psi_L\)
\((0, 1/2)\) \(2\) 右巻き Weyl スピノル \(\psi_R\)
\((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\) \(4\) Dirac スピノル 電子場
\((1/2, 1/2)\) \(4\) ベクトル (vector) 電磁場 \(A^\mu\)

🔵 カイ: スカラー場が \((0, 0)\) で、ベクトル場が \((1/2, 1/2)\) ……ベクトル場のスピンが \(1/2 + 1/2 = 1\) に対応するんですか?

🟡 リナ: 鋭い直感ね。正確には、元の回転の生成子は \(\mathbf{J} = \mathbf{J}_+ + \mathbf{J}_-\)(式 (B.18) を逆に解くと \(\mathbf{J} = \mathbf{J}_+ + \mathbf{J}_-\) が確認できるわ)だから、回転のスピンは \(j_+\)\(j_-\) の角運動量合成で決まるの。量子力学で学んだ合成規則 \(|j_+ - j_-| \leq j \leq j_+ + j_-\) を使うと、\((1/2, 1/2)\) の場合は \(j = 0\) または \(j = 1\) が得られる。4 次元ベクトルの時間成分がスピン \(0\)(スカラー的)、空間 3 成分がスピン \(1\)(ベクトル的)に対応するの。

⚪ メイ: なるほど。Dirac スピノルが \((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\) と書かれるのは、左巻きと右巻きの 2 成分スピノルを合わせて 4 成分にしたもの、ということね。

🟡 リナ: その通り。そして、なぜ 2 つを合わせる必要があるかは、質量項の構造と深く関わっているの。これは本編の第 5 章で詳しく扱ったわね。


なぜスピン \(1/3\) の粒子はいないのか

🔵 カイ: ところで、表にはスピン \(0, 1/2, 1\) しか出てきませんが、スピン \(1/3\) の粒子はなぜいないんですか?

🟡 リナ: 素晴らしい質問。これは \(\mathrm{SU}(2)\) の表現論から決まるの。角運動量の昇降演算子 \(J_\pm = J_1 \pm iJ_2\)\(J_3\) の固有値を \(\pm 1\) ずつ変える。最大値 \(j\) の状態 \(|j, j\rangle\) から出発して \(J_-\) を繰り返し作用させると

\[ |j, j\rangle \xrightarrow{J_-} |j, j-1\rangle \xrightarrow{J_-} \cdots \xrightarrow{J_-} |j, -j\rangle \tag{B.23} \]

\(j\) から \(-j\) まで整数ステップで降りていく。\(|j, -j\rangle\) でちょうど止まるためには、\(j - (-j) = 2j\)非負整数でなければならない。

⚪ メイ: つまり \(j = 0, 1/2, 1, 3/2, 2, \ldots\) しか許されない。\(j = 1/3\) だと \(2j = 2/3\) で整数にならないから、\(-j\) にたどり着けないのね。

🟡 リナ: その通り。これは Lorentz 群に限らず、\(\mathrm{SU}(2)\) の表現論の普遍的な結論よ。自然界に存在しうる粒子のスピンは、\(0, 1/2, 1, 3/2, 2, \ldots\) のいずれかに限られるの。

✅ 理解度チェック: スピン \(1/3\) の粒子が存在できない理由を、\(\mathrm{SU}(2)\) の表現論の観点から説明してみましょう。

答え

\(J_3\) の固有値は最大値 \(j\) から最小値 \(-j\) まで整数ステップで降りていく。\(-j\) でちょうど止まるためには \(2j\) が非負整数でなければならない。\(j = 1/3\) だと \(2j = 2/3\) で整数にならず、有限次元の表現が構成できないため、スピン \(1/3\) の粒子は許されない。

🔵 カイ: 対称性だけで、存在しうる粒子の種類が制限されるんですね。でも、表にはスピン \(2\) までしか出てきていません。もっと高いスピンの粒子は原理的には許されるけど自然界にはいない、ということですか?

🟡 リナ: とても深い疑問ね。高スピン(\(s > 2\))の場は原理的には構成できるけれど、相互作用を矛盾なく導入するのが極めて難しいことが知られているの。これは Weinberg-Witten の定理などと関わる話で、本編の範囲を超えるから深入りしないけれど、「対称性が許す」ことと「自然が実現する」ことの間にはまだギャップがあるということね。

🔵 カイ: なるほど……。ところで、表現の分類は分かったんですけど、具体的にスピノルがどんな行列で変換されるのかはまだ見えていない気がします。\((1/2, 0)\) 表現の変換行列って、どうやって作るんですか?

🟡 リナ: いい質問。まさに次のセクションでやるわ。

✅ 理解度チェック: Dirac スピノルの表現 \((1/2, 0) \oplus (0, 1/2)\) の次元が 4 であることを確認してみましょう。

答え

\((1/2, 0)\) の次元は \((2 \times 1/2 + 1)(2 \times 0 + 1) = 2 \times 1 = 2\)\((0, 1/2)\) の次元も同様に \(2\)。直和をとると \(2 + 2 = 4\)


スピノル表現の具体的構成

🟡 リナ: 表現の分類が分かったところで、スピノルの変換行列を具体的に構成しましょう。座標が \(\Lambda\) で変換されるとき、場の成分を混ぜる行列 \(D(\Lambda)\)

\[ D(\boldsymbol{\theta}, \boldsymbol{\phi}) = \exp\!\left(-i\mathbf{J}\cdot\boldsymbol{\theta} - i\mathbf{K}\cdot\boldsymbol{\phi}\right) \tag{B.24} \]

と書ける。符号は式 (B.14) と同じ規約よ。場の種類ごとに、\(\mathbf{J}\)\(\mathbf{K}\) の具体的な行列を選べばいいの。


Weyl スピノルの変換

🟡 リナ: まず 2 成分の Weyl (ヴァイル) スピノルから。前のセクションで、Lorentz 群の表現は \((j_+, j_-)\) で分類されると学んだわね。\((1/2, 0)\) 表現は次元 \(2\) だから、生成子は \(2 \times 2\) 行列で表される。先ほどの \(4 \times 4\) 行列 \(M^{\rho\sigma}\) はベクトル表現(\((1/2, 1/2)\)、次元 \(4\))の生成子だったの。表現が変われば、生成子の行列サイズも変わるのよ。\(2 \times 2\) のエルミート行列で \([J^i, J^j] = i\varepsilon^{ijk}J^k\) を満たすものは——量子力学で学んだ通り——Pauli 行列の半分:

\[ \mathbf{J} = \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} \tag{B.25} \]

ここで \(\boldsymbol{\sigma} = (\sigma^1, \sigma^2, \sigma^3)\) は Pauli (パウリ) 行列よ:

\[ \sigma^1 = \begin{pmatrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma^2 = \begin{pmatrix} 0 & -i \\ i & 0 \end{pmatrix}, \quad \sigma^3 = \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & -1 \end{pmatrix} \]

🔵 カイ: Pauli 行列は量子力学のスピン \(1/2\) の章で使いましたね。

🟡 リナ: そう。ブースト生成子は

\[ \mathbf{K} = \pm\,\frac{i\boldsymbol{\sigma}}{2} \tag{B.26} \]

\(+\)\(-\) の 2 通りの選択肢がある。

🔵 カイ: なぜ 2 通りあるんですか?

🟡 リナ: いい質問。直感的に言うと、交換関係 (B.17) の検証で \([K^i, K^j]\) を計算するとき、\(\mathbf{K} = +i\boldsymbol{\sigma}/2\) でも \(\mathbf{K} = -i\boldsymbol{\sigma}/2\) でも \((\pm i)^2 = -1\) で同じ結果になるの。(B.16) の方は \([J^i, K^j] = i\varepsilon^{ijk}K^k\) で右辺にも \(K^k\) が入っているから、左辺の \(K\) の符号を変えると右辺の \(K^k\) の符号も同時に変わって整合する。つまり 3 つの交換関係すべてが、\(\mathbf{K}\) の全体の符号反転に対して不変——だから 2 通りの選択肢が許されるのよ。

前のセクションで、Lorentz 代数の表現が \((j_+, j_-)\) のペアで分類されることを見たわね。2 成分スピノルには \((1/2, 0)\)\((0, 1/2)\) の 2 つの表現がある。結論を先に言うと、\(\mathbf{K} = -i\boldsymbol{\sigma}/2\) が左巻き \((1/2, 0)\)\(\mathbf{K} = +i\boldsymbol{\sigma}/2\) が右巻き \((0, 1/2)\) に対応するの。なぜこの対応になるかは、この後の「\(\mathbf{J}_\pm\) との対応」の小節で \(\mathbf{J}_+\)\(\mathbf{J}_-\) を具体的に計算して確認するわ。まずは、この選択が交換関係と整合することを検証しましょう。\(\mathbf{J} = \boldsymbol{\sigma}/2\)\(\mathbf{K} = +i\boldsymbol{\sigma}/2\) が交換関係 (B.15)–(B.17) を満たすか見てみるわね。

まず (B.15): \([J^i, J^j] = [\sigma^i/2, \sigma^j/2] = \frac{1}{4}[\sigma^i, \sigma^j]\)。Pauli 行列の交換関係 \([\sigma^i, \sigma^j] = 2i\varepsilon^{ijk}\sigma^k\)Appendix Aで確認した関係式)を使うと \(= \frac{i}{2}\varepsilon^{ijk}\sigma^k = i\varepsilon^{ijk}J^k\)。✓

次に (B.16): \([J^i, K^j] = [\sigma^i/2, i\sigma^j/2] = \frac{i}{4}[\sigma^i, \sigma^j] = \frac{i}{4} \cdot 2i\varepsilon^{ijk}\sigma^k = -\frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}\sigma^k\)

一方 \(i\varepsilon^{ijk}K^k = i\varepsilon^{ijk} \cdot \frac{i\sigma^k}{2} = \frac{i^2}{2}\varepsilon^{ijk}\sigma^k = -\frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}\sigma^k\)。✓

最後に (B.17): \([K^i, K^j] = [i\sigma^i/2, i\sigma^j/2] = \frac{i^2}{4}[\sigma^i, \sigma^j] = -\frac{1}{4} \cdot 2i\varepsilon^{ijk}\sigma^k = -\frac{i}{2}\varepsilon^{ijk}\sigma^k = -i\varepsilon^{ijk}J^k\)。✓

🔵 カイ: \(\mathbf{K} = +i\boldsymbol{\sigma}/2\) で全部成り立つのは分かりましたけど、もう一方の \(\mathbf{K} = -i\boldsymbol{\sigma}/2\) でも同じように成り立つんですか?

🟡 リナ: やってみましょう。(B.17) の検証で \([K^i, K^j] = [-i\sigma^i/2, -i\sigma^j/2] = \frac{(-i)^2}{4}[\sigma^i, \sigma^j] = -\frac{i}{2}\varepsilon^{ijk}\sigma^k = -i\varepsilon^{ijk}J^k\) で、やはり成り立つ。\(\pm\) の 2 通りの選択が、まさに 左巻き Weyl スピノル \(\psi_L\)右巻き Weyl スピノル \(\psi_R\) に対応するの。

表 B.2: Weylスピノルの生成子と表現の対応

回転生成子 \(\mathbf{J}\) ブースト生成子 \(\mathbf{K}\) 表現
左巻き \(\psi_L\) \(\boldsymbol{\sigma}/2\) \(-i\boldsymbol{\sigma}/2\) \((1/2, 0)\)
右巻き \(\psi_R\) \(\boldsymbol{\sigma}/2\) \(+i\boldsymbol{\sigma}/2\) \((0, 1/2)\)

🔵 カイ: 回転に対しては同じ生成子だけど、ブーストに対しては符号が違うんですね。

🟡 リナ: これが「左巻き」と「右巻き」の本質的な違いよ。回転だけなら区別がつかないけれど、ブーストを含めると区別される。そしてこの符号の違いが、表現 \((1/2, 0)\)\((0, 1/2)\) の区別に対応しているの——次のセクションで \(\mathbf{J}_\pm\) を具体的に計算して確認するわ。

✅ 理解度チェック: 左巻き Weyl スピノルと右巻き Weyl スピノルは、回転とブーストのどちらで区別されるか。生成子の違いを具体的に述べてください。

答え

回転生成子はどちらも \(\mathbf{J} = \boldsymbol{\sigma}/2\) で同じだが、ブースト生成子が左巻きでは \(\mathbf{K} = -i\boldsymbol{\sigma}/2\)、右巻きでは \(\mathbf{K} = +i\boldsymbol{\sigma}/2\) と符号が異なる。したがって、ブーストによって区別される。


\(\mathbf{J}_\pm\) との対応

🟡 リナ: 先ほどの \(\mathbf{J}_\pm\) の言葉で確認しておきましょう。左巻きスピノル \(\psi_L\) では \(\mathbf{K} = -i\boldsymbol{\sigma}/2\) だから

\[ \mathbf{J}_+ = \frac{\mathbf{J} + i\mathbf{K}}{2} = \frac{\boldsymbol{\sigma}/2 + i \cdot (-i\boldsymbol{\sigma}/2)}{2} = \frac{\boldsymbol{\sigma}/2 + \boldsymbol{\sigma}/2}{2} = \frac{\boldsymbol{\sigma}}{2} \tag{B.27} \]
\[ \mathbf{J}_- = \frac{\mathbf{J} - i\mathbf{K}}{2} = \frac{\boldsymbol{\sigma}/2 - i \cdot (-i\boldsymbol{\sigma}/2)}{2} = \frac{\boldsymbol{\sigma}/2 - \boldsymbol{\sigma}/2}{2} = 0 \tag{B.28} \]

\(\mathbf{J}_+^2 = (\boldsymbol{\sigma}/2)^2 = \frac{3}{4}I = j_+(j_++1)I\) より \(j_+ = 1/2\)\(\mathbf{J}_- = 0\) より \(j_- = 0\) だから表現 \((1/2, 0)\)

🔵 カイ: 右巻きでは \(\mathbf{K} = +i\boldsymbol{\sigma}/2\) だから……同じ手順で計算したら、何が変わるんですか?

🟡 リナ: 符号が一箇所変わるだけで、\(\mathbf{J}_+\)\(\mathbf{J}_-\) の役割がきれいに入れ替わるの。確認は練習問題でやってみてね。

📝 練習問題:


スピノルの回転——\(360°\) で符号が反転する

🟡 リナ: スピノルの最も驚くべき性質を確認しましょう。\(x^1\) 軸まわりの回転行列は

\[ D(\theta^1) = \exp\!\left(-\frac{i}{2}\sigma^1\theta^1\right) \tag{B.29} \]

Pauli 行列の性質 \((\sigma^i)^2 = I\)\(I\)\(2 \times 2\) 単位行列)を使って Taylor 展開してみましょう。\(\alpha \equiv \theta^1/2\) と置くと

\[ e^{-i\alpha\sigma^1} = \sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-i\alpha\sigma^1)^n}{n!} = \sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-i\alpha)^n(\sigma^1)^n}{n!} \]

\((\sigma^1)^2 = I\) だから \((\sigma^1)^n = I\)\(n\) が偶数)、\((\sigma^1)^n = \sigma^1\)\(n\) が奇数)。偶数次の項を集めると \(\sum_{k=0}^\infty \frac{(-1)^k\alpha^{2k}}{(2k)!}I = I\cos\alpha\)、奇数次の項を集めると \(-i\sigma^1\sum_{k=0}^\infty \frac{(-1)^k\alpha^{2k+1}}{(2k+1)!} = -i\sigma^1\sin\alpha\)。したがって

\[ D(\theta^1) = I\cos\!\frac{\theta^1}{2} - i\sigma^1\sin\!\frac{\theta^1}{2} \tag{B.30} \]

🔵 カイ: これ、量子力学のスピンの章でやった計算と同じですね。

🟡 リナ: そう。ここで \(\theta^1 = 2\pi\)\(360°\) 回転)を代入してみて。

\[ D(2\pi) = I\cos\pi - i\sigma^1\sin\pi = -I \tag{B.31} \]

🔵 カイ: マイナスの単位行列! \(360°\) 回しても元に戻らず、符号が反転するんですか!

🟡 リナ: そう。\(720°\) 回転(\(\theta^1 = 4\pi\))で初めて \(D = +I\) に戻る。これがスピノルの本質的な性質——ベクトルとは根本的に異なる変換性よ。

⚪ メイ: ベクトルは \(360°\) で元に戻るから、回転の引数が \(\theta\) そのもの。スピノルは \(\theta/2\) が引数に入るから、一周分の \(2\pi\) では半分の \(\pi\) しか進まない——だから符号が反転するのね。

🟡 リナ: 美しい整理ね。この性質は実験でも確認されていて、1975 年の Rauch らの中性子干渉実験で、中性子を磁場中で \(360°\) 回転させると干渉パターンが反転する(位相が \(\pi\) ずれる)ことが観測されているの。図 B.1「ベクトルとスピノルの回転の比較」 を見てちょうだい——ベクトルが \(360°\) で元に戻るのに対して、スピノルは \(720°\) かかる様子を並べて描いてあるわ。

ベクトルとスピノルの回転の比較

図 B.1: ベクトルとスピノルの回転の比較。ベクトルは \(360°\) 回転で完全に元に戻るが、スピノルは \(360°\) 回転で符号が反転し(\(-|\!\uparrow\rangle\))、\(720°\) 回転で初めて元に戻る。この違いは変換行列の引数が \(\theta\)(ベクトル)か \(\theta/2\)(スピノル)かに由来する。

✅ 理解度チェック: スピノルを \(720°\) 回転させたときの変換行列を求めてください。

答え

\(D(4\pi) = I\cos(2\pi) - i\sigma^1\sin(2\pi) = I \cdot 1 - i\sigma^1 \cdot 0 = I\)\(720°\) 回転で単位行列に戻る。


スピノルのブースト——非ユニタリ性

🟡 リナ: 回転の次はブーストよ。左巻き Weyl スピノルの \(x^1\) 方向ブーストは、式 (B.14) に \(\mathbf{K} = -i\boldsymbol{\sigma}/2\)(左巻き)を代入すると

\[ D_L(\phi) = \exp\!\left(-iK^1\phi\right) = \exp\!\left(-i \cdot \left(-\frac{i\sigma^1}{2}\right) \cdot \phi\right) = \exp\!\left(-\frac{\sigma^1\phi}{2}\right) \tag{B.32} \]

🔵 カイ: 回転のときは指数の肩に \(-i\) がかかっていましたけど、今度は \(-i\)\(K\) の中の \(-i\) と打ち消し合って、指数の肩が実数になるんですね。

🟡 リナ: \((\sigma^1)^2 = I\) を使って式 (B.30) と同じ手順で展開するわ。ただし今度は指数の肩が実数 \(-\phi/2\) だから、\(\cos\)\(-i\sin\) の代わりに \(\cosh\)\(-\sinh\) が現れるの。\(\alpha \equiv \phi/2\) と置くと

\[ e^{-\alpha\sigma^1} = \sum_{n=0}^{\infty}\frac{(-\alpha)^n(\sigma^1)^n}{n!} \]

\((\sigma^1)^2 = I\) だから偶数次は \(I\)、奇数次は \(\sigma^1\)。偶数次を集めると \(\sum_{k=0}^\infty \frac{\alpha^{2k}}{(2k)!}I = I\cosh\alpha\)、奇数次を集めると \(-\sigma^1\sum_{k=0}^\infty \frac{\alpha^{2k+1}}{(2k+1)!} = -\sigma^1\sinh\alpha\)。したがって

\[ D_L(\phi) = I\cosh\!\frac{\phi}{2} - \sigma^1\sinh\!\frac{\phi}{2} \tag{B.33} \]

🔵 カイ: 回転のときは \(\cos\)\(\sin\) だったのに、今度は \(\cosh\)\(\sinh\) ですね。指数関数の肩が実数になったからか。

🟡 リナ: その通り。回転のときは指数の肩が純虚数 \(-i\alpha\) だったから \(\cos\)\(\sin\) が現れたけれど、今度は実数 \(-\alpha\) だから \(\cosh\)\(\sinh\) が現れるの。そして重要な違いがもう一つ。式 (B.33) を見ると、\(\cosh(\phi/2)\) は実数、\(\sigma^1\) はエルミート行列だから、\(D_L\) 全体もエルミート(\(D_L^\dagger = D_L\))よ。したがって \(D_L^\dagger D_L = D_L^2\)\((\sigma^1)^2 = I\) を使って具体的に計算してみると

\[ D_L^2 = \left(I\cosh\frac{\phi}{2} - \sigma^1\sinh\frac{\phi}{2}\right)^2 \]

展開すると \((A - B)^2 = A^2 - AB - BA + B^2\) よ。ここで \(A = I\cosh(\phi/2)\) は単位行列のスカラー倍だから任意の行列と可換——つまり \(AB = BA\) が成り立つ。だから通常の公式 \((A-B)^2 = A^2 - 2AB + B^2\) がそのまま使えるの。\(A^2 = I\cosh^2(\phi/2)\)\(B^2 = (\sigma^1)^2\sinh^2(\phi/2) = I\sinh^2(\phi/2)\)\(2AB = 2\sigma^1\cosh(\phi/2)\sinh(\phi/2)\) だから

\[ = I\cosh^2\!\frac{\phi}{2} + I\sinh^2\!\frac{\phi}{2} - 2\sigma^1\cosh\frac{\phi}{2}\sinh\frac{\phi}{2} \]

⚪ メイ: 双曲線関数の加法定理を使えばまとまりそうね。

🟡 リナ: 双曲線関数の公式 \(\cosh^2 x + \sinh^2 x = \cosh 2x\)\(2\cosh x\sinh x = \sinh 2x\) を使うと

\[ = I\cosh\phi - \sigma^1\sinh\phi \neq I \quad (\phi \neq 0 \text{ のとき}) \]

つまりこの行列はユニタリではないの。

🔵 カイ: ユニタリじゃない……ということは、\(D_L^\dagger D_L \neq I\) ってことですよね。それって何がまずいんですか?

🟡 リナ: いい疑問ね。ユニタリでないということは、ブーストがスピノルの「ノルム」を変えてしまうということ。これは Lorentz 群の深い性質と関わっている。実は、Lorentz 群の有限次元で非自明なユニタリ表現は存在しないの。ブースト生成子 \(\mathbf{K}\) が反エルミート(\(K^\dagger = -K\)、つまりエルミートではない)であることがその原因よ。

具体的には、\(K^i = \pm i\sigma^i/2\) だから \((K^i)^\dagger = (\pm i)^*\sigma^i/2 = \mp i\sigma^i/2 = -K^i\)(Pauli 行列はエルミートだから \((\sigma^i)^\dagger = \sigma^i\))。つまり \(K^i\)反エルミート。一方、回転生成子 \(J^i = \sigma^i/2\)\((J^i)^\dagger = \sigma^i/2 = J^i\) でエルミート。

🔵 カイ: 回転がユニタリでブーストが非ユニタリ……。量子力学では変換はユニタリでなければいけないんじゃなかったですか?

🟡 リナ: いい疑問。ここで区別すべきなのは、ヒルベルト空間の状態に作用する演算子と、場の成分を混ぜる行列の違いよ。ヒルベルト空間の変換演算子はユニタリでなければならない(確率保存のため)。しかし、場の成分を混ぜる有限次元の行列 \(D(\Lambda)\) はユニタリでなくてもいいの。場の量子論では、この区別が非常に重要になるわ。

✅ 理解度チェック: スピノルのブースト変換行列が非ユニタリであることは、量子力学の確率保存と矛盾しないのはなぜか。

答え

ヒルベルト空間の状態に作用する変換演算子はユニタリでなければならないが、場の成分を混ぜる有限次元の行列 \(D(\Lambda)\) はユニタリである必要はない。ブースト変換行列の非ユニタリ性は場の成分の混合に関するものであり、ヒルベルト空間上の確率保存とは別の話である。


Dirac スピノルの変換

🟡 リナ: 最後に、4 成分の Dirac スピノルの変換を見ておきましょう。左巻き \(\psi_L\) と右巻き \(\psi_R\) を縦に並べた

\[ \psi = \begin{pmatrix} \psi_L \\ \psi_R \end{pmatrix} \tag{B.34} \]

に対して、回転は

\[ \psi \to \begin{pmatrix} e^{-\frac{i}{2}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\theta}} & 0 \\ 0 & e^{-\frac{i}{2}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\theta}} \end{pmatrix} \psi \tag{B.35} \]

🔵 カイ: 左上と右下が同じ行列で、左巻きと右巻きが混ざらない。回転だけなら左巻きと右巻きを区別する必要がないってことですか?

🟡 リナ: まさにそう。ブーストは

\[ \psi \to \begin{pmatrix} e^{-\frac{1}{2}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\phi}} & 0 \\ 0 & e^{+\frac{1}{2}\boldsymbol{\sigma}\cdot\boldsymbol{\phi}} \end{pmatrix} \psi \tag{B.36} \]

左上と右下で符号が逆——これが左巻きと右巻きの違い。回転では区別がつかないけれど、ブーストで初めて区別がつく——これが表現 \((1/2, 0)\)\((0, 1/2)\) の違いの具体的な現れよ。

⚪ メイ: なるほど、前のセクションで見た \(\mathbf{K}\) の符号の違いが、4 成分にまとめたときにはブースト行列の左上と右下の符号の違いとして現れるのね。

🟡 リナ: 一般の Lorentz 変換に対するスピノルの変換行列は、\(\gamma\) 行列を使って

\[ S(\Lambda) = \exp\!\left(-\frac{i}{4}\omega_{\mu\nu}\sigma^{\mu\nu}\right) \tag{B.37} \]

と書ける。ここで \(\sigma^{\mu\nu} = \frac{i}{2}[\gamma^\mu, \gamma^\nu]\) は Dirac 場の Lorentz 変換の生成子よ。\(\omega_{\mu\nu}\) は変換パラメータ(反対称テンソル)。この式が本編の第 5 章で使った変換行列の正体なの。

🔵 カイ: \(\sigma^{\mu\nu}\)\(4 \times 4\)\(\gamma\) 行列から作られているということは、Dirac スピノルの変換行列も \(4 \times 4\) になるんですね。スピンの \(2 \times 2\) からちゃんと拡張されている。

✅ 理解度チェック: \(\sigma^{\mu\nu}\) の独立成分はいくつあるか。

答え

\(\sigma^{\mu\nu}\) は反対称(\(\sigma^{\mu\nu} = -\sigma^{\nu\mu}\)\(\sigma^{\mu\mu} = 0\))だから、独立成分は \(4 \times 3/2 = 6\) 個。これは Lorentz 変換のパラメータ数(回転 3 + ブースト 3 = 6)と一致する。

📝 練習問題:


Poincaré 代数と粒子の分類

🟡 リナ: Lorentz 変換に時空の並進を加えたものが Poincaré (ポアンカレ) 群 よ。その生成子は

表 B.3: Poincaré群の生成子と物理量

変換 生成子 物理量
時間並進 \(P^0\) エネルギー
空間並進 \(P^i\) 運動量
空間回転 \(J^i\) 角運動量
Lorentz ブースト \(K^i\) ブースト生成子

Poincaré 代数の交換関係は、Lorentz 代数 (B.15)–(B.17) に加えて

\[ [P^\mu,\, P^\nu] = 0 \tag{B.38} \]
\[ [M^{\mu\nu},\, P^\rho] = i(\eta^{\mu\rho}P^\nu - \eta^{\nu\rho}P^\mu) \tag{B.39} \]

ここで注意が必要よ。この式の \(M^{\mu\nu}\) は、式 (B.10) で定義した反エルミートな \(4\times 4\) 行列そのものではなく、それに \(-i\) をかけてエルミートにした抽象的な生成子よ。つまり

\[ M^{\mu\nu}_{\text{(ここ)}} = -i \cdot M^{\mu\nu}_{\text{(B.10)}} \]

という関係ね。このエルミートな \(M^{\mu\nu}\) を使うと、\(J^i = \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk}\)\(K^i = M^{0i}\) とシンプルに書ける(式 (B.13b) で \(-i\) を明示的に書いていたのは、あちらでは式 (B.10) の反エルミートな \(M^{jk}\) を使っていたから)。どちらの書き方でも \(J^i\), \(K^i\) の値は同じよ。

🔵 カイ: 同じ記号 \(M^{\mu\nu}\) を 2 つの意味で使うのは紛らわしくないですか?

🟡 リナ: 確かに紛らわしいわね。でもこれは物理学の慣習で、文脈で区別するの。整理すると:

  • 式 (B.10) の \(M^{\rho\sigma}\): ベクトル表現における反エルミートな \(4\times 4\) 行列。微小変換を \(\Lambda = I + \omega\) と書いたときに \(\omega^\mu{}_\nu = \frac{1}{2}\omega_{\rho\sigma}(M^{\rho\sigma})^\mu{}_\nu\) と現れる
  • ここでの \(M^{\mu\nu}\): 表現によらない抽象的なエルミート生成子。交換関係 (B.39) はこちらの意味

以降この章では、Poincaré 代数の文脈では \(M^{\mu\nu}\) は常にエルミート版を指すわ。交換関係 (B.39) は特定の表現によらず成り立つ抽象的な代数の関係式よ。

🔵 カイ: (B.38) は「並進同士は順序を入れ替えても同じ」ですね。先に東に歩いてから北に歩いても、逆でも同じ。

🟡 リナ: そう。(B.39) は「\(P^\rho\) が Lorentz 変換のもとで 4 次元ベクトルとして変換する」ことを述べているの。直感的には、座標 \(x^\rho\) が微小 Lorentz 変換で \(\delta x^\rho = \omega^\rho{}_\sigma x^\sigma\) と変わるのと同じように、\(P^\rho\) も同じ仕方で混ざるはず——その「混ざり方」を交換関係の言葉で書いたのが (B.39) なの。右辺の \(\eta^{\mu\rho}P^\nu - \eta^{\nu\rho}P^\mu\) は、式 (B.10) の生成子 \((M^{\mu\nu})^\rho{}_\sigma\)\(P^\sigma\) に作用した結果と同じ構造になっているわ(\((M^{\mu\nu})^\rho{}_\sigma P^\sigma = (\eta^{\mu\rho}\delta^\nu{}_\sigma - \eta^{\nu\rho}\delta^\mu{}_\sigma)P^\sigma = \eta^{\mu\rho}P^\nu - \eta^{\nu\rho}P^\mu\) と確認できる)。

⚪ メイ: つまり (B.39) は「\(P^\rho\) が 4 元ベクトルとして振る舞う」ことの代数的な表現なのね。

🟡 リナ: 具体例を一つ見てみましょう。\(M^{12}\)\(xy\) 平面の回転生成子(\(J^3\) に対応)だったわね。\(\rho = 1\) として

\[ [M^{12}, P^1] = i(\eta^{11}P^2 - \eta^{21}P^1) = i(1 \cdot P^2 - 0) = iP^2 \]

これは「\(z\) 軸まわりの回転で \(P^1\)\(x\) 方向の運動量)が \(P^2\)\(y\) 方向の運動量)に混ざる」ことを意味しているの。ベクトルが回転で成分が混ざるのと同じね。

🔵 カイ: 運動量も座標と同じように回転で混ざるんですね。じゃあ、ブースト生成子 \(K^i = M^{0i}\)\(P^\mu\) の交換関係だと、時間成分と空間成分が混ざることになるんですか?

🟡 リナ: その通り。直感的には、座標 \(x^\rho\) が微小 Lorentz 変換で \(\delta x^\rho = \omega^\rho{}_\sigma x^\sigma\) と変わるのと同じように、\(P^\rho\)\(\delta P^\rho = \omega^\rho{}_\sigma P^\sigma\) と変わる——(B.39) はこの変換則を交換関係の言葉で表現したものなの。ブーストの場合は \(M^{01}\)\(P^0\) の交換子が \(P^1\) を生む——エネルギーと運動量が混ざるのよ。他の成分の確認は各自でやってみてね。


Casimir (カシミール) 演算子

🟡 リナ: Poincaré 代数のすべての生成子と交換する演算子を Casimir 演算子 と呼ぶわ。Poincaré 代数には 2 つある:

\[ C_1 = P_\mu P^\mu = P^2 \tag{B.40} \]
\[ C_2 = W_\mu W^\mu = W^2 \tag{B.41} \]

ここで \(W^\mu\)Pauli-Lubanski (パウリ=ルバンスキー) ベクトル と呼ばれる量よ。動機を説明するわね。\(P^2\) は質量を決めるけれど、スピンの情報はどこにある? 角運動量 \(M_{\nu\rho}\) 自体は Casimir 演算子ではない(\(P^\mu\) と交換しないから)。そこで、角運動量と運動量を組み合わせて「運動量方向の情報を取り除いた」量を作ると、すべての生成子と交換する新しい不変量が得られるの。それが

\[ W^\mu = \frac{1}{2}\varepsilon^{\mu\nu\rho\sigma}M_{\nu\rho}P_\sigma \tag{B.42} \]

よ。\(\varepsilon^{\mu\nu\rho\sigma}\) は 4 次元の Levi-Civita 記号——式 (B.13) で使った 3 次元版 \(\varepsilon^{ijk}\) の 4 次元への拡張で、\(\varepsilon^{0123} = +1\) として添字の偶置換で \(+1\)、奇置換で \(-1\)、同じ添字があれば \(0\) になるもの。直感的には、\(W^\mu\) は角運動量から「軌道運動の寄与」を差し引いて純粋なスピンの情報だけを取り出す量なの。具体的に見てみましょう。

🔵 カイ: 自然単位系では \(P^2 = -(P^0)^2 + |\mathbf{p}|^2 = -E^2 + |\mathbf{p}|^2 = -m^2\) ですよね。これが粒子の質量を決める。

🟡 リナ: その通り。\(W^2\) の方は、質量のある粒子(\(m > 0\))の静止系で考えると分かりやすいわ。静止系では \(P^\mu = (m, 0, 0, 0)\) だから、\(P_\sigma\) で非ゼロなのは \(P_0 = \eta_{00}P^0 = -m\) だけ(\(P_i = 0\))。式 (B.42) に代入すると

\[ W^\mu = \frac{1}{2}\varepsilon^{\mu\nu\rho\sigma}M_{\nu\rho}P_\sigma = \frac{1}{2}\varepsilon^{\mu\nu\rho 0}M_{\nu\rho}P_0 = \frac{1}{2}\varepsilon^{\mu\nu\rho 0}M_{\nu\rho}(-m) \]

\(\mu = 0\) のとき、\(\varepsilon^{0\nu\rho 0} = 0\)(同じ添字 \(0\) が 2 回現れるから)なので \(W^0 = 0\)\(\mu = i\)(空間成分)のとき、\(\varepsilon^{i\nu\rho 0}\) の値を系統的に求めましょう。\(\varepsilon^{\mu\nu\rho\sigma}\) は完全反対称で \(\varepsilon^{0123} = +1\) だから、たとえば \(\varepsilon^{1230}\) を求めてみるわ。完全反対称とは「任意の 2 つの添字を入れ替えるたびに符号が反転する」ということ。\(\varepsilon^{0123} = +1\) から出発して、\(0\) を右端まで移動させるわ。\((0,1,2,3) \to (1,0,2,3)\)(1 番目と 2 番目の添字を交換、符号 \(\times(-1)\)\(\to (1,2,0,3)\)(2 番目と 3 番目の添字を交換、符号 \(\times(-1)\)\(\to (1,2,3,0)\)(3 番目と 4 番目の添字を交換、符号 \(\times(-1)\))。3 回の隣接交換で符号が \((-1)^3 = -1\) 倍になるから \(\varepsilon^{1230} = -1\)。一般に \(\varepsilon^{ijk0} = -\varepsilon^{ijk}\) が成り立つの。ここで右辺の \(\varepsilon^{ijk}\) は 3 次元の Levi-Civita 記号(\(\varepsilon^{123} = +1\) で、添字の偶置換で \(+1\)、奇置換で \(-1\))よ。この関係は「4 次元の \(\varepsilon^{ijk0}\) から \(0\) を先頭に戻すのに 3 回の隣接交換が必要で、奇数回だから符号が反転する」ことから従うわ。

🔵 カイ: なるほど、\(0\) を先頭から末尾に移動させると 3 回の交換が必要で、マイナスが出るんですね。

🟡 リナ: したがって

\[ W^i = \frac{1}{2}\varepsilon^{i\nu\rho 0}M_{\nu\rho}(-m) \]

ここで \(\nu, \rho\)\(0, 1, 2, 3\) を走るけれど、\(\varepsilon^{i\nu\rho 0}\) が非ゼロになるのは 4 つの添字 \(i, \nu, \rho, 0\) がすべて異なる場合だけ。\(0\) はすでに 4 番目に入っているから、\(\nu\)\(\rho\)\(0\) 以外の空間添字 \(j, k\) でなければならない。したがって

\[ = \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk0}M_{jk}(-m) = \frac{1}{2}(-\varepsilon^{ijk})M_{jk}(-m) = \frac{m}{2}\varepsilon^{ijk}M_{jk} \]

⚪ メイ: 2 つのマイナスが打ち消し合って、すっきりした形になるわね。

🟡 リナ: ここで \(J^i\) の定義 \(J^i = \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk}\) は上付き添字の \(M^{jk}\) で書かれているから、\(M_{jk}\)\(M^{jk}\) に書き換えたいわね。空間添字の上げ下げには \(\eta_{jk} = +\delta_{jk}\)(空間部分は普通の Euclid 計量)がかかるだけだから、\(M_{jk} = \eta_{ja}\eta_{kb}M^{ab} = \delta_{ja}\delta_{kb}M^{ab} = M^{jk}\)——つまり空間添字は上付きでも下付きでも同じ値になるの(時間添字だけ \(\eta_{00} = -1\) で符号が変わるのだったわね)。ここでの \(M^{jk}\) はこのセクション冒頭で導入したエルミート版の生成子で、\(J^i = \frac{1}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk}\) とシンプルに書けるのだったわね。この関係を使うと

\[ W^i = \frac{m}{2}\varepsilon^{ijk}M^{jk} = mJ^i \]

が得られるわ。したがって

静止系では \(W^0 = 0\) だから、\(W^i = mJ^i\) を使って \(W^2\) を計算しましょう。\(W^2 \equiv W_\mu W^\mu = \eta_{\mu\nu}W^\mu W^\nu\) で、符号規約 \(\eta_{\mu\nu} = \mathrm{diag}(-1,+1,+1,+1)\) を使うと

\[ W_\mu W^\mu = \eta_{00}(W^0)^2 + \eta_{ii}(W^i)^2 = -(W^0)^2 + \sum_{i=1}^{3}(W^i)^2 \]

\(W^0 = 0\) を代入すると

\[ = 0 + m^2(J^1)^2 + m^2(J^2)^2 + m^2(J^3)^2 = m^2 \mathbf{J}^2 \]

\(\mathbf{J}^2\) の固有値はスピン量子数 \(s\) を使って \(s(s+1)\) だから(自然単位系 \(\hbar = 1\) を使っているわ。\(\hbar\) を戻すと \(\hbar^2 s(s+1)\) ね)

\[ W^2 = m^2 s(s+1) \tag{B.43} \]

と書ける。\(s\) がスピン量子数よ。

🔵 カイ: おお、Pauli-Lubanski ベクトルの 2 乗が質量とスピンの積になるんですね。

⚪ メイ: つまり、粒子は 2 つの Casimir 演算子の固有値——質量 \(m\) とスピン \(s\)——で完全に分類されるのね。

🟡 リナ: まさにそう。これが Poincaré 不変性だけから導かれる、粒子分類の完全なリストよ。

表 B.4: 質量とスピンによる粒子の分類

質量 スピン
\(m > 0\) \(s = 0\) Higgs 粒子
\(m > 0\) \(s = 1/2\) 電子、クォーク
\(m > 0\) \(s = 1\) \(W\) ボソン、\(Z\) ボソン
\(m = 0\) ヘリシティ \(\pm 1\) 光子
\(m = 0\) ヘリシティ \(\pm 2\) 重力子(仮説)

⚪ メイ: つまり、\(P^2\) が質量を、\(W^2\) がスピンを決めて、この 2 つの量子数だけで粒子が完全に分類されるのね。

🔵 カイ: 対称性だけで、自然界に存在しうる粒子の種類がここまで制限されるんですね……。「不変性が物理を決める」って、本当だったんだ。でも一つ気になるのは、質量ゼロの粒子だけ「スピン」じゃなくて「ヘリシティ」で分類されるのはなぜですか?

🟡 リナ: いい質問。質量ゼロの粒子は光速で運動するから、静止系が存在しない。静止系がないと Pauli-Lubanski ベクトルの構造が変わって、スピンの代わりにヘリシティ(運動方向への角運動量の射影)だけが良い量子数になるの。詳しくは本編の第 4 章で扱ったわね。

✅ 理解度チェック: 質量ゼロの粒子がスピンではなくヘリシティで分類される理由を簡潔に述べてください。

答え

質量ゼロの粒子は光速で運動するため静止系が存在しない。静止系がないと Pauli-Lubanski ベクトルの構造が変わり、スピンの全成分ではなく、運動方向への角運動量の射影であるヘリシティだけが良い量子数として残る。

🟡 リナ: これが本「場の量子論」編全体を貫く哲学の数学的な結実よ。個々の場の方程式(Klein-Gordon、Dirac、Maxwell)は、Poincaré 群の特定の表現に対応する場を記述しているに過ぎないの。

✅ 理解度チェック: Poincaré 群の 2 つの Casimir 演算子は何か。それぞれの物理的意味を述べてください。

答え

\(C_1 = P^2 = P_\mu P^\mu\)(固有値は \(-m^2\)、粒子の質量の 2 乗を決める。計量 \((-,+,+,+)\) では \(P^2 = -(P^0)^2 + |\mathbf{p}|^2 = -m^2\))と \(C_2 = W^2 = W_\mu W^\mu\)(固有値は \(m^2 s(s+1)\)、粒子のスピンを決める)。


まとめ——この Appendix で得たもの

🟡 リナ: 最後に、この Appendix の成果を整理しましょう。

  1. 生成子と指数写像: 微小変換の生成子から、指数関数 \(e^{\pm i\alpha G}\)(符号は規約による)で有限変換を構成する
  2. Lorentz 代数: 回転生成子 \(J^i\) とブースト生成子 \(K^i\) の交換関係 (B.15)–(B.17) が Lorentz 群の無限小構造を完全に決定する
  3. \(\mathfrak{su}(2) \oplus \mathfrak{su}(2)\) 分解: \(\mathbf{J}_\pm = (\mathbf{J} \pm i\mathbf{K})/2\) の導入により、Lorentz 代数が 2 つの独立な \(\mathfrak{su}(2)\) に分解される
  4. 表現の分類: \((j_+, j_-)\) のペアで場の種類が決まる——スカラー \((0,0)\)、Weyl スピノル \((1/2, 0)\)\((0, 1/2)\)、ベクトル \((1/2, 1/2)\)
  5. スピノルの構成: Pauli 行列から回転・ブーストの変換行列を具体的に構成した。\(360°\) 回転で符号反転という性質の起源は、生成子が \(\boldsymbol{\sigma}/2\) であること(引数が \(\theta/2\))に帰着する
  6. Poincaré 代数と粒子分類: 2 つの Casimir 演算子(\(P^2\)\(W^2\))の固有値が質量とスピンを決め、自然界の粒子を完全に分類する

🔵 カイ: 対称性の数学から、粒子の種類が全部決まるなんて、本当にすごいですね。

⚪ メイ: つまり、場の方程式を個別に覚える必要はなくて、\((j_+, j_-)\) を選んだ瞬間に場の変換性が決まり、そこから方程式の形も制約されるのね。「方程式が先」ではなく「対称性が先」という構造が見えたわ。

🟡 リナ: そう。場の量子論の美しさの核心が、ここにあるの。


次章予告

Appendix C: ガウス積分と Grassmann 積分

場の量子論の計算で繰り返し登場するガウス積分(ボソンの経路積分の基礎)と、Grassmann 数の代数・Berezin 積分(フェルミオンの経路積分の基礎)を一箇所にまとめる。ボソンの \((\det A)^{-1/2}\) とフェルミオンの \(\det A\) という対比を押さえれば、経路積分における 2 種類の粒子の扱いの違いがクリアに見える。続く Appendix D「ループ計算の道具箱」 では、さらに次元解析・Feynman パラメータ・Wick 回転といったループ積分の実用技法に進む。


練習問題

📝 練習問題:

参考文献

  • Quantum Field Theory for the Gifted Amateur (Lancaster & Blundell) 第 10 章「Transformations」、第 37 章「Spinor Transformations」
  • 坂本眞人『場の量子論 — 不変性と自由場を中心にして』 第 5 章「ディラック方程式の相対論的構造」、第 14 章「ポアンカレ代数と 1 粒子状態の分類」
  • Quantum Field Theory and the Standard Model (Schwartz) 第 8 章「Spinors and the Dirac equation」
  • Quantum Field Theory (Tong) 第 4 章「Lorentz group representations and spinors」